碧山さんは地雷系?いいえ、爆弾系です   作:姫之尊

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爆弾少女と部活動 料理編

 目覚めると妙に頭がスッキリしていた。

 風呂に入ってからすぐに寝たおかげなのか、特に何事も起きないふわふわとした夢を見ていたからなのか、とにもかくにも、溜まっていた疲れは吹き飛び、目覚めた瞬間から快活になっていた。

 

「で、お前は何やってるんだ⋯⋯」

 

 リビングにいくと、ソファの上で眠りこけている明久里を発見した。

 パジャマ姿でバスタオルが枕代わりになっていることから、風呂に入ったことは間違いない。

 もうだいぶ暖かくなってはいるが、こんな所で毛布も掛けずに寝れば風邪を引きかねない。

 ソファのすぐ下に昨日読んでいた本が落ちていることから、どうやら読みながら寝落ちしたらしい。

 ならベッドで読めばよかったのにと思うが、なにかリビングにいる事情でもあったのだろうか。

 

「おーい明久里、起きろー」

 

 本を拾い、肩を揺らす。

 それにしても、居候の身分で随分とのんびりしているものだ。

 よく共用スペースで寝顔を晒せるものだと、ある意味感心する。

 

「明久里ー」

 

 起きないのでさらに揺らすと、唸るような声と鼻息を吐きながら長いまつ毛が動いた。

 

「んぅ⋯⋯もう朝ですか⋯⋯って、なんではじめさんが私の部屋にいるんですか。そういう事ですか」

 

「そういう事ってなんだよ⋯⋯いっとくけどここはお前の部屋じゃないぞ」

 

「えっ⋯⋯あ、ほんとだ。でもどうして⋯⋯」

 

 昨夜の記憶が無いのか、明久里は上体を起こしながら目を擦り、キョロキョロと首を回した。

 

「これ読んで寝落ちしたんだろ」

 

 拾った本を渡すと、じっと表紙を見つめながら、何かを思い出したかのように頷いた。

 

「ああ、そうでした。これ読みながらテレビ見てて気がついたら寝てて」

 

「気をつけろよ⋯⋯風邪引いても知らないからな」

 

「いえ、私生まれてこの方風邪引いたことないので、それよりもはじめさんになにかされないか気をつけます」

 

「お前⋯⋯追い出すぞ」

 

 俺の脅しなど気にもせず、明久里は本を置くと立ち上がり、キッチンへ向かった。

 あいつの自由奔放さは、きっとどこに行っても変わらないのだろう。

 

 時計を見れば、まだ9時まではかなり時間がある。

 休日なのに早寝早起きの、健康的な生活だ。

 昨日に続き、今日は部活として9時に学校の最寄り駅の公民館に行き、料理教室の手伝いをしなければならない。

 正直明久里を連れていく必要があるのか疑問だが、俺がいない間にアラームが作動しても困る。

 そう思うと、俺は暫く明久里から離れられないのかもしれない。

 

 遅れてキッチンに行くと、明久里は早速昨日購入したゆで卵器に卵を入れ、電子レンジで加熱している。

 

「明久里、俺の分も頼むぞ」

 

「心配しないでください。3個入れてますから」

 

「⋯⋯ありがとう」

 

 明久里が俺の分も用意してくれていたことに戸惑いつつも、朝食の支度を整える。

 流石の明久里でも、説明書通りにボタンを押すことは失敗しなかったのか、ゆで卵は見事な半熟状態だった。 

 

 ────

 

 休日なのに、制服で学校方面へ向かうとなると、それだけで気が滅入ってしまう。

 昨日のそこそこの遠出よりも、この10数分いつもの電車に揺られる方が精神には響く。

 

『次はー聖信前ー』

 

 いつもと同じアナウンスを耳に流し込み、電車を降りる。

 この各市町村でひとつはあるそこそこ規模の駅を降りれば、道路を挟んですぐに目的の公民館が見える。

 黄土色の豆腐のような形をした三階建ての施設だ。

 正面には長方形の横長の窓が張られている。

 そして偶然なのか、それとも見張っていたのか、2階の窓からこちらに手を振る黒崎さんの姿が見えた。

 朝の早くから元気いっぱいの笑顔で、腕を左右に大きくしならせている。

 

 軽く会釈だけして公民館に向かうと、入口の所まで黒崎さんが降りてきていた。

 

「おはよぉ。今日はほんとにありがとね碧山さん」

 

「いえ、お気になさらず。部活なので」

 

 黒崎さんは駆け寄ると、明久里の手をとってにこにこと礼を言っている。

 別に握手されたい訳ではけしてないのだが、自分の名前が弾かれると若干の悲壮感を覚える。

 俺の哀愁を感じとったのか、黒崎さんは明久里の手を話すと、慌てて口と目を軽く開いた。

 

「あ、違うよ業平君。君はまだうちの部員だからお礼言わなかっただけだからね。むしろ来て当たり前だから」

 

「いえ、別に何も気にしてませんが⋯⋯」

 

 心を見透かされているのが悔しく、黒崎さんを直視できない。

 

「ていうか、それなら俺個人に頼めばよかったじゃないですか。明久里は料理に関しては何の役にもたちませんよきっと」

 

「いや、そんなことは無いと思うよ。人手は多い方が助かるし」

 

「こいつを人手に数えるのはやめてください。料理に関して言えば本当に居ない方がマシですよ」

 

 明久里が使えないことを話すと、黒崎さんは急に頬を緩ませ、「ふふっ」と口元を押さえて微笑した。

 

「あははっ。なんか業平君、碧山さんが失敗しないよう庇うのに必死で可愛いね」

 

「か、可愛い!?」

 

 想定していなかった発言につい声を大きくしながら反芻し、周りに誰もいないか確認する。

 残念ながら、入口前の受付にはしっかりと人がいるが、別にこちらに注目している様子は無い。

 ただまあ、今の声は聞こえていただろう。ちらりとこちらを見て、すぐ作業に戻った。 

 黒崎さんも受付に目を向けていたのか、黙って真上を指さして、2階へ向かうよう促してきたので、後に続いて階段を上がる。

 階段を上がると、表側と同じように長方形の透明な窓があり、その端にドアがふたつ並んでいて、前のドアが開かれた。

 ドアの中は白を基調とした部屋で、学校の家庭科室と変わりない模様をしていた。

 先程黒崎さんが立っていた傍の窓からは、ちょうど駅に侵入する電車が見え、その向こうに学校も見えた。

 部屋は家庭科室のように、前部分に大きな上下式のホワイトボードがあり、そこに既に今日作るであろう料理名とそのレシピが書かれている。

 

「シチューとフライパンで作るパンですか」

 

 明久里がその料理名を口にした。

 定番といえば定番だが、個人的にはカレーの方が嬉しい。

 

「そうなの。それで、碧山さん達には開始前の準備と料理教室の間、子供達が怪我したりしないように見てて欲しいの」

 

 両手を合わせて斜めにかたむけながら、黒崎さんは同時に頭も傾けた。

 家庭科室のように、シンクとコンロが付属したテーブルが4つ。家庭科室と違うところは、ガスコンロではなくIHということだ。これなら、子供でも多少は安心出来る。

 しかし、テーブルが4つ。この4という数字が肝となり、俺の頭の中をシチュー鍋のようにかき混ぜられた。

 

「部長、もしかして今日、この机全部使います?」

 

「え? うん。使うよ? 人数集まったらしいからね」

 

「今日、家庭科部からは誰が来るんでしたっけ」

 

「私と片岡さんだよ。あ、あと業平君も一応そっか」

 

「⋯⋯てことは、ひとりひとつの机を見るのですか? 当然俺と明久里も」

 

「うん。そうしてもらわないとね」

 

「はあ⋯⋯」

 

 いつもの様子で答える部長とは対照的に、俺は不安でいっぱいだった。

 果たして明久里が子供相手に料理なんて教えられるのか。そもそも、子供相手にまともに接することが出来るのかも怪しい。

 以前校外学習の遊園地では、迷子の子に対して立派にしていたが、あれは迷子相手という特殊な状況下だったからと考えられなくもない。

 

「部長、その今日来る講師にも担当させて明久里は総監督として後ろで見張らせましょう」

 

「え? ダメだよそんなの。先生が前でお手本見せるんだから」

 

 確かに、ホワイトボード前の机にも、シンクとコンロがついている。

 なるほど、確かに手本を見せることは出来る。

 しかし⋯⋯。

 

「別に手本なんていらないでしょ。その先生とやらにも子供の相手させましょうよ部長」

 

「いや⋯⋯私に言われても困るよ業平君。もう事前に決まってたことだしね」

 

 当然、部長は俺の進言なんて聞き入れない。

 だがそれは当たり前のことで、事前のプランに俺が口出しするなんて烏滸がましいにもほどがある。

 

 しかし、部長は知らないのだ。

 

 明久里は今朝電子レンジと便利な調理器具を使ってゆで卵が作れるようになっただけで、それ以外の調理についてはからっきしであることを。

 

 

 

 本日ラストの部員である片岡さんが静かに入室し、全員が揃った。

 すごく他人行儀に会釈されたが、よく良く考えれば、片岡さんとは数回しか部活で会ってないし、最初から素っ気なかった。

 

「みんな揃ったねー」

 

 機嫌が良さそうに黒崎さんは手を叩きながら、前のホワイトボードの方へ向かって歩いた。

 まるで素振りが先生みたいだが、残念ながらお手伝いのひとりでしかない。 

 

「じゃあ、とりあえずこの部屋の掃除から始めよっか。掃除用具は後ろのロッカーに入ってるから」

 

 黒崎さんに言われ振り向くと、確かに学校の教室にあるような、ステンレスの掃除用具入れがあった。

 

「あの、部長さん」

 

 突然、明久里が挙手をしながら言った。

 

「どうしたの碧山さん。なにか質問かな?」

 

「いえ、質問と言いうかなんというか⋯⋯後ろのロッカーから用具を出すならどうして部長さんは反対に前へ行ったのでしょう」

 

「⋯⋯」

 

 明久里の非建設的な問に、黒崎さんは気恥しそうに目線を横に逸らしながら、口をもごもごとさせている。

 

「そ、それはあれだよ⋯⋯ついいつもの癖というかなんというか」

 

「癖ですか⋯⋯」

 

「う、うん⋯⋯だからそんな純粋極まりない目で私を見ないで」

 

 なんの生産性もない話をしている2人をよそに、片岡さんが早速ロッカーを開けて箒を取り出していた。

 俺も付き合っていられないので、向かい合っているふたりを放って箒を取った。

 ざっくりと部屋を箒で掃くと、床の見た目以上に埃やゴミが溜まった。

 この調理室はどうやら、事前予約さえすれば誰でも利用できるらしい。

 だから下の掲示板にあった老人会や地元の料理部のお知らせなんかを見る限り、結構な頻度で使用されている。

 当然、みんなも掃除はしているはずだが、それでもゴミが溜まってしまうこともあるだろう。

 ゴミを捨て、黒崎さんがどこからが取り出したアルコールを含んだウエットティッシュでテーブルを吹き終えると、部屋正面ホワイトボードの隣にある冷蔵庫が黒崎さんの手によって開かれた。

 しかし、シチューとパンを作るなら、冷蔵庫に入れるのはせいぜいが肉と小麦粉と牛乳くらいのものだろう。

 だが、冷蔵庫は物の見事に空だった。

 

「あれれぇ、何も入ってないや」

 

 気の抜けた声で首を傾げながら、ゆっくりと扉を閉める。

 

「食材は講師の人が運んでくるんじゃないですか。ていうか講師ってどんな人なんですか」

 

 やることも無く黒崎さんを眺めながら尋ねる。

 

「えっとね。うちの学校のOGでそこそこ有名な人だよ。聞いたことない? 柿谷羽月って料理人」

 

「えっ、柿谷って、あの動画投稿者の?」

 

「うん。やっぱり業平君知ってるんだ。さすが料理好き」

 

 柿谷羽月といえば、ぶっちゃけたところレシピになんの面白味もない、無風系配信者として一部界隈ではそこそこ人気の料理人だ。

 人気の要因のほとんどを、自身のルックスと声が占める、もはや本業が何かわからない人で、確かどこかで店を持っているらしい。

 ただ、面白味のないレシピというのは俺のような家庭料理好きには大助かりで、以前は時々参考にすることもあった。

 もっともここ最近は、俺も豪快なアウトドア系料理動画にはまり、柿谷羽月の存在なんて今話を聞くまで忘れていたのだが。

 

 

  

 

 

 

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