PHANTOM LORD   作:あんくせらむ

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【前回のあらすじ】形態変化はボスキャラのお約束



天と獄門

 

 少女の故郷は森の中にある小さな集落だったという。

 

 産声を上げたのは(くら)く閉ざされた地下牢の中。

 初めて視界に映ったのは黒く冷たい石の壁と、ロウソクにぼんやりと照らされた血の(あか)色。

 幼女は死んだ母親の(はら)を食い破って生を受けた。

 

 その村は昔、伝説の黒魔道士ゼレフを信奉する一派が開いた小規模な実験場を起源に持つ。

 元々は他大陸から拉致してきた神の因子を持つとされる一族を利用し、邪神の降臨とゼレフの復活を目的とした魔導士達が寄り集まって村を開いた。

 

 そこで彼らは被験体となった一族にありとあらゆる人道を問わない実験を行った。

 痛みを与え、皮を剥ぎ、肉を引き裂き、臓腑を取り出し、骨を砕き、精神を凌辱し、身体を作り変え、果ては自らの子を親に喰わせた。

 

 それから長い年月が経ち、崇高と信じた理念は堕落し失われたが、一族に対する非道は相も変わらず続けられた。

 煮詰まった暴力性は留まるところを知らず、ついに最後の一人に至るまで(なぶ)り殺しにしたとされる。

 少女の母親は最後まで残ったがゆえに、特別長く甚振(いたぶ)られた女性だった。

 

 そんなことを続けていれば、いずれは捌け口がいなくなってしまうという当然のことに気づいたのは何もかも手遅れになってから。

 生贄がもう手に入らないと悟った村人たちは獣性のぶつけ所を見失い発狂の寸前に陥った。

 

 ゆえにこそ、村人は腐った妊婦から這い出した新たな命に歓喜し、その少女の誕生を心の底から祝福したそうな。

 

 〝今度はもう死なせない〟

 〝丁重に大切に扱おう〟

 〝また壊れてしまったら、せっかくのオモチャがもったいない!〟

 

 ——しかし結局、堕ち切った人間が我欲を律することなどできようはずもなく。

 

 〝……でも、少しくらいなら味見してもいいよね?〟

 〝髪ぐらいなら剥いでもいいよね〟

 〝髪がいいなら、爪だっていいはず〟

 〝お前ばっかりずるいじゃないか!じゃあ俺は小指をもらってく!〟

 

 抑圧された獣欲は留まるところを知らず。

 彼らは相争うように、我先にと幼気(いたいけ)な少女を蹂躙した。

 

 腕から首へ。

 首から顔へ。

 顔から目玉へ。

 

 凶行はみるみる間にエスカレートしていき、幼女は一日も待たずにただの肉塊へと姿を変えた。

 

 村人たちはあっけなくダメになってしまった血溜まりを見下し、落胆と失望のため息を吐く。

 だが、名残惜しそうに少女だったモノを見つめている一人が驚愕の事実に気がついた。

 

 〝——コレはまだ死んでいないぞ!〟

 

 驚いたことに、少女は生きていたのだ。

 心拍もなく、呼吸もなく、生物としての生命活動は完全に停止している。

 しかし、彼女の魂は死してなお肉体にこびりついて離れなかった。

 

 この薄暗く冷たい牢で死んできた多くの怨念が、彼女の魂を肉の器に縛りつけていたのだ。

 それは我が子を死なすまいと願った母の愛か。

 はたまた我らが呪怨を成就せよとの先祖の呪いか。

 

 とにもかくにも。

 ソレにはぐずぐずになっていようとも、肉体と精神と魂が備わっていた。

 ならば間違いなく、コレは()()()()()()()()()()()()()と言えるだろう。

 

 村人は今度こそ生涯最高の歓喜に打ち震えた。

 なにせ、いくら壊してもダメにならない理想の贄が手に入ったのだ。

 これが嬉しくなくてなんだというのか。

 

 彼らは祝福を与えたもうた神に感謝し、神体として少女を(まつ)り上げ——もはや一切の容赦なく暴虐の限りを尽くした。

 

 村の歴史を紐解いてもその時期は絶頂期と呼んで差しつかえないだろう。

 彼らは来る日も来る日も暴力に酔い、ひたすらに堕落を(むさぼ)った。

 

 

 ゆえに、別の黒魔術教団(かつての同朋)に目をつけられるのも必然だったということだろう。

 

 

 村はあっという間に火の海に沈んだ。

 堕落に酔いしれた彼らは最後に一人残らず苦しみ抜いて死に果てた。

 

 襲撃犯の黒魔道士達は村の人間よりも幾分か使命に生真面目であり、彼らもまた神霊の降臨を(くわだ)てる一派だった。

 それゆえ村の誰もが死に絶えた閑村のさらに奥の地下牢に繋がれた、かつては少女だったぐちゃぐちゃの肉の塊を見つけた時、彼らの頭目は名案を思い付いた。

 

 生と死の入り混じる混沌の贄。

 これこそまさに、かの生と死を司る神を下ろす器に相応しい巫女だと。

 彼らは牢に祭壇を築き上げ、少女を『神呪(かじり)降ろし』の依代として捧げたもうた。

 

 〝神よ、(おそ)れ多き死と再生の神よ〟

 〝どうかこの贄を以て、我らが前に降りましませ〟

 〝そして至上の黒魔導士『ゼレフ』を今一度、この地に(よみがえ)らせたまえ〟

 

 

 ——かくして呼び声は聞き届けられた。

 

 

 贄として捧げられた少女。

 どろどろになった彼女の肉体が、()()()()と音を立てて(ひず)んでいく。

 まるで泥を()ねて人形を作るがごとく、肉塊は本来あるべき少女のカタチを取り戻した。

 

 魔導士たちは歓喜した。

 成功だ。我々は成し遂げた。

 死と再生の神『アンクセラム』はここに降臨したのだと。

 

 一糸纏わぬ姿の少女が目を開く。

 悲願を達成した魔導士の頭目は感涙に(むせ)びながら、更なる要求をすべくその瞳を覗き込んだ。

 

 

 ——神は激怒していた。

 

 

不届き

 

 

 直後に魔導士は全身の穴という穴から血を吹き出して死んだ。

 

 ある者は指先から全身が腐り落ち、ある者は呼吸の仕方を忘れ息絶えた。

 

 恐慌して逃げ惑う彼らは一人、また一人と此の世の苦しみの具現を味わって死んでいく。

 そして一分も経たぬ内に彼らは先ほど殺し尽くした村人たちと同じ末路を辿っていた。

 

 

 その光景を、少女はただ食い入るように見つめている。

 生まれて初めて目にした神の奇跡。

 脳に焼きついて離れない、神罰を具現した死神の魔法。

 神を肉の器に宿し、実際にその天誅を行使した彼女もまた名実ともに尋常の道から足を踏み外した。

 

 それが彼女の魔法の起源。

 後に幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター・ジョゼに拾われ、彼の養女(むすめ)として迎えられた——とある少女の起源(オリジン)だった。

 

ーーー

 

 深く息を吸う。

 それだけで草木が枯れて生き物の魂が漏洩(ろうえい)する。

 そしてその命が私の食事に早変わり。

 

 緑豊かだった森はあっという間に死んだ山へと姿を変える。

 

 私は生まれつき特殊な体質だった。

 母は死産だったらしく、私が胎内にいる時点で死んだために同じタイミングで私も一度死んでいたのだと思う。

 それでも私が生きているのは、当時住んでいた部屋に巣食っていた怨霊を(かて)として取り込んでいたから。

 

 死神の魔法を使えるようになってからは適当に草木に死を振り撒くだけで簡単にエネルギー補給ができて正直助かっている。

 何はともあれ、()()()()()()()()()()()

 こんなに強烈な一発をもらったのは久しぶりだ。

 出涸らしの霊魂で相手していたのは失礼だったと謝ろう。

 お詫びの印に私も手札を一枚切るから許してね。

 

「一割ぐらい、本気出すか」

 

 取り込んだ魔力を大鎌の形に押し固める。

 黒く禍々しい死を凝縮した巨大な刃を頭上に掲げ——縦一閃。

 

「刈り取れ、『死神の斬魄鎌(アズラーイール)』」

 

 黒い斬撃が波濤のように魔導巨人へ押し寄せる。

 巨人の身の丈すら優に超える斬撃は遥か遠くのラクサスまで瞬きの間に辿り着いた。

 

「う……ぉおおおお!!!」

 

 回避は間に合わないと悟ったラクサスは、雷を唸らせて相殺の体勢を取る。

 しかしそれは悪手と言う他ない。

 なぜなら、この斬撃は絶対に防御してはいけない斬撃なのだから。

 

「な——この魔法、オレの雷を斬って……!?」

 

 死神の魔法は『死』そのもの。

 黒い瘴気はありとあらゆる存在に死を与える亡びの息吹。

 すべての防御はこの魔法に触れた瞬間、死に至る。

 

 雷光を引き裂き、巨人ごとラクサスを肩から縦に両断。

 なおも斬撃の勢いは止まらず、対岸の山を三つほど寸断したところでようやくその終端が刻まれた。

 

「ガ……ァ……!」

 

 真っ二つに引き裂かれ、先ほどまで竜の暴威を奮っていたラクサスはあっけなく倒れ伏す。

 

 不甲斐なく思うことはない。

 元より私が戦場でしか出さない魔法を強引にも引き出したのだ。

 その飽くなき強さへの執念には脱帽する。

 

 倒れたラクサスは白目を剥き、わずかに痙攣した後に静かに息を引き取って……

 

 

「——って引き取っちゃマズイだろ!?

 私のバカーーー!!? やりすぎた!!!」

 

 

 冷静になった私は今更になって割とやらかしていたことに気づき、頭を抱えて絶叫した。

 

 違うんです……!

 久しぶりにちょっと歯応えある敵でテンション上がっちゃっただけなんです……!!

 くっそ、昔から興が乗りすぎるとロクなことにならん!!

 

「間にあえーっ! 『幽体進駐(プロジェクション)』っ!」

 

 瞬間移動でファントムMKⅡに直行、右半身と左半身が泣き別れした凄惨な姿のラクサスと対面する。

 傷口ごと殺したおかげで出血はしていないが、触れれば大体即死する斬撃でぶった斬られてるせいで普通に死体だった。

 

「うん、これ完全に死んでるわ! 魂抜けちゃってるわコレぇ!」

 

 ラクサスのちょっと黄色っぽくてパチパチ弾けている魂がふわふわ〜っとそこら辺を漂っている。

 私はそれを、ぎゅむっと掴まえて絶賛死にたてホヤホヤの彼の口にズボッと突っ込んだ。

 

「ゲホッ! ゴホ……が、はァうっ……!」

 

 するとあら不思議、なんということでしょう。

 さっきまで骸を晒していたラクサスが息を吹き返したではありませんか。

 

 いやぁどうやら間に合ったぽいね。

 ちなみに泣き別れした彼の半身は『憑喪神(ホーンテッド)』でさっき魔導巨人にやったみたいに復元しておいた。

 魂戻しても身体が死んでたら意味ないし。

 

 ま、こんなもんでいいだろ!

 どうせいっぺん死んだだけだし! 私なんて数え切れないぐらい死んでんだから一回ぐらいノーカンってことでよろしく!

 

「とりあえずヨシ! セーフ!!」

「どこらへんがセーフなんだ???」

「あ、ミストガン」

 

 指差し確認している私を、壁にもたれかかって立っているミストガンが何とも言えない表情でじっとりと見つめていた。

 回復早いな。ワンチャン死ぬかと思うくらいには生命(いのち)吸ってたんだが。

 

「何がセーフって……(本体)がこの世に留まってる間ならどんだけ生き返らしても倫理的にセーフじゃないの? 肉体なんてたかが器なんだし」

「わかった。君と死生観を語り合うことが時間の無駄だということがよくわかった」

「心外だなぁ」

 

 ミストガン呆れてない?

 そりゃ私も世間一般からズレた思想を持ってる自覚はあるがそんな風に言われるほどではないぞ。

 

「それで、まだやるの?

 滅神魔法(コレ)を解放した以上はさっきみたいに手加減はできないんだけど」

「私もそこまで命知らずではない。本気を出した君に正面から相手をすればラクサスの二の舞だ」

 

 ふーん? 相変わらず面白いことを言うなぁ、キミは。

 

「その口ぶりだと……まるで()()()()()()()()()()()()()()()って聞こえるんだけど?」

「当然だ。そう言っているのだからな」

「そのわりには杖すら構えてないじゃない」

 

 ミストガンは立ってこそいるが未だフラフラと覚束(おぼつか)ない足取りだ。

 満身創痍もいいところ。そんな身体で何をしてくるというのか。

 ただ一つわかるのは、彼がこのように自信満々な時には何かとっておきの秘策があると相場が決まっているということ。

 

 私は眼前の彼に目を凝らしながら、魔力探知の範囲を最大まで広げていく。

 

「そう注視する必要はない。見ての通り立っているのがやっとの有様だとも。

 私が特別何かをすることはないぞ。なぜなら、君を倒す魔法はすでに展開済みだからだ」

「っ! 上か!?」

 

 そして私は感知した。

 遥か頭上、空の雲よりさらに上。

 大気圏すら超えた先の衛星軌道上、そこに渦巻く巨大な魔力の塊を。

 

「まさか! 衛星魔法陣(サテライトスクエア)……!?」

「その通り。あれこそは超絶時空破壊魔法にして評議会の最終兵器『エーテリオン』に相違ない」

「な——」

 

 評議会が動いたってことか!?

 いや、そんな兆候はなかったはずだ!

 『エーテリオン』は加減によっては一撃で国一つ滅ぼすほどの超魔法だぞ!

 それほどの大事になるならERAの議席に忍ばせている監視用の霊体から知らせが来る!

 

 ということは……こいつ、個人で『エーテリオン』を発動させたということか!!?

 

「もちろん、評議会の保有する『エーテリオン』とは比べ物にならないほどに矮小な代物だ。

 いくら私といえど魔法陣のスケールを10000分の1に縮小させなければいけなかった。

 本家は対軍・対国家魔法だが、こちらは直々に対個人用としてダウングレードさせている」

「だとしても起動に足りる魔力をキミは捻出できないはずだ!」

 

 ミストガンは特殊な体質で、一切の魔力を持っていない。

 『エーテリオン』は大陸中の魔導士から魔力をかき集めてやっと成立するほどの魔力でようやく発動できる評議会の奥の手だ。

 弱体化させているとはいえ、とても個人で賄える量じゃない!

 一体どうやって——

 

「そのためにラクサスを連れてきた」

「どういうこと……!?」

「ラクサスが相手では君も本気で魔力を解放せざるを得ないだろう?

 エレメント4との激突、火竜(ナツ)鉄竜(ガジル)の戦闘の余波、魔導収束砲ジュピター2発。

 エルザの『明星・聖天の烈槍(セイント・オブ・ロンギヌス)』。

 私の『(ひじり)御神楽(みかぐら)』に『天逆鉾(あまのさかほこ)』と『屍喰獣(ヨモツヘグイ)』の衝突。

 1000門の『デッドウェイブ・レイ』に『煉獄砕破(アビスブレイク)』。

 ラクサスの『神鳴殿(かみなりでん)』500基と滅竜奥義。

 ——そして森一つ分の命を喰らった『死神の滅神魔法』。

 これら全てに使われた魔力は今、空気を漂うエーテルとなってこの空間に満ちている。

 それを利用させてもらうことで、かろうじて一発限り発射できるだけの魔力が集まったというわけだ。

 感謝するぞ。最後の凄まじい一撃がなければこの魔法は成立していなかった」

 

 コイツ、私にわざと本気の魔法を出させるためにラクサスを当てたのか!

 

「苦労話を聞いていかないか? この擬似『エーテリオン』は魔力収束機構に一部『アニマ』の理論を採用していてな。

 これにより大気のエーテルを吸い上げ、衛星軌道上で魔水晶(ラクリマ)を形成して即席で放つことができるという理屈だ。

 この機構を組み上げるのに実に10年近い歳月が必要だったぞ」

「そっかぁ、大変だったんだねー。

 ……じゃっねーよ!! 大変なことになってんですけど!?

 キミ正気!? このままじゃマグノリアごと吹っ飛ぶじゃんよ!!?」

「問題ない。君が何とかする」

「何とかするの私かーい!! 逃げたらどうするつもりだったんだよキミ!!?」

「逃げないだろう? 君は情に厚いからな。仲間を見捨てて逃げるほど薄情になれるはずがない」

「この人でなし! キミ、いつかロクな死に方しないぞマジで! 死神さんからの忠告だ!!」

 

 私は捨てゼリフを吐いて上空へと飛翔する。

 見上げればすでに地上からでも目にできるほどの魔力光が観測できた。

 

 これを私が何とかできると1ミリも疑ってないのか、ミストガンのやつ。

 頭沸いてるだろアイツ! まぁできるからやるんだけどさ!

 ていうか、やるしかないんだけどさぁッ!!

 

 

「〝此れを過ぐれば憂いの都あり〟」

 

 相殺ではダメだ。余波だけで周辺一帯が壊滅してしまう。

 

「〝此れを過ぐれば永遠の艱苦あり〟」

 

 ならば防ぐより他に道はない。

 

「〝此れを過ぐれば滅亡の民あり〟」

 

 ゆえに言の葉を紡ぐ。

 

「〝そして此れより先に築かれし門は無し〟」

 

 死神にのみ許された、この世ならざる門の召喚式を。

 

「〝汝、此の門の前に立つ者よ〟」

 

 上向けた左腕から巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 その大きさは湖からマグノリアの街上空を全て覆い尽くすほど。

 

 陣から浮かび上がる黒く禍々しい重厚な鉄扉。

 異形と悪魔の装飾が施されたその門は、まさに彼岸と此岸を隔つ境界線。

 

「〝(あまね)く祈りは此処より捨てよ〟」

 

 

 ——地獄の釜の蓋である。

 

 

「『地獄門(ラ・フォルト・ディ・ランフェール)』」

 

 

 天が一際強く光り輝く。

 極光がマグノリアを照らし……空が落ちてくる。

 あらゆる属性を内包し、27億イデアもの巨大な魔力によって時空ごと標的を消し飛ばす聖なる光。

 今回の一撃はそれほどの魔力量には及ばないが、街一つを灰燼に帰するほどの威力は健在だった。

 

 対して待ち構えるように、地獄の門の扉が開く。

 門の奥には何も見えない。

 ただ真っ暗な闇が広がるのみ。

 

 極光が暗闇の大口へと達し、吸い込まれるように消えていく。

 否、実際に吸い込んでいるのだ。

 

 『地獄門(ラ・フォルト・ディ・ランフェール)』は文字通り地獄へと繋がる門の具現。

 実際、本当に地獄まで繋がっている。

 私も何度かお邪魔したことはあるが、まぁヤバいところだった。

 

 地獄は霊界に属する異界の一つであり、およそ物質と言えるものは存在しない。

 対して現世は物質界であり、双方を単純に密度で比べた場合は現実世界が圧倒的に上になる。

 

 それゆえ現世で幽世へと続く穴を開けるというのは、例を挙げるなら風呂の栓を抜くことに等しい。

 水は当然のように排水溝たる穴へと流れ込んでいく。

 今、私が開いた門に現世という次元ごと引き摺り込まれる『エーテリオン』のように。

 

「さすがだ。劣化品とはいえ『エーテリオン』を単独で対処できる魔導士など大陸を見渡しても君以外には存在しないだろう。

 だが、さしもの君でも魔法の展開時にほんの一瞬だけ隙を見せたな」

「うへ〜……やっぱこうなっちゃうかぁ」

 

 『エーテリオン』は一先ず対処できた。

 あとは勝手に門が光を全部呑み込んでくれる。

 

 問題はいつの間にか私の背後で陣を組み上げ終えたミストガンだ。

 上空だぞ、ここ。なんでいやがるキミ。満身創痍だったろ。

 

「真の奥の手は最後まで隠しておくものだ」

「それは……二枚目の呪符!」

 

 ミストガンが種明かしと言わんばかりに取り出したのは、先ほど幻術で欺くために使った魂を転写した呪符。()()()()()

 なるほど、理解できた。

 私が彼の心臓に腕を突き入れた際、自分の身代わりとして用意していた予備の呪符でダメージを緩和したということか。

 さっきまでのフラフラの姿は純粋な演技ってとこだろう。

 魔導士やめて役者やれよ。

 

「ちぇっ……化かし合いは私の負けだなぁ、こりゃ」

「言ったはずだぞ。()()()()()()()()と」

 

 リベンジ早すぎだろ、と言う間もなく私を幾つもの闇属性の魔法陣が囲い込む。

 上下左右余すところなく立体的に敵を閉じ込め内部の敵を破壊する魔法。

 

 

「眠れ、『アマテラス百式魔法陣』!!」

 

 

 地獄の門が光の柱をすべて呑み干すと同時、ミストガンの敷いた魔法陣を中心にして巨大な爆発が巻き起こる。

 魔法を中断するわけにはいかなかった私はその攻撃を正面から受け、たちまちファントムMKⅡの内部まで叩き落とされた。

 

「ぐ……」

「動けないだろう。『アマテラス式』の魔法陣は爆発に巻き込まれた者の四肢の自由を奪う。これで王手(チェックメイト)だ、フィーネ」

 

 ミストガンは墜落した私に杖を突きつけて宣言した。

 やれやれ、ちょっと見ない間に腕を上げすぎだよこんちくしょう。

 これが男子三日会わざれば、ってやつか。

 

「感謝する。私が一人で修行したところで、これほどの力を身につけることはできなかった。

 私が強くなれたのは心置きなく君という背中を追い続けられたからだ。

 心からの礼を言わせてほしい。ありがとう、我が友よ」

「ったく、口説いてもなんも出ないってのに。

 ……うん、どういたしまして」

 

 有利になった瞬間勝ち誇りやがって、ミストガンめ。

 敵から見た私ってこんな感じなんかな。かなりうぜぇ。

 しかし私にしては予想外に爽やかなシメになったし、正直ここで終わってもいいかなぁとちょっと思ってしまう。

 

 でもやっぱり悔しいから続行だ。

 

 私は動かなくなった四肢……いや、右腕はなくなってたから三肢か。

 それらに魔力をありったけ注ぎ込んだ。

 巨大な魔力は圧縮されると膨張して爆発する。

 その理論の通り、私の残る左腕と両脚は弾けるように吹き飛んだ。

 

「なっ……!?」

「悪いね、ミストガン。まだ心残りがあるんだよ。ここで倒れるわけにはいかない」

 

 飛び散った血肉がびちびちと音を立てて巻き戻る。

 『憑喪神(ホーンテッド)』の応用だ。

 あの魔法は私の魂を物体に憑依させて操っている。

 逆を言えば、常に私の魂が憑依している私の身体なら、どれだけ肉が弾け飛ぼうが簡単に復元できるということ。

 

「甘かったか……!」

 

 さて、とにかくこれで動かなくなった三肢は元に戻った。

 一回殺して生き返ったようなものだし、当然『アマテラス式』の効果もリセットだ。

 右腕は肉ごとボッシュートしたから戻ってないけど、まぁ後で適当な肉でも見繕って直せばいいでしょ。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に距離を取るミストガン。

 だが遅い。

 私は一瞬で彼我の距離を詰め、首を絞めるように掴み上げる。

 

「がッ……!?」

「キミは強くなったよ、ミストガン。だから手は抜いていられない。

 戦いが終わるまで魂抜くけど悪く思わないでね。身体が腐る前には生き返らせて(戻して)あげるから」

「君はッ……人の死をなんだと思って……!」

「私にとって死は無価値なもの。同じくらい生は無意味なものだよ。

 生まれた時から変わらない、私にとっての常識さ」

 

 左腕から魔力を伸ばし、彼の魂を絡め取る。

 ミストガンの青白い魂が身体から——

 

 

「『三柱神』」

 

 

 引き剥がされることはなかった。

 突如として三本の巨大な岩の柱が彼の周囲に屹立し、聖なる結界で私の腕を弾いたのだ。

 とてつもない魔力の密度。

 不意を突かれたとはいえ、死神の腕をこうも容易く拒絶するとは。

 

「思っていたより早いお着きだ。

 これはようやく運がまわってきたのかな」

 

 これほどの練度の聖魔法を使えるものなど、妖精の尻尾(フェアリーテイル)には一人しか存在しない。

 

 

「多くの血が流れた……ガキどもの血じゃ。

 これで終わりにせんといかん。そうじゃろう、ジョゼの娘よ」

 

 

 膝丈ほどの小さな背格好。

 それとは裏腹な巨人を思わせる圧倒的な魔力量。

 イシュガル大陸上位10名に名を連ねる歴戦の聖十大魔導(せいてんだいまどう)にして、かのギルドを統べる総長(マスター)

 

 マカロフ・ドレアーが、遂に戦場へと帰陣した。

 





 週末忙しいので次話投稿は早くて来週の金曜あたりになると思います。
 感想・評価・お気に入りが励みになりますので、どうぞよろしくお願い致します。

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