陽キャのフリした陰キャがカーストトップの女子に囲まれてしんどくなるお話。 作:鈴木女子
後日、わたしも両親とともに沖縄に引っ越すことが決まった。
昼休みに凛と雑談している最中、ふとその件を思い出したので報告すると、
「ぶっ!?」
凛は飲んでいたトマトジュースを吐き出しそうになった。いちおう、すんでのところでこらえることができたので、わたしの机に被害はなかった。
口内のトマトジュースを
「だ、大丈夫か……?」
「げほっ、んんっ、大丈夫っ。それより転校ってマジ? いつなの?」
「夏休みが始まったらすぐに引っ越しだって」
「もう一か月切ってるじゃん……」
正確にはあと二週間。
「もしかして、急に垢抜けたいって言い出したのも転校するから?」
「あー……うん」
順序は逆だが、まあだいたい合っているのでそういうことにしておく。
「せっかく育てた飛鳥をよその学校に取られるなんて……新入社員の研修にお金かけたのにすぐ転職されたような気分だよ……」
「なんだそれ」
「はあ~~。飛鳥いないと寂しくなるなあ……」
「でも、凛は友達たくさんいるし、わたしひとりが転校したところで……いてっ」
凛のデコピンを食らう。
「飛鳥の代わりはいないよ」
うっ。友人の多い凛にそんなことを言われたら、ちょっとドキっとするじゃないか。
凛はトマトジュースのパックから延びるストローに口を付けて、ズゾゾゾと最後のひと吸いをした。
「でもま、そういうことならあたしももっと頑張んないとね! 飛鳥の高校デビューが大成功するようにさ」
「いや、無理はしなくても――あっ、いやっ、いまの『いや』はそういうことじゃなくてっ、ああっ! また『いや』って……ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、お、お願いだから撃たないでっ……」
「ちょっと! 人聞きが悪いでしょ!」
たまにはわたしが凛をからかうこともある。
期限があと二週間と決まり、特訓はさらに気合が入った。
コミュニケーション能力以外にも身に付けないといけないスキルはいくつもある。
たとえばメイクやファッションなどはこれまでの人生でいちども気にしたことがない。それに、もっと大きなくくりで言う『トレンド』なんかはさっぱりである。わたしはわたしが好きなものを好きなように摂取してきたので、他人と話を合わせるためのインプットをしたことがないのだ。
それらひとつひとつを、最低限のレベルまで鍛え上げるという。最低限とは、わたしが自習できるくらいのラインだ。そう、いまのわたしはレベルが低すぎて、どうやって勉強したらいいのかとっかかりすら掴めない状態だった。
メイクの特訓では、凛の家でコスメの具体的な使いかたやトレンドの追いかたなどを教わった。凛によると、そういうのはYouTubeとかTikTokなんかで情報を得るらしいが、わたしはTikTokをやっていないし、謎のプライドから今後アカウントをつくろうという気も起きないので、YouTubeを頼ることになりそうだ。
ファッションについては、凛からこのような至言をもらった。
「ファッションセンスはねえ……そう簡単には磨かれないよ。とにかくいろんなコーデを見て感覚を養うしかないし。それにそのときのトレンドや、季節のことも考えないといけないね。ほんと勉強が必要な世界なんだよ。なんでもそうだけど」
「ええ、じゃあ転校までに間に合わないってこと?」
「まあ間違いなく間に合わないだろうね」
「夏休み中ずっと研究したとしても?」
「ずっと研究したとしても」
「そんなあ……」
「チッチッチ。でもぉ――」
来た!
例のいったん下げてから一発逆転の秘策を言うやつ!
「われわれ高校生には、『制服』という最強のファッションアイテムがある!」
「お、おおー」
「高校生で良かったね~。制服は、どんなにファッションセンスがあろうがなかろうが、そんなの関係なしに誰ものスタイルを平均以上に統一する魔法の装備なのだ!」
わたしは着ているブラウスをひっぱって、じろじろと観察する。
これが最強……?
ま、まあたしかに、制服JKでいられる時期はある意味で最強の季節と言えるが。
「でもさ、わたしも凛もおんなじ制服着てるけど、なんというか……格が違くない?」
「それはメイクとかヘアスタイルとか、いろんな要素のトータルで差がついてるんだよ。あとは着こなしのコツかな。着こなしに関しては制服だけならファッションセンスを磨くよりずっと簡単に憶えられるよ」
スカートを短くする。あえて服を気崩してみる。ソックスの長さのトレンドを知っておく。等々、いくつかの事柄を教えてもらう。
「でも、休日はどうするの? そんときはさすがに私服を見せることになるよね」
「そもそも休日に人と会うのか問題。まあ飛鳥が友達百人つくるつもりなら休日に同級生と遊ぶ予定が入ることもあるだろうけど、仮にそうなってもさー、休日って一週間にたった二日なんだよ? 良いと思うコーデ一式をいくつか用意できれば事足りるじゃん」
「だから、そのコーデを用意するのにファッションセンスが要るんじゃ」
「店員さんに訊けばいいじゃん」
なん……ですと……?
「ファッションセンスを磨くのには時間がかかるって言ったけど、だったらセンスのある人から力を借りればいいんだよ。訊けば勉強にもなるしさ」
た、たしかにそのとおりだ。
あまりに単純な解決方法に、肩の力が抜ける。
だが、いまのいままでその単純な解決方法すら発想したことがなかったのだ。わたしの人間力がいかに劣っているか、思い知らされるような一幕だった。
ただ、この解決方法にはひとつ問題があって。
と言うのも――。
「あのさ……その『店員に訊く』ってどうやればいいの?」
「……? 店員に訊けばいいんだよ?」
なにを言っているのか分からないという顔をまっすぐに向けて、同じ言葉を繰り返す凛。
「じゃなくて、店員に訊く方法が分からないって言ってるんだけど」
「え? え? どういうこと? 話しかければいいじゃん」
「いや、だから、話しかける方法を教えてほしくて……」
凛はかなりの困惑を露わにして、めずらしく言葉に詰まっている。
いや、困らせるようなことを言った自覚はあるが。
「分かんない! 飛鳥がなにを分かってないのかが分かんないよ! 話しかけかたが分かんないってどういうこと!? いまもこうして話してるじゃん!」
「それとこれとはべつでぇ……」
「えーっと、えーっと、まず、店員さんに接近するじゃん? で、相手がこっちに意識を向けるように声を放つんすよ。声っていうのは、こう、肺から息を出すことで喉を震わせて――」
「いや、そこまで初歩的な原理の話はしてない! 物理的にどうこうってより、こう、心構えと言うか――」
悩みのレベルが低すぎて、さしもの凛も言ってることを理解できないようだ。『店員に話しかけられない』という概念が凛に伝わるまで、しばらく押し問答が続いた。
最終的に理解は得られたが、あまりにも初歩的な躓きすぎて、「店員に話しかける方法は、店員に話しかけること」というトートロジーしか凛にも答えようがなかった。
この問題は後々テストを行うことでいったん保留となった。
とにかく、この日に学んだことの要点は二つだ。
店員さんに服一式を見繕ってもらうことで、本当のファッションセンスが知れるまでの時間をしばらく稼げる。だからそのあいだにゆっくり勉強すればいいこと。
制服は最強ということ。
それから、声についても指摘される。
なんというか、わたしの声は低くてとおりにくいらしい。
たしかに、以前スマホに録音されたわたしの声を聞いたとき、自分で思っていた以上にヘロヘロでこもっていて、死にたくなるくらいキモかったことを思い出す。
普段から高めの声で話すように努めて意識したほうがいいと、凛は言った。
それから凛は、わたしの背中を叩いて猫背をまっすぐに伸ばさせると、わたしのお腹に手を添えて力を入れた。
ぐっ……お腹が押しつぶされるよ~。
「はい声出してー」
「あーーーー」
「はい吸ってー」
「すぅーーー」
これを繰り返す。
声を高くすることも意識する。
「まず猫背を改善しないとね。猫背だと発声に難があるんだってよ」
スマホを見ながら凛が言った。姿勢と発声についての関係をネットで調べてるようだ。
「それに猫背は第一印象にも関わるしね。垢抜けたいなら姿勢はかなり大事だよ」
ということで、わたしも家に帰ってネットで猫背を改善する方法を調べる。
猫背になるのは背中をまっすぐに保つ筋肉が衰えているかららしい。わたしは風呂の前に記事に載っていた筋トレを試して汗をかいてみる。
こうして特訓を続けること一週間。
凛からひとつのテストを課された。
「いい? ただオーダーを言うだけじゃだめだよ。美容師さんとちゃんと会話するように。これはテストなんだからね!」
「サーイエッサー!」
わたしと凛は美容院に来ていた。
千円カットのお世話になり続けてきたこのボサボサの頭髪と今日でおさらばするために。
ただ、今回の来店は髪型を変える目的だけじゃなく、美容師と対話することでこれまでの特訓の成果を確認する目的も兼ねている。
髪型に関しては事前に凛と相談して決めている。
「飛鳥はどんな髪型にしたいの?」
「んー、なんていうのかな。あのぉ~、最近よく見かける、なんか汗でペタッとなってるみたいなやつ。ほら、前髪が薄くなってる」
「……もしかしてシースルーバング?」
「って言うのか? それにしてみたいんだけど」
「言葉が悪いよー。そういうのは、透け感って言うんだよ。でも、めっちゃ良いと思う!」
ってことでシンプルロングヘアのシースルーバングに決定。本当はカラーも入れてみたかったが、夏休み中に学校の面接があるようなのでそれが終わるまでは控えることにした。
予約通りの時間に店内に入ると、美容院特有のあの上がったり下がったりする椅子に案内され、施術中に話しかけていいかどうかを訊かれる。
これまで美容院というのはチャラチャラした美容師が問答無用で話しかけて陰キャをいじめてくるものと思っていたから(それもあって怖くて来たことがなかった)、これにはけっこう驚いた。ちゃんとそこの確認をしてくれるものだったんだ……。
だが、今回はあくまでテストだ。もちろん、話しかけてよいと伝える。
オーダー(ロング、シースルーバング、眉カット)を伝えると、施術が開始する。
その間、簡単な問答などがあった。正直会話はボロボロだったが、自分で思っていた以上に緊張はなかった。よく考えれば、そもそもわたしは半年後に死ぬのだ。美容師との会話などこれっぽっちも怖くない。それに、凛との特訓がある。直前にこんな助言もあった。
「どうせ一週間後には沖縄なんだから、どんな失敗をしてもへっちゃらだよ」
わたしはボロボロなりに失敗を恐れず自分からガンガン攻めていった。
施術が終わり、凛と対面する。
わたしの姿を見るなり、凛は頬を紅潮させてわーきゃー騒ぎ出した。
「うわーーー! めっちゃ可愛いーー! もうほんっと可愛いよ! きゃーーー!」
甲高い声ではしゃぎながらわたしをぎゅっと抱きしめる凛。普段なら「や、やめろよ!」と突き放しているところだが、今日はわたしも変わった自分に興奮していて「ありがとう! ありがとう!」なんてらしからぬことを言って抱きしめ返した。
「ただいまあー」
家に帰ると、母が険しい顔でやってきた。
「あんたどこほっつき歩いてたの? もうすぐ引っ越すんだから、部屋の片づけくらい――」
わたしを見て目を丸くする。
「あの……どうですか」
感想を尋ねる。
母は目をしばたたかせ、
「えー……あなた、お宅を間違えてない……?」
「違うちがう! わたしだよわーたーし!」
おいおいおい!
娘だろうがよ!
『そりゃあ分かるわよ。だってあんたの母親なんだもん』ってもっぺん言ってみろやコラ!
「あんた飛鳥なの! それ、どういう風の吹き回しで……」
わたしを見つめて呆然自失となった母。
「わっはっは。こんなに可愛い娘を持ってお母さんは幸せモンだね」
母の横を優雅にすり抜けて自室に戻る。
これでもうしばらくは片付けの件は時間が稼げそうだ。
登校中、なんとなく周囲の視線がいままでと違うような気がした。
これまでのわたしは背景と完全に同化したモブCって感じの存在だったが、いまは街を行く人々のチラ見をいくつも奪う世界の中心人物って気分。まあ自意識過剰なだけかもしれないが。
わたしは気分がよくなり、胸を張って歩いた。
教室に着くと、今度は明確にクラスメイトの目を奪ったのが分かる。
わざと「おはようございま~す」なんて言って教室に入る。みんな呆けた目でわたしは見て、「え、誰?」と言いたげにとなりの人と顔を見合わせた。
これ見よがしに席に座ってやると、どこかで「え!」と感嘆詞が飛び交い、ひそひそとうわさ話が始まる気配を感じた。
ふっふっふ、見てる見てる!
凛がニヤニヤしながら近づいてきた。お互いに悪戯が成功したような含み笑いを浮かべ「イェイ!」とハイタッチ。
昼休み、屋上に場所を移して二人で笑いあう。
「見事にぶちかましてやったね! みんな飛鳥のことうわさしてるよ!」
「なんて言ってんの?」
「あーそれは……」
言葉を濁して目を背ける凛。
「めっちゃ可愛くなったって!」
だいたい察した。
だがここで追及するのはNGと、わたしは凛に学んだのだ。
「まあな!」
と笑って話を合わせる。
この一週間でメイクを憶えたり制服の着こなしを意識してみたり姿勢を伸ばしたりいろいろなことを改善してきたが、やはり髪型が及ぼす影響は絶大だ。今日、わたしは自分がはっきり変わったのだということを実感した。
「……マジでありがとうな」
「感謝するのはまだ早いよ。引っ越しまであと一週間あるし、それまで特訓は続けるからね」
「押忍!」
だが時間はあっという間に進んでいき、気が付けばもう夏休みは目前だ。
本当は今回で転校まで持っていきたかったのですが、文章量が12000字ほどに膨れ上がったので分割しました。
ということで、次回転校します。
手直ししたらすぐに更新しますので、もう少々お待ちください。
「面白かった!」「続きが気になる!」といったかたは、よろしければお気に入り、評価等よろしくお願いします。