【完結】神祥子のリトライ!   作:紫陽花の季節に会いましょう

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13話:登校しますわ

「睦ちゃん。おはよう。良い夢は見れたかな? 見れたよね? 良い現実を見たもんね?」

「おはよう初華。なんでうちの前にいるの?」

 

 お手伝いさんから門の前にお客人がいると連絡があり、睦は確認のために外に出た。時刻は朝の6時だった。

 そこには目にハイライトのない初華。だが常識は弁えているのか流石に夜分にインターフォンを鳴らすようなことはできず、健気に外で立って待っていたのである。

 

「祥ちゃんを返して」

「……………入って」

「え」

 

 思いもよらぬ返事に初華は困惑する。睦に案内されて部屋に入ると、そこにはぐっすりと眠る祥子がいた。

 朝方になってお風呂に入り、着替えてそのまま眠っているようだ。だが時々うなされたように顔を顰めて呻き声を漏らす様子に、事態が思った以上に深刻であることを初華も睦も悟らざるを得なかった。

 

「祥、また悪夢見てる。パターンは3つ。私のこと、お母さんのこと、そしてCRYCHICのこと」

「…………それは、そう、だね」

「寝言でわかったけど、最初の1つは私といる時は見てない。2つ目は……初華。ううん、初音。初音といる時は見てないんだと思う」

「えッ!?」

 

 睦からその名前を聞くことになるとは思わず、驚いてしまう。

 

「ごめん、祥から聞いた。祥にとって初音は家族。絶対に離れちゃいけない」

「……………」

「これは祥の真実。初音にも知っておいて欲しい」

 

 そうして睦と初音はリビングでお茶を飲みながら語らう。祥子が未来から来たこと。その未来で何が起こったか、その顛末。

 初音は何も言わずに睦の言葉に耳を傾けていたが、全て話し終えてからようやく口を開く。

 

「祥ちゃんの心のダメージは、私と睦ちゃんがいて初めて癒せる、ってことかな」

「うん。だから協力して欲しい。私の件は祥の心から消えることはないし、お母さんの件も同じ。でも3つ目は解消することができる」

「CRYCHIC……」

 

 初音にとって、CRYCHICは嫉妬の対象だ。祥子の黄金時代、所詮自分はその代替品。そんな考えすら思い浮かぶ。

 だが目の前で苦しむ祥子を見て、初音はすぐにその考えを頭から振り払った。

 

(代替品なんかじゃない。私が、祥ちゃんを幸せにするって決めたんだ)

 

 そして目の前の少女もまた同じ考えを持っていると悟る。強力なライバル、されど協力できれば心強い。

 

「未来ではその折り合いがつけられた。なら、同じことが出来るはず」

「うん、そうだね。頑張ろう睦ちゃん!」

 

 がっしりと握手して微笑む初音と睦。

 だが、なんだか握力が強かった。

 

「ところで……。祥ちゃんの首元に変な痕がいっぱいあるのは気のせいかな? かな?」

「気のせいじゃない。とても美味しかった。叔母さん、祥を私にください」

「あげないよ!?」

「でもこれから3人で住む以上、初音は姑ポジ」

「え、ちょっと待って、今なんか変なこと言ってたような」

 

 3人で、住む?

 

「祥を癒すには私と初音が必要。なら寝る時は3人で寝ないと駄目」

「………………………そん、な」

「ということで、今日からよろしく初音」

「家賃光熱水道ネット全部睦ちゃんに払ってもらおうかな」

「そうしたら節約のためにお風呂は私と祥で入る」

「あぁああああああぁあああああああああ!!! 私睦ちゃん苦手!!」

 

 自己肯定感の低さから、人に対して強く出れなかった初音にとってこの発言は成長の第一歩なのだが、本人は全くそれに気づいていなかった。

 こうして祥子が初音の家に運び込まれて目が覚めた頃には2人の関係はそれなりに進展していた。

 

◇◆◇

 

「あの……何故睦がいるのでしょうか」

「暫く泊まることになった。新居が見つかるまでの仮住まい」

「え、新居?」

「もっと広いところに引っ越す。3人で住むために」

「わたくしが眠っている間に何があったんですの!?」

 

 悔しそうに唇を噛んでいる初音と、ドヤ顔の睦。恐らく何かがあったのだろうが、祥子にはそれを計り知ることが出来ない。

 結果、あの狭いロフトに3人で川の字に寝そべってだらだらする時間が増えた。睦のメンタルは回復し、ここ数日の仕事も絶好調である。

 ということで最後の問題。それは、CRYCHIC問題だ。

 

 既に4人には、祥子の短命説が勘違いであったことを伝えてある。だがそれはそれとして、全ての真実を知ってしまった彼女らと祥子とで話し合いの場を設けたい気持ちが睦の中にはあった。

 10/10の名古屋公演を終え、その翌日はオフだったため、いつものように3人でソファに座って映画を見ていた最中。スタッフロールを眺めながら、ふと睦が切り出す。

 

「祥、学校はいいの?」

「……? ええ。羽丘は公欠中は課題をオンラインで提出すれば単位になりますの。今はAve_Mujicaの方が大事ですし、その方がよろしいかと」

「違う。燈のこと」

「ぁ……ぇ、と。そう、ですわよね。そろそろ向き合わなければなりませんわよね……」

 

 下を向く祥子。そんな祥子を挟んで初音のジト目が睦を突き刺す。なんでそんな直球勝負なの? ごめん、切り出し方がわからなかった。そんなやりとりが無言のうちに交わされる。

 名古屋公演を終えれば、あとは1ヶ月後の大阪公演とそのまた先の横浜公演。時間的な余裕はある。

 

「ひとまず、リハビリも兼ねて明日は登校いたしますわ。よく考えればもう1ヶ月半は登校していませんものね……」

「うん、それが良いと思う」

「無理しないでね祥ちゃん! 私、近くまで着いて行こうか?」

「なんで不登校の子どもを心配する母親みたいになってるんですの……? 普通に行けますわよ」

 

 ということで祥子にとって久々の羽丘だ。月ノ森とは違うこの灰色のブレザーを着ていたのもなんだか遠い昔のように感じる。今更ながら自分がまだ学生であったことを思い出したのだった。

 始発で登校し、1番に教室の席に座る。1.5ヶ月授業に出ていないが、課題もやっていたため基本的に支障はない。現時点でも特待生を維持できるくらいの順位には食い込める自負があった。

 

(問題は実技の単位ですわね。美術はともかく体育はオンラインではどうしようもないので)

 

 課題をやりながら始業を待つ。ポツポツと生徒たちが登校し始めたが、教室にいる祥子を見て皆一様に固まっていた。

 

「え、うそ、豊川さん?」

「オブ様……」

「ツアー中だったよね? え、美し……」

「いやほんと何で仮面取るまで気づかなかったんだろうね」

「なんか話しかけるなオーラ凄かったし……」

「傷心令嬢が田舎で隠れ住んでる感ヤバかったから触れられなかったもんなぁ」

 

(なにやらパンダにでもなった気分ですわね。……立希にお詫びも兼ねてパンダグッズを贈ると言うのは……いえ、物で釣るのは、うーん……)

 

「何考えてるんだろ。なんか凄い高尚なこと考えてそう」

「物思いに耽るオブ様も美しい」

「オブ様と同じ空気を吸ってりゅ。もう死ねる、死んだ、はい死んだ」

(パンダのこと考えてますわ。というかそろそろ普通に鬱陶しいですわね……)

 

 始業してからもこの空気感は変わらず、少し居心地の悪さを感じてしまう。いっそ退学してしまおうか。豊川グループを継いでAve_Mujicaをやる以上、学校に留まる必要性は皆無だ。

 だがそれも、燈と向き合った後のお話である。廊下には祥子を眺めにくる人だかりで溢れかえっていたが、その中に燈と愛音の姿があることに祥子も気づいていた。

 

(タイミングが掴めない。いえ、これは言い訳ですね)

 

 体育の時間。

 2クラス合同授業ということで、燈と愛音の姿が見える。2人ともこちらを見ながら何やら話をしているようだった。

 ひとまずそっちよりも授業だ。

 体育のペアの準備運動をしなくては。

 

「体を押していただけますか? 佐藤さん」

「ぴぃぇ!? わ、わた、わたわた私の名前!?」

「クラスメイトの名前ですもの。覚えてないわけがありません。あの、よろしくて?」

「も、もちろんですオブ様! じゃなかった、豊川様!」

「できれば"さん"付けにしていただけたらと……」

 

 神の御姿に触れてしまった……と何やらぶつぶつ呟くクラスメイトに苦笑いをする。

 その後は久しぶりに運動したこともあって、かなり息が切れてしまった。だいぶ緩和されたものの、いまだにCRYCHICの夢を見ることもあって睡眠の質はあまりよろしくない。祥子は慢性的な疲労感に苛まれていた。

 そこにきて久しぶりの登校と運動だ。思った以上に負担が大きい。少し休もう。そう思って土手の方に歩みを進めようとした時、

 

「祥子ちゃん危ない!」

「え」

 

 誰かの声と同時に、祥子の頭に衝撃が走る。サッカーボールがぶつかった。その認識を抱えたまま、祥子は自分の体が地面に倒れ込むのを実感した。

 目を閉じる直前に見たのは、心配そうな顔をしている愛音と燈。燈にそんな顔をさせていることが申し訳なくて、居た堪れなくて、祥子はゆっくりと目を閉じた。

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