咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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最終章 第3話:面接

 昼下がりの喫茶店「アルカナ」。

 

 相変わらず古びた木の扉は重く、開けるたびに鈴がかすれた音を立てた。

 

 柔らかい琥珀色の照明が薄暗い店内を包み、古い本の匂いと、深煎りのコーヒーの香りが静かに混ざっていた。

 

 そのカウンター席に、場違いなほどパリッとしたスーツ姿が一つ。

 

 笹木咲だった。

 

 普段の制服でもなく、ゆるい私服でもない。黒のスーツに白いシャツ。ただ、座っている本人は腕を組んだまま足をぶらぶらさせ、露骨に落ち着きがなかった。

 

 「……なあ」

 

 カウンターの向こうでコーヒーを入れていた椎名唯華が、片眉を上げて笑いを噛み殺すように声をかけた。

 

 「なんやその格好。なんかあったん?」

 

 笹木はむっつりとした顔で視線を逸らした。

 

 「……昨日、学校から進路報告書渡されてさ。さすがに考えなあかんなって思って……」

 

 唯華はちょっと目を丸くした。

 

 「あ、進路? あったなそんなん」

 

 「……せやから、葉加瀬に相談したらな」

 

 笹木は肩を落として、呆れたように吐き捨てた。

 

 「『じゃあ明日はスーツ着てアルカナまで来て』やと。……ほんま、何考えてんのか」

 

 唯華は「ぷっ」と小さく吹き出し、受けていたカップを少し揺らした。

 

 「いやー、ええやん。就活ごっこって感じで」

 

 「ごっこちゃうわ」

 

 笹木はじろりと睨んだが、少しぎこちなく、そのせいで威厳がなかった。

 

 店内は静かだった。

 

 常連もまばらな時間帯で、椅子の軋む音と古いエアコンの低い唸り声が響いていた。

 

 笹木は仕方なくカウンターに肘をつき、コーヒーの香りを吸い込む。

 

 「はあ……なんでこんなことに……」

 

 「自分で進路決めんと、誰も決めてくれへんからなぁ」

 

 唯華は笑いながらカップを置き、布巾で手を拭いた。

 

 「ま、葉加瀬が来るまで座っとき」

 

 その言葉通り、しばらくして店のドアがガタリと開いた。ちりん、と鈴の音が鳴る。

 

 風が入り、外の気配がさっと入り込んだ。

 

 「やっほー」

 

 入ってきたのは、白衣を着崩し、前髪をラフにまとめた葉加瀬冬雪だった。

 

 首にはイヤホンを垂らし、手には黒いノートパソコンのケース。

 

 視線を店内に一周させると、スーツ姿の笹木を見つけてニヤリと笑った。

 

 「おっ、ちゃんと着てきたね」

 

 「……しゃーないやろ、言われたし」

 

 笹木は頬を膨らませて答えた。その横で唯華が肩を揺らして笑っていた。

 

 葉加瀬は笹木の前まで歩いてくると、ノートパソコンをカウンターに「ゴトン」と置いた。

 

 パカリと開き、キーボードを叩くとモニターがぼんやりと光を帯びた。

 

 「じゃ、ちょっとこれ見ながらな。……ちょっとこのまま待ってて」

 

 笹木は目をしばたたかせて、それをじっと覗き込む。

 

 「……なあ、何するん?」

 

 「説明はあと。とりあえず待って」

 

 葉加瀬は無駄のない手つきでタッチパッドを操作しながら、軽く笹木を制した。

 

 笹木は不服そうに口を尖らせたが、仕方なく背筋を伸ばし、真面目な顔でパソコンの画面を凝視した。

 

 隣では唯華がコーヒーを啜りながら、「はー、面白なってきた」と呟いていた。

 

 パソコンの前でスーツ姿の咲は、落ち着きなく指を組んだり外したりしていた。画面は、葉加瀬が何やら操作しているうちに暗転し、次にビデオ通話画面がパッと開く。

 

 そこに映ったのは、周央サンゴだった。ただ、笹木の記憶にあるよりも、髪が明らかに短かった。

 

 あのくるりとしたロングは消え、ショートボブのように揃えられて、顔立ちが少し大人びて見える。

 

 けれど、眼鏡をかけた目元は変わらず、少し冷静そうな光を帯びていた。

 

 「……久しぶり。秋以来だね」

 

 画面越しにサンゴが小さく会釈した。

 

 声は落ち着いていたが、どこか柔らかさを感じさせた。

 

 笹木は思わず目を丸くした。

 

 「……お前、髪そんな短かったか…?」

 

 サンゴは一瞬だけ無表情でこちらを見つめた後、ふっと目を細めて小さく笑った。

 

 「ふふ、驚くよね。あれから……僕たちにも色々あってさ」

 

 そこまで言うと、少し目を伏せた。

 

 記憶を辿るような、あるいは言葉を選ぶような間。そして、またすぐにいつもの落ち着きを取り戻し、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。

 

 「さて。咲ちゃん、今日は面接の練習するんだよね」

 

 笹木はむっとした顔で頷く。

 

 「せや。葉加瀬に呼び出されて、スーツ着せられて……もう面倒くさいわ」

 

 「はは、面倒なのはわかる。でも大事だから、付き合ってよ」

 

 サンゴは手元のメモをちらりと確認し、真顔になった。

 

 「じゃあ……始めるね。本番を想定して、僕は面接官をやるから」

 

 パソコン越しに、サンゴの声が少し硬くなる。

 

 「では、志望動機を教えてください」

 

 笹木はちょっと視線を泳がせたが、正直に答えた。

 

 「えー……まあ、ちゃんと金もらえて生きていける仕事やったらなんでも」

 

 サンゴは無表情で「なるほど」と頷いた。

 

 「次に、自己PRをお願いします」

 

 「うーん……なんでも一応やろうとはする。やらんかったら怒られるし」

 

 「なるほど。最後に、10年後の自分をどう考えていますか?」

 

 「そんなん知らんわ。死んでへんかったらええやろ」

 

 画面が少し暗転し、通話の待機画面に戻る。サンゴが声を落とし、冷静な調子で言った。

 

 「……うん。ありがとう、咲さん。一通り通したね」

 

 笹木は腕を組んで、ちょっとふてくされた。

 

 「なんや、もう終わりか」

 

 「いや、ここからが大事」

 

 サンゴはメモを確認しながら、眼鏡を押し直した。

 

 「面接って、咲さんが思ってるより“意見交換”じゃないんだよ」

 

 「は?」

 

 「意見をぶつける場じゃなくて、『どう答えるか』を見られてる場所なんだ」

 

 笹木は眉をしかめたまま無言になった。

 

 サンゴは真面目な声で続けた。

 

 「さっきの志望動機。“なんでも金もらえたら”ってのは正直だけど、企業は『うちを選んだ理由』を聞いてるんだ。例えば『安定した収入を得るためにこの業界を選びました』くらいでも、十分意図に沿う答えになる」

 

 笹木は小さく「ふーん」と鼻を鳴らした。

 

 サンゴは構わず続ける。

 

 「自己PR。“なんでもやろうとはする”は悪くない。でも、『仕事を投げ出さずに最後までやりきる姿勢があります』って言うだけで印象は全然違う」

 

 さらにページをめくり、少し声を落とした。

 

 「10年後の自分。“知らんわ”って言っちゃったけど、あそこは『成長して責任ある仕事を任される人間になりたいです』とか、もうちょっと希望を見せた方がいい」

 

 笹木は口を尖らせたまま黙って聞いていた。

 

 サンゴは画面越しに穏やかな目を向けた。

 

 「……面接って、別に嘘をつけって言ってるわけじゃない。相手に『ああ、この人はうちで働けそうだな』って思わせるために、自分を伝える技術がいるんだよ」

 

 「……技術、な」

 

 笹木はボソッと繰り返した。

 

 「うん、そう。技術。だから、慣れればできる」

 

 サンゴはメモを置き、柔らかく笑った。

 

 「じゃ、次は今の話を踏まえて、もう一回やろうか」

 

 パソコンの画面に再びサンゴの顔がアップで映り、眼鏡の奥の瞳が少しだけ優しく光った。笹木は深く息を吐き、小さく頷いた。

 

 パソコンの画面に映る周央サンゴの眼鏡の奥が、じっと笹木を捉えていた。

 笹木は、さっきサンゴに言われた通りのことを思い出しながら、真面目な顔で答えた。

 

 「志望動機……えーと、安定した収入を得るために、この業界を選びました」

 

 サンゴは軽く頷く。

 「うん、いいね。じゃあ、具体的にどういう点で安定してると思った?」

 

 笹木は一瞬固まった。

 

 「え……そ、それは……知らんけど……」

 

 「例えばさ、どんな業務内容が自分に向いてると思った?」

 

 「え、そんなん……えー……」

 

 笹木は目を泳がせ、結局口をパクパクさせて黙り込む。

 

 サンゴは軽くため息をついた。

 

 「……じゃあ自己PR。仕事を投げ出さずに最後までやりきる姿勢がある、って言ってたよね?」

 

 笹木は少し不貞腐れ気味に頷く。

 

 「うん……せや」

 

 「それ、どんな場面で発揮した?」

 

 「……えー……文化祭?」

 

 「具体的にどんな役割だったの?」

 

 「えー……うち、振り回されとった……」

 

 サンゴはぴたりと動きを止め、ゆっくりと眼鏡を外して深呼吸した。

 

 画面越しに空気が重くなる。

 

 笹木は目を逸らした。

 

 サンゴは眼鏡をかけ直して、少し真剣な声になった。

 

 「……咲さん、今のでもう一通り通せたね」

 

 「はぁ……」

 

 「わかったと思うけど、面接って意見交換っていうより、深く詰められるんだ」

 

 「……」

 

 「だから、答えを用意するだけじゃなくて、その中身も考えたほうがいい。自分の経験とか、考えたこととかをきちんと説明できるように」

 

 笹木は少し拗ねたように机をコンコンと指で叩いた。

 

 「めんど……」

 

 「面倒くさいかもしれないけど、ここで練習しとかないと本番で詰まるよ」

 

 サンゴはパソコンの向こうでペンを置き、少し目を伏せた。

 

 そしてふと顔を上げると、気まずそうに笑った。

 

 「……ごめん、僕の教え方が悪いのかな」

 

 笹木は「は?」と目を丸くした。

 

 サンゴは画面の外に向かって声をかけた。

 

 「スピちゃんやってみる?」

 

 パソコンの向こうで何か動く気配がした。

 

 やがて、代わりに画面の前に座ったのは長髪の少女。

 

 北小路ヒスイだった。サンゴのときよりも画面いっぱいに映る顔は、少し大人びていて、目元が鋭かった。

 

 「……あんたら、二人とも変わりすぎやろ…」

 

 笹木は思わず突っ込む。

 

 ヒスイは長い髪を耳にかけ、無表情に鼻を鳴らした。

 

 「志望動機を教えてください。」

 

 笹木は「またかよ」とぼやきながらも答える。

 

 「……安定した収入を得るため」

 

 「なるほど、安定した収入を得るためですね。理由は?」

 

 「……不安定は嫌やし」

 

 「弊社の業務の中で、どんな業務が具体的に向いてると思いますか?」

 

 「え、知らんて……」

 

 「では、自己PRについて教えてください。」

 

 「最後まで投げ出さずやる……はず」

 

 「具体的なエピソードなど、ありましたら教えてください。」

 

 「そんなん……あんま……」

 

 「……」

 

 ヒスイは無言になり、少し目を伏せた。笹木も視線を逸らし、口を尖らせる。

 

 画面越しに、二人の間に妙な沈黙が流れた。笹木は最後に小さくぼやいた。

 

 「……もうええわ、これ……」

 

 だがヒスイは、冷たいようでいてどこか優しい声で、少しだけ柔らかく言った。

 

 「……でも、それを乗り越えなきゃ、受からない」

 

 笹木はむくれて座り直し、パソコンの画面をにらんだ。

 

 「……分かっとるわ」

 

 アルカナの中は、黄ばんだランプの光で暖かく照らされていたけど、パソコン画面の前に座る笹木の顔は険しかった。長時間に及ぶ面接練習に、すっかり疲弊していた。

 

 「志望動機について教えてください。」

 

 「安定した収入を……得るため、や」

 

 「具体的なエピソードについて…」

 

 「もうええやろ…」

 

 ヒスイの真面目な声に、笹木がとうとう机にへたり込んだ。ちょうどそのタイミングで、扉の鈴が鳴った。

 

 「おっ、なにこれ~、なんか面白そうなことやってるじゃん」

 

 長い黒銀の髪を揺らして、夜見が入ってきた。その目はキラキラと興味深そうに細められていた。

 

 「そういえば、笹木先輩も来年卒業だったよね~」

 

 カウンターに肘をつきながら、楽しげに言う。

 

 笹木は舌打ちするように小さく「やかましいわ」と返したが、その声は力なく途切れた。

 

 パソコン越しにヒスイが真顔で笹木を見つめる。

 

 「……続ける?」

 

 「……」

 

 笹木はしばらく目を逸らして黙り込む。そしてぽつりと吐き出した。

 

 「……就活、もう諦めようかな」

 

 夜見が「おお~」と少し面白がるように声を上げたが、ヒスイはため息をついて、画面の中で髪をかきあげた。

 

 「まあ、就活は……こんな感じよ。」

 

 その言い方は、なんとも気だるげで、でも妙にリアルだった。

 

 「今日はもうやめとくか。チグサの面倒も見なきゃいけないし。」

 

 画面越しのヒスイがそう言うと、笹木は無言で頷く。ちょうどそのとき、葉加瀬冬雪がカウンターからひょいっと覗き込んだ。

 

 「じゃ、切るね」

 

 あっさりした声で、マウスに手を伸ばす。だがヒスイがそれを見て

 

 「と……その前に」

 

 「え?」

 

 「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 「ダメ。もう切る」

 

 マウスをくいっと操作しようとする葉加瀬に、ヒスイが慌てたように叫ぶ。

 

 「あ…あの時は悪かったよ! もう勝手にお菓子取ったりしないから!」

 

 夜見が吹き出して笑い、唯華が「そういえばそんなんあったな」と呆れたように肩を揺らす。

 

 葉加瀬はようやく動きを止めて、口元を薄く緩めた。

 

 「よろしい」

 

 ぴたりとマウスを止めて、真顔で頷く。

 

 笹木は思わず「なんやそのやり取り」と突っ込んだが、声に疲れが滲んでいた。

 

 騒ぎが落ち着くと、画面の奥でサンゴが顔を出し、落ち着いた声で呼びかける。

 

 「チャイカさん、いる?」

 

 別の椅子に座っていたチャイカが、赤黒い瞳を上げて応える。

 

 「おう」

 

 サンゴは眼鏡を押し上げて、淡々とした口調で言った。

 

 「今度、社さんの住所を教えてほしい。それと、今月の月末、一日だけ事務所を貸し切りにしたい」

 

 チャイカは眉を少し動かし、けれどすぐに笑ったように口角を上げた。

 

 「……あんたの頼みなら、何でも聞くだろうよ」

 

 サンゴは小さく頷いた。

 

 「ありがとう」

 

 その横で、ヒスイが真剣な目をしてチャイカに向き直る。

 

 夜見や笹木も思わず黙り込む。

 

 「……チャイカさん」

 

 その声は、落ち着いていたが、強い意志を帯びていた。

 

 「怒りは兵士を奮い立たせる。でも、とらわれ過ぎれば本来の目的を見失うわよ」

 

 チャイカはその言葉を受けて、じっとヒスイを見返すが、ヒスイは返答を待たなかった。

 

 「……じゃあね」

 

 パチン、と自分の方からあっさりと通話を切った。画面が真っ黒になり、アルカナの空気が再び沈黙を取り戻す。

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