食いしん坊バンザイ   作:ふーじん

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ボーイ・ミーツ・キャット

 □■決闘都市ギデオン・第一闘技場

 

 ――蜂蜜が、無い……!

 

 その事実に気付いたのは選手入場の実況が鳴り響いたその瞬間だった。

 上位ランカーの昇格を懸けた本日のメインディッシュをポップコーン片手に眺めていた時のことである。

 慌てて一抱え程もある瓶をアイテムボックスから取り出して確認するあなただったが、無いものは無いし不思議そうに小首を傾げても湧き出るはずもない。

 愕然とした表情で大瓶を抱えて沈黙するあなたに、両隣の観客はとても迷惑そうにしていた。

 

「おい兄さん、悪いが――ってもう闘技始まるぞ!?」

 

 注意しようとした矢先に席を立って離れようとしたあなたに困惑した観客に、あなたは一言詫びを入れて歩を進めた。

 せっかくの上位ランカー戦、それも最前列席なのにもったいないと引き留めようとした優しいおじさん。

 しかし今のあなたにとって優先されるべきは闘技ではなく蜂蜜である。すっかり蜂蜜の口になってしまった欲求を満たすべく、あなたは足早に闘技場を後にした。

 

「もったいねぇなぁ……見たところ<マスター>か。やっぱ<マスター>ってのは変人が多いのかね」

 

 変人か否かで言えばあなたは紛れもなく変人である。

 それも相当に食い意地の張った大変人だった。

 

 ◇

 

 闘技場を後にしたあなたは早速己が<エンブリオ>を訪ねていた。

 彼女に素材として渡していた分がまだいくらかここに残っているはずだと当たりをつけてのことだったが、当の彼女は穏やかな微笑にうっすらと呆れを乗せながら「ありませんよ」と端的に返した。

 ガーン、である。ニ度も出鼻を挫かれたあなたは何故と問うた。すると彼女は仕込み作業をしながら視線も寄越さずに答える。

 

「もうそろそろ尽きそうなので補充してくださいと、一週間も前に申し上げましたよ。あなたは食事に夢中で生返事でしたが」

 

 そう言われればそうだったかもしれない……だが生返事だとわかっていれば都度警告してくれれば良いのでは?

 我が<エンブリオ(半身)>のくせに薄情な彼女にそう抗議するも、彼女は「もちろん都度申し上げました」と反論する。

 そのうえで「毎回生返事でしたが」とも。そうかな……そうだったかもしれない……。

 だがあなたにとって食事に夢中にならないときなどない。それもこれも彼女の作る飯が美味いから悪いのだと苦しい反論をするも、彼女は「至極光栄に存じます」と涼しげに答えた。

 ぐぬぬ……あなたは続く言葉が見つからず唇を噛んだ。

 

「大人しく狩りをなさいませ。ついでに食糧補充もお願いしますね、リストはこちらのメモに――」

 

 落ち込むあなたに慰め一つすらかけず、補充リストのメモだけを渡して言外に退室を促す<エンブリオ>。

 まったく薄情極まりない己が半身にあなたはへそを曲げる。

 

「――それとこちらをお持ちくださいな。いただいた【レシピ】から新作を考案しましたの。後程感想をお聞かせくださいまし」

 

 が、手渡されたお弁当を見てそんな不満はあっという間に消し飛んだ。

 わぁいお弁当ら! バッチリ大盛りサイズの袋包みを手に小躍りするあなたに、彼女は今度こそ「作業の邪魔になりますので」と追い返した。

 げしっ、バタン、スゥー……。背後で消えていく扉を後に、あなたはウキウキ気分で次なる目的地に向かった。

 

 ◇

 

 というわけで訪れたのはギルドである。

 ギルドと一口に言っても色々あるが、あなたが訪ねたのは主に戦闘関連のクエストを取り扱っているギルドだ。

 あなたにとっては馴染み深い場所でもあり、率直に言えば常連である。

 その証拠にあなたが受付の前に立つと、顔なじみの受付嬢が笑顔で応対してくれた。

 

「いらっしゃいませ、ハンターさん! 本日は討伐クエストをお探しですか?」

 

 ハンターではない、といつもの断りを入れてから問いに頷いて返した。

 あなたは狩人系統ではなく戦士系統がメインジョブなのだが、何故か知り合いからは"ハンター"の愛称で呼ばれている。

 ジョブ詐欺になってしまうので如何なものかとあなたは思うのだが、呼ばれ続けるうちにティアンにもすっかり浸透してしまっていた。全く以て遺憾である。

 

 ともあれ、本題である。

 あなたは喫緊で対処すべき案件があるかを尋ね、そうでないなら手頃なクエストを見繕ってほしいと頼むと、受付嬢は慣れた手付きで書類を広げ。

 

「うーん、緊急を要する案件はありませんねー。近頃は<マスター>さんも増えましたし、都市周辺はめっきり平和なものです。討伐クエストもやや遠方のものばかりですねぇ……レジェンダリアとの国境沿いなんかがおすすめですよ!」

 

 レジェンダリアかぁ……あなたは情けない顔をしてしょぼくれた。

 古巣ではあるが碌な思い出がない。あなたにとってのレジェンダリアはワールドワイドな因習村である。

 まぁ国土に踏み入らなければよいだけの話ではあるのだが、レジェンダリアの気配を感じるとあなたの心はささくれだって思わず臨戦態勢を取ってしまうのだった。

 

「それでどうなさいますか? 今なら竜車のレンタルサービスもございますよ!」

 

 思いを馳せていたあなたに受付嬢の明るい声が届く。

 あなたは彼女の勧めるままにクエストを受注し、現地までの竜車をレンタルした。

 久々のお仕事である。ここ数週間の観光暮らしで鈍り気味だった身体に活を入れ、あなたはギルドを後にした。

 

 ◇

 

 翌日、あなたの姿はレジェンダリアとの国境地帯の山林にあった。

 ギルドで拝借した竜車に乗っての一人旅のためその足取りは緩く、到着した頃には既に日も頂点を過ぎようとしていた。

 ここまで竜車を牽いてきた地竜はほぼ休み無しで歩き続けたにも関わらず、疲労の色もなくあなたの差し出した干し草をもしゃもしゃと平らげていた。

 

 良い食べっぷりである。あなたは食べることが好きだが、それと同じくらい美味しそうに食べるものが大好きだ。

 その点この地竜はなんとも見ていて気持ちの良い食べっぷりで、つぶらな瞳が愛嬌もありあなたの庇護欲をくすぐってくる。

 温和で忍耐強いこの種は良き労働力として長く人の手で飼われてきた歴史があるが、ここまでの働きぶりを見るにそれも納得だろう。

 

 あなたは地竜が満足するまで世話をすると、満腹になって眠りだした彼を【ジュエル】に帰還させた。

 ここから先は危険地帯だ。外に出しておいてはあっという間にモンスター達の餌食になってしまいかねない。

 そうして身一つになったあなたは【瞬間装着】で戦闘用装備に着替えると、得物の大剣を担いで山林へ踏み入った。

 

 ◇

 

 襲いかかるモンスターを大剣の一薙ぎで両断し残心する。

 人間の生存圏から一歩離れればそこはモンスターの楽園、それがこの<Infinite Dendrogram>というゲームの世界だ。

 旧来のコントローラー操作のゲームとは違い、フルダイブ型のデンドロではプレイヤースキルが物を言う。

 即ち油断したやつから死に、カラテを怠ったものから死ぬ。少なくない数のプレイヤーをさよならバイバイしてきた基本仕様である。

 かくいうあなたも今でこそ悠々と対処できているが、初プレイ時にはあまりにリアルな臨場感に足が竦んだものだ。

 今しがた倒した亜竜級モンスターも、かつては強大なボスモンスターのように映っていた。まぁ今のあなたにとっては糧にしか過ぎないが。

 思えば遠いところまで来たものだ……とあなたは懐旧した。

 

 あたりに散らばったドロップアイテムを拾いながらあなたはほくそ笑んだ。

 順調に素材が集まっている。今手にしている太腿部位の肉などは特に味が良かったはずだ。

 舌が記憶している味わいに思いを馳せ涎を垂らしたあなたは、今夜の飯はこれにしようと決心した。

 ついでに付け合わせになる野草類も採取していく。食い意地の張ったあなたは採取系スキルもジョブが許す範囲でカンストしている。並のティアン以上の熟練した手付きで採取していき、可食素材とそれ以外を分けていった。

 

 その間にもモンスター達の襲撃は続く。

 人の手が入っていないモンスターの縄張りにおいて、あなたの存在は紛れもない異物だ。

 そしてモンスターは本能、あるいは経験則として"人間"という生物が如何に旨味のある獲物であるかを知悉している。

 つまるところ、見敵必殺。完全にアウェーであるあなたにとって周囲全てが敵である。

 あなたという異物によって刺激された魔獣、魔蟲型モンスター達が断続的に襲ってくるのをあなたは片端から迎撃しつつ、レベリングと素材集めを順調に進めていく。

 

 しかし、とあなたはドロップアイテムを拾い集めながら思索に入る。

 それにしてもここのモンスター達は妙に好戦的であることが気掛かりであった。

 これまでに何十ものモンスターを返り討ちにしてきたにも関わらずまるで臆する様子のないモンスター達に、あなたは何らかの異変の匂いを嗅ぎ取った。

 

 報告にはなかったがここら一帯を支配するボスでも討たれたのだろうか。

 <マスター>の急増した昨今において、彼らのレベリングの餌食として討たれ一時的に生態系が乱れるケースは数多い。

 他ならぬ今のあなたがそれであり、あなたという異物の介入によって乱れた環境は、いつか巡り巡って何らかの因果を引き寄せるだろう。

 自然を慮るのは美徳だが、それはあくまでリアルの話だ。この世界の人間にそんなことへ構う余裕などない。そもそもこの世界の基準において人間さんのヒエラルキーは決して高くないのだ、考慮するだけ無駄というものである。

 

 とまぁ尤もらしいことを考えてみたが真相は不明だ。ならこの目で確かめるしかねぇよなぁ?

 あなたは変人の誹りを受けているが、一方で模範的な<マスター>であるとも自負している。

 異変あらば調査し、必要であれば上に報告。報連相は社会人の基本である。あなたも一般的とは言い難いが社会の一員であるが故、この世界の社会規則には従順であろうとしていた。

 

 意識を狩りから調査に切り替え探索用装備に【瞬間装着】したあなたは、先までとは打って変わって隠れ潜むようにして行動を再開した。

 前衛戦闘型の嗜みとして【斥候】も押さえてあるあなたは、本職ほどではないが探索を可能としている。先程までのように無闇矢鱈とモンスター達を刺激することは避けられるだろう。

 獲物も大剣から小振りな片手剣へ切り替え慎重に歩を進めたあなただったが、原因と思しき事態は一時間も経たずして向こうからやってきた。

 

「ニャアアアアアアアアアアアアアア!? ニャアアアアアアアアアアアアアア!!???」

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!」

 

 猫、である。

 人間の腰ほどまでの大きさをした二足歩行の猫が、悲鳴を上げながら一目散に逃げ回っていた。

 その後ろからは一〇メテル超もある巨大なネコ科動物――【亜竜猛虎(デミドラグタイガー)】が猛然と追いかけている。

 どうやら同じ猫同士であっても相容れぬものらしい。悲しいねバ◯ージ。

 それにしても運が良い。もし相手が亜竜などではなく純竜級の上位種であったなら、逃げる間もなく胃袋の中だったろう。

 森の恐怖と名高いアレも、かつては強大な敵だった……今のあなたにとってはレア食材の一つだったが。

 

「ニャッ、人!? 逃げて欲しいニャアアアアアアアアアアアアア――……!!」

 

 脇目も振らず逃げ回っていた猫だが、あなたの存在を認めるとそう忠告して別方向へと走り去っていった。

 ここで標的を擦り付けず忠告を残して別方向へ逃げるあたり、随分と人の良い性格をしているらしい。

 これが<マスター>ならMPK沙汰になりそうなものだし、そうでなくとも命の危機にあって他者の命を慮る余裕など失くなるものだが。

 ともあれ遭遇してしまったからには助けないわけにもいくまい。あなたは人の――猫の良い猫を救出すべく駆け出した。

 

「ニャッ!? ど、どうして……」

 

 全力で大地を蹴りつけ追いついたあなたは、何故を問う猫へ一言「伏せろ」と指示し、追いすがる【亜竜猛虎】の前に躍り出ると、その鼻面に片手剣の切っ先を向ける。

 突然の乱入者に僅かに逡巡の色を見せる【亜竜猛虎】。しかし即座に敵対の意思を感じ取って臨戦態勢に入るも――「遅い」

 【亜竜猛虎】の即応よりも尚速く、剣を握る手とは反対に構えた小盾で痛烈な《シールドバッシュ》を見舞いその脳を揺らすと、朦朧とする敵が復帰するまでの間に急所を刃で抉りその命を刈り取った。

 

 光の塵となって消えゆく【亜竜猛虎】に、追い回されていた猫は恐る恐る様子を伺う。

 己の命を刈り取る死神だったはずの【亜竜猛虎】が、より力の上回る死神に討たれ間違いなく死に果てた様に衝撃を受けた様子であなたの顔を見上げた。

 その目には死にかけた恐怖と、窮地を救われた安堵と、正体不明の強者への不安と――それ以上の憧れの色がキラキラと輝いていた。

 

 カカカッと駆けつけたあなたに注がれる「すごいなー、あこがれちゃうなー」の眼差し。

 純粋なソンケイを浴びて気を良くしたあなたは、颯爽と格好をつけて名乗りを上げた。

 

 ――安心しろ、通りすがりの【美食王】だ。




モンハンではありません、デンドロです。
久々に二次を漁ってみたところめちゃくちゃ面白い作品を読めて熱が入ったので投稿します。
実験的に二人称視点での執筆です。
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