【完結】神祥子のリトライ!   作:紫陽花の季節に会いましょう

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8話:神殺しのアモーリス

 3泊4日の合宿を終え、Ave_Mujicaはツアーへと突入する。それにあたり抑えていたメディア露出も再解禁され、テレビ出演が増えることとなった。

 さあ、ここが分岐点だ。

 睦が疲弊しないようにするためには、今後の仕事について今一度考えなくてはならない。故に祥子は、事前にムジカメンバーへ睦のことを共有した。

 

「睦は注目されることが苦手です。喋ることも得意ではありません。故に初華、にゃむ、あなた方2人が広告塔です。それに加えてわたくしが矢面に立つことになります」

「矢面に立つ?」

「わたくしが全ての責任を負うということです。ま、それはお気になさらず。ともあれ、初華とにゃむの負担が増えますが、辛かったら言ってください」

「むーこがそれでいいなら良いけどさ、そんなんで今後やってけるわけ?」

「……………」

 

 合宿を経て睦の人となりを知ったにゃむはこの決定に文句はなかった。だが確かにこのままでいいのかという気持ちも理解はできる。

 

「前にも言いましたが、睦はムジカの価値を釣り上げる切り札です。あくまでキャラクターに沿って己の役回りを演じてください」

「私は王子様のように、かな? 祥ちゃんの王子様になれるように頑張るからね!」

「期待していますわ、初華。貴方とにゃむの整った顔であれば観客を物語に引き込むことができます。初華のスター性とにゃむの宣伝力はムジカの大きな武器です」

「……ま、褒められて嫌な気分ではないけどさー」

 

 少し照れながらもにゃむは覚悟が決まったようだった。

 初華もまた、祥子の為にと覚悟が完了している。

 

「海鈴、貴方にはバンド全体のバックアップを任せます。演出・脚本ではわたくしと共に会議に出ていただきますし、局とのやり取りも同様です。ムジカの参謀として期待しています」

「承知しました、祥子さん」

「あれ、うみこってさきこのこと名前で呼んでたっけ?」

「信頼の証です。祐天寺さんもにゃむことお呼びしてよろしいですか?」

「イーヤでーす」

「そうですか……」

 

 少ししょぼくれた海鈴と苦笑いの祥子。表情を戻し、改めて全員の顔を見る。

 

「今一度、言わせてください。

 Ave_Mujicaは運命共同体です。時に競い時に助けつつ、全員が全員の価値を示す。閉じた箱庭の中で完璧に等しい人形を演じ、観客をムジカの世界へと引き摺り込む。

 この5人ならそれが出来ます。

 ですから……あなた方の残りの人生、わたくしにくださいませんか?」

 

 儀式にて祝詞を読み上げるかの如く尋ねる祥子。既に皆、腹は決まっている。

 

「はい♡」

「はーい」

「はい」

「……うん」

 

 かつて若葉邸のスタジオで再結成を宣言した際、睦ーーモーティスはこの宣言に反応しなかった。

 けれど今、睦は覚悟を決めたように頷く。

 祥子を守る。本当は弱い大切な半身を守る為に、祥子と共に歩むことを決意する。

 

「では参りましょう。Ave_Mujicaの世界を届けに」

 

◇◆◇

 

 Ave_Mujicaのメンバーに意図的に隠したこと。それは、祥子の覚悟ーー全ての責任を取るということ、それが意味することについて。

 4人が何かやらかした時、その時の責任が全て祥子並びに豊川グループになるように仕向ける必要があった。これは未成年である演者を守る上で必須事項と言える。

 

「だが祥子……お前だって15歳の子供なんだ。それじゃあ」

「いいえお父様。これは必要なことなのです。わたくしは豊川の総裁になるつもりです。自分の責任は自分で負う。その気概を示さなくては親族会議はわたくしを総裁と認めないでしょう」

「しかし……」

「ですから死ぬ気で働いてください。Ave_Mujicaのリスクを全て摘み取り、わたくしにヘイトが向かないように出来るのはお父様だけです。お願いします」

 

 祥子の決意の固さはそのままムジカの成功へと直結した。

 ツアーについては問題なく進行していき、Ave_Mujicaの人気は爆発的に伸びていった。

 

「ムジカやばすぎ!」

「ティモ様メロい!」

「モーアモのやり取り尊くなかった!?」

「ドロ様イケメンしゅぎ……」

「オブ様ふつくしい……」

 

 各自の人気も確固たるものとなり、それに合わせて豊川グループ支援のもとグッズなども作られていく。

 圧倒的なまでの波が作られつつあった。

 

 豊川祥子の弱い心を置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

「…………また、ですの」

 

 寝起きの気分は最悪。寝汗のせいか、体がとても冷えている。喉が渇いて仕方がない。

 最近悪夢を見る頻度が増えた。

 睡眠時間も減っているというのに、高い頻度で見る悪夢のせいで一層疲弊が酷い。

 現状Ave_Mujicaの大方の問題はクリアされた。だというのに悪夢を見るということは、何かしら原因があると考えるべきだ。

 

(夢の中で夢を見るというのは面白い状況ですわね)

 

 そう笑えるくらいにはまだ余裕があるらしい。だが内容が内容なだけに、祥子は己の心の傷が深いことを悟らざるを得なかった。

 ここ数日で見る悪夢の内容、それは、

 

 母の玉の緒がついえる瞬間。

 ムジカ解散の瞬間。

 睦の死を知った瞬間。

 そしてCRYCHIC脱退を告げた瞬間。

 

 いずれも祥子の心に大きな傷を残した出来事ばかり。それらは何度も何度もローテーションされながら上映される。

 今この世界がとても上手く回っているからこそ、言い換えれば現実世界とのギャップが開きつつある今だからこそ、改めて祥子は本来の世界で起こった出来事を直視せざるを得なくなっていた。

 

(現実世界では今以上に全てのことを1人でやっていた。今は忙しいですけれど、時間的余裕がある。だからこそこんな夢を見てしまうのかも)

 

 それと、まだ祥子にはやらなければならない大仕事が残っているのだ。それは、

 

(CRYCHICに決着をつける。3人にきちんと謝罪をして……そして……)

 

 きちんとお別れをしなくては。

 燈、立希、そよ。祥子の忘れられない過去にして、最も大きな罪の象徴。

 CRYCHIC脱退は避けられなかった。それは間違いない。けれど、その後に燈やそよを傷つけるような発言をする必要はなかった。挙句にMyGO!!!!!の他メンバーにも迷惑をかける始末。

 既に居場所を見つけた彼女たちに無粋なことをするべきではない。謝罪し、関係を清算して清々しく袂を分つべきだ。どんな言葉をぶつけられても構わない。それだけのことを自分はしてしまった。それらを全て受け止めるのは、罪人である自分の役目だ。

 

 そう、頭では分かっている。分かっているのに……。

 

(…………それがどうしようもなく怖い。わたくしは、つくづく傲慢な人間ですわね)

 

 Ave_Mujicaのツアーがひと段落したら。そう思えば思うほど罪悪感は増していき、悪夢を見る日々が続いていくこととなった。

 

◇◆◇

 

 またあの光景。

 あの日、全てが狂い始めた日。母の姿が遠ざかっていく。お母様……お母様……。

 

「お母様!!!」

「うわっ!?」

 

 目がチカチカする。

 心臓の音がうるさい。

 呼吸音。呼吸音。

 息がうまく吸えない。呼吸。処救生。こきゅう。

 

「……かぁ、ひゅ、ふっ、ひゅぅ、……ぁ、はぁ、はぁ……」

「ちょ、まじでやばいじゃん! ほらお茶!」

 

 揺らぐ視界。誰かが焦った声で何か言っている。体を支えられながら、喉の奥が急激に冷やされていく。それと同時に頭に昇っていた熱も冷めていき、次第に呼吸が落ち着いていった。

 ぼやけた視界が晴れると、そこには本気で焦った顔をするにゃむがいた。

 

「……にゃむ、ですの?」

「見えてる? 救急車呼ぶ? さきこ普通にヤバかったけど」

「いえ……少し落ち着きました。ありがとう、お陰で助かりましたわ」

「いやいいけどさ……なに、なんか病気?」

「わたくしこの前の健康診断は至って健康体でしてよ。生まれつきの病気もございませんわ」

 

 これは本当。

 祥子の母が病気だったゆえ祥子にまで遺伝しているのでは、と清告や定治が多少過保護になっていた時期があり、体の隅々まで検査してもらったことがある。結果はなんの問題もなかった。

 

「楽屋で眠ってしまっていたのですね。あら、ブランケットまで。あなたが?」

「別にー? なんか寝苦しそうだったし」

「素直じゃないんですのね。他の3人は?」

「まだ来てない。……………ねぇ、さきこ、ずっと寝言言ってたよ」

「…………」

「お母様、お母様……って」

「……………最近よく悪夢を見るのです」

 

 ポツリと呟く。そこまで聞かれていたのなら仕方ない。余計な心配をかけるつもりもなかった。

 

「にゃむは家族と仲がよろしくて?」

「なに突然。まぁ仲良いほうなんじゃない? あたしのこと応援してくれてるし」

「それは良いことです。確か福岡公演にいらっしゃるのでしたよね? 少し羨ましいです」

「さきこも呼べばいいじゃん……って言えるほど、あたしは空気読めないわけじゃないんだよねー。…………そういうことでしょ?」

 

 言いづらそうに、にゃむは目を伏せる。恐らく今までの雰囲気と会話で察したのだろう。祥子の母がどうなったのか。

 それがどうしようもなく申し訳なくて、祥子は困ったような顔をした。

 

「気を、遣わせてしまいましたわね。……もう1年以上経つというのに、わたくしはまだ過去に囚われている。母のことも、そして前のバンドのことも」

「………………」

「Ave_Mujicaも結局、わたくしがわたくしの為の箱庭を作りたかっただけ。あなた達を利用して過去を再現するかのように人形を遊びをしているだけのわたくしを、貴方は咎める権利があるのですよ」

 

 自嘲気味に笑う祥子。

 罪悪感に押しつぶされそうな祥子の姿はいつも後ろから眺める巨大な背中とはかけ離れていて、にゃむは激しく心を掻き立てられる。このままこの弱々しい少女を抱きしめてあげたい衝動に駆られる。

 それがアモーリスの役目ではないことを分かっている。祐天寺にゃむがそれをする必要はないことを、にゃむが1番分かっている。それでも。

 

(ムジカの中で唯一、さきこに不満をぶつけられるあたしだからこそ……)

 

 祥子にそっと近づくと顎を持ち上げて迫る。

 突然の出来事に祥子は驚いて赤面する。唇が触れそうな距離まで近づいた時、悪戯な笑みを浮かべてにゃむは言った。

 

「腑抜けたこと言ってると、あたしが神をころしちゃうかも。弱った神様を愛で溶かして人間に戻しちゃう。慈愛の騎士アモーリスは慈愛の女神として、人間になったオブリビオニスを愛してあげる」

「……………そんな、こと」

「嫌なら精々頑張ってよね忘却の神様。あたしはいつだってアンタを見てる。神の座を奪える位置にいる。ま、人間に戻りたかったらいつでも言っていいから」

 

 そんなこと、祥子のプライドが許さない。

 それを分かっていてにゃむは祥子に発破をかける。口を歪めて大胆不敵に笑う。

 

「わたくしが死ぬというのならその前に貴方がころすと、そうおっしゃるのですね」

「そだねー。どう? 今ここで口付けをしてあげてもいいけど」

「こんなところで神殺しは風情がありませんわね。ええ。もし先が長くなかったとしても、こんなところでは御免ですわ」

「あっそ。残念」

 

 祥子もまた悪い笑みを浮かべてにゃむに向き合う。

 いつでも自分をころせる騎士がいる。それは今の罪悪感で塗り固められた祥子にとっては救いだ。これで祥子はAve_Mujicaを続けられる。

 

 悪い顔で見つめ合う2人。

 だが、そんな2人の思いとは裏腹に、やり取りの表面だけ掬い取った他の人形が更なる波乱を巻き起こすなど、この時の2人は想像だにもしなかった。

 

 

 

 

 

(さきが、死ぬ………? 先が、長くない? なんの、はなし? さき、最近顔色悪い……苦しそう……。やっぱりさきは、無理してる……?)

 

 割と最悪の勘違いが、始まろうとしていた。

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