碧山さんは地雷系?いいえ、爆弾系です   作:姫之尊

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いつの間にかお気に入り2桁…ありがとうございます…ありがとうございます


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 どう呼べばいいのかも分からないので、とりあえず部長の真似をすると、柿谷羽月は振り向いてくれた。

 

 さて、どう言ってホットケーキミックスを混ぜさせてもらうか、それを考えながらぼんやりと調理台を見ていると、さらに気がついたことがあった。

 

 パンに使った小麦粉は薄力粉だった。

 パンの材料に向いているのは、薄力粉ではなく強力粉だ。

 強力粉のほうが水と混ぜ合わせて捏ね合せることでグルテンが多く生まれ、発酵しやすいのだ。

 強力粉なら発酵が進みやすく、水と混ぜ合わせるだけでも時間を置けば発酵するはすだった。

 だが薄力粉ではタンパク質が足りず、十分なグルテンが生まれない。

 

 本当に、なぜ料理教室を開催するにあたって、こんな初歩的なことをこの人は間違えたのだろう。

 目の前にいるのは、本当に料理タレントの柿谷羽月なのか。柿谷羽月を騙る料理素人何じゃないかと思うほどである。

 

「パンの事なんですけど、せっかくなのでホットケーキミックスを入れてみませんか。そこにありましたし、その方が子供も喜ぶと思うんです」

 

 回りくどく言っても埒が明かないから、もう率直に伝えてしまう。

 さて、返答はどう来るのか。受け入れてくれるのか。それともプロとしてのプライドを傷つけたとして怒り出すのか、少し考えるように俺から目を逸らす柿谷羽月を観察した。

 

「うーん。甘くなるのかな? あんまり甘いのはどうかなって思ったんだけど」

 

「多少は変わりますけど、そこまで甘くもならないかと思います。それよりホットケーキミックスを入れた方が出来上がりがふんわりすると思うんです」

 

「じゃあそうしよっか。業平君がみんなの所に足してくれる?」

 

 柿谷羽月は特に気にする様子もなく、頬に手を当てながらすぐに受け入れた。

 もしかするとこの人、うっかりミスではなく本当にパンの発酵過程について詳しく知らないのかもしれない。

 仕事として料理をすることが無くても、部活動時代にパンを作ったりしなかったのだろうか。

 俺は去年、前部長がパン好きだったこともあり、休日にパン作りをさせられたこともあった。

 

 新しく部長になった黒崎さんは無類の卵好きなので、前部長が引退してからはパンを作ることは無くなり、代わりにクッキーを時々作るようになった。

 

 話を戻すと、この人は今までパンというものを作ったことがない、さらに作る過程を見たことがない可能性がある。

 

 別に料理愛好家だからといって、全ての料理に精通する必要は無いし、初歩的なことを知らなくてもさほど支障は無い。

 

 だが問題は、知らないのにそれを人に教えようとすることだ。

 別にパンの変わった作り方を教えたところで、死人が出るわけではないが、これが閉鎖的な料理教室という環境ではなく、それこそ動画にでもしていたら、この人自身の恥を全世界に晒すことになる。

 

 この人のことは詳しく知らないが、そんな知ったかぶりの知識を広めるような人なのだろうか。

 たしかに昔、怪しい水素水を動画で紹介していたことはあるが、あんなのどこかの胡散臭い企業からのプロモーションの依頼で、この人自身に選択の余地はなかっただろう。

 

 とまあ、柿谷羽月から許可が貰えたので、部長の元に報告に戻る。

 

「部長、許可貰えましたから早速入れていきましょう」

 

「ありがと。で、分量はどうしたらいいのかな」

 

「さあ、そこは目分量で行きましょうか」

 

「じゃあ明久里ちゃんのところは業平君が見てあげてね」

 

「⋯⋯俺に面倒事押し付けるのやめてくださいよ」

 

「ちがうよぉ。業平君と碧山さんが仲良いからだよ」

 

 そう言いながら目をそらす部長。 

 声や表情からは一切の悪気を感じないから不思議だ。

 

「まあいいです。じゃあ片岡さんに教えてあげてください。あ、あと」

 

 俺は大事なことをひとつ忘れていた。

 それはここが学校の家庭科室ではなく、公営の公民館だということに起因する。

 

「このホットケーキミックス使っちゃったこと、事後報告になりますけどここの人に話しといてくださいね! これは部長が! 部長として」

 

 有無を言わさぬため、語気を強め、顔を部長に近づける。

 いつもなら女子に顔を近づけるなんて俺のような人間にできる勇気もなかったが、今は自分を守るためなのか、羞恥心が湧かない。

 

「う、うん。それは任せて⋯⋯私がやるから」

 

 なんだか恐怖で人を支配しているみたいだが、部長は渋々頷いてくれた。

 まあ、俺も似たようなことをさせられたのだから、文句は言わせない。

 

「ありがとうございます。では」

 

 俺はホットケーキミックスの小袋をひとつ持って、自分が監視している台に戻る。

 

 子供に説明するのは簡単だった。

 

「これいれると美味しくなるんだよ」

 

 半分棒読みで言いながら入れるだけで、男児は納得したように俺の手元を眺めていた。 

 適当な分量が分からないがとりあえず粉を足し、水を入れてさらに混ぜ合わせてもらう。

 まあ多少は調整すれば問題ないだろう。

 ただし膨らませるためにも結構な量のホットケーキミックスを入れたので、量が増えることは必須だ。

 

 自分のところを追加して後を子供に託して、明久里のところに向かう。

 

「おい明久里」

 

 呆然と調理過程を眺めるだけの明久里の肩を叩く。

 先程までここに居た柿谷羽月は1番前から見守っている。

 

「どうしました?」

 

 顔に面倒臭いと書いている明久里が、気だるそうな声で返事をした。

 たしかに、言っては申し訳ないが、料理教室で明久里に出来ることなんてないだろう。

 あるとしたら、買ったばかりのゆで卵器の使い方をレクチャーするくらいだろう。もっともあれも、説明書を読めば誰でも出来る。

 

 元々無表情気味だし、仕方ないのだが、こうも興味無さそうにぼーっとしていると、親からの印象が悪くなりそうだ。もっとも、本人は他人からの評価など気にしない気もするが。

 

「パン生地にこれ入れることになったから足してくれ。粉はこの袋全部入れてくれていい。水は目分量でと教えるんだ」

 

 小袋を差し出すと、明久里はゆったりと受け取り、顔の前に持って行って観察した。

 

「なんですかこの白い粉」

 

「ホットケーキミックスだよ」

 

「どうしてこれを? ホットケーキ作りに変更になったのですか?」

 

「いや違うけど⋯⋯とにかく入れるように言ってくれ」

 

「⋯⋯わかりました」

 

 明久里は俺を訝しむように見つめたあと、なぜかつま先から頭へと目線を動かし、渋々といった様子で頷いた。

 そのまま子供達の元へ行くと、明久里は説明も飛ばして捏ねている子の隣からホットケーキミックスを注いだ。

 子供は驚いて明久里になにを入れたのか聞いているが、明久里はそれを無視して「水を調整してください」とだけ言って俺の所へ戻ってきた。

 

「で、結局理由はなんなんですか?」

 

「え? あー、えっとだな」

 

 明久里が変更を気にするとは思ってなかったので、返答に少々戸惑う。

 なにかセンサーが働いたのだろうか。だが別に俺と部長は悪意があってやってる訳ではない。

 ただ水を混ぜてもグルテンが少ない薄力粉でパンを作ろうとしているから、そのアシストをしただけだ。

 果たしてこれが吉と出るのかは分からないが、そのまま作っていても微妙な仕上がりになっていたのは目に見えている。

  

 明久里に部屋の1番後ろに来るように指さし、ついてきたところで小さな声で説明する。

 

「あのままだと失敗してたからだよ。詳しく言ってもお前には分からないだろうけど」

 

 俺の嫌味が伝わったのか、明久里は一瞬だけ眉をつり上げた。

 

「へえ、でもそれって、プロのレシピよりはじめさんのほうが正しいってことですか? すごい自信ですね」

 

 なんだか嫌味に嫌味を返されたようだが、明久里はやはり何も分かっていない。

 

「自信っていうか⋯⋯パン作りの定石をいくつか外してるんだよあの人」

 

「それは⋯⋯パン作りなのに机に生地を叩きつけないとか、指で回しながら薄く広げないとかそういうことですか」

 

「前者はそこまで重要でもないし、後者はそれピザ作りの工程だ。しかもあれもしなくていい。お前ほんとに知らないんだな⋯⋯」

 

 神妙な面持ちと曇りなき眼で言いきられると、こちらとしては真面目な返答しかできない。

 無知な人間を笑ったりからかったりしてはいけないと、道徳心が育まれる。

 

「すみません。無知なもので。料理に関する知識も腕もないので正直帰りたいのですが」

 

 突然何を言い出すのかと、俺は呆れて笑った。

 

「一応部長としての責任感はあったのにそこまで言うのは意外だな。そんなに嫌か」

 

「はい。ゆで卵しか作れない人間が料理を学ぶ子供達を見守るなど、おこがましくて自分への怒りがおさまりません」

 

「お前無駄に自分に厳しいな。誰に似たんだよ」

 

「泰人さんでしょうか」

 

「俺の父さんかよ⋯⋯」

 

 たしかに父さんの所にいたなら影響されても⋯⋯いや、全然ふたりは似ていない。

 

「でも、だとすると色々おかしくないですか」

 

 明久里は目だけを前方の柿谷羽月に向け、鋭い眼光で彼女を見つめた。

 

「なんの理由があってそんな間違ったレシピで料理教室なんて」

 

「ただの無知以外の理由があって、それがわかったらお前は立派な探偵だよ」

 

 明久里の探究心を掻き立てるように言う。

 真に受けたのか、明久里は腕を組みながら頭を捻った。その目はじっと柿谷羽月を観察しながら。

 

 だが実際俺も気になる。どうしてこんなことが起きたのか。

 別に間違っていたからと言って事故が起きる訳でもないが、それほど問題は無いが間違えるとは考えにくい事柄なので、余計気になって頭の中にこびりつく。

 

「あ、わかりましたよ」

 

 息を吐くように、明久里が囁く。

 その顔はいつの間にか俯き、どこか物悲しげに、哀愁を漂わせている。

 何がわかってそんなに容貌が変わったのか、本人の口から聞くしかないだろう。

 

「じゃあ、どうしてだと思うんだ」

 

 質問に対して、明久里は左手で右の脇腹を抑え、右手の人差し指を立てて顔の隣に持ってきた。

 まるでドラマやアニメで探偵が推理する時のような仕草だ。

 俺の言葉に触発されたのは間違いないだろう。

 なんなのだこの単純人間は。

 

「簡単ですよ。嵌められてるんです」

 

「⋯⋯へぇ」

 

 予想外の明久里の答えに、俺は意図せず感心するように声を漏らした。

 

 

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