碧山さんは地雷系?いいえ、爆弾系です   作:姫之尊

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「お疲れ様ぁ」

 

 それから十数分、サッカー部の部長を先頭に、面々がこぞってやってきた。

 掃除に集中していた俺の額には汗が流れ、若干シャツも冷たくなっている。

 

「ありがとねふたりとも。結構綺麗にしてくれて」

 

 部長は部屋に入ると、まず棚を指でなぞった。

 すると恵梨や紅浦を含む何人かの部員、がぞろぞろと押し入った。

 よくよく考えると、この広さの部室に一度に全員が入るのは無理なのか、1年生らしき子達はいない。

 

「何か変なことしてないかなぁ業平」

 

 さっそく紅浦が要らぬ発言をするが、どうやら気にしているのは俺だけだ。

 

「ありがとね碧山さん」

 

 と気がつくと、サッカー部部長と明久里が何か話している。

 

「まだ掃除は残ってますのでお礼は後日言ってもらえばそれで」

 

「え? もういいよ。十分してもらったし」

 

「いいえ、駄目です」

 

 明久里の声の圧がやけに強い。体育会系にも勝る語気だ。

 まあ、部長さんとしては、ただ新しく出来た部にせっかくだから何か頼もうと思っただけで、本気でこの部屋を綺麗にして欲しいわけではなかったのだ。

 やる気に満ち溢れている明久里の提案を丁重に断ろうとするのも当然だ。

 

「と言っても明日で終わります。ただ1つお願いがあありまして。明日は部室で着替えたら鞄は別のところに置いて欲しいのです」

 

 部長に断る隙を与えないよう、明久里は言葉を続ける。

 

「う、うん。じゃあお願いします」

 

 部長が言うのと同時に、俺は自分に集まる視線に気がついた。

 中にいる数人全ての目が俺に集まっている。

 恵梨はなんだかソワソワしているし、紅浦は何考えているのか分からない真顔でいて、他の部員は気まずそうに見ている。

 

「ああ、すみませんでした」

 

 一言そう言い、俺は慌てて部室を出た。

 階段を降り、校舎の壁にもたれかかって明久里を待つ。

 その間に、ほかの部の面々も部室へ戻り始めていた。

 すぐに明久里はやってきた。

 そして降りるとすぐ、偶然やってきた陸上部員に話をし、その部員は部長に確認を取るためにグラウンドの方へ走っていった。 

 さすが陸上部と言うだけあって、走るフォームが綺麗で早い。

 部員は数分しないうちに戻ってくると、明久里になにか伝えた。

 明久里は軽く礼をすると、俺の所へ向かって歩いてきた。

 

「了承は得られました。これで明日あの床を綺麗にし、土曜日に陸上部の部室を綺麗にしたら終わりです」

 

「3日か、なんか長いな」

 

「まあ文句言わないでください。これも部の理念のためです」

 

 俺を宥めるように明久里は言うが、元々は部長という肩書きの為だけに始めた部活だろう。なぜ偉そうなのだ。

 だがそんなこと明久里に何度問いても、まともな答えが返ってこないことは明白だ。

 俺達はふたりで正門から西の用具室へブラシを片付け、俺達の部室に戻った。

 

 

「⋯⋯明日は家庭科部に行きたいと言ったら⋯⋯だめか?」

 

 荷物を持ち、部室の鍵を閉める明久里に言った。

 明久里は南京錠から手を離すと、壁に身体を向けたまま、僅かに振り向いた。

 

「いいですよ」

 

「え? ほんとに?」

 

「ええ。部長さんに先に伝えといてあげます。はじめさんが私を置いてそちらに行きますって」

 

「⋯⋯実際のところ⋯⋯部長って怒ったら怖いのかな⋯⋯見てみたい気もするけど⋯⋯わかった明日もこっちに来るから」

 

「そうですか。別にどっちでもいいんですけど」

 

 髪をなびかせながら廊下を歩き出す明久里を、俺は数秒ぼんやりとした後に追いかけた。

 

「任意(強制)じゃないかほんと⋯⋯」

 

 

 

 ────

 

 

 翌日、放課後掃除用具を持って部室棟の前に来ると、陸上部男子と女子サッカー部が部室内の荷物を全部出している途中だった。

 女子サッカー部の部室からは、紅浦と恵梨が大きな棚を慎重に階段から降ろしている。

 それぞれの部室の用品が部室棟の前に固められ、それぞれの部員は鞄を持ってグラウンドに向かった。

 陸上部に感謝し、明久里と共に階段を上ってサッカー部の部室に入ると、中にはもう壁に付けられたホワイトボードしかなかった。

 

「じゃあまず、これで固まった泥汚れを落としていきましょう」

 

 部屋に入るなり、明久里はどこからが借りてきた紙ヤスリを1枚くれた。

 ちなみに、俺も明久里も汚れないように体操服の青いジャージを着ている。体育に参加しない明久里のジャージ姿を見る珍しい機会かもしれない。

 だからなんだという話だが、髪を1本に纏めているのは新鮮だ。

 

「で、そのもうひとつ持ってるのはなんだ」

 

 紙ヤスリとは反対の手に、吹きかけるタイプの洗剤みたいなものを持っていた。

 

「ああ、水回りの酸性洗剤です。これも借りてきました」

 

「⋯⋯べつに恥ずかしがり屋って訳じゃないんだなぁ」

 

 明久里に聞こえない程度の声で呟きながら、さっそく両手を床について固まった泥汚れを紙ヤスリで擦る。

 固まった泥は面白いように削れ、周囲に小さな粒子となって広がるが、本丸の塊は中々小さくならない。

 

 これは面倒だと明久里の方を見てみると、真剣な顔で一心不乱に床を擦っていた。

 頑張っている人間を見ていると、例えそれが明久里でも、自分もやらねばとやる気が出てくる。

 あまり明久里に働かせると心臓と後が怖いので、とにかく俺も夢中で擦った。

 

 泥の塊自体は、それほど多くない。

 目に見えるものを全て擦り終えた時には、腰が痛くてたまらなかった。

 明久里も俺も、腰を何度も押さえたり叩いたりしながら、ブラシと箒で泥を外へ掃いた。

 これだけでもかなり綺麗にはなっている。

 俺的には十分な気がするが、明久里はまだ物足りなさそうな顔をしている。

 

「では次をはじめましょうか」

 

 明久里が持ってきた洗剤を床に吹きかける。

 洗剤は大雑把だが、床の端から端まで散布され、コンクリートの表面に小さな泡が浮かんだ。

 そしてポケットの中から、個包装されたマスクを取り出すと、1枚を俺に渡し、もうひとつを自分につけると、泡を潰し掻き出すようにブラシで擦り始めた。

 

 あとはとにかく床を擦る。とにかく擦って床の汚れを消す。

 俺はわざとマスクのゴムを勢いよく両耳にぶつけ、ブラシを握った。

 体力的には辛いかもしれないが、タイムリミットまでひたすら床を擦るだけの単純な作業だ。

 

 ──もってくれよ。俺の腕!

 

 

 ──

 

 

「おぉ⋯⋯」

 

 無心で擦ること、1時間近く経過していただろうか。

 コンクリートの床は、見違えるほど⋯⋯というのは大袈裟だとしても、泥汚れや黄色い染みは随分と落ち、健康的な鼠色を取り戻していた。

 途中、疲れたのかトイレに行ったのか、明久里は数十分前に居なくなると、ついさっきまで帰ってこなかった。

 だがそれを咎める気は無い。綺麗になった部屋を前には、そんなことは些細なことだ。

 今ここで明久里に不満を垂れることは無駄な行為でしかない。

 俺の心は、澄んでいるとまでは言わなくても、この足元と同じくらいには綺麗になっている。

 

「水分綺麗になりましたね。では洗剤を流したいのでバケツに水を組んできてください」

 

「⋯⋯」

 

 訂正する。今すぐ小言のひとつでも言いたいくらいには、俺の心には汚れが付着している。

 

「⋯⋯居なくなってずっと何してたんだ」

 

「疲れたので部室で休憩を。心拍も上がってたので」

 

「⋯⋯ならしかたない」

 

 そう言われてしまえば、こちらとしては何も言えない。何せ明久里は爆弾持ち。本来であれば、朝よりも花よりも丁重に扱う必要がある。

 

 部室棟の前に置いていたバケツを持って、部室棟から東に向かった所にある、屋外トイレの流し台から、バケツに水をくんだ。

 溢れるほど入った水は表面張力で零れるのを防いでいるが、どうせすぐに零れるので少し流した。

 

 筋繊維が傷だらけになったであろう腕を更に痛めつけながらバケツを運び、慎重に階段を上って2階の部室に水を流す。

 床にこびりついていた汚れや泡が、水面に浮かび、水の流れと共に移動した。

 

「私が外へ流すので、あと何回か水をお願いします」

 

 そう言いながら、明久里は容赦なく水を入口の前に立つ俺に向かって掻き出した。

 

「おいっ⋯⋯やめろ」

 

 逃げるように階段を下り、廊下から滴る水滴を眺めながら、もう一度トイレに向かう。

 その作業を繰り返すこと5回、洗剤が残ってはいけないと、何度も何度も水を運び、流し入れた。

 そのおかげか、床は本当に綺麗になっていた。

 水のおかげで残っていた汚れも綺麗に落ち、もう言うことない。

 

 

「あとはこれで、掃除の意識を持ってくれるか。だったか?」

 

「そうですね」

 

「正直そんな簡単に意識が変わるとは思えないけどな」

 

「それについてはご安心を。実は手を打ってます」

 

 明久里と共に、サッカー部の部室にあったボールを入れるカゴを運びながら話していると、そんなことを言った。

 

「実はさっき、部室で休んでいたと言いましたね。あれは嘘です」

 

「はい?」

 

 元あった場所に運び入れると、今度こそ本当に腕が辛くなった。

 もう少し重たいものを持てば、確実に筋肉が断裂する。

 

「実はあの時、昨日スマホで作った部活紹介のポスターのデータをそのままパソコン室のPCにもう一度入力して印刷して校内の掲示板に貼ってたんですよ。もちろん許可はもらいました」

 

 一段落した俺達は、サッカー部が帰ってくるまで、サッカー部の棚と陸上部の用具を見守るため、部室棟の前、校舎に繋がるコンクリートの地面の上に座った。

 夕暮れの外も、肌寒さはあまり感じない。

 風が吹いていないからだろうか。

 

「じゃあなんで休んでたなんて嘘を?」

 

「直接ポスターを見つけて欲しかったからです。ほらありますよね? サボってたと決めつけていた人が実は裏で働いてたってシチュエーション。あれをしたかったんです。ただはじめさんにどうするのか聞かれたので、仕方なく今話したんですよ」

 

 髪を結んでいたゴムを外し、ポケットにゴムを入れると、中身を入れ替えるようにガムを出して口に入れた。

 

「色々理解が難しいけど、まあいいよ。そのポスターに意識を持たせる何かが書いてるんだな」

 

「直接的なものですよ。一度完遂した依頼は受け付けないと。そう記しただけです」

 

「なるほどな。それならまた部室を綺麗にしたければ自分たちでせざるを得ないもんなぁ」

 

 同期は不純でも、活動を始めてからの明久里は真面目によくやっている方だとは思う。

 データを再入力して印刷して張り出すだけなら1時間近くもかかるはずないと思うが、そこは目を瞑っていいだろう。 

 隣で並んで座っていると、しばらくしてサッカー部の面々と陸上部の面々が戻り始めた。

 明久里はサッカー部に説明する前に、陸上部に礼をいい、明日清掃することを改めて伝えた。

 先に部室に上がったサッカー部の部員の感心する声が下まで聞こえる。

 その声を聞いて、陸上部の部員は「自分達のほうも頼むよ」と期待の声を出していた。

 ちなみに、男子の部室の隣には、陸上部女子の部室があるが、今回そっちはノータッチだ。

 明日の仕事に関して言えば、依頼ではなく協力への対価なのだから、直接協力してくれた陸上部男子の部室のみが対象になる。

 

「ではまた明日、中の荷物を全部出してもらえますか。そっちも綺麗にしておくので」

 

 陸上部員にそう言うと、明久里はサッカー部の部室に向かった。

 階段を上がる横顔も、部室の前に立つ後ろ姿も、頼もしく見える。

 

「ありがとねはじめ」

 

 そんな明久里に目を向けていると、横から恵梨に声をかけられた。

 練習着姿に、肩に鞄を掛け、首にタオルを掛けるというスポーティーな姿で、汗を拭っている。健康的で爽やかな姿だ。

 

「依頼だからな。仕方ない」

 

「面倒くさかったんじゃないの?」

 

「それを言うなら、そもそもこんな部活やらされてること自体が面倒くさい」

 

「あはは。でも結構楽しいんじゃないの?」

 

「ない! それは断じてない!」

 

「そんなに食い気味で言わなくても、顔近いよ」

 

 恵梨に詰め寄りながら言うと、肩をぽんぽんっと叩かれた。

 困惑してはいるが、それは発言に対してなのか、嫌がっている素振りは無い。 

 中学生くらいから、恵梨との関わり方には気をつけていたのに、久しぶりにまた話すようになったせいか、距離感が戻っている気がする。 

 

 だが昔の俺と違うのは、今は口が軽くないということだ。

 

「明久里は結構人をこき使うタイプだからな。疲れるよ」

 

「ふーん」

 

 爆弾のことを言わずにそれとなく苦労を口にすると、恵梨は唇を突き出しながら何度も頷き、明久里に目を向けた。

 明久里は知らない間に着ていたサッカー部の部長と何か話している。

 

「僕は碧山さんとはじめは結構いいコンビだと思うけどね」

 

「どこをどう見たらそう思うんだよ」

 

「雰囲気とかかな。なんか似てるような」

 

「俺結構優しいぞ?」

 

「それだと碧山さんが優しくないみたいだけど」

 

「⋯⋯」

 

 恵梨が顔を引き攣らせて言った言葉には答えず、口を噤んだ。

 恵梨も察したのか、軽く笑みを作ると、部室の方へ歩いていった。

 明久里がまだ部長と話して戻ってくる気配がないので、バケツとふたつのブラシを片付けに行った。

 

 ヤスリと洗剤については、明久里が預かっているから任せてることにした。

 

 先にQOS部の部室に戻って制服に着替えたが、明久里が戻ってくるまでには少し時間を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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