【完結】神祥子のリトライ!   作:紫陽花の季節に会いましょう

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6話:いつか訪れるその瞬間までは

 お風呂後、再びミーティングを行い、その後軽く台本読みを行う。

 

「はぁぁぁ……お風呂後までこんなことするの……? 詰め込みすぎだってぇ、今日は配信すらやる気起きないわ」

「では私、23時までには絶対就寝すると決めていますので」

「えぇ、おやすみなさい。にゃむ、海鈴」

 

 気怠げに部屋に戻るにゃむと、少し疲れを見せつつもクールフェイスな海鈴。2人を見送ったのち、そこでぶんぶん尻尾を振っている初音の頭を撫でて「おやすみ」と言った。

 さて、最後に残った睦は祥子に何か声をかけようとしたものの、先に祥子から手が伸びる。

 睦の頬を愛おしそうに撫でる祥子の表情は、愛情と哀情の2つが複雑に絡み合ったようなものであった。なんともいえない寂寞を抱えた祥子の表情に、思わず言葉を失う。

 

「では睦、また明日」

「さきっ!」

 

 思わず手を伸ばす。

 だが睦は何もいえず、そんな睦に今度は微笑むようにして祥子は言った。

 

「大丈夫、睦。何も心配いりません。だから今日はおやすみなさい。良い夢を」

 

 1人廊下に立ち尽くす睦。

 自分の口下手をこんなに呪った瞬間は、あの雨の日以来かもしれなかった。

 

◇◆◇

 

 眠れなかった。

 明日も忙しいことはわかってるのに、布団に入って眠ろうとしても先ほどの祥子の顔が思い浮かんでしまい、意識を手放すことが出来ない。

 ここ最近の祥子はおかしい。

 それが睦の心を掻き乱す。

 父親の事件があって、CRYCHIC解散を告げてからずっと祥子は苦しそうに生きていた。自分の力で生きていくと決めて結成したAve_Mujicaの活動中だってそう。ずっとずっと苦しそうで、でもそんな祥子に傘を差してあげられない自分が本当に嫌だった。

 

(祥……)

 

 自分の半身。

 姉のような存在であり、双子のような存在。

 そんな祥子が数日前から何か吹っ切れたような表情をするようになった。それどころか今までの苦しみを全て受容し、深い関わりを持とうとしてこなかったバンドメンバーに寄り添うような行動を取るようになった。

 初華が良い例だ。

 確かに前から祥子と初華は仲良しだったが、数日前からのあの2人の関係を見ているとどうもモヤモヤとした気持ちが湧いてくる。

 

「眠れない」

 

 軽く散歩でもしよう。そう思って外に出た。

 豊川家の別荘なだけあって、外界から隔離されたような静かな場所だ。屋上で月でも眺めようかと思い階段を登ると、その先から声が聞こえる。

 聞き覚えのある声、そして聞き覚えのある詩、歌。

 

「雲間をぬって、きらり、きらり」

 

 ーー春日影。

 

 それは祥子が創り、そして壊した大切な思い出のバンド:CRYCHICの大切な曲。その歌をこんなところで口ずさんでいるのは1人しか思い当たらない。

 屋上への扉を開ける。

 そこには、月光に照らされて儚く歌う少女がいた。

 透明な声。

 透明な線。

 今にも水に溶けてしまいそうな儚く淡い存在。

 王子様のようにキラキラ輝いていながら、人魚姫のように目を離すと泡に溶けてしまいそうな危うい雰囲気を放つ少女ーー豊川祥子が柵にもたれかかって歌っている。

 

「あの日泣けなかった僕を 光はやさしく抱きしめた」

 

 そうだ。

 自分はあの日、祥子を抱きしめるべきだった。

 抱きしめて傘を差してあげるべきだった。事態は良い方に進んでなどいない。

 今にも消えて居なくなってしまいそうな祥子を見ると胸が痛む。

 ……思わず声をかけてしまった。

 

「祥……」

 

 歌が止まる。

 月光に照らされて星のような瞳が光を放ち、睦の意識はそれに吸い込まれていく。

 祥子は少し驚いたように、そして照れくさそうに微笑を浮かべた。

 

「覗きとは、趣味が悪いですわよ睦」

「ごめん……。祥が歌ってるの、珍しかったから」

「つい歌いたくて。そんな気分だったんですの」

 

 再び儚げな表情で星を眺める祥子。

 

 だめだ。

 その顔は、だめだ。

 心が苦しい。

 胸が張り裂けそう。

 睦は苦しそうに祥子に言う。

 

「祥……無理してる?」

「……………聞いた貴方の方が辛そうですわよ」

 

 睦の表情を見て近づいてくる祥子。そのまま頭を撫でて、諦めたように笑う。

 

「睦に隠し事は出来ませんわね。皆さんには内緒にしてくださる?」

「…………どうして? どうして、祥はそんな顔をするの? 私は……祥の、力になりたい……」

「睦。貴方にとっての幸せはなんですか?」

 

 かぶりを振って祥子は問う。睦は困惑する。何故今そんなことを問うのかと。

 

「わたくしは、ずっと貴方を苦しめていました。貴方を抑えつけていました。きっと妹が欲しいなどという自分の醜いエゴによって、貴方がいることを当たり前だと思って」

「さ、き……?」

「わたくしが壊れそうだから。そう言って貴方は着いてきてくれましたわね。あの言葉、今ならわかります。心の底からわたくしのことを心配してくれていたと」

「……………」

 

 全てを見透かし、全てを悟ったような雰囲気で話す祥子。睦はこの時、生まれて初めて祥子のことがわからなくなってしまった。

 真剣な表情で自分を見つめる祥子。祥子が何を言い出すのかさえ昔は手に取るように分かっていたのに、今は何も分からない。それがどうしても寂しくて、辛かった。

 

「睦。貴方はきっといつか、貴方自身のことと向き合うことになる。自身の人格ではなく才能を愛し、そしてそれを使って多くの人から愛される存在になる。その時、わたくしはきっと貴方にとって必要なくなるでしょう」

「なに、言って……そんなこと、そんなこと……」

「ですが、これだけは覚えていてください。わたくしは、本当に心の底から貴方の幸せを1番に考えています。睦が大事だから。睦が大切で、大好きで、愛しているから。

 きっといつかちゃんと答えを出しますから、今だけ……どうか今だけはわたくしの側にいてくださりませんか?」

 

 そう言って祥子は睦を抱きしめる。

 いつか訪れるであろう瞬間、睦から祥子への想いが薄れてしまう瞬間。祥子の中でその時が訪れるのは確定事項だ。

 その時が怖くて震える。そんな震えを、恐れを、睦は感じ取った。神の如き振る舞いで皆を引っ張っていく祥子が自分の前でだけ弱さを見せてくれる。祥子が何を恐れているのか、睦には全く分からない。少なくとも今の睦にとっての幸せはイコール祥子の幸せだ。そんな未来はやって来ない。

 

(震えてる……さき、本当に怯えてる……)

 

 何かを勘違いしているのはわかった。けれどその原因が分からない。ならばと、睦は決意する。

 

「私は離れない。祥のそばを絶対に離れない。祥は私の半身だから」

 

 今度は躊躇わない。

 傘を差し出すことを絶対に躊躇ったりなんかしない。

 祥子が自分を求めてくれるというのなら、自分はそれに精一杯応えよう。

 孤独へと突き進もうとしてる少女を1人にするようなことは絶対にしない。連れ戻すだけの力がないのなら、予定通り祥子と暗闇を突き進む。そのことを今更迷ったりなどしない。

 

「祥は私が守る。それが私の幸せ。それは本心、本当」

「むつみ……」

「祥が本当は強くないこと……知ってる、から」

 

 そう口にしてそれが失言かもしれないと慌てて口を押さえる睦。確かに少し前までの余裕のない祥子なら引っかかる物言いだっただろうが、祥子は吹き出して微笑を溢す。

 

「生放送の時は気をつけてくださいね、睦」

「ごめん……」

「いいえ。貴方だけがそれを知っていてくれれば、わたくしは大丈夫。わたくしは強い神で居られる」

 

 弱々しかった瞳の光が大きく輝きだす。

 ああ、この光だ。

 幼い頃、この光に魅せられて、祥子と音楽がやりたくてギターを掻き鳴らした。たあくんやみなみちゃんから与えられたものじゃない。祥子は"睦のもの"だったから。

 

「さ、風邪をひいてしまいますわ。ベッドに戻りましょう?」

「さき……一緒に……寝よ?」

「ーーーーッ!? え、と……それは、いいんですの?」

「……? なにが?」

「いえ。睦がよろしいのでしたら」

 

 睦への罪悪感から未だにその距離を測りかねる祥子。事情を知らない睦にはそれがどうにももどかしい。

 

(祥は"私のもの"だから。何を恐れているのか分からないけど、その弱さをもっと吐き出して欲しい。私だけの前でもっともっと弱い祥を見せて欲しい)

 

 それは少し歪んだ愛情かもしれないけれど、祥子と睦は今この瞬間、幼い頃同様に互いを思い合って夜を明かすのであった。

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