咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第1章 第2話:女学園の秘密

 「なぁなぁ椎名~、お願いやから、制服……姉ちゃんのやつ貸してくれへん?」

 

 「は? なんで? ってか、いややし……うち、関わりたくないし……」

 

 「なんか奢るって! マクドでもスタバでもなんでも!」

 

 「……ん~~~……アイスカフェラテのトールサイズ、二個な」

 

 「たっか!!」

 

 

 

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 数時間後――

 

 黒曜崎女学園の正門前に、場違いな緊張を滲ませながら立つ女の姿があった。

 

 黒を基調にした上品なセーラー服。銀色のラインが入った襟とカフス。スカートの丈は膝下で、リボンの色は深いワインレッド。笹木咲は、椎名の姉から借りた制服に身を包み、周囲の視線に耐えながら門をくぐる。

 

 「……うち、なにしてんねやろ……」

 

 校舎に入った瞬間、その静けさに驚いた。

 

 咲の通う学校とはまるで空気が違う。生徒たちは整然と歩き、廊下で騒ぐ者などいない。私語はあるが低く、声のトーンも穏やかだ。先生の姿を見れば自然と会釈をする。ピリピリした緊張感ではない、徹底された“品格”のようなものが漂っていた。

 

 「まるで、テーマパークのスタッフやん……なんかこわ……」

 

 しばらくは、持ち前の勘で“それっぽく”振る舞いながら教室へ紛れ込む。

 

 座った席の隣にいた生徒に「転入生かしら?」と聞かれ、「そ、そやねん。ちょっとだけ……様子見っちゅーか、なんちゅーか……(適当)」と曖昧に返すと、「まぁ……そういうこともありますわね」と妙に納得された。

 

 その後の授業で、咲は再び戸惑う。

 

 音楽、古典、そして――香道。

 

 「か、香道……って、なんやねんそれ……え、香りかいで……感想言うやつ? いや……わからん……!」

 

 香炉から立ち上る香りに、隣の生徒たちが「清雅で凛とした香りですわね」などと語り合う中、咲は「……えっと……鼻に、やさしい……です」と言って奇跡的にスルーされた。

 

 「……なんとかなるもんやな」

 

 本題は、「アイツ」の捜索。

 

 咲は授業の合間、トイレにこっそり身を隠しながらチャイムをやり過ごし、休み時間や昼休みを狙って校舎を移動する。ターゲットは一年生のフロア。制服の新しさからして彼女は一年であるはず。

 

 足音を立てないよう、階段を降りていく。無数の教室をすり抜け、廊下から中を覗き、集団の中から見覚えのある黒髪と赤い瞳を探す。

 

 「……おらへん。こっちもちゃう。ってか、ここのトイレ、めっちゃ綺麗やな……」

 

 一年生のフロアは昼休みでにぎわっていたが、騒がしくはなかった。皆、静かに食事を取り、読書をし、ノートを開いていた。その中に、少女の姿は――なかった。

 

 昼休みの終わりまでに、咲は三つの階と廊下を一通り回ったが、影も形も見つけられなかった。

 

 まるで最初からここにいないかのように。

 

 「……はぁ~~~……なにしてんねやろ、うち……」

 

 帰りの時間までまだ余裕がある。咲は再びトイレに避難し、扉の内側で小さく呟いた。

 

 「この制服も、もうそろそろバレる気ぃしてきたわ……てか、あいつほんまにここ通ってるん……?」

 

 鏡に映った自分の姿を見て、咲はふと違和感を覚えた。

 

 まるで、自分が“探されてる側”みたいや、と。

 

 それからしばらくして、夕方のチャイムが鳴った。

 

 黒曜崎女学園の生徒たちは、まるで予定された演劇のように静かに教室を出て、それぞれの帰路、あるいは部活動へと分かれていく。

 

 笹木咲はというと――

 

 「……さすがに、これはやりすぎたかな……」

 

 一人、旧校舎の地下にいた。

 

 無駄に広い構内をあちこち歩き回り、空振りを繰り返した末に行き着いたのが、今はほとんど使われていないという、地下の旧校舎だった。照明は少なく、床はひんやりとしていて、静けさが耳を痛くする。

 

 つぶやく声も虚ろに響く。夕暮れの空気はすでに薄暗く、借り物の制服を着たままの咲は、疲れた足をひきずるようにして廊下を歩いた。

 

 「おらんし、もうええやろ……てか、マジで帰ろかな……」

 

 そう思って踵を返しかけた、そのとき。

 

 「――あれ? 見ない顔だなー、君」

 

 不意に背後から声がした。

 

 ぎょっとして振り返ると、そこにはひとりの学生が立っていた。銀色のショートヘア、白衣を羽織った制服姿、理知的でありながらどこか柔らかい印象の少女。

 

 年齢は咲より少し上か、同い年か。けれどその存在感は不思議と自然で、今までこの学園で感じてきた“格”のようなものとは、どこか違っていた。

 

 「あ、えーっと……」

 

 「いやー、こんなとこで何してんの? 君、何年? 一年生? 二年?」

 

 「え、いや……その……(なんか聞き方フランクやな……)」

 

 戸惑いながらも、咲はつい、気を許して口を開いた。

 

 「その、ちょっと……友達探してて。なんか、ここにいるかもって聞いたっちゅーか……」

 

 「ふーん。そっか。まぁ、地下の旧校舎は今使ってないし、生徒はあんまり来ないけど……怪しいモンでも探してんの?」

 

 「いや、別に怪しいモンは……ってか、探してるやつが怪しいヤツなんやけど」

 

 「怪しいヤツって……君もなかなか面白いこと言うなあ~!」

 

 白衣の学生はくくっと笑って、咲の隣に並んだ。

 

 「でもさー、こういう授業サボって探検してる感じ、わかるわ~。なんか、うちの学校、授業とかさ、無駄に格式張っててめっちゃ疲れない?」

 

 「……めっちゃ疲れる。てか、香道の時間とか正気か思ったわ」

 

 「だよね!? 香道とか言いつつ、実質“お香当てクイズ”だからね!? 違う香り出す先生もさ、たまに“正解出すまで終わらない”とか言ってくるし、あれもう罰ゲームなんよ!」

 

 「うち、思わず“鼻にやさしいです”って答えたもん……」

 

 「それ、天才じゃん!」

 

 咲は思わず吹き出し、白衣の学生も肩を揺らして笑った。

 

 「君、面白いな~。他に好きなこととかあんの?」

 

 「ゲーム。帰ったら絶対ポケモンする予定やったのに、こんなとこでウロウロしてもうた……」

 

 「うわ、ポケモンか! いいねいいね! ちなみにデッキとかどうしてる? うちはエネたくさん張ってガンガン攻めるのが好きなんだけど、最近別レギュも気になっててさ~」

 

 「あ、ポケモンってポケカかいな!?ああ……でもうち、ポケカも結構イケるで!!」

 

 気づけば、咲はぽつぽつと語り出していた。

 

 どこか遠くから響いてくるチャイムの音が、放課後の終わりを告げる。その静けさの中で、学園の地下に二人の笑い声がぽつぽつと溶けていく。

 

 まるでずっと前からの友人のように自然な距離感。初めてこの学園で感じた、“普通”の空気。

 

 けれどその安心感が、逆に少しだけ、不自然にも思えた。

 

 

 

 

 

 旧校舎の地下にある窓のない廊下。夕暮れの気配が届かないその空間で、笹木咲は白衣の学生と並んで歩いていた。

 

 さっきまでの会話は、どこか他愛ないものだった。

 

 ポケカ、授業の愚痴、テレビ番組の話。テンポも合い、言葉の引き出しも豊富で、久々に「話しやすい子やな」と思ったくらいだ。

 

 ――でも、気づけば、話の内容が少しずつ変わっていた。

 

 「そうそう、初手でトレーナー張ってコイン当ててさ~。でもさ、そんときあえて、”連続でコインが成功する確率”を統計的に調整できたら、おもしろくない?」

 

 「え、どゆこと……」

 

 「うん。たとえば、実際に“コインが当たる”って、確率だけの問題じゃないんだよ。個体の認知能力、反射速度、空間認識……そういうのを実地で実験してさ、数値化できればさ」

 

 白衣の学生は、笑いながら咲の顔を覗き込んできた。

 

 「いけると思うんだよねぇ、人間で」

 

 「……人間、って……何の話してんの……?」

 

 「あ、ほら、たとえば君みたいな――」

 

 そのとき、咲の目の前に差し出されたのは、白くて細い指先だった。まるでモノに触れるように、白衣の学生は咲の肩にふれて、じっと見つめてくる。

 

 「……君って、反応がすごく面白いんだよね。びくってしたでしょ? 今の。そういうの、正直に出す子、好き」

 

 「……え?」

 

 白衣の学生の目が、すっと細くなる。

 

 その瞳の奥に浮かんだのは、好奇心――そして、確かな“狂気”。

 

 「もし仮に、君の反射神経を測るとしたらさ、どこから解剖すればいいと思う? やっぱり脊髄かな? いや、でも、筋肉の動き見るなら関節も必要だよねぇ……」

 

 「……な、に……言ってんの……」

 

 「ねぇ、動物の解剖って見たことある? すっごく綺麗なんだよ。皮を剥ぐとさ、筋肉がびっしり詰まってて、赤くて、あったかくて……ピクピクって震えててね、もう、すっごい生きてるって感じするの」

 

 白衣の学生が、じり、と一歩踏み出した。

 

 「君の身体も、見てみたいな。どんなふうになってるんだろ……特に脳。恐怖に晒された時、どんな電気信号が走るのか、ほんっとうに興味ある!」

 

 「……っ、ひ……」

 

 笑っていたはずの咲の顔から、血の気が引いていく。

 

 息が詰まる。背筋が凍る。喉が渇く。

 

 直感が叫んでいた――

 

 「じゃあさ、一回だけでいいから――」

 

 「いやあああああああっっっ!!!」

 

 逃げろ、と。

 

 咲は叫び声と同時に、反射的にその場を飛び出した。

 

 廊下を駆け抜け、階段を駆け上がる。

 

 制服の裾が乱れ、足音が響き渡る。

 

 背後から何も追ってこないのに、それが余計に恐ろしかった。

 

 ――さっきまで普通に笑って話していた相手が、突然“人間”じゃなくなった。その事実が、怖くて仕方なかった。

 

 地上に出るまでの数十秒が、永遠に感じられた。

 

 靴音がコンクリートを叩き、校門を通り抜けた瞬間、ようやく咲は大きく息を吐いた。

 

 「っは……っは……な、に、あれ……」

 

 まるで、逃げ出したのが夢だったみたいに、黒曜崎女学園は静かにたたずんでいた。

 

 夕暮れの空は朱に染まり、どこからか鳥の声が聞こえてくる。

 

 だが、咲は決して振り返らなかった。

 

 “あれ”が、まだ笑って見送っているような気がしてならなかったから。

 

 

 

 

 

 夕焼けの光が、鉄製の校門を赤く染めていた。

 

 全身から汗が噴き出し、息も絶え絶えに走ってきた笹木咲は、ようやく黒曜崎女学園の門をくぐり抜けたところで膝に手をついてしゃがみ込んだ。

 

 「……っは……っは……なんやったん……マジで、なんやったん、あれ……」

 

 喉が焼けるように熱い。頭の中はまだ、白衣の学生の声が反響していた。

 

 ふざけた冗談と紙一重の、紛れもない“本気”の声。

 

 「もうええ……二度とこんとこ来ん……!」

 

 荒れた息を整え、制服の襟元を引っ張って風を通そうとしたとき――

 

 「ねぇ、笹木先輩。……うちの学校に、なにか用ですか?」

 

 すぐ背後から、不意に声がした。

 

 背筋が、凍る。

 

 咲は、ゆっくりと振り返った。

 

 そこには、あの灰色の制服――黒曜崎女学園の正装に身を包んだ少女が立っていた。

 

 通学カバンを肩に提げ、夕日を背に、まるで通学帰りの生徒そのものの風貌。しかしその表情には、相変わらず微笑みが浮かんでいるものの、どこか底が見えないものがあった。

 

 「……あんた……っ、今までどこにおったん」

 

 咲が言葉を絞り出すと、少女はほんの少しだけ小首を傾げた。

 

 「ん~? 今日は図書室でずっと読書してたよ? 一日中。地下の方には、ぜんぜん行ってないなぁ」

 

 さらりとそう言って、にこにこと歩み寄ってくる。

 

 「でもさ……笹木先輩が黒曜崎にいるなんて、ちょっとびっくり。だって、先輩って……“新大阪第三高校”でしょ?」

 

 その言葉に、咲はびくりと肩を揺らした。

 

 「……そ、そうやけど」

 

 「でもね、なんだか似合ってたよ、制服。さすがだなって思っちゃった♪」

 

 悪魔は笑う。悪気はないように見える。

 

 でも、その笑顔の裏で何かを量っているような視線が、じわじわと咲を締めつけていた。

 

 「それとも、こっちの制服のほうが“本当”だったのかな?」

 

 「……は?」

 

 “新大阪第三”の笹木咲、

 

 “黒曜崎”の笹木咲、

 

 「どっちが本当の自分? ……もしかして、どっちも違って、どっちも偽物かも?」

 

 咲の呼吸が、また浅くなる。

 

 「やめろや……わけわからんこと言うな……」

 

 「だって、そういうの、考えたことない? “今いる場所が本当に現実かどうか”とか、“昨日までいた世界が今の続きじゃない”とか」

 

 声は穏やかなのに、脳の奥をじりじりと焼くような言葉を選んでいた。

 

 「でも大丈夫。わたし、笹木先輩がどこにいても、ちゃんと“見てる”から」

 

 咲は思わず後ずさり、拳を握った。

 

 その一歩先には、ただの下校道。夕焼けに染まった、静かな住宅街。

 

 ――けれど、足元がふと、グラついた気がした。

 

 どこからどこまでが現実で、どこからが“あれ”の続きなのか。

 

 “見ていた”のか、“見ていなかった”のか。それすら曖昧に溶けていく。

 

 「……もうええ。うちは帰るからな」

 

 振り切るように言い捨てて、咲は踵を返した。

 

 誰も、それを止めようとはしなかった。

 

 ただ、静かに、確かに笑っていた。

 

 「うん、またね。先輩」

 

 その声が、いつまでも耳に残って離れなかった。

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