PHANTOM LORD   作:あんくせらむ

8 / 13

【前回のあらすじ】大怪獣バトル


LIMIT

 

 マカロフの『妖精の法律(フェアリーロウ)』により空に立ち込めていた暗雲は振り払われた。

 降りそそぐ陽射しは両ギルドの激戦、その終わりを物語っている。

 

「マカ、ロフ……き、さまを……コロス、ころすゥ……!!」

「お父様……」

 

 干上がった湖底の上で私はお父様を抱え、座り込んでいた。

 私の膝の上で灰のように生気を失ったお父様は完膚なきまで敗北してなおマスター・マカロフへの怨嗟に囚われ続けている。

 

 ……わかっていた。

 お父様がマカロフと戦うならば必ずどこかのタイミングで私を取り込もうとすることも。

 そこまでやったとして決してマカロフに勝てないだろうことも。

 お父様の実力では私の魔力と悪霊を御しきれず、完全に精神を壊してしまうだろうことも。

 

 元々、この戦いを始めた時点でお父様の理性はほとんど残っていなかった。

 普通に考えれば誰でもわかる。

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 両ギルドのどちらが上かを示そうというのに抗争の結果がどうあれギルドが取り潰されれば何の意味もない。

 以前のお父様であれば、そんな馬鹿でも理解できる道理に気づかないわけがないのだから。

 それすらわからなくなってしまった時点でお父様の運命は定まったのだ。

 

 代々、幽鬼の支配者(ファントムロード)はお父様の家系であるポーラ家が後を引き継いできた。

 彼らの先祖は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に何か恨みがあったのか、世継ぎが成されるごとにその胎児へと自らの意思を託しているそうだ。

 

 託すと言えば聞こえは良いが実質は呪いのようなもの。

 代を重ねるたびにその呪怨は強大さを増し続け、ついにお父様の代で聖十大魔導(せいてんだいまどう)に匹敵する力を持つに至った。

 しかしその代償として宿主の精神は歪に変生する。

 

 これは生まれた時点で本人の魂を構成する重要なパーツになっていた。

 無理に弄れば最悪の場合は精神と魂が崩壊する代物だ。

 ゆえに私にも解呪できなかった。

 

「ころす……フェアリー、テイル……! 呪って、のろって……」

 

 こうなればもう遅い。

 私は怨霊を取り除くことはできても精神を元に戻すことはできない。

 そして精神をやられた死霊術師は今まで使役してきた悪霊からのフィードバックを受ける。

 この状態では、そう長くは保たないだろう。

 良くて二ヶ月といったところか。

 

 ……私にできることはやりきったはずだ。

 どうしようもなかった。

 できることなど何もなかった。

 

 それでも私は、己の無力を呪わずにはいられなかった。

 

「ジョゼの娘よ」

「……マスター・マカロフ。

 おめでとう、キミたちの勝利だ。

 まぁ元々キミらに非はなかったからね。

 これは当然の結末だよ。運命とさえ言っていい」

 

 蹲る私に声をかけたのはマカロフだった。

 いつの間にか目の前まで歩み寄っていたらしい。

 全く気づかないなんて私にしては気が抜けすぎだ。

 

「……最後、ワシは己の寿命を全て賭けるつもりで『妖精の法律(フェアリーロウ)』を使った。

 そうせねばジョゼと一体化し、その盾となった怨霊どもごとヤツを倒すことなどできんと踏んだからじゃ」

 

 見上げると、マカロフの顔には影がかかっていた。

 

「じゃがそうはならんかった。

 『妖精の法律(フェアリーロウ)』は術者が敵と認めたものだけに効果がある。

 それがジョゼだけに通じ、ヤツと同一化したはずの霊には通じなかった。

 つまり……」

「いいよ、わかってる。

 この人は最後まで私を娘として見てくれた。

 それだけで……十分だから」

「しかし、お前さんにはワシを恨む権利があろう」

 

 私は首を振って彼に微笑む。

 マカロフは多くの仲間を傷つけた私のことを敵として見なさなかったのだ。

 そんなお人好しの彼に、これ以上どうして刃を向けられよう。

 

「あいにく、これからやることが山積みでね。

 そんな無駄なことに費やしてる時間が惜しいんだよ。

 ああでも、後でせめてもの詫びを入れに行くから、それまでは少し待っててほしいかな」

「……そうか。

 辛いならば仲間を頼りなさい。

 そのための家族(ギルド)じゃ」

 

 私は返答もせず、未だ譫言のように呪咀をこぼすお父様を抱えて立ち上がる。

 

「それじゃ、また後でね。

 トウカ。『水の翼(アクアエーラ)』よろしく」

 

 遠方で待機させていた協力者に念話で指示を出す。

 すると目の前に人が一人通れるぐらいの水のリングが形成された。

 輪の中身はぽっかりと空洞が開き、その向こう側には干上がってひび割れた湖の地面とは全く違う景色が広がっている。

 空間と空間を繋ぐ魔法だ。

 うちのギルドの子たちはこれであらかじめ退避させてある。

 

 マカロフはそれを見て小さく首肯し、暫しの沈黙の後、彼のギルドがある方へ振り返って宣言した。

 

 

「皆の者、聞けぃ!! この戦い、ワシら妖精の尻尾(フェアリーテイル)の勝利じゃあ!!!」

 

 

 戦いの終わりを告げる勝鬨を背に、私はその場を後にするのだった。

 

ーーー

 

「はい、というわけで幽鬼の支配者(ファントムロード)は今日を以て解散します」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の拠点から数キロほど離れた森の中。

 私は切株に腰掛けながらそう宣言した。

 ちなみにお父様は私の別荘に寝かせてある。

 世話係もいるし人避けの幻術も施してるから、きっと静かに余生を過ごせるだろう。

 精神(こころ)の方は、もうどうしようもないけどね。

 

 まぁ、そんなわけで今回の抗争は私たち幽鬼の支配者(ファントムロード)の完全敗北で幕を閉じた。

 良い機会だから、これでギルド自体も終わりにしようというのが私の意見だ。

 

 話を聞いているギルドの仲間たちも大半は渋々ながら納得していた。

 マスターの娘である私が言うのなら致し方ない、と。

 それにもしかしたら彼ら自身もこの戦いを経て何か思うところがあったのかもしれない。

 

 しかし当然、納得できない者も中にはいる。

 

「……気に食わねぇな」

 

 その中の一人が『鉄竜の滅竜魔導士』ガジルだった。

 

「ガジル。悪いけどこれは決定だよ。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター代理として、これを取り消すつもりはない。

 お父様はすでに死人も同然。

 ギルドのS級魔導士も全員完敗。

 永い間、私たち固執していた両ギルド間の優劣に結論が出たんだ。

 これ以上存続させる理由がどこにある?」

「それが気に食わねぇって言ってんだよ!!」

 

 ガジルは腕を鉄骨に変化させて私の頭部へと放つ。

 ひょい、と顔を傾けると頬スレスレを鉄塊が通り過ぎ、ちょうど背後の木の幹に突き刺さった。

 

「一回負けたぐらいでビビってんじゃねぇよ!

 オレたちはフィオーレ最強の幽鬼の支配者(ファントムロード)だぞ!!

 〝どんな幽鬼も(こうべ)を垂れるほど強くあれ〟!

 それがギルドの教えだろうが!」

「そうだね。

 だからこそ今、このギルドは終わらせてあげるべきなんだ」

 

 叩きつけられたガジルの冷たい拳にそっと触れながら諭す。

 

「いいかい、ガジル。

 形あるものには必ず終わりが訪れる。

 だけどね。来るべき終わりが来たのであれば、それを拒むことはきっと良くないことなんだよ」

 

 死という終わりがない私は。

 数多の死を看取ってきた私は、そのことを身にしみて理解しているつもりだった。

 私の持論はミストガンに告げたものがすべてだ。

 

 どんな崇高な死にも価値はなく。

 いずれ忘れさられる運命(さだめ)にある。

 ゆえに、あらゆる生に意味はない。

 

 だが。

 

「死は避けられない。

 私たちにできるのはそれを看取ることと、心に刻んで生きること。

 そうすればきっと、どんなに無価値と思える死にだって意味は残る。

 その死に意味がある限り、その生がどれほど愚かで無意味であっても、きっとそれには価値があった。

 少なくとも私は、そう信じているんだ」

 

 私は腰を上げ、ガジルの肩を抱きしめる。

 

「今、幽鬼の支配者(ファントムロード)を終わりにできるのは私たちしかいない。

 私たちのギルドは決して良いギルドじゃなかったのかもしれないけれど、その終わりを見届けることが、こんな私たちにも価値があったという確かな証明になると思ってる。

 終わることは悲しいことだけど、せめて安らかに逝かせてあげたいんだ。

 頼むよガジル。100年続いた妄執を、ここで終わらせてやってくれ」

「……オレはッ!

 幽鬼の支配者(ここ)でアンタを超えたかった!

 目標だった! 大陸一のギルドで、一番強え魔導士を超えれば、きっとあいつもオレを見つけて……!」

 

 絞り出すような言葉だった。

 ガジルも私と同じく身寄りがなく、幽鬼の支配者(ファントムロード)に引き取られた者同士。

 私は不器用で、乱暴で、捻くれてるくせに真っ直ぐな彼を実の弟のように思っていた。

 

「キミなら大丈夫。

 きっとすぐに良い運命に巡り合うよ。

 死神さんのお墨付きだ」

「くそっ……! いつまでも姉貴ヅラしてんじゃねぇよ、ちくしょう……!」

 

 そうしてこの日、一つのギルドの歴史が幕を下ろした。

 

ーーー

 

 抗争から数時間経ち、陽も傾き始めた頃。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーたちはもはや原型を留めていないレベルで廃墟となったギルドを見上げて黄昏ていた。

 

「しっかしまたハデにやられたのう……。

 しばらくは土木作業じゃな」

「建て直しには一月ぐらいかかるかもしれませんね」

「ぬぅ……」

 

 さてどこから直したものかと頭を悩ませる妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々。

 そんな彼らの屯する背後に水の輪っかが開き、私はそこから顔を出した。

 

「やっほー、さっきぶり」

「なっ、ジョゼフィーヌ・ポーラ!?

 何をしにきた!!」

 

 いち早く反応したエルザが剣を抜いて構える。

 いやまぁギルダーツも気づいてたっぽいけどスルーしてる。

 ラクサスとミストガンの姿は見えない。

 逃げやがったなアイツら。

 ただ、他のメンバーはほとんど揃っているようで何よりだ。

 

「よせエルザ。今のあやつに戦う気はないわい」

「そそ。迷惑かけちゃったからね。

 ギルドを代表して謝りに来たんだ」

「む、そうなのか」

 

 私は三角帽を頭から外し、彼らに向かって頭を下げる。

 

「この度は我がギルド、幽鬼の支配者(ファントムロード)が多大な迷惑をおかけしました。

 謝って済むようなものではありませんが、せめてもの謝罪をここに。

 申し訳ありませんでした」

「よい。幸い双方死人も出とらんしな」

「スーーっ……あー、そうっすね。ハイ。

 死人出てないと思うっすよ、ハイ。結果的には」

「……? なんか口調変わっとるぞ」

「いや気のせいっす」

 

 ノリでラクサス殺しちゃったことは黙っとこう。

 

「まぁ、納得できん者もおるじゃろうがな。

 互いに矛を納めねば、また無用な争いを生むだけじゃ。

 それに壊れたギルドはまた建て直せば良い」

「ああ、その件。

 私がなんとかしましょうか」

「なんじゃと?」

 

 訝しむマカロフをよそに私はパチンと指を鳴らす。

 

 すると無惨にも崩れさったギルドの建材がみるみるうちに浮き上がる。

 それらがガシャガシャと組み合わさっていき、あっという間に妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドは元の姿を取り戻した。

 

「こりゃあたまげた……」

「大した魔法じゃないよ。

 建物に宿っていた魂に力を与えただけさ」

 

 東洋には付喪神という概念がある。

 大事にされてきた物品には魂が宿るという考えだ。

 今回は意図的にそれを活性化させた。

 ……たまに暴発して、その気じゃないのに魂を得てしまう物品が発生するのが最近の悩みだ。

 

「ここまで精密に復元できるのはギルド自体に元に戻りたい意思があってこそだよ。

 キミたちがこの場所を大事に思ってきたから、この子もキミたちを早く迎えたいのだろうね」

「そうか……。

 感謝する、ジョゼの娘」

「いや、壊したの私たちだから。

 これぐらいの詫びは入れないとね」

 

 さて、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にも最低限の通すべき筋は通した。

 これで私の幽鬼の支配者(ファントムロード)マスター代行としての役割はあと一つだ。

 

 そして、それももう到着の頃合いらしい。

 

「全員動くな!!

 我々は魔法評議院傘下、強行検束部隊ルーンナイトだ!!」

 

 いつの間にか私たちは評議院の尖兵ことルーンナイトたちに取り囲まれていた。

 彼らは魔導士の魔法を封じる魔法に特化した部隊だ。

 何かと暴れ回る魔導士ギルドへの抑止力でもある。

 

「じゃ、私はこれで。

 達者でね。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の諸君」

「ほ!? ま、まさか逃げる気か!?

 ちょ、ちょーっとでも良いから事情説明手伝ってくれんかのう……」

「いーよ。というかそのために来たんだし」

「なぬ?」

 

 訝しむマカロフを置き去りにして、私は杖を構えて臨戦体勢を取るルーンナイトたちへと両手を挙げて前に出る。

 

「貴様は……幽鬼の支配者(ファントムロード)の『霊王』ジョゼフィーヌ・ポーラか!」

「そ。キミたちは今回、幽鬼の支配者(うち)妖精の尻尾(フェアリーテイル)の抗争鎮圧、及び捕縛を目的にお越しになったのかな?」

「その通りだ!

 貴様らの行動は魔法評議院の定めたギルド間抗争禁止条約に抵触する! よって……」

「いや、残念ながら抵触しないんだよね。これが」

「なにィ……?」

 

 困惑するルーンナイトの司令官に向かって、悪戯っぽく笑いかける。

 

「だってこれ、私がうちのマスターをけしかけてやったことだし」

「……それは本当か?」

「ほんとほんと! マジのマジさ。

 確認してみる? 今のマスター・ジョゼの状態。

 私の悪霊に取り憑かれて精神ぶっ壊れてんだよね〜」

 

 念話で合図を送り、頭上に水のリングができたかと思えば、そこから瀕死状態で正気を失ったお父様が落ちてくる。

 私はそれを両腕で抱きとめ、ニヤニヤしながら言葉を続けた。

 

「ギルド間抗争禁止条約ったって何も絶対にギルド同士の武力衝突を禁止しているわけじゃないでしょ?

 相手が一方的に攻めてきた上で、生命だったり街の住民への危機だったりを防ぐための防衛戦であれば正当防衛として罪には問われない。

 そして攻勢側もやむを得ない理由……例えば脅迫だったりで従えた上での戦闘行為の強制であれば同じく情状酌量される仕組みだ」

「む……つまり今回の争いの発端は全て貴様個人にある。

 だから貴様以外には罪がない、ということか?」

「そうそう。理解が早くて助かるよ」

 

 私とルーンナイトのやり取りを見ていた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々は困惑を露わにしていた。

 今の言葉は明確に責任の所在を私個人に集中させるもの。

 彼らを庇い立てする行為に他ならない。

 

 まぁ、この程度の責任は取って然るべきだよねぇ。

 これで全部丸く収まるし。

 あぁでも今やってる仕事は大分延期にしてもらわないとな。

 依頼主には暫く保留状態にしてくれって言ってあるから当面は大丈夫だろうけど。

 

「……その証言の全てを信頼することはできない。

 一先ずは重要参考人として拘束させてもらう。

 そのマスター・ジョゼも一緒に連行するがそれでいいか」

「ま、妥当な落とし所だね。どうぞ」

 

 私の両腕に魔封石でできた手枷がかけられる。

 これでもう魔法は使えない。

 この枷をかけられるということは、名実ともに公認魔導士生命終了ってことだ。

 

 これからブタ箱暮らしかぁ。

 なんか懐かしくなってきたな。

 あの村の牢よりマシだと良いんだけど。

 

「おい、待てやコラァーーー!!!」

「ナツ!? ちょっと!」

 

 万事予定通り、と囚人護送用の馬車に乗り込もうとした時。

 突如として火炎が立ち上り、人集りから誰かが飛び出してきた。

 

「『火竜(サラマンダー)』……?」

「てめぇカッコつけて逃げようったってそうはいかねーぞ!

 もう一辺オレと勝負しやがれ!」

「ええ……戦闘狂すぎない?」

 

 立ちはだかったのはナツ・ドラグニルだった。

 いくら前回瞬殺したからってこのタイミングで突っかかってくるか普通。

 ルーンナイトの前で戦ったらそれこそモロに条約違反の現場じゃんかよ。

 

「うるせぇ!

 もう仲直りは終わったんだろーが!

 だったら一人で背負うようなマネしてんじゃねぇ!」

「キミ、まさか……」

 

 はぁ……まったく妖精の尻尾(フェアリーテイル)ってやつらは。

 どいつもこいつもお人好しがすぎるだろ。

 

「いくぞ『火竜の……』」

「ほい、っと」

「ほげぶっ!!?」

 

 ナツが火炎を纏った拳を振りかぶる直前、急接近して踵落とし。

 見事に彼は顔から胸部にかけて地面にめり込んだ。

 

「悪いがキミに先に手を出させるわけにはいかない。

 ……その好意だけ、ありがたく受け取っておくよ」

 

 私は微笑んで、今度は心配そうに事態を見守っていたルーシィに微笑みかける。

 

「良い家族だね。大事にしなさい。

 あと、キミのお父様には依頼失敗してごめんなさいって伝えといてくれると嬉しいな」

「……うん、わかった。

 あの、それと!

 私が捕まってたとき、優しくしてくれてありがとう」

「ははっ、どういたしまして。

 そんじゃ、さようなら。

 もう会うこともないだろう。お元気でね。

 幽鬼の支配者(私たち)が最後に戦えたのが妖精の尻尾(キミたち)で良かった」

 

 私は笑顔で別れを言い、護送車に乗り込むのだった。

 

ーーー

 

 ガタガタと揺れる馬車の中。

 一切の光が締め切られた暗い箱の中で手枷をつけて下を向く。

 とても正面を向いてはいられなかったから。

 

「ゆるさん……ゆるさん、ぞ……フェアリー、テイルゥ……!!」

 

 向かいの席には横に寝かせられたお父様が、今も呪いを吐き出し続けている。

 

「これで、良かったよね」

 

 言い聞かせるように呟いた。

 自信がなかったからだ。

 これが本当に私の望みなのか。

 

「そんなわけないじゃん」

 

 ガタガタと揺れる、私とお父様しかいない部屋で一人、溢れるように絞り出した。

 

 わかっている。

 本当はこんなこと望んじゃいなかった。

 でもこうなったのは私の責任だ。

 私が半端だったからこうなった。

 

 本格的な戦闘が始まる前に止めることだって私にはできた。

 でもお父様の戦いを邪魔したくなくて止められなかった。

 そのくせ、いざとなったら今度は失うのが怖くなって邪魔をした。

 

 全部、私に勇気がなかったからこうなった。

 これが私の罪だ。

 だから責任を果たさなければならない。

 

 けれど。

 

「未練たらしいな、我ながら」

 

 それでもまだ、違う結末を欲しているなんて。

 

 顔を上げる。

 馬車は止まっていた。

 

 代わりに聞こえたのは、兵士たちの悲鳴。

 壁越しに感じられる血の香り。

 強大な闇の魔力。

 

 

 そして、轟音とともに護送車の壁が吹き飛ばされた。

 

 

「やぁ、どうも。

 察しはつくけど一応聞いとくよ。

 キミのお名前と、ご住所と、本日のご用向きは?」

 

 ()()()はニヤリと八重歯を剥き出しにして返答する。

 

 

「『六魔将軍(オラシオンセイス)』——『毒竜』のコブラ。

 『霊王』ジョゼフィーヌ・ポーラ、テメェを勧誘しにきた。」

 

 

 闇ギルド最大勢力。

 バラム同盟を構成する三つのギルドのうちの一角。

 それが六魔将軍(オラシオンセイス)

 

「赤紫の髪に、空飛ぶ紫鱗の大蛇を連れた魔導士。

 六魔の一人が直々にヘッドハンティングとは驚きだね」

「ハッ、よく言うぜ。

 お前ほどのやつがフリーになったんなら声掛けねぇわけがねぇだろうが」

 

 コブラと名乗った男は私に手を差し伸べる。

 

「聴こえるぜ。

 その身に巣食う怨霊どもの叫び声。

 それすら掻き消すほどの何より強い祈りの声が!

 オレたちと一緒に来い『霊王』。お前には闇の世界こそ相応しい!」

 

 対して私は微笑みながら彼の視線を射抜いた。

 

「舐めるなよ」

「ッ……!」

 

 コブラの額から汗がふき出す。

 

「私は生涯、幽鬼の支配者(ファントムロード)以外のギルドに身を置くつもりはない。

 今、虫の居所が悪いんだ。

 キミ程度なら私は枷付きの身でも嬲り殺せるぞ」

「くっ……!」

 

 臨戦体勢に移るコブラ。

 身構えたときには、すでに私の手は彼の首を締め上げている。

 

「ガっ……!? 声が、聴こえねぇ……!」

「霊たちも気が立ってるからね。

 うるさくしてすまなかった。

 今、楽にしてあげよう」

 

 ごきり、と頸椎を砕くその直前。

 

「そこまでにしておけ。

 うぬと事を構えるつもりはない」

「……キミは」

六魔将軍(オラシオンセイス)、ブレイン。

 うちのコブラがすまなかった。

 交渉には向いていない男でね。

 放してやってはくれないか」

 

 待ったをかけたのは、色黒で顔に黒い線の刺青を入れた白髪の男。

 ブレインと名乗った彼は馬車の中で横たわるお父様に哀れみの視線を向け、次に私に向き直って告げた。

 

「うぬの祈り、我々に与すれば叶えられよう」

「……」

「どうかね。話だけでも聞いていかないか。儲け話だ。

 ——決して損をさせはしないとも」

 

 男の言葉には嘘も偽りも感じなかった。

 私は暫し目をつむって考え込み、掴んでいたコブラの首を解放する。

 

 

「いいよ。

 詳しく聞かせてもらおうか」

 

 

 『霊王』を護送中の馬車が何者かに襲撃されたとの通報が魔法評議院に伝えられたのはそれから数時間後のこと。

 護送していた『霊王』ジョゼフィーヌ、そしてマスター・ジョゼの行方もまた闇へと姿をくらませたのだった。

 





 これで前編の幽鬼の支配者編は終了です。
 次回は後編の六魔将軍編に入ります。
 また構成を考えたいので暫く間が空くと思いますが楽しみに待っていただけると幸いです。

 感想・評価・お気に入りが励みになりますので、どうぞよろしくお願い致します。

感想
評価
お気に入り
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。