陽キャのフリした陰キャがカーストトップの女子に囲まれてしんどくなるお話。 作:鈴木女子
ピピピピッと電子音が鳴り響いた。
脇に差していた体温計を抜いて、表示を見る。
36.8℃。
ちょっとダルいから期待したけど――。
「ギリ平熱か」
まあめんどくさいし休むか。
部屋を出て、キッチンで朝食を作っている母の背に声をかける。
「お母さーん。今日熱だから学校休むー」
「ええ? ちゃんと熱計った? 熱あるんだったらちゃんと病院で診てもらいなさい」
「ええー」
うわー、だりー。
だが、抵抗むなしく母の運転で『たいらクリニック』へ向かうことになった。
朝食を平らげ、クリニックの診察受付が始まる十分前に家を出る。受付を済ませ、ロビーのソファでしばらくテレビを観ていると、声がかかる。
「
「あんた呼ばれてるよ」
「分かってるって」
診察室へ向かう。その足取りは重い。
わたしは今日、仮病を使ってここへ来たのだ。
医者の目にかかればわたしの身体がいたって健康であることは一発でバレてしまうだろう。
いまのわたしは、言うなればギロチン台の階段を上っているようなものだった。
おそるおそる診察室のドアを開ける。
「よろしくお願いしまぁーす……」
わたしの蚊の鳴くような声に対し、
「はーい、どうぞー」
と平坦な声。
椅子に座って、医者の簡単な質問に答える。口内を視られる。心音を聴かれる。
「はい、オッケーでーす」
わたしは生唾を飲み込んだ。医者の何気ないひとことが、まるで審判の判決のように聞こえたのだ。緊張感が一気に高まる。
仮病って指摘されたらどうしよう……。
叱られるかな……?
お母さんに告げ口されるかも!
不安に取り憑かれたわたしは、訊かれてもないのにもごもごと言い訳めいたことを口走る。
「ま、まあ! もともと大したことないと思ってたんですけどね! ただ、母が大事にとっちゃってー。念のため? みたいな。せいぜい微熱とかだと思うんですけどー。まあ、お願いします。へ、へへへっ」
「そうですか」
わたしの弁解を軽く流して、医者は診察結果を告げた。
「がんですね」
はい???????????
一瞬意味が分からなかった。
ガン?
ガンって……癌!?
「はっ、はあああああああああっ!?」
反射的に椅子から立ち上がっていた。
頭が真っ白になって、言葉が出てこない
「が、がががっ……。えっ!? がッ!?」
いやいや、落ち着けわたし! がんはべつに不治の病じゃない。早期発見できれば充分に治療の見込みはあるし、何よりわたしはまだ若い。若いというのはそれだけで万病に効く特効薬みたいなものだ。
だが病は気からとも言う。だから、いまはとにかく安心を。この医者からどうにか安心に繋がる言葉を引き出すんだ!
「あはっ、な、なおっ、治りますよね!? だってまだ若いし…」
「治りません」
縋る気持ちで言ったのだが、ばっさりと切り捨てられた。
今度こそ絶句するわたし。
治……らない……?
なにも言えないでいると、医者が畳みかけた。
「ステージⅣの末期がんです。絶対に死にます。余命は持って半年と言ったところでしょうか」
「この診断はなにがあっても覆りません。足掻いたところで無駄に終わるのでおとなしく近親者に別れを告げたほうがよっぽど建設的でしょう」
「治療の必要はありません。延命の余地もありません。手術成功の見込みも寛解の可能性も夢も希望も、ありません」
「入院する意味もないので自宅療養をしましょう。せいぜい死ぬ前に自分の好きなことにでも打ち込んでいてください」
半ば放心状態で診察室を出る。
どうやってロビーに戻ったのか記憶にないが、いつのまにか母の仏頂面が目の前にあった。
「あんた……どうだった?」
「ああ……うん」
「うんじゃないでしょ。しっかりしなさい」
「あっ、うん……。がんだった……へへっ」
「風邪の診察でしょ。なに馬鹿なこと言ってんの」
会計を終え、外に出ると雨が降っていた。
まるでわたしの心情を表しているかのようなうってつけの雨だ……。
わたしと母は急いで車へ向かった。
走行中、思い詰めたわたしの表情からなにかを察したのか、母が話しかけてきた。
「あんた……仮病使ったでしょ」
「えっ?」わたしはがんのことを一瞬忘れ、素直に驚いた。「……分かる?」
「そりゃあ分かるわよ。だって――」
母は前方をまっすぐ見つめて言った。
「――あんたの母親なんだもん」
……そっか。
「なにがあったのか知らないけど、明日はちゃんと学校行きなさいよ」
「……うん」
がんは分からないんだ……。
余命宣告の翌日、わたしは素直に登校した。
だが、校門の前に着いたところで立ち尽くしてしまう。
どうせ死ぬのに学校へ来たってしょうがないよな……。
とはいえ、バックレたってやることは特にない。
わたしは先日の医者の言葉を思い出した。
『せいぜい死ぬ前に自分の好きなことにでも打ち込んでいてください』
好きなこと、か……。
単純にやりたいこととか、成し遂げたいことでもいいのかな。
でも死ぬ前にやりたいことってなにがあるかな……。
うわ、なんも思いつかねえ。寂しい人間過ぎる。
いっそヤンキーにでもなってやろうか。
ヤンキーのわたしかあ……想像できねーなー、ふふっ……。
ほんの束の間、死の恐怖を忘れて笑っていると、
「おはよー飛鳥っ。なにやってんの?」
髪の毛をド派手なピンク色に染めていて、耳にいくつものピアスを開けている。明るくて、かわいくて、友人も多くて、なにもかもがわたしとは正反対の彼女だが、なぜか中学時代から付き合いがある。
「あっ、いや、なんでもない。おはよう……」
わたしは笑って誤魔化して、凛と校舎に入った。
「昨日休んでたよね? 大丈夫なの?」
「いや、大したことないから。大丈夫」
めっちゃ大したことあるけどな……。
とりとめのない会話をしながら教室へ行き、自席について授業開始を待つ。
授業はまったく身に入らなかった。
今後の不安とか急に全裸になって踊ってみたらどうなるんだろうという妄想などに取り憑かれ、授業どころじゃなかったのだ。しかも、いまのわたしは無敵なので人生をかけた全身全霊の一発ネタ(社会から一発退場という意味で)を本当に実行に移すことが可能なのだ。
昼休み、次の授業こそ絶叫するビーバーの物真似をしてやろうと決意していると、凛が弁当を持ってわたしの前に立った。
「一緒いい?」
「あー、いいけど」
と了承する前から凛は前の座席から椅子を引き抜き、わたしの机の上に弁当を広げていた。
他人の席をさも当然のように使えるのってすげーな……。なんで陽キャってこういうこと普通にできるんだろう。
「彼氏と食わんくていいの?」
「いーいー。今日は飛鳥の気分だし」
笑いながらミートボールを一個つまむ凛。
凛は最近になって彼氏ができた。
それも初彼氏だ。クラスカースト最上位の陽キャで、かつ容姿が優れている凛にこれまで恋人がいないことのほうがおかしかった。とはいえ、わたしとしては「美少女だからって必ずしも彼氏がいるとは限らない」という童貞の夢を凛に託していたところがあったので、この件には複雑な気持ちでいる。やっぱりツラが良い女の子はみんな彼氏持ちなのだ。ぶっちゃけると、昨日わたしが仮病を使ったのも、なんとなく凛と気まずくなったからだ。
「ねえ、あれって」
わたしは教室の出入り口を指さした。
「うん?」
凛は振り返ってわたしの指さす先を見、大きく嘆息した。
そこにいたのは例の彼氏だ。凛を探して視線を彷徨わせているが、こちらと目が合うと手招きしてきた。
「あーもう、バカチンめ」
と呟く凛。
「今日は飛鳥と食うからー」
「はあー? 普通こっち優先だろ」
「知らんしー。こっちが先だったしー」
「てかそいつ誰だよ」
「誰とか関係ないじゃんか。それを言うなら飛鳥だってお前のこと誰って思ってるだろ―」
なんか揉めてる……。
変に恨まれでもしたら嫌なので、彼氏に凛を譲ることにした。
「あのさ、べつにあっち行ってもいいよ……」
「え、いいよ。遠慮しなくて」
「いやいや、こういうのってやっぱ彼氏優先じゃない?」
「あー。そうなのかな……。でも、そうしておこうか。ごめんねー」
凛が彼氏と合流し、わたしは教室に取り残される。
恋人か……。
考えたこともないけど、もはや恥ずかしいとかそんなのどうでもいいし、死ぬ前に彼氏とか作ってみるのもありかもな。
そんなことを考えながらコーンクリームコロッケをかじった。
帰りのホームルームが終わり、荷物をまとめていると、凛が声をかけてきた。
「一緒に帰ろーぜ」
「ああ……うん」
一緒に教室を出て、廊下を歩く。
途中で、
「あ!」
と言って凛が立ち止まった。
「どうした?」
「数学の教科書を立花くんに借りてたんだった!」
ちなみに立花とは、件の彼氏の名前。
「ごめん、ちょっと待ってて」
そう言い残して一年一組の教室に入る凛。彼氏は日直のようで、黒板消しをしているのが目に入る。みんなさっさと教室を後にし、中には人が少ない。
わたしは教室前の腰掛けに座り、凛が戻るのを待った。
しかし、なかなか出てこない。
ひとり、二人、三人と生徒が教室を出たのだが、そのなかに凛の姿はない。
そのとき凛と立花の声が断片的に聞こえてきた。なにを言ってるのかは分からない。
あー、案の定やつに絡まれたのか……。
あの彼氏、引くほど凛にべったりだもんなー。
まあ凛くらい可愛い子を彼女にできたら浮かれてしまうのも無理ないが。
取られたわたしは面白くない。
また二人の声が聞こえる。
……じゃん……も見てないって……。
……飛鳥が……。
うん?
わたし?
見てないって?
なにか胸騒ぎがした。
……ほうが……奮するだろ……。
……いきな……めてよ……。
これってまさか……。
いやいや、そんなわけないよな。
……いいから……げよ……。
……ちょっと……こんな……ろで……。
わたしはいま耳にしたことが信じられなかった。
おいおい、まさかこんなところでおっぱじめようってのか!?
嘘だろ!? わたしを待たせておいて!?
愕然としているあいだにも、二人のやりとりは続いている。
もしかして、わたしに聞かせてる……?
わたしをダシにして、バレるバレないのスリルを楽しんでるってのかよ!
瞬間、目の前が真っ赤になる。
わたしは腰かけから立ち上がり、教室には目もくれず走り去った。
ちくしょおおおおおお!
他人をダシにして気持ちよくなってんじゃねえよおおおおおお!
家についてもなお怒りは収まらなかった。
「くそったれが!」
ベッドにカバンを叩きつける。
「見せつけやがってぇ……凛のやつ! 彼氏ができたからって調子に乗ってるんだ!」
一度口にすると、壊れた蛇口のように不満が止まらない。
「本当に最悪続きだよ。どいつもこいつもわたしをバカにしてるんだ」
余命宣告の瞬間がフラッシュバックする。
「死ぬ!? わたしが!? なんだよそれ! なんでわたしだけそんな目に遭うんだよ!」
昼食中、彼氏についていく凛の姿。
「爆発しろ! なんだよ、恋人ができたからって浮かれやがって! なんでわたしには彼氏ができないんだよ! いい加減に誰か告れよ!」
あの言葉がまた蘇る。
『せいぜい死ぬ前に自分の好きなことにでも打ち込んでいてください』
好きなこと?
死ぬ前にやりたいこと。
わたしが成し遂げたいこと――。
そのとき。
わたしの脳内でなにかが弾けた。
目の奥で火花が散って、脳の電気信号がギュルギュルと走る音を耳にした。
そして、自分が成し遂げたかったことをようやく悟る。
そうだ。
私だって……!
私だってなあ!
「セックスしたあああああああいいいいいいいいいいい!」
そうだったんだ!
わたしはいままでずっとセックスがしたかったんだ!
生涯でたったのいちどでいいから貪欲に性を貪ってみたかったんだ!
処女のまま死にたくなかったんだ!
図書室で声を押し殺しながら、バレるかバレないかのスリルを味わってみたい!
行為中に友達から電話がかかってきて、行為を止めないままその通話に出るよう命令されてなんとか声を誤魔化すやつをやってみたい!
いや。
「やってみたい」じゃない。
やるんだ!
そう、どのみちわたしはもうすぐ死ぬ。
だから、もうなにも怖くはない……。
いまのわたしは無敵なんだ。
だったらやってやる。
死ぬまでに絶対、
処女卒業してやる!
※ただし余命宣告は嘘とする。
あらすじに記載の状況になるまで、もう少しかかります。
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