陽キャのフリした陰キャがカーストトップの女子に囲まれてしんどくなるお話。   作:鈴木女子

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4th-Pierce:転校の日

 終業式を翌日に控えた夜。

 わたしは部屋で凛に宛てた手紙を書いていた。

 

 凛にはこれまでさんざん世話になって来た。

 特訓のことだけじゃない。中学時代から友達としていつも側にいてくれたことが、ずっと励ましになっていた。

 明日、終業式のあとに、凛に選別として手紙を渡そうと思う。

 

 いろいろ悩んだが、書き出しはこのようにした。

 

 

 

   今、凛がこの手紙を読んでいるということは、私はすでにこの世にいないのだと思う。

 

 

 

 こんなのフィクションでしか見ない書き出しじゃない!?

 まさかわたしにフィクションあるある文を書く日が訪れようとは夢にも思わなかった。

 これ、書けるじゃんと気づいたからには書かずにいられなかった。誰だってチャンスがあれば書くはずだ。

 

 手紙には続けて凛への感謝、わたしがいなくなっても悲しまないようにと励ましの言葉を記した。

 書き終えると手紙を便せんに入れ、忘れないようにかばんに仕舞う。

 

 そして一学期最後の日がやって来た。

 終業式がつつがなく執り行われたあと、わたしの送迎会が開かれた。なんの用意もないのにクラスメイトへの別れの挨拶みたいなのをさせられたが、特訓の成果を発揮するときだと思い胸を張った。

 

 解散後、わたしは凛と一緒に下校した。

 ロッカーと引き出しの整理ができておらず、大量の荷物が入った袋をいくつも抱えて歩く。

 

「もの多すぎだって。飛鳥がロッカーのを掃除してるときさー、笑っちゃったよ。次から次へと物が出てくるから、魔法のロッカーかと思って」

 

「うう……」

 

 さすがに物が多すぎるので、例の公園に寄って休憩することになった。

 いつもなら凛だけがベンチに座り、少し離れたところにわたしが立つという構図なのだが、今日は二人並んでベンチに座る。

 

 タイミング的に、凛と直接対面してアドバイスをもらえるのはこのときが最後だ。そう思ったわたしは、思い切った質問をしてみた。

 

「なー、彼氏ってどうやってつくるの?」

 

「なに? 飛鳥彼氏が欲しいの?」

 

「じつは……」

 

 こっ恥ずかしくなって頭を掻く。

 いや、このくらい訊けなければ転校先でやっていけない!

 

「彼氏のつくりかたかー。前々から思ってたけど、彼氏をつくるって言い方はおかしいと思わない? まるでねんどでコネコネしてつくるみたい。相手はあたしの彼氏になるために生まれたわけじゃないのにねー」

 

「それはまあ……そういう言い回しでしかないと思うけど。それよりアドバイスを……」

 

「ごめん、あたしにも分かんないんだよねー。告られた側だから」

 

 このっ……。

 人間強者が……っ。

 

「はあ~。じゃあ告ってくれた相手がたまたま好きな人だったんだ」

 

「いんや? 全然好きじゃなかったよ?」

 

「えっ?」

 

「最初は断ったんだよ。でもあっちが食い下がってきてさ。で、こう言ったんだ。『好きになってから付き合うんじゃなくて、付き合ってから好きになるのもありだろ。だって、そうじゃないと恋愛なんて始まんないんだから』って。いまにして思えば、片思いしてる側が言うのは自分の都合ばっか押し付けようとしててズルいなーって感じだけど、でもそのときは『ああ、たしかにな』って思って」

 

 うわ、なんかめちゃくちゃショックだ。

 ふつう交際ってお互いに好きな場合に成立するもんじゃないの?

 付き合ってから好きになればいいって……なんかすげえリアルで生々しいって言うか。それを受け入れた凛も、正直なんだかなーという感じではある。

 あんま聞きたくなかったな……。

 

「でもまあ、そういう恋愛もありだと思うよ」

 

 とりあえずフォローしておく。

 

「で、ちなみにどこまで進んだの?」

 

「えー、それ聞くー? んー、まあー。そうだねー、まったく進まなかったよー」

 

「え? そうなの?」

 

 じゃあ前に聞いたあの声はなんだったんだ?

 てかなんで過去形?

 

「うん。次の段階に行く前に振っちゃった」

 

「ええーっ! いつ!?」

 

「んー。二週間前? ほら、立花くんに教科書を返しに行ったとき」

 

 まさに二人が性行為をわたしに見せつけた日じゃないか。

 なんでその日に?

 

「あの日はちょうど立花くんが日直で。教科書を返したらすぐ飛鳥のところに戻ろうとしたんだけど、立花くんが話をなかなか切り上げてくれなかったんだよ……。そうしているうちに教室に誰もいなくなってさー。そしたら立花くんが強引に……」

 

 うわっ。

 あいつヤバいやつじゃん。

 わたしが聞いた声は彼氏が一方的に盛ってた声だったのか……。

 

「で、振った。飛鳥帰っちゃうし、散々だったよ」

 

「そうだったんだ……」

 

「じゃなきゃ飛鳥の特訓にこんなに付きっきりになれるわけないじゃん。だからさー、男についてはあたしにもなんも教えられないんだよー」

 

 なんか……わたしってばずっと空回って一人相撲してたんだな……。

 だが、処女卒業という目標は揺るがない。これはわたしが死ぬ前に成し遂げたい夢であって、決して凛を見返したり復讐だとかをしたくて立てた目標じゃないからだ。

 

「もう彼氏とかこりごりだ~!」

 

「はは……」

 

 人差し指を立てて冗談めかして言う凛。

 だが次の瞬間には微妙に……本当に微妙に暗い顔になる。

 

「ぶっちゃけ飛鳥はさ、陽キャ~なんてくくってあたしみたいな人間に憧れてるみたいだけど、実際は楽しいことばっかじゃないよ。めんどくさいこともいっぱいあるよ」

 

「え?」

 

 こういうネガティブなことを言う凛はめずらしい。

 なにかあるんだろうか?

 いつも明るく振舞っている凛だけど、本当はなにかため込んでいたりするのかな……?

 

「人から好かれるのが無条件に良いことってわけじゃないからね。立花くんみたいなのもいるし。微妙なパワーバランスがあって気ぃ~遣うしさあ。空気を読んで本当は思ってることを飲み込むことだっていっぱいだよ。それでも誰かに勝手に妬まれたり……」

 

「……」

 

「あたしはさあ、空気を読まない飛鳥が好きだったよ。誰の伺いも立てず、我が道を行く! って感じで。そういうあたしにないとこに憧れた。だから垢抜けたいって言われたときは、嬉しかったけど正直複雑だったなあ~」

 

 そんなふうに思ってたのか……。

 褒められてるのか貶されてるのかよく分からんが、いちおう褒め言葉として取っておこう。

 ただ、なんか格好いい感じに言ってくれてるのはありがたいが、それは本当に空気が読めてないだけで、いちおうわたしだって気を遣ったり本音を抑えたりすることもあるぞ……。

 

「あ、でも頑張ってる飛鳥も好きだよ? だから変わっていく飛鳥を見てるのは楽しかったよ」

 

「うん」

 

「人間って怖いんだぞ~。ほら、憶えてる? 中学のころさ、毎月ひとり誰かを選んで、クラスの女子全員で無視する謎のムーブがあったじゃん?」

 

「ええーっ!?」

 

 そんなのあったの!?

 

「あれは誰がどうやって標的を選んでたんだろう……。こういう空気ってさ、どっかに言い出しっぺとかがいるのかな? それとも、人間の無意識の悪意から自然とできるものなのかな……」

 

「そんなんあったんだ……。陽キャ、コワすぎる……」

 

「え、気づいてなかったの? 飛鳥が標的にされてた月もあったよ?」

 

「マジでか!」

 

 さっきから激ヤバな新事実がポロポロ明らかになって心がすり減ってしまいそう。

 凛は目を丸くしてわたしをじっと見つめていたが、不意に「ぷっ」息を漏らし、堪えられないというように笑い出した。

 

「あははははっ! なんだよそれ~! 気づいてなかったんかよ!」

 

「なに笑ってんだよ~! 笑いごとじゃないだろぉ」

 

「ふふふ……合格だね」

 

「え、なにが?」

 

「あたしが愚痴ってるとき、本当のこと言わなかったでしょ? 立花くんのこと好きでもないのに付き合ったって話したとき、本当はなんだかなーって思ってたんじゃない?」

 

 なんで分かるの……?

 

「そりゃ分かるよー。何年友達やってると思ってんの?」

 

「いや、年数は関係ないと思うよ。十六年親をやってても、がんが分からない人もいるから」

 

「……? まあとにかく、思ったことを飲み込んで、ちゃんとフォローできたから偉いってこと! 免許皆伝! これ以上教えることはなーし!」

 

 わー、パチパチパチーと声に出しながら手を叩く。

 まるで小さな授与式を精一杯盛り上げるように。

 

 休憩が終わって家路につく。

 途中、わたしと凛の家の帰り道は分かれるが、凛はわたしの家の玄関前まで付いてきてくれた。

 

「じゃあ。これから引っ越しの準備とかしないといけないから」

 

「うん。LINEしてね。できたら手紙も送れよな~」

 

 あ、そうだ。

 わたしは昨夜したためておいた手紙をかばんから取り出して、凛に手渡した。

 

「これ、餞別代わりに……」

 

「手紙? ありがと~」

 

 わたしの目の前で封を開けようとしたので、あわてて止める。

 

「あっ! すぐには開けないで! 読むべきタイミングが来たら、絶対に分かるようになってるから。それまで絶対! なにがあっても開けないでね!」

 

「読むべきタイミングって?」

 

 わたしが死んだら、たぶん凛も知ることになると思う。どういうルートかは分かんないけど……。

 開けるとしたらそのときだ。

 

「具体的にいつなの? 飛鳥が沖縄に着いたら?」

 

「違うちがう! いつかは言えない! でもそんなに早くないし、そのときが来たら分かると思うから」

 

「わ、わかった……」

 

 ふう。

 とりあえずこれで問題ないだろう。

 ここまで言い含めておけば、凛ならそう簡単に手紙を読んだりしないはずだ。

 

「じゃああたしからも餞別」

 

「え?」

 

「これ」

 

 凛が差し出したのは、見たことのない文房具のようなものだ。一昔前の充電器のようなかたちをしているが、用途の分からない針がある。

 

「あの……これって?」

 

「ピアッサーだよ。ファーストピアスつきの。あたしが最初に使ったのとお揃いのやつ!」

 

「あ、ありがと……」

 

 ピアスは痛そうだからつけたくないな……。

 でも凛の厚意を無碍にできないし、凛のようなギャルを目指すとなれば、このくらい耳に十個や二十個はつけられないと話にならないだろう。

 

 ピアッサーを受け取ると、凛は踵を返した。顔をこちらに向けて、手を振って、

「じゃ、またね! 来年の修学旅行は沖縄だから、そんとき飛鳥の家にこっそり遊びに行くよ!」

 

 そのとき、わたしは言いようのない悲しさに胸が引き裂かれそうになった。

 来年の修学旅行までにはわたしはこの世を去るのだ。凛の言う「また」は、おそらく永久にやってこない。

 そのことを思うと急に切なくなって胸がしっちゃかめっちゃかになって、泣きたくなんかなかったのに涙があふれて止まらなくなった。

 

「ちょっ、飛鳥~! 湿っぽいのはなしだよ~」

 

 凛は引き返してわたしを抱きしめた。「も~」なんて困り果てた声を上げながら、わたしの頭をなでつける。

 

「どーどー。泣き止んでー。いまどきスマホでいつでもどこでも繋がれるんだからさー。寂しくなんてないよー」

 

「ううっ、ごっ、ごめん……っ」

 

「いっぱい連絡するからね? 手紙もたくさん出すよ?」

 

「うううっ、ううううっ」

 

「飛鳥にこういうのは似合わないよー。笑ってよぉ」

 

 その声が震えるのに気づく。

 顔を上げると、凛の目が真っ赤に充血していて、涙の雫が今にもこぼれ落ちそうになっていた。

 

「も~、飛鳥のせいであたしまで泣いちゃったよ~」

 

 わたしは涙を拭いて、背中に回った凛の腕をほどいた。

 

「ごめん、もう大丈夫……」

 

「よかった!」

 

 凛は目の端を拭いて笑った。

 わたしも無理に笑顔をつくって、二人の願いを言葉にした。

 

「んじゃ、また!」

 

 お互いに手を振る。

 わたしは玄関ドアを開けて、家に入った。

 最後に凛の呟きが耳に届く。

 

「ほんと頑張れよー」

 

 

 

 次の日には沖縄だ。

 

 人生初の飛行機搭乗は最悪だった。高度が上昇すると耳がぷくーとなって、頭がキリキリ締められるようだった。こんな場合は耳抜きをすればいいとどこかで目にしたことがあるが、鼻をつまんで息を吹き込もうとすると、鼓膜が爆発するような予感があって怖くなり、だんだん気分が悪くなるに任せてしまった。

 那覇空港に到着するころには体調は最悪。満身創痍で地上に降りる。

 

 沖縄の日差しは肌を刺すような鋭さだ。

 暑い! でも風がよく吹いているし、地面から照り返すあのジトーっとした暑さはないので、木陰がとても涼しい。どこかカラっとした空気だ。

 

 初日は両親と観光して回った。

 その次の日からは部屋中にあふれたダンボールを整理しながら、合間にひとり那覇の街を散策した。

 先日買ったオリオンビールのTシャツを着て、国際通りを練り歩く。サーターアンダギーのお店に行列ができていたので、買う。食べ歩きをしていると、不意にウインドウに自分の姿が写る。

 

 オリオンビールのTシャツにサーターアンダギー。どうみても浮かれた観光者だ……。

 

 以前のわたしなら、Tシャツ姿の自分など単におしゃれを放棄した陰キャにしか見えなかっただろうが、いまのわたしはこんな単純なスタイルでもなんとなくおしゃれな感じに見える、気がする……。他人の目には違う映りかたをするかもしれないが。

 

 歩きながらサーターアンダギーを食べきって、わたしはとあるビルのエレベーターに乗る。ネットの情報によると、このビルにはアメニイトがあるらしい。

 わたしは中学の修学旅行の自由時間で、わざわざ他県に来たというのに真っ先にアメニイトに向かった経験がある。知らない土地に来ると、そこのアメニイトはどうなってるのかが気になるのだ。

 

 沖縄のアメニイトはご当地コーナーがあるというだけでほかの店舗と大きな違いはない。だが、この変わらなさこそ……落ち着く……。

 

 追っているライトノベルの新刊を買って帰る。

 ああ、例の青い袋も同じだ……。

 

 ビルを出て、歩道を歩く人々の流れに合流すると、前方を歩く女性の手からスマホが落ちたのを目撃する。手から落ちたので自分で気づくと思っていたが、そのまますたすたと先を進んでしまうのであわててスマホを拾い、小走りで女性に接近し声をかける。

 

「すみません!」

 

「え?」

 

 女性が振り返る。おそらくわたしと同年代の茶髪のきれいな人だ。横に並んでいた二人も同時に振り返ったので、同級生三人で夏休みを満喫していたのだろう。

 

 うっ、三人からクラスの一軍特有のオーラがビシビシと伝わる。

 相手できるか? わたしに。

 ……いや。

 わたしだって陽キャになるため厳しい訓練を受けてきたのだ。夏休み明けには彼女たちのような人間強者が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する恐ろしい世界に足を踏み入れようと言うのに、こんな程度でビビって話になるか。

 

「スマホ落としましたよ~」

 

 努めて明るく言う。

 想定するのは、凛のあの雰囲気。

 

「あっ! ありがと~。あたし握力弱くってさ~。よく手に持ってるもの落としちゃうんだよね~」

 

 笑顔で礼を言い、受け取る茶髪。

 わたしも笑顔で「いーよいーよ」と言い、三人とは別方向へ歩く。

 進行方向は一緒だったのだが、なんかこうしてやり取りしたあと並んで歩くわけでもなくぼんやりと後ろをついて行くあの距離感がよそよそしくて気まずいのだ。

 

 わたしは久しぶりの善行にドキドキした。

 いままでのわたしなら落し物を無視するか、よしんば拾ったとて声をかけようにも相手が気づいてくれず途中で諦めるというのが関の山だろう。

 

 だが、ちゃんと声をかけられたしちゃんと話すことができた。

 

 そのことがわたしにはとても嬉しい。

 

 こんな調子で夏休みを消化する。

 もちろん、陽キャになるための訓練は続けているし、凛との連絡は頻繁にとっている。

 

 

 

 編入試験の日。

 わたしは前の高校の制服を身にまとい、新たに転入する高校へ足を運んだ。

 事務室の受付窓口へ行くと教師が迎えてくれて、教室へ案内してくれる。。

 授業にはまじめに取り組んでいたほうだし、前の高校と同じくらいの学力の学校を選んだということで、試験の感触は悪くない。

 

 面接の反応も凛が特訓してくれた成果を活かすことができ、上々だった。

 自分でも驚くくらいスムーズに言葉が出てきた。

 

 たとえば、

 

「あなたをなにかに例えるとしたら?」

 

 という抽象的で難しい質問にも、

 

「空ぁ……ですかね……。鳥たちが自由に羽ばたくため……どこまでも広く大きく……そして青く続く、空……」

 

「…………」

 

 このとおりバッチリ答えられた。

 

 後日、合格通知が届いた。

 両親が合格祝いをしてくれた翌日、わたしは美容院にカラーリングの予約を入れた。

 そして一週間後、人生二度目の美容院を訪れる。

 

「色はどのようにいたしますか?」

 

 と問われたわたしは、凛と撮ったツーショット写真をスマホに表示し、美容師に見せる。

 

「こんなふうにお願いします!」

 

 新居に帰ると、わたしの髪色を見た母がいつぞやのように泡を吹いた。

 

「あんたその髪! よりにもよってピンクって! せっかくの合格が取り消されたらどうすんの!」

 

「んなわけないじゃん。もう合格したんだからこっちのもんだよ」

 

 いまどきの学校は《生徒のアイデンティティ》に配慮してくれるのだ。

 

 

 

 夏休み明けの前日。

 風呂上がりにわたしは最後の仕上げを行う。

 

 凛からもらったピアッサーを取り出して、ピアスを耳に穿つ。

 と行きたいのだが、どうしても耳に穴を空けるのが恐ろしくて、構えはしたものの発射をためらってしまう。

 

 そうこうしているうちに三十分が経過。

 やばい。明日は新学期なのに、いつまでもこうしていたら寝不足になってしまう。

 

 よし!

 三、二、一で行こう。数え終わったらなにがあっても針を発射するぞ!

 

 三……。

 

「飛鳥、あんた明日の準備は……」

 

「うわっ」

 

 間の悪いことに部屋の外から母が声をかけてきて、心臓がはねた。

 全身の筋肉が緊張し、誤って針を発射してしまう。

 不意打ちに近いタイミングで耳たぶに鋭い痛みが。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」

 

「飛鳥っ!?」

 

 母が部屋に入ってきて、床に激しく身もだえるわたしを青い顔で介抱しようとした。

 

 ともあれ、こうして準備は整った。

 あとは新しい学校に登校するだけ。

 

 

 

 そして夏休みが明け、登校初日。

 

 わたしは校門前に立ち尽くして、感慨深い気持ちで新校舎を眺める。

 校門を通過してゆく生徒たちは、わたしの顔が見慣れぬからか、あるいは派手な髪色をしているからか、みな一瞥をくれた。

 

「今日からここで学校生活が始まるのかあ……」

 

 緊張はある。

 だがそれ以上に高揚感で心が躍る。

 ここから新しい生活が始まるのだという期待で胸がいっぱいになる。

 

 そのとき、一陣の風が吹いてわたしの長い髪を揺らした。

 その風に背中を押されるように、わたしは一歩踏み出し、学校の敷地と歩道を隔てる校門の線をまたいだ。

 

「よし!」

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