PHANTOM LORD   作:あんくせらむ

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【前回のあらすじ】パワー・オブ・ゴリラ



幻と雷鳴

 

 彼——ミストガンに会ったのは私が16歳になる頃の夏だった。

 ちょうど戦場の熱気にも()んできた私は、気晴らしに冒険も兼ねて少し難しめのクエストを受注してのんびりと旅をしていた。

 

 そんな折、偶然に道を同じくしたのがミストガンだ。

 彼は穏やかで理知的な人物であり、幽鬼の支配者(ファントムロード)のメンバーのような乱暴者たちとばかり(つる)んでいた私にとってはとても新鮮な出会いだった。

 

 聞けば彼はイシュガルの各地に開く『アニマ』という超亜空間魔法を一人で閉じてまわっているらしい。

 次の彼の目的地は私の仕事場の行きずりに在るとのことだったので、何とはなしに(しばら)く旅路を共にした。

 

 ある時は街を占拠する盗賊を()らしめ。

 ある時はばったり遭遇した森の(ヌシ)(10年クエスト相当)を狩り。

 またある時は適当な闇ギルドを見繕ってぶっ潰したり。

 まぁそれなりにやんちゃをしたものだ。

 

 あの半年間はなかなかに心踊る日々だった。

 結局、彼とは途中で道を別にしたのだが、今でも大切な友人だということに変わりはない。

 

 

 そんな彼が、今。

 私の目の前にいる。

 

 

「久しぶりだね、ミストガン。

 キミの顔を見るのは実に3年ぶりになるかな」

 

 抜けるような蒼穹の下、魔導巨人の肩の上で。

 私とミストガンは相対した。

 

「……顔は隠しているのだが」

「そんなん見なくても()見れば大体わかるよ〜。

 けどキミにしちゃ珍しく素直に出てきたのは驚きかな」

「君が相手ではまともな幻術は通じん。

 であれば私も正面から挑むしかないだろう?」

 

 ミストガンは背負った5本の杖のうち一つを引き抜き、私に突きつけてそう言った。

 かつて冒険を共にした友人に杖を向けられるとは。

 我ながら業深いものだ。

 

「戦う前に礼を言っておこう。

 これまで妖精の尻尾(フェアリーテイル)に誰一人として死人が出ていないのは、ひとえに君の優しさゆえだ。

 ギルドを代表して感謝する、フィーネ」

「おいおい、私はキミたちのギルドの仲間を散々に痛めつけたんだよ? それが言うに事欠いて優しいとは」

「事実だろう。君がもしこの争いを『戦争』と認識し、我々を敵と見なしていたならば……今頃ギルドの人間は一人残らず生きてはいまい」

 

 心外だなぁ。

 人のことをまるで死神みたいに言いやがってこのやろー。

 

「戦場で(まみ)えた敵は例外なく皆殺し、更には死後の魂すらも奪い尽くす。

 無数の怨霊を引き連れ、積み上げた死体の丘にただ一人君臨する——ゆえに『霊王』。

 今、我々のギルドが()()なっていないことが、君が慈悲をかけていることの何よりの証左だ」

「……誤魔化せないねぇ、キミ相手だと。お父様は全然気づいてないってのに」

「ふっ、君も苦労しているようだな」

「お気づかいどーも」

 

 なんかわかったように言われるのが腹が立ったので、べーっと舌を出して抗議しておいた。

 

「フィーネ、手を引くつもりはないのだろう?

 君は不必要な戦いには(がん)として参加しない主義だったはずだ。

 ゆえにこれほど強情に死人の出ない(いさか)いに臨むなど珍しい。

 ……一体、何を考えている?」

「さてね。まぁ大したことは(たくら)んじゃいないよ。別にどちらのギルドが優れているかなんて興味もないし。

 元より私にとっては無意味な戦いさ。ただ、お父様にとっては意味のある戦いだ。

 それならきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 理由なんてそれで十分。ま、やる気が出るかどうかはまた別の話なんだけどね」

「相変わらず義理堅いことだ。ならば私も全力で相手をするとしよう。

 悪いが私はエルザのように甘くはない。君がやる気を出さない内に()()をつけさせてもらう」

 

 急速にミストガンの闘気が膨れ上がる。

 背の杖を全て自分の眼前の床に並べ立て、彼は臨戦態勢に移行した。

 

 

「久方ぶりの手合わせといこう——『摩天楼(まてんろう)』」

 

 

 突如として足元が白く光り輝き、大爆発を引き起こす。

 爆発は超巨大要塞であるファントムのギルドを木っ端微塵に粉砕し、私の身体を天高く打ち上げた。

 

「お?」

 

 間髪を容れず、私の身体を聖なる鎖が縛り上げる。

 そのさらに上空、次元を裂き、空間を歪ませて巨大な人型の怪物が舌なめずりをして手を伸ばす。

 まるで噂に聞くゼレフ書の悪魔の如き威容。

 怪物は飢えた猛獣のように(よだれ)を垂らしながら、念願の人間(エサ)にかぶりつこうと襲いかかる。

 

 その一連の光景を、私は冷めた目で眺めていた。

 

「忘れたの? 私に幻術は効かないんだって」

 

 どれほど強力な幻術だろうと()()()によって容易く破られるのが常だ。

 景色を欺くだけならいざ知らず、魂のこもっていない生物の幻影なぞ私の前では絵に描いた餅だ。

 

 範囲内に魔力を充満させ、幻術を中和して虚像を砕く。

 異様な怪物は千々に霧散し、幻想は現実へと引き戻される。

 

「五重魔法陣『御神楽(みかぐら)』」

 

 幻覚が晴れ、元の視界に戻った私の周囲にはミストガンの5本の杖が囲むように屹立(きつりつ)している。

 幻術で目眩しをしている間に本命の攻撃魔法を叩き込む——ミストガンの得意とする戦法だ。

 

「でも一手遅いよ! 『霊弾(ウィスプ)』!」

 

 五角形を描くように取り囲んでいる杖に向かって魔力弾を放つ。

 ミストガンは魔道具を介して魔法を扱う『所有(ホルダー)系』の魔導士だ。

 ゆえに媒介となる魔道具さえ破壊してしまえば、その戦力は半分以下になると言ってもいい。

 

 霊魂の弾丸、総数5発。

 いずれも狙い違わず彼の杖を撃ち抜き、貫通し。

 

 彼の杖は煙のように揺らいで消えた。

 

「幻術……!? さっき解いたはずなのに!?」

「気づくのが一手遅かったな」

「ちっくしょ!」

 

 舌打ち混じりに今度はミストガンに『霊弾(ウィスプ)』を発射。

 すると弾丸はまたもすり抜けるように彼を貫通し、姿そのものがかき消えた。

 

 後に残ったのは血の(にじ)んだ一枚の人形(ひとがた)の呪符のみ。

 

「これは、思念体!? でもどうやって……いや、まさか!

 思念体の触媒である呪符に自分の魂を転写して、私の()()()()()を欺いたのか!?」

 

 魂の転写。

 古くは東洋の失われた魔法(ロストマジック)『丑の刻参り』を起源に持つ黒魔術の秘奥だ。

 髪や血、骨などの肉体情報を人形の依代に付着させることで、人形を本人に見立てて魔除けや呪詛に利用すると聞く。

 

「この一瞬で絡繰(からくり)を見破るとは流石の慧眼だ。しかしこれでもう逃げられまい。

 早々に勝負をつけさせてもらうぞ!」

 

 くっそ、相変わらず(こす)い真似しやがって!

 こんなん誰にも見抜けないでしょ……!

 

 ていうか『御神楽(みかぐら)』の発動止まってないんだけど!?

 

 杖も幻!

 術者も幻!

 でも魔法は発動したまんま!

 その上なんか通常版の『御神楽(みかぐら)』と違ってこれ聖属性付与されてない!?

 なにがどうなってんねーん!!

 

「君を倒すためだけに特注した6本目の杖『聖杖イグナティオ』により、この『御神楽(みかぐら)』には聖属性が付与される!」

「はぁ!? ちょっ、メタ張りすぎだろキミーー!!」

 

 そうか! こいつ今、私が立ってる屋上の()()にいやがるな!?

 一階下の天井に杖を突き刺して、下から『御神楽(みかぐら)』で攻撃する腹づもり!

 

 最初に姿を現したのも、幻術をわざと看破させたのも!

 全ては自分の位置を隠し、『御神楽(みかぐら)』で確実に仕留めるため——!

 

「くらえ、()()()()()(ひじり)御神楽(みかぐら)!!!」

 

 聖なる光の柱が蒼天を貫く。

 強大な魔力が凝縮された破壊光線はファントムMKⅡの右腕を粉微塵に打ち砕いた。

 こんな攻撃がまともに当たってしまったら、私も大ダメージを負いかねん。

 

 ま、当たればの話だけど。

 

「『幽体進駐(プロジェクション)』」

「なにっ!? 瞬間移動か……!」

「正っ解!」

 

 『幽体進駐(プロジェクション)』は原理としては幽体離脱に近い。

 肉体と魂の分離。それが幽体離脱。

 しかし、この魔法は()()ではなく()()()()()……つまり魂と肉体の合流に焦点を当てて生み出した魔法だ。

 

 身体から離れた魂はいずれ元の身体に戻ろうとする性質がある。

 だが、こうも考えられるのではないか?

 

 魂が肉体に戻るのではない。

 肉体が魂に戻るのだと。

 

 『幽体進駐(プロジェクション)』は、その魂魄が元に戻ろうとする働き——言い換えれば『魂あるところに肉体あり』という霊的摂理の力を著しく強化することで瞬間移動を可能にしている。

 

 難点は目標地点にあらかじめ『分霊』として切り分けた私自身の魂をバラ撒いておく必要があるところだけど、幸いにもこの戦場は私の家だ。

 事前にギルド内のあらゆる場所に私の魂をブレンドした『幽兵(シェイド)』を仕込みまくっている。

 

 おかげで大魔法を行使して隙を晒したミストガンを捕捉できた。

 

 今度はこっちの番だ。

 散々弄んでくれた借りを返そうじゃないの……!

 

「ぶっ飛べパーンチ!!!」

「ぐはぁ!!?」

 

 慌てて距離を取ろうとするミストガンに接近。

 容赦ない腹パンを捻り込む。

 

 ミストガンは床に()ねられたボールのように、身体を長廊下の壁のあちこちに叩きつけながら吹き飛ばされていく。

 天井、床、右の壁、床、バウンドして床、天井、左の壁……いや、ぶつかりすぎじゃね?

 

 ってまさか。

 

()()()()()()()()()!」

 

 やっぱアイツわざと壁に身体をぶつけて魔法陣のマーキングしてやがる!

 

 しかも立体魔法陣て!

 長廊下を砲身に見立てて即席の光属性版ジュピターでも放つつもり!?

 

「させるか!」

 

 立体魔法陣は強力だが、その分だけ複雑かつ四方を囲まれた閉所でしか使えない。

 マーキングした壁ごと壊せば発動までに労せず崩せる。

 私は阻止するために壁面に向けて『デッドウェイブ』を行使しようとした。

 

 しかしミストガンはその一手さえ潰しにかかる。

 

「『止縛法』」

「拘束!? さっき殴ったときに付けられてたか……!」

 

 迂闊に触れたのは失敗だった!

 あの男、服にまで拘束魔法を仕込んでいたとは!

 

 右腕を縫い付けられた……しかも全身の魔力まで封じられている!

 このままではロクな迎撃すらできやしない!

 

「よいしょっ」

「なっ!? 腕を……!?」

 

 使えない腕なら必要ない。

 コンマ1秒も迷うことなく右腕を左手刀で叩き落とす。

 

 よし、これで魔法が使えるようになった。

 もののついでだ。

 勿体ないし、切り落とした右腕を触媒に使って迎撃しよう。

 

「チッ……砲身固定、魔力充填、砲撃準備完了!!」

「黄泉より出でて生あるものを貪り喰らえ!!」

 

 長廊下が黄金の魔力で満たされる。

 切り離された右腕から黒く邪悪な魔力が溢れ出す。

 

「対魔性砲撃天逆鉾(あまのさかほこ)!!!」

「霊獣召喚屍喰獣(ヨモツヘグイ)!!!」

 

 片や神話に伝わる退魔の矛の名を冠する魔砲。

 片や聖なる光を蝕む暗黒の魔獣。

 

 あまねく邪悪を焼き尽くさんと螺旋を描く光の奔流を、死さえも喰い尽くす闇に塗れた黒獣が迎え撃つ。

 

 光と闇が混濁し、一瞬の拮抗の末——音が消えた。

 

 瞬間、炸裂。

 魔導巨人の右半身が跡形もなく魔力の渦にかき消される。

 巨大にすぎる魔力の衝突により、天が割れて湖面が弾け飛ぶ。

 

 まさに天変地異。

 常軌を逸した魔導士のぶつかり合い。

 

 未だ冷めやらぬ魔力の暴風が吹き荒れる嵐の如き爆心地。

 

 私は臆さずその爆心地を真っ直ぐ突っ切る。

 最短最速、ミストガンの体勢が整う前に今度こそ勝負をつけるため!

 

 肌を焼く魔力の暴嵐を突き抜けて、ついにミストガンの姿を捉えた。

 驚愕に目を見開く彼に、特大の死霊を贄に捧げた魔力の爆弾を叩きつける。

 

 再びの大爆発。

 ミストガンはその圧倒的な魔力の前に成すすべもなく、()()()()()()()姿()()()()()

 

 

 幻術だ。

 

 

()ったぞ、フィーネ!!!」

 

 奇襲は上から。

 先程の大魔法のぶつけ合いで視界が塞がれた瞬間に幻と入れ替わり、自身は突っ込んでくる私を待ち伏せていたのだ。

 

 まさに完璧な読み。

 

 ミストガンは聖杖に光の魔力を纏わせて薙刀を形成。

 大上段に振りかぶり、私を真っ二つに切り裂いた。

 

 そして袈裟に切り分けられた私の身体は、()()()()()()()()()()

 

「なっ、幻影——!?」

 

 幻は彼の専売特許ではない。

 私もまた幻霊(ファントム)の名を冠するギルドの魔導士だ。

 幻術など、とうの昔に皆伝している。

 

 本体は(いぶ)り出せた。

 これで詰めだ。

 

「がっ……!!」

 

 幻術を利用した透明化の術で背後まで接近し、ミストガンの心臓部に左腕を突き入れる。

 

 心臓は命の源。

 つまりは魔力の源のひとつだ。

 

 霊体の私に身体を貫かれても死ぬことはないが、直に心臓から生命力を吸い取られればS級魔導士といえどひとたまりもない。

 

 ミストガンは息も絶え絶えに膝をつき、地に倒れ伏した。

 

 私の勝ちだ。

 

「勝負あったね、ミストガン」

「そうだな……今回も、私の負けだ」

 

 ミストガンは仰向けになり、悔しそうに口を歪ませた。

 

「かなりヒヤッとしたよ。めちゃくちゃ強くなってんじゃん」

「ふっ……最後に、君に勝ちたくてな。柄にもなく無理をした」

「最後?」

 

 最後ってなにさ。

 別に死ぬわけでもなかろうに。

 

「もうじき、特大の『アニマ』が現れるだろう。

 正確な位置と時間までは判然としないが……そうなれば、否が応にも私は故郷に帰らねばならない。果たすべき責務を果たすために」

「……そっか。寂しくなるね」

「ああ。そうなる前に、君に一度でも勝利してみたかった。

 しかし薄々わかっていたが、やはり私では力不足だったようだ」

 

 ミストガンは力なく、されど満足げに笑っていたと思う。

 顔を隠しているから本当はわからないけど、多分そう。

 

「けれどな、なぜか不思議と満たされているよ。

 こうして全力で魔法をぶつけ合うというのも久しぶりだからかな」

「……またいつでも喧嘩ふっかけに来なよ。

 たとえ遠くに行ったとしても、今生の別れってわけでもあるまいし。

 そん時は今日みたいに嫌ってほどボコボコしてやるからさ」

「はは、それは、どうかな……次に勝つのは、私だ」

 

 んにゃろー、息も絶え絶えのくせに減らず口叩きやがって。

 

「ま、いいさ。私も楽しかったし。

 キミの頑張りに免じて、ギルドの仲間たちには最大限私が便宜を図ってあげよ——」

「それには及ばん」

「はい?」

 

 せっかくミストガンの顔を立てて、お父様に直談判してやろうとした私だったが、それを彼は遮った。

 

「君はすでに勝ったと思っているようだが、それは甘いと言わざるを得んな」

「はい……? 完膚なきまでボコしたつもりなんですけど……」

「確かに、私個人は君に完敗したとも。

 だが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は負けていない」

 

 ミストガンが不敵に微笑んだ——気がした。

 

「言っただろう? 元より勝てるとは思っていなかったと。

 であれば、保険はかけておくものだ」

「何だって……?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。

 そら、気をつけろ——落ちてくるぞ」

「!」

 

 

 光った。

 

 

 そう思った瞬間、とてつもない衝撃と痺れが私に襲いかかった。

 

「ぐっ……! これは、雷の魔法!?

 けど霊体の私になんでダメージを……!?」

 

 天から落ちてきたのは落雷だ。

 およそ青空には相応しくない、まさに青天の霹靂(へきれき)

 

「おいおい、キミの参戦まではさすがに予想外すぎるぞ……!」

 

 この魔法、そしてこのタイミング。

 雷を使う魔導士として思い浮かぶのは(ただ)一人。

 

 黄金の逆立つ髪。

 黒のコートを背に羽織る偉丈夫。

 

生憎(あいにく)だが時間がねぇもんでな。

 速攻でブチのめすが文句はねぇよな、『霊王』……!」

 

 ()()()()()()()()()

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士にして、かのギルドのマスターであるマカロフ・ドレアーの孫。

 

 雷を従える竜が、戦場へと降臨した。

 





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