咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第2章 第2話:企業秘密

テレビの前、床に散らばるコントローラーとスナック菓子の袋。

 

 部屋のカーテンは半分閉じられたままで、外の光が斜めに差し込む。うっすらと流れるゲームのBGMと、エアコンの風が、休日の午後をよりいっそう気怠くさせていた。

 

 「……ちょ、おま、今の味方撃ったやろ……」

 

 「うるさ。間違えただけやし」

 

 咲はコントローラーを握りしめたまま、半眼で横の椎名を睨む。

 

 「どう見ても間違えてへんかったわ。完全に背後からぶち抜いてたし、うちの体力だけきれーに消えてったからな」

 

 「いや、味方にあんま背中向けるほうが悪いやろ。なあ?」

 

 「何そのヤンキー理論!?」

 

 二人の小競り合いの声が響く中、ゲーム画面はすでにリザルトに移行していた。

 

 咲は大きく息を吐いて、ベッドに背中を預ける。

 

 「は~……もうええ、次はレースのやつやろ」

 

 「マリカ? またあてぃしが勝つやん」

 

 「うるさいなぁ……」

 

 リモコンでゲームを切り替えながら、咲はふと思い出したように言う。

 

 「てかさ、三年の生徒会、次誰がやるんやろな?」

 

 「知らん。てか興味ない」

 

 椎名はカップのジュースをずずっと吸いながら、即答した。

 

 「どーせ、でろーんさんが人選するやろ。あの人のお気に入りしか通らんし」

 

 「うわ、よう言うわ。でも、わかる気はする」

 

 「でしょ」

 

 ゲームのロード画面が進む。咲はスナックの袋を持ち上げて、中を覗き込みながらつぶやく。

 

 「うちらには関係ないけどなぁ……」

 

 「うん。関係ない話が一番ラクや」

 

 「それな~」

 

 そんなくだらない雑談が数分続いたあと、ふいに椎名がぽつりと呟いた。

 

 「……たまにはさ、あてぃしん家にも遊びに来うへん?」

 

 ゲームのボタンを押しかけていた咲の指が、ぴたりと止まる。

 

 「あっ……え? ええっ!? 椎名んとこ!? あそこって……神社やろ? てか、なんか観光地みたいになっとるって聞いたし、マジでそんなんうちが行ってええんか!?」

 

 焦ったように早口で返すと、椎名は何も言わず、少しだけ視線を外した。

 

 「……別に、無理に来いとは言ってへんし」

 

 そう言って、コントローラーをぽいとソファの上に放り投げる。

 

 その声はいつも通りの気だるげな調子だったけれど、どこか少しだけ、距離が遠くなったような気がして――

 

 咲は口を開けたまま、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 夜の部屋は、ゲームの熱気も冷めてすっかり静かになっていた。

 

 カーテン越しの街灯の明かりが、薄く壁に滲んでいる。ベッドの上には、横並びに寝転がった二人。椎名は枕を抱えて、横を向いたままぼんやり天井を見ている。

 

 隣にいる咲も、同じく横になっていたが、目は開いたままだった。

 

 沈黙が続く中、不意に――

 

 「……おかんが、連れてきてって言うねん」

 

 椎名がぽつりと呟いた。

 

 咲は、一瞬だけまばたきを止めた。

 

 「……え?」

 

 椎名は答えなかった。ただそれっきり、天井を見たまま黙っている。

 

 まるで、何気ない一言のようでいて、どこか違和感のある言葉。

 

 “連れてきてって”。

 

 “誰を”じゃなく、“咲を”。

 

 咲は、胸の奥にひやりとした何かが落ちたような気がした。

 

 それが“怖い”という感情なのか、“置いていかれそう”という不安なのか、うまく言葉にはできなかった。ただ――

 

 椎名がどんどん、自分の知らない場所に行ってしまうような気がして、少しだけ、指先に力が入った。

 

 ふと視線を横にやると、椎名はまだ同じ姿勢のまま、表情を変えずに横たわっていた。

 

 咲は、ほんの少し間を置いてから、小さく息を吐く。

 

 「……しゃーないなぁ」

 

 枕に頬を押しつけたまま、ぽつりと続ける。

 

 「今度は椎名が奢る番やからな。そのうち行ったるわ、椎名んち」

 

 その声に、椎名は何も言わなかった。

 

 ただ、静かに、まぶたを閉じる気配だけが伝わってきた。

 

 咲も同じように、目を閉じる。

 

 不安はまだ完全に消えていなかったけれど、少なくとも“隣にいる”今だけは、触れられる距離にいるのだと思えた。

 

 そのまま、二人は静かに、夜の深みに沈んでいった。

 

 

 

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 カラン――と、扉のベルが鳴る。

 

 昼下がりの「アルカナ」には、カウンターにチャイカが一人、のんびりとコーヒーの香りを楽しんでいた。静かなジャズが流れる店内に、その軽やかな音は妙に不穏な気配を添える。

 

 案の定、顔を上げたチャイカの眉が、わずかに寄った。

 

 「……あんた、また来たのか」

 

 扉をくぐってきたのは、あの少女――灰色の軍服のような衣装に身を包み、深紅の瞳を持つ夜見だった。

 

 見慣れてしまったせいか、もはや驚きはない。だが、問題は――

 

 「今日は、お友達も連れてきたんだよ~」

 

 夜見が笑顔でそう言いながら、扉の外に向かってひらひらと手招きする。

 

 しばらくして、すらりと背の高い少女が店内に入ってきた。

 

 紫がかった落ち着いた色のワンピース。首元には控えめなレース、手にはクラッチバッグ。ぱっと見は大人しそうに見えるが、どこか“異質”な気配をまとっていた。

 

 「こんにちは。……お邪魔します」

 

 葉加瀬冬雪。

 

 「……あー。はいはい、二人で席、適当に使ってくれ」

 

 チャイカはコーヒーカップを置きながら、やや気怠げにそう言った。

 

 「今度は何の用だ。マジックか? 火を吹くか? それとも客を消すか?」

 

 「んふふ、今日はちゃんとおとなしくするよ~」

 

 夜見は無邪気に笑ってカウンター席に腰掛けると、指を二本立ててオーダーを告げる。

 

 「アイスティー、ふたつ。あと、アイスクリームもふたつ~」

 

 「……昼から甘ったるいもんばっかりだな……」

 

 チャイカが渋い顔でメモを取っていると、隣に腰掛けた葉加瀬が、少しだけ呆れたように言った。

 

 「……ちょっと、溶かさないでよ。前回、勝手にぐつぐつにしたって聞いてるし」

 

 その一言に、夜見はふてくされたように唇を尖らせた。

 

 「え~、せっかくいい感じの温度にしてあげたのに……冷たいものばっかりって、身体に悪いんだよ~?」

 

 「それは冷たく出されたものを溶かした人が言うセリフじゃない」

 

 「うぅ……つまんないのー……」

 

 ややしょんぼりとした様子の夜見に、チャイカは怪訝な視線を投げつつも、厨房へと向かう。

 

 「……ったく、また変なガキが増えたわね。」

 

 コトリ、と控えめな音を立てて、テーブルの上に小さなUSBメモリーが置かれた。

 

 銀色の細身のそれは、喫茶店「アルカナ」の木目のテーブルの上で、妙に冷たく存在を主張していた。

 

 「これは、社長から。団地の場所や、過去の記録、報告されている霊障の概要をまとめたものです。チャイカさんに渡すよう、とのことで」

 

 葉加瀬冬雪は、アイスティーのグラスに指を添えながら、落ち着いた調子で告げた。

 

 チャイカはUSBを手に取りながら、目を細める。

 

 「社長、ねぇ……あいつ、あんたとまで繋がってたのか」

 

 「ええ」

 

 「どういう関係なんだ? 部下って年でもないし、アルバイトか?」

 

 チャイカの問いに、葉加瀬は一瞬だけ目線を泳がせ、しかしすぐに表情を戻す。

 

 「ご主人様です」

 

 ぴしゃりと、何のてらいもなく答える。

 

 チャイカの眉がぴくりと動いた。

 

 「それ以上は、企業秘密です」

 

 にっこりと笑いながらも、それ以上の言及を完全に拒む葉加瀬に、チャイカは深くは追及しなかった。

 

 「……で、団地の霊障については?」

 

 「とあるフリーの霊能力者に調査を依頼してます。社長の独自ルートで、そこそこ信用のある人みたいですけど…」

 

 「椎名とか、その辺の子じゃないってことか?」

 

 「はい。椎名さんとは無関係ですね。」

 

 チャイカは少しだけ肩を落として、大げさにため息を吐いた。

 

 「なるほどな……情報は増えるけど、顔の見えない相手ばっかりってのも、気味が悪いもんだ」

 

 USBをポケットにしまいながら、チャイカはじっと葉加瀬の顔を見つめた。

 

 「……しかしまぁ、“ご主人様”からの使いって割には、お前さんずいぶんフリーダムな感じだけどな」

 

 「好きなように動くのも命令のうち、ですから」

 

 葉加瀬は悪びれもせずに微笑んだ。

 

 そのやり取りを横で聞いていた夜見れなは、アイスクリームをスプーンでつつきながら、退屈そうに天井を見上げていた。

 

 「ねー、終わったー? アイス、もう一個頼んでもいい?」

 

 「やめとけ、お前が頼むとまた火ぃ吹きそうだ」

 

 チャイカの返しに、夜見はぷくっと頬を膨らませた。

 

 「つまんなーい」

 

 アルカナの空気は、相変わらず妙な重さとゆるさを同時に孕んでいた。

 

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