碧山さんは地雷系?いいえ、爆弾系です   作:姫之尊

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 子供達の元気な返事が部屋に響く。

 子供というのはどうしてみな当然のように声が大きいのか、それはさておき、明久里が耳を塞いでいるのはかなり印象が悪い。

 

 俺と明久里と片岡さんと部長はそれぞれの台の後方で待機している。

 片岡さんが廊下側でその隣に部長、そして俺が並び、明久里が窓際という配置になっていて、これなら明久里のほうに注意を向けやすい。

 

 前で柿谷羽月が子供達に料理の説明をしていくのを聴きながら、子供達はパンを作る係とシチューを作る係にそれぞれ自分達を分けようとしている。

 俺の担当する台は男子2人と女子4人となっていて、男子達がパン作りを担当したがっている。

 

 何事もなくすんなりと決まる様子を眺めながら、とりあえず子供たちが怪我したり食器や食材の類を落とさないように注意して見張っていた。

 以外にも初対面の子達と、みな和気あいあいと調理を開始している。子供のコミュニケーション能力の高さはいったい何由来なのだろう。

 きっと彼らの中には俺のようにいつの間にかコミュニケーション能力を失う者も少なからずいるのだろう。可哀想にと彼らの将来を案じて目を閉じる。

 

 子供達はそれぞれ役割に別れ、下拵えで材料を切る子が指を切らないように見守りながら、時々小麦粉やバターの分量を計っているパン係に目を向けた。

 

 正直、自分は必要なのだろうかと、先日の同人誌販売会よりも強く思う。

 子供達は前の黒板に書かれたレシピを見て自分たちでそそくさと作業を進めているし、柿谷羽月も各台を回って子供たちの様子をチェックしては質問に答えたりアドバイスしたりしている。

 

 他の台はどうなっているのかと様子を伺うと、明久里は黙ったまま親の仇を見下ろすような冷めた目で台を見守っていた。

 どう見ても変質者というか近づいてはいけない人間の目をしているが、子供達は気にせず作業を続けている。

 そして部長は流石の手腕で子供達の質問に答えたりアドバイスをしながら、その作業が順調に進むよう自然に誘導している。

 驚いたのは、片岡さんが積極的に子供達の輪の中に溶け込んでいたことだ。

 入部当初から物静かなところしか見た事ない彼女だが、今は笑顔で子供達と接している。

 そもそも付き合いが長くないのだが、笑顔を見たのは初めてかもしれない。

 

 とまあ、俺の方へ目を向けると、小麦粉の分量を計っていた男の子が乱雑な手つきで小麦を飛び散らせていたので、慌てて後ろへ行ってアドバイスを送る。

 

「小麦粉を入れる時は袋の口を小さくしたほうがいいよ」

 

「はーい」

 

 なんてことの無いアドバイスに対して、聞いているのかどうか曖昧な返事が返ってくるが、少年はすぐに実践するように袋の口をつまんで小さくしてから小麦粉を注ぎ出した。

 家では親の手伝いとかしていなかったのだろうか。

 俺は小学校低学年の頃にはそこそこ料理していたから、中々にギャップを感じる。

 

 男連中がパン作りをしたがったのなんて、十中八九生地を捏ねたいからだろう。

 水と小麦と佐藤を混ぜ合わせると、男子は昼休み外へ行くように目を輝かせ、洗ったばかりの手を小麦粉と水の中に突っ込み、パン生地を形成し始めた。

 

 さて、女の子たちはどうかと確かめると、男子に負けじと食材を切り終え、ひとりがホワイトソース作りに着手しようと使われなくなった小麦粉の袋を手に取った。

 火を使うとなれば、そちらに注視すべきだろう。

 ということで俺は意識をガスコンロの前に立った女の子に向けた。

 なんてことの無い作業なのだが、子供がコンロを着火させようとする姿は妙に緊張感が走る。

 だがこの子は普段から料理をしているのか、慣れた手つきでガスの元栓を開くとフライパンを熱しながらバターを伸ばしはじめた。

 これなら安心してみていられると、いちど台全体を俯瞰してみると、あるものが足りないことに気がついた。

 

 念の為、この机にないだけなのか、ほかも確認してみたが、やはりそれはなかった。

 そもそもレシピを書いた黒板を見ても、今回の料理に最重要とも言えるその材料と調理工程が書かれらていなかった。

 

 プロの料理系タレントがそんなミスするのかと自分の頭を疑うが、何度観ても書かれてないしその材料もない。

 

 今ならまだ間に合うと、俺は柿谷羽月⋯⋯ではなくもっとも話しやすい部長に話しかけた。

 部長は包丁が不慣れな子の補助をしていたので、それが終わってから声をかける。

 

「あの、部長」

 

「どうしたの?」

 

「パン作るのに⋯⋯ドライイーストもベーキングパウダーも無いんですけど」

 

「うそっ!?」

 

 部長は大慌てでキョロキョロと台を見て、それが無いことに気づいたのか、ハッとして前方の黒板を見てあんぐりと口を開いてほうけた。

 

「やっぱり⋯⋯先輩やらかすと思った⋯⋯」

 

「まさかの予想済みでしたか⋯⋯」

 

「うん⋯⋯2年前は小麦からカレー作るのにスパイス忘れてたからね⋯⋯」

 

「もしかしてあの人やばい人なんでしょうか」

 

 明久里の近くにいる柿谷羽月を横目で見ながら、部長に小さく耳打ちをすると、部長は目を閉じながら苦笑いした。

 

「うーん。ちょっと抜けてる人ではあるかな多分。普段はスタッフさんとかがいるから平気なんだろうね」

 

 これから芸能界でやって行けるのかと、余計な老婆心を抱きながら、これからどうするか考えてみた。

 

 パンを発酵させたりする粉がなければ、パンはパンにならない。ただのちょっと丸い小麦生地の塊になってしまう。

 べつにドライイーストがなくても他の方法はあるのだが、果たしてそれも出来るのかどうか。

 

「俺が今から急いでドライイースト買ってきましょうか? 部長はあの人に伝えてくださいよ」

 

「うーん。でもそれだと先輩また泣いちゃいそうだからねー」

 

「え? 泣くんですか? あの人泣くんですか?」

 

「うん。2年前は号泣してたね」

 

「小学生より小学生してますね⋯⋯」

 

 正直、柿谷羽月が泣くのは心底どうでもいいのだが、それで料理教室が中断されるのは面倒だ。

 

「じゃあどうしまらいいんですか。このままだと硬い焼いた小麦になりますよ」

 

「なにか代わりになる材料ないかなぁ?」

 

「冷蔵庫は空でしたけど⋯⋯あっ」

 

「なにかあるの?」

 

「いや、冷蔵庫は確認したけど後ろの引き出しは見てないなぁって」

 

 部屋の隅に設置された冷蔵庫は見事なまでのもぬけの殻だったが、まだ他の棚とかは見ていない。

 もしかしたら、いつ使われたか分からないドライイーストなんかが眠っているかもしれない。

 

「じゃあ、ちょっと見てきます」

 

 今のところ、俺の台ではこれといった問題も起きていない。

 相変わらず男子は小麦を捏ねているし、ホワイトソースを作っていた彼女は丁寧に小麦粉をヘラで混ぜている。

 

 後ろの引き出しを開けると、案の定空ばっかりだった。なぜか洗濯バサミや輪ゴムの残骸があり、「ここは俺の家のタンスか」とツッコミたくなった。

 さて、いくつか引き出しを開けていると、目当てのものとは少し違うが、使えそうな物が見つかり、その袋を持って部長の元へ戻った。

 

「部長、これ使いますか?」

 

 子供達を見ていた部長に呼びかけると、部長はこっちを見て瞬きをした。 

 

「ホットケーキミックス?」

 

「はい。ホットケーキミックスです」

 

 俺が持ってきたのは、なぜか引き出しの中に眠っていたホットケーキミックスの袋だ。ちなみに引き出しにまだ残っている。

 開封されておらず、賞味期限も切れていない。

 引き出しという直射日光が当たらない暗室で保存されていたのだから、まだ使えるはずだ。 

 

「ホットケーキミックス⋯⋯あ、そっか」

 

 部長はなぜホットケーキミックスがパン作りに使えるか思い出したかのように、顔を晴れさせながら朗らかに笑った。

 

「確かに使えるかもね。じゃあ業平君、先輩にレシピ変更のお知らせよろしく」

 

「え?」

 

 何食わぬ顔で部長は俺の肩を叩くと、その全てを俺の肩に押し付けた。

 

「いや、部長が言ってくださいよ。知り合いなんだし。初対面の人に俺が言えるわけないじゃないですか」

 

 俺が肩を落とすと、部長は口と両目てま弧を描くように微笑みながら、首を傾げた。

 

「ん? 業平君QOS部だよね? 人助けが仕事だよね? 今はQOS部としてきてるんだよね?」

 

「いや、それはそうかもしれないですけど」

 

 部長の言葉には妙な圧力がある。

 野生動物の群れの中で、ボスが下っ端に毒味や偵察を命令する時のような、「べつに気にしないんだけど逆らわないよね?」と言いたげな圧がひしひしと俺の顔に刺さる。

 なぜ部長はこうも怖いのか、この暗黒微笑で今までも人に強制してきたのだろうか。

 

 やはりこの人は怖い⋯⋯それをあらためて認識しながら、俺はさらに肩を落とし、ため息を吐いた。

 

 

「わ、わかりました⋯⋯」

 

 俺の了承を受け、部長は目を開き、曇りなき瞳を輝かせた。

 

「ほんと? ありがとう。じゃあおねがいね。私が他のテーブルにも足しとくから」

 

 部長は面倒事を押し付けられた嬉しさからか、心做しか声が弾んでいるようだ。

 やれやれとしか言いようがない。

 なぜ俺の周りにいる部長という存在はこうも人使いが荒く、嫌なことを人任せにするのだろうか。

 文学部の滝沢さんが神に思える。いや、あの人は紛れもない現人神だ。男だけど聖母だ。なぜなら神話にろくな父親がいないからである。

 

 どう話を切り出せばいいかまだ曖昧だったが、逡巡している暇もないので、とぼとぼと小さな歩幅で明久里の元にいる柿谷羽月の元へ歩き出す。

 

 それにしても、なぜプロの料理人か料理愛好家がこんな初歩的なミスをしたのだろう。

 たしかに、パンの発酵を忘れるというのは初心者あるあるだ。俺も昔パンを作ろうとしてただ小麦粉を練って焼いたら、ただ焼いただけの小麦の塊が出来上がった。

 

 しかし、彼女はプロだ。

 思い返してみると、彼女の動画はおかずの一品ものなどが多く、パンのようなものは作っていなかったが、それにしても酷すぎるミスである。

 

 はたしてこれが本当にただのうっかりミスなのかと、陰謀に似た疑念が俺の中で浮かび上がる。

 とか考えていると、俺は柿谷羽月の前に立っていた。

 

「えっと、業平さんですよね? どうかしました?」

 

 柿谷羽月の声に気圧されるように、俺は背筋を伸ばした。

 やはり、普通に人と話すだけでも緊張して手汗ベっしょりなのに、これがタレントのしかも美人で大人の女性となるといつもより酷くなり、背中から汗が滝のように流れる。

 

 

 しかし、このままだと恥をかくのは彼女なのだ。

 カレー粉を忘れただけで泣くような情緒豊かな女性だ。パンが失敗したなんて分かったら号泣するに違いない。

 それは阻止しないと、ここの子供たちにトラウマを与えそうだし、教育上良くない。

 

 俺はダメ人間だが、未来の子供たちのため、ここは人肌脱ぐとしよう。

 

「あの、先輩」

 

 

 

 

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