PHANTOM LORD   作:あんくせらむ

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【前回のあらすじ】たぶん殴った方が早い



幽鬼と三傑

 

 拳を握る。

 手の平に指の感触が返ってくるのは実に半年ぶりだ。

 矢を引き分けた弓のように右腕を引き絞る。

 脚をレの字に開き、発勁の要領で地面に衝撃を伝達する。

 

 息を吸い、気勢を放つ。

 

「シッ!」

 

 瞬間、大きく距離を取っていたはずのウルフヘイムさんの鼻先に私の拳骨がめり込んだ。

 鼻骨がメキメキと音を立てて割れる感触が握り締めた指の第一関節に伝わってくる。

 うん、手応えは上々だ。

 

「ごっ……!?」

 

 叩きつけた右腕を振り抜くと、風に巻かれた木の葉のようにウルフヘイムさんが吹き飛んでいく。

 彼の魔獣の毛皮や装甲も問題なく貫通できているようだ。

 これなら再度、魔樹の鎧を展開されても突破可能だろう。

 

「何故じゃ!? このワシを容易く殴り飛ばすなど、尋常な膂力ではない……! おい、霊王! 貴様、何をしたァ!!」

「単純に身体強化(バフ)しただけ。こういうのはやっぱり生身の特権だよね」

 

 しかしさすがの運動性能か、ウルフヘイムさんは吹き飛ばされながらも腰を捻って体勢を整えつつ、肉薄する私を迎撃。

 自身に加わった衝撃さえも推力に返還して横薙ぎに巨腕を振るう。

 

 追いついた私は裏拳で迎撃。

 側から見れば軽く接触したようなその一撃で、ウルフヘイムさんの右拳が粉微塵に弾け飛んだ。

 

「おいおいおいッ……! いくら何でも有り得んじゃろう!?」

「いや、むしろ当たり前だよ。なんせこっちの方が数が多いんだから」

「数、じゃと……!?」

 

 私が今使用している身体強化魔法は、半月前にエルザとの戦いで使用したものとは根本的に理論が異なる。

 

 エルザ戦では魂を燃料として消費することで魔力を得て肉体を強化していた。

 しかし今回は魂を自身の細胞一つ一つに憑依させることで多重に魔力を増幅させている。

 

 魂を消費して魔力を得るやり方は他にも使い道があるけど、コレは完全に身体強化専用の魔法だ。

 それゆえに強化効率はこっちの方が桁違いに高い。

 デメリットは過剰火力すぎて使う場面がほぼないこと。

 

 まぁつまり、やっていることは魔獣を同時に『接収(テイクオーバー)』して強化するウルフヘイムさんと大差ないという話だ。

 彼と違う点は、さっきも言った通り強化に使用している(にえ)の量。

 まぁ単純な話だよね。

 人体の細胞がどれだけあると思ってる?

 

1()0()0()()3()7()()。これなら流石に負ける方が難しい」

 

 さすがに全部が人魂ってわけじゃないけどね!

 

「化け物めェ!!」

「その(なり)でそれ言っちゃう!?」

 

 ともかく片手は潰した。

 これで超近距離戦(インファイト)では圧倒的に優位——とはならないのが聖十の凄みというもの。

 

 ウルフヘイムさんの背中がミシミシと軋みを上げる。

 彼は膨れ上がるように巨大化し、あっと言う間に身の丈30メートルを超える威容となった。

 

 すると彼の背甲が内側から砕け、そこから獣のものと思しき腕がざわざわと這い出してきた。

 マジでよっぽどこっちの方が化け物染みてるよ!

 

「『獣王千手観音掌』!!」

 

 『接収(テイクオーバー)』は肉体を変質させる魔法。

 変質の際にわざとブレを作ることで肉体を根本的に変異させたのだろう。

 本来の用途からは外れた挙動だ。使いこなしている彼の器用さが窺える。

 一撃の威力で勝てないのであれば、腕の本数を増やして物量で押し勝つ戦法か。

 

「砕け散れェ!!」

 

 頭上から流星群のように降り注ぐ掌打の嵐。

 一撃一撃が音速の壁を超えた衝撃を伴い、荒れ果てた大地を蹂躙せんと殺到した。

 

 その魔法が名前通りに千の掌底を放つ技なら、確かに魔獣100体分の魔力が1000倍になる。

 この状態で同時に連撃を行えば数の差は気休め程度に縮まるだろう。

 

 だが威圧感があるのは見た目だけ。

 対処は容易だ。

 

「腕が千本あったところで、同時に敵を攻撃できる数は決まってるでしょう?」

 

 腕を多く生やすために巨大化した弊害が出ている。

 あくまで私の肉体の表面積は平均的な人間と同じ。

 対してウルフヘイムさんの拳は巨大化の影響で私の顔ぐらいある。

 構造上、これでは同時に攻撃できる数は多くて十撃かそこら。

 

 落ち着いて迎撃すれば何の問題もない。

 

 まず一撃、アッパーで腕ごと粉砕する。

 二撃、腕を破壊してできた隙間にするりと身を投じ、回し蹴り。

 数十の腕が纏めてへし折られる。

 この繰り返しだけで十分だ。

 ウルフヘイムさんも負けじと腕を再生成するが、こちらが破壊速度で圧倒的に上回っている。

 

「はいこれで終わり」

「う、ぐ……!」

 

 あとはもう流れ作業。

 掌打の嵐が小雨になる頃には、周囲一帯がウルフヘイムさんの鮮血で真っ赤に染まっていた。

 

 彼の肉体は私が迎撃に繰り出した攻撃だけで蜂の巣のように穴が空いている。

 背中に生えた無数の腕は根こそぎ砕かれ跡形もない。

 いくら巨体とはいえ、これだけ血を流せばまともな戦闘継続は困難。

 勝負はあったと見ていいだろう。

 

「ウルフヘイムくん! いかん、その傷では……!」

 

 と、ここでウォーロッドさんとハイベリオンさんが追いついてきた。

 けど今は良いところなんだ。

 悪いが少し足を止めてもらう。

 

「ぐ、がはッ……!」

「ハイベリオン!? どうした!」

 

 追い縋ってきたハイベリオンさんが、突如として血反吐を吐いて膝を付く。

 彼は先ほど私の血を吸っていたからね。

 私みたいな死者の呪いで動いてるヤツの血なんか飲んだらお腹を下すに決まっている。

 

 そもそも普段から霊体化しているのは、肉体が呪いの塊すぎて生身で居るだけで環境を汚染しちゃうからなんだし。

 血を媒介にして遠隔で呪詛を起動するぐらい簡単だ。

 これでハイベリオンさんはほぼ無力化できたはず。

 

「さ、決着と行きましょうか」

「ふん。相変わらずクソ生意気なガキだなァ、おい。十年前から変わっとらん」

「あはは……まぁせめて最後は思いっきり、ぶん殴って決めた方がお互い後腐れないでしょ?」

「業腹じゃが、違いないわい」

 

 ウルフヘイムさんは全身の力を振り絞り、腰だめに拳を構えて魔力を開放する。

 これが彼の最期の一撃となるだろう。

 

「ワシも魔導士の端くれよ。せめて擦り傷一つ付けねば聖十の立つ瀬がないのでなァ!」

 

 秘められた魔力は無論、万全状態で放った初手の一撃の方が遥かに多い。

 しかし、そこに込められた覚悟が違う。

 

「いいよ、全部受け止めてあげるから」

 

 魔法とは魔導士の内にある〝気〟の流れと、自然界に流れる〝気〟の波長が合わさってはじめて具現化される。

 魔力の多寡など、ただの一要素に過ぎない。

 己が精神と魂全てを注ぎ込むことこそが魔法の真髄なのだから。

 

 

「受け取れ、霊王!! これがワシの……」

 

 

 ゆえに死地を背にした魔導士は強い。

 決死の覚悟を込めた聖十大魔道の魔法は、これまでのものとは一線を画すことになる。

 

 

「〝最後の魔法()〟じゃあ!!!」

 

 

 炸裂した拳撃は隕石に匹敵する威力を伴っていた。

 正真正銘、乾坤一擲を期した一撃だ。

 

 私もまた迎撃として全力のストレートを繰り出す。

 衝突する拳と拳。

 極限まで圧縮された力と力のぶつかり合いだ。

 無駄な破壊すら起きはしない。

 ただ一撃において勝敗が決するのみ。

 

 一瞬のせめぎ合いが起こった後、抉れるようにウルフヘイムさんの右腕が、半身に至るまで爆ぜ消えた。

 

 

 

 

「まだだァ!!!」

 

 

 

 

 しかし抉り取られた脇腹から血と臓物を撒き散らしてなお、彼の進撃は一寸たりとも(ゆる)まなかった。

 むしろ吹き上がる血煙を目隠しとして使い、尾骶骨から伸ばした魔獣の尻尾を(むち)のように振るって私の右脚に巻きつけた。

 

「な……」

「言ったろうが、一泡吹かせてやるとなァ! おい!!」

 

 そして巻きつけた尻尾で手繰り寄せながら、残った左腕を突き出して突進。

 左腕の『接収(テイクオーバー)』を異常変異させ、無数の魔獣の尻尾で再構成する。

 まるで頭足類の触手にも似た異様な腕を蠢かせ、私の身体を雁字搦めに拘束する。

 

「やれェ! ウォーロッドォォォ!!!」

「……任されよ!!!」

 

 この程度の拘束、振り解くのに一秒もかからない。

 だがその刹那の隙を虎視眈々と見計らっていた聖十(彼ら)にとって、その隙は充分だったのだろう。

 

 横目で伺ったウォーロッドさんは黙祷するように目を閉じ、両手を合掌させている。

 彼から立ち昇る魔力は、今まで感じたことのない種類の異質な魔力。

 

「あれは……!?」

「貴様を殺すことはできん。じゃが、封じることならば(かろ)うじてできよう」

 

 それは数年ぶりに抱いた緊張感だった。

 あの魔力が何かは知れないが、とにかくアレは私に通用し得るものだと本能が告げている。

 

 

「ウルフヘイムくん……君の犠牲、決して無駄にはするまい。

 眠るが良い——消失蓬莱扶桑樹(ロスト・ユグドラシェル)

 

 

 呪文が唱えられた後、ウルフヘイムさんの肉体を内側から突き破るように巨大な樹のツルが這い出してくる。

 それは虚を突かれた私をも巻き込むように、太く、そして天高く成長を始めた。

 

消失(ロスト)……!? 『消失(ロスト)属性』か!!」

 

 使用者の命と記憶と存在をこの世界から消すことを代償に、従来の数百倍の威力を引き出す禁術の類。

 それが『消失(ロスト)属性』。

 しかもそれをシェル系の封印魔法に付加(エンチャント)することで、私をこの樹木の魔法の中に閉じ込めるつもりか!

 

「こんなもの……!」

「無駄だ! この魔法は宿主であるワシの魔力と『接収(テイクオーバー)』した魔獣全ての魔力、そして貴様自身の魔力を全て吸い上げて完成する檻!

 貴様がどれだけ大量の魔力を抱えていようが、比例するように魔樹も強靭に成長する!」

 

 これはマジでやっばいわ!

 まさかここまで自爆前提の作戦で来るなんて!

 

「ちょっとわかってるんですか!? これ完成しちゃったらアナタが生まれてきたことすら、世界から忘れられて……!」

「最初から覚悟の上の作戦じゃ! さァ、共に永遠を眠るとしようか!? 幽鬼を統べる女主人よ!!」

 

 膂力に任せてツルを引き千切ろうにも、千切ったそばから再生されては手の施しようもなく。

 その上、魔力を封じられながら魔力を吸われるとくれば、もはや内部から止められる方法など有りはしない。

 

 

 数分にわたる樹木の急成長が落ち着いた頃、そこには神話に語られる世界樹と見紛うほどの天を衝く巨木が(そび)え立っていた。

 

 

「これで……終わったかのぅ……」

 

 後に立っているのは肩で息をするまでに疲れ切ったウォーロッドさんただ一人だけ。

 

 これが彼らの次善の策。

 もし霊体化を解除させてもウルフヘイムさんが私を殺しきれなかった場合は、彼が命懸けの特攻をかけて隙を作る。

 そしてその隙に(あらかじ)めウルフヘイムさんの身体に仕込んでおいた『消失蓬莱扶桑樹(ロスト・ユグドラシェル)』の種を発芽させて確実に封印する。

 

 それは本来、生贄となった人間の寿命、およそ100年に及ぶ封印を施す魔法だったのだろう。

 しかし100体の魔獣を取り込んだウルフヘイムさんを贄として使用することでその年月を100倍の1万年に。

 そして『消失(ロスト)属性』を付加(エンチャント)することでさらに最低でも数百万年という膨大な時間を封じられる。

 殺すことはできずとも、この星が終わるほどの永い刻の中に閉じ込めて私を無力化するという算段だ。

 

 その立役者のウォーロッドさんと言えば、奥歯を噛み締めて苦渋の表情を浮かべている。

 旧来の戦友を犠牲にすることでしか勝機を見出せなかった自身への不甲斐なさが、そこには滲んでいた。

 争いそのものを嫌う彼にとって、この結末は耐えがたい心痛であるだろう。

 

「じゃが作戦は成功じゃ。これでウルフヘイムくんも、浮かばれて……」

 

 そこまで言いかけて、彼は気付いた。

 存在そのものが、記憶に至るまで全て消え去るはずの『消失蓬莱扶桑樹(ロスト・ユグドラシェル)』。

 この魔法の宿主となったウルフヘイムさんのことが、まだ記憶にはっきりと残っていることに。

 

 

 そして、自分の心臓から私の腕が突き出していることに。

 

 

「な……に……?」

 

 ウォーロッドさんが疑問を呈するよりも先に、私は彼の腹からバリバリと引き裂くように這い出した。

 胴を真っ二つに引き裂かれたウォーロッドさんは、そのまま崩れ落ちるように息絶える。

 

「ふう、危なかった〜! やっぱし保険はかけとくべきだわ」

 

 うーん、と背伸びをしながら人心地つく。

 

 ウォーロッドさんが木属性の使い手だったのが功を奏した。

 木属性の魔法はその質量攻撃も優秀だが、本質的には生命力や魔力等のエネルギーに影響を与えられる点が真骨頂だ。

 彼はそのスペシャリストであり、だからこそ私の魔力を取り込むことで私に対抗しようとした。

 

 それが落とし穴である。

 

 私の魔力を相殺するという目的がある以上、自身の魔力に性質を変換することはできない。

 それゆえ、本当にか細くはあるのだが、私とウォーロッドさんに吸収された魔力にはまだ経路(パス)がつながっている。

 私は自分の魔力が彼に吸収された時点でその経路(パス)を辿り、(存在)を彼の体内にあらかじめ移動させておいたのだ。

 

 いわば、今までウルフヘイムさんと殴り合いをしていた肉体はラジコンのようなもの。

 

 『消失蓬莱扶桑樹(ロスト・ユグドラシェル)』は発動すれば内部に囚われた者の一切の魔力を封じ込める。

 だが、それは裏を返せば外部からの干渉は魔法が完成する前であれば受け付けているということだ。

 

 ウォーロッドさんの体内から肉体を通じて魔法を行使し、まずはウルフヘイムさんの魂を吸い出す。

 その後、経路(パス)を通じて肉体に宿った魂を外部へ流して回収。

 置き土産に残した魔力を起爆させ肉体をすべて消し飛ばす。

 あとは私の肉体だけ再構成すればエスケープ完了って寸法よ。

 

 これにより生贄を失った『消失蓬莱扶桑樹(ロスト・ユグドラシェル)』は失敗し、私とウルフヘイムさんは封印の(くびき)から逃れられ、彼の存在も消失しなかったというわけだ。

 さすがの私でも、最初からいなかったってことにされちゃったら元に戻すも何もないからね。

 ついでに気を緩めてしまったウォーロッドさんも処理できたし万々歳。

 

 まぁギリギリだったけど、結果的には完勝ってことで良いんじゃないかな。

 

「さて。残りは一人だけになっちゃったみたいだけど、まだ続けますか? ハイベリオンさん」

「くっ……!」

 

 後に残されたのは、私の血を吸った際の呪いで血を吐いて伏せるハイベリオンさんただ一人。

 彼の魔法では私の霊体化を突破する術はない。

 あらゆる生物に対して有利を取れる彼にとって、私という最初から生きていない存在は天敵にも程がある。

 

 満身創痍のハイベリオンさんには、もはや万が一の勝ち目もないのだ。

 

「……いいや、()()()

 

 しかし、それでも彼の目から闘志が消えることはなかった。

 地に這いつくばりながら私を睨み上げている。

 

「なぜそこまで? アナタは何の意味もない特攻をするほど愚かな戦士ではないでしょう」

「意味ならば、ある」

「ないですよ。アナタは一人だ」

 

 なにもウルフヘイムさんやウォーロッドさんが倒れたことだけを言ってるわけじゃない。

 ハイベリオンさんほどの魔導士なら少し探ればわかるはずだ。

 別れて戦っているはずの連合軍たちの魔力が、すでに弱々しいものばかりになっていることに。

 連合軍全体を見た上で、すでに生き残りは彼一人だけなのだと。

 

 それがわかっていて、なぜ(あきら)めない?

 なぜ、まだ魔力を練り続けている?

 

「決まっている。まだ誰も諦めていないからだ」

「……どういうことですか?」

「確かにお前の言う通り、我々は死に体だ。

 だがな。諦めない意思がある限り、我ら魔導士が屈することは決してない」

 

 不敵に微笑み、彼は言った。

 

 

遠見(とおみ)してみろ。(うずくま)っている戦士が一人でもそこに居るか?」

 

 

---

 

 

イケッ、メェェェーーーンッ!!!

 

 

 静まり返った樹海に男の雄叫びが木霊する。

 男はところどころ負傷しているものの、身の丈3メートルはあろうかという巨体には生命力が満ち溢れていた。

 誰あろう——青い天馬(ブルーペガサス)のS級魔導士、一夜である。

 

「ありがとな、オッサン! アンタが掘り出してくれなかったら全員死んでたぜ」

 

 ホットアイによって生き埋めにされた連合軍たち。

 死を待つのみだった彼らを救い出したのは、『力の香り(パルファム)』によって筋肉を増強した一夜の功績が大きい。

 彼の嗅覚、そしてパワーがなければ、ナツの言った通り全員仲良く窒息死していただろう。

 

礼など要らんよ、ナツくん。ジュラ殿の助力がなければ『力の香り(パルファム)』を使った私でも容易に救出できなかった。

 それにもとより私の失態が招いた事態だ。……むしろ腹を切って詫びたいほどだとも

 

 一夜は視線を倒れているギルドの仲間へと向け、爪が食い込むほど力強く拳を握った。

 

だがしかし! だからこそ誓おう! 私は決して諦めない! 傷つけられた仲間の仇を討つために、今度こそ全霊をかけて奴らの企みを打ち砕こう!!

 

 彼の宣誓には怒りに震える中でなお、恨みは抱かず自分にできる精一杯を務めようとする輝かしい闘志が漲っていた。

 

「エルザ……腕は大丈夫? ごめんね、私……全然助けられなくって……」

「何を言う、ルーシィ。お前のおかげでトドメを刺されず、片腕一本で済んだんだ。感謝している」

 

 一方、ルーシィとエルザは木陰で傷の治療を行なっている。

 中でもエルザの負傷は深刻だ。

 彼女はキュベリオスから受けた毒が全身にまわるのを防ぐべく、腕を切り落として対処した。

 止血用に巻きつけた布から滲み出る血が、ルーシィには痛々しくて見ていられなかった。

 

「よし、応急処置は終わりだ。これでまだ戦える」

「……やっぱり、行くつもりなんだ」

「ああ。大事な仲間を傷つけ、さらには世界を闇に沈めようとしている奴らをこれ以上、野放しにはできん。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名にかけて、敗北したままでは引き下がれん」

「まったく、しょうがないなぁ。どうせナツもグレイもエルザも、止めたって止まらないんだから。

 ……怖いけど私も戦うよ。隣に立っていられないのは、もっと情けなくなっちゃうし」

「すまないな、世話をかける」

「大丈夫。私だって妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士なんだから!」

 

 それゆえに彼女たちは再び立ち上がる。

 仲間を傷つけた者たちを打倒するためだけではない。

 これから死地へと向かう仲間を支えるべく、手を取り合って進むために。

 

「グレイ、お前に預ける。持って行け」

「コイツは……」

「作戦は聞いていた。お前はコブラと戦うんだろう。であれば、ソレが役に立つはずだ」

 

 連合軍は先の接敵の際、六魔の魔法をその身に嫌と言うほど味わった。

 その脅威を知った今、同じ(わだち)を踏むことはない。

 ヒビキの情報魔法『アーカイブ』の検索により、すでに六魔の使用する魔法は弱点も含めてあらかた炙り出せている。

 あとは相性のいい相手と戦うだけだ。

 

 しかしその作戦にリオンは参加できない。

 彼の腹には拳大の穴が空いており、その命は風前の灯だからだ。

 ゆえにリオンは残りのすべての魔力を造形魔法に込めて、弟弟子であるグレイに託した。

 たとえ同じ戦場には立てずとも、(くつわ)だけは並べるように。

 

「ああ、必ず倒す。だから死ぬなよ、リオン。オレが帰ってくるまではな。……家族が死ぬのは、もうウンザリだ」

「フン……相変わらず、余計なお世話だ」

 

 ジュラはそんな彼らをじっと見守っていた。

 表情には出さないが、彼にとってはリオンも家族同然の仲間だ。

 ジュラもまた、これ以上仲間を死なせないために戦いへと赴く覚悟をしている。

 この場において誰よりも熱く闘志を燃やしているのは間違いなく彼であった。

 

「皆の者、聞けッ! 作戦は頭に入っているな?

 我々はこれより再度、六魔将軍(オラシオンセイス)へ攻勢を仕掛ける!

 命惜しくばここに残れ! 命懸けるものは私に続け!

 しかし誰一人、死ぬことは許さん! 必ず生きてこの戦いを終わらせる!!

 仲間の無念を晴らし、囚われたウェンディを救い出し、必ずやニルヴァーナの起動を阻止するのだ!!」

 

 ジュラの檄が飛び、各々が魔力を激らせた。

 その中で一際、燃え上がる炎がある。

 

「よっしゃあああ!! 今度こそ全員まとめてぶっ潰してやる!!

 行くぞ、みんな!! 六魔狩りだァァァ!!!」

「「「「「「おう!!!」」」」」」」

 

 ハイベリオンの言う通り、そこに諦めた者は誰一人としていなかった。

 

---

 

「……呆れた」

 

 決起する連合軍の一部始終を見て、漏れ出した本音がそれだった。

 まったく、なぜそんなにも死に急ぐのか。

 死んだ後の魂がどっか飛んでく前に回収しなきゃいけない身にもなってほしいものだ。

 

「アナタも、彼らも……みんなみんな、大馬鹿者の集まりだね」

「違いない。だがその愚かさこそが人間の光だ。

 誇りと仲間のために命を懸けられることこそが人の所以だ。

 貴様には理解し難いことかもしれないが……」

「ううん、わかる。わかるよ。私も同じ大馬鹿者だからね。私が彼らでも、きっと同じことをしたと思うよ」

「そうか……その結論に至るのならば、やはり貴様は〝死神〟とは呼べぬのだろうな」

 

 次の瞬間、ハイベリオンさんから赤黒い魔力の波動が噴き上がった。

 今までとは違う、異質な魔力だ。

 まるで肉体そのものを作り替えているような。

 

「ゆえにここで斃れるべきだ。〝霊王(ファントム・ロード)〟のジョゼフィーヌよ」

 

 否、ようなではない。

 実際に作り変わっている。

 爪は鋭く伸び、肌は青白く、目は血走り、牙が滴る血を飲み干さんと剥き出しとなる。

 

「これより私は貴様と同じ領域に至る。

 人を凌駕する貴様には、人の領分を超えた魔法でのみ応えられよう。

 最後の策は一騎討ちだ。貴様の強さに敬意を表し……()()()()()()()()()()()()()

 

 その姿は、まさしく伝承にある〝吸血鬼(ヴァンパイア)〟そのもの。

 先ほどの呪いで弱った人間の面影は微塵もない。

 ただ血を啜り、人を殺すことだけに特化した怪物が優雅に鮮烈に佇むのみ。

 

「我が前に人の命なし。畏れよ、この姿を。この——」

 

 彼は高らかにそれを詠い上げ、そして。

 

 

「『血鬼王(ドラキュリウス)』の有様を!!!」

 

 

 樹海に、夜が訪れた。

 

 





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