PHANTOM LORD   作:あんくせらむ

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◾️前回のあらすじ:全滅は覚醒フラグ



霊王と血鬼王

 

 あの10年前の日を昨日のことのように覚えている。

 ひたすらに黙祷を捧げていた……いずれ霊王と呼ばれる少女の姿が後悔と共に脳裏に焼き付いている。

 

「あ……ハイベリオン、さん? どうも、お疲れ様です。

 そろそろ……到着する頃だと思ってました」

 

 南方戦争が一人の幼い魔導士の手によって終結した後、我々は彼の地に足を踏み入れた。

 未だイシュガルへの侵攻を諦めていなかった南方大陸に直接出向いて決着をつけるためだ。

 

 イシュガルの南方に位置する大陸アンタークは西方のアラキタシアより一足早く単一組織に統一された軍事政権である。

 

 ゆえに戦力はイシュガルと比較しても圧倒的に多い。

 先遣部隊でも水平線を埋め尽くすほどの艦隊だった。

 その本拠地に乗り込もうというのだから、私でさえ(おの)が死を覚悟していた。

 

 しかし我々を待っていたのは湾岸にひしめく敵兵ではなく、想定とはかけ離れた光景だった。

 

 墓標。

 墓標。

 墓標。

 

 黒い煤まみれの枯れ木で(あつら)えられた簡素な十字架の葬列が、私達を重苦しい静寂で出迎えていた。

 

 首都への街道へと入っても景色は変わらない。

 

 ただ焼き滅ぼされた街並みと墓標のみが立ち尽くしている。

 そこにあらゆる命はなく、蛆虫の一匹すら湧いていない。

 あの時は、まるで黄泉路へと迷い込んでしまったかのような感覚を覚えた。

 

 歩み、歩み、歩んだ先に我々は辿り着いた。

 かつて南方大陸の主城であり、今や瓦礫の山となった墳墓の上で。

 (ひと)り祈りを捧げる黒い魔導士の下に。

 

「……これは君がやったのかね。ジョゼフィーヌよ」

「はい、これは私の……弱さによって招いた惨劇です。……如何様(いかよう)な裁きでも、受ける覚悟はしています」

 

 まだ年端もいかない幼さを残す少女は、我々に向き直ってそう言った。

 口を開くや否や、自身への厳罰を求めた少女の目尻には、くっきりと涙の痕が残っている。

 

「……裁きなど、与えようとは思わんよ。

 その顔を見れば、この惨状が不本意なものであったことなど一目でわかる」

「え……?」

 

 南方大陸への進軍中、彼の地からイシュガルへの遠隔攻撃が行われたと報せがあった。

 空を覆い尽くす衛星魔法陣(サテライトスクエア)の大量展開と、南方大陸首都から観測された大陸破壊級の超抜的魔力反応。

 

 彼らはイシュガル南沖での戦いで敗れた後、最終手段として南方大陸の全ての土地と住民から吸い上げた魔力を用いて、超絶時空破壊魔法(エーテリオン)の絨毯爆撃によるイシュガル大陸の一掃を画策していたのだ。

 

 それを彼女、ジョゼフィーヌが何かしらの方法で止めた。

 そしてその方法は、この地に乱立する墓標の群れを見ればある程度の察しは付く。

 

 私は立ち尽くすジョゼフィーヌへと歩み寄り、(ひざまず)き……そっと、割れ物を扱うように彼女を抱擁した。

 

「よく、がんばったな」

「ハイベリオン……さん……?」

 

 私が彼女と戦場を共にしたのは時間にして半日足らず。

 共闘すらしたこともなく、彼女の戦いを私は指を咥えて見ていることしかできなかった。

 そんな私にさえ分かることはある。

 

 それはジョゼフィーヌが心底から善性の人間であることだ。

 

 彼女は命のかかった戦争において、最も命を奪うことに特化した魔法を使っていたにも関わらず、誰一人として殺すことをしなかった。

 強く、優しく、己の命を狙う敵にさえ情け深い。

 

 そのような少女が、大陸に根付く全ての命を葬り去ることを選んだのだ。

 

 どれほどの懊悩であったろう。

 どれほどの苦痛であったろう。

 どれほどの後悔であるのだろう。

 

 たった数時間、同じ戦場に立っただけの私に彼女の痛みの全てを理解することはできない。

 ただ、その勇気ある決断と行動だけは、同じイシュガルを守る魔導士として何としても(たた)えたかったのだ。

 

「ハイベリオンさん……なんで、戦争なんか起きるんでしょうね。こんなの何にも楽しくないのに」

「それは、生きるということが争うことと同義だからだ。

 生き物である以上、争いから逃れることは決してできない。

 本能として我々は戦うことを生まれた時から刻み込まれている」

 

 それ故に善き人間である彼女に私は伝えたいと思った。

 人の弱さを。そしてその弱さが、決して醜さだけに繋がっているのではないことを。

 

「ゆえに君のような魔導士が必要なのだ。

 人の弱さを知らなければ、人のために戦える者にはなれない」

「人の、ために……」

「そうだ。戦士はみな、人の弱さを知っている。だからこそ己にできることを精一杯果たそうとするのだ。

 君は君にできることをした。君にしかできない戦いで多くの命を救ったのだ」

「私にしか、できないことを……」

 

 ……ああ、いま思い出しても心臓を掻きむしりたくなる。

 後悔などいくらしてもし足りない。

 

「……ハイべリオンさん。

 私、戦争が嫌いです。

 嫌いになりました。

 こんなに悲しくて、虚しい死に方してほしくない。

 せめて穏やかに終わってほしい。

 だから……」

 

 あの時、私が戦士として戦った彼女を讃えなければ。

 

「これが私にしかできないことで。

 それが罪滅ぼしになるのなら、私は」

 

 彼女に救われた分際で、彼女を人でなしとでも罵っていれば。

 

「たとえその過程で、多くの犠牲を(ともな)おうとも……」

 

 もっと、別の言葉をかけてあげられていたならば。

 

「いずれ必ず、この世界からすべての戦争をなくします。

 きっと私なら……それができてしまうから」

 

 

 彼女は〝霊王〟としての一歩を、踏み出さなかったかもしれないのに。

 

 

---

 

「我が前に人の命なし。畏れよ、この姿を。この——『血鬼王(ドラキュリウス)』の有様を!!!」

 

 朗々と詠い上げられた呪詞が荒野と化した森林だった戦場に木霊する。

 その残響に呼応するかのようにハイべリオンさんの肉体は異音を発しながら変貌を遂げてゆく。

 

 切りそろえられた爪は針の如き鋭さに。

 生え変わった白い犬歯は肉を引き裂く刃のように。

 尖った耳は悪鬼にも似た形相に。

 充血した眼は獲物を狙う猛禽を思わせる。

 そして何より、死人と同じ血の通わぬ青白い肌と背に伸びた身の丈ほどもある黒い蝙蝠の翼。

 

 彼は成ったのだ。

 伝承に語られるヒトを殺すモノの象徴。

 『吸血』という概念において最も上位に君臨する絶対存在。

 夜を生きる不滅の怪物。

 『吸血鬼(ヴァンパイア)』へとその身、その魂を貶めたのだ。

 

「『晩餐(ナイト・コール)』」

 

 追加で紡がれた詠唱により、彼の全身から赤黒い闇の魔力が噴出する。

 鳴動する活火山のように溢れ出した魔力の噴煙が樹海一帯を昏い闇の中へと吞み込んでゆく。

 気付けば周囲一帯は瞬きの合間に朱い満月の浮かぶ夜の(とばり)に包まれていた。

 

「な、なんじゃこりゃあーー!!?」

 

 情けない困惑の叫びを上げたのを責めないでほしい。

 だってこの魔法、それだけ有り得ない性能してるんだもん。

 

 驚いたのは魔力の量ではない。

 いやそれももちろんイカれてるんだけど!

 吸血鬼の器に収まりきらない魔力が漏れ出てるレベルでギンギンに漲っていらっしゃるんだけど!

 ついでにさっきから霊体化してるにも関わらず一秒ごとに全身の血液根こそぎ吸われててもう霊体化解除して造血幹細胞フル回転させた方がいい気がするしなんならもうしてるんだけど、そこはっ、一旦っ、置いて、おきましてっ!

 

 特筆すべきはこの『晩餐(ナイト・コール)』とかいう技!

 

 効果自体は『一帯を夜にする』という一応在り得る範囲なんだけど、その質が段違いだ!

 架空の夜を作り出しているわけでも、幻影で騙しているわけでもない!

 

 正真正銘、時間の流れや天体の運行法則すら無視して本物の夜を実現させている!

 夜空も星も狂気を象る血の色の月もすべて本物!

 

「あっははは! すごいすごい!

 どういう理屈なわけ!?

 こんな世界のルールすら捻じ曲げる魔法、普通の人間なら維持できてせいぜい数秒が関の山なのに!」

「随分と余裕のようだが……」

 

 いつの間にかハイべリオンさんの右手には血を固めたような真紅の長剣が握られていた。

 

 (きっさき)が向けられる。

 数年ぶりに感じたピリピリと首筋の裏を刺す緊張感。

 

 気を抜いている場合ではないと判断した私は即座に跳び退り迎撃用の魔力を両腕に籠める。

 一挙手一投足を見逃さぬよう、視神経に重点的に魔力を注いだ。

 

「生憎、今は私の方が遥かに強いぞ」

 

 はずだった。

 

 刹那。

 

 視界がズレる。

 

 斬られた。

 

 おそらく蟀谷(こめかみ)を横一閃。

 

 上下に両断された瞳が天と地を映す。

 

 迅い。

 

 剣を振りかぶってからの動作が一切視認できなかった。

 

 視覚強化していて?

 

 有り得るか?

 

 有り得ない。

 

 自惚れではなく事実として、線の動きならどれだけ素早くとも視認ぐらいできるはず。

 

 なら別の可能性。

 

 そう。

 

 線ではなく、点の動きなら。

 

瞬間移動(テレポート)かぁ~!」

 

 脳漿を撒き散らしながら背後へ左手を回す。

 たとえ視界が潰れていようと魂の位置までは誤魔化せない。

 広範囲高圧力の魔力砲で全身磨り潰して消し炭にする!

 

「好きにはさせん」

 

 私が手の平を背後へ(かざ)したときには既にハイべリオンさんは私の正面に回り込まれており、両腕は二の腕から指先に至るまで等間隔に輪切りされていた。

 

「まともにやり合うつもりはない。初見の技で確実に始末する。……悪く思うな」

 

 彼の佇む方角から莫大な量の魔力の圧縮が確認できる。

 おそらくは以前、妖精の尻尾(フェアリーテイル)でミストガンが放ったエーテリオンもどきと同等か、もしくはより高密度な魔力の奔流が繰り出されるだろう。

 

 こちらも肉体を修復して迎撃しなければ。

 

 しかし。

 

「元に戻らない……修復不可(エラー)!?」

 

 今回は近場に手頃な肉がないため、魂の形を基に肉体を自動修復する方法を取った。

 しかしそれが実行途中で中断され、不完全な状態で修繕されてしまったのだ。

 まるで設計図が紛失して半端にしか組み上げられなかった機械のように。

 

 ミスではない。

 おそらく妨害。

 心当たりは先ほどの斬撃。

 まさか魂ごと切断していたのか?

 であれば先ほどから霊体化しているのに吸血され続けているのも納得できる。

 

「私に()()()()()()()()()()()()()()()な、ジョゼフィーヌ。

 細胞の一片残さず消し飛ばせば流石の貴様も耐えられまい!」

 

 彼は魂魄そのものを攻撃することで魂情報からの肉体修復を牽制したのだ。

 この一撃で私の霊魂全てを全焼させるために!

 

「芥となって塵滅せよ! 『赫月陵地(ブラッドムーン・エクリプト)』!!!」

 

 ——まるで月が墜ちてきたかのような。

 

 高密度に圧縮・攪拌された球状の赫い魔力。

 隕石の衝突と等しいエネルギーで着弾地点を抉り取る。

 

 大地も空気も例外なく巻き込んだモノを触れた端から塵芥と化す最大火力の一撃に、荒野となった樹海に山一つはすっぽり収まる深さのクレーターが誕生した。

 

 まともに食らっていたのなら、ひとたまりもなかっただろう。

 

「やはりそう容易くは捉えられんか……!」

瞬間移動(テレポート)はそっちの特権じゃないってこと!」

 

 私は『幽体進駐(プロジェクション)』により間一髪で回避することができた。

 追尾性能まではないようだし、遠距離攻撃なら辛うじてこれでいなせそうだね。

 

 ただ『幽体進駐(プロジェクション)』は転移までに若干のラグがある。

 瞬間移動(テレポート)合戦になった場合、近距離の斬り合いに持ち込まれると分が悪い。

 遠距離功撃が回避されるとハイべリオンさんも理解した以上、次は近接で足止めした後にさっきの魔法をゼロ距離で撃ってくる可能性もある。

 

「よいしょっと……うん、一応修復(なお)せないわけじゃないね」

 

 斬られた腕と顔の上半分を復元する。

 ただ魂の修復からやらなきゃだからかなり復帰まで時間がかかる。

 

 よし!

 ここは一旦『おしゃべり時間稼ぎ大作戦』でお茶を濁そう!

 ハイべリオンさんの目的も私の足止めだろうし乗ってくるでしょ。たぶん。

 

「いやぁ~本当にすごいね、その魔法。

 ()()()()()なんて中々できることじゃない」

「……貴様、見破ったのか。

 たった一合競り合っただけで『血鬼王(ドラキュリウス)』の本質を」

「まぁ大体はね」

 

 この『血鬼王(ドラキュリウス)』とかいう魔法、効果としては『吸血鬼に変身する』というシンプルなものだが、その性能が桁外れもいいところ。

 

 環境の夜化。

 常時展開の間接吸血。

 瞬間移動。

 魂魄への直接攻撃。

 無尽蔵の魔力。

 

 今わかっているだけでもこれだけ盛り沢山ときたもんだ。

 逆にこれだけ無法だからこそ理屈(タネ)も絞りやすくなる。

 

「推測だけど吸血鬼という上位存在になることで世界の因果の中心を自分に引き寄せているんですね?

 例えば『吸血鬼が居るのだから、その場所は夜である』みたいな」

 

 ハイべリオンさんの眉間の(しわ)が深くなる。

 どうやら大当たり(ビンゴ)だったみたいだ。

 『血鬼王(ドラキュリウス)』は彼の吸血鬼としての伝承を世界に反映させる魔法とも言える。

 

 『吸血鬼が居るのだから、その場所は夜である』

 『吸血鬼が居るのだから、その場所の生物の血は全て吸い尽くされている』

 『夜なのだから、吸血鬼はどこへだって現れる』

 

 こんな風に伝承を補強し魔術的に再現したのが先程の夜化や吸血、瞬間移動を可能とした絡繰(からくり)だ。

 有体に言うとしたら『吸血鬼っぽいことならなんでも世界がサポートしてくれる魔法』ってところかな。

 

 魂への直接攻撃はこれの応用。

 吸血鬼は伝承において吸血した人間を自分の眷族に変えるという逸話がある。

 

 本来は一滴でも吸われれば伝説通りに支配下に置かれるんだろうけど、神サマ入りの私には流石に通せなかった。

 その代わりとして、私に対する特効染みた能力を獲得したのだろう。

 彼が言った『私に血を吸わせすぎたのは失策だった』というのはそういう意味だ。

 

 いやしかし、改めて整理するとすごい無法っぷりだなぁ。

 ただ、そういう無法な魔法には得てして無法さに見合った代償が付き物だ。

 

「デメリットは三点。

 一つは燃費。これだけの大魔法なら消費魔力は半端じゃない」

 

 だが実際にはこうして魔法は成立している。

 その上、使用者であるハイべリオンさんの魔力は毛ほども消費されていない。

 それどころか増えてるまである。

 

「けど燃費問題は吸血魔法の拡大解釈で解消できる範疇の問題。

 そのギンギンの魔力、地脈から吸い上げたもので間違いないですよね?」

「……私から言うことは何もない」

 

 おそらくハイべリオンさんは吸血の対象に惑星(ほし)そのものを含めている。

 

 いや土地に血が流れてるわきゃないのはその通りなんだけどね?

 血液というものを魔術的に言い表すと『物体中を循環するエネルギーの流れ』とも表現できるわけで。

 

 即ち土地や空気に流れる地脈やエーテルナノは惑星(ほし)の血液と同義となる。

 故にそれを絶えず吸い続けることで膨大な要求魔力をカバーしているというロジックだ。

 

 何でもアリかぁ? こんにゃろー!

 

「ただこの吸血能力にも欠点がありますね。

 それが弱点その二。オンオフが効かない点です」

 

 この吸血能力に『吸血鬼が居るのだから、その場所の生物の血は全て吸い尽くされている』という理論が適用されている場合、当然周囲の生物すべての血液を吸い上げてしまう。

 

 要は無差別の防げない広範囲吸血テロだ。

 だからこそ彼は仲間が全員倒れてからでしか『血鬼王(ドラキュリウス)』を発動できなかった。

 下手しなくてもウルフヘイムさんやウォーロッドさんを巻き込んじゃうし。

 

「最後、三つ目の弱点は強力な変身魔法には付き物のデメリット。

 簡単に言えば、その吸血鬼への変貌は不可逆なんじゃないですか?」

「……」

 

 無言は肯定を意味していた。

 不可逆な変質は『接収(テイクオーバー)』などにも発現し得るメジャーなデメリットの一つである。

 

 『血鬼王(アレ)』を使った時点でハイべリオンさんは一生人間の身体には戻れなくなったのだろう。

 彼は永遠に日陰で暮らさなければいけない生命体へと新生してしまったのだ。

 

 ……な~んでそういうこと平気でしちゃうのかなぁ、ほんとに。

 私が言うのもなんだけど、もっと命は大切に扱った方がいいと思うよ? マジで!

 

「とまぁ、こんな感じかなって思ったんですけど合ってます?」

「見事な洞察だ。私が訂正する箇所は一つもない。

 よもや本当に全容を明かされてしまうとは。

 ……貴様の強さはその類稀(たぐいまれ)な観察眼に裏打ちされているのやもしれんな」

 

 ハイべリオンさんはもはや呆れたように溜め息を吐きながら、地面に膝をつけて屈んだ。

 まるで靴紐を結び直すかのような何気ない仕草。

 

「そろそろ頃合いだろう。時間稼ぎは充分だ。

 語らいはこれにて終いとしよう」

 

 その何の変哲もない動作が私にはこれから襲い来る大魔術の予兆であると察せられた。

 

 瞬間。

 

 樹海全土の地盤から、鮮血にも似た真紅の燐光がそこかしこに噴出する。

 (あか)色の光が瞬き、照らされた大地は紙屑の如く引き裂かれてゆく。

 その光景は肉食獣が獲物の首筋に喰らい付いた際の血飛沫によく似ていた。

 

 いや、実際にそうなのだろう。

 彼は喰い破ったのだ。

 この樹海全域に行き渡った地脈という血管を乱雑に引き千切って暴走させ、霊地ごと私を消し飛ばすつもり……!?

 

「遠距離の攻撃が避けられるなら、どこへ逃げても確実に当たる範囲の攻撃をすれば良い!

 貴様の長話に付き合ったのはこの魔法を準備するために過ぎん!」

「うそぉ!? 楽しく話せたと思ったのに!」

「楽しかったのはお前だけだ!」

「がびーん!? ていうかこのままだとお仲間ごと()っちゃうことになりますケド!?」

「この戦場に集った猛者の中で己の命を懸けておらぬ者など貴様だけだ! ニルヴァーナ諸共、灰燼と化せ!」

「今ものすごい誹謗中傷を受けた気がする!?

 ってストップストップ! そんなに魔力使っちゃったら……」

 

 荒野に紅月の輝きが満ちる。

 

 大地は氷湖に石を投げ入れたように罅割れを広げ、隆起した断層の隙間から漏れ出た魔力が臨界を迎える。

 

 それは見るものに世界の終末をさえ想起させるほどの光景だった。

 

 しかし。

 

「すぐに魔力切れになっちゃいますよ?」

 

 私にとっては予測の範囲内だ。

 

「なに……!? こ、これは……!」

 

 地に満ちた魔力を今や解放せんとしていたハイベリオンさんが、突如として呻き声を上げて膝を付く。

 その顔はただでさえ死人のような顔がさらに屍蝋の如き青白さに変貌している。

 額には脂汗が浮かび、呼吸も荒く、今にもふらついて倒れ込みそうなほどに精気がない。

 

「この症状、魔力欠乏症か……!?」

「ご明察です。()()()()()()()()()()()()()でしたね」

「貴様、何をした……!」

「そこは私みたいにご自分で考察してみてください、と言いたいところですが、私はおしゃべりが大好きなので!

 今回は出血大サービス! 特別に教えて差し上げましょう!」

 

 実際、ハイベリオンさんの疑問も尤もだ。

 『血鬼王(ドラキュリウス)』は地脈からの魔力吸収能力がある。

 これにより莫大な魔力消費量がかかる『血鬼王(ドラキュリウス)』を半永久的に持続可能としている。

 弱点を自前の効果で完璧にカバーするというインチキコンボと言って良い。

 

 このバグみたいな挙動が機能する以上、魔力切れは起こり得ないのだ。

 では、なぜハイベリオンさんは魔力欠乏症に陥ったのか。

 

「『血鬼王(ドラキュリウス)』の弱点その二、周囲からの強制吸血を悪用させていただきました。

 血中の細胞に霊魂を憑依させてハイベリオンさんの体内に送り込んだんです」

 

 血液に含まれる細胞の数は1μL中におよそ500万。

 1L換算であれば5兆は下らない。

 私の総血液量は約4Lなので、単純計算で彼は一秒毎に20兆の霊魂を取り込んでいることになる。

 

「戦闘開始から既に三分が経過しました。

 現在ハイベリオンさんの体内にはざっと数えて3600兆の霊魂が宿っています」

 

 もちろん、これらが直接ハイベリオンさんに何かしらの危害を加えることはできない。

 今の彼には物理的な損傷も呪いによる間接攻撃も効かなそうだったし。

 だからバレないように潜伏させていたわけだ。

 

「送り込んだ霊魂たちはハイベリオンさんの魂を丸々複写(コピー)したものです。

 つまりさっきまでは一人の肉体に宿っていた魔力を3600兆人でシェアしている状態だったんです」

 

 要するにハイベリオンさんの魂一つあたりが扱えるのは吸い上げた地脈の魔力のうち3600兆分の1となる。

 まぁ全部ハイベリオンさんの魂であり、魔力を使用するのは肉体と精神に起因するから、魔法を行使する際は何の問題もないけどね。

 単に魔力の所有権が分割されているというだけの話だ。

 

「そして今、体内の霊魂から全ての魔力を回収しました。

 ハイベリオンさんの魔力は現在、全開時の3600兆分の1です」

「なっ……!」

「そんな状態であの大魔法を行使したんですから、そりゃあ魔力欠乏症にもなりますよ」

 

 事態を把握したハイベリオンさんが焦りを露わにする。

 当然だ。

 使用できる魔力がほとんどなくなった。

 これは『血鬼王(ドラキュリウス)』の弱点その一に大きく関わるからだ。

 即ち。

 

「『血鬼王(ドラキュリウス)』に必要な魔力が支払えない。

 これは今まで維持していた『晩餐(ナイト・コール)』が解除されることを意味します。

 ほら、明けますよ——永久(とこしえ)の筈だった宵闇が」

 

 光が差す。

 

 夜が明ける。

 

 赤い月光ではなく。

 

 白い太陽の日光が。

 

 荒れ果てた大地へ燦々と降り注ぐ。

 

「ぐ、ああァァアア!!?」

 

 陽光は跪く吸血鬼にも平等にその眼差しを向け、人ならざる悪鬼の肌を焼き焦がしてゆく。

 

 『血鬼王(ドラキュリウス)』の三つ目の弱点は『不可逆性』。

 これはたとえ魔法が解除されたとしても持続する呪いのようなものだ。

 魂から吸血鬼へと成り果てたハイベリオンさんは、伝承通り太陽の光を浴びて灰となる。

 そしてこれを防ぐ術はもはや彼には残っていない。

 

「ジョゼ、フィーヌぅ……! 私は、私はまだ……!」

「10年前とは見違える強さでした。

 相当な努力と工夫を重ねてきたのもわかります。

 でも、すみません。

 私にだって負けられない理由がある。

 暫しの間お眠りください。

 私がニルヴァーナを手に入れるまで、アナタ達の()の安全だけは保障しておきますから」

 

 怨嗟の声を上げながら、最後に残った聖十の大魔導士は痕跡一つ残さず塵となって掻き消える。

 三傑が命懸けで講じた三重の策。

 それらは全て、跡形もなく。

 何の意味もなく無に帰したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 何も見えない。

 

 何も聴こえない。

 

 何も匂わない。

 

 何も感じない。

 

 肉体は灰塵となり、(あら)ゆる機能は消え失せた。

 

 それでも尚、私の魂を突き動かすモノは。

 

 臓腑を焦がすような自責と後悔。

 

 年端もいかない善良な少女に平和のための大罪を押し付けるしかなかった、己が無力を呪う一念。

 

 『もう二度と、あの少女に罪を背負わせない』

 

 我らの無力、そして無能が〝霊王(かいぶつ)〟を産み出してしまった。

 同じ過ちは繰り返さない。

 そのために我らは死に物狂いで研鑽を積み上げたのだ。

 

 いずれ来るべき日に彼女を止められるように。

 

 今がその時だ。

 

 彼女の手にニルヴァーナを渡してはならない。

 

 霊王の魔力でニルヴァーナが使われたのなら、この世界から一切の闇を消すことも可能だ。

 平和のために骸の山を築いた霊王であれば、きっと躊躇することはないだろう。

 しかしニルヴァーナには無視できない副作用がある。

 

 悪を善に。

 闇を光に。

 

 反転に反転を重ねた末、行使した者には重ねただけの闇が降り積もる。

 世界全ての闇を光へと変えた時、世界全ての闇を呑み込んだ最凶最悪の霊王が誕生してしまうのだ。

 

 それだけは何としてでも避けねばならぬ。

 

 これ以上、あの少女に背負わせてはならぬ。

 

 どうしてもと言うのであれば、滅ぼしてでも止めねばならぬ。

 

 彼女が正気である内に。

 彼女が光である内に。

 

 それだけが、我々にしてやれる贖いだ。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「『尸釁王(ドラキュール・ノスフェラトゥ)』!!!」

 

 

 

 

 陽の光が眩しい。

 

 肺に満たされる空気が愛おしい。

 

 肌に返る世界の感触が心地良い。

 

 これが文字通り、生き返るという感慨か。

 

「んなっ……!?」

 

 黄泉返った私にジョゼフィーヌが今度こそ完全な隙を晒す。

 

 そう、これが()()()の策。

 『血鬼王(ドラキュリウス)』はこの展開を成立させるための見せ札に過ぎない。

 もとより力量に天と地の差があることなど織り込み済みだ。

 我々の勝機は初めから彼女の油断と慢心にのみ存在した。

 

 無論、見せ札とはいえ『血鬼王(ドラキュリウス)』は重要なピースでもある。

 これでジョゼフィーヌの血を吸っていなければとても復活などできなかった。

 吸血により私は彼女の同族となることで死の魔力を扱えるようになったのだから。

 そうして得た死神の魔力を利用し、一時的な復活を可能としたのだ。

 

 だが、これは諸刃の剣。

 私は死神の魔力を抑えることができない。

 蘇った肉体は死神の魔力に耐えきれず数秒と保たずに再び塵芥へと帰るだろう。

 否、肉体だけではない。

 魂すらも死に絶え、二度と蘇生など能わぬことになる。

 完全な命の終わりを迎えるのだ。

 

 

 故に!

 この数秒で!!

 最大火力の『死の滅神魔法』を叩き込む!!!

 

 

「『死に踊る(オース・オブ・)——」

 

 

 死の魔力で編み上げた魔力の黒剣。

 

 漏れ出る瘴気が己の肉体すら蝕んでゆく。

 

 だからこそ無敵に等しい霊王の命にさえ届き得る!

 

 

血鬼の誓い(ダインスレイヴ)』!!!」

 

 

 黒き刃が漆黒の弧を描く。

 

 凝集された命を終わらせる死の息吹が、ジョゼフィーヌの脳天へと振り下ろされる。

 

 そして。

 

 大地を両断。

 

 剣閃が八里に及んで惑星(ほし)の表層を断ち斬った。

 

 

 ……ああ。

 

 

 無念だ。

 

 

「一手、届かずとはな」

 

 

 振り切った黒剣は、その刀身をごっそりと何かに抉り取られていた。

 

 

「『死神の外套(イヴリース)』」

 

 

 ジョゼフィーヌの身体を覆うように展開された闇色のベール。

 今の私には、その黒い布地の一糸一毫が濃密な死の魔力で編み込まれたものだと理解できた。

 それは凡ゆる脅威を触れた端から殺し尽くすことで装者を護る鉄壁の鎧であるのだと。

 

「——お見事です。

 そして惜しみない称賛を。

 私が滅神魔法を出す時は、魔導士として敗北を認めた時だと決めています。

 どうか誇りに思ってください。

 アナタは霊王に打ち勝った」

 

 肉体が(こぼ)れてゆく。

 

 精神が朽ちてゆく。

 

 魂魄が剥がれてゆく。

 

 二度目の死という名の恐ろしい寒気が総身を包む。

 

 ……悔いはある。

 

 結局はまた、この優しいだけだった少女に思わせてしまう不甲斐なさもある。

 

 しかし。

 

 まったく、魔導士というのは度し難いもので。

 

 

 

「ありがとう。

 ……すまなかった」

 

 

 

 遥か高みに立つ者に認められたというだけで、こんなにも清らかな心持ちで旅立てるのだから。

 

 

 

 眩む視界に映ったモノは。

 

 

 己が無力を呪う少女と。

 

 

 空から舞い降りる——強さに溺れた()()の剛翼だった。

 

 

 





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