Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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襲来
前哨戦


 4月9日。始業式を終えた次の日の、曇りの朝、秀は新しい教室で居眠りをしていた。どうやら、秀たちのクラスは対戦成績が優秀な者たちを中心に集めたクラスらしい。対戦実績の全くない秀がこのクラスにいるのは、ジュリアの一件が絡んでいると見える。だが、秀にとってはそんなことはどうでもよかった。クラス関係無しに、学校とは寝る場所である。それ以外の何物でもない。

 

「秀さん、起きてください。もうすぐ始業のチャイムが鳴りますよ」

 

 レミエルのヒソヒソ声が聞こえる。だが、こればかりは譲れない。無視して、そのまま机に突っ伏していると、頭を刃物のようなものが掠めた。慌てて起きて、周りを見る。すると、ミリアルディアを一本手に持ったアインスが、眉を寄せて佇んでいた。アインスとも同じクラスだった。他にも秀の知り合いで同じクラスなのは、二年生のレボ部、つまりあずさと由唯とメルトと、L.I.N.K.sの五人(彼女らとは、ジュリアの件の事後報告の時に知り合った)と、ユニとセニアだ。つまり秀の知り合いが全員同じクラスだった。

 アインスは秀を睨んで言う。

 

「上山。起きなきゃダメ」

 

「エクシードの無断使用は禁止だぞ」

 

「バレなきゃいい」

 

 なぜか勝ち誇った顔でアインスは言った。それを見て、付き合ってられないと、秀はため息をついてそっぽを向いた。すると、アインスの鼻笑いが背後から聞こえた。勝ったとでも思っているのだろう。また深いため息をして机に突っ伏すと、今度は頭を軽く叩かれた。むっとして頭を起こすと、そこには笑顔の美海がいた。

 

「やっほー、秀くん」

 

「……俺と日向は挨拶を交わすほど仲が良かったか?」

 

「やだなあ、無愛想で。お互いに知らないわけでも無いんだし。これから友情を深めていこうよ」

 

「これ以上女の友人が出来てたまるか。なんで俺には男の友人が出来ないんだよ!」

 

 秀が机を叩いていきり立つと、スッと見知らぬ男が美海と秀の間に割り込んできた。その男は細身の長身で、黒いコートのような服を着ている。そして、左右で異なる色、紅と碧の瞳を持っていた。髪は短く、地球人らしからぬ銀色だった。顔は美形。道を歩けば七、八割の女性が振り向くレベルだろう。

 

「誰だお前」

 

 秀が訊くと、その男は苛つくくらい優美な笑みを浮かべて答えた。

 

「私はジークフリートと申します。黒の世界(闇に眠る黒姫の棺)出身の竜族で、あなたのクラスメイトです。あなたが男の友人が出来ないと嘆いておりましたので、ぜひ友達になりたいと、こうして馳せ参じた次第にございます」

 

「断る」

 

 秀は即答した。秀の周りの、秀の知り合いが示し合わせたように「えーっ!?」と声を上げた。ジークフリートは目を丸くして秀に尋ねた。

 

「ど、どうして? あなたは男友達が欲しいのではないのですか!?」

 

「お前のようなムカつく態度と喋り方の友達なんかいるものか」

 

 秀が突っ撥ねると、レミエルが小声で耳打ちしてきた。

 

「秀さん、そんなこと言ってちゃ友達出来ませんよ」

 

「じゃあお前はあいつと積極的に友達になりたいと思うか?」

 

 秀が口を尖らせて答えたら、レミエルは言葉を止めてしまった。

 

「こういうことだ。他を当たれ」

 

 秀が突き放すように言うと、今度は金髪の、右目が金で左目が赤の女が笑いながら近づいてきた。

 

「悪い悪い。こいつは昔からこういう話し方なんだ。根は悪い奴じゃ無いから、仲良くしてやってくれ」

 

「誰だお前は。この銀色と何か関係あるのか?」

 

「銀色!? そんな不名誉な呼び方は――もがっ」

 

 金髪の女は会話に割って入ってきたジークフリートの口を押さえてそのまま()けると、愛想のいい笑みを表情に出して言う。

 

「あたしはクラリッサ。ジークフリートと同じ竜族だ。で、ジークフリートは私の昔からの腐れ縁で、今は私のαドライバー。こんなところだね」

 

「ふうん」

 

 秀はわざと辛辣に対応した。すると、クラリッサがため息をついて言った。

 

「やれやれ、ホントに女子の知り合いを増やしたくないみたいだな」

 

「当たり前だ。女たらしとかチャラチャラした奴とか思われたら困る」

 

 そう言うと、美海が少し怒ったように言った。

 

「そんなことないよ! 秀くんが女たらしなんて、誰も思ってないから! ねえマユカちゃん!」

 

 たまたま近くに居たマユカに、美海は唐突に話を振った。だが、マユカは上の空で、話の内容など聞いていないようだった。

 

「ちょ、ちょっとマユカ?」

 

 ソフィーナが、異常だと感じたのか、マユカに声をかける。だが、彼女は返事をせず、魂が抜けたようにただつっ立っている。その様を、アインスが訝しむように見つめていた。

 何回か話し掛けられて、マユカはようやく我に返ったように口を開いた。

 

「ご、ごめんなさい! 私、ちょっと考え事してて……」

 

「いいよいいよ。悩みごとがあるなら、何でも相談に乗るからさ!」

 

 美海がマユカの肩を叩いて言った。マユカは驚いたようにその体を震わせる。よく聞く噂通りの、小動物めいた反応だ。軍人らしからぬ雰囲気。だから、マユカをじっと睨むアインスのことが不思議でならなかった。

 

「サナギがどうかしたのか、エクスアウラ」

 

「私が思うに、彼女はT.w.dの構成員である可能性が高い。仮に彼女がそうでなかったとしても、この学園に奴らが紛れ込んでる可能性は高い。なんとか対策を立てないと、内部から崩壊する」

 

 アインスは声を潜め、淡々と答えた。

 

「じゃあ、サナギを今捕らえるというのは」

 

「それはダメ。周りがそれを信じる可能性が低い。むしろ私たちが疑われる」

 

 秀は、なるほど、と頷いた。アインスの言う通りだろう。すると、近くに小さい気配を感じた。

 

「なあにコソコソ話してんのよ」

 

 ルビーが秀とアインスの間にぬっと入ってきた。二人とも、特に驚く素振りを見せず、二人同時にルビーの頭を押しのけた。

 

「話聞いてないだろうな」

 

 秀が訊くと、ルビーは憤慨したように秀とアインスを怒鳴りつけた。

 

「何すんのよ! あんたらの秘密話なんか聞くわけないじゃない!」

 

「質問に答えてくれてありがとう。じゃあな。さっさと去りな」

 

 秀がルビーを手で払うと、また怒ったように歯を剥いて、「私をコケに――」とまで言ったところで、始業のチャイムが鳴った。各々が会話をやめ、自分の席に座る。いつもならここで担任教師が入ってきて、ホームルームを始めるところだが、今日は違った。担任教師が入ってきたところまでは同じだった。だが、担任教師が教卓の前に立った瞬間、教室のスピーカーにノイズが走った。皆が、スピーカーに注目する。

 

「あー、あー、マイクテスト、マイクテスト。青蘭学園のみんな、聞こえる? 私はT.w.dの総帥、アイリスだよ。ちなみにこの学園のスピーカーから声を流しているだけで、今学園に私がいるわけじゃないよ」

 

 朗らかで、朗らかすぎて、かえって不気味な声だった。秀の背中を冷や汗が伝い、口の中が乾いてきた。

 

「さて、本日4月9日、我々T.w.dは青蘭学園に総攻撃を仕掛けるよ。攻撃開始は正午ちょうど。但し、それまでに青の世界の世界水晶をこっちに渡してくれれば、攻撃はやめてあげる。よく考えて。じゃあね」

 

 放送はそこで終わった。教室には沈黙が漂う。秀が周りを見てみると、以前ジュリアとの戦闘に関わった者たちは、表情を引き締め、今からでも戦闘できるかのような佇まいだった。しかし、ユーフィリアだけは、何かブツブツ呟いていた。

 対し、他の者らは、ショックが大きかったのか、呆然としている者がほとんどだった。

 秀は、己の手を見つめた。多少の手汗はあったが、震えてはいなかった。

 

        ***

 

 放送を終えると、アイリスはアジトのホールに整列していた、八千人あまりの出撃準備万端のT.w.dの構成員たちの前に立った。隣には、人間の状態のアルバディーナがいる。ふぅ、と息を吐くとアイリスはホール中に響く声で告げる。

 

「みんな、いよいよ出撃だね。作戦の変更はなし。それで、まずは青蘭島の占領、ひいては青の世界水晶の破壊が目的なわけだけど、この戦いには大義があっても、善悪の区別はないんだ。戦争ってそういう物なんだけどさ」

 

 少し息継ぎをする。やはり、何人もの人たちの前で話すのは緊張する。

 

「だから、自分が善だ、とか悪だ、とか思ってる人がいたら、それを捨てて欲しい。善だって思う人は多少奢りが出る。それが命取りになっちゃう。悪だって思う人は、多少罪悪感が出る。またそれも命取りになっちゃう。こういうわけで、捨てて欲しいんだけど、難しいよね。だからそこは、みんなとカバーし合って上手くやってほしいな」

 

 アイリスは前にいる人たちの顔を見る。真剣な表情で、自分に反感を持っているような人はいなさそうだ。

 アイリスはアルバディーナに目配せした。アルバディーナは頷いて、アイリスと入れ替わって告げる。

 

「今から、一部隊づつ青蘭学園を取り囲むようにに転送します。私が指示を出すまで、勝手な行動は慎むこと」

 

 了解、の唱和。アルバディーナは魔法の詠唱を開始する。それが終わると、一部隊がその場から消えた。更に、もう一部隊と、転送されていく。最後に、アルバディーナとアイリスだけが残った。アルバディーナにはアイリスに伝えたいことがあった。

 

「ねえ、アイリス。私、この能力を多少制御できるようになったの。あなたのおかげよ」

 

「え、私のおかげ?」

 

 アイリスは虚をつかれた風に言った。

 

「うん。こんな自分で制御できなくて気味の悪い異能(エクシード)を持つ私にも、あなたはごく普通の人間として接してくれた。だから、あなたの力になれるようにって頑張って練習して、なんとか蟲になるタイミングくらいは自分で制するようになれたのよ。だけど、これだけじゃ足りない。だから、エンハンストをくれないかしら?」

 

「あれは……辛いよ? 確かに異能はαドライバーとリンクした時並みの強化が為されるけど、気持ち悪いし、苦しいんだよ。それでも、いい?」

 

 アイリスに、アルバディーナはゆっくりと、強き意思を以って頷いた。すると、アイリスは観念したように、T.w.dの制服のポケットから、エンハンストを取り出し、アルバディーナに差し出した。

 

「ありがとう、アイリス。愛してるわ」

 

 そうして、二人がそこから消えた。アジトのホールには、虚無だけが残った。

 

        ***

 

 あの放送の後、ユニは会議室に呼ばれたが、秀たちは教室待機を命じられた。不安に駆られている者が多数だったが、ジュリアの一件に関わった者や、一部の戦い慣れしているような者は、冷や汗ひとつかいていなかった。誰も話さない。今言葉を発しているのはユーフィリアくらいだが、彼女もせいぜい何か呟いているくらいだ。その中、アインスが、ふと天井を見た。セニアもきょろきょろしている。

 

「どうした、エクスアウラ」

 

 セニアの席は遠いが、アインスはすぐ後ろの席だ。声を潜めてもそれは届く。

 

「恩を返しに行ってくる。ユニにはトイレに行ったと言っておいて」

 

 秀が首を傾げているうちに、アインスは駆け足で教室を出て行った。それからしばらくして、ユニが戻ってきた。ユニは教壇に立つと、軍人らしい威厳を以って言い放った。

 

「我々は、テロ組織T.w.dに対して徹底抗戦をすることに決めた。これは青蘭学園首脳部の決定であり、貴様らに拒否権はない。但し、現時点において戦闘意欲のない者は起立し、体育館に移動しろ。そこは軍病院として機能する。衛生兵として、傷病者の手当てをしてもらうことになる」

 

 ユニの言葉に、クラスの半数近い人が教室を出て行った。残ったのは秀の見知った顔の者ばかりだった。その秀たちに、ユニは告げる。

 

「貴様らには戦闘員として参加してもらう。が、L.I.N.K.sの五人は別だ。貴様らには、小鳥遊希美と共に、戦場の鼓舞をしてもらう。但しこれは戦線が安定している時のみで、それが危うくなれば、すぐに戦闘に参加してもらう。分かったら、五人は第一アリーナに行け。そこで小鳥遊希美と合流しろ」

 

 美海たちが、引き締まった表情で教室から退出していく。それを見送ると、秀はユニに目線を戻した。

 

「さて、今この教室に残っている者全員で一部隊とし、私が隊長となる。外にはもう敵がいるし、正午まで二時間くらいある。もうすぐにでも準備に取り掛かってもらう。が、おい、レボ部。メルトの電源は切る、ということでいいんだな」

 

「ええ。もうとっくに切ってあるけどね」

 

 あずさはそう言って、メルトを持ち上げて見せた。なるほど、確かに目を閉じてピクリともしていない。それを見たユニは、一度全体を見渡すように首を遅く回していると、途中で止めて、急に焦ったように言った。

 

「お、おい、アインスはどうした? あいつが戦闘意欲が無いなんて思えないんだが……」

 

「エクスアウラならお前が来る前にトイレに行くとか言って教室出たぞ」

 

 秀が答えると、ユニはしばらく肩を震わせていたが、やがて教卓を思い切り叩いて、あらん限りの声で叫んだ。

 

「――あの馬鹿者が!」

 

        ***

 

「はばかりを介錯します」

 

 三年生の教室で、カレンは、隣の席のフィア・ゼルストがそう言ったのを横目で見た。まだ正午までは多少時間もあるし、戦闘訓練を受けている緑の世界出身者の余裕、としても見れたが、どうにも胡散臭く思えた。彼女が教室を出て行ってから、カレンも手を上げて、

 

「トイレに」

 

 とだけ言って、教室から出て、フィアを尾行する。足音はなるべく鳴らないように、空気の流れも出来る限り変わらないように、フィアの後を追う。フィアはトイレに入った。本当にトイレに行きたかっただけなのか。それとも、それにカモフラージュして何かするのか。まだ分からない。

 フィアが個室に入る。カレンは、その個室をドアを透過して覗いた。すると、スカートを下ろさずに、フィアがトイレの水の中に幾つもの粒を入れているのが分かった。その成分を解析する。

 

(――時限爆弾! やはり!)

 

「ディストーションモード……起動!」

 

 カレンは問答無用で右脚で蹴りを繰り出す。空間を捻じ曲げ、全てを破壊する、必殺の蹴りを。ドアが破壊される。そのまま中のフィアに蹴りを入れようとするが、フィアはカレン側に飛び込んで躱す。蹴りは外れ、その衝撃波も、フィアの服の背面を破るだけに終わった。

 

「スマッシュ・ファウスト」

 

 フィアが呟く。巨大なバズーカがフィアの右手に出現する。フィアはその華奢な体躯からは想像もつかないような俊敏さで、スマッシュ・ファウストの銃口をカレンに向けた。その引き金が引かれると同時に、カレンは左脚だけで後ろに跳躍した。弾丸は外れ、壁で爆発する。その爆風を利用して、トイレから出た。あの狭い部屋では、角に詰められたら一巻の終わりだ。

 フィアがスマッシュ・ファウストを携えて出てくる。スマッシュ・ファウストの先端が、トイレの出口から姿を現した瞬間、カレンはそこを蹴り壊した。フィアはそれを気にも留めず、カレンの前を駆け抜けて、一定の距離を置いて新たなスマッシュ・ファウストを出現させる。が、カレンはそれを使うのを許さない。一瞬で距離を詰め、スマッシュ・ファウストを破壊する。

 このやり取りが、10回ほど繰り返された辺りで、カレンはフィアに告げた。

 

「いい加減に諦めなさい。私はアンドロイドで、あなたは人間。あなたがいくら優れていようと、疲れを感じない私とは圧倒的な差があります。大人しく投降なさい」

 

 だが、フィアはカレンの警告を無視し、また新たなスマッシュ・ファウストを出した。カレンはそれを破壊する。パターン化された動き。また、距離をとって新しいのを出すのだろう。そう思っていたが、フィアはそのままの状態で、左手にスマッシュ・ファウストを顕現させた。カレンは、己の負けを自覚した。蹴った直後で、如何にアンドロイドと言えど、硬直してしまっていてはアンドロイドか人間かなどは関係ない。弾丸が放たれる。カレンは出来る限り身を捻ったが、回避は出来なかった。右半身が完全に破壊され、残った左半身も吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。多量の潤滑油が血のように床に広がり、内部機構が内臓のように飛び散っている。その中を、フィアが歩き、立ち止まって、カレンに銃口を向ける。

 もはや、これまでか――そう、死を覚悟した時だった。ふたつのどこかで見たようなナイフが宙を舞い、油断していたフィアの左腕を切断した。フィアが振り向く。カレンもフィアの視線の先を見ると、そこには、息を切らしたアインスが、殺気を放って佇んでいた。

 それを見たフィアは、勝ち目がないと悟ったのか、煙幕を張った。アインスがミリアルディアにフィアを追わせるが、煙幕が晴れた頃には、フィアはとっくに居なくなっていた。

 安心感からか、カレンは自分の意識が遠のいていくのを感じた。アインスが駆け寄ってくるのを感じる。

 ――ああ、時限爆弾がしかけられているのを伝えなければ――思い出したが、口が動かない。スリープモードに入りかけているようだ。死ぬわけではない。だが、せめて伝えねば。そう思ったまま、カレンの意識は闇に沈んだ。

 

        ***

 

 午前10時半頃。学園内に内通者がいる、という情報は、瞬く間に学園中に広まった。また、そのおかげで一人のアンドロイドが重傷を負ったというのも、混乱に拍車をかけた。

 

『学園にスパイがいたそうだな。しかも我がグリューネシルト統合軍の、フィア・ゼルストとはな。俺も心底驚きだ。アゲハ』

 

 青蘭学園軍団の指揮官に任命された統合軍中佐のアゲハ・サナギだけがいる第一会議室で、モニター越しに統合軍大佐、ミロクが口角を上げながら告げた。

 

「まさかとは思いますが、彼らの仲間が統合軍にいるのを知っていたのでは?」

 

 アゲハが尋ねると、ミロクはそれを笑い飛ばした。

 

『馬鹿言え。彼らの目的はプログレスへの復讐と世界水晶の破壊だ。俺たちの目的はあくまで青の世界水晶の奪取だ。利害が一致しないし、俺もいちいち統合軍全員の生活をモニターしてる訳ではない』

 

「……分かりました。必ずや、目的の達成のため、T.w.dを滅ぼします」

 

 ミロクが笑って頷くのを見ると、アゲハはモニターの電源を切った。そして、首から下げているペンダントを握る。

 

「マユカ、死なないで」

 

 そう祈った時、会議室のドアが開けられた。入ってきたのは、副官として任命された統合軍中佐、スレイ・ティルダインだった。

 

        ***

 

 美海は、憂鬱な気分で第一アリーナに入った。L.I.N.K.sの皆とは、教室を出てから一切会話を交わしていない。顔すら見ていなかった。そのような余裕がなかったからだ。

 

(どうして、こうなっちゃったんだろう……)

 

 前にジュリアと戦う時も、こんなことを思った。同じプログレスでありながら、彼女は自分らを殺そうとしていた。そして、あのアイリスという少女も、恐らくはプログレスだ。更には、T.w.dの内通者がいるとも、先ほど放送で流れた。協力し合って世界の異変の解決を急ぐべきなのに、彼女らはそれを阻害しようとしている。話せば分かってくれるだろうかとも思ったが、廊下の窓から見えた大勢のT.w.dの部隊を見てしまっては、そんな気も失せてしまった。

 

「あ、美海ちゃん……。ソフィーナちゃんたちも」

 

 第一アリーナに、ライブの衣装の希美がいた。彼女は自分に笑いかけてくれたが、その目は今にも泣きそうだった。

 

「もう、そんな顔しないで、美海ちゃん。みんなに歌を届けなきゃいけないんだから、暗い顔してちゃダメだよ」

 

「そう、だよね。ごめん」

 

 美海は、なんとか笑って見せた。その笑顔のまま、振り返ってみる。ソフィーナたちも、頑張って笑みを浮かべているようだった。と、そこで、マユカがその場にいないことに気がついた。

 

「ねえ、マユカちゃんは……?」

 

 ソフィーナたちは、ハッとして辺りを見回すが、マユカは見つけられない。アリーナの外にも、マユカはいなかった。

 

「美海ちゃんたち、歌の方は私がなんとかするから、マユカちゃんを探してきて!」

 

 希美が懇願するように言う。美海は、それに強く頷く。

 

「分かった、任せたよ! ユフィちゃんとルビーちゃんは教室棟をを探してきて! 私とソフィーナちゃんはその他のところを探すから!」

 

 皆が一斉に頷く。それを見て、美海はソフィーナの手を取って、ユーフィリアはルビーと共に走り出した。

 

 ユーフィリアは走りながら考える。今のこの出来事を。

 

(これは、やっぱり違う。私の知る破滅の未来じゃない。私がこの世界に来たから、こうなったとでも言うの……? 七女神アウロラが覚醒して、順調にいってると思ったのに――)

 

「ユフィ、あれ!」

 

 ユーフィリアはルビーの声で我に返った。薄暗い廊下に、一人誰かが立っている。今は生徒は教室に待機しているか、若しくは体育館にいるはず。だとしたら、立っている誰かもまた、内通者である可能性が高い。

 人影に近づくにつれ、その誰かがはっきりしてきた。ローブを纏い、右半身に包帯を巻きつけたその姿は、間違いなく、触れた者の命を奪う呪いを持った少女、イレーネスだ。ユーフィリアは彼女とあまり言葉を交わしたことはなかったが、その名は知っていた。

 

「あなたたちは、私をどう思うの?」

 

 イレーネスが唐突に訊いてきた。ユーフィリアは立ち止まって、それに答える。

 

「特別なことは思いません。私はあなたをこの学園の一生徒として見ています」

 

「――嘘ね。あなたはそんなことを一欠片も思っていない。思っているのなら、そこから私に近づいてみせなさい」

 

 ユーフィリアは、右足を前に出そうとして――躊躇した。罠かもしれない。この足が前に出た瞬間に、右脚がなくなっていても不思議ではないのだ。それを見たイレーネスは、ため息をついて告げた。

 

「やはり、嘘だったようね。まあ、あなたの推測通り、私はT.w.dの構成員よ」

 

「どうして!? どうして、あんな奴らの味方するのよ!?」

 

 ルビーが叫ぶ。イレーネスは、虚ろな目でルビーを見た。

 

「私は自由を求めて、友のモルガナと共にこの学園に入学した。大らかな校風だって聞いていたからね。確かに表向きはそうだった。でも、ある時、裏で私とモルガナが厄介者扱いされていることに気づいたの」

 

「そんな……」

 

 ユーフィリアは知らず知らずのうちに後ずさりしていた。足場がなくなった気分だった。

 

「それで、失意の中で私たちはアイリスと知り合ったの。そして、彼女を信じてT.w.dに入ることにした。これで分かったかしら。私が彼らの味方をする理由が」

 

「ええ。あなたが私たちの敵というのはよく分かったわ。考え直しては……くれなさそうね。なら」

 

 ルビーが祈りを始める。ユーフィリアも、時間航行機関を起動させる。イレーネスは包帯を取り、呪いを受けたその腕を晒す。

 

「封印、解――」

 

 ユーフィリアが時間跳躍を行おうとした、その瞬間。背後から猛烈な力で床に叩きつけられた。

 

        ***

 

 マユカを探すこと数十分程度。美海は、実験棟でマユカと思しき青髪を見かけた。

 

「マユカちゃん!」

 

 美海が呼ぶと、返事の代わりとでも言うように、その青髪の人影は足早に駆けていった。

 

「マユカに間違いないわね。追うわよ!」

 

 ソフィーナがその人影を追って走り出す。美海も続いて走る。いつの間にか、ジュリアと戦った、あの廊下を走っていた。人影が振り返る。彼女は確かにマユカだった。だが、その佇まいは美海たちがよく知る彼女ではなかった。服は赤と黒の、統合軍の制服とは似て非なる物で、その右手には大剣のグリム・フォーゲル。美海たちを睨むその瞳には、あらん限りの殺意。もう友達ではない。美海は本能的にそれを悟った。と同時に、これが夢であることを願った。

 

「マユカ、あんた……!」

 

 ソフィーナが歯を剥き、右腕を前に突き出して魔法陣を展開する。

 

「あんたも、T.w.dのスパイだっていうの!?」

 

「はい。その通りです」

 

 マユカが即答したのは、無慈悲な答え。どう考えてもふざけている様子はない。となれば、やはりこれは真か。

 

「マユカ、ちゃん。嘘、だよね?」

 

 美海は、張り付いた笑みを浮かべ、希望を込めて訊いた。だが。

 

「いえ。これは真実です。これより私はあなた方を殺害します」

 

 立つだけの力も打ち砕かれてしまったようだ。美海は膝をついた。絶望という物を、初めて味わった。

 

「美海、下がって! あんただけでも――」

 

 ソフィーナが叫んでいる間に、マユカはグリム・フォーゲルの刃を隠すように背中に持っていき、ソフィーナに突進した。ソフィーナは、魔法陣から炎を出して迎撃しようとしたが、その炎が一瞬止まった。その隙を、マユカは逃さなかった。刃が閃き、ソフィーナの右腕を下から切り上げる。鮮血が飛散する。白く細い腕が、ポトリと軽い音を立てて床に落ちる。

 ソフィーナの絶叫。苦しみに喘ぐ彼女を見ても、マユカは眉一つ動かず、切り落とした腕を踏みつけた。

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