福岡編です。
「クソッ、県庁までだいぶ遠いな...!」
福岡県庁のある福岡市は海岸沿いに位置してはいるものの、県庁はそこそこ陸地側に位置しているため、港で船から降りてからかなりの距離を移動する必要があった。その距離は歩いて三十分程度であり、途中でアンチと戦う必要があるため車に乗っての移動も難しく、補給のためのタンク車を引き連れながら徒歩で移動するしか方法はなかった。
「これでも熊本や佐賀よりかは楽だぞ。圧倒的に距離が短い」
「そこ行ってねぇんだよ俺...!」
日田の指摘を軽く受け流しながら駆け足で移動する。ここまでかなりの距離を移動したため、県庁まではあともう少しだ。
「っ、また出やがった...!」
道を曲がるとまた人型アンチと遭遇する。町中とはいえそこそこ視界は通っているのだが、こうして角を曲がった際に出会い頭的に上位下位問わずアンチと遭遇することが以前と比べて格段に多い気がする。
九州最後の県だからアンチたちも守りを強固にしているのか、それともこの部隊に俺がいるから優先的に迎撃をしにきているのか、どっちだ...?
「まず牽制...!」
驚異的な反射神経でこの場にいる誰よりも早く水鉄砲を構えた俺は、そこにいた人型アンチ目掛けて水の弾丸を放つ...が、その弾丸は空中で弾けた。まるで、見えない何かに当たったかのように。
「また障壁か...!」
人型アンチの厄介なところは、下位個体と比べてハウリングの強度が強いというのもあるが、何よりも面倒なのは見た目だけではどのハウリングを持っているのかがわからないところだ。
動物の身体を持つ下位個体だったならば、その種類からハウリング能力を特定できる。同じハウリングを持つ個体は同じ動物へと退化して増えていくからだ。けれど、人型である上位個体は見た目では判断できない。実際にハウリングを使うまで、何をもっているのかわからないのだ。
そして、使っているのを見たとしても油断はできない。なぜなら、他のアンチがそれを使ったという可能性を捨てきれないからだ。ハウリングの発動は通信機のノイズで検出できるが、誰が使ったかまではわからない。ノイズの発生時間で何式が使ったのかをある程度予測することは可能だが、下手に決めつけていると、実はそのハウリングは別の個体の能力であり上位個体は別のハウリングを持っていたといったことが起こりかねないのだ。
けれども、今この周囲には他にアンチがいない。ノイズの長さからも目の前のコイツで間違いはない。そして、障壁を貼るハウリング相手には...!
「行け!」
攻撃手段がないため壁を貼りながら逃げる人型アンチを日田が追う。物質透過のハウリングによって生み出されたすべての壁を透過し、至近距離まで近づくと持っていた剣を振り下ろして人型アンチの身体を溶かしながら切り裂いた。
物質透過で近づいて攻撃することがメインである日田の部隊には、水鉄砲とは別に特殊な武器が配布されていた。それは、水を纏わせた剣。
この説明だけではファンタジーじみた代物だが、仕組みは至ってシンプル。水のタンクと繋がっている剣状の武器の持ち手にあるスイッチを押すと、武器表面にある微細な穴から水が噴き出す。そうして水が噴き出ている状態でアンチに切りかかれば、刃のない剣でも水がアンチの身体を溶かすために擬似的に切断が可能というわけだ...あれ、いうほどシンプルなのか?魔法に触れすぎた結果科学でどこまで出来るもんなのか分からなくなってる...?
何はともあれ、この剣には刃はない。水を噴出していなければただの鉄の棒なため物体の切断は絶対に出来ない。それゆえ、物理的な守りに弱いという弱点がある。しかし、そんな守りは物質透過ですり抜けて内側に潜り込めばいいため、日田とは非常に相性がいい武器なのである。水刃みたいなことが出来たなら俺も使いたかったのだが...水の斬撃を飛ばすといったことは出来ないため断念した。出来る様になってくれないもんかなぁ?
「進むぞ」
アンチを倒せばまたすぐ前進だ。いち早く県庁まで到達しなければならないからな。だから急いで駆け足で移動をするのだが...
「またかよ...!」
また人型アンチが現れる。今度は二人...何と何だ?
俺は即座に水の弾丸を撃ち込んだ。しかし、弾丸はまたしても空中で何かに遮られて弾ける。ノイズも鳴った。また障壁か...?
「っ、もう片方はそれか...!」
もう片方のアンチの身体に雷が走り始める。雷による身体強化...そして、上位個体ならば大概放出も可能...!
「障壁は任せた!雷は俺が!...んなっ⁉︎」
前に出て身体強化の方のヘイトを貰おうとしたその瞬間だった。何か紐状の物が足に引っかかってしまい、バランスを崩して前に倒れ込んでしまう。障壁...じゃない、物質の固定の方か!
「っ...ふんっ!」
ぎゅっと身体を縮めて空中で一回転し、足から着地することで後隙を極限まで削る。それにより、高速で近づいてきたアンチの攻撃に対応する時間を無理矢理生み出し、放たれた拳をはたき落とす。
「日田!そいつ物質固定!障壁じゃない!」
「それって違うのか?けど、俺の力なら...!」
日田は走り出してアンチの元に向かう。他の人らも建物の中に透過して入っていくことでアンチの視界から外れ、奇襲の時を伺い出す。俺のやるべきことは、このまま身体強化の足止めをすること...!
「逃すか!」
一旦離れようとしていたアンチにスパンッ!と足払いをかけて転ばせる。そして続け様に水の弾丸を撃ち込もうとするが...アンチは腕力だけで斜め上に跳び上がった。
「っ⁉︎」
そして空中に貼られていた見えない綱に弾かれて速度を保ったままこちら側に戻ってきた。すんでのところで回避に成功するが、アンチはまた反対側にある空気の綱で弾かれて驚異的な速度で突っ込んでくる。
「プロレスみたいなことしやがって...!」
この速度でぶつかられれば俺の身体は到底もたない。蹴る殴るでの反撃も不可能。上手く水をかけるしか反撃の道はない...
回避を繰り返せ。跳ね返りの瞬間を見て空気の綱の位置を覚えて、どのように戻ってくるかを予測しろ。急には止まれない以上すれ違いざまでの攻撃しか出来ないはず。直線上の位置さえ避ければ、攻撃は避けられる...!
そして、空気の綱があるせいでアンチもこの狭い空間内で戦うしかない。身体強化による動きの速さを、広いフィールドで活かすことができずにいる。狭いのならば、水もかけやすい...そこッ!
「づぐっ...!」
よし、腕に少しだが命中した。そして、今うめき声を上げたな?弐式確定だ。参式の時点で脚からの雷放出による電気分解をしていたから脚への水の攻撃は効かないと見ていいだろう。腕への攻撃が通ったから、防御性能はそこまで上がっていない...?とにかく、弐式ならば想定している脅威レベルをさらに引き上げて警戒を...!
「うおっ、と...!」
腕が溶けたことでアンチの走るフォームが崩れて少しながら速度が落ちた。それを見た俺は余裕を持って見てから回避しながら、ノールックで後ろに水の弾丸を放つ。
「……ん?」
この軌道なら綱によって戻ってこようとした瞬間に水が命中しているはずなのだが、うめき声のひとつも聞こえない。避けられた...?にしては、戻ってくることもない...何事?
そう思って振り返ると、アンチはバランスを崩して少し離れたところの地面に倒れ伏していた。その軌道上には綱があったはずだが...
「……なるほど...!」
パッと上を見上げると、そこには身体を切り裂かれて死亡したアンチと共に地上に落ちてくる日田の姿があった。空中に貼った綱を使って上に逃げたアンチを、同じく綱を足場として飛び上がり邪魔な綱は透過してそのまま突っ込んで切り裂いたのだろう。物質透過の力があれば、このハウリング相手でも楽勝だな。
「お前らやれ!」
日田が叫ぶと、倒れたアンチのすぐ近くにある建物から隊員が壁を貫通して現れ、その首を水を纏った剣で切断して討ち取った。
「……よし、他にはいないな?」
日田が周囲にそう問いかけると、建物から透過して出てきた隊員たちが敵影無しと報告をしていく。周りの索敵も済ませていたのか...
「補給を済ませたらすぐに移動だ。消費した者は即座に補充しろ」
タンク車に戻り手早く水の補給を済ませる。
「もうすぐ県庁前だ。行くぞ」
もう県庁は目と鼻の先だ。敷地内までの通り一直線にアンチがいないことを確認してから動き始める。
福岡県庁の出入口は北西側と南東側の二か所あるが、今回は南東側から接近する。少々迂回する必要はあるものの、南東側は公園になっているため見晴らしが効く。アンチに気付きやすいほか、葉山の狙撃も通りやすいためこちら側突入する手筈になっているのだ。
「いないのはちと不気味だが、このまま突入を...あだっ⁉︎」
走っていると、突然何かに阻まれて額を強くぶつけてしまう。これは...透明な壁?
「障壁を結界みたく貼って県庁を囲んでやがるのか...!」
「なら中には俺らしか入らないな。ほら、行くぞ」
「えっ、ちょっ⁉︎」
俺の手を掴んだ日田は透明な壁に向かって走る。すると日田は壁をすり抜け、俺の身体も同じように壁をすり抜ける。
「触れた物にも物質透過は付与させられる。出なけりゃ服も装備もすり抜けちまうだろ?」
「それはそうなんだが、流石にちょっと驚いた...」
何はともあれ、結界内に侵入できたな。これが貼られているってことは、他の奴らの援軍は受けられない。県庁内攻略は俺らだけでやらなければならないな...
「……ん?ってことは、葉山の狙撃も期待できないのか...」
「転移で中に入ってくるのなら話は別だが、おそらく他で手一杯だろうな。危険性を鑑みても、こちらの援護に回ることはないだろう」
「しゃーないか。まぁ、公園内にはアンチも見当たらないしいいんだが...中、入るか」
ここまで来るまでにそこそこアンチと戦ったのに、県庁前の公園に誰一人としてアンチがいないことを不審がりながら建物の中に入る。結界のせいで、他のアンチも入ってこれないのか?それとも、物質透過がなければ絶対に入れないから警備を置いていないのか...警戒せざるを得ないな。
「……見当たらないな、アンチ」
県庁の中に入ってもアンチの姿はなかった。なぜ誰もいないんだ...?
「透明化はもういないってのに...似たような力で擬似的に姿を隠しているとかなのか?」
「さぁな。けど、どんなハウリングならそんなこと出来るよ?」
「物質透過なら光も透過させて透明になるってことはできそうだが、他には何も思いつかないな...屈折率の操作はあまりにも限定的すぎるし...」
「やや不気味だが、もういないものと見て先に進むしかないな」
考えてもどうにもならないため、先を急ぐことにした。念のため警戒はしておくものの、特に何事も起こらずに階段にたどり着く。
知事室があるのは南棟の八階だ。エレベーターはあるが、何が起こるかわからないため階段で登ることになる。
上下からアンチが来ないかを警戒しながら上へと昇っていく...が、やはりアンチは現れない。こんなにもいないなんて、結界内に侵入できないものだとたかを括っているのか...?
「……敵影無し。念のため、一度補給をするぞ」
階段出口から顔を出して索敵を済ませた日田は、そのまま目の前にあるトイレへと入っていく。最後の水の補給だ。
「済ませたな。では、配置に付け」
各々移動し、知事室周囲を取り囲む。隊員の何名かは、物質透過によって音もなく知事室の隣の部屋に侵入していった。一斉に物質透過で室内に三方向から突入し、そのまま肉薄して斬り殺す算段なのである。
通信機から、コンッ、コンッと音が何回かなる。各々が持ち場に着いた合図だ。そして...日田が合図を出したその瞬間だった。
ジリリリリ!!と非常ベルが鳴り響く。作戦通り隊員の一人が火災報知器のスイッチを押したのだ。それに伴い、天井に設置されたスプリンクラーから水が撒き散らされる。
「っ、やっぱ貼るわな...!」
スプリンクラーは起動したが、水が俺たちのところまで降ってくることはなかった。撒き散らされた水は空中で横に広がっていたのだ。おそらく、天井付近全域に障壁を貼ることで水が落ちてくるのを防いだのだろう。
水を浴びせることは叶わなかったが、これは想定内。壱式アンチにフロア全体の天井に壁を貼らせる労力を背負わせることができた。それによって他の動きに遅れが出ることを願おう...ところで、なぜフロア全体に貼ったんだ?知事室内だけで良いのに、なぜ?
「突入!」
一斉に隊員たちが知事室内に壁を貫通して入り込んでいく。俺も日田に手を引っ張られて中に突入する。
知事室の中も廊下と同じように天井付近で水が遮られていた。そして、部屋の中には人型アンチが一人。あれが今回の標的である障壁ハウリングの壱式...!
「なるほど、天敵というわけか...!」
壱式は壁を抜けてきた俺たちを見てそう言うと、障壁を貼って防御するでもなく後ろに下がり始めた。物質透過の前には無駄だとわかっているのだろう。このまま近づき、倒す!
「なら、択は一つだ」
壱式は背後の窓を開け放つと、すぐさまそこに身を投じた。
「んなっ...⁉︎」
窓に駆け寄って外を見ると、そこには空中を走る壱式の姿があった。空中に障壁を貼って逃げるつもりか...!
「クソッ、効くわけがないよな...!」
水の弾丸を撃ち込むも、当然のように障壁で防がれる。逃げていく壱式を目で追うことしか俺はできなかった...が、壱式は緩やかなカーブを描きながら走ると同フロアの別の部屋の窓から中に入っていった。
「三つ奥の部屋!そこに逃げた!」
「追いかけっこでもするつもりか...?逃すな!追え!」
日田が叫ぶと隊員たちは皆壁をすり抜けて最短距離で壱式を追いかけていく。
「お前も行ってこい。面倒だから貸してやる」
そう言いながら日田は俺の背中をバシンと叩いた。その瞬間、延岡から炎のハウリングを間借りした際と似たような感覚が走った。
「おう、サンキュー!」
物質透過の力を借り受けた俺は壁に向かって走る。大事なのは、目の前に壁なんて存在しないというイメージ。壁だけを物質透過の対象とし、すり抜ける...!
「よっ...と!」
無事に壁をすり抜けた俺は、摩擦熱を頼りにして壱式の位置を特定してそこに向かって走る。壱式が窓を開けて外に出たり、中に戻ってきた際に窓や窓枠に触れたことで生じた摩擦熱を僅かながら増幅させており、それによって位置を探知しているのだ。熱さを与えるほどの熱ではないため攻撃には使えていないが、現在位置がわかるだけでも十分...!
「そこ...か!」
壱式の逃走経路を先回りするように壁を通り抜け、壱式の目の前に躍り出る。
「お前は...!」
壱式は止まらずに俺の方に突っ込んでくる。俺一人だから横を走り抜けようという魂胆だろう。俺の反射神経を舐めるなよ...!
「……っ!」
右側を抜けようとしてきたのでそちら側に重心を向けたのだが、その瞬間に壱式は空中に生み出したのであろう壁を蹴って反対側へ進路を変えてきた。だが、この程度なら対応可能。撃ち抜ける...!
「クソッ、これ止めるかよ!」
限界まで銃口を近づけて引き金を引いたつもりだったが、水の弾丸は銃口と壱式との間にあった僅かな隙間に生成された壁によって防がれてしまった。水鉄砲じゃどうやっても効かない...剣が必要か...!
「なら、俺は追跡と足止めに専念...!」
位置を捕捉できる俺が壱式を追い込み、剣を持っている日田部隊に攻撃させるしか道はない。俺はすぐさま近くの壁を抜けて壱式を追い始める。
「つーか、フロア全体の天井を塞いだのは、初めからこうやって逃げ回るためだったのか...!」
こんな戦いになることをあらかじめ想定していたのだろう。随分厄介な相手だ。そして、どうして遠くまで逃げないのかも気になる。物質透過は紛れもなく天敵なのだからさっさと逃げてしまえばいいのに何故それをしない?県庁に留まるのはなぜだ?
……嫌な予感がしてきた。この世界に来てからは初めての、これまでに幾度となく感じてきたこの悪寒。何か悪いことが起こるという、神様から与えられた不運不幸の感知...何が起こるっていうんだ?
「とにかく追うしか...っ!アイツまた外に...!」
最短距離で追いかけていると、また壱式が窓から出て外を走り出した。今度こそ逃げ出す...?かと思えば、今度は一つ下のフロアへと入っていった。
「壱式は下の階層に移動した!北棟右奥!」
俺は通信機に向かって叫びながら床を通り抜け、一つ下のフロアへと降りる。
「ここも水が...用意周到なこった」
ここも天井で水が障壁によって遮られていた。ここへ降りることは最初から決めていたのだろう。
……やはり、目的がわからない。どう見てもこの県庁の中にはあの壱式しかアンチがいない。そして、そのハウリングは壁を貼るものであり攻撃性を持たない。武器を持っているわけでもない。このまま残っていても俺らに被害が向くことはない。
時間稼ぎが目的...?たしかに、俺がいないと戦いが長引きに長引いてしまって、下で戦っている隊員たちに被害が出ると予知に出ていたようだから、時間稼ぎも目的のうちなのだろう。けど、やはり腑に落ちない。俺らをここに引き止めることに意味があるのか...?
さっきから嫌な予感が止まらない。クソッ、こうなりゃ周りに誰もいない時に幻痛の熱を使って一気に倒しちまうか...?
「っ、いた...!」
その思考に至りかけたところで壱式を発見した。全力で走って逃げる壱式のすぐ背後まで接近する。
やるなら、周りにバレない形で、だ。走る際の摩擦熱を足に溜め込み、走る勢いそのままに蹴りを...
「んなっ...⁉︎」
放った飛び蹴りは途中で何かに遮られてしまった。物質透過は使っていた。奴の貼る障壁にぶち当たった可能性は万に一つもない。それなのに通り抜けられなかった理由は...一つ、可能性があった。
このハウリングで通り抜けられるのは、非生命体のみ。生き物をすり抜けることはできない。そこに、見えない何かがいたとしか考えられない...!
「仕留める...!」
ちょうどそこに、日田が現れた。隊員たちの中で真っ先に到着した日田は、すぐさま剣を構えて壱式に向かって走り出す。
「待て日田!何かがいる!!」
叫んだが、日田は止まらなかった。おそらく貼られているであろう障壁をすり抜けながら日田は壱式に近づき、剣をその頭めがけて振り下ろす。
「アガッ...⁉︎」
その瞬間だった。
日田の身体が当然横にそれ、首から血が噴き出す。
その血に触れてしまったため、見えない襲撃者の身体が溶けて姿を現した。
そいつの見た目は...過去に倒したはずの、透明化のアンチの下位個体のものと酷似していた。
「な、ぜ...」
日田の身体が床に投げ出される。出血がマズイ。小樽を呼ばなければ...!
「葉山!日田が負傷した!小樽連れて飛んでこい!」
通信機に向かって叫ぶ...が、返事が返ってこなかった。
そこで気づく。県庁の外に貼られた障壁によって、外部との通信も断絶されてしまっていることに。
「良くやった。褒めてやろう」
障壁の壱式の声とは違う、別の声がフロア内に響いた。
その直後、見えないアンチの姿が一斉にあらわになる。
そこにいたのは、障壁の壱式を除いて二種類のアンチ。一つ目は、先程返り血によって消えていった透明化の下位個体に酷似した奴。よく見ると、身体の一部が変色して腐っているようにも見えた。見たら生きているのかよくわからない感覚になるアンチだが、何故かこいつらは明確に生きていないように感じられた。
そして、もう一つは人型の上位個体。先ほどの声の主だ。おそらく弐式。
「その力、返してもらおうか」
弐式が倒れている日田に向けて手を伸ばした。
「待て!やめろ!!」
銃口を向けて引き金を引くものの、障壁が弐式を守る。
手を伸ばすその動きを遮ることはできず、弐式の手は日田の持っていた剣に触れて拾い上げた。そして、剣をアンチに噛まれた傷口に当て、グググ...と押しつけて傷口を広げ、かき混ぜようとする。
日田は声にならない声を上げ、苦しみ悶える。刃のないあの剣は、ひたすら鈍くその傷口を広げていく。一思いに死ぬこともできず、長きにわたって苦しみを味わわせる。
「や、め...」
俺は動けなかった。なんというか、心の中でもう助からないと理解してしまったかのように、身体が助けようとする行動を拒んでいた。
この目はアンチたちに向けられ、ひたすら目の前の情報を取り込み続けていた。
「か ハ ...」
日田がピクリとも動かなくなった。意識を失った...いや、違う。死んだのだ。
「これで、お前の天敵は消える」
弐式は剣を離すと、日田の胸の辺りに手を伸ばし...そこにある何かを掴み取るような仕草をとった。
その瞬間、何かが途切れるような感触が走った。物質透過のハウリングの間借りが切れた...?
……そして、気がついた。目の前の弐式の姿に、やや変化があった。
この感じ...まるで壱式のような...!
「ほうほう!力を引き継いでもどうやら前の力も残るようだ。では、俺はこれにて失礼させてもらう。手駒は残すから、上手くやってくれ...っと、タイミングよく分裂期のようだから、子も残しといてやろう。手駒の操作はこいつに任せる」
弐式...いや、元弐式の壱式はそう言うと、その身体から新たなアンチが分離して生まれる。あいつは...弐?それとも参式なのか?
困惑していると、新たな壱式ら壁をすり抜けて姿を消してしまった。日田を殺したことで物質透過のハウリングが奴に移ったのか...⁉︎
『透過が使えなくなったぞ!どうなっている!』
日田部隊の慌てふためく声が通信機から聞こえてきた。
……俺は、目の前で起こったことの情報圧にやや気圧されながらも、無理矢理心を冷徹に落ち着かせて告げた。
「日立は突然現れた別のアンチによって死亡。ハウリングを奪って下の階に逃走した...!」
九州最後が簡単に終わるわけもなく...日田死亡、そして物質透過を奪われました。
波乱の福岡編...次回をお楽しみに。