碧山さんは地雷系?いいえ、爆弾系です   作:姫之尊

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「こんなこと絶対バレちゃいけないんだけどね」

 

 そう軽口を叩くように柿谷羽月は笑みを零しながら言った。

 まるで問題なさそうな口振りだが、知れたらちょっとした大事件だろう。

 炎上どころか仕事を失うのも間違いないような、大きな爆弾だ。

 

「そんな時限爆弾みたいなの抱えてよくそんな仕事してましたね」

 

 隣から聞こえてきたそんな言葉に、思わず振り向いてしまった。

 淡々と言葉を放った明久里は、コップの縁を指で撫でている。口紅もしてないのにどうして。

 

 爆弾⋯⋯その単語を聞くと、お前が言うなと叫びたくなる衝動に駆られる。

 

「そうだよね。あはは」

 

 若干顔を引き攣らせながら、柿谷羽月は明久里を見る。

 すると明久里も顔を上げ、目を細めた。

 

「しかし⋯⋯よくそれを私たちに話すつもりになりましたね」

 

「うん。ふたりには気づかれてそうだったからね。とくに」

 

 言いかけて、柿谷羽月の双眸が俺に向けられる。

 

「業平くんには早々に気づかれてたみたいだから」

 

 だとしても、わざわざそれを自分から告げる必要はあったのだろうか。

 

「もしかして、俺が喋ると思ってます? どっかで口を滑らせることはあっても、自分から広めたりなんてしませんよ」

 

 そもそも広める相手もいないし。でもまあ、ポロッと滑らすだけなら不可抗力だ。悪意は無い。

 

 だが俺の予想は外れたのか、柿谷羽月は微笑みながら首をゆっくりと横に振った。

 

「そんなんじゃないよ。歳下だけど頼りになりそうな⋯⋯クオリティなんちゃら部の君たちに助けてもらいたくて」

 

 柿谷羽月の静かな依頼に、明久里が低いトーンで「クオリティオブスクールです」と水を差す。

 略すと発音しにくい、いい加減な名前のくせに、やけにこだわりが強い。

 

 そんなこんな話していると、ハンバーガーが届く。

 丸い木皿の上に載せられたハンバーガーは随分とボリューム感があり、バンズがふんわりとドーム状になっている。

 真ん中のパティから滴る肉汁が、皿を潤している。

 

 バンズの中心には飾りのついた串が刺され、明久里の期待通り、ナイフとフォークで食べる形となっている。

 ハンバーガーの隣に添えられた太めのポテトをひとつつまんで食べると、なんとも言えないホクホク感が口の中を包んだ。

 絶対に自分で入りはしない店の味だ。なんと美味なのだろうか。

 

 それにしても、明久里のハンバーガーは俺の1.5倍くらいの大きさがある。

 食べ切れるかという心配はしてないのだが、女子高生が食べるものには到底見えない。

 なにせ肉の量が俺の2倍あるのだから。

 

 いただきますと手を合わせ、明久里はハンバーガーをナイフで切って口に運んだ。肉が倍あるから、肉汁も倍滴っている。

 正直かなり羨ましいその光景を見ながら、俺は自分のハンバーガーを切った。

 

「それで、助けてもらいたいとはなんですか。料理の練習ならお断りしたいんですけど」

 

 まだ口にハンバーガーを含んだまま、明久里は咀嚼音とともに口を開いた。いや食べてから喋れよ。

 てか自分ができないからってお断りするな。

 

「そうじゃないの⋯⋯その⋯⋯」

 

 言いにくいことなのか、柿谷羽月は言葉を詰まらせながら、ハンバーガーと一緒に運ばれたコーラを、ストローを咥えて飲んだ。 

 

「それとなく私に恥をかかせようとした人を見つけて追い出す方法を考えて欲しいの」

 

 ハンバーガーを咀嚼しながら、この人は一体高校生に対して何を言っているのだろうと思った。 

 それはつまり、柿谷羽月を取り巻くスタッフを探れということに等しい。もはや学校なんて関係ない。

 それにスタッフに接触できるかすら怪しいのに。

 

 俺の一存ではどうにも出来ないので、明久里を確認すると、この爆弾娘は冷静にハンバーガーを食べ進めながら、顎に付着したチーズを指で拭った。

 

「わかりましたお引き受けしましょう。このお礼もかねて」

 

 時給に換算したら3時間分もないハンバーガーで引き受けるにはかなり面倒な以来だと思うが、やはり明久里は意外と情に厚いのだろうか。

 

「ほんとに? ありがとう」

 

 柿谷羽月の顔が安堵の息とともに綻ぶ。

 今更すぎるが、やはりルックスという点では芸能界でもかなり上位だろうし、明久里も負けてない気がする。

 

 それにしても、明久里はなにか作戦でもあるのだろうか。

 この様子では、今日の料理教室にしても、恐らく柿谷羽月はメニューを誰が考えたのか知らないだろう。

 

 黒幕がいるとすると、そのメニューを作った犯人に違いがない。

 ていうか、それは本人も分かっていてもいいはずなのだが。

 

 もしかしたら、その人を問い詰めるために俺たちを頼っているのかもしれない。

 

 肉汁溢れるハンバーガーにかぶりつきながら、俺は自分がこの依頼にかなり熱心になっていたことに気がついた。

 何故だろう。別に柿谷羽月の事は好きでも嫌いでもないのだが、学校の外に関わることだろうからか。

 もしかしたら、ゲスな野次馬根性で芸能界の闇なんかを見たいと思っているのかもしれない。

 

「じゃあ、まず怪しいのはあのマネージャーさんですよね」

 

 コーラのストローから口を離し、明久里がボソッと呟く。

 

「え? 山岸さん? あの人いい人だよ?」 

 

 お人好しというかなんというか、柿谷羽月は明久里の言葉に不満を抱くわけでも、信じて疑問を抱く訳でもなく、ケロッとしたままはっきりと言った。

 

「ですがあなたに一番近いのはマネージャーさんじゃないのですか。だとしたらその方が最有力容疑者になると思いますが」

 

 そんな人を疑うことを知らないような純粋無垢な

柿谷羽月に動じることなく、淡々と明久里は進めた。

 

「でもぉ⋯⋯山岸さんそんな事しなくても私の秘密知ってるんだよ? もしそのつもりなら直接公表したらいいんじゃ」

 

 マネージャーが秘密を知っていることはいいとして、この人はどうしてこうも頭がお花畑なのだ。

 

「それは簡単ですよ。例えばですけど、週刊誌とか暴露系配信者にたれ込むとかしたら、厳密に犯人を確定できなくても業界の人は誰が犯人か分かりますからね。特にあなたの事務所の方はすぐに察しますよ。そうなるとあなたの居場所を奪うのと同時にマネージャーさんが自分の居場所を失う可能性もありますから」

 

 俺が言いたいことを、明久里が全て余さずに代弁してくれた。俺たち意思疎通できてるのか。

 

「なるほど。碧山さん頭いいね」

 

 別に明久里の意見は普通と思うのだが、この人本当に俺たちの先輩なのだろうか。

 うちの学校は偏差値は別に高くないし、なんなら頭いい方では無いと言い切れるが、ここまでお人好しは多分居ないと思う。

 

「でも不思議ですね。家庭科部だったのにどうして料理が苦手なんですか?」

 

 心做しかやる気が失せたように俯きながら、明久里はあろうことか俺のポテトに手を伸ばした。

 あまりにも自然な強奪劇だったので、俺は黙って見ているしかなく、小さな声が漏れたのも、明久里がポテトを口に含んだ後だった。

 

「あー、それはね」

 

 柿谷羽月は頬を掻きながら、目線を上に向けた。

 

「別に作るのは苦手じゃないの。教えてもらった通りには調理できるし、高校時代は自分でメニューとか考えたこと無かったからそれで何とかなってたの。私どっちかって言うと裁縫とかそっちの方が好きだし。あの頃は料理ってあんまり作らなかったんだ。私が部長になってからはほんとに裁縫ばっかりしてたからね。ただ知識とかほんとなくて⋯⋯言われた通りに作ってるだけだったの」

 

「へえ⋯⋯部長になればあの部から料理を消せるんですか」

 

 明久里がなにか恐ろしいことを言ってるのは置いておく。

 厳密には部長に全て権限があるわけではなく、ふつうに部員から反発やほかの要望があるとそれに応えなければならない。

 

 柿谷羽月が部長になって手芸ばかりでも不満が出なかったのは、当時の部員が手芸好きだらけだったか、柿谷羽月のルックスとカリスマに依拠したものでしかない。

 

「で、大学の時に芸能事務所にスカウトされて、特技聞かれたからつい家庭科って答えたら、料理キャラにさせられちゃったの」

 

 ニコニコと人に明かすべきではない真実をペラペラと喋る柿谷羽月に当惑していると、またポテトをスティールされた。

 

「おい明久里。ちゃんと見てるからな」

 

「私のものは私のもの。はじめさんのものも私のものです」

 

「どこのガキ大将だお前は⋯⋯」

 

 俺もポテトを奪われて怒るような性質ではないので、諦めて食べられる前に口に詰め込んだ。

 せっかくの分厚めホクホクポテトなのに勿体ない。

 

 ポテトを噛み締めてると柿谷羽月が口元を抑えて笑い声をこぼし始めた。

 何が面白いのか分からないが、随分とツボにハマったようで、背中を丸めながら長く笑っている。

 

 その様子を眺めていると、またポテトを奪われ、柿谷羽月の笑い声が大きくなった。

 

「ごめんごめん⋯⋯2人のやり取りがなんかハマって⋯⋯」

 

 俺の視線に気づいた柿谷羽月は、笑いの収まらぬままに説明した。

 

「仲良いんだねふたり。もしかして付き合ってたりする?」

 

 この人は何を言い出すんだと思っていると、俺のスマホが振動した。

 

 さては怒りで心拍を上げたかと横を見てみると、案の定明久里は怒りで頬を薄く染めていた。

 

「そんなんじゃありませんよ。ただの従姉妹ですから」

 

 これはもはや明久里との関係を説明する時の常套句になっているので、特に言葉につまることもない。

 

「そうなんだ。従姉妹なんだ」

 

 柿谷羽月はあっさりと信じたようだ。

 

 さて、俺が否定したからもう大丈夫だろうと安堵していると、なぜかスマホのバイブレーションは加速する。

 明久里の顔色に変化は無い。ならもしかして誰かからの電話かと思ってスマホを確認すると、やはりそれは明久里の心拍が上がっているという警告だった。

 

「明久里⋯⋯ちょっと」

 

「え?」

 

 俺は咄嗟に明久里の手を掴んだ。

 

「すみません。ちょっと席外します」

 

「え? う、うん」

 

 断りだけ入れて、困惑する柿谷羽月の前を後にし、店の外に出る。

 

 外の空気でも吸えば、明久里は落ち着くだろうと思った。

 

 しかし、ここで俺は失態を犯したことに気がついた。

 

 明久里の心臓を管理していることは、本人には内緒だ。

 だから気づかれたくはない。

 

「あの、どうして急に外に連れ出したのですか?」

 

 しかし、俺はその問いに関する言い訳を用意していなかったのだ。

 

 さてどうしたものか。助けてくれ青いたぬきさんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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