「貴方、確かMyGO!!!!!の」
「ん、猫、触る?」
「ご一緒しても? あら、この子懐きますわね」
「もふもふ」
海鈴と初音が課題を出しに行かねばということで、3人でタクシーを使って花女へと向かうことになった。長いこと学校を休んでいるので、公欠とはいえ課題提出くらいで済むのは大変有り難いことである。ちなみに羽丘はオンラインで出せるとの事だったので、祥子は代替課題をオンライン提出していた。進学校恐るべし。
海鈴を待っている間、敷地内のベンチで座って待っているとどこかで見た顔の少女がいるではないか。ということで、祥子はそんな少女ーー要楽奈とともに猫を撫でていた。
「動物は癒し。心に良い」
「わたくし、そんなに疲れて見えます?」
「心、傷だらけ」
「ーーーーッ! ……まるで猫みたいですわね」
表情を変えないままそんなことを宣う楽奈。動物は人の心を敏感に読み取ることがあるという。目の前の少女はまさに猫が人間の機微を察知したかのようであった。
「貴方は……どうやって心を癒すんですの?」
「好きなだけ猫を撫でる。ギター弾く。抹茶食べる。好きなことを好きなようにやる」
「好きなように……」
「それで息ができる。そういうもの」
「なるほど、道理ですわね。貴方、わたくしの幼馴染と雰囲気が似ていますが、性格は全然違いますわ」
なんだか愛おしくなって祥子は楽奈の頭に手を伸ばした。わしゃわしゃと撫でる。楽奈はそれを気持ちよさそうに受け入れる。
アニマルセラピー、いいかもしれない。今度初音の頭も撫でよう。などと意味不明な思考に至るあたりかなり疲れているのだが、不思議と幸せな気持ちになったのでよしとする。
「平和ですわね」
「平和。……でも雨降りそう」
「あら、本当ですの? ではファミレスで雨宿りでもいたしましょう。よければ何かご馳走しますわよ」
「パフェ食べたい」
海鈴からのLINEを見るにもう少しかかりそうだったので、近くのファミレスで待つことにする。その間、祥子は新たに出来た不思議な友達とまったりとお喋りに興じるのであった。
同じ時刻にMyGO!!!!!の他メンバーが絶望感に苛まれていることなど知る由もなく……。
「パフェうまい」
「お口にクリームついてますわよ」
「とって」
「ほら動かないで。はい、取れましたわ」
「柚餅子うまい」
「今時のファミレスって柚餅子置いてるんですのね……」
◇◆◇
CRYCHIC結成の裏事情。
祥子の父のこと。
祥子がどんな暮らしをしていたか。
どんな気持ちでCRYCHIC脱退を決めたか。
そして、どんな気持ちでAve_Mujica結成を決意したのか。
その全てを知ってしまった。壮絶な背景を前に一同頭がぐちゃぐちゃになる。特にそよと燈の狼狽ぶりは凄まじかった。
「…………『ただの学生である貴方に、他人の人生抱えきれますの?』」
「…………そよ」
「祥ちゃんは……ただの学生で本当に他人の人生抱え込んじゃったんだね……。私……私は……」
「祥、泣いてた」
「え?」
「そよに酷いこと言った、って。祥の心は今、傷だらけ。罪悪感でいっぱいなんだと思う」
絶句するそよ。
代わって立希が口を開く。
「相談とかは……祥子の性格上出来なかったよね」
「祥の気持ち、わかる。私も……家の話は気軽に出来ない。CRYCHICと家族、二択を迫られた祥に相談するって考えは多分……生まれない」
「……私も、その気持ちはわかる。私どこかで祥子は完璧超人だと思ってて、だから……私たちと同じくらい、それ以上に色んな傷を負って生きているなんて想像もしなかった」
立希にとって祥子は姉と同じような、弱みを微塵も見せない完璧超人。全てにおいて自分の劣等感を刺激する存在だった。
だがこんな話を聞いてはそんなことはもう思えない。寧ろその不器用さは自分に通ずるものすらある。離れてみて初めて豊川祥子という人物に強い親近感を覚えてしまったというのは、少し皮肉である。
「わた、しが……春日影……歌っちゃったから……祥ちゃんは……」
「燈は悪くない。あの時点で、祥はもう諦めてた。だからむしろ、祥に生きる目標をあげたのも燈」
「でも!!!」
普段出さない大声を出して立ち上がり、涙を必死に堪えながら顔を歪めて言葉を紡ぐ。
「祥ちゃんを、傷つけた……。陽だまりのような、祥ちゃんを、雲で隠した……」
「違う、違うよ燈。誰も、悪くない」
「………そうだね。燈、睦の言う通りだと思う。私たち、お互いがお互いすれ違っちゃっただけで、傷つけるつもりなんてなかったんだ。だから、燈は悪くない」
睦と立希がフォローを入れて、燈は黙り込む。まだ全て納得したわけではなさそうだった。
ここで、それまで無言だった愛音が口を開く。
「えっとさ……私部外者みたいなものだからアレなんだけどさ〜……最初に話を戻して良い?」
「……………うん」
「祥子ちゃんが長くないって……どういうこと?」
逡巡しつつ、睦は己の見てきたことを語る。命を燃やすようにしてAve_Mujicaに全てを費やす祥子の姿。そして最近の体調不良。
加えて先ほどの過去話が説得力を付与してしまう。
「祥のお母さん、病気だった。お婆ちゃんも。祥はあんまり体弱くないけど……あの生活は絶対祥の体に負担だったと思う……」
「うん、聞いてる限りだとそうだと思う。少なくとも私は無理だ」
立希が同意する。
「勘違いかも、しれない。早とちりかも、しれない。でも私は……その可能性を考えただけで……苦しい」
大袈裟な言葉を使った自覚はある。だけど、あまりにも仮説を補強する要素が強すぎて、睦の抱く不安感は無限に増大していくのだ。そしてそれは内容を聞いた4人も同様の意見だった。
「取り敢えず睦、祥子の様子を探って。仮説が本当ならもっと色々予兆とかあるだろうし」
「……うん」
「なんで」
先ほどからずっと黙りこくっていたそよが震える声で呟く。
「なんで……神様ってこんな残酷なことするんだろう。こんな、こんな祥ちゃんが酷い目にあって、必死に立ち上がってきたのにその仕打ちがこれだなんて……あんまりすぎる」
今この瞬間、5人の思いは一致している。
あまりにも理不尽な運命を呪いたくもなる。
そんな彼女たちの心象を表すように、雲はより一層暗くなっていた。
◇◆◇
「海鈴貴方こんな味気のない食事をしてますの?」
「うわぁ、プロテインだけで食事してる人初めてみたよぉ……」
「楽でいいですよ。調理の時間も惜しいので」
「そんなに時間ないんですの……?」
「Ave_Mujicaとディスラプション以外のバンドは頭を下げてサポートをやめることになりましたので、今は余裕がないこともないですが」
「初耳ですわ……」
30バンドが2バンドになっていた。ディスラプションはそれなりに思い入れもあったので、サポートとしての席は残してもらっているものの、既に海鈴の心はAve_Mujica一本である。
さて、そんな海鈴は信頼の一歩として、祥子と初華を自宅に招いていた。課題提出時に面談があり、それが長引いてしまったことのお詫びも兼ねている。ファミレスでは紅茶しか飲まなかったため海鈴の家でご飯でも……と思っていたのだが、あまりの食生活に呆れた祥子は決意する。
「少しお台所をお借りします。初華、買い物を手伝ってください。海鈴、貴方は作曲の件進めていて」
「へ? あの、何を」
「ご飯を作ります。ちょっと見てられませんわ」
「祥子さん、料理できるんですか?」
「祥ちゃんは料理上手だよ! 凄く家庭的なものを作ってくれるの!」
「なんでそんなに詳しいんですかね」
「わたくし、今は初華と同居しておりますので」
「ほう、初耳です。いいですね同居、3人でルームシェアとかしませんか?」
「だ、だめ! ダメだからね!」
和気藹々。
その言葉が似合うほど、この3人の雰囲気は穏やかなものである。祥子の作った料理を皆で囲み、食事を摂る。どうやら口にあったようで、海鈴は美味しそうに顔を綻ばせる。
「そういえば。最近若葉さんの元気がないように思います。祥子さんはどう思われますか?」
「……本当ですの? わたくし、最近はお仕事の関係上あまり睦と話す時間が取れなくて」
「えぇ。なので一応気に留めておいていただけますか?」
「……今呼びましょう。こういうのは後回しにしても何も良いことがありませんわ。せっかくなのでにゃむも呼んで5人で食事はいかが?」
祥子の経験上、メンバーの不穏な話はさっさと解消しておくに限る。特に睦についてはいつ何が起こってもおかしくないのだ。
そう思って2人に電話を入れたのだが、全く出ない。にゃむは確か仕事を入れていた気がするので仕方ないとして、睦はオフだったはずだ。
「…………睦?」
何か嫌な予感がする。
また祥子の知らないところで睦に何か起こっているのだとしたら?
そう思うと居ても立っても居られなくなった。
「初華、今日は帰りが遅くなります」
「え、う、うん。どうかしたの?」
「睦の家に向かいます。なんとなく嫌な予感がするので」