『私は、何故この場所に居るのだろうか』
ティラノ・ドレイクの少女、アントワネットは、ずっと考え続けていた。
彼女の居る場所は、かつて火文明のエネルギーを産み出し、数多の龍が眠っていたドゥル山脈の成れの果て、死火山ドゥルの遺跡内部。
気が付いた時、アントワネットはその遺跡の中に独りで立っていた。
ここはどこで、なぜここに居るのか、今まで何をしていたのか、何を思い出そうとしても、まるで記憶に霧がかったように思い出すことができなかった。
ただ唯一、自身が『アントワネット』であるということだけは解っていた。
じっとしていても埒があかない。そう思い、遺跡の探索を始めたが、遺跡内部は複雑に入り組んでおり、探索は思うように進まなかった。
しかし、調べていく内に分かった事が幾つかあった。
どうやらこの遺跡は過去に激しい炎で焼かれたらしく、いたるところが黒く焦げ、壁も崩れている。
さらに、いくつかの通路ではあちこちで有毒なガスが滞留し、時に間欠泉のように吹き出して安易な侵入者を拒み、また彼女が外へ出ることも拒んでいた。
所々に過去の犠牲者の亡骸がなければ、彼女も何も知らずにその中へ踏み入っていたことだろう。
そんな場所を避けながら、慎重に探索を続けていく内に、途端に開けた場所に出た。
そこは、崩落によって出来たであろう空間で、彼女はそこを拠点にすることにした。
それからしばらくして、遺跡内を探索中にばったりと1人の超獣と出会った。彼女はアントワネットと同じティラノ・ドレイクを持つ超獣で、名前を『トリエール』と言った。
旅の途中の宝探し。それがこの遺跡にトリエールが訪れていた理由だった。
話していくうちにトリエールと打ち解けたアントワネットは、世界を旅していたという彼女から、外の世界に存在する様々なものの話を聞いた。
奇妙なルーレットの門番、心も魂も削り取る巨大な螺旋、光の流れを司る砂時計、永遠に続く小さな知識の回廊、自身の運命を選択させる石像……
他にも沢山の話を聞いたが、その全てがアントワネットにとって新鮮なもので、トリエールと会話する事がこの場所での唯一の楽しみになった。
しかしトリエールも、いつまでも留まることはなく、目的を終えたある日、いくつかの金属や機械の部品を抱えてアントワネットの元から去っていった。
『君は出ないのかい?』
アントワネットは、出口を知っているという彼女の誘いを断った。
共に外へ出る気持ちにはなれなかったのだ。
自身も色々な所へ行きたい、もっと世界を知りたい。トリエールから聞いたものを、自分の目で確かめてみたい、そんな考えが頭をよぎることもあった。
仮にトリエールに頼らずとも、出る事自体は、そう難しくはないはずだ。
しかし、ここを出る事を考えた時、心の内に言い様の無い不安と恐怖が沸き上がり、身体の震えが止まらなくなった。
なぜそうなるのかはアントワネットにも分からなかったが、彼女は外に出ることで『この身に何か、とてつもなく恐ろしい事が起こる』と漠然と感じた。
だから、アントワネットは外に出られず、停滞を選んだ。
これまでも、昨日も、今日も、明日も、この先も。
きっと自分は何もできず、知らないまま、この場所に居るのだろう、そんな締観が彼女の中にはあった。
それを覆す存在が現れたのは、ある日の事だった。
「竜の娘よ、貴女の住まうこの場所、この黒焦げの遺跡以外に何もないのか?」
突然、気配もなく後ろから問いかけられ、アントワネットは驚いて振り返り、同時に、声の主の風貌を見て眉をひそめた。
やや細身の長身に、折れ曲がった大きな角が目立つ頭全体を覆うマスク、そしてボロボロのコートを羽織った、見るからに怪しげな男が自身の後方に立っていたのだ。
アントワネットの居る場所から、この場所の出入口までそれなりの距離はある。しかし声をかけられるまで、彼女は男が近付く気配に全く気付かなかった。
いったい、この男は何者なのか。
纏う雰囲気と、彼自身から発せられる、まるで地の底から漂ってくるかのような冷たく陰気なマナを感じ、アントワネットは自身とは全く異なる文明の種族……恐らくは、話に聞いたダークロードだろうと見当をつけた。
トリエールも同じ雰囲気は持っていたが、彼女はアントワネットのように複数の文明の力を持つレインボー獣で、感じる闇のマナは薄かった。
しかし、目の前の男から感じ取れるマナは、彼女のものよりも格段に深く暗い。おそらく、生来の闇文明の住人なのだろう。
本来であれば孤独な彼女とって、他者との会話はそれだけでも貴重な機会……なのだが、今回の来訪者は奇妙な風貌をした闇文明のダークロード。
アントワネットは、かつてトリエールに言われた忠告を思い出す。
『もし、ここに闇文明の者が訪れても、決して隙を見せてはいけないよ。そいつが悪意を持つものなら、隙を見せたが最後、永遠に魂を弄ばれるかもしれないからね』
アントワネットは、自身の身体が緊張で強張るのを感じた。
迷い込んだのだろうか、それとも何か目的があってここに来たのだろうか、何にせよ用心するに越したことはない。そう思い、刺激しないよう慎重に言葉を選び、警戒しながらおずおずと答える。
「……ええ、そうね、私もあちこち調べたけれど、こにはそれと、大昔のガラクタ以外は何も無かったわ。ここはそういう所みたい。そんな場所に、貴方は何の目的で来たの……?」
「私の目的……?」
男が口を開くと同時に、発せられる闇のマナがより強くなったように感じ、アントワネットは緊張で背筋が寒くなり、冷や汗が頬を伝う。
しかし、男の返答はアントワネットにとって、全くの予想外のものだった。
「よくぞ! よくぞ聞いてくれた竜の娘よ!! 私達は、是非! 是非にも! 貴女に我々のロックを聴いてもらいたいのだよ!!」
「…………へっ?」
その陰気な風貌に似つかわしくない、底抜けに明るい声色と発言に呆気にとられ、アントワネットは思わず間抜けな声を出す。
この男は何を言っているの?
私に? ロック? 何故?
そもそもロックとは何……?
あら? 今私はもしかして隙を見せているのでは?
ん? 『達』? 『我々』?
アントワネットが次々と浮かぶ疑問で混乱している中、男は更に言葉を続けた。
「どうだろうか、どうか……どうか一度だけでも聴いては貰えないだろうか!」
「え、え……? どうぞ……?」
「……!! ありがとう!」
勢いに押されて出たアントワネットの空返事を聞いて、男は嬉しそうに彼女の、そのさらに後方へと声を投げる。
「諸君!! 準備は出来ているか!」
彼女が振り返ると、そこにはつい先程までは無かったハズのステージが設置されており、その上には、小さな3人の超獣、おそらくガーゴイルと呼ばれる種族が、各々の楽器を掲げて嬉しそうに返事をしている。
「勿論です伯爵!」
「準備バンタンだ!」
「いつでもいけますゼ!」
その返事を聞いた男の表情はマスクに覆われて分からないが、何故かアントワネットには、男がマスクの下で嬉しそうに微笑んでいるように感じた。
「よろしい! では、始めよう! どうか楽しんでくれ!」
「あっ! ちょっと……!?」
アントワネットが言い終わる前に、伯爵と呼ばれた男はその場で深く屈み、次の瞬間、その場から音も無く跳躍。
そして『トン』と軽い音を立てて、ステージの上に降り立った。
そして、はためくコートを翻してくるりと回り、いつの間に持ったのか、丸い鋸を二つ並べたような、奇妙なデザインのギターを構え、右腕を突き上げ叫ぶ。
「ロックン……! ロォォォーール!!!」
同時に、ステージから軽い爆発音と共に4色の爆煙が吹き出し、更に男は叫んだ。
「聴いてくれ! 『レジェンド・アタッカー』!」
その言葉と同時に打たれる、銃火器を思わせるような激しいドラムのソロ、それが、曲の始まりだった。
最初にアントワネットに届いたのは、叩きつけられるような爆音だった。
本来ならば思わず耳を塞ぎたくなるような音量、しかし、彼女の身体は動かず、ただただ聴き入った。
自身の身体に宿る火のマナを更に熱く燃やすような、速く、そして熱いビートが彼女の心に届いたのだ。
未だ困惑しながらも、アントワネットの足は自然にライブステージに近付いていく、その特等席、真正面へと。
真正面に立った時、その迫力は最大になった。
その曲は、戦いの歌だった。
龍の末裔達の、誇りの歌。
熱く前に進み、決して退かない、勇気を。
心を震わせ、燃やす、魂の炎を。
勇ましく闘うその姿を歌う、戦士達の歌。
『さあ! 新たなる戦いを始めよう!』
アップテンポで奏でられる演奏、熱い魂が込められたその歌声に、アントワネットの一瞬で心を奪われた。
男の後方で演奏しているガーゴイル達が扱っている楽器は、彼等同様に小さい。
しかし彼等の演奏は、それを全く感じさせない程の音量と迫力を持って、アントワネットに届く。
そして、演奏に乗せられる男の歌声。
鬼気迫るように力強く、それでいて時に美しく繊細でもある洗練された声。
それらが相乗して、アントワネットの心を揺さぶった。
まるで、本当に龍の末裔達が声高らかに己が誇りを謳っているような、そう感じる程の臨場感があった。
しかし、それを歌い、そして演奏しているのは四人の闇の住人達。
その奇妙な光景が、曲の存在をより際立たせている。
――曲が終わり、ギターから僅かに響いていた余韻を止めた男は、深く息を吐いてステージを飛び降り、アントワネットを見据えて重々しく口を開いた。
「……いかがだっただろうか? 我々のロックは」
「え、ええ……」
ほんの数分の間だったが、アントワネットには壮大な一つの物語を見終えたかのような高揚感があった
アントワネットはしばらく放心気味だったが、なんとか言葉を繋いだ。
「すご、かったわ……とても……凄い……!」
たどたどしく、ようやく口から出た言葉は、それだけだった。
未だ冷めやらぬ感動と衝撃に心は震え続け、何とか動いた口は、それだけしか言葉を紡ぐことはできなかった。
だがしかし、凄まじい熱に圧倒され続けたが故に出たその言葉は、確かに嘘偽りないアントワネットの本心だった。
「……ッ!!!」
その言葉を聞いた男は、しばらく硬直した後に俯き、両の拳を力一杯に握り締めて震えはじめる。その後ろでは、演奏メンバーまでもが同じように俯いて震えていた。
(あっ……!?)
アントワネットは、自身の発言が彼等の望むものではなかったのではないかと焦った。
「あの、ごめんなさ……」
何か気分を害してしまったのかもしれない。そう思ったアントワネットは慌てて謝罪の言葉を続けようとしたが、それは叶わなかった。
なぜなら――
「ウオオーッ!! やっっったァァァーー!!!」
「遂に! 遂に我々のソウルが通じました!」
「うおっしゃーー!! ドンドコドーン!!」
「地上に出てきてよござんしたーーー!!!」
突然、男は両膝をつき、腕を天に向けて力の限りのガッツポーズを決め、他の三人も各々の楽器をかき鳴らしたり叩いたりしながら万感の叫びを上げていたからだ。
どうやら先程の彼等は、嬉しさのあまり震えていたようだった。
「え、ええ……?? あの……」
「嗚呼! 覇王様! この出会いに感謝致します! そして師よ! 私はようや……く……アッ!!」
男は未だ何かに向けて万感の祈りを捧げていたが、まだ困惑しているアントワネットに気付き、ハッとして、気恥ずかしそうに『コホン』と一つ咳払い。
ガーゴイル達もそれに気付いて慌てて身を正して大人しくなり、男も佇まいを直して、アントワネットの方へ向き直り、先程の歓喜の叫びなどなかったかのように話し始めた。
「失礼、あまりの嬉しさに思わず取り乱してしまった。……実は、我々の音楽は、その……闇文明では、あの……なんというか、こう、あれだ、あまり、好まれなく、て、つい……」
話しながら、先程とは打って変わって小さく歯切れも悪くなる声、それと同時に、男は見る見るうちに気落ちしていく。
「ゅぇ……、ぁ……ょぅ……」
とうとう何を喋っているのか聞き取れないほど声が小さくなって俯いてしまった男の側に、一人のガーゴイルが近づいていく。
そのガーゴイルは身体こそ小さいが、常に背筋が伸びた小綺麗な身なりで、タキシードのような服を着こなし、どこか執事を思わせる。
そのガーゴイルは、小さな翼を羽ばたかせて男の顔近くまで飛び上がって話しかけた。
「伯爵、伯爵。あとはワタクシ達が言いますから」
男は『すまない』と断って、ヨロヨロとその場にうずくまってしまった。
「失礼致しました。実はワタクシ共、この地上に来る以前には闇文明の各地で演奏をしておりました。しかし、頂ける感想の殆どが『うるさい』や『やめろ!』。それ以外では『暑苦しい』『なんだその雑音は』。ところにより『荘厳な音楽に変えろ』『耳がキンキンする』等が主、時折気に入って頂ける方もいらっしゃいましたが、『素晴らしい』とまで仰っていただけるのは、我々の御主人様だけでございました。それ故に、貴女様の感嘆の心が込められた賛辞によって、我々は有頂天になってしまったのです」
それに続けるように、白い鎧のガーゴイルが口を開く。
「いやあ、ありがとな、ホントによ。闇文明でも言ってもらえた時は、ありがてえことだったけど、俺らとしては、どうせならもっと沢山の人に聴いてもらいたかったからよ。そう言ったらエル坊……伯爵が『ならば地上へ出向こう。闇では難しくとも、他の文明なら我々のハートが届くんじゃないか』って、言うからよ」
着流しのような服を着たガーゴイルもそれに続く。
「あっしらもネ、せっかく伯爵に声かけてもらって集まった同好の士ってヤツですんで、こうなりゃ乗りかかった船だ! ってなもんで、伯爵についてくことにしたんでサ」
男も気を持ち直したらしく、会話に加わる。
「しかし、いざ地上に出たはいいものの、最初のライブ会場に選んだ自然文明では……その、色々、こちらの不手際と非礼によって怒らせてしまい、転移させられた先がこの遺跡で……実は、貴女が我々の地上に出てから初めての観客だったのだ」
その言葉を聞いて、アントワネットは何となく理解ができた。
今まで続けていたから、あの言葉だけで、あれほどまでに喜んでいたのか。
「そうだったの、貴方……あら?」
そこまで言って、アントワネットは彼等の名前をまだ知らない事に気が付いた。
聞くべきタイミングはとっくの昔に過ぎていたのだが、おずおずと切り出す。
「ええと、私の名前はアントワネット。あの……伯爵……サマ? その、貴方達の名前は……?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
それを聞いた彼等はキョトンとした顔で、アントワネットの方を向く。
「えっ?」
その様子を見て、アントワネットも思わずキョトンとして、彼等の顔を見る。
一瞬の沈黙の後、彼等はお互いに顔を見合わせてハッとした。
「失敬! まさか名乗るのを忘れて……ああっ!! 自然文明の時もか!!? 聞かず名乗らず!?? 私がか!? 嘘だろう!!!?」
男が頭を抱えながら悲痛な叫びを上げてのたうち回る後ろで、三人のガーゴイルは楽しげに笑っている。
「ひひひ、伯爵が変に茶目っ気出して『せっかくだから驚かせる演出をしよう!』なんて仰っちまったから、どっちも名乗るのを忘れたんですぜ。まあ、自然文明のときゃそのせいで怒らせちまったから名乗れなかったんですが」
「ワハハハハハ!! ほーんと締まらねえなぁ! というかエル坊! 初対面の相手にあのセリフはねえだろ! だいたい話しかけるったって、もうちょっと何か気の利いたコト言えなかったのかよ!」
白い鎧のガーゴイルに煽られた男はムッとして言い返す。
「いい加減に私をエル坊と呼ぶなと言ったろフレンジー! 私だって緊張してたんだ! だいたいお前だって私が発案した時はノリノリで――」
――ぱん!
口論が起きはじめたところで、先程、代弁を申し出たガーゴイルが小さな手を叩いて、二人の間に割って入った。
「ホラホラ、ここで喧嘩したってしょうがないでしょう! それとも何です? まさか死奏伯爵ともあろう御方が只でさえ礼を欠いた相手に、これ以上の無礼を重ねるおつもりですか?」
「ウッ……!」
痛いところを突かれたようで、男は押し黙る。
「ワハハ! それみたことかよ! だから『坊』だってんだ!」
フレンジーと呼ばれたガーゴイルは、まだ男を煽るように舌を出して騒いでいたが、仲裁に入ったガーゴイルは、それを咎めるように鋭く睨みながら続ける。
「フレンジー、アナタもアナタです。ただでさえ言葉遣いも性格も雑なのに、一言余計だからいつもあちこちで揉めるんです。こんなことが続くなら、アナタ一人だけ御主人様の所に帰ってもらうこともありえますが、それでもよろしいのですか?」
「ぐっ……!」
その言葉を聞いて、男と同じ様に黙り込む。
場をとりなしたガーゴイルは、ふう、とため息をひとつ吐いて、アントワネットに向き直り、恭しく礼を一つして話し始めた。
彼はタキシードを着こなしているが、彼自身も、その服装に違わない礼儀正しさがあるように感じられる。
「アントワネット様、まず先程のからの御無礼を重ね重ねお詫び申し上げます。そして遅くなりましたが、改めて我々の自己紹介させていただきます。まず、ワタクシはヒステリー・ベース、担当している楽器はベース……これは言うまでもありませんでしたかね? そして、あちらの口がどうしようもなく粗暴なのがドラム担当の……」
そこまで話したところで、先程男と口論をしていた白い鎧のガーゴイルが割って入る。
「粗暴で悪かったなぁヒステリー! 俺がドラム担当のフレンジー・ドラムだ! よろしくなぁ!! そんで、隣のギター持ってるこいつが……」
フレンジー・ドラムに促されるように、少し背の曲がった、着流しのような服を着たガーゴイルが前に出る。
「へえ、あっしはクレイジー・ギターと申しやす、以後お見知りおきを。そんでもって、お嬢さんの目の前におられるのが、あっしと同じくギターを勤め、ボーカルも担当しております我らがリーダー……」
その言葉に促されるように、アントワネットの視線は目の前の男に向く。
「エルレウスだ。そして我々四人のメンバーで結成されたのが闇文明屈指のロックバンド、その名も……!」
「『ヘル・チャリオット』! 以後、お見知りおきを!」
全員が声を揃え、大仰に御辞儀をした。
「『ヘル・チャリオット』……!」
アントワネットは呟くように復唱する。
一瞬の静寂の後、フレンジー・ドラムが不意に笑った。
「ワハハハ!! まあ『屈指の』っつっても、俺たち以外にロックバンドは居ねえんだけどな! デスワルツんとこに楽団とかはあるけどよ!」
「だからわざわざそういうことは言わなくてもいいんですよフレンジー! 何の為にこの挨拶の打ち合わせしたと……ああもう! 格好がつかないでしょうが!!」
「まあまあ、フレンジーもヒステリーも、一本でも指折りには違えねぇんで、こまけえことは言いっこ無しにしましょや、ねえ伯爵……」
そうクレイジー・ギターが言った時、エルレウスはまたどんよりと落ち込んでいた。
「……そうなんだよな……私達も意欲的に活動してるんだから、誰かが感化されてもっと増えても良いハズなのに、何故か私達以外に結成されてないんだよな……何故我々のソウルは闇文明には通じないんだ……?」
「ありゃあ伯爵、また凹んでんですかい?」
「……凹んじゃ悪いか?」
「毎度の事ですし、別に悪かないですがね。今はお客さんもいらっしゃるんで、もうちっとだけ気を張ってもらえやしませんかリーダー」
どうやらエルレウスには少しナイーブな所があるらしい。
その後ろでは、未だに大笑いしているフレンジー・ドラムをヒステリー・ベースが説教している。
彼等の騒がしくも、どこか楽しげなやり取りを見て、アントワネットはクスリと笑い、気になっていることを質問する。
「その、エルレウス……さんが、皆さんから『伯爵』と呼ばれているのは?」
そう問われて、エルレウスはゆっくりと立ち上がりながら答える。
「……私は、闇で『死奏伯爵』と呼ばれている故に、彼等はそう呼ぶ……が、ここは闇ではないし、今の私は只のロックンローラーで、貴女は大事な観客だ。好きなように呼んで欲しい」
それを聞いてアントワネットは少し考えた後、おずおずと切り出した。
「なら……『伯爵さん』と呼ばせてもらっても、よろしいかしら?」
「構わない。そして、アントワネット嬢、先程からのの我々の非礼の数々、改めてここで謝罪させていただきたい」
「そんな、私の方こそ……素晴らしい演奏に、あんな感想しか出なかったことを謝らせてほしいの、本当に心の底から熱くなるような演奏と歌だったわ……」
アントワネットはそこまで言った時、ふと、自身の中にあった、彼等に対する警戒心がもうすっかり薄らいでいる事に気付く。
そして、その言葉を聞いてガーゴイル達が沸き立った。
「そこまで言ってもらえりゃ、今まで諦めずにやってきた甲斐があったってもんだな! なぁ!」
「へえ、まったくで。こんなにありがてぇことは無えです」
「アントワネット嬢、不躾なお願いは重々承知ではありますが、先程の演奏が気に入っていただけたのでしたら、是非……是非、別の曲も聴いてはいただけませんか?」
ヒステリー・ベースは、礼儀正しく話しながらも、その言葉にどこか喜びと期待を滲ませて問いかけた。
「まだ曲があるの?」
「勿論です! 我ら『ヘル・チャリオット』、今年で結成一万年。曲のレパートリーは星の数ほどあります!」
「いち……!?」
闇文明には、不老不死の種族も居るとは聞いていたが、出た数字の長さにアントワネットは眼を白黒させた。
「もっとも、色々あったから人前で演奏するようになったのはここ五百年くらいなんだけどな!」
「五百年……」
文明や種族の時間感覚のスケールの違いに呆気に取られながらも、アントワネットはヒステリー・ベースに答える。
「それなら、是非……お願いするわ」
その言葉を聞いて、彼等はワッと沸き立つ。
「ありがとうございます!」
「そうこなくっちゃなぁ!」
「ようがす!」
「それならお次はこの曲を聴いてくれ!」
再びエルレウスは颯爽とステージの上に飛び上がり、演奏が始まった。
「『ジ・オーバーテクノクロス』!」
その曲は、世界の終末を表現した曲だった。
誰も彼もが野望と創世に夢を見た時代。
誰しもが信じて疑わなかった自身達の理想の世界は、結局自身達の手によって滅ぶ、その顛末を歌っていた。
曲の始まりは熱狂的だった。
しかし、ある場面を境に、曲調が徐々に狂気を帯びていく。
欲に駆られ、覇権を望み、力を求めた。
その結果、誰にも止められなくなった破滅。
ある日動き始めた厄災を前に
全ての生物はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
そして世界は終末へと突き進む。
徐々に上がっていく曲のテンポ。
恐怖心と焦燥感を掻き立てられる演奏に、アントワネットは背筋が寒くなる。
破滅、滅亡、逃げ場は――……
――気がついた時には、演奏が終わっていた。
興奮よりも、恐怖が勝る、凄まじい曲だった。
曲の衝撃によって少し遅れたアントワネットの拍手の音が寂しく響いているが、エルレウス達は、それがまるで万雷の拍手であるかのように噛み締めているようだった。
曲の余韻に浸り、胸の中にある恐怖の感覚を吐き出すように『ふう』と息を吐いた時、アントワネットは、ふと、エルレウスに一つの質問をした。
「伯爵さん、貴方は闇文明から出る時、怖くはなかった?」
闇文明からこの地上に出てきたというエルレウスに、少し自身の境遇を重ねての質問だった。
エルレウスは、少し思い出すように宙を見つめ、ゆっくりと右手の手を握りしめて答えた。
「……当然、怖かった。ああ、怖かったさ。もし他の文明でも、我々の音楽が受け入れられなかったら……そう考えただけでも足はすくみ、身体は震え、恐怖と絶望が心に染み込んだ」
――自分と同じだ。
アントワネットはそう思った。
「だが、私は闇から外へ踏み出した。踏み出さずには居られなかったのだ」
「……どうして?」
――自分はその一歩が踏み出せない。その恐怖を振り払えない。彼はどうやって振り払ったのだろうか。
アントワネット問われ、エルレウスは握っていた手を開いて見つめながら、答えた。
「『どうして』か……あえて答えるなら、心に火が着いていたからだろうか」
「……火?」
「そう、火だ。私の中に在る、絶対に消えない意思の火だ。『私達のロックンロールを世界に響かせる』。その意思の火が、その灯りと熱が、私の足を動かし、あの一歩を踏み出させた。そしてその火に比べれば、心を苛んだ恐怖と絶望なんてものは、あまりにも小さなものだった」
「闇に生きる私が言うのもおかしな話だが、どんな暗闇でも手元に確かな明かりが一つがあれば、一歩先さえ照らされれば、人は前に進み続けられるものだ」
「たとえ、その足取りがどんなに『おっかなびっくり』でもだ」
そう言いながら静かに笑い、マスク越しにアントワネットを真っ直ぐ見つめる。
「そして、その一歩を踏み出したからこそ、私達の音楽は受け入れられる事が分かった。故に私は、またここで一歩を踏み出そうと思う……その、アントワネット嬢、不躾は百も承知だが、願わくば、我々の音楽にまだまだお付き合い願いたい……のだが……いかがだろうか?」
エルレウスは『おっかなびっくり』に切り出したが、アントワネットの返事はもう決まっていた。
「……ええ、よろこんで!」
それからは、遺跡内に音楽が響き続けた。
――さあ、次の曲も自信作だ。
――次はどんな曲を聴かせてくれるの?
――伯爵、次はアレを聴いてもらいましょう。
――俺はアレも聴いてもらいてえな!
合間合間にそんなやり取りを挟みながら、彼女達は皆、時間を忘れて楽しむ。
五曲、十曲、十五曲と、彼等は次々に曲を披露し、その全てにアントワネットは夢中になった。
偉大なる龍と小鳥の友情。 星を渡る者達の挽歌。海を揺蕩う麗しい姫達の戦い。死すら片手間に踊る亡者達の饗宴。思い出を乗せた生物の郷愁。
あらゆる技巧を持って表現される様々な世界と物語、まるで目まぐるしく変わる世界を巡るような、不思議な体験だった。
そして、二十曲目が終わった頃、アントワネットは胸一杯に溜まった感嘆の息を漏らしながら呟いた。
「ああ、本当に素敵だわ、貴方達の音楽を聴いてたら、こんなつまらないところに居るのが嘘みたい」
それを聞いたフレンジー・ドラムは可笑しそうに笑う。
「ワハハハ! なんでぇオメー、好きでこんな辛気臭ぇところに居た訳じゃなかったのかよ!」
アントワネットはムッと頬を膨らませて言い返す。
「……人をなんだと思ってるのよ」
口を尖らせるアントワネットを見て、なおも笑いながら、そして意外そうに、フレンジー・ドラムは言葉を続ける。
「なんだオメー、気付いてなかったのかよ、俺はてっきり……痛ってえ! なにしやがんだヒステリー!」
話している途中のフレンジー・ドラムの頭を、ヒステリー・ベースが怒りの表情で兜の上からひっぱたいた。
「大切な御客様になんて口の利き方をするんです! それに毎回言いますが、余計なことは言わなくていいんですよフレンジー!」
「なにおう! ただ見たまんまの事言おうとしただけじゃねえか! 何がいけねーんだコノヤロ!!」
やいのやいのと揉める二人を尻目に、クレイジー・ギターが前に出てアントワネットに問いかける。
「アントワネット嬢は、こっから出たいんですかい?」
「……出たくないと言えば嘘になるわね、私もどうしてここに居るのか分からないし」
「出る気にはならなかったんで?」
「何度も出ようと思ったわ、でも、それを想像するだけで、なぜだか分からないけれど、伯爵さんがさっき言ったように、とても恐ろしい気持ちになるの……何度試しても同じだった、私には一歩を踏み出す為の火がないのかもしれないわ」
話しながら、アントワネットは考えを巡らせる。
――そういえば、私は、いつからここに居たのだったかしら?
「……ははぁ、そういうことですかい……伯爵、先達として、どう思います?」
エルレウスは少し考えて答える。
「人は誰しも大なり小なり、火を持っている……と思う。だが、貴女の火を見つけられるのは貴女だけだ。……一つだけ、今の貴女に聴いてもらいたい曲がある」
「今までとは少し趣向を変えた曲だが、これもロックの1つ、気に入ってもらえると嬉しい」
そう言ってエルレウス達は演奏をはじめる。
今までとは違い、静かで、優しい音楽だった。
歌詞の内容は、狭い世界で生きていた1人の妖精が、世界を巡る冒険の旅路を歌ったもの。
その音色はアントワネットの心に溶けていく。
どこまでも、まだ見ぬ世界を求めて、高鳴る鼓動と希望を胸に、不安も、恐れも、かすかに灯った心の火にくべて、ソリに乗って、前に進む。
鉄の社に海の底 光の園に命の森
闇の淵も飛び越えて。
出会い、別れて、世界を巡る冒険の旅路。
次はどこへ向かおうかと己に問いかけ。
次は何が待っているのだろうかと、胸を弾ませる。
その鼓動は、未だ鳴り止まない。
なら、まだ前に進もう。と妖精は呟き。
さあ、と、妖精は行く。
まだ知らない世界に出会うために。
そんな、未知への冒険と世界への期待を歌った曲。
心優しい曲、しかし、不思議と勇気を与えてくれる曲でもあった。
曲を聴きながら、アントワネットは不意に自身の胸に手を添える。
そして、気付いた。
きっと、今まで無意識に目をそらしていた。
考えないようにしていた“それ”を自覚した時、アントワネットの中に一つの火が見つかった。
――演奏が終わり、今までで一番の拍手の後、アントワネットはおもむろに席を立つ。
「火は、見つかりましたかい?」
クレイジー・ギターが、なんでもないように聞く。
「ええ、ようやくね。私も、もっと世界を知りたくなったわ、あの歌のように、この目でね。……でも、その前に、私は行かなきゃならない所があるみたい」
その言葉には、彼女自身の確固たる意思が含まれている。
「本当はもっと……もっと、貴方達のロックを聴いていたいけれどね」
「そうか……」
そう言ったエルレウスは、こうなることを予期していたように平然としているが、どこか寂しげな印象で続ける。
「……アントワネット嬢、最後に一つだけ聞かせて欲しいのだが、我々のロックは楽しんで貰えただろうか……?」
ほんの少しの不安を滲ませたその言葉を聞いて、アントワネットは動きを止め、エルレウス達を見つめる。
「楽しめたか、ですって……?」
そう言って口を噤んだアントワネットを前に、エルレウス達は固唾を飲んだ。
一瞬の沈黙の後、アントワネットは破顔して満面の笑みで答えた。
「勿論! 最高だったに決まってるじゃない! ねえ! いつかまた貴方達のロックを聴かせてもらえるかしら!」
「……ああ! ああ! 勿論だとも! 貴女に聴いて欲しい曲はまだまだあるんだ! いつかまた『ヘル・チャリオット』が、貴女に最高のロックをお聴かせしよう!」
名残惜しそうにガーゴイル達も声をかける。
「ワハハ……!! またなぁ!」
「お気をつけていってらっしゃいませ!」
「『ヘル・チャリオット』一同、その日を心待ちにしております」
「ありがとう、約束ね……!」
「ああ、必ず……! それでは……」
そう言ってエルレウスはギターを下ろし、仰々しく右手を頭上に掲げる。
「ごきげんよう、アントワネット嬢。よい旅路を」
そして上げた右手を回して自身の胸に添え、静かに、恭しく、そして彼自身の産まれが高貴なものである事を証明するような、美しい御辞儀をした。
「ええ、ごきげんよう、伯爵。貴方達もね」
そう言って、アントワネットはスカートの両裾を摘まみ、優雅に御辞儀を返す。
少しの沈黙の後、『フフ』と、笑ったのはどちらが先だっただろうか。
それからアントワネットはエルレウス達を一瞥し、軽く微笑んでから、一言も交わすこと無く、彼等に背を向けて静かに歩き始める。
その顔には、笑みが浮かんでいる。
『コツ、コツ』と、遺跡の中にアントワネットの足音が響く。
一歩、また一歩と進むごとに、これまで霧がかっていた記憶が鮮明になっていく。
最初に思い出したのは、故郷の風景だった。
海にほど近い、美しい土地。
そこでアントワネットは生きていた。
しかし、世界には争いは絶えなかった。
ティラノ・ドレイク、グランド・デビル、アークセラフィム、グレートメカオー、ドリームメイト、ドラゴン、そして不死鳥。
沢山の超獣達を巻き込んだ不死鳥達の戦いの果て、絶望と希望、二体の不死鳥が衝突して放たれた光が世界に降り注いだ。
それは、あらゆる奇跡と幻想がまかり通るこの世界にあって尚、目を奪われる幻想的な光景だった。
しかし、その光の合間から、突然、神のしもべを名乗る、見たことの無い者達が現れ、淡々と告げたのだ。
世界を在るべき姿に戻す。
その世界に、混沌は許されないのだと。
そして、振るわれた剣は――
(そうだ。私は、あの時に……)
外に出ることを恐ろしいと感じた理由。
(それはきっと、私が世界から『本当に居なくなる』からだ)
どうして自分はこの場所に留まっていたのか、逡巡しても答えは出なかった。
(でも、もしかしたら、彼等とロックンロールに出逢う為だったのかもしれない……なんて、ちょっと都合がよすぎるかしら)
最期の出会いの騒々しさを思い出してクスリと笑い、アントワネットは今一度、真っ直ぐ前を見る。
――今、私は自分の意思で踏み出した。
――不安と恐怖は未だに心の内にある。
――でも、もうこの足は止まらない。
――私の心には、火が着いたのだから。
『コツ――』
足取りは優雅に。
『コツ――』
しかし軽やかに。
『コツ――』
そして、ロックンロールを口遊み。
『コツ――』
彼女は歩いていく。
『コツ――』
『コツ――』
あれ程賑やかだった遺跡の中に、今は彼女の足音だけが響いている。
『コツ――』
『コツ――』
『コツ―――……』
――その足音を最後に残して、アントワネットは『居なくなった』。
そして僅かに聴こえていた残響が完全に消えるまで、エルレウス達は静かに耳を澄ませていた。
観客は居なくなり、先程まで賑やかだったゆえの寂寥感と静寂の中で、最初に口を開いたのはエルレウスだった。
「……アントワネット嬢の行く道に幸あれ、だ。嗚呼、しかし我々の曲を旅のお供として貰えるのは、何とも嬉しいものだ」
アントワネットの居た客席を見下ろしながら、ヒステリー・ギターはポツリと呟いた。
「ええ、本当に……しかし何でしょう、初めて見ましたが、あれが他の文明の連中が言う、昇天というモノでしょうか?」
「思ってたより随分アッサリしてたなあ、ゴーストってのは誰かの肉体を欲しがってまた生き返ろうとするもんだと思ってたが、他の文明の連中はそうはならないのか? それともそんな事思わねぇぐらい、あの世ってのは良い所なのか?」
そう言いながらフレンジー・ドラムは、エルレウスを見上げる。
「どうだろうな、しかし聞いた話によると、『向こうでもロックは聴ける』らしい。それなら彼女もしばらくは退屈しないだろうさ」
それを聞いたガーゴイル達は顔を見合わせて、不思議そうな顔をした後、クレイジー・ギターが口を開く。
「はぁ、それが確かなら結構なことですが、あっしらはそんな話は初耳で、そりゃなんです? 詩か何かの一節デ?」
「これは師からの受け売りだ。その真偽は、闇に生きる我々には確かめようが無いが――」
下ろしていたギターを掴み、アントワネットが口遊んだ曲を、名残惜しそうに軽く爪弾きながら続ける。
「……まあ、いつか世に言う『輪廻』とやらが巡った先で、また彼女と出会う日が来るだろうさ。その時にでも聞いてみようじゃないか」
――その日を、楽しみに待とう。
――我々には、永遠の時間があるのだから。
そう言って、エルレウスはマスクの奥で小さく笑った。
【終】