PHANTOM LORD 作:あんくせらむ
幽鬼と妖精
薄暗い一室。
部屋は掃除が行き届いており清潔感がありながら、本棚には怪しげな魔本が。
作業台には毒々しい色の薬品が。ガラス棚には黒魔術の素材が所狭しと、しかし綺麗に整頓されている。
黒いカーテンはかっちりと閉ざされ、一条の光も差してはこない。
ただ燭台に灯された数本のロウソクがぼんやりと室内を照らしていた。
そんな部屋の中で露出の多い金髪の少女が一人、ベッドに横たわって気を失っている。
そしてその傍らで、ゴシックロリータに身を包んだ闇のように黒い長髪の超絶美少女——つまるところ、部屋の主人である私はロッキングチェアを揺らし、先日購入した小説を読み耽っていた。
「う、うーん……あれ? ここは……」
しばらくして、寝台に伏していた少女が気怠げに目を覚ます。
彼女の名はルーシィ・ハートフィリア。
魔導士ギルド『
そして、今回の仕事の
「や、おはよー。元気してるかい?」
「うわっ!? えっ!? アンタだれ!? てかここどこなのよー!!?」
「私は『
んで、ここは『
「それはどうもご丁寧にありがとう!?」
「ははは! うん、元気そうで何よりだね」
私は自分の長い黒髪の一房をいじりながら、若干やけっぱちに返事をするルーシィに思わず笑ってしまった。
『
新鮮なリアクションを返してくれるのはちょっと嬉しく感じるな。
「て、ていうかそうだ! あたし、確かファントムの『エレメント4』に攫われて……」
「あぁ、ジュビアとソルおじ様ね。アレでもうちじゃ穏健派だよ」
「私、水に閉じ込められて窒息させられた気がするんですケド!?」
「よかったじゃん。捕獲係がアリアさんだったら今頃干物になってるよ」
「ファントム修羅の国すぎない!?」
「わりと住めば都だよ」
ルーシィは一通りツッコミを終えると、ふーっと深呼吸をして気を取り直す。
そして今度は真面目な顔をして私に問いかける。
「『
でも……なんであたしたちを襲うのよ。ギルドを壊して、レヴィちゃんたちを傷つけて!
そうまでして『
私たち『
それだけに及ばず、ギルドの魔導士3名に重傷を負わせて見せしめにしたと聞く。
いや……やりすぎだろガジルのやつ……。
何やってくれてんだあの単細胞は……。
これじゃ戦争勝っても負けてもギルドのお取り潰し確定だよ。
はぁ〜マジ萎えるわ……。
「あー、それねぇ……ぶっちゃけ私の方は
「な……」
私の言葉にルーシィは絶句し、次いで堪えきれぬといった風の怒りの表情を浮かべる。
「どうでもいいですって!? ギルドの仲間にあんなことをしておいて……!」
「おっと言い方が悪かったね。正確には私自身にキミたちと戦うモチベがあんまないってことなんだ。
むしろ悪いことしたと思ってるよ。正直なとこ、今すぐ手打ちにできるならそうしたいぐらい」
「じゃあなんで……!」
「
これ以上の理由って必要かな?」
「っ……!」
ルーシィは歯噛みして私を睨む。
……ちょっとバツが悪いなぁ。こっちの勝手で始めた戦争だし。
私が参加してるのもたまたま仕事の都合で
まぁそれ以外にも、
そこまで話してあげる義理もない。
「あぁそれと一応教えておくけど、キミを攫ったこととキミのギルドを襲ったことは別件だよ」
「は!? それってどういう……」
「ハートフィリア財閥からの依頼でね。キミを連れ戻してほしいって、うちに頼み込んできたんだよ」
「そ、そんな……うそ。なんであの人が……」
「なんか婚約がどーとかの話だったよ? いやぁお金持ちはお金持ちでしがらみがあって大変だねぇ」
依頼人のジュード・ハートフィリアとは顔合わせをしている。
眉間にシワ寄ってて不器用そうな人だった。
安定重視ってかんじ。
ルーシィはこうして会話した限りそれとは正反対に位置してそうな、どちらかと言うと破天荒な人間という印象を受けた。
そりゃソリが合わないのも仕方ないね。
「あたし、あたし絶対帰らないから!」
「うん。いーんじゃない?」
「あんな家には帰らな……へ?」
「いや、帰りたくないなら別に帰らなくてもよくない?
あ、でも依頼達成できないのは困るな……そうだ! 一旦帰って絶縁状叩きつけてまた出てくればいーんだよ! うん、我ながら冴えてるわぁ〜」
「お、おお〜確かに……ってそれでいいの!?」
「自分の道は自分で決めていいだろ? 上から覗く目ン玉気にしてちゃあ魔道は進めないぜ?
自分の帰る場所ぐらい、自由にしたっていいと思うけどね」
「あんた……」
誰を親と思うか。誰を家族と思うか。
血の繋がった人間が、必ずしも自分にとって家族と言えるものかなんてわからない。
だから、自分で決めていいのだと私は思う。
「私の親はマスター・ジョゼだし、私の家族は『
私は私でそう決めた。だから家族のためならどれ程の悪事にも加担するし、不義理だって働く。
それがマスターとギルドのためなら、なんだってね」
「……じゃああんたは『
「ふふ、どうだと思う?」
「ちょ、もったいぶらないでよ!」
「そっかー、知りたいか〜。仕方ない、特別に教えてあ〜……げない!」
「コイツ……!」
「あっははは!」
わなわなと震えるルーシィに腹を抱えて笑ってしまう。
本当にいじり甲斐のある女の子だ。
彼女がうちのギルドに入ってくれたら楽しくなるんだけど、まぁ流石に望み薄かな〜……。
「てゆーか、なんか普通に会話してたケド……!
さっさとあたしを解放しなさいよ! 自分の道は勝手に決めていいんでしょ! だったらこんなとこ一刻も早く出て行かせてもらうから!」
「そりゃ困る。あとキミが勝手に出て行こうとするのは自由だけど、私がそれを阻むのも自由って意味だよ、さっきの理屈は」
「へぇ〜……それにしては手も足も拘束してないし、詰めが甘いんじゃないかし……ら!!」
ルーシィはそう言い放つと同時、座っている私の頭部めがけて飛びかかる。
「ルーシィキィーック!!!」
「うん、ネーミングセンスないねぇキミ……」
渾身のドロップキックを片手でキャッチ。
空中でバランスを崩したルーシィは顔面から床に弧を描いて落下した。
「ほげぶ!!」
「おおよそご令嬢が出しちゃいけない声出たな」
「悪かったわね!」
「まぁ大人しくしてなよ。キミを傷つける予定は私にはないんだからさ。
1日経つ頃には全てが終わっているからね」
私に足首を掴まれて水揚げされたマグロみたいになってるルーシィは、それでも瞳にこもる敵意に微塵の衰えも見せなかった。
「あたしは諦めない……! きっとみんなも必死に戦ってる!
仲間のために! ギルドのために!
だからたとえ勝ち目がなくたって、あたしもここであたしにできる戦いをする!」
なるほど。良い眼をしている。
仲間への厚い信頼。『
……良いギルドだな。羨ましいぐらいに。
「はぁ、仕方ない。手荒な真似はしたくないんだけど、そこまでの覚悟を示されてはね。
一昼夜ほど、眠ってもらうよ」
「っ……! ナツ——!!」
瞬間、閉めきった黒いカーテンの向こう側から巨大な魔力が膨れ上がるのが感じ取れた。
「『火竜の……」
そしてその魔力が猛スピードでこの部屋に向かって突っ込んでくる——!
「
窓を破り、壁面を砕き、暗幕を引き裂き、炎を纏った竜の突撃が私の胴を貫き、その奥の壁にまで勢い衰えることなく突き刺さった。
衝撃と爆風で私の手から逃れたルーシィが希望に満ちた声を上げる。
「ナツ——!!!」
「よう、助けに来たぜ。ルーシィ!!」
「あいさー! オイラもいるよ!」
「ハッピーも!」
うちの外壁を破壊してダイナミックエントリーをかましたのは、逆立つ桜色の髪に鱗のような模様の白いマフラーを巻いた少年。
そしてその
……いや、ネコの方の情報量多すぎでしょ。
「あーあ、昨日大掃除したばっかりだってのに派手にぶっ壊してくれちゃってまぁ」
「ヘッ、そりゃお互いさまってヤツじゃねーのか? ファントム!」
「はは、違いない」
もうもうと舞う砂埃を振り払い、私は侵入者の少年と向かい合う。
「ナツ! あいつナツの攻撃が効いてないよ!」
「っかしーな……土手っ腹ブチ抜いたと思ったんだけどなァ」
「いやぁしっかりブチ抜かれたさ。
私が身体に風穴空いても大丈夫な魔法使ってるだけだよ」
「そーかよ。んじゃ次は全身チリひとつ残さず焼き尽くしてやんよ!!」
少年はその身から爆炎を噴き出して身に纏う。
ただの炎ではない。
全てを破壊し、燼滅させる
「察しはつくけど一応聞いとくよ。
キミのお名前と、ご住所と、本日のご用向きは?」
「オレはナツ! 『
てめーらを一人残らずぶっ飛ばしに来た!!」
「ナツ……『
敵地に単身突撃とは、いい度胸してるね。そういう身の程知らずの
では、その勇気に応じて私もここで名乗っておこうか。
私の名前はジョゼフィーヌ。
『
マスター・ジョゼの娘だよ」
魔法でクローゼットから引き出した紫紺の三角帽とローブを纏う。
戦闘時に格好つけるのは淑女の嗜みだ。
たとえそれが始まる前から終わっている戦いでも、ね。
「うっ!? な、なんだ……急に、力が……抜けて……」
「ナツ!?」
「お、オイラも力入んないよ……」
「ハッピーまで!? それらしい攻撃は何も喰らってないのに……!」
「喰らってるよ。ついさっきね」
ようやく効いてきたか。流石は『
言わずと知れた炎の
タフさに関しては目を見張るものがある。
「私が使ったのは『
触れればたちまち生命力を奪う
それは〝私自身を『
「な、に……」
「キミさっき私の身体に頭から突っ込んだろ?
掠りさえすれば大抵の魔導士を昏倒させる私の『
「ぐ……」
うちの
生かさず殺さず傷も付けず無力化できるので重宝している。
障害物をすり抜けられるから普段使いにも結構便利だ。
まぁ壁を通り抜けて移動してるとたまに鉢合わせたギルメンにくっそビビられるけど。
「倒れる前に……テメーだけでも倒す! 『火竜の咆哮』!!!」
道連れだ、と言わんばかりにナツは最後の力を振り絞って魔法を放つ。
口腔から吐き出されるは螺旋を描く極熱の火炎放射。
まともに喰らえばひとたまりもないのだろう。
「ただまぁ、私はまともじゃないんでね」
「ナツの魔法が
「ウソだろ……!?」
「言ったっしょ? 今の私は全身が霊体で構築されている。
聖属性の魔法以外では何時間かけようが傷ひとつ付けられないよ」
手をかざしてナツたちに向けて『
「う……ぐ、ちくしょー……!」
「ナ、つ……」
「安心して。痛みはないから。
そこでゆるりと沈むといいよ。
数秒と保たず2人の魔導士はあっけなく意識を手放した。
しかし将来有望だな。今回はあっさり仕留められたけど、まだまだ伸びそうな子たちだ。
魔法は使い手の気と外界の気の共鳴によってその力を増大させる。
強い意志を持つこの子たちはきっと良い魔導士になるだろう。
若い魔道の芽を摘むのは忍びない。
彼らには悪いが、全てが終わるまで本部の隅で寝ていてもらおう。
「ンフフフ……お見事ですよフィーネさん。流石は私の自慢の娘だ」
ナツの侵入により風穴が空いた廊下側の壁から、賞賛の声が響く。
振り返ると紫のローブを羽織り、濃い茶髪を後ろで纏めた紳士然とした壮年の男性が壁に寄りかかっている。
誰あろう、この『
イシュガル大陸の中で最も優れた10人の魔導士『
名をジョゼ・ポーラ。私の父親である。
「あ、お父様! もう用事は終わったの?」
「ええ、
クク、あのマカロフが全身の魔力を抜かれて干からびている様は実に滑稽だった!
文字通り尻尾を巻いて逃げる妖精たちの姿も爽快でしたねぇ……あなたにも見せてやりたかったですよ」
「はは、相変わらずだね……お父様の妖精嫌いも」
もとはと言えば今回の戦争もお父様の差し金だ。
昔からこの人は『
だからジュード・ハートフィリアの依頼は渡りに船だったのだろう。
お父様はこれを機に決着をつけるつもりだ。
永きに渡る妖精と幽鬼の因縁に。
「では、これより侵攻を開始しますよ。フィーネさん。
憎き『
王国最強がどちらのギルドであるのか……今こそ世に知らしめる時なのです!!」
であれば私も、覚悟を決めなければ。
私の目的は『
勝敗に関わらず、この戦争が私の『
気合を入れて臨まないと。
気合を入れなきゃいけないのは分かってるんだけど——
「はぁ〜〜……戦いたくねぇ〜〜〜……」
私はお父様に聞こえないよう、こっそりと溜め息を吐いて自分の持ち場へと赴くのであった。