『コハルちゃん』
『前の告白のお返事、させてもらっても良いですか?』
たったこれだけの文章を打つのに、随分と時間をかけてしまいました。
コハルちゃんもあの一文を打つのに、どれだけ覚悟を決めたのでしょうか。
送信ボタンを押してしまえば、もう後戻りはできない。…先延ばしにも、していられない。
……送信。
スマホを置いて、深呼吸をする。胸の鼓動が速く波打つ。落ち着かない。スマホを手に取る。
既読は付かない。
誤字はしていないだろうか、変な言葉遣いじゃないだろうか。送る相手は間違っていないだろうか。
文面を確認して、送り先を確認して。
既読が、付いた。
息が詰まる。もっと鼓動が速くなって。
『うん』
返事はそれだけでした。たった二文字のお返事。
少しだけほっとして、改めて文章を入力して。
『ありがとうございます。では、あの教室で。』
私は、あの日の答えを伝えにいきました。
教室に着いた時には、もう既にコハルちゃんが待っていてくれていました。
「……。」
あの時と同じですが、立場は逆。西日でコハルちゃんの表情は分かりにくいですが、前のように顔を赤らめているのでしょう。
「…こんにちは、コハルちゃん。」
「……うん。」
いつものように恥ずかしげに手を前で組んで。私のことをじっと見つめています。
…本当なら、すぐにでも告白のお返事をしようと思っていたのですが。
「…少し座って、お話しませんか?」
「…わかった。」
今の関係が壊れてしまうのが怖くて、少しだけ後回しにすることにしました。
補習授業部での出来事を少しふりかえって。その度に私とコハルちゃんで盛り上がって。
コハルちゃんとお話をする度に些細な出来事ひとつひとつがかけがえのない思い出になっているのを実感して。
この時間がずっと続けば良いのに。
そう思ってしまいました。
「…ねぇコハルちゃん。」
「私は、醜い人間なんです。」
「傷ついたことを隠して、取り繕って。」
「嫌っているはずのトリニティらしさを活用して、人を傷つけて。」
「……人に失望される為に水着徘徊をしていた。」
「退学処分になろうとするためにわざと落第点を取り続けて、皆さんを巻き込みかけてしまった。」
「自分だけが良ければそれでいい。そんな自分勝手な人間です。」
「それに、私は素直じゃないですよ?面倒くさい所がいっぱいありますよ?」
「そんな私でも、良いんですか……?」
「うん。それもハナコだから。」
そう、優しい声色でコハルちゃんは言いました。
皮肉は感じられない、心からの言葉でした。
…本当に?
「…っ。」
結局私はもう、褒め言葉を素直に受け取れないのでしょうか。
こんな私が、コハルちゃんと居ていいのでしょうか。
……人を簡単に疑ってしまうような私が。
そう思ってしまった途端、堪えきれなくて。
私は教室から逃げ出そうとしました。
「…ごめんなさい、コハルちゃん。手を離してくれませんか。」
「…ダメ。」
コハルちゃんの顔を見ることはできませんが、きっと怒っているでしょうか。…当然だと思います。
…それでも、私は。コハルちゃんから距離をとりたかった。
「…お願いします。」
「ダメ。…だって私が手を離したら、もう会えなくなる気がしたから。…せめて答えだけでも聞かせて。……お願い、ハナコ。」
────そうしたら、手を離すから。
コハルちゃんが泣くのを必死でこらえているのがわかりました。震えた声で平然を装うことができていませんでした。
…たった数秒、沈黙の時間が流れました。体感では途方もない時間を過ごしたような感覚で。
だんだんと握られている手の力が緩くなっていき、するりと手を抜き出すことができてしまいました。
その代わりに、すすり泣く声がして。耐えきれずに決壊してしまったのでしょう。
ズキリと胸が痛みました。
「……コハルちゃんのこと、疑ってしまったんです。…本当に私のことを思ってくれているのはわかっているはずなのに。」
…ゆっくりとコハルちゃんの方に向き直る。
その顔は、涙でぐちゃぐちゃで。服の袖で、必死に涙を拭っていて。
…自分勝手な行動で、自分勝手な思い込みで。大切なお友達を傷つけてしまっていて。
「…結局、私もトリニティの人間なんですね……」
…ただ、これ以上は傷つけたくない。悲しませたくないから。
「分かりますかコハルちゃん。大切なコハルちゃんをこんなにも簡単に傷つけてしまうんですよ?……だから。」
「…私はコハルちゃんの隣に居ることはできません。ごめんなさい。」
コハルちゃんの告白を、断ることにしました。
コハルちゃんの返答は。
「…ちがう。」
強い口調ではっきりとしていました。
「ハナコの気持ちを聞いてない。それは、私のことを思ってくれてるだけ。」
嗚咽混じりにそう言いました。
「…っ、それは……」
「ハナコは、私の事どう思っているの…?」
……自分の気持ち。今まで、ずっと覆いかぶせていたもの。上っ面じゃない、正直な気持ち。
これを伝えたら、失望されるのではないか。気持ち悪がられてしまうのではないか。軽蔑されてしまうのではないか。
……今の関係が、本当に終わってしまうのではないか。
そんな恐怖が私を襲いました。
でも。
「……好きです。私も。」
「コハルちゃんのことが大好きです。」
私の全てを、ここで伝えることにしました。
「補習授業部で会った時に、なんて素敵な子なんでしょう。と思いました。一生懸命で、憧れに向かって全力で。」
「同時に、酷く羨ましく思いました。…私が欲しいものを全部、持っていて。」
「…私にも才能がなければ、目の前のことだけに集中できて。」
「人間関係や政治のしがらみなんて気にせずに。」
「私が憧れた、『普通の学園生活』を。……なんて、嫌味。ふふ、自分のことが嫌いになりそうです。」
あるものを要らないなんて、優れた人間にしか存在しない歪んだ感情なのですから。
「……ねぇ、コハルちゃん。私って、醜い人間でしょう?」
ここで嫌ってくれたら、これ以上コハルちゃんに傷つけなくて済む。そう思って、突き放すような言動をして。
……酷く後悔しました。
込み上げる涙を我慢して、私はコハルちゃんの返答を待ちました。
…今までで、1番長い待ち時間だったと思います。
そして。
「…ハナコもいっぱい悩んでたのは知ってた。…きっと、バカな私じゃ予想もつかないことで悩んでるって。私じゃ多分、力になれない。」
「でも。」
「ハナコの気持ちが聞けて嬉しい。やっとハナコの弱みを、私にぶつけてくれるぐらいに信頼されてるってわかったから。」
「それに私、ハナコと両思い、だったなんて。…えへへ。」
…その言葉を聞いた時、私は。
「…わたし、お誘いとかできないかもしれませんよ…?」
誰が聞いても泣いているとわかる震えたひどい声で。
「その分、私がハナコを誘えばいいでしょ。」
「……きっと、めんどくさい言い回しをしてしまうかもしれませんよ?」
顔をくしゃくしゃにして涙を零しながら。
「私は、そんなハナコの気持ちを見抜けるぐらいには、ハナコの事知ってるつもりよ。」
「…普通の学園生活も満足に送れない私と居てしまったら、コハルちゃんも同じ目に遭ってしまうかもしれないんですよ?」
抑えきれない不安をぶつけながら。
「1人で抱え込むのは、ダメ。だから、一緒に分け合うの。楽しいことも、辛いことも。なんでも全部一緒に。」
「……それに。」
「…ハナコと一緒になれたら、特別な学園生活をおくれると思ったから。」
「ね、ハナコ。私やっぱり、ハナコのこと大好き。私をからかう時のハナコも、真剣な時のハナコも、めんどくさい時のハナコも。全部ひっくるめて!!」
その言葉を聞いた時私はもう、みっともなく泣きじゃくっていました。迷子になった子供が、やっとの思いで親を見つけて安心した時のように。
ずっと。
ずっと。
不安でした。
本当は全部夢だったんじゃないかって。
先生との交流も。
補習授業部での出来事も。
目が覚めてしまったら、私は私としての生活をおくれない。政治のしがらみに付きまとわれているんじゃないかって。
そんな悪夢を、晴らしてくれて。
…私はようやく、信じることができそうです。
「…こ、はる…ちゃん……!!わたしも、だいすき、ですっ!!」
「わたしもよ、ハナコ…!!…だいすき。」
「…えへへ、やっぱり嬉しい。」
この日、私とコハルちゃんは結ばれました。
学園生活がより鮮やかになりました。
何をするにも楽しくて。
その時間を共有することが幸せで。
私にとっての、この青春の記憶が。
忘れることのできない大切な時間になって。
そして────
「う゛う゛ぅ……ゴハルぢゃん…!!卒業おめでどうございまず……」
「なに泣いてんのよハナコ!!私が泣くならまだしも、アンタが泣いてどうするのよ!?」
「あはは…去年もこんな感じでしたね……一足先に私たち皆が卒業でしたから…」
「…前までのハナコだったら、悲しみを隠していた。…この後は卒業パーティー。なぁハナコ、そんな状態で行けるのか…?女性として外に出ちゃダメな顔になっているぞ?」
「でも、行かない理由にはなりません〜!!う゛う゛〜!!」
「もー!!ほら、ハンカチ!!これ渡しておくから綺麗に拭いて、せめてお化粧は治しなさい!!…ヒフミ、アズサ、ハナコのこと頼むわよ!!後輩たちに挨拶してこなきゃいけないから!!」
「任せて。」
「わかりました!!コハルちゃんまた後で!!」
「いがないでぐだざい…ゴハルぢゃん……」
「…これからもずっと一緒だから、もう泣かないの。…わかった?」
「…ひゃ、ひゃい。」
「…落ち着いた。」
「落ち着きましたね。…本当にコハルちゃんに弱いんですから。」
「…ふふ♡」
「だって私、コハルちゃんのこと、大好きですから!!」
短いですがこれでおしまいです。
結ばれてからの2人の物語は君自身の目で確かめてくれ!!