□■アルター王国-レジェンダリア国境地帯・山林
親玉を討ち取った途端、戦場に鳴り響いていたドラム音はぱったりと止んだ。
配下の猿達は呆然と【ゴラムドラム】の消えていった空を見上げ、いつまで経っても落ちてこない様子へ次第に怯懦の色が伝播する。
そこへあなたが大鎚を肩に担ぎ睨めつければ、猿達はけたたましい猿叫を上げて三々五々に散っていった。
「うおおおおおおおおおやったニャー!!! ボクたちの勝利ですニャー!!!」
あなた達の勝利である。
あなたはふぅと溜息一つ吐くと、肩を回して大鎚を仕舞い込み、代わりに
銘を【剛力銅鑼 ゴラムドラム】。
長柄の先に銅鑼のようなギミックのある頭部を持った打撃武器のようだ。
攻撃力も一般的な生産武器よりワンランクは高く、装備補正もSTRに悪くない補正値が掛かっている。
「おお……これが特典武具ですニャ? ボクも実物を見るのは初めてですニャ!」
興味深そうにしているアイルにも触らせつつ、あなたはメニュー画面を確認する。
少々クセのある……というかクセしかない武器(?)ではあったが、既存のどの武器よりも強力であることには違いない。
これまでにあなたが交戦したことのある<UBM>は三体。
内MVPを獲得できたのは今回で二度目になるが、やはり唯一無二のアイテムを手にする昂揚は何よりも代え難いものがあった。
帰ったら
「改めてお疲れ様でしたニャ。アニキのおかげでまたまた命が助かっちゃいましたニャ、これはもう一生モノの御恩ですニャ!」
水臭いことを言うな、とあなたははにかみながらアイルの頭を撫でくり回した。
アイルの方こそいい働きだったとあなたは讃える。
打ち合わせも最低限に臨んだ戦闘だったが、彼は見事に役割を果たしてくれた。
取り巻きの介入があっても十分に対処できる目算はあったが、何事も楽できるに越したことはない。
久方振りのチームプレイだったが、アイルの戦いぶりはなかなかのものだった。罠のクオリティも、その取り扱いもだ。
良い狩人になる、とあなたは太鼓判を押した。あとは自信を持って習熟していくことだ、と先輩風を吹かせながら言うと、彼は尻尾をバタバタと振り回しながら喜んだ。
ともあれ一段落はついた。
これであとはクエストを達成するだけ。食事も先程終えたばかりだし、日が落ちるにもまだまだ時間はある。
そうあなたが述べるとアイルも同意して、あなた達は探索を再開した。
◇
暫くした後、あなた達の探索は再び暗礁に乗り上げていた。
「ニャアン……すっかり【デミドラグタイガー】がいなくなっちゃいましたニャ……」
ターゲットである【デミドラグタイガー】が、一連の騒動で軒並み姿を隠してしまったらしい。
このゲームのフィールドではままあることではあるが、これでは従来の環境に戻るには今暫くの時間が掛かるだろう。あるいは全く別の形へ変わっていくか……。
イベントクエストとして発令されているため、達成不可能ではないだろう。
しかしクエスト難易度にして五というのは、場合によってはリタイアもあり得る難易度だ。
<UBM>との遭遇と、その後の探索も含めての難易度設定なのかもしれないが、相変わらず絶妙極まりない調整であった。
――まだ探すか?
もう半刻もすれば日が沈むだろう頃合いであなたはアイルに問うた。
【デミドラグタイガー】の捜索と並行してあなたがギルドで受注したクエストも進めていたが、こちらの進捗も芳しくない。
エリア一帯の代表的な捕食者である【デミドラグタイガー】が姿を隠したと同時に、その他のモンスター達も息を潜めてしまったからだ。
場合によってはこちらもリタイアすることになるかもしれないが、それならそれで<UBM>の発見・討伐と、それに関連した影響を報告すればペナルティを回避できる目はあるので大した問題ではない。
しかしアイルにとっては追放取り消しを懸けた死活問題である。
あなたはとことんまで付き合うつもりでいることを踏まえながらアイルに尋ね、彼はもう少しだけと答えながら全感覚を集中して痕跡を辿っていく。
そして……。
「これは……」
『KRRRRrrrrrrr……』
やっとの思いで見つけた獲物は、手負いの【デミドラグタイガー】だった。
血の跡を残すという常ならばあり得ない隙を晒し、辿り着いた先の巣穴で仔虎を背後に隠しながらこちらを睨む瞳には決死の覚悟が宿る。
満身創痍の身体で仔を庇う母の姿に、アイルは二の句を告げず沈黙する。
「…………」
暫しの間睨み合い、一触即発の空気の中、アイルはやがて一歩二歩と後退った。
互いに視線を切らさずに、やがてその姿が見えなくなるまで距離を離してようやく張り詰めた空気が霧散する。
――よかったのか?
思い悩むアイルへあなたは問いかけ、それに彼は首を縦に振って応えた。
アイルは、【デミドラグタイガーの毛皮】を断念したのだ。
それはつまり、彼の追放を意味する決断でもある。
「あのまま倒してもなんだか……スッキリしませんニャ。襲ってきたら話は別ですニャけど……」
仔を守る母を手に掛けるのは躊躇われた、ということか。
あなたも気持ちは分かる。それが彼の決断ならばと、あなたはその意思を尊重した。
別段特別なことではない。このゲームではままあることだ。
この世界に棲まうモンスターは、従来のようにシステム的にリポップするデータではない。
それぞれの生態に基づいて繁殖するれっきとした生き物だ。必然そこには親子の営みがあり、時としてそれを理由にモンスターと戦えないという者も現れる。
だから気持ちは分かるのだ。あなただって今のようなやり取りを見て倒すのは気分が良くない。
必要ならば割り切りもするが、依頼主であるアイルが否を示したのならばわざわざ手に掛けることもなかった。
結果としてあなたのイベントクエストは失敗が確定した。
同時にそれは、アイルの目論見の失敗も意味し……このままでは彼は追放処分となるだろう。
それについてはどうするつもりだ? と聞けば彼は、
「うーん……何か別のお宝でも探しますニャ。どーしてもダメなら謝って謝って謝り倒しますニャ! 案外ゴリ押せばなんとかなるかもしれませんニャ!!」
と、努めて明るくそう答えた。
なんとも健気な少年である。腐るということを知らない陽のオーラにあなたは灼かれた。
そうなると今度は居た堪れなくなるのがあなたであった。
この健気な猫妖精の少年をなんとかしてやりたいと思ってしまっている。端的に言えば情が移っていた。
せっかくなら気分良く別れたいものだ。
あなたはなにか手立てはないかと暫し考え込み……ふと思い当たる節があって【アイテムボックス】を漁った。
そうして取り出したのは一抱え程の大きさをした瓶。
あなたがクエストに繰り出した最たる要因である蜂蜜、その容器である。
もしやと思ってその中身を覗いてみれば……底の片隅に、小瓶一つ分程の蜂蜜が溜まっていた。
「? それは何ですニャ?」
――特典武具だ。
不思議がるアイルへあなたは答えた。
この瓶こそあなたが最初に手に入れた逸話級特典武具、その銘を【魔蜂瓶 ミート・ザ・ミード】という。
元となった肉食蜜蜂の<UBM>が有していた『獲得リソースの蜂蜜化』が具現化したこの武具は、『倒した敵から漏れ出るリソースの一部を溜めて蜂蜜として貯蔵する』能力を持つ。
さながら蜜蜂が花の蜜を集めるように、これによって生成される蜂蜜は元となったリソース源によって毎回風味が変わる上に味は絶品。
調理素材としても極上であり、あなたにとって最も重要な食材供給源であった。
あなたが討伐を主としてクエストに出たのもこれが理由である。
クエストをこなすついでに蜂蜜を溜め、帰ってから蜂蜜パーティーを楽しむつもりだったのだ。
しかし今はまだ大してモンスターも倒してない上に、時間も置いていないため生成量は少ない。今溜まってる分を消費してしまえば、次に十分量が溜まるのは数日は先だろう。
しかしあなたはそれを適当な空き瓶に詰めると、そのままアイルへ寄越した。
惜しいは惜しいが、少しの間我慢すればまた手に入る代物だ。
それよりは今貢物を必要としている彼にこそ役立つものだろう。あなたは内心の葛藤を隠しながらそうアイルへ言った。
「ア、アニキィ……!!」
皆まで言うな。構わずそれを
食い意地の張ったあいつなら、それで間違いなく喜ぶはずだろうから。
あのデブ猫にくれてやるのは業腹だが、この少年のためなら仕方あるまい。
あなたは断腸の思いでそう決断し、表面上は気前良く振る舞ってみせた。
「ありがとうございますニャ! ありがとうございますニャ! 命ばかりかボクの未来まで助けていただいて、この御恩は絶対絶対忘れませんニャ!!」
内心を覗けば大盤振る舞いそのものなあなたの言葉に、アイルは感極まった様子で何度もお礼を述べた。
対するあなたは、王様が機嫌を損ねきってしまわないうちに―またはあなたの気が変わらないうちに―届けてしまえと言い含めアイルと別れた。
何度も振り返っては手を振るアイルにあなたも手を振り返しながら、その背中が見えなくなってから小さく溜息を吐く。
結局恩だけ売って収支はマイナスに終わった遠征に対する溜息だ。
得たものと言えば精々『良いことをした』という自己満足くらいのものだが、嫌な気分で帰るよりはずっとマシだと自分に言い聞かせ、あなたも山林を後にする。
あなたは納得と気分を大事にする人間なのだった。
――やっぱりちょっとは残しといたほうがよかったかなぁ!
……そして些か未練がましい男でもあった。
◇
□■決闘都市ギデオン
後日、ギデオンのとあるカフェにて。
カフェのテラス席で人の往来を眺めながらあなたは特盛パフェを堪能していた。
この店はあなたが馴染みとしている店の一つであり、絶品デザートを提供する名店として有名である。
そして名の知れた【美食王】であるあなたはその存在自体が一種のブランド価値を持ち、その確かな舌の評判もあって時折招待を受けることがあった。
早い話が宣伝である。
クエストの一環としてテラス席で新作メニューを食べながら街頭広告と化していたあなたの前に、往来を掻き分け現れる小さな影が一つ。
「アニキー! やっぱりアニキでしたニャ!!」
そうあなたに呼びかけたのは、誰あろう先日クエストを共にした猫妖精族の少年、アイルである。
様々な種族の入り乱れるギデオンでも珍しい純血の猫妖精族。レジェンダリア外では滅多にお目にかかれない希少種族に周囲の人間―特に<マスター>達―の注目を一身に集めるが、それに気がつく素振りもなく誰の目にも明らかにあなたへ懐いた様子に誰かが呟いた。
――"ハンター"さんと……猫!
――もしやオ◯モア◯ルーでは!?
――やっぱりハンターだったんじゃないか!(歓喜)
……
無事追放処分は解けたのか? もし追い出されてここまでやってきたのなら、温厚なあなたもあのデブ猫へ一発くれてやるべくレジェンダリアに出向くのもやぶさかではないが……。
そういきり立つあなたへアイルは首へ横に振り、
「アニキには一生分の恩を受けましたニャ! だからボク、一生を懸けてお仕えしに来ましたニャ!」
そんな彼の宣言に、あなたは思わず目を丸くした。
お仕えしに……? 予想外の言葉に聞き返すと、「ですニャ!」と彼は明るく答えた。
「
知らなかった……そんな風習があったなんて……!
見知った猫妖精族があの
そしてアイルはすっかりその気でいるし、何故か周囲の人間もやたら圧を放ちながらこちらを見守っている。
なんだその視線は? この申し出を受けろと言うのか。しかもシュプレヒコールまでして。
すっかり周囲を味方につけたアイル。あなたはいつの間にやらアウェーである。
そして彼の真っ直ぐな視線に晒されたあなたは、暫し黙考した後、口の端を小さく歪めながら息を吐くと。
――まぁ……いっかぁ。
「ニャッハー!! これからよろしくお願いしますニャ! 命を賭してお支えしますニャ!!」
そう言って快哉するアイルに、拍手喝采の野次馬共。
望外の集客に店のオーナーはホクホク笑顔を浮かべ、居合わせた<マスター>達はこぞって一連の出来事をSNSに上げた。
後日『【速報】"ハンター"さん、やっぱりハンターだった』のタイトルでスレッドが持ち上がって大賑わいとなり、SNSのトレンドに上がってバズるあなたであった。
Episode End
・あなた
名実ともに"ハンター"の異名が定着し、古のハンターから尊崇の念を集め、SNSはバズった。
元からそれなりに有名ではあったが、今回の件をきっかけに一躍時の人となる。
王国の飲食店からも生きた広告塔として宣伝依頼がひっきりなし。
・アイル
あなたのオトモとなったアイル。オ◯モア◯ルーではない(
ティアンにしては大分上澄みな方。血統書付きの猫妖精族なのでポテンシャルは十分。
一躍ギデオンの有名人となり、その愛嬌の良さもあって街猫みたいな人気を得ることとなる。
・王様
アイルが帰ったときには追放を言い渡したことなどすっかり忘れてのほほんと貢物を受け取った。
蜂蜜はいたくお気に召したらしい。
・【魔蜂瓶 ミート・ザ・ミード】
逸話級<UBM>【醸糖集団 ミート・ザ・ミード】の成れの果てである特典武具。
討伐した敵から漏れ出るリソースの一部を溜め込み、蜂蜜に変えて貯蔵する能力を持つ。
生成される蜂蜜は都度風味も味も変わるが、いずれも味は絶品で調理素材としても極上。
生成量は討伐数にもよるがかなりゆっくり。蜂蜜は一日にしてならず。
(・3・)<元となった<UBM>は突然変異で肉食化した蜜蜂型の群体モンスターで
(・3・)<殺したモンスターのリソースを余さず収奪、蜂蜜として貯蔵する能力を持ってました。
(・3・)<そうして生成される蜂蜜はリソースの塊みたいなものなので、口にするだけで経験値が得られ
(・3・)<それを群れの主食として共有するので、群れの拡大速度がえげつない。
(・3・)<でも個々のステータスは低めで、攻撃手段も毒をメインとした状態異常なので
(・3・)<それらに耐性を持つとある熊人種の氏族に秘密裏に飼われてました。
(・3・)<侵入者を餌にして養蜂じみたことすらしてたのでまぁ悪どいことはしてた。
(・3・)<ザ・レジェンダリアクオリティな案件。