碧山さんは地雷系?いいえ、爆弾系です   作:姫之尊

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 乗り換えの電車もやはり混んでいた。

 そもそも、この大都市で電車が空いている時なんてあるのかすらわからない。

 運良くドア横をキープ出来た俺達は、目的の八子に着くと、急いで降りた。

 八子駅は大きく、駅の上や周囲には、大型商業施設が併設され、人混みも凄まじい。

 それもほとんどが若い人で、この空間にいるだけで疲れるようだ。

 

「人が多すぎて立っているだけで目眩がします」

 

「人間嫌いの不思議ちゃんみたいなこと言ってるんじゃない⋯⋯」

 

「そんなこと言われても⋯⋯人混みは慣れてないので」

 

「それもそうか⋯⋯」

 

 考えてみれば、明久里は我が家に来てから人が集う都会に出たことが無いはずだ。

 海外にいた時も、父といたならこういった都会とは縁がなかっただろう。

 

 

 乗り遅れのせいか、思ったより時間かギリギリになってしまった。

 

「えっと、ソルタワーってあれか」

 

 駅の南側に直方体の白い壁とガラスが何層かに重なった建物と、その上に四角柱の長いカーテンウォールのマンションが立っている。

 自然に調べた感じだと、そこが八子ソルタワーのはずだ。

 

「よし行くぞ明久里」

 

 田舎者感丸出しで周囲のビルを見上げる明久里の肩を叩き、歩き出すと慌ててついてきた。

 それにしても、当然ながらこんな所をこの時間に制服で歩いている人なんて、俺たちしかいない。

 もう少し時間が経てば、部活帰りの高校生がいたりもするのだろうが。

 

「なあ明久里」

 

「どうしたんですか」

 

 ビルまでは歩いて数分掛かる。

 その間に、先程のことを聞いておきたいと思った。

 

「いや、さっきどうして、あんなに怒ってたのかなって」

 

「それは⋯⋯」

 

 明久里は口をぽかんと開けて、俺を見つめた。

 その容貌はとても可愛らしく、ずっと見ていたくもあったが、そんなとこをしていると人とぶつかってしまう。

 

「ただ⋯⋯はじめさんが疑われたのが許せなくて」

 

「⋯⋯そうか、ありがとう」

 

 その言葉を聞いた途端、電車を降りた時から心の中にかかっていた(もや)が晴れた気がした。

 今の青空のように、俺の心が澄みきるような、そんな気がした。

 誰かが自分のために怒ってくれるというのは、こんなにも心地よく、嬉しいものなのだろうか。

 あの場では、あれ以上明久里の心拍が上がらないか不安で仕方がなかったが、もし明久里に爆弾がなければ、あの時点でときめいていたかもしれない。

 

「はじめさんが捕まったら⋯⋯誰がご飯作ってくれるんですか」

 

「えっ」

 

 何も無いのに、躓いてしまいそうになる。

 

「⋯⋯そうですか⋯⋯俺の感心をかえしてくれ」

 

 しかし、いつもの明久里で安心したといえば安心した。

 真面目で人を思いやる明久里なんて、考えただけで寒気がする。

 

「今なにかとてつもなく失礼なこと考えてませんでした?」

 

「いや⋯⋯そんなことは考えていない」

 

 感覚が鋭くなっている明久里を横目に、ビルに到着した。

 自動ドアを通ると、中は淡く黄色い照明で照らされ人混みと共に、長く大きな通路とそのサイドにいくつかのアパレルブランドなどが入っている。

 俺はこういった商業施設に来ても、本と家電と食料品くらいしか見ないが、明久里はどうなのだろう。

 通路を進むと、建物の中央部分がぽっかりと天井まで吹き抜けになっていて、外国の高い高級車が飾られている。

 さすがにディーラーも制服がビシッと決まっていて、自信に満ち溢れているようだ。

 だがしかし、別に車を見たいわけではないのだ。

 

 すぐ近くにあったエスカレーターで地下に下ると、ホテルのロビーに雰囲気が似た、受付けカウンターと、イベントホールへと繋がる両開きの扉がふたつほどあった。

 誰もいない受付カウンターの前には、パーテーションが設置され、その外側に制服姿の滝沢さんが待っていた。

 エスカレーターを降りると、俺達に気がついた滝沢さんが駆け寄ってくる。

 

「どうもお待たせしました」

 

「いやいや、ふたりとも今日は本当にありがとう」

 

 滝沢さんが軽く頭を下げると、俺達もお辞儀した。

 どうやら、会場では設営準備が始まっているらしく、中から人の声や物音がする。

 

「本当に助かりました。碧山さん達が来てくれなきゃ僕ひとりでしたので」

 

 ほっと、安堵の表情を浮かべる滝沢さんに、俺は驚いて瞼を上げた。

 

「えっ⋯⋯他の部員は? 副部長さんとか紅浦とか」

 

「うーん。それがみんな家庭の事情があるらしくて。

紅浦さんはサッカー部の試合らしいです」

 

「そ、そうですか」

 

 せっかくの販売会を家庭の事情で休むなんて、みんなそれほど大きく考えていないのだろうか。

 どんな形でも、自分の作品を売り出すなんて凄く楽しい経験だと思うが、よほど重要な用事でもあるのだろうか。

 紅浦のように、部活を掛け持ちしている人なら仕方がないと思うが、それでも何だか腑に落ちない。

 

「じゃあ、早速だけどふたりとも準備を手伝ってもらっていいですか」

 

「はい」

 

 気を取り直し、滝沢さんの言葉に頷くと、明久里が胸の前に手を上げた。

 

「すみません。先に行ってもらっていいですか。私は少し」

 

 そう言うと、明久里はイベントホールとは反対側の、トイレの方へ向かって歩き出した。

 せっかく言葉を濁しても、すぐさまそちらへ向かって進めば意味は無いだろうに。

 

「じゃあ行きましょうか」

 

 滝沢さんに並んで、ホールに入る。

 ホールは全体が白く、かなり大きい。

 天井が高く、白いLED電球が散りばめられている。

 普段は、ここで有料のイベントなども行われているのだろう。受付カウンターはそのためのものに違いない。

 中には既に、販売会に参加する人達が大勢集まっている。

 俺達のような高校生や、大学生らしき若い男女や、社会人、お年寄りまで、老若男女が集っている。

 ホール内には、いくつも長机が設置され、机には白い大きめの紙が垂れ下がり、それぞれ所属団体名のようなものが書いてある。

 入口の扉の斜め向かいほどの長机に、ゴシック体で『聖信高校文学部』と紙に書かれているのを見つけた。

 だが机の周りには、パイプ椅子が数個と、レジ替わりにするであろうアタッシュケースが置かれているだけで、肝心の本がない。

 ホールを見渡すと、端っこにいくつものダンボールが密集して置かれていることに気がついた。

 

「あのダンボールの中に、みんなの作品があるんですか」

 

「そうですよ。当日本を持っていくのはキツイので、事前に配送してるんです」

 

「なるほど」

 

 滝沢さんとダンボールの前に立つと、机と同じように、聖信高校文学部と書かれたダンボールを見つけ出し、長机へ運んだ。

 100サイズのダンボールを5つほど運び、一息つく。

 文芸同人誌なんて、それほど売れるとも思わないが、他の団体の様子を見ても、それなりの量をみんな用意している。

 

「あの、滝沢さん」

 

「どうしました?」

 

 滝沢さんは腰に手を当てて体を逸らしながら、こっちを向いた。

 

「失礼なんですけど、こんなにあって売れるものなんでしょうか」

 

「あー、大丈夫ですよ。このイベントはサブカル大学生や社会人の方がそれなりに来ますし、中にはアニメやゲームの二次創作小説を目当てに来る人もいるので」

 

「まさかの二次創作ありですか」

 

「まあ⋯⋯僕達の作品の中にはなかったと思いますが、中にはそういうサークルもあるとは思います」 

 

 滝沢さんが先にダンボールを開き始めたので、俺も続くと、明久里がハンカチ片手に到着した。

 

「結構皆さん揃えてますね。売れるのでしょうか」

 

「ああ、中には二次創作小説売ってるサークルと、それ目当てで来る客がそこそこいるらしいから、なんとかなるらしいぞ」

 

 来たばかりの明久里の疑問に答える。

 明久里は首を回しながら頷き、ハンカチを水色のポーチにしまった。

 そういえば、今日はポーチを持っているが、以前届いた私物なのだろうか。

 謎のトーテムポールを飾る女子の持ち物とは思えないくらい、普通の一般的なポーチだ。

 せっかくなら、虎柄の物とか持っていて欲しかった。

 

「転生姉妹9のあの女を痛めつけるような作品があるなら喜んで買うんですけどね」

 

 ダンボールを閉じるガムテープを剥がしながら、そんな明久里の淀んだ声がした。

 

「お前ほんとなんであのシリーズずっと遊んでるの? そんなのネットで探せばどっかに転がってるだろ」

 

「いつも探してるのですが、そもそもあれマイナーゲーなので投稿自体が少なくて。あったとしてもマイナーカプ系ばかりであのクソヒロインを辱めるような」

 

「おっとそれ以上はいけない。もう手遅れだけど滝沢さんが引いちゃう」

 

「漫画でも可ですが、文章でねっとりとりょう⋯⋯」

 

「だからやめろって!」

 

 何を言い出すか分からない明久里に狼狽させられながら、本を箱から取り出す。

 本はきちんと文庫本サイズに製本され、表紙も洒落ている。

 

「とりあえず、全部で10作品くらいあるはずですから、3冊ずつ机に並べていきましょう」

 

「わかりました」

 

 言われた通り本を取り出し、机に並べる。

 タイトルや本の厚さを見る限り、詩集とか、短編の文学作品がほとんどのようだ。

 滝沢さんの作品も当然あり、ちらりと中を覗くと、何とも可憐な美文が垣間見えた。

 最後のダンボールを残して、とりあえず机に作品を並べたが、紅浦の作品がない。

 まあ紅浦のことだ。どうせR18区分の如何わしい作品しか書いてないから、出品しなかったのだろう。

 最後のダンボールを開き、ビシッと敷き詰められた本を取り出し、俺は絶句した。 

 

「⋯⋯」

 

「どうしたんですかはじめさん⋯⋯急に固まって⋯⋯おや、これは⋯⋯以前見てたやつですね」

 

 あまりの衝撃でフリーズする俺を他所に、明久里もダンボールから本を手に取った。

 

『Secret School Love affair』

 

 深い海のような紺碧色の表紙に、白い筆記体で書かれたタイトルは、見覚えがあった。

 いや、見覚えどころでは無い。

 あの日文学部に見学に行ってから、1日たりとも、この作品が頭をよぎらない日は無い。

 

「滝沢さん⋯⋯これ全部燃やしてもいいですか」

 

「えっ!? だ、だめですよっ!?」

 

  

 

 紅浦水樹がこの世に生み出した史上最大の汚物⋯⋯俺が総理大臣だったら、間違いなく禁書にしている。

 いや、そうしなければ、この国の秩序が乱れる。

 

「なんでこれがここにあるんですか! それもこんなにも」

 

 ほかのほんと比べて、明らかにこの作品は部数が多い。

 製本なんてタダで出来るわけないし、本の状態から見て、自分達で製本したとも思えない。

 ということは、プロに頼んでいるはずだから、少なからず費用が掛かっているはずだ。

 まさか、各々刷りたい部数だけ発行するなんてしていないはず。ようするにある程度の利益を見込んでの発行部数のはずだ。

 

「いやあ、実は紅浦さんの作品って1部界隈では人気があるんです。彼女ネットではアングラ界の人気作家ですし」

 

「なんですかその新情報⋯⋯確かに文章力は凄いけども⋯⋯」

 

 本を並べ終えた滝沢さんは、アタッシュケースの中を確認している。中にはお釣り用の小銭が見えた。

 

「それで、去年も実は1番売れたのは紅浦さんなんです。それで今年は」

 

「部数を増やして稼ぎにいったってわけですか」

 

「まあ、今日の売上は部費として計上されるので」

 

 薄笑いしながら、滝沢さんはこめかみを掻いた。

 

「俺の肖像権はどうなってるんです?」

 

「それは⋯⋯あれですよ⋯⋯僕も出てるのでお互い被害者ってことで」

 

「ほんと⋯⋯滝沢さんには同情しますよ」

 

「いや⋯⋯1番辛いのは業平君だと思いますよ」

 

 部長もこの紅浦の作品に無理やり出演させられているのに、なぜか俺に優しい。

 

「実を言うと、権利関係で何かあってはいけませんから、皆の作品には目を通してるんですが、その作品、何故か最初の高橋先生と業平君だけ名前があからさまで、他は特定難しいんですよ。あと、本にするにあたってかなり削ってます。僕と業平君は出てますが」

 

「えっ⋯⋯なんですかそれは」

 

「まあそれ、1年生の時から紅浦さんが書き続けてた作品ですから、最初は手探りだったんでしょうね」

 

「そういう問題ですかねぇ」

 

 するとあれだ。1年の早い時期から、紅浦に目をつけられていたことになる。

 クラスが一緒だったあいつと話すようになったのは、それなりに早かったし、あいつの下ネタ発言癖なんて入学してすぐ発覚していた。

 だがそれにしても、あの文才を他に活かせないものだろうか。 

 

 仕方なしに並べると、明久里がまたひとつ新しい本を取り出していた。

 深い緑の表紙に赤い雲が描かれたその本は、机に並べたものの中に同じものがない。

 

「んっ、まだ残ってたんだな」

 

 まだ並べていない作品があったのかと、明久里の後ろに立って本を確認すると、俺はまたしても言葉を失った。

 

「あいつ⋯⋯2作も書いてたのかよ⋯⋯しかもこの本分厚いな」

 

 ざっと見ても、400ページはありそうな長編小説で、もちろん作者は紅浦だった。

 サッカー部で活動しながら、いったいいつ書き溜めてるのかと感心するのと同時に、表題を見て俺は顔が熱くなった。

 

『紅のkarma(カルマ)

 

 紅と(かるま)という字。

 紅浦の性格とこの間の告白を考えると、自意識過剰に考え込んでしまうが、ここで反応すると明久里や滝沢さんになにか勘づかれかねない。

 

「あいつ凄いな⋯⋯もう感服もんだわこれ」

 

 自然を装い、明久里の手から本を奪い、さらにダンボールの中から数冊取りだし、重ねて机に置いた。

 こういう時、明久里が鈍感でよかったと思う。

 明久里はタイトルを見ても何も思わなかったのか、ぼーっと突っ立っている。

 

「ああこれ、ギリギリで完成させたって言ってた作品ですね。へえ⋯⋯こんなタイトルだったんですか」

 

 ふと滝沢さんが机に置いたその本を手に取り、ページをパラパラとめくり始めた。

 ざっと流し読みして本を戻すと、眼鏡をクイッとあげて、黙って本を戻した。

 なぜか滝沢さんは俺達を、いや俺を避けるように背中を向け、特に何もすることがないのに、アタッシュケースのダイヤルロック部分を指でいじっている。

 

「さあ、もう時期始まる時間ですから、販売の方よろしくお願いします」

 

 弄ってるだけかと思いきや、急にロックを外し、中から小さな紙を取り出すと、それを本と机の間に挟み始めた。

 どうやら、それぞれの値段らしく、同人作品だけあってやはり皆安い。

 ただ分厚い紅浦の作品だけは値段が少し高い。

 それでも昨今の文庫本の値段を考えれば十分安いのだが。

 

 滝沢さんは紙を全て挟み終えると、パイプ椅子に座り、俺達も座るよう目で促した。

 

「とりあえず5時までってことになってるので、そこまで交代しながらお願いします。ああそうだ。あのケースの番号は⋯⋯」

 

 番号を言うと、実際にケースを開き、小銭やお札毎に区切られたスペースを見せてくれた。

 まあ全部下二桁はゼロなので、細かいお釣りに頭を悩ませることは無い。 

 

「まあふたりここに居たらいいので、業平君と碧山さんはふたりで自由に休憩してください。休憩中はこのフロアを回っても上のお店を見に行ってくれても構いませんので」

 

「それだと滝沢さんの休憩時間は」

 

「僕はトイレ休憩さえ貰えればそれで結構ですから。おふたりに依頼した立場で贅沢は言えませんから」

 

 優しく微笑む滝沢さんに、素晴らしい社畜としての素質を垣間見た。

 本当、いい人だから幸せになって欲しい。

 そしてほかの文学部の部員達にはちょっとした不幸か訪れてほしい。たとえば腹を壊してゴールデンウィークを台無しにするとか。

 

 それはそうと、もうどこのグループも準備が完了しているのか、皆朗らかに談笑している。

 中にはグループの垣根を越えて話をする人達もいる。人見知りの俺には到底信じ難い光景だ。

 

「あ、濱野さん」

 

 滝沢さんが呟いたかと思うと、前から茶髪で藍色と白のシャツに黒いサマージャケットを着たホストみたいな見た目の男がやってきた。

 滝沢さんの反応からして、恐らく文学部のOBかなにかだと思われるが、ワックスで髪を固めた文学部がいることが想像できない。

 その男は片手を振りながら、俺達の前までやってきた。

 

「久しぶりだなぁ。滝沢」

 

「はい。お久しぶりです」

 

 滝沢さんは席を立つと、ぺこりと頭を下げた。

 やはりOBらしく、一瞬で滝沢さんの立場が部長から一般部員へとすり替わった。

 濱野という男は、にこにことしながら軽くこちらを見ると、また口を開いた。

 

「もしかして後輩?」

 

「いえ、そのふたりは手伝いに来てくれた2年生です。文学部ではありません」

 

「へえ。そうなんだ」

 

 男が一瞬、横目で明久里を見てニヤリと口角を上げたのを見逃さなかった。

 近くにいると麻痺するが、明久里は街中を歩いてたら芸能事務所にスカウトされてもおかしくないくらいのルックスは持ってるのだ。

 初対面で目をつけられてもおかしくは無い。

 

 まあ、こんな大学デビュー丸出しの男に明久里がホイホイついて行くとは思えないが、一応警戒はしておこう。それはなんのためか。無論皆の命のためである。

 

 と考えていると、濱野という男はポケットに手を入れ、若干猫背になりながら明久里を観察するように迫った。

 

「君、部活はなにかやってるの?」

 

 見た目チャラい男にしては、ファーストタッチが案外大人しい。

 

「Quality Of school部です」

 

「なんて?」

 

 ネイティブ顔負けの流暢な英語に戸惑ったのか、濱野は目を見開いて耳を明久里に向けた。 

 

「まあようするに、困っている人のお手伝いをする部活です」

 

「な、なるほど⋯⋯いい部活じゃん。じゃあ、そこの君も?」

 

 明らかに困惑しながら、男の双眸が俺に向けられる。

 

「はい⋯⋯」

 

 あまり会話もしたくないので簡潔に必要最低限の文字数と声量を発し俯く。

 別にこの大学デビュー丸出しの男が嫌いとか、そういうわけじゃない。

 そもそも初対面の人が苦手だし、年上となるとなると尚更なだけだ。

 

「じゃ、じゃあな滝沢。頑張れよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 俺と明久里の暗いオーラが、大学デビュー男を撃退したのか、男はポケットに手を突っ込んだまま、そそくさと帰っていった。

 

 男はそのまま、大学のサークルの元へ戻ると、座っていた黒髪の女性に機嫌よく話しかけていた。

 

「あの人⋯⋯本当に文学部だったんですか」

 

 俺も感じていた疑問を、明久里が率直にぶつける。

 

「そうですよ⋯⋯ふたつ上ですけど、去年あった時もあんな感じでした。高校の時は大人しい人だったのに」

 

 そう言った滝沢さんは遠い目をしていた。

 

「完全に大学デビューして豹変したパターンですね。大方⋯⋯文芸サークルに入ったのも初心な女子学生なら簡単に⋯⋯」

 

「おっとそれ以上はいけない」

 

 問題発言を繰り出そうとする明久里の肩を叩き阻止すると、何故か滝沢さんが安心しきった菩薩のような顔で俺に笑いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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