テレビの前、床に散らばるコントローラーとスナック菓子の袋。
部屋のカーテンは半分閉じられたままで、外の光が斜めに差し込む。うっすらと流れるゲームのBGMと、エアコンの風が、休日の午後をよりいっそう気怠くさせていた。
「……ちょ、おま、今の味方撃ったやろ……」
「うるさ。間違えただけやし」
咲はコントローラーを握りしめたまま、半眼で横の椎名を睨む。
「どう見ても間違えてへんかったわ。完全に背後からぶち抜いてたし、うちの体力だけきれーに消えてったからな」
「いや、味方にあんま背中向けるほうが悪いやろ。なあ?」
「何そのヤンキー理論!?」
二人の小競り合いの声が響く中、ゲーム画面はすでにリザルトに移行していた。
咲は大きく息を吐いて、ベッドに背中を預ける。
「は~……もうええ、次はレースのやつやろ」
「マリカ? またあてぃしが勝つやん」
「うるさいなぁ……」
リモコンでゲームを切り替えながら、咲はふと思い出したように言う。
「てかさ、三年の生徒会、次誰がやるんやろな?」
「知らん。てか興味ない」
椎名はカップのジュースをずずっと吸いながら、即答した。
「どーせ、でろーんさんが人選するやろ。あの人のお気に入りしか通らんし」
「うわ、よう言うわ。でも、わかる気はする」
「でしょ」
ゲームのロード画面が進む。咲はスナックの袋を持ち上げて、中を覗き込みながらつぶやく。
「うちらには関係ないけどなぁ……」
「うん。関係ない話が一番ラクや」
「それな~」
そんなくだらない雑談が数分続いたあと、ふいに椎名がぽつりと呟いた。
「……たまにはさ、あてぃしん家にも遊びに来うへん?」
ゲームのボタンを押しかけていた咲の指が、ぴたりと止まる。
「あっ……え? ええっ!? 椎名んとこ!? あそこって……神社やろ? てか、なんか観光地みたいになっとるって聞いたし、マジでそんなんうちが行ってええんか!?」
焦ったように早口で返すと、椎名は何も言わず、少しだけ視線を外した。
「……別に、無理に来いとは言ってへんし」
そう言って、コントローラーをぽいとソファの上に放り投げる。
その声はいつも通りの気だるげな調子だったけれど、どこか少しだけ、距離が遠くなったような気がして――
咲は口を開けたまま、何も言えなかった。
夜の部屋は、ゲームの熱気も冷めてすっかり静かになっていた。
カーテン越しの街灯の明かりが、薄く壁に滲んでいる。ベッドの上には、横並びに寝転がった二人。椎名は枕を抱えて、横を向いたままぼんやり天井を見ている。
隣にいる咲も、同じく横になっていたが、目は開いたままだった。
沈黙が続く中、不意に――
「……おかんが、連れてきてって言うねん」
椎名がぽつりと呟いた。
咲は、一瞬だけまばたきを止めた。
「……え?」
椎名は答えなかった。ただそれっきり、天井を見たまま黙っている。
まるで、何気ない一言のようでいて、どこか違和感のある言葉。
“連れてきてって”。
“誰を”じゃなく、“咲を”。
咲は、胸の奥にひやりとした何かが落ちたような気がした。
それが“怖い”という感情なのか、“置いていかれそう”という不安なのか、うまく言葉にはできなかった。ただ――
椎名がどんどん、自分の知らない場所に行ってしまうような気がして、少しだけ、指先に力が入った。
ふと視線を横にやると、椎名はまだ同じ姿勢のまま、表情を変えずに横たわっていた。
咲は、ほんの少し間を置いてから、小さく息を吐く。
「……しゃーないなぁ」
枕に頬を押しつけたまま、ぽつりと続ける。
「今度は椎名が奢る番やからな。そのうち行ったるわ、椎名んち」
その声に、椎名は何も言わなかった。
ただ、静かに、まぶたを閉じる気配だけが伝わってきた。
咲も同じように、目を閉じる。
不安はまだ完全に消えていなかったけれど、少なくとも“隣にいる”今だけは、触れられる距離にいるのだと思えた。
そのまま、二人は静かに、夜の深みに沈んでいった。
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カラン――と、扉のベルが鳴る。
昼下がりの「アルカナ」には、カウンターにチャイカが一人、のんびりとコーヒーの香りを楽しんでいた。静かなジャズが流れる店内に、その軽やかな音は妙に不穏な気配を添える。
案の定、顔を上げたチャイカの眉が、わずかに寄った。
「……あんた、また来たのか」
扉をくぐってきたのは、あの少女――灰色の軍服のような衣装に身を包み、深紅の瞳を持つ夜見だった。
見慣れてしまったせいか、もはや驚きはない。だが、問題は――
「今日は、お友達も連れてきたんだよ~」
夜見が笑顔でそう言いながら、扉の外に向かってひらひらと手招きする。
しばらくして、すらりと背の高い少女が店内に入ってきた。
紫がかった落ち着いた色のワンピース。首元には控えめなレース、手にはクラッチバッグ。ぱっと見は大人しそうに見えるが、どこか“異質”な気配をまとっていた。
「こんにちは。……お邪魔します」
葉加瀬冬雪。
「……あー。はいはい、二人で席、適当に使ってくれ」
チャイカはコーヒーカップを置きながら、やや気怠げにそう言った。
「今度は何の用だ。マジックか? 火を吹くか? それとも客を消すか?」
「んふふ、今日はちゃんとおとなしくするよ~」
夜見は無邪気に笑ってカウンター席に腰掛けると、指を二本立ててオーダーを告げる。
「アイスティー、ふたつ。あと、アイスクリームもふたつ~」
「……昼から甘ったるいもんばっかりだな……」
チャイカが渋い顔でメモを取っていると、隣に腰掛けた葉加瀬が、少しだけ呆れたように言った。
「……ちょっと、溶かさないでよ。前回、勝手にぐつぐつにしたって聞いてるし」
その一言に、夜見はふてくされたように唇を尖らせた。
「え~、せっかくいい感じの温度にしてあげたのに……冷たいものばっかりって、身体に悪いんだよ~?」
「それは冷たく出されたものを溶かした人が言うセリフじゃない」
「うぅ……つまんないのー……」
ややしょんぼりとした様子の夜見に、チャイカは怪訝な視線を投げつつも、厨房へと向かう。
「……ったく、また変なガキが増えたわね。」
コトリ、と控えめな音を立てて、テーブルの上に小さなUSBメモリーが置かれた。
銀色の細身のそれは、喫茶店「アルカナ」の木目のテーブルの上で、妙に冷たく存在を主張していた。
「これは、社長から。団地の場所や、過去の記録、報告されている霊障の概要をまとめたものです。チャイカさんに渡すよう、とのことで」
葉加瀬冬雪は、アイスティーのグラスに指を添えながら、落ち着いた調子で告げた。
チャイカはUSBを手に取りながら、目を細める。
「社長、ねぇ……あいつ、あんたとまで繋がってたのか」
「ええ」
「どういう関係なんだ? 部下って年でもないし、アルバイトか?」
チャイカの問いに、葉加瀬は一瞬だけ目線を泳がせ、しかしすぐに表情を戻す。
「ご主人様です」
ぴしゃりと、何のてらいもなく答える。
チャイカの眉がぴくりと動いた。
「それ以上は、企業秘密です」
にっこりと笑いながらも、それ以上の言及を完全に拒む葉加瀬に、チャイカは深くは追及しなかった。
「……で、団地の霊障については?」
「とあるフリーの霊能力者に調査を依頼してます。社長の独自ルートで、そこそこ信用のある人みたいですけど…」
「椎名とか、その辺の子じゃないってことか?」
「はい。椎名さんとは無関係ですね。」
チャイカは少しだけ肩を落として、大げさにため息を吐いた。
「なるほどな……情報は増えるけど、顔の見えない相手ばっかりってのも、気味が悪いもんだ」
USBをポケットにしまいながら、チャイカはじっと葉加瀬の顔を見つめた。
「……しかしまぁ、“ご主人様”からの使いって割には、お前さんずいぶんフリーダムな感じだけどな」
「好きなように動くのも命令のうち、ですから」
葉加瀬は悪びれもせずに微笑んだ。
そのやり取りを横で聞いていた夜見れなは、アイスクリームをスプーンでつつきながら、退屈そうに天井を見上げていた。
「ねー、終わったー? アイス、もう一個頼んでもいい?」
「やめとけ、お前が頼むとまた火ぃ吹きそうだ」
チャイカの返しに、夜見はぷくっと頬を膨らませた。
「つまんなーい」
アルカナの空気は、相変わらず妙な重さとゆるさを同時に孕んでいた。