碧山さんは地雷系?いいえ、爆弾系です   作:姫之尊

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「じゃあふたりとも、そろそろお客さんが来る頃だから簡単に説明しますね」

 

 椅子に座ったまま、滝沢さんがようやく今日の仕事について説明してくれた。ついでにアタッシュケースの番号も。 

 俺達がやることは物凄くシンプルで、本を渡し、お金を受け取ってアタッシュケースからお釣りを出す。

 しかも、収益の管理は滝沢さんが会計アプリを使ってするようなので、俺達の仕事はただお金を受け取り、お釣りを間違えないように気をつけることと、売れる度に本を補充することだけだ。

 

 あとは、俺にとってはいちばん難しいかもしれない、できるだけ愛想良くするということだ。

 今から頬を上げ、笑顔の練習をしておく。

 発声練習もしておきたいが、それは恥ずかしい。

 

 販売で明久里が緊張して心拍が上昇しないか、しっかりと気をつけておくことを心がけ、深呼吸した。

 

 少しして10時になると、さっそくお客さんがチラホラとフロアにやってくる。

 昨今の出版業界は苦しいが、こういうイベントに来るマニアはまだまだ健在なのだろうか。

 

 と言っても、若い人達のお目当てはだいたい決まっているのか、同人サークルや大学のグループにばかり人が集まり、俺達の所にはやってこない。

 唯一、少々年季の入ったおじさんが顎に手を当てながら、机の上を物色し始めた。

 おじさんは本を手に取ると、軽く中身を確認し、それを何度か繰り返してから、滝沢さんと誰かの作品を持ってカバンから財布を取り出した。

 

「これを」

 

 おじさんは俺の正面に居たのに、何故か明久里にお札を手渡した。

 まあ、気持ちはわからんでもない。

 

「ありがとうございます⋯⋯こちらお釣りです。どうもありがとうございました」

 

 明久里はお札を受け取ると、素早い手つきで釣り銭を渡して頭を下げた。

 その間、全く揺らぐことなく無表情を貫いていたのが気になるが、おそらく俺より動きがいいだろう。

 俺なら少なくとも、5回はお釣りの確認をしているが、明久里はほぼノンストップで取り出し、1度手元を見ただけで終わった。

 

「いい感じですよ碧山さん」

 

 さっそくスマホ画面になにか入力している滝沢さんに褒められると、鼻の穴が膨らんでいる。

 今明久里がどんな心境なのか、脈拍のアプリを見ればすぐに分かるのだが、万が一バレたら恐ろしい。

 

 とか考えていると、若い女性が何人かやってきた。

 俺達よりは大人びている、大学生か社会人なりたてくらいの風貌だ。 

 彼女達は机の上を物色し、目を光らせた。

 

「あっ、あったあった。紅浦先生の新作だ」

 

「やったぁ。えっ、しかも2作も!?」

 

「すごっ、早く買っとこうよ」

 

「ああ今朝mix開いといてよかった。まさかギリギリで告知されるなんてね。紅浦先生⋯⋯いただきます」

 

 女性達は紅浦の作品がお目当てだったようで、机の前で嬉々としている。

 しかもひとりは紅浦の本を両手でおでこの前に持ち、祈るように目を閉じている。新手の宗教なのだろうか。

 明久里がひとりずつ精算を済ませていくが、先程本を持って祈っていた女性が俺の前に立って口を開いた。

 

「あの、もしかして紅浦先生とお知り合いですか」

 

「えっ⋯⋯せ、先生⋯⋯? あいつが⋯⋯?」

 

 最近は一部の女子とよく話している気がするが、初対面で年上が相手となると、緊張して口篭る。

 

「はい。紅浦先生の作品を楽しみに生きてます」

 

「そ、そんなに⋯⋯」

 

 それにしても、この女性の目のなんて美しいことだろう。

 この人が崇拝している紅浦という人間は、心が澱み、汚れきっているのに、信仰者である彼女の目は曇りがなく、純粋そのものだ。

 まあたしかに、時々家にやってくる宗教勧誘のおばさんも、何故かみんな目だけは澄み切っている。

 上にいる教祖は人を騙すことしか考えない悪人なのにだ。

 

 まあ、紅浦は別に人を騙してはいない。

 ただ俺や滝沢さんのような一般市民に精神的被害を与えるだけで、こうして真っ当に人を楽しませているのだ。

 

「ま、まあ、知り合いといえば知り合いですけど⋯⋯」

 

「え、ええっ。先生は普段どんな様子ですか」

 

 グイグイ来ると思いながら、真実をぶち撒けてやろうかとも思ったが、そんなことをしたら逆上した彼女に襲われかねない。

 明久里と暮らし始めて染み付いたバイブ音が、脳内で鳴り響いている。

 

「まあ、普通ってかんじですね⋯⋯」

 

「へー意外です。私的には内気な文系かと思いきや実は活発な体育会系ってイメージなんですけど、合ってますか」

 

「⋯⋯さあ、どうでしょうか」

 

 大正解と言ってあげたいが、紅浦のプライバシーのためにも言葉を濁しておく。

 そうして彼女達は精算を済ませると、別のブースを物色しに向かった。

 

「まさかほんとにあいつのファンがいたとは⋯⋯世間は広いなぁ」

 

 いきなり現れたあいつのファンと言う存在が未だに信じられないが、確かにいまさっきまで目の前にいて会話してたのだ。

 なんだか、紅浦が少し遠くに行ったように感じ、秋の夜長の焦燥感のようなものを覚える。

 

「紅浦さん、どうやらネットでも1部界隈で人気らしいんですよ」

 

 ぼんやりと今の季節にはに使わない紅葉を想像していると、スマホを置いた滝沢さんが言った。

 

「みたいですね。さっきもmixで告知されてたとか言ってましたし。俺は知りたくないけど」

 

「まあ、業平君は紅浦さんの被害者ですしね」

 

「そう思ってるならせめて出品は阻止してくださいよ⋯⋯訴えますよ」

 

「そこは⋯⋯僕には関係ないので⋯⋯おふたりで争っててください」

 

 この人、ただ人がいいだけかと思いきや、狡猾さもきっちりと兼ね備えている。やりおる。

 

 それからも、この販売会にはそれなりの人が訪れ、この聖信高校文学部の作品もちょくちょく売れた。

 

 そして、滝沢さんの言う通り、紅浦という人間は本当に1部界隈で人気があるらしく、マニアックそうなサブカル女子や、普通の一般的な女子などがやつの作品目当てにやってきた。

 

「あ、その作品のキャラのモデル自分です」

とでも美人に伝えれば、チヤホヤされたりすることもあったかもしれない。

 最もそんなこと、その行為自体が恥ずかしいことだし、それを想像して鼻の下を伸ばしていた俺を見る明久里の目が、まるでひっくり返ってもがいているゴキブリを見るかのように無機質だったのでしない。

 

「はじめさん⋯⋯鼻の下伸びすぎです」

 

 明久里も感情が鼻腔に出るタイプだから、本来人のことは言えない。

 

 そういえば、もうすぐ昼なのだが、結局俺も明久里も特に休憩など取っていない。

 まあ、正直なところ上のショッピングモールにいても、なにかしたいことがある訳では無いので、ここに座っている方が疲れなくていいのだ。

 だからどこかで滝沢さんに休憩を取ってもらいたいのだが、俺と明久里では売上の管理が出来そうにないのだ。

 

「ああそうだ」

 

 また紅浦の作品を買いに来た女性が去り、本を補充していると滝沢さんがポケットをまさぐりながらこちらを向いた。

 さっきから紅浦の本ばかり補充している。

 やはりあいつは文学部でもひとりレベルが違うのだろうか。

 

「どっちかでいいですので、お昼を買ってきてくれませんか。上の食料品売り場にお弁当でもパンでも売ってるので」

 

 そう言って、滝沢さんはポケットから黒い折りたたみ財布を取り出した。

 手を伸ばして差し出したそれを、明久里は受け取ると、早速中身を確認していた。

 

「これは、滝沢さんのお金ですか。だとしたら⋯⋯」

 

 その行為に少し明久里に対する感情が減退したと思いきや、その意図が判明し、すぐ元に戻った。

 どうやら明久里は、財布が滝沢さんのものでは無いかと疑ったらしい。

 滝沢さんが自費で俺達の昼食代を出すと言えば、さすがに受け取るのは申し訳ない。

 

「ああ、違いますよ。それは部費です。安心してください」

 

「そうですか⋯⋯ならよかったです」

 

 明久里は財布を両手で挟むように持った。

 

「どっちかに頼んでいいかな。僕はここを離れられないので」

 

「では私が買ってきます」

 

「ありがとう。じゃあ僕はスーパーのカツ丼でお願いします。無かったら1番安いお弁当で。あとペットボトルのお茶を」

 

 流石は滝沢さんだ。ここで「なんでもいい」なんて言っていたら、好感度が下がっていたところだ。

 しかも、カツ丼がなかった時のチョイスも完璧だ。

 他の部員が全員サボって、ひとりだけ苦労しているのに、部費のことまで考えて選択している。

 

「あ、じゃあ俺は唐揚げ弁当で頼む。無かったら同じく安いので。あとお茶」 

 

「わかりました。では」

 

 立ち上がった明久里を見上げながら頼むと、そそくさとこのフロアから立ち去っていった。

 明久里を眺めていると、濱野というOBが明久里の背中を目で追っていた気がするが、まあ気にしなくていいだろう。

 そう思っていると、濱野という男はサークルの仲間になにか謝るような手振りで話し、明久里の後を追うように外へ出た。 

 

 なんだか胸騒ぎがする。

 実際大したことは起きないだろう。

 俺の予想が正しければ、ただあの男が明久里に声をかけるだけだ。

 俺は念の為、心拍監視用のアプリを開き、何かあればいつでも探しに行けるように準備した。

 

 ちょくちょくお客さんはやってくる。

 ほとんどが若い女性か、壮年の男性で、若い女性は紅浦の作品を目当てに、壮年の男性は色々な作品を物色して気に入った物を買っている。

 自分の商品でなくとも、物を売るのは少し楽しい。

 明久里がいないので、俺は拙い手つきでお金を受け取り、お釣りを渡していたが、渡してすぐ間違っていなかったかどうか不安になってしまう。

 お客が居ない時、スマホ画面を眺めると、一瞬脈拍がアラームが鳴る手前まで上がったが、すぐに元に戻った。

 俺の杞憂で、あの男から話しかけたられた訳では無かったのだろうか。

 すると、濱野がこのフロアへ戻ってきたのだが、心做しか猫背になっている気がした。

 理由は分からないが、サークルの仲間に一声かけると、椅子に座ってスマホを触りだした。

 特に何も無かったのだろう。

 俺は心の中でOBの彼に謝り、空腹を感じ始めていた。

 別に動いてるわけじゃないのだが、今朝は痴漢に間違えられたし、ここでお金のやり取りをするのは緊張するしで、脳が疲労していた。

 他のサークルを見てみれば、みな思い思いに昼食を取ったり、客やメンバーと話したりしている。

 ほとんどが大学のサークルなので、やはり客は知り合いが多いのだろう。

 むしろ、滝沢さんの知り合いがひとりもいない俺達が珍しいのかもしれない。

 

「どうですか業平君。疲れていませんか」

 

 机に肘をついて頬を手に乗せていると、滝沢さんが横から伺うように尋ねてきた。

 

「えっ、ああ。平気ですよ。ただちょっとぼーっとしてただけです」

 

「それなら良かったです。本当⋯⋯おふたりには助けられてます」

 

「いやいや、まあこれが俺達の部活動なので」

 

「殊勝な人ですよねぇ碧山さん。人助けがしたいだなんて」

 

 なんだか滝沢さんが勘違いしてそうなので、正してやらねばならない。

 

「いや、あいつは元々部長になりたくて部を立ち上げただけですから。この部を作ったのは何かのアニメの影響ですよ」

 

 真実を伝えると、滝沢さんは瞼を開き、微笑しながら瞬きをした。

 

「だとしてもてすよ。実際こうして助けていただいてるのですから。当然業平君にも」

 

「俺は⋯⋯ただの成り行きですよ」

 

「そうですか? ただ従兄弟だってだけで同じ部活にまで入るなんて、なかなか出来ることではないと思いますが」

 

「それはまあ⋯⋯あいつの圧力に負けたというか逆らえないというか⋯⋯そんなところですね」

 

「あはは。やっぱり君は優しいんですね。紅浦さんの気持ちも分かります」

 

「っ!? な、なんのことです?」

 

 もし口の中に水を含んでいたら、衝撃で吹き出していただろう。

 意味深に言った滝沢さんを凝視すると、彼は微笑んだまま眼鏡の奥を光らせた。

 

「実は紅浦さんから相談されてたんですよ⋯⋯校外学習で業平君に告白しようと思うんですけどどう思いますかって⋯⋯」

 

 普通そういう相談は同性にするものじゃないのだろうか。

 紅浦の交友関係なんてほとんど知らないが、あいつの性格を考えれば異性の方が相談しやすいのだろうか。

 たとえばだが、恵梨なんかに相談してもいい答えは貰えないだろうし。

 

「それで、滝沢さんはなんて⋯⋯?」

 

「ただ当たって砕けたらいいんですよと」

 

「あっ⋯⋯砕けるとは思ってたんですね⋯⋯ちょっと可哀想⋯⋯」

 

「だって、自分を登場させたエロ小説書く子は好きになれないですよね?」

 

「まあ、そう言われたら当然そうですね」

 

 お互い苦笑いし、俺は視線を逸らして考えた。

 あの告白が、偶然観覧車で一緒になったから行ったものでないなら、他にも告白プランがあったのだろうか。

 それを教えて貰えるとしたら、きっとその時は⋯⋯。 

 

「まあしかし、その様子だとおふたりの関係は変化ないようですね。安心しました」

 

 心優しい滝沢さんは、俺達の間柄まで気にしてくれている。

 ほんと文学部の部員、誰でもいいから今から手伝いに来い。

 

「あんなやつまで気にかけるなんて⋯⋯ほんと滝沢さんには頭が下がりますよ」

 

「そんな、褒められても何も出ませんよ」

 

 はははと笑うと、またお客がやってきたので作業に戻る。

 紅浦の著書だけどんどんと在庫を減らしていき、本当にこのペースなら完売しそうな勢いだ。

 

 そして、明久里が買い物に出て行ってからしばらくして、ようやく買い物袋を持って戻ってきた。

 ただ昼食を買うだけにしては時間がかかった気がするが、レジでも混んでいたのだろうか。

 買い物袋をぶら下げながら戻ってくると、机にはおかず、俺に手渡してきた。

 

「どうぞ、この中に全て入っているので」

 

「ああ、ありがとな」

 

 袋を膝の上に置き、とりあえず弁当とお茶を取り出す。

 カツ丼と唐揚げ弁当は、要望通り俺と滝沢さんのだろう。

 そして驚くことに、唐揚げ弁当がふたつあった。

 俺はてっきり、明久里はひとりだけ高い弁当を食べると思っていた。

 なんならひとりだけお惣菜としてローストビーフとかも足してそうなイメージがあった。

 

「ほい明久里、先食べていいぞ」

 

 ふたり同時に食べる訳にも行かないので、先に食べろと弁当と橋を手渡す。

 

「ありがとうございます。ではお先に」

 

 明久里は弁当を取ると、椅子をやや後ろに引き、腰掛けた。

 

「滝沢さんも、今のうちにどうぞ」

 

「ああ、ありがとう。いただきます」

 

 滝沢さんにはお金の管理をしてもらわないと行けないので、やや急がせることになってしまう。

 急いで食べ始めた滝沢さんと、ゆっくりマイペースに食べる明久里を確認し、俺は取り出した弁当を袋に戻して足元に置いた。

 

 明久里が食べ終わるのを待ちながら、お客が来るのを待っていたが、たまたま誰も来なかった。

 ちょうどお昼時だし、皆上のレストランで食事でもしているのだろう。

 

「変わりますはじめさん」

 

「ああ、ありがと」

 

 食べ終えた明久里と入れ替わるように、明久里が座っていた後方の椅子へ向かい、弁当を食べる。

 やはり、そこそこいいスーパーマーケットのお弁当だけあって、家の近所の弁当とは味も値段も違っている。

 自分の金で買うとしたら、多分選ばずに、安いパンでも買っていただろう。

 

 偶然なのか、入れ替わってすぐ、お客がやってきて明久里が対応している。

 とっくに食べ終えていた滝沢さんを尻目に、お茶をひと口飲む。

 見たことないラベルのペットボトルで、少し味が濃い。これも少し高いのだろうか。

 弁当を食べながら、明久里が買い物に行く時に開いていたアプリを少し確認してみる。

 当然今は心拍は正常な値で落ち着いていた。

 慌てて後ろに誰かいないか振り返り、安堵の息を漏らす。

 こんなところ、人に見られてしまえばどんな誤解を産むかわからない。それこそ今朝の痴漢騒ぎのように。

 

 今思い返してみれば、明久里があの時弁護してくれなければ、俺は事務室に連れていかれそのまま最悪の事態に⋯⋯。

 て思ったが、結局のところ明久里が誤解を解いてくれていたに違いない。

 なにせ住民票の住所が一緒の同居人だし。明久里も痴漢されたとは言わないだろう。実際ただ降りる駅を伝えただけだし。

 

 そんなことを考えていたせいか、最後の方はせっかくの弁当の味が分からなくなっていた。

 がっかりとしながらお茶を飲み、食べ終えた容器を買い物袋に片付ける。

 ついでに明久里のと滝沢さんのも回収し、袋を結んでそこらへんに置いた。

 

 椅子を明久里の隣りに戻し、また店番に戻ったが、朝の最初より人は少なくなっていた。

 皆目当ての品はすぐに手に入れに来るのか、今はたまたまこのイベントを知って寄ってみた。みたいな雰囲気のお客さんがチラホラといる。

 そういう人達は大学生のブースに集まり、こっちなど見向きもしない。

 だが、紅浦の作品を買いに来る客はなかなか途絶えない。

 あいつもう本当に作家でも目指したらいいんじゃないかと思う。

 

 その場合、俺をモデルにした作品なんて書いたら訴えさせてもらうが。

 

 この店番にも慣れ、退屈な時間が流れ始めた。

 人は退屈すると、時間の進みが遅く感じる。

 だが、人はこの慣れてきた時にミスを犯しやすい。

 だから今一度、気合いを入れ直して取り組む必要があるのだが、1度だらけた心はそう簡単には戻らない。

 

「なあ明久里、ちょっとここ離れていいか」

 

 それなら、少し空気感を変えてみるのもいいかもしれない。

 

「どうぞ。どこか行くんですか」

 

「ああ、折角だから調理器具でも見てこようと思う」

 

「じゃあ私あれ欲しいです。電子レンジでゆで卵が半熟になるやつ」

 

 お茶を少し飲んで席を立つ。

 

「あれ結構高いんだよなぁ⋯⋯まあ見るだけ見てやる。じゃあ、ちょっとすみません滝沢さん」

 

「はい。どうぞどうぞ」

 

 滝沢さんにも伝え、フロアを出る。

 エスカレーターで1階に上がると、何故か空気が澄み切ったような、爽やかな風が入口の自動ドアから吹き抜けた。

 実際は外の排気ガスと中の人々が吐き出した二酸化炭素だらけの空気なのはご愛嬌だ。

 

 関内の案内板を確認し、調理器具は2階で販売していることを知る。

 

 早速2階に上がって店に入ると、大量の高そうなフライパンや鍋が陳列されていた。

 我が家で使っているフライパンも大分とくたびれてきたが、まだ使えるだろう。

 調理器具を見に来たと言っても、特に目当ての物がある訳では無い。

 ただリフレッシュしたかったのと、何かあればいいなぁっと思った程度だ。

 買っても絶対に使わないであろうスキレットやひとり用の焼肉用コンロなどを見ながら、明久里ご所望のレンジで簡単ゆで卵器を見つけた。

 真っ白な卵形の容器に卵を入れてレンジでチンするだけで、自在に黄身の硬さを変えられる代物だ。

 値段もそれほど高くないし、あれば俺も多分使うだろう。

 折角だからとゆで卵器を購入し、地下に戻ろうとエスカレーターを降りると、制服姿の見慣れたふたりと鉢合わせした。

 

「あれー、はじめ何してるの?」

 

「あ、業平ほんとにいた」

 

 エスカレーターの降り口から少し進み、足を止める。

 

「紅浦と恵梨か」

 

 

 

 

 

 

                 

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