Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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小休止

 ジュリアとの戦闘から一ヶ月ほど経ち、春休みに入った今でも、T.w.dの襲撃はない。何も起こらないのが一番いいのだが、それがかえって秀にとって不気味に思えた。

 その一ヶ月間のうちに、頭を失い、弱体化した風紀委員は、グリューネシルト統合軍が一時的に執り仕切ることになった。また、教務課、執行部については、その全滅を気取られないためにジュリアは彼らの死体を動かしていたらしく、ジュリアの絶命と共に一斉に行動しなくなった。それについても、統合軍の教導官を招いて一時的に対応することになった。

 また、秀はカレンに、レミエルと恋仲になったことを伝えた。あの日の涙への答えとしては、酷なものだと秀は自分で思ったのだが、カレンは一言も秀を蔑むことは言わずに、ただ微笑んで祝福してくれた。だがその時、秀はカレンが必死に涙を堪えていたことに気付いていた。だがそれでも、秀はあえて何も言わなかった。

 それと、達也の家に帰って、これまでのことを、ジュリアのことを伏せつつ話した。その時にカミュとレミエルの話もしたところ、ぜひ連れてきてくれ、とのことで、レミエルと、二人でカミュの家に行って、そこからカミュを連れて達也の家に行こうという約束をした(このことはカミュに伝えていない)。そういうわけで、今、秀はレミエルの部屋のドアの前にいる。格好は制服だ。なぜかというと、それ以外のサイズの合う服を、秀は持ち合わせていないからである。

 秀はドアをノックした。だが、反応はない。不思議に思って、呼んでもみたが、それでも返事は無かった。

 

(どういうことだ……?)

 

 訝しく思った秀は、ドアをそっと開けた。すると、私服姿のレミエルが椅子に座って、なぜか顔を赤らめながら本を読んでいた。

 秀は、なるほどな、と思って、こっそりレミエルの後ろに回って、その本を覗き込んでみた。すると、秀はその内容が意外で、危うく腰を抜かしそうになった。その内容というのは、完全に官能小説だった。普通の小説にも濡れ場とかはあるし、そのシーンをたまたま覗き込んだとも考えられなくもないが、表現に、読者を興奮させるための工夫がふんたんにされており、間違いなくその類だと確信した。

 秀は、レミエルをひとつからかってやろうと思い立ち、まずレミエルの肩に手を置いた。

 

「おい、レミエル」

 

「ひゃっ!?」

 

 レミエルはびくりと肩を震わせ、本を隠すようにして振り向いた。

 

「しゅ、秀さん……。驚かさないで下さいよ!」

 

 レミエルが頬を膨らませて秀をぽかぽかと叩いた。秀はそれを受けながら、レミエルの頭を撫でた。

 

「悪かった悪かった。しかし、レミエルがそんな本を読むなんて思ってなかったな」

 

「え」

 

 レミエルの表情が凍りついた。秀はこれが狙いと、口角を上げた。

 

「ああ、でも、考えられなくもないな。なにせ俺の股間が勃起してるとかわざわざ言ったこともあるしな。そういう本を読んでいてもおかしくは——ごふっ」

 

 レミエルは、顔を真っ赤にして杖で秀の腹を殴った。流石はプログレス、かなり重い一撃だった。

 

「秀さん」

 

「はい、なんでしょうか」

 

 レミエルがしかめっ面で睨んできたので、秀は思わず丁寧語で返事をしてしまった。

 

「そこに正座してください」

 

 有無を言わさぬようなレミエルの視線に、秀は言われるままにそこになおった。

 レミエルはため息をつくと、困ったように説教を始めた。

 

「前から思ってましたが、秀さんはデリカシーがないです。からかうにしても、女の子をからかうのだから、ちゃんと話題を選んで下さいよ。私ですからいいものの、他の人だったらどうするんですか」

 

「ごめんなさい。でも、俺はレミエルしかからかわないから、別にいいんじゃないか?」

 

 秀はそう返すと、いきり立ってレミエルを見つめた。

 

「レミエルが相手じゃなきゃ、あんなこと言えないさ」

 

「そ、そんなこと、言わないでください。私は説教してるのに……」

 

「レミエル」

 

 秀はずいっとレミエルに寄った。レミエルが顔を朱にして、少し目を背ける。また、からかうチャンスが出来た。しかし、ここでいつまでもレミエルと遊んでいるわけにもいかない。だから、

 

「早く行くぞ」

 

「へ?」

 

 レミエルは、多分予想外のことを言われたからだろうが、呆然とした。

 

「カミュのところにだよ。そういう約束だったろう?」

 

「え? え? ……ああ、確かにそんな約束ありましたね」

 

「なんだと思ってたんだ。まさか、俺にお前の官能小説のようなことをされるとか期待してたのか?」

 

「……違い、ます」

 

 顔をゆでダコのようにしながら、レミエルが俯いた。どうやら図星のようだ。秀はレミエルを笑い飛ばして、その腕を引いた。

 

「さあ、俺の懐かしのカミュの家に行くか!」

 

 ふてくされたレミエルを引きながら、秀は明るい顔で女子寮のレミエルの部屋を出て行った。

 

        ***

 

 東京都の、あるビルの地下のホール。黒と赤の軍服に身を包んだ、様々な年齢層の男女が、数千人ほど整列して集まっている。しばらく待っていると、彼らの望む人物が現れた。その人物は、その場の皆と同じ黒と赤の軍服を着て、それに加えて黒のマントを羽織った、15、16歳くらいの長い銀髪の少女——アイリスだった。

 

「やあ、T.w.dの同志諸君。分かってると思うけど、私が総帥のアイリスだよ。副総帥のアルバディーナも来てるけど、今は姿を見せられない。で、今日君たちに集まってもらったのは他でもない。青蘭島を攻める日時が決まったんだよ」

 

 アイリスの、「総帥」という者らしからぬ口調で紡がれる言葉に、どよめきが起こった。当然だろう。その日のために、彼らは今まで軍事訓練を重ねてきたのだから。

 

「攻めるのは、4月9日。青蘭学園の始業式の次の日。作戦内容は順次伝えていくよ」

 

 歓声が上がる。アイリスは満足げにそれを見ていた。だが、その中から、疑問の声が聞こえた。

 

「待ってください、総帥」

 

「うん? 何かな?」

 

「少なくともあなたと、副総帥はプログレスですよね?」

 

「そうだよ。でも、君たちの同志。プログレスを殲滅し、プログレス発現の原因となった世界を壊したいって思ってる」

 

 アイリスがそう答えると、疑問の主は信じられないようなことを言った。

 

「信用なりませんな。プログレスであるあなたや副総帥の為に、私は命をかけられません」

 

「そう」

 

 アイリスは短く相槌をうった。そして、冷酷な視線で彼を睨んだまま、足音を響かせて彼に近づいていった。

 

「あなたのような人間は、戦場で足を引っ張って、敗北の一因を作る。此の期に及んで私を信頼できないようなら、あなたは要らない。こっちに来て」

 

 アイリスは彼の軍服を掴んで持ち上げると、その場にいるT.w.dの構成員たちに、そこで待機しているように、と伝えて、ホールの外に出た。

 

 アイリスは、運んできた男を白いタイルの壁のシャワー室に放り入れると、服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿となり、服をロッカーにいれて、自身もシャワー室に入って鍵を閉めた。

 

「さあ、あなたも服を脱いで」

 

 男は、呆然としていたが、やがて感極まった様子で服を脱ぎ捨てた。男も裸になると、アイリスは彼に寄った。そして——。

 

「ブルーティガー・ストースザン」

 

 アイリスの左手に、巨大な手甲が出現した。その手甲には、三本の爪のような刃が付いていた。その爪で、男の脚と陰茎、陰嚢を切断した。男の絶叫。脚はそこからさらに両脚とも三分割した。それらを、ひとつづつ口に入れ、咀嚼し、脚は骨ごと噛み砕き、飲み込んでいく。

 

「なかなかいい味してるね、あなた。それに、こんなに固くしちゃって、何をするって思ってたのかなあ? えっちな妄想しちゃって。ふふふ」

 

 言いつつ、腕を切断、絶叫を無視、食べる。

 

「なんでこんな目に合うかって? 要らないからだよ。要らない人は死ねばいい。そして、もうひとつ。知ってると思うけど、私が食人鬼だからだよ。人間を食べる種族。いつもは屍肉なんかを食べるんだけど、やっぱり生きている人間が一番美味しいんだよね」

 

 アイリスは、男を持ち上げると、腹にかぶりついた。男は何も言わなかった。その気力が無かったのだろう。だが、持ち上げるとき、まるで化け物を見るような目で見つめられた。

 

(化け物……そう、だから私は——)

 

 アイリスは男の胴体を貪るように食べた。髪の毛一本たりとも残さず食べると、シャワーで体の返り血とシャワー室の血を流した。完璧に綺麗にすると、男の着ていた服をごみ箱に投げ入れ、己の服を着る。

 そうしつつ、アイリスは思い出す。過ぎ去った過去のこと。グリューネシルトの中では珍しい、鬱蒼と木の茂った森。闇の中を照らす電気の光。飛び交う怒号。洞穴の中、必死に息を潜める自分とその家族。奥には仕留めた獲物(人間)

 その時、アイリスは怒りに震えていた。人を喰らう——ただその一点だけで、食料である人間と同じように、理性を持ち、論理的な思考をし、更には異能(エクシード)さえも使える自分たちを、特種危険生物などと大層な呼び名をつけて、こうして軍で大部隊を組織してやってくる。向こうがどう思っているかは知らないが、こちらとしては、ただ自然の摂理に従って人間を襲い、食べているだけだ。自分たちだって、食べるだけではない。虎などに襲われて命を落とすことだってある。人間だって、そういうこともあるだろう。だのに、自分たちは自然界の輪から外れたと言わんばかりに、利己的な考えを振りかざして自分たちを殺そうとする。ただ殺されるのはいい。自然に生きる自分たちにとって、そんなことは日常茶飯事。だが、そこに大義名分を持ち込むことが、アイリスは許せなかった。だから、エゴの塊のような人間が跋扈する、こんな世界は要らないと思った。

 隠れ処が発見され、自分以外の家族を殺され、自分が九死に一生を得た。アイリスは慟哭した。自分だけ生き残った苦しみ、生まれの不運、世界への憎しみ、人間の愚かしさ。それらが、涙と叫びとなって体の外に出た。

 その後、自分の考えに賛同してくれた人たちと、T.w.dを立ち上げた。最初は、小さな組織だった。だが、世界接続(ワールド・コネクト)のおかげで、世界に跨る物となり、今やS=W=Eにある組織を吸収できるほど、大きくなった。これなら、望みを叶えられるかもしれない。そんな気もしていた。

 服を着終え、ホールに戻った。そこには、まだ大した威厳もない、青二才の自分について来てくれる、数多くの同志たちがいた。世界に、生まれに、プログレスに絶望した者たち。この限りない絶望の塊が、希望を抱く者たちが住む青蘭島に攻め込む。きっと、激しい戦闘になるだろう。大勢の人が死ぬ。敵も味方も。だからこそ——。

 

「みんな! 君たちの最後の望み、私が絶対に叶えてみせる。だから、私に命を預けて!」

 

 アイリスの友人に話しかけるような調子の言葉に、統率された了解の唱和が返ってきた。

 ああ、なんと嬉しいことだろうか。これだけの人が、自分を信頼してくれている。喜びの涙が、アイリスの頬を流れた。泣いちゃダメだと思っても、涙は止まることを知らず、とうとう立っていられなくなって、そこにへたり込んだ。泣きながら、アイリスは何度も感謝の言葉を口にしていた。

 

        ***

 

 秀とレミエルはS=W=Eのカミュ邸に向かっていた。レミエルはもうふてくされてはいなかった。天気は晴れ。雲も風もなく、カラッとしている。カミュと特訓していた時は、ほとんど外には出なかったため、昼のS=W=Eの町並みを眺めるのは初めてだった。しかし、前に見た時よりも、昼夜の違い以上に、何か違和感を感じた。

 

「人気があまりないですね。お仕事でしょうか?」

 

 レミエルが訊いてくる。確かに、今日はS=W=Eは休日ではない。だが、それだとしても、流石に少なすぎた。さらに言えば、どこか張り詰めたような空気も肌を刺激する。

 

「何かあったのかな。杞憂だといいが……」

 

「そうですね。あの、秀さん」

 

 レミエルは、秀を何かに怯えたような目で見た。

 

「私、この空気、イヤです。……怖い、です」

 

 言いながら、レミエルが腕を秀の左腕に絡めてきた。秀もそれを拒まず、カミュ邸への歩みを速めた。

 白の世界の(ハィロウ)から歩くこと15分、カミュ邸に到着した。自分がいた時から何も変わらない。まるで我が家に帰ってきたような気分になった。だが、カミュへの疑いもあり、この訪問を素直に喜べないでいる自分もいた。

 

(カミュ……あんたは、本当にT.w.dの仲間なのか? 教えてくれよ。こないだみたいに。なあ、母さん——)

 

 なかなか、カミュへの疑惑を吹っ切ることができない。すると、レミエルが秀の左腕から離れて、秀と向き合った。

 

「秀さん。今は、カミュさんと会うことだけを考えましょう? そのためにここに来たんですから」

 

 秀はその言葉で我に返った。全くレミエルの言葉通りだった。カミュへの疑いを晴らすためにここに来たのではない。ただ、カミュへ近況報告と、会わせたい男がいる、ということを伝えに来ただけだ。

 

「そうだな。悪かった。あいつは俺の母親みたいな女だから、ついつい考えてしまった」

 

「それだけ大事に思ってたら仕方ないですね。でも、気をつけてくださいね」

 

 秀は、ああ、と短く返事をすると、カミュ邸のインターホンを鳴らした。すると、バン! と大きな音がしてカミュ邸の玄関のドアが開き、出てきたカミュが門を飛び越えて、

 

「よく来たな! 私の可愛い愛弟子よ!」

 

 そうカミュは大声で言うと、秀の上半身に飛びついた。秀はそれに対して全く身構えていなかったため、そのまま後ろに倒れた。

 

「むっ。貴様、この程度の不意打ちに対応できんとは、相当なまっていると見えるな。またマンツーマンで鍛え直してやろうか?」

 

「対応できなかったんじゃない。対応しなかったんだよ。やろうと思えば、カウンターを叩き込むこともできた。だから安心しろ」

 

 カミュに馬乗りにされながら、秀は言った。カミュはふっと笑うと、

 

「言ってくれる。まあ、そういうことにしといてやろう。中に入れ。軽食くらいは出そう。そこの天使、レミエルとやらか? お前もどうだ?」

 

 レミエルは突然話を振られたせいか、少し慌てふためいていたが、やがてこくりと頷いた。それを見たカミュは、口角を上げて、踵を返した。それに続いて、秀とレミエルも歩き始めた。

 カミュ邸に入ると、秀は我が家に帰ってきたような気分になった。それで、自然に「ただいま」と言ってしまった。すると、

 

「おかえり、秀」

 

 カミュが、少し嬉しそうに告げた。その様が、やはり秀には母親のように思えて、ついつい甘えたくなったが、側にレミエルがいることを思い出して、それを諦めた。

 そんな彼らの様子を、レミエルは不思議そうに見つめていた。

 中に通され、カミュが台所に入って何かを調理している間、秀とレミエルはリビングのテーブルの椅子に隣り合って座って、料理が出来上がるのを待っていた。

 

「ねえ、秀さん」

 

 レミエルが小声で話しかけてきた。

 

「私には、カミュさんがT.w.dの一員とは考えづらいです。もしそうだとしたら、秀さんに対してあそこまで無邪気な態度を取るとは思えませんし」

 

「そうだな。俺もそう思う」

 

 秀が同意すると、レミエルは少し首を傾げながら、

 

「それに、よく分からないんですけど、この家に入ってから外のイヤな空気が少し和らいだ気がするんです。だから、本当に、そんなことないって思う……思いたいんです」

 

 レミエルの、思いたいという言葉で、レミエルがカミュへの疑いをまだ持っているということを、秀は悟った。しかし、それは仕方ないことだろう。秀自身ですら、カミュへの疑いを捨てきれていないのだから。二人で考え込んでいると、

 

「どうしたどうした。二人で深刻な顔して。そんな顔しないで、笑わんか。ほれほれ」

 

 台所から出てきた、エプロン姿のカミュが二人の頭を本当に楽しそうにかき撫でた。

 

「気持ちいいです……。えへへ」

 

 レミエルはとろけた表情で呟いた。秀も、全くその通りだと思ったが、レミエルの手前だ。全く意に介さぬふりをして、仏頂面をしていた。すると、

 

「なんだ秀。恥ずかしがってるのか? 私と訓練していた時はあんなに甘えん坊だったのに」

 

 カミュがつまらなさそうに言った。その言葉に、秀は顔から火が出るかと思うほど真っ赤になった。

 

「カミュ! 余計なこと言うな!」

 

「いいじゃないか。どうせレミエルにもそのうち甘え出すんだろう?」

 

「違う! 俺はお前だから甘えてたんだよ! お前がいつも——あ」

 

 秀は思わず口を押さえた。しかし、もう遅い。カミュは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているし、レミエルは目をぱちくりさせている。

 

「あ、そういうことか……納得納得」

 

 レミエルはそう呟くと、うんうんと頷いた。何か思い当たることがあったようだ。

 

「なあ、秀。ひょっとして、私のことが好きなのか?」

 

 カミュが秀に耳打ちしてきた。

 

「多分お前が思ってるような好きとは違うだろうが、俺はお前のことが好きだよ、ずっと」

 

 秀は、恥ずかしいなと思いつつも、今の感情を、一部を隠して偽りなく告げた。カミュは、ふうん、と相槌をうって、台所に戻っていった。その短い反応が、秀には寂しく感じられた。

 

        ***

 

 カミュが作ってきたのはサンドイッチだった。ある程度の腹ごしらえには丁度いい。

 秀たちが近況報告を済ますと、カミュは突然拍手をした。

 

「おめでとう。見事目的を果たせたな」

 

「ありがとう。あんたのおかげだ」

 

 秀はそう答えつつ、心の中で、一つの葛藤をしていた。わざわざ拍手をしたのも気になった。カミュがT.w.dの仲間でないとしたら、先の言葉は心からのものだろう。だが、仲間だとしても、多少は本心も含まれているだろう。疑わなければならないという心と、疑いたくないという心とが鬩ぎ合う。

 

(やめよう。今の目的は、カミュの素性を暴くことじゃない。レミエルも言ってたじゃないか)

 

 秀はひとつ息を吐いて心を落ち着かせた。そして、もともとの目的を達成することにした。

 

「なあ、カミュ」

 

「うん?」

 

「会わせたい男がいる。一緒に青の世界に来てくれ」

 

 カミュは、一瞬きょとんとしたが、やがて笑って頷いた。その笑顔が、秀の心を更に迷わせた。

 

(そんな顔するから——余計疑うのが辛くなるんだろうが……)

 

 秀は、必死に涙を抑えた。

 

        ***

 

 青蘭島の街中を、秀はカミュとレミエルに挟まれて歩く。青蘭島ではαドライバーとプログレスが一緒に行動することが多いため、男女で行動しているからといって、特に何も思われない。女二人に男一人が挟まれていようが、道行く人々は何も思わない。

 

「そういえば秀、貴様が会わせたい男とはどんな者だ?」

 

 カミュが尋ねてきた。思い返せば、男と会わせるとは言ったが、それ以上の情報をカミュに与えていなかった。これはいけないと思いつつ、秀は答えた。

 

「俺の生い立ちを話した時に言ったと思うけど、俺の今の保護者の仲嶺達也だ。こないだお前のことを話したらなんか会いたがってたからよ」

 

「なるほど、そういうことか。それは楽しみだな」

 

 カミュは弾んだ声で言った。その足取りも軽くなったように思える。ふと左を見ると、レミエルが何か言い出そうとしていて戸惑っているような様でいた。

 

「どうした、レミエル」

 

「あ、あの、私、秀さんの生い立ちを聞いたことがなかったものですから。その、聞きたいなあ、と」

 

「そうか。お前にはまだ話してなかったな。場所を変えよう。街中じゃあ話しづらい」

 

        ***

 

 ガブリエラは、秀たちが反転したのを確認すると、ビルの隙間に身を隠した。なぜ彼女がこんなことをしているかというと、買い出しから寮に戻る途中、秀が、レミエルと知らない女と三人でどこかに向かうのを見かけて、見知らぬ者とレミエルの間に何かあったら困ると思って、尾行を始めたのだった。

 

(あの方向……青蘭神社に向かうのか。一体何のつもりだ?)

 

 ガブリエラは、秀たちが通り過ぎたのを確認して、こっそりその後をつけようとした。が、

 

「あれ、あんた、こんなところで何やってんのよ」

 

 その言葉に、ガブリエラは反射的に身を翻し、身構えた。だが、そこにいたのは、あずさ率いるレボ部の面々だった。彼女らも買い出しの帰りらしく、メルトの“ばさし”に荷物を載せている。

 

「ガブリエラ様、どうされたのですか?」

 

 シャティーが恭しく聞いてきた。それに、ガブリエラは眉をひそめた。

 

「シャティー。ここはテラ・ルビリ・アウロラではないし、公儀の場でもない。我に敬意を払う必要はないぞ」

 

「……はい」

 

 シャティーが肯定の返事をするが、しかしまだ恭しさは残っている。恐らくもう身に染み付いてしまっているのだろう。

 

「ねえ、ガブリエラ。あんた、そんなに偉いの?」

 

「ガブリエラ様は、天使の中でも最高位に位置する、四大天使のお一人。ここじゃなくて、テラ・ルビリ・アウロラなら、私みたいな下級天使が、日常的な会話をするなんて畏れ多くて出来やしない」

 

 ガブリエラではなく、シャティーがガブリエラの説明をした。

 

「すごいんですね、ガブリエラさん」

 

 ユノがそう言うのを、ガブリエラは不機嫌に返した。

 

「凄くなどない。我は生まれが生まれだから、今のテラ・ルビリ・アウロラの地位にいるだけだ。才能があっても下級天使の家系に生まれれば一生下級天使のままだ。成り上がりなど、あそこでは夢のまた夢だ」

 

「まるで平安時代みたいじゃん……」

 

 由唯が呟いた。メルトは会話についていけていないようで、首を傾げている。

 

「で、結局あんたここで何やってんの?」

 

 ガブリエラはあずさの言葉を受けて、大分小さくなった秀たちの姿を指差した。

 

「今はレミエルたちを尾行している。見知らぬ者もいるようだから何かあっては困るからな」

 

「つまりストーカーね。レミエルのためなら犯罪行為も厭わないと、そういうことかしら」

 

「違う。師として彼奴を見守らねばならぬからな。決してこれはストーカーなどではない」

 

「そんなの、あんたの事情知らなかったら分からないじゃないの。今のあんたは(はた)から見たら完全にストーカーよ」

 

 言われて、ガブリエラは、自分の行動を俯瞰してみた。そうしてみると、成る程、確かに自分はストーカーのように見える。

 

(……)

 

 ガブリエラは、果たしてこれを続けていいものかと思い直した。だが、レミエルのため、仕方ないことだと開き直って、翼を羽ばたかせ、あずさの声は無視して空を飛んで空を往った。

 青蘭神社の辺りで降り立つと、ちょうど秀たちが石段を登り切った頃だった。ガブリエラは、茂みの中に隠れて、彼らの様子を見る。彼らは、ベンチに座って、何かしら話しているようだった。

 

「何かシリアスな雰囲気ね、あの二人」

 

 ひそめた声の主は、あずさだった。彼女とレボ部は、ガブリエラと同じように茂みに入った。

 

「追いついたのか、汝ら」

 

「ユノに瞬間移動してもらったのよ」

 

 あずさが親指でユノを指した。ガブリエラがその方向に視線を向けると、ユノは申し訳なさそうに頭を下げた。ガブリエラはため息をついて、

 

「まあいい。しかし、この距離だと聞こえぬな。余り近づき過ぎても気づかれるであろうしな。困ったものだ」

 

「私が聞きに行こうか? 私なら透明になれるから、話の内容を、気づかれずに知れると思うけど?」

 

 由唯が胸を張って得意げに告げた。

 

「悪いな。頼まれてくれ」

 

「任せなさいっての!」

 

 ガブリエラが言うと、由唯は頷き、透明になった。それを確認すると、ガブリエラはレミエルをじっと見守った。

 

        ***

 

 秀は、大体のあらましをレミエルに話した。すると、レミエルはどこか空虚な表情で告げかた。

 

「私と境遇が似てますね」

 

「レミエル……?」

 

 秀は、久し振りにこのようなレミエルを見た気がした。初めて会った時の、よく自嘲してた、あの頃のレミエルによく似ている。が、そうであるとも言い切れなかった。

 

「私も、小さい頃、お父さんに……家族に虐められてましたから。ボロ布同然の服を着せられて、お父さんに毎日奴隷みたいにこき使われて……でも、お父さんは私に何も報いなかった。ただ、『片翼の天使など、堕天使にも劣る天使とも呼べぬ劣等種』なんて罵倒してきた。お母さんは普通の天使だったけど、お父さんを止めようともしないで、ただ見ていただけだった……!」

 

 過去を思い出したのか、レミエルの口調が強くなっていっていた。その言葉は、激しい怒りが剥き出しになって表れていた。

 

「私はそんな両親が憎かった! お父さんは世間では勇敢な戦士って評価だったらしいけど、そんなの私に関係ない! 家ではあの人こそ戦士に討伐されて然るべき相手だった! お母さんだってそう。愛情があったなら、私を助けてくれた筈なのに、何もしてくれなかった! 力があったら殺してやるって、そう思ったことだって——」

 

「レミエル」

 

 秀は、激情を吐露し続けるレミエルの肩に手を置いた。レミエルが、はっとして秀を見る。その眼差しは、何かに怯えているようだった。

 

「落ち着け。別に思い出したくなかったら思い出さなくていい」

 

「秀さん、その……」

 

 レミエルは、悪びれた風で訊いてきた。秀は、その頭にそっと手を置いた。

 

「安心しろ。その程度の過去で、人を嫌いになんかなれないさ」

 

「秀さん……。ありがとうございます」

 

 レミエルは、頰を朱に染めて、嬉しそうに微笑んだ。これを見て、やはりレミエルはこうでなくては、と秀は思った。

 

「おい、二人とも」

 

 今まで黙っていたカミュが、真摯な表情で小声で話しかけてきた。

 

「どうやら尾行されているようだ。誰にかは分からんが、とにかく急いでここを出たほうがいい」

 

「分かった。レミエル」

 

 秀はレミエルの手を握った。レミエルが戸惑いの声を上げる。

 

「リンクするぞ」

 

「え、何でですか?」

 

「お前のあの金色の翼を出してもらう。そして一気に達也の家まで俺とカミュを連れて行く。こんなプランだ。外でエクシードの無断使用は禁止されてるが、つけてきてる奴がどんな奴か分からない以上、そんなこと言ってられない」

 

「分かりました。——召喚!」

 

 レミエルの服が、私服からあの薄紫の戦闘装束へと一瞬で変わった。それに、カミュは感嘆の声を漏らした。

 秀とのリンクを終えると、レミエルは構成された金色に輝く光の翼と、元からある翼とを羽ばたかせて宙に浮いた。そして、秀とカミュを魔法で作ったと思われるカプセルのような物に入れて、レミエルは飛翔した。カプセルもレミエルが飛ぶのに合わせて追随する。

 秀は、カプセルの中から街を見る。すると、達也の家がすぐに見えた。カプセルの中でレミエルにそこに降りるよう指示を出すと、レミエルが降下を始めた。それにカプセルも続き、着地した。

 

「どうやら撒けたようだな」

 

 カミュはカプセルから出ると、あたりを見回しながらそう言った。それを聞いて、レミエルとのリンクを切って、秀はインターホンを鳴らした。

 

「お帰り、秀。それと、横にいるのは、レミエルさんと、カミュさんかな? まあとにかく上がって下さいな」

 

 ドアが開き、温和な雰囲気を漂わせた、顔立ちの整った二十代後半の男、秀の保護者の仲嶺達也が、愛想笑いを浮かべて言った。

 

        ***

 

 レミエルたちが飛び去るのを見届けると、由唯が透明化を解いた。その顔には、気難しそうな表情が浮かんでいた。

 

「あのさ、話の内容だけど……聞きたい?」

 

「いや、いい。大体分かった」

 

 ガブリエラからも、レミエルの表情は見えていた。レミエルがあそこまで怒りを露わにするということは、彼女の身の上話をしていたのだろう。そのことを容易に想像できたからだ。

 

「さて、どうやら見失ってしまったようだし、帰るか」

 

「そうね。まったく、余計な時間食っちゃったわ。さあ、みんな帰るわよ」

 

 あずさは言うと、レボ部の面々が立ち上がって、それぞれ歩き出す。その際、シャティーはガブリエラに礼をしてきた。

 ガブリエラはそれを見送ると、まだ幼かった頃のレミエルを思い出した。あの時の生気のなかった虚ろな瞳は、今や優しさの中に、強固な意志がある物となった。それがあれば、彼女はどこまでも強くなれる。それだけの素質が彼女にはあった。

 

「我の役目も、ほとんど無いか」

 

 ガブリエラは、己の両手を見つめた。ずっとレミエルを引っ張ってきた手だ。だが、その引っ張る手は、もう少しで解けそうだ。

 

「上山秀。汝が、我の手を受け継ぐがいい。我よりも、余程強く引けるだろう」

 

 ガブリエラは、両方の手の平を一旦広げて、強く握り締めると、石段をゆっくり下っていった。

 

        ***

 

 秀たちは、達也の家の縁側に腰を下ろした。達也の家は、すべての部屋が畳張りで、また戸の磨りガラス以外は、家にガラスが無く、全て障子だったり、部屋と部屋は襖で仕切られていたりと、青蘭島の家としては珍しい和風の家だ。更に庭園まである。その敷地は二百坪。その内の七十坪はこの家で、後は庭園だとか物置小屋だとかだ。

 一介の警察官でしかない達也がどうしてこのような家を持っているかというと、親と兄が成功した実業家で、かなり金が有り余っており、達也の家の建築費用まで出してくれたということで、達也の趣味全開の家を建てられた、ということらしい。

 秀たちが居るのは、縁側の中でも、風通しが良く、また庭園が美しく見える場所だった。その庭園は、枯山水の様式で、砂でできた、溝で流れを再現された池に、苔の生えた置き石が所々に配置されていて、その池を紅葉の木と、丸くなるよう手入れされたサツキが囲っていた。お世辞にも素晴らしいものとは言えないものの、物寂しい感じはあった。

 

「いやあ、下手の横好きの庭園で申し訳ないけど、お茶を淹れてくるから、ちょっと眺めて暇をつぶしてくれませんか?」

 

 秀は「おう」と返事をして、カミュたちに話を振る。

 

「どうだ、あいつ。中々いい奴だろ」

 

「確かに。好感の持てる青年だ」

 

 カミュは満足そうに告げた。レミエルも、そう思ったと言った。それから、カミュが庭園を見ながら告げる。

 

「日本庭園というのは初めて見たな。なかなか風情があるものだな」

 

「言っとくけど、これはヘナチョコだからな? 日本本土に行けばこんなのよりもっと凄いの沢山あるぞ」

 

「日本本土ですか……私は地球で、青蘭島の外に出たことはありませんね。どんな感じなんですか?」

 

 レミエルが興味津々、といった感じで尋ねてきた。それに、秀は普段は全く使わない携帯電話を取り出して、不慣れな手つきで操作し、ネットに上がっている日本庭園の画像を見せた。

 

「ほれ。日本を代表する枯山水庭園の一つ、大徳寺龍源院方丈前庭だ。全然違うだろう」

 

「うーん、申し訳ないですけど、言われてみれば……確かに……」

 

 レミエルは画像と達也の日本庭園を見比べながら言った。カミュも同意するように唸る。と、その時、障子がスッと開いて、急須と湯飲みを三つ盆に載せた達也が出てきた。

 

「お待たせしましたね。さ、どうぞどうぞ」

 

 静かに茶が汲まれる。秀はその内の一つを取って、少し飲んだ。それにならって、レミエルとカミュも茶を飲む。

 

「美味しいですね。好きな味ですよ、これ」

 

 カミュが茶の味を賞賛する。それに、達也はカミュの隣に座って、笑みを浮かべて返す。

 

「褒めていただき光栄です」

 

 一方、レミエルは、茶にふー、ふー、と息を吹きかけて、冷ましながら飲んでいた。実に可愛らしい光景だった。居心地の良い和んだ空気が漂う。その空気を感じながら、秀が茶を口に含むと、

 

「しかし、秀がガールフレンドを家に連れてくるなんて思ってもなかったなあ。男友達より先に連れてくるとは、秀も案外やり手だね」

 

 達也の言葉に、秀は、口の中の茶を飲むと、ムッとして達也に抗議した。

 

「男友達が出来ないんだから仕方ないだろう。誰も寄り付かないんだし」

 

「それは自己紹介の時に自分の人生を明かしたからだと思うけどな」

 

 その言葉が、秀を少し押し黙らせた。そして、秀は目を逸らして、弱々しく返事した。

 

「……あれは、自分のことを話せって言われたから話しただけだ」

 

「え、秀さん、そんなこと言ったんですか?」

 

 レミエルが驚いたように聞いてきた。秀はそれに頷く。

 

「一番最初の、だけどな。もっとも、どうせその時同じクラスだった連中は内容忘れてるだろうが」

 

 秀はため息をついた。あの頃が一番退屈な頃で、村にいた時とは、別の意味で苦痛だったからだ。

 

「ははは。秀の負けだね。ところでカミュさん。失礼だとは思いますが、歳はいくつですか?」

 

「私ですか? 20歳ですよ」

 

 そのカミュの達也に対する答えに、秀は思わず跳ね上がってしまうほど驚いた。

 

「おま、おま、お前が20歳!? 嘘だろ!?」

 

 秀の言葉に、カミュは呆れたように返した。

 

「貴様は私を幾つだと思ってたんだ? まさか年下かと思ってたんじゃないだろうな」

 

「いや、せいぜい十代じゃないかなあと」

 

「ふん、まあ、今、覚えてくれればいい。それはそうと、達也さん。こんな大邸宅、お手伝いもなしに、手入れが大変でないですか?」

 

「いや、そんなことないですよ。まあ、半分趣味ってこともありますがね」

 

 カミュは達也に話を振って、そのまま達也と二人で話し始めた。気が合ったのか、会話がよく弾んでいる。

 

「いい雰囲気ですね、秀さん。私たちも、はたから見たらあんな感じなんでしょうか」

 

 レミエルが呟くように話し掛けた。その目は言葉を交わし合う二人の男女に向いていて、憧れを感じさせる眼差しだった。

 

「……そうかもな」

 

 秀はそう答えながら、達也とカミュが結ばれたら、ということを考えていた。二人とも、秀とは兄弟程度の歳しか離れていないが、秀にとっては、父母のような存在だ。

 

(たまに寮じゃなくて家に帰ったら、達也とカミュがお帰りって言ってくれて、カミュが飯作ってくれて、達也が色んな話をしてくれて、寝る時は三人で寝たら……それは、大層幸せだろうな)

 

 その理想の生活は、秀が実の親から受けたことのなかった、家族愛に溢れたものだ。秀が渇望してやまない、極端に言えばレミエルとの間にある愛情さえも霞んでしまうようなもの。だが、“T.w.d”がいつ来るのか分からない以上、そのような日々を悠長に待っていられない。今こうしている間にも、T.w.dが来るかもしれない。

 秀は、夕方の西の空を見つめた。黒い雲が際限なく続いている。明日から、しばらく雨になりそうだ。

 

        ***

 

 その夜。秀たちは、達也の家を出て、カミュを(ハイロゥ)まで送って、寮のそばまで帰ってくると、由唯が待っていたように佇んでいた。彼女は秀たちに気付くと、歩み寄ってきて「ごめん」と、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「あんたたちの過去、盗み聞きしちゃった。あーちゃんたちとの買い物の帰りであんたたちを見かけて、なんか話してたからちょっと聞いただけだったの。あーちゃんたちには話さないからさ、許してくれないかな」

 

 秀は呆気にとられていたが、由唯が顔を上げる間、段々と思考がまとまってきた。カミュが、尾行されている、と言っていたのは、由唯のことらしい。

 

「いや、問題ない。俺は聞かれても構わないから。ただ……」

 

 秀は横目でレミエルを見た。すると案の定、レミエルは真っ青な顔で、唇を震わせていた。

 

「由唯、その……私のこと、嫌いになったりしない?」

 

 レミエルは、脂汗を垂らしながら言った。由唯は慌てたように首を振った。

 

「大丈夫、大丈夫だって! 過去の出来事くらいで嫌いになるなんて無いっての!」

 

「そ、そうなんだ……良かった」

 

 レミエルは、安心したように溜息をついた。由唯も、それを見てふう、と少し息を吐く。

 

「鶴谷、いいか」

 

 秀は由唯を呼び寄せた。そして、レミエルに聞こえないよう、声を潜めて告げた。

 

「お前たちレボ部は、T.w.dが来た時どうするつもりだ?」

 

「私たちは戦うつもり。大切な場所だから、ここは。だけど、メルトちゃんは、あの子が戦いたいって言っても止めるつもり。ジュリアの時は連れて行ったけど、やっぱりメルトちゃんのようなちっちゃい子に、人殺しなんてさせたくないから」

 

 由唯は壮烈な顔で答えた。覚悟を秘めた瞳が秀を射抜く。その志は素晴らしい。だが、エクシードの訓練は授業でしているとはいえ、不安な点はいくつかある。

 

「その気持ちは良いものだが、T.w.dとの戦闘は、少人数対多人数での戦闘になる。ブルーミングバトルとは違う。ジュリアの時は、覚悟さえあればバトルの感覚で戦えたからいいが、T.w.dとの戦いは、やり方を覚えないと勝てはしない。そこだけ留意してくれ。やり方くらいなら俺でも教えられるから、何も知らないよりはマシになるだろう」

 

「うん。ありがと。あーちゃんたちにも言っとく」

 

 由唯はそう告げると、急ぎ足で走り去っていった。入れ違いに、レミエルが秀に歩み寄る。

 

「秀さん、由唯に何を話してたんですか?」

 

「なに、大したことじゃない。それより、お前、誰にでも丁寧語って訳じゃないんだな」

 

 秀は、話を切り替えた。話がやや重くなっていたからだ。レミエルは秀の意図を察したのか、明るめの表情で答えた。

 

「そうですね。友達に対しては、丁寧語じゃなくてタメ口で話してます」

 

「へえ。いつの間に鶴谷と仲良くなったんだ?」

 

「春休みに入ったくらいの頃ですね。レボ部のみんなと勉強会をやったら、とても仲良くなりました」

 

「そいつは良かった。でも、俺に対しては相変わらず丁寧語なんだな」

 

 レミエルは「あ」と、間の抜けた声を出した。

 

「タメ口の方がいいですか?」

 

「どっちでもいい」

 

「じゃあ、ちょっとやってみましょうか、しゅ、秀……」

 

 レミエルは名前を呼び捨てにするだけで真っ赤になってしまった。秀は、そのような彼女の姿を見て、とても安らいだ気分になった。可愛くてたまらない。これだけでも、レミエルと恋仲になった甲斐があったというものだ。

 

「レミエル、無理しなくていいぞ。キツいならいつも通りでいいさ」

 

「そ、そうですよね。あはは……」

 

 レミエルは頰を掻いて、照れたように笑った。素敵な笑顔だった。この笑顔が、T.w.dとの戦いの合間にも見れますように。秀は、そう願い、そしてレミエルに告げた。

 

「レミエル、頑張ろうな」

 

 レミエルが笑みを湛えて頷く。それを見ると、秀はふと空を見上げてみた。天は雲に覆われている。星の光一つ見えやしない。

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