PHANTOM LORD 作:あんくせらむ
【前回のあらすじ】すれ違い親子が多すぎる
曇天の空の下、崩れた巨人の城の中で男は哄笑を響かせる。
「……ふ、ふははっ! はーっはっは!!
ついに、ついにだ! 私は今ここに、最強の力を手に入れたのだーッ!!!」
マスター・ジョゼは両手を天に掲げ、魔力を滾らせる。
それだけで空気は軋みを上げて天地が鳴動した。
「くっ……何という魔力だ……!」
「ジョゼ、貴様……」
遠巻きに一部始終を観察していたミストガンは驚愕を露わにする。
至近距離で対峙していたマカロフは素早く距離を取りつつも、その表情にはどこか悲痛さが滲んでいた。
「逃がさんぞォ! マカロフーーっ!!」
「ぬぅっ!?」
ジョゼは片手を振り上げると魔力を収束。
ギルドを一呑みにできるほどの巨大な黒い魔力球を生成すると、それをマカロフめがけて豪速球で投げつけた。
「『デッド・クラスター』!!!」
「これはっ……避けきれんか……!?」
視界を覆い尽くす死の塊。
その巨塊、その速度を前にしては、さしものマスター・マカロフといえど成す術なし。
回避は手遅れ。
防御魔法陣は間に合わない。
相殺しようにも魔力密度が桁違いだ。
単純な魔力の球体生成。
それが常識はずれの魔力量と死の概念によって文字通り必殺の一撃と化している。
八方塞がり。
死をも覚悟したその瞬間。
「マスター、お手を!!」
「む!? エルザかっ!!」
『飛翔の鎧』を身に纏い、風のように疾駆する紅い髪の戦乙女。
エルザ・スカーレットの乱入により、既のところで彼女に抱きかかえられて離脱に成功した。
ジョゼの放った魔法は空を切り、遠くの山岳に着弾。
その爆発により山を丸々一つ削り取った。
あれが直撃していたら、とマカロフは肝を冷やしながらも自身の窮地を救ったエルザに声をかける。
「エルザ、怪我は大丈夫か?」
「ギルドの命運がかかっているともなれば、この程度の傷なんでもありません。
マスターこそ、ご無事で何よりです」
「おう、おかげさまでな。だがヤツを倒さねば到底無事とは言えんじゃろうよ」
「マスター・ジョゼ……あれほどの魔力を開放できるとは予想外でした。しかし、あの姿は……」
捕捉されないようにマカロフを抱えて疾走を続けるエルザ。
彼女の視線の先では黒いオーラを放出し続けるジョゼが狂ったように『
「ハハハハハ!! 魔力が際限なく湧いてくるぞ!!
死ね、死ね死ね死ね死ねェッ!!!」
高揚のままに幽鬼を生み出す彼の目は黒く反転している。
照点は合わず、唾を吐き散らしながら喚く姿はまさに悪霊。
否、悪霊に取り憑かれた哀れな狂人のごとき有り様だった。
「うむ、間違いなく正気を失っておるようじゃな。
明らかに魔力を御しきれておらん。アレでは宝の持ち腐れよのォ」
ジョゼは名の知れた闇魔法の使い手。
とりわけ悪霊使いとして定評があった。
彼ら死霊術師には不文律がある。
それは〝己より格上の霊を無闇に扱ってはならない〟というもの。
手に負えないバケモノを御しきれると思うな。
使役するのは常に格下に留めておけ。
決して自らの力量を過信してはならない。
召喚、使役に類する魔導士ならば誰でも知っている鉄則である。
「グ……ガ、アアアアァァァっ!!!」
それを彼は破ってしまった。
強き力を得るため、そして自らの力に驕ったために。
あまりにも自身の格上に位置するジョゼフィーヌを取り込んだことで、彼女の内包していた億を超える呪いの渦に精神を蝕まれているのだ。
当然のことである。
今の彼は体内に大陸単位の怨霊を取り込んだも同義。
いかに卓越した闇の魔導士であろうと、そんな怨念の塊と同化すれば喰われるのは必然だ。
すでにジョゼの精神は欠片も残さず汚染され尽くしている。
「あの様子では高度な魔法も使えまい。
ただ強大な死の魔力を撒き散らすだけの……災害じゃ」
今のジョゼには繊細な魔法を使うことはできない。
しかし溢れ出る強大な魔力を垂れ流すだけでも厄介極まりなかった。
なにせ質、量ともに対処するにはあまりに理不尽がすぎるからだ。
あらゆる魔法を殺す瘴気。
それが際限なく湧き出すようでは手の打ちようがない。
「死ネぇええええ!!!」
ジョゼの身体から零れた魔力が幽鬼の形に変化する。
死を纏った『
その指先は触れただけで石造りの床や壁を黒く風化させていた。
あれが人体と接触した場合など考えたくもない。
「あやつは早く止めねばならん。
今はまだかろうじて抑えが効いとるが、大量の魔力が
いつ暴発するか気が気でないわい」
「もしあんな魔力が爆発してしまえば被害はマグノリアだけには及びません! マスター、私が突破口を……」
被害を最小限に抑えるため、エルザが捨て身の覚悟を以て進言しようとする。
しかし、それに待ったをかける男が一人。
「エルザ、それには及ばん。私に一つ策がある」
「誰だっ!」
「ミストガンじゃ。エルザは初対面かのう」
誰あろう。
いつの間にかエルザと並走していたミストガンである。
倒れていたラクサスを背負って彼も離脱していたのだ。
「そうか、お前があのミストガンか。だが何処かで聞いたような声……」
「そんなことを気にしている余裕はないぞ。
早速始めさせてもらうがよろしいかな」
「あ、ああ。わかった」
半ば強引にエルザの呟きを遮ったミストガン。
彼がパチン、と指を鳴らすと背後の何もない空間から身の丈ほどもある巨大な
「これは先程、私が擬似『エーテリオン』を放った際に使い残しておいた
ミストガンは『エーテリオン』を使ってもジョゼフィーヌに対しては決定打になり得ないと踏んでいた。
実際その読みは的を射ており、彼女は見事に『エーテリオン』を封じてみせた。
そう予想を立てていたからこそミストガンは仕留めきれなかった場合の保険として、『エーテリオン』の魔力源となっていた
「この
そうすれば魔力量だけなら今のジョゼにも対応できるはずだ」
「なんと……!」
本来のジョゼフィーヌ相手ではそれでも焼け石に水にしかならなかっただろう。
しかし現在の相手はジョゼである。その上、正気を失っているときた。
「ジョゼはフィーネの魔力とまだ完全には同調していないようだ。
おかげで全開時の1%も魔力を解放できていない。
仕留めるなら今が絶好の
むしろ今を逃せば勝機はないとミストガンは推測していた。
ジョゼは今が一番弱い状態なのだ。
これ以上時を稼いでジョゼが完全に同調を果たすか、あるいは御しきれずに爆発するか。
どちらにせよ悠長にしている暇はない。
「よし、わかった。そういうことならガキどもの手前じゃ。
わしが何とかしてみせよう」
「頼みます、マスター」
「ではミストガンだけではなく、私からも餞別を。
ヤツの死の魔力を相手にしては万一もあり得る。しかしこの鎧であれば、あるいは対抗できるやもしれません」
「うむ、助かる。よぅし、お前たち。
あとのことはこのわしに任せておけぃ!」
マカロフは力強くそう宣言し、逃走から一転。
黒いオーラを昂らせるジョゼと再び向かい合う。
「追いつめたぞッ!! マカロフーーーッ!!!」
ジョゼはすでに人の原型を留めてはいなかった。
肉体は無数の怨霊が巣食い、ぼろぼろと崩れ落ちている。
しかしそこから噴き出す魔力によって歪に修繕され、目前に迫る頃にはファントムMKⅡに匹敵するほどの巨大な魔力でできた幽鬼へと変貌していた。
「ミストガン!」
「はっ!」
マカロフの号令に合わせ、彼の小さくも大きな背にミストガンが陣を描く。
「逆流せよ『アニマ・リベリオン』!」
ミストガンが使用した『エーテリオン』の魔力源となった
それは彼が超亜空間魔法『アニマ』の応用により空気中のエーテルナノを回収して構築したものだ。
その『アニマ』は本来、範囲内に存在する生物・無機物問わず魔力に変換するという極めて危険な魔法である。
彼は今、その『アニマ』を反転させた。
それによって極小の『アニマ』によってマカロフと
10%とはいえ『エーテリオン』。
その魔力は爆発的な量であり、マカロフは内側から臓器が破裂しそうなほどの圧迫感を覚えるほどだった。
「次は私が! マスター、あなたの勝利を信じております!
他者換装——『
ミストガンと入れ替わるようにしてマカロフの背に触れたエルザが魔法を使う。
使用したのは彼女の愛用する換装魔法『
しかし、その対象はエルザではない。
鎧を装備させるのはマスター・マカロフだ。
エルザはマカロフを自身が持つ中で最も魔力消費が激しく、そして最も強大な力を持った鎧で武装させた。
獅子を模した金の肩当て。
豪奢な黒と白の羽衣鎧。
そしてあまりにも強靭な一振りの薙刀。
エルザですらまともに運用するには魔力が足りず、一度として装備したことのない伝説の一品。
それが彼女の最後の切り札——『
「すべてのガキどもに感謝する。よくやった!!
妖精の尻尾であることを誇れ!!!」
鎧を身に纏ったマカロフは間髪入れずに『
その体躯が数百倍にまで膨れ上がる。
最強の鎧を身につけた、魔力溢るる巨人兵。
「
『
そうでなければ魔法を使うたびに服が破けて戦いどころではない。
今回はその性能を利用し、エルザの鎧を着たまま巨大化することで普段の数十倍近い戦闘能力を手に入れるに至ったのだ。
相対するのは巨人と大霊。
片や荘厳な羽衣を纏った聖なる戦士。
片や際限なく肉体を膨れ上がらせる亡霊の支配者。
共に大きさは互角。
しからば後に、優劣つけるは磨き上げた魔導のみ。
「「ぬぅォォぁぁぁああ!!!」」
巨神の薙刀と死神の大鎌がぶつかり合う。
天が割れ、地が悲鳴を上げて裏返る。
圧倒的な質量。
圧倒的な魔力量。
瞬間的に発生した火力指数はそれこそ『エーテリオン』の衝突に匹敵した。
神話のごとき一合。
押し負けたのは……死神の鎌だった。
「なんだとぉ!!?」
なぜ全てを殺す大鎌が弾き飛ばされたのか。
なぜ死の魔力を浴びて無傷であるのか。
それこそは『
装着時の魔力消費が激しく、この鎧を纏える者は十年現れなかった。
しかし一度刃を振るえば、魔の法を破りし天地無双の剣となる。
その逸話の通り、マカロフの振るった薙刀は空間ごとジョゼの魔力を切り裂いたのだ。
いくら魔法を殺す魔法とて、それが存在する座標ごと断ち切られては成す術なく霧散するのみ。
「でりゃああああ!!!」
「ぐ、ぉお!!?」
返す刃で下段から上段へ。
真っ二つにジョゼの巨体を寸断する。
常人ならば即死の一撃。
しかし。
「カ、ァアア……!」
「再生じゃと……!? いや、これは奪った命を自身に与えておるのか!!?」
ジョゼは縦に割られた肉体の断面からドロリとした黒い魔力を伸ばし、繋ぎ合わせて蘇生した。
命を奪うだけが死神ではない。
それが『死神の滅神魔法』の真骨頂であるがゆえに。
一度死んだところで決定打になるはずもないのだ。
「ふ、ははは!! キサマにワタシは殺せぬよマカロフゥ……!
我が娘の最強の力、
「ぬぅ、仕方がない——
再び魔力を迸らせて襲いかかるジョゼ。
しかしマカロフは巨体とは思えぬ速度で腰を落としつつ足払いを仕掛ける。
理性もなく突っ込んできたジョゼのバランスを崩させ、自身は手に持った薙刀を手首・腕・腰の捻りを加えて渾身で打ち込む。
「『
ジョゼの心臓部に穂先を突き刺し、そのまま力任せに吹き飛ばす。
巨体でありながら遥か遠くの山岳まで薙刀と共に飛ばされ、峰に身体を縫い付けられた。
「
間髪入れずにマカロフは両手を構えて魔力を集中させる。
これぞマカロフの……いや、妖精の尻尾の持つ奥の手の一つ。
ギルドの敵を滅ぼす絶対の魔法。
「一つ……」
だがその強力さの代償として、必ず相手に三つ数えるまでの猶予を与えなければならない。
そうでなければ到底〝命の選別〟など行えないからだ。
ゆえにマカロフは力任せにジョゼを吹き飛ばして距離を開かせることで時間を稼ぐ猶予を作った。
肉体を破壊しても意味がないのなら、もうこの魔法しか打つ手がない。
マカロフは全霊を賭けて勝負に出た。
「ふた……」
「コン、ニチワァァ……!!」
「ぬぅっ!?」
そして、一歩及ばなかった。
突如として眼前に現れたジョゼにマカロフは驚愕を露わにした。
軽く町三つ分ほどの距離まで弾き飛ばしたはずだ。
なのに、なぜ。
答えは『
ジョゼフィーヌの愛用する瞬間移動魔法。
彼女を吸収したのであればジョゼがそれを使えるのも道理である。
しかし彼は正気を失い、とても高度な瞬間移動を使えるほどの知性は残っていなかった。
だからこそマカロフは意表を突かれたのだ。
土壇場で同調に成功したのか。
あるいは魔力の元となった者が危機を察知し、半ば自動的に魔法を行使したのか。
それを知る術をマカロフは持たない。
ただ振り上げられた漆黒の大鎌を見上げるのみ。
そして死そのものを形にしたような刃が、無慈悲にも彼の眉間に振り下ろされ——
大鎌ごと、ジョゼの巨体がバラバラに
「な、にっ……!?」
賽の目状に分解され、崩れ落ちる視界の中。
彼の視線は妖精の尻尾のギルドの屋上。
赤い屋根の上に、黒いマントを羽織った赤銅色の髪を捉えた。
五指をこちらに向け、不敵に笑う偉丈夫の魔導士を。
「
「よう、出遅れちまったみてぇだが……最低限の仕事はしたぜ。マスター!!」
分解魔法『クラッシュ』の使い手にして妖精の尻尾〝最強〟の魔導士。
ギルダーツ・クライヴの急襲により、ジョゼは細切れとなってマカロフへの攻撃が無効化される。
「三つ……!」
ゆえに間に合った。
ギルドの敵を殲滅する妖精三大魔法が一角。
その準備が今、すべて整った。
「『
マカロフの合掌により発動した絶対審判魔法『
マグノリア中を光が包み込み……彼が敵と認識する存在、それら全てが灼かれてゆく。
ジョゼは咄嗟に無数の『
この魔法の存在は娘のジョゼフィーヌから聞いていた。
だからこそ最大限に警戒した。
だからこそ娘の魂を取り込んで大量の悪霊を従えたのだ。
『
つまり無数の怨霊で頭数を増やせば魔法の効果が及ぶ前にマカロフの寿命が尽きるのだ。
完全に怨霊と一体化したジョゼフィーヌならばそうした対処が可能だった。
ジョゼはその通りに『
これで先祖代々、永きに渡る妄執の念から解放される。
己の代で飽くなき怨念の連鎖から抜け出すことができるのだと。
なぜ、そうまでして
決まっている。
気に入らないから。
最初はそう思っていたはずなのだ。
その一念しかなかったというのに。
いつからか、もう一つ理由ができていた気がする。
それが何だったのかは、もう思い出すことはできない。
「ワタ、シは——」
一体、何の為だったか。
いや、誰の為だったのか。
それを思い出す前に、彼は防げるはずの光に呑まれ……完全に意識を落とすのだった。
光が晴れ、雲一つなくなった青い空の下で。
「お父様…………」
灰のように白く身を焦がした父を抱きしめながら、少女は一人——囁くように呟いた。