「…なあ八兄、なんか後ろの人睨んできてない?」
予鈴ギリギリに帰ってきた一夏は、顔を引き攣らせながら後方を見る。そこには先ほど哀れにも俺に喧嘩を売ってきたメシマズ大国の代表候補制が怒気を通り越した、殺気をヒシヒシとぶつけてきている。
それは俺に対する物なのだろうが、俺の前の席という事で一夏にも向けられてるような状況だ。元からそういう直感が優れている一夏は知らずに殺気という物を感じられるので、少し教室を離れた間に自分らに殺気をぶつける女に恐々としている。
「自意識過剰だぞ一夏。ここは教壇の目の前なんだから織斑先生でも見てるんだろ?」
わざわざ自意識過剰という部分だけ、周りに聞こえるように声を張りそれ以降は小声で話す。別にオルコットの事を言ってるわけではないが、先ほどの今なのであっちからしたら俺がまた何らかの侮辱をしているように聞こえてる事だろう
現に先ほどまでの殺気がより鋭利になっている。
「ッヒ、は八兄なんかさっきよりも睨んできてるんだけど!?」
「気のせいだろ、大方HRの時みたいに千冬様~とかいう感じの女子校特有のあれだろ?別に俺らを見てるわけじゃないって」
「いやいやいや!そんな黄色い感じの視線じゃないって!あの人まるで仇を見るような目で見てきてるよ!俺がいない間に何やったんだよ八兄!」
「おいコラ、よしんばそいつが俺らを睨んでたとしてもなんで俺なんだよ、一夏を睨んでるかもしんねーだろ?いい加減にしろ」
「いやだって、俺さっきまでここ(教室)にいなかったし‥‥」
「それが、問題なんじゃね?ここって女子高で先生も皆、女なんだしそういうところを男が好き勝手動き回ってるのが気に食わないんだろ」
「え゛!?いや・・・でも、そんなんであんな般若みたいな顔にはならないでしょ・・・?」
朴念仁だが基本女に優しいこいつを持って般若と言わしめるとは、いったいどんな顔をしてるんだか?
え?後ろを見れば分かるって?・・・やだよめんどくさい、そこまであいつに興味ないし
「ばっかお前、見ず知らずの男が自分ちの中を好き勝手歩き回って気分がいい訳ないだろ?ここなんて全寮制なんだからなおさらだ。それにただでさえ良く思われてないのに、ふらふらしてるお前の事が目障りなんだろ」
「えーなんでさ?俺ら強制的に入れられただけだぜ?」
一夏は心底、理不尽だと言わんばかりの目で訴えてきている
まあ、俺らからしてみると政府が安全上の問題だとかデータ収集がどうだとかで本来受けるはずだった学校をキャンセルしてここに入れられたわけで、いわば被害者といっていい立場にあるわけだがそんな事を普通に入学してきた連中に分かるわけもないので
「要は裏口入学したってことだ。努力して入ってきた連中からすれば許せないんじゃね?」
就職率重視の私立高希望が世界一の超難関を誇る学園に通うだけの学力を持っているわけもなく、形だけの実戦試験のみで受かった俺らは、どこをどう見ても裏口だろう
実際、実技試験でそれなりにいい成績を収めても筆記で落ちる事がざらにあり
筆記内容も一般教養からISに関する専門知識まで広く深く試される。さらに日本中、世界中の女性が受ける事よりその倍率もすごい事になっているのだ
そんな受かるだけでも世間的にエリート連中が、裏口(強制入学)ではいった人間を快く思わないのは致し方ないともいえる
もっとも今回に限り、後ろの金髪縦ロールが般若化したのは俺の性なのだがな
「そ、そういうものなのか‥‥おれ謝ったほうがいいのかな?」
「そうだな・・・下手に謝ると火に油だしここは、話しかけられたらすいませんチョロコットさんて言うべきだな」
「チョロコット・・・?かわった名前なんだな」
「外人の名前なんてそんなもんさ」
さて、これで遠くない未来にあっちとこっちで問題を起こしてくれるだろう
一夏に飛び火するが・・・イケメンだし問題ない。イケメンはこの世の不条理を一身に受けても顔がいいからと優遇される。そんな存在が犠牲になろうと何も問題はないだろ?
何心配するな、流石に死にそうになったら助けてやるよ、気が向いたらな
「おしゃべりは終わったか?」
スコーンと、言う音が鳴り響くと同時に俺から見て前方から声がかけられる。
言わずもながら声の主は千冬だ、若干声が低いが間違いなく千冬の声である。そしてこれも言わずもながらだが、今は授業が開始されている授業中だ
そんな時に教壇の目の前で声を落とさず話していたら注意もされるというものだろう。
だが、さっきも思ったが注意で出席簿を使うのはいいのかよ?これって明らかに体罰でしょ、この世界の倫理感とか知らんが、常識的に考えて駄目だろ
ちなみに出席簿は俺と俺の目の前の一夏に向けて一直線に放ったが、俺は難なくよけて一夏は絶賛頭部をさすりながら身悶えてる。うんいい気味だ
恨みはないがイケメンなので実にいい気味だ
千冬は案の定俺には当たらなかったのが気に入らないらしく、悔しそうな顔をしている。例えるならアニメとかでムムムムみたいな効果音がついてる感じだ。
そして、そんな姉を本気のドヤ顔で見返す俺
端から見ると何やってんだこの兄弟達は・・・と、呆れらる事は間違いない
そんな若干カオスな空間を初めに壊したのは千冬だった
はあ・・・とため息一つつき、俺と一夏に静かにするよう注意をした後教壇まで戻る
「これより再来週に行われる対抗戦のクラス代表者を決める。代表者は対抗戦以外にも生徒会の会議や委員会に出席など・・・まあ、委員長と考えてくれてかまわない。自他立候補、推薦でも構わない誰かいないか?」
ふむ…これはまためんどくさい事この上ない話だ。委員長とはクラスの長として先生などからやたらつかいっパシリにされるは、クラス中のやっかみを受けるは、その癖みんなからの認識もクラスの長ではなく体のいい雑用で、碌な事がない
その上、対抗戦などという名の殴り合いに教じらされるとは、一種の嫌がらせかなんかだろうか?
それであれだろ、もし対抗戦で初戦敗退なんてしたらお前のせいでクラスのイメージが悪くなったとか言うやっかみを受ける
これを自らやる奴なんて、よほどのマゾかリスクとリターンの計算もできないバカ位な物だろう
「はい、織斑君を推薦します」
「私もそれがいいと思います」
女生徒が何とも忌々しい提案をするとそれに同調する者が数人出てきた。
これは、間違なく特に深い意味なしで珍しいから推薦したという流れだ。女子とはどこの世界でも自分の所有物を見せびらかして自慢したいという性態を持っているらしい
この場合、クラスの所有物=男性操縦者という意味だ。
「だそうだぞ一夏、頑張れよ」
何食わぬ顔で一夏の肩をポンと叩き、激励をする。これからめんどくさい事この上ない仕事を押し付けられる弟にせめてもの応援をおくろう
「なんで俺!?八兄だって織斑だろ!」
「ばっかお前、この場合どう考えてもお前の事だろ?」
「だからなんでだよ!誰も名ざししてないじゃん」
まったく聞き分けのない奴だ。ここはボッチの兄を思い率先して厄介事を引き受けるくらいの度量を持てよなまったく
「いいか?このクラスじゃお前は織斑君で俺は織斑君のお兄さんなんだよ。つまり今呼ばれたのはお前であって俺ではない」
「何初日におかしな取り決め決めてるんだよ!誰もそんなの知らないよ!」
というより普通に考えて、イケメンのこいつと目が濁ってる俺とでは絶対にこいつの事を指名したはずだ。だって、高校生女子が好きな物ベスト3って甘いものとオシャレとイケメンだろ?
「静かに!織斑は両方とも推薦とする。他にいないか?いないならこの2人の内どちらかに決めるぞ」
千冬は教室を見わたし他に候補者がいないか確認をする。
つーか、何俺を巻き込んでんだよ。喧嘩両成敗とでも言いたげな視線を向ける千冬に顔を顰めながら講義をしようとすると、よく聞き覚えのある声がそれを遮る
「お待ちになってください!」