陽キャのフリした陰キャがカーストトップの女子に囲まれてしんどくなるお話。 作:鈴木女子
人生の目標を立てると、活力が湧いてきた。
わたしはさっそく目標達成のためのプランを考える。
処女卒業のためになにをすればいいか。手っ取り早いのはマッチングアプリを活用することだろうが、わたしのこの熱は恋愛を踏まえた性交でないと落ち着かない気がする。
なんたってきっかけは凛の彼氏なのだ。
ゆえに、この渇きを満たすためには――。
彼氏をつくる。
これしかない。
そのためには、この野暮ったい見た目をなんとかしなければならない。ボサボサで地味な黒髪。手入れをしたことのない眉毛はもさっとしている。メイクの経験は当然ゼロ。服だっていまだに母のセンスだ。これらすべてを改善しないことには、恋人など夢のまた夢だろう。
それだけじゃない。わたしは対人能力もボロボロなのだ。容姿を改善すると同時に、他者と円滑に交流するためのコミュニケーションスキルを身に付ける必要がある。
つまり脱・陰キャ。
目指すは令和ギャル!
しかしまだ壁がある。
脱・陰キャに成功したとしてだ。それまでの陰キャのわたしを知っている同級生の目には「急に高校デビューし始めた痛い女」として映ること必至である。
余命半年のわたしにとっていまさら嗤われることなど怖くないが、舐められることは周囲との関係を築くのに障壁となる。それに、もう人間関係が固定化されつつある現在では、わたしを仲間として受け入れてくれるグループはなどどこにもないと考えたほうがいいだろう。
環境をリセットしたい。
いまのわたしを誰も知らない場所で、新たな学校生活を送りたい。
いちおう、あてはある。
夕食の時間、麻婆豆腐をよそう父にわたしは話しかけた。
「ねえ、お父さん」
「ん?」
「来月には沖縄に転勤するんだよね。いいなー……わたしも付いていきたい」
これだ。父は近く、沖縄に単身赴任することになっている。
学校があるからわたしと母は付いていかないことになったけれど、だったらわたしからアピールすればワンチャンあるってことじゃないか?
沖縄に引っ越すことになれば、新しい学校に転校できる。環境を変えられる。
なんて計算をしていると、母が口をはさんだ。
「いまさら簡単に決められるわけないでしょ。学校だってどうするの」
「言ってみただけじゃん……」
なんでお母さんってひとこと多いのかな……。
少しムッとしたわたしは、さっさとご飯を食べて皿を片付けた。
転校の件はいったん保留だが、ほかにも進めないといけない仕事がある。
脱・陰キャだ。
これもあてはある。
陽キャになりたければ、陽キャの真似をすればいい。
翌日、教室に着くとすぐに凛が声をかけてきた。
「昨日はごめんよう~。あたしが遅いから帰っちゃったんだよね?」
「いや、いいよ。勝手に帰っちゃったわたしのほうが悪いし。それよりさ、凛にお願いがあるんだけど……」
「飛鳥がお願いってなんか珍しいね? なんでも言ってみい!」
胸を張る凛。その胸を彼氏に揉ませたんか。
「なんて言うか……垢抜けたいって言うのかな……。凛みたいにこう、陽キャって感じになりたいんだけど」
「陽キャって! あたしは全然そんなんじゃないよー。普通だよ、ふつう」
「わたしはその普通未満なんだ……」
「あ、ごめん」
謝るのではなく否定してほしかったが、事実なのでしかたがない。
「つ、つまり飛鳥改造計画ってことね! はー、ようやくこの日が来たかー。あたし前々から飛鳥って磨けば絶対光るのにすごくもったいないなって思ってたんだよね~」
「いやー、そんなことないだろ」
「あるある! 飛鳥ってけっこう顔整ってるし、身だしなみに気を遣えればめっちゃ可愛くなると思うよ!」
え、まじで?
ま、まあ? たしかに風呂場で鏡を見て「意外とイケてるな」と自分でも思うことはあったし?
前々からそんな気はしてたって言うかあ。
「いやー、わたしなんて全然、普通だよふつう! でも……たしかにメイク? とかしてみたら、そこそこ良い線行くかもね! 教えてくれる……?」
「その言葉が聞きたかった!」
なんとも気前のいい返事。
こうして凛に師事することになった。
見た目の垢抜けだけではなく、他者との円滑な交流を目的としたコミュニケ―ションスキルの獲得も目指していると伝えると、放課後、公園に誘われた。
師匠の提案を無下にはできない。わたしは素直に従う。
公園へ向かう道中、凛はコンビニに寄って水鉄砲を購入していた。あれを使って遊ぶことで、陽キャにとって必要ななにかを得ることができるのだろうか……。
あ、陽キャって無駄に騒がしいから、ギャーギャー騒ぐあのノリに乗れるよう特訓を行うのかな?
公園に到着。
凛はベンチに座ると、わたしに立ち位置を指示した。
ベンチから少し離れた位置、凛の真正面に立って向かい合う。
「では、あたしがコミュニケーションの基礎を教えてしんぜよう」
凛は芝居がかった口調で語り始めた。
わたしは、いまこの瞬間が人生が変わる分岐点な気がして、ドキドキが止まらない。
「まず大前提。コミュニケーション能力っていうのは、一朝一夕で身につくものじゃありません!」
が、凛が語り始めたのは、夢のない現実についてだった。
なんらかの秘訣でもっと楽に陽キャにしてもらえると思っていたわたしは、ここで落胆する。
ま、まあ、そりゃそうだよな……。
そんな簡単にコミュ力がついたら陰キャとか存在しないよな……。
「お互いの興味とか知識がかみ合っていないと話が合わないし、切り返しの瞬発力も試されます。それから、身振りや表情、発声なんかも大事です」
この時点でもう頭が痛いが、前置きはまだ続いた。
「自分から話題を提供できなきゃ話になりません。そのためには、いろんな方向にアンテナを立て、流行をおろそかにすることなく、日々勉強するしかない」
「そういうのって、話術でなんとかならないのか?」
「純粋なトーク力はそれこそ一晩で磨けるものじゃないよ。まあ、トーク力に限らず、いま挙げたものはどんなに急いで特訓したところで数か月じゃあ付け焼刃にしかならないけどね」
「そんなぁ。それじゃあ、もうどうしようもないんじゃ……」
わたしの余命は半年なのだ。
のんびりしていられない。
チッチッチ――と人差し指を反復横跳びさせる凛。わたしの嘆くさまを見て不敵な笑みを浮かべている。
「あきらめちゃダメ。そんな状態でも、たったひとつのことを意識できれば瞬く間にクラスの人気者になれる――そんな魔法の法則がある」
「おお!」
なんだよ、そういうのあるのかよ!
「お、教えて!」
「ふっふっふ、そのコミュニケーションの神髄を、いまならたった三千円で授けちゃう!」
わたしは財布を取り出した。
「あ~、もう、嘘だよ! お金なんか取らないよぉ!」
な、なんだ……。
凛に促され、財布をポケットに戻す。
「コミュニケーションの神髄、それは……相手の言うことに絶対共感すること! 逆に、相手の言うことを絶対に否定しないこと! これさえ押さえておけば、もうあっという間にクラスのアイドルだよ」
共感…?
たかがそんなことで簡単に立場が変わるもんなのか?
正直に言ってだいぶ訝しい。
そんなことで人気者になれるなら、わたしだっていまごろ陽キャだ。
「いやー、それだけでなんとかなるとは思えないけど……」
やれやれと言わんばかりに凛はため息をついた。
「気づいてないかもしれないけど、飛鳥っていつも否定から入るでしょ。頭に『いや』ってつけるのが口癖になってんだよね。あたしが思うに、それが一番やっちゃいけないことだと思うんだけどなー」
「いや……そんな口癖ないし……」
とつぜん凛が水鉄砲を発射した。
「つめた! なにすんだよ!」
「特訓だよ。いまから飛鳥が会話でミスるたびに水をかけるから」
「なんだよそれ……そもそもさっき間違ったことなんて言ったか?」
「『いや』って言ってたじゃん」
「いや、いくらわたしでもそれを言っちゃダメって話をしてるときに『いや』って言ったりしない――つめてっ!」
文句を言おうとしたら、凛がスマホを向けてきた。
「ほら」
言いながらスマホをタップすると、音声が流れる。
『いや、いくらわたしでもそれを言っちゃダメって話をしてるときに――』
「うわー、マジか!」
まったく自覚なかった……。
根っから染みついた《陰》の性質に、愕然とする。
ってかそれ以上にわたしの声がキモくてそっちのがショックだ。妙にこもっているというか、調子っぱずれと言うか……。
「これで分かった?」
証拠を提出されれば認めるほかない。
わたしは項垂れ、凛の訴えを素直に受け入れる。
「はい、分かりました――ぎゃっ!」
またも凛が水鉄砲を発射してきた。
「いまなにも間違ったこと言ってないだろ!」
むしろ素直だったはずだ!
「間違ってないよー。間違ってないけど、撃たれたからって怒鳴っちゃだめだよ~。たとえ自分に非がないときでも、笑って相手に合わせてあげないと」
ドSだ。わたしに水を浴びせておいて、これ以上ないくらい楽しそうに笑っている。
きっと彼氏ともハードなSMプレイをしているに違いない。彼氏を三角木馬にまたがらせ、鞭でピシパシ叩く凛を想像する。当然、例の蝶みたいな眼鏡をかけている。
「理不尽すぎる……」
「そう。人間って理不尽なんだよ。でも、だからこそ人から好かれたいと思ったなら、そういう理不尽もある程度は流せるようにならないといけないんだよね。
けど、だからって全部笑って許すのはだめだよ。これは許せないって一線を引かないと、相手に舐められるからね」
「いや、難しすぎるだろ……あ」
凛が笑顔で水鉄砲を構えた。
「ただいまあー」
凛の特訓が終わり、家に着いた。
びしょ濡れの全身から玄関の床に水がぽたぽたと滴る。気を付けてはいたが、うっかり母の靴を濡らしてしまった。
ったく。
凛のやつ、まじで容赦がないんだよな。
まあそんくらい本気でやってくれてるってことなんだろうけど……。
こんな姿を母に見られたら怒られそうだ。部屋に戻ってさっさと着替えよう。
急いで自室に向かうが、間の悪いことに廊下を早歩きしているところを母に目撃される。
「あっ」
やべ。見られた。
言い訳を考えていると、
「……あんた、いじめられてんの?」
母が神妙な口調で訊ねた。
えっ? いじめ?
あっ、そうか。学校から帰ってきた子供がこんなふうに全身水浸しになってりゃ、いじめられてると思っても無理ないよな。
でも、違うんだよ。これは特訓でこうなっただけで……って、そんな説明してもわけ分かんないか。
だが、凛の名誉のためにも、この誤解は払拭しなければならない。
「いや、いやいやっ! いじめとかそんなんじゃないって! これは……そう、転んだんだよ! ドジだね~あはは!」
馬鹿かっ。転んだからってどうして全身ずぶ濡れになるんだよ。今日の天気は雲ひとつない快晴だったんだから、どこにも水たまりなんてないだろ!
下手な言い訳をすると、いじめられているという勘違いが余計に真実味を増してしまいそうだ。
なにか言いたげの母をじっと見つめ、これ以上失言を重ねないように口をつぐむ。
母は「そ」と言ってリビングに行った。
ふう……。
どうやら誤魔化せたようだ……。
というのは甘い見通しだった。
夕食時、母にじっと観察されながら居心地の悪い気持ちでカレーライスを食べていると、
「あんた、学校楽しい?」
「え、うん。まあまあ」
「そういえばこないだ学校休んだよね」
「あー、まあ、あの日は夜ふかししてて学校ダルかったから……」
どう思ったのか、わたしの言い訳に対して母の返事はない。
しばし気まずい間が空いて、やがて母がぽつりとこぼす。
「あんたがそうしたいなら、沖縄の学校に転校してもいいけど」
「えっ?」
マジで!?
母の提案に一瞬舞い上がる。
しかし――。
たしかにその提案は渡りに船だ。
だけど、やっぱりなにか勘違いしてない?
ここで転校の件に触れるということは、まだ誤解は継続中ということだ。
わたしはいじめられてなんかいない。
でも、いまそれを再主張したところで、なんか母に心配かけまいとしていじめを必死に隠そうとしている感が出るだけの気がする。
しばし悩んだ末、あえて否定することはせず、母の提案に乗っかることにした。
「転校したいです……」
「……そう」
母は席を外した。
ベランダに出て、電話をかけている。
残業中の父だろうか。
罪悪感がすごいが、結果的に環境のリセットに関してはクリアできそうだ。