これは、そんなバイク部での物語。
まるでギャルゲのような、そんな物語。
ようは何かといえば、ギャルゲ車載動画投稿祭が始まる前に自分が投稿しようと思っている動画の世界観を皆さんと共有しておこうというものです。
「それじゃあ気をつけて帰れよー」
ホームルームが終わると同時にチャイムが鳴り響く。
相変わらずこのクラスの担任の水奈瀬先生は時間の管理が完璧だ。
水奈瀬先生はそう言うが早いかクラスの誰よりも早く教室を出ていく。
もしかしたら、誰よりも早く帰りたいだけなのかもしれない。
机の引き出しに突っ込んでいた教科書類を鞄に詰め込み、自分の席から立ち上がる。
ホームルームが終われば教室に用事はない。
放課後にダラダラと会話を楽しむ友達は、ここにはいない。
いや、正確にはいる。
だがその会話の相手は、既に鞄を片手に席を立ち、教室の入り口でこちらに手招きしていた。
「こら! ぼうっとしてないで部室行くよ!」
本人はお団子ボブなんて言っているが、髪の毛のクセが強すぎてボブには見えない左右をシニヨンでまとめたセミロング。
クセのせいで若干目にかかるのか、右目の上の髪を白い花があしらわれた髪留めで留めている。
手に持っている鞄には、本人はキーホルダーだと主張しているが、そう呼ぶにはあまりにも大きすぎる熊のぬいぐるみがぶら下がっていた。
「そんな慌てるなって。転けるぞ」
「へへーん! 転けないよ!」
小春六花、16歳。高校1年生。
こいつとは、小学生の頃からの幼馴染だ。
六花は、俺なんか待ってられないと言わんばかりに教室から飛び出し廊下を駆けていく。
数秒後、ビタンと大きな物音と、六花の悲鳴が俺の耳に届いた。
下駄履きから靴へ履き替え、校舎をぐるりと回り込む。
職員用の駐車場を抜け、少し行った先に俺たちが部室と呼んでいる場所はある。
学校の敷地の端にポツンと存在するプレハブ倉庫。
元々は用務員さんが敷地内に植っている木々の手入れをする道具を仕舞っていた場所らしい。
だが、木々の手入れを外注するようになり、俺たちが入学する少し前には空き倉庫となっていたそうだ。
「だから言ったろ? 転けるぞって」
「うぅぅ。ねえ、たんこぶとか出来てない? ちゃんとお団子付いてる?」
「転けて取れるようなもんじゃないだろ」
六花は頭を押さえながら倉庫に中に入っていく。
俺は倉庫の横にある駐輪場に一瞬視線を向けると、六花のあとを追って倉庫へ入った。
「遅いわよ……って、もしかしてまた転けたの?」
倉庫の奥には木工室にあるような大きな木のテーブルが置かれており、その周りには種類の統一されていない椅子が並べられている。
そのうちの一つに深く腰掛け、こちらをジトリとした目で睨みつけているのは、隣のクラスの鈴木つづみだ。
ショートヘアーの髪をカチューシャで纏めている彼女は、頭を押さえている六花を見て大きなため息をつく。
そして椅子から立ち上がり、壁際にある流しでハンカチを濡らすと、軽く絞って六花に渡した。
「ほら、これで冷やして。痕が残ると間抜けズラが台無しよ」
「うぅ、ありがとつづみちゃん……って、間抜けズラじゃないよ!」
六花は頬を膨らませながらハンカチをおでこに当てる。
俺は鞄を壁際に置きながらつづみに聞いた。
「ささらは?」
「奥にいるわ」
つづみは倉庫の奥へと続く扉を指差す。
確かに耳を澄ませてみれば、ガタゴトと何かを動かす音が奥から聞こえてきた。
「呼んでくる」
「待っててもそのうち来ると思うけど」
「待ってられなさそうなやつが一人いるからな」
まだ若干涙目な六花を横目に見つつ、俺は倉庫の奥へ続く扉に手をかける。
ドアノブを回しゆっくり押すと、扉はギシギシと軋みながら開いた。
「おーい、ささら。六花きたぞー」
「あ、ほんと? 今行くねー」
俺が声を掛けると、柔らかな声が倉庫の奥から響いてくる。
そして10秒もしないうちに声の主が物陰から顔を出した。
「うわ、だいぶ埃っぽいけど、大丈夫か?」
「え? そうかな……そのうち掃除しないとだねー」
頭に綿埃をくっつけたまま笑顔を向けてくる彼女の名前は佐藤ささら。
つづみと同じクラスであり、俺たちと同じ一年生だ。
「何探してたんだよ」
「ホットプレートないかなって。ほら、六花ちゃんのお祝いに焼肉とか」
「普通に怒られそうだからあってもやめような」
そもそもここを自由に使わせてもらってるだけでも奇跡に近いのだ。
これ以上校則のグレーゾーンを突くべきではない。
俺はささらの頭から綿埃を取り、一緒に机のある部屋まで戻る。
つづみのハンカチで傷口を冷やしたことで、若干落ち着きを取り戻したのか、六花は目を輝かせながら声を張り上げた。
「苦節10ヶ月! 見よ! 日々バイトに勤しみ教習所に通い、やっとの思いで取得した普通自動二輪免許を!」
六花は熊のあしらわれた可愛らしい財布を鞄から取り出すと、そっと開き一枚の免許証を取り出す。
そしてそれを俺たちの方に自慢げに掲げた。
「うわぁー! おめでとう六花ちゃん!」
ささらは自分のことのようにぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。
つづみは、優しげに微笑みながら小さく拍手をしていた。
「ほんと、時間かかったわね。誕生日一番早いのに」
「うん。まさかつづみちゃんにまで先を越されるとは思わなかったよ……」
とほほ、と言わんばかりに六花は肩を落とす。
六花は5月生まれなため、1月生まれのささらや2月生まれのつづみより随分早く、去年の7月から教習所に通い始めた。
だが、見極めでやり直しを喰らい技能試験でも数回落ち、追加の教習費用を稼ぐためにバイトに勤しみ、また落ち、バイト、試験、バイトバイト……
とやってるうちにいつのまにか3月を迎え、2月生まれのつづみにまで免許取得の先を越されてしまったのだった。
二輪車の教習期限は9ヶ月。
7月から通い始めての3月卒業なので、本当にギリギリでの合格である。
最後の卒業試験なんて、普段は澄まし顔のつづみでさえ涙を流すほどにはドラマチックで感動的だった。
まあ、そのあと免許センターでの学科試験でもう一度落ちているんだが。
「そういえば、結局バイクは何にしたんだ? 買ってからのお楽しみとかなんとか言ってたが」
「もう納車されてるのよね?」
俺とつづみの問いに、六花は嬉しそうに頷く。
そして、不敵な笑みを浮かべて俺を見た。
「取り敢えず、ここにいる誰よりも速いバイクであることは確かだよ」
「誰より速い……って、俺のスーフォアよりもか?」
8月生まれの俺は、10月に免許を取得しそのまま親父が昔乗っていた型落ちのCB400SFを受け継いだ。
教習車として散々乗った車両ではあるが、教習車と市販モデルは全くの別物だ。
400ccの並列4気筒エンジンから絞り出される圧倒的なパワーを俺はまだ制御しきれていない。
そんな俺のスーフォアより速いバイクを買ったと六花は豪語する。
「スーフォアより速いって、一体何買ったんだよ。というか、六花にバイクの遅いや速いなんてわかるのか?」
「その点は大丈夫。ちゃんとタカハシさんに聞いて買ったから」
ああ、と俺たち三人は妙に納得する。
六花の言うタカハシさんとは、近所に住んでいる四つ上の先輩、高橋アマトのことだ。
小学校の頃は一緒に登下校をした仲であり、小学校を卒業した後も何かと世話を焼いてもらっている。
俺たちが揃って県内一校則の緩いこの学校に入学し、16歳になると同時にバイクの免許を取得してバイクに乗り始めたのもタカハシ先輩の影響がかなり強い。
というかこのプレハブ小屋の存在もタカハシ先輩から教えてもらったのである。
きっとタカハシ先輩も、このプレハブ小屋でバイク仲間とバイク談義に花を咲かせていたのだろう。
「まあ、タカハシに聞いたなら間違いないわね」
「タカハシ君だからねぇ。で、タカハシ君はなんて?」
「えっとね。最近出た新型のCBRなら、スーフォアより速いかもって」
新型のCBR……それを聞いて俺の頭の中に一台のバイクが思い浮かぶ。
タカハシ先輩の言う新型のCBRとは、きっとホンダが去年発表した新型の250ccバイク、CBR250RRのことだ。
今まで販売していた単気筒エンジンのCBR250Rのイメージを払拭するかの如く登場したCBR250RRは、250ccのバイクの中では頭ひとつ抜けたパワーを持ち合わせており、サスペンションや装備にもかなり力が入っている。
並列2気筒エンジンが生み出す馬力は、現行の250ccバイクの中でも最強クラスの38馬力だ。
馬力こそスーフォアには及ばないが、車重の軽さや足回りの装備なども加味すれば確かにCBR250RRの方が速いバイクと言えるかもしれない。
まあ、スーフォアより速い400cc以下のバイクなんて沢山ある。
だが、あまり年式が古くなく、六花でも扱えるバイクとなると選択肢が限られてくるのは確かだ。
タカハシ先輩も、そういったことも考慮してCBR250RRと答えたのだろう。
「え、ちょっと待て六花。それで本当にCBRを買ったのか?」
「うん! あ、速いバイクだって聞いて焦ってる? ふふーん! こういうのは後出し有利だもんね!」
いや、違う。
心配しているのはそこじゃない。
「じゃなくて、新型CBRなんて高かっただろう? よくそんな金持ってたな」
「もう目ん玉飛び出るぐらい高かったよ……でも、なんとか両親を説得して立て替えて貰ったんだ」
「そうか、いいご両親だな」
「中古車とはいえ40万だからね。またしばらくバイトの日々だよ……」
中古で40万。
その言葉を聞き、俺とつづみの間に緊張が走る。
新型のCBRは車両価格90万だ。
販売開始が去年の5月。
40万の中古車が市場に出回っているとは思えない。
「ねえ、私とてつもなく嫌な予感がするんだけど」
俺と全く同じことを考えていたつづみが、声を潜めて俺に囁く。
俺も六花に聞こえないよう、小声で囁いた。
「奇遇だな、俺もだ」
「そこ! コソコソ話禁止!」
ビシっと六花が俺たちの方を指差す。
六花の話をほんわかした表情で聞いていたささらは、手をパチパチと叩きながら言った。
「凄い凄い! 今日乗ってきてるの?」
「隣に停めてある! さあさあお披露目の時間だよ!」
六花はポケットからバイクのキーを取り出し、倉庫の外へ駆け出していく。
俺は、嫌な予感がいい意味で外れてくれることを願いながらささらとつづみと共に倉庫を出て隣にある駐輪場へと回った。
「さあさあ寄った寄った! 聞いて驚け見て笑え! これが私のバイクだよ!」
六花は嬉しそうにレプソルカラーのバイクを駐輪場から引っ張り出し、キーを刺してエンジンを掛ける。
その瞬間、ホンダが技術の粋を集めて極限まで消音した単気筒エンジンの音が校舎裏に響き渡った。
「ああ」
悪い予感が的中した。
つづみも、なんと言っていいかわからないという表情をしている。バイクのことを何も知らないささらだけが、目を輝かせて六花のバイク、CBR250Rに拍手を送っていた。
そう、六花が買ったバイクはタカハシ先輩がおすすめした新型のCBR250RRではない。
六花が買ったのは、CBR250RRが発表される前からホンダのラインナップにあった250ccの単気筒スポーツバイク、CBR250Rだ。
同じCBRでも、RRとRじゃ完全に別物。
RRが虎なら、Rは虎柄の猫と言ったところだろうか。
きっと六花は、何も知らずにCBRという名前だけでバイクを選んだのだろう。
店員も、CBRが欲しいという女子高生に対して、なんの疑問も抱かず中古のCBR250Rを薦めたに違いない。
「あのね、六花。これは──」
「まあ待てつづみ」
俺は口を開きかけたつづみを制止し、嬉しそうに笑う六花に近づく。
そして、精一杯の笑顔を作って拍手を送った。
「いいバイクを買ったな」
「ふふーん、でしょでしょ! 置いてかれても泣きべそかかないでよね」
「ああ、そうだな。置いてかれないようにしないとな」
今目の前にあるCBR250Rは、六花が求めていたスーフォアより速いバイクではない。
でも、だからどうしたというのだ。
CBR 250Rだって、いいバイクだ。
250ccの単気筒エンジンは、燃費もいいし低速トルクもある。
足つきだってRRよりも断然いい。
きっとこのままバイクに乗り続けていたら、タカハシ先輩が言っていたバイクが違うバイクのことだったことに気がつくだろう。
だが、それは別に今じゃなくてもいいはずだ。
「色もすっごくお気に入りでね。こんな色のバイクもあるんだなーって!」
「レプソルカラーって言うんだぜ、それ」
「レプソル? オレンジの種類?」
「ああ、そうだな」
「いや違うでしょ」
俺の意図を察して口を噤んでくれたつづみが六花にレプソルカラーの話を始める。
それはその説明を聞きながら、冬の終わりの澄んだ青空を見上げた。
もうすぐ、春が来る。
俺たちバイク乗りの季節が、やってくる。