Ange Vierge Désespoir infini 作:黒井押切町
スレイの死亡と、負傷をした美海とソフィーナ、ユーフィリアが発見されたのは、正午を過ぎてのことだった。スレイは仮の埋葬をされ、美海たちは体育館に運ばれた。その時の生徒の衝撃は大きかった。初めて体育館に負傷者として運ばれたのが、初めの方は戦線に出ないはずのL.I.N.K.sだったのだ。動揺して当然だろう。
見舞い、ということで体育館に入ったルビーは、まだ意識のあるソフィーナに、他には聞こえないように小声で話しかける。
「もし、ソフィーナがマユカに会ったら、私に知らせて。私があの子を殺るから」
「……そう。あなたが私たちの重圧を全て受け負う、ということかしら」
ルビーは小さく頷いた。ソフィーナは、憂いを帯びた瞳でルビーを見つめる。
「無茶はしないで。私たちでも——少なくとも私は、あなたのすることの手助けはするから」
「必要無いと思うけど、分かったわ。……美海には、このこと伝えないでね」
「分かってるわよ。あの子に伝えたら、必ず止めようとするだろうからね」
ソフィーナがそう言ったのを聞くと、ルビーは少しだけ口角を上げてソフィーナに告げた。
「うん。じゃ、そういうことでお願いね。私だけでも、希美と一緒に歌を届けなきゃいけないから」
ルビーはソフィーナが頷いたのを確認すると、飛行して体育館を出た。その際に見えた生徒の大半は、すでに大分疲れているように見えた。
***
午前11時半。秀たちは、出撃前の最後の作戦説明として、視聴覚室に召集された。青の世界の戦闘員は、防護用のヘルメットや、防弾チョッキなど(これらの装備は統合軍が提供した)を装着している。但し、秀のように銃器が扱える者は前線に出るが、そうでない者は兵站の輸送などに従事する。そのため、青の世界出身で前線に出るのはごく限られた一部のみだ。由唯とあずさは、彼女らの要望もあって、秀が春休みの間に集団戦や銃器の手解きを彼女らにしていたので、そのごく一部の中に入っている。
青以外の世界の出身者の戦闘員は、それぞれ自分の戦闘衣を装備している。これは、無理に強制するよりも使い慣れた物を使わせた方がいい、という判断から来ているらしい。
秀たちが所属する部隊は、150人ほどの部隊で、ナタク・ヴリューナなる女性が隊長を務める、第一歩兵中隊という部隊に編入されるとのことで、その中隊長を待ってしばらくすると、教卓に統合軍の制服を着た、栗色の単発の女が出てきた。恐らくはこの女がナタクだろうと秀は考えた。
「さて、私の名はナタク・ヴリューナだ。知っていると思うが、貴様らの隊長を務める。時間がないので作戦説明に入る」
秀の思った通りだった。よくもまあ、こんなことを考える余裕があるものだと、秀は呆れながらメモの用意をした。
「我々の一番の目的は敵の能力を推し量ることだ。前線を押し上げる役目は、我々の報告を元に編成される第二歩兵中隊が請け負う。我々は無理せずに、ヤバくなったら引けばいい。そうそう、自衛隊はこっちに被害が出ないと動けないから、そこだけ留意しておけ」
ナタクがよく通る声で説明していく。秀はメモを取りつつ、レミエルの方を一瞥した。レミエルも、真剣な表情でメモを取っている。十分に心構えができているようだ。
「私たちは正門から打って出るが、幸いなことに、奴らは正門には張り付いていない。敵は正門を出てすぐの坂の麓にいる。予定としては、長くても5時間ほどの戦闘で切り上げるつもりだ。その間、援護攻撃も当然ある。その都度連絡が入るから、味方に殺されないように気をつけろ。それで、分隊の編成と陣形については、各部隊長に伝えてある。それに従い、分隊ごとに支持した陣形通りに一二一五に正門前に集合だ。以上」
この中隊の副官である、リーリヤ・ザクシードの号令に従い、皆が一斉にナタクに敬礼する。突然のことで、秀は見よう見まねで敬礼したが、このくらいのことはやれないと戦場で指示に従うなど到底不可能だろう。
秀はナタクに敬礼しながら、上官に対する敬意の視線を向ける。そこに同じ青蘭学園の一生徒としてみなす気持ちは全くなかった。
***
ナタクは自分の部下となるものたちが、それぞれの部隊長から説明を受けている様をじっと見ていた。中隊下の部隊に限らず、全ての部隊の隊長は統合軍において中隊長以上の役職に就いていて、尚且つ実戦経験のある者がなっている。統合軍主導の作戦だから、ということもあるが、そのくらいの軍人ならば、新人の扱いにも慣れている者が多いためだ。
「しかしなぜあなたが隊長で私が副官なのでしょう。全くもって理解不能です」
リーリヤが尋ねてくる。ナタクは苦笑して、まだ火のついていないタバコを弄びながら答えた。
「上の考えることはよく分からんからな。でも、私はなんとなく予想がつくぞ」
「なんですかそれは。私が納得できる理由があれば教えてください」
「多分、私が一番単純で脳筋だからだろう。だから、上からの命令に疑問を挟まずにそのままの形で伝えることができる。こういうことだろう」
リーリヤは納得したように頷いていたが、すぐ首を傾げてまた尋ねた。
「ではナタクが隊長なのはなんとなく理解できましたが私が副官なのは何故でしょうか」
「そればっかりは私には分からん。私と仲がいいからだったりしてな。お前はよく一人で突っ走るから」
「突っ走ってるのではありません。私が単身突撃した方が作戦遂行の近道になると判断して行動しているだけです」
リーリヤの言葉に、ナタクはクスリと笑った。それにリーリヤが不快そうに眉をひそめるが、ナタクは笑い顔を崩さずに言った。
「それを一人で突っ走るっていうんだ」
リーリヤは「はぁ」とため息交じりに相槌を打った。あまり自分のことを認めたくないようだ。
「まあいいさ。とにかく今回はルルーナもいるし、お前が突撃していっても大丈夫だろう。あとは、ヒヨッコどもがどこまで動けるか、だな」
ナタクは部屋を見渡す。青の世界の者たちは皆、硬い表情だ。しかし、女戦士や騎士、兵士などの戦場慣れしている者たちは、談笑している様子も見かけられる。
ナタクは窓際に立ち、タバコに火を付ける。一服すると、煙が立ち上っていった。風はないようだ。今日は銃を撃つにはもってこいだろう。
***
午前11時40分。秀は、レミエルとともに一足先に正門前に来ていた。正門から坂の下を見下ろすと、T.w.dの軍勢が、隊列を組んでアサルトライフルを携えて待機している。
(プログレスとαドライバーに敵対しているのを相手にするのは、ジュリアも含めてこれで三度目か)
最初は、ただ暴力を受けていただけだった。それが嫌で、あの村から逃げ出した。だが今は違う。相手だけでなく、自分も相手を殺そうとしている。そして、あの日の、もう逃げないという誓いがある。
(この戦い、絶対に勝つ。たとえ何人殺し殺されようとも……!)
動悸が激しくなり、肩がこわばる。どうやら緊張してきているようだ。先の作戦説明の時は余裕があったが、あと五分ほどで戦闘が始まると考えると、急激に心が乱れてきてしまっていた。
「上山君。過剰な緊張は戦場で死を招きます。もう少しリラックスしてください」
突然声をかけられ、焦る心を抑えつつ、その声の方を向いた。そこには、今朝と変わらぬ衣装のジークフリートがいた。秀は顔をしかめて言った。
「何の用だ、銀色」
すると、ジークフリートは銀髪を掻き上げ、目を細めながら答えた。
「アドバイスですよ。私は君を失いたくないものですから」
「お前の指図なんか受けるものか」
「指図ではありません。アドバイス、助言ですよ。聞く気がないのなら、私が一人で勝手に喋るので、上山君は耳でも塞いでいてください」
嫌味を嫌味で返された。秀はため息をついて、ジークフリートに尋ねた。
「そのアドバイスっていうのはなんだ?」
「先ほどの言葉通りです。もう少しリラックスしましょう。死にたくなければ」
「お前は戦闘経験があるのか?」
秀が訊くと、ジークフリートはその表情に憂いを湛え、答えた。
「ええ。まあ戦闘といっても竜族同士の縄張り争いくらいなものですが、それでも命がけでした。私たちは物心ついた時にはもう縄張り争いは何度も行っていたようです。私たちは弱く小さな群れでしたから、今生き残っているのは、私とクラリッサさんと、あとは小竜たちですね。小竜たちはクラリッサさんが保護しています」
「ふうん。お前も大変なんだな」
「あまり関心がなさそうですね……。まあいいでしょう。上山君は戦闘経験はあるのですか?」
「一応ある。ただ、あの時の緊張感は程よいものだったんだ。相手が一人だったってのもあるんだろうがな。ただ俺一人で戦ったわけじゃなくて、レミエルやカレン、ガブリエラにレボ部の連中と一緒に戦ったんだ」
秀の言葉に、ジークフリートは少し考えるようにしてから、真顔で言う。
「なるほど。では上山君、レミエルさんと手を繋いだりしてきてはいかが? 時間はまだありますよ」
ジークフリートの言葉の意味を理解するのに秀は数秒かかった。そして、顔を真っ赤にして呟いた。
「……なるほど、それもいいかもな」
レミエルの方に向くと、振り向きざまにジークフリートのにやけた顔が目に入った。秀はそれに少し苛立ちを覚えたが、自分で抑えて、レミエルの隣に立った。
「一人にしてごめん。……戦いの前に、ひとつ頼んでいいか?」
「手を繋いでいいか、ってことですか?」
レミエルが悪戯っぽく笑った。秀は軽く微笑して告げる。
「なんだ、聞こえてたのか。それじゃあ話は早い」
秀はレミエルの手をそっと握った。レミエルもその手を握り返す。小さく柔らかい手から、優しいぬくもりが感じられる。これが、レミエルの本質なのだろう。使命感からとはいえ、ためらいなく人を殺せるようになってしまった今のレミエルとは相反するものだ。
「……早く終わらせような、この戦い」
秀は、眼下に僅かに見えるT.w.dの一団を見据えつつ、そう告げた。その後しばらくして、「はい!」というレミエルの決意を秘めたような、力のこもった返事が聞こえた。その時のレミエルの顔を秀は見ていなかったが、果たしてレミエルはどんな顔をしていたのだろうか。秀には考えもつかなかった。
***
午前12時15分。曇天の下、戦いの火蓋は切って落とされた。
「これより我々、第一歩兵中隊は、敵陣に切り込む! 各分隊のαドライバーはαフィールドの展開とリンクを今すぐしておけ!」
ナタクの言葉に、秀や他のαドライバーが、一斉にαフィールドを張り、リンクを開始する。秀の分隊のプログレスは、レミエルとあずさと由唯、そしてセニアだった。レミエルはリンクの直後、服があの紫の装束に変わり、左眼が金色になり、左の肩から左眼と同じ色をした光の翼が形成された。その少しの間の後、ナタクが吶喊する。
「全員、準備できたな! αフィールドのおかげでプログレスは怪我はしないが、αドライバーは覚悟しておけ! プログレスも、αドライバーに負担をかけすぎるなよ! では、総員出撃!」
ナタクは校門が開くと同時に、己の槍型の武器ヴィーダーシュボルトを召喚し、構え、突撃していった。それに続き、他の中隊員も打って出る。だが、T.w.dの戦闘員らは全く動かない。まるで、何も起こっていないかのようであった。
ナタクは秀の目測にして戦闘員とあと5メートルほどで接触するところまで来ると、ヴィーダーシュボルトを突き出した。その刃がT.w.dの戦闘員の体に触れる直前のことだった。それが、何かしらの力によって止められた。
「この感じ……魔術障壁か! 小癪な! こんなもの、我が槍で貫いてやる!」
ナタクはヴィーダーシュボルトを押し込もうとするが、力が及ばなかった様で、魔術障壁に弾かれてしまった。それで、青蘭学園側の進軍も一旦止まった。
「くっ。我が槍を弾くとは」
「ナタク。私も加勢します。もう一度この障壁に攻撃を加えましょう。フェルノ・ガーディーヴァにも助力を頼んでおきました」
「すまないな、リーリヤ。では行くぞ!」
「はい。ヴィヒター・リッタ!」
二人の一騎当千の力の源のふたつの巨槍が、前にあるものすべてを突き通さんと、障壁と激突する。
***
フェルノ・ガーディーヴァは、青蘭学園の屋上から弓を構えて、障壁を見る。どうやら、あれはT.w.d全軍をドーム状に覆っているらしい。彼女はそう判断した。
大抵、大きな魔術障壁ほど、膨大な魔力と技術を必要とし、またその分脆くなる。今ナタクたちが攻撃を加えている場所に魔力を集中させなければならないため、上部は手薄だろう——そう踏んだフェルノは、矢を一本弓につがえ、目を閉じ、祈りを込める。
「封印弓フェイルノート……。いきますわよ!」
フェルノがカッと目を見開く。必中の矢が放たれる。起動は祈りの力により、いくらでも修正が効く。だがその必要もなさそうだ。矢は入射角45度でドームの表面に命中した。——だが、障壁は崩れなかった。矢は障壁と拮抗してはいるものの、それだけだった。
フェルノは矢筒に手を伸ばした。あれを破壊するのにあと何本必要か。三本か、四本か……迷いの末、フェルノは矢筒に入っていた全ての矢——おおよそ二十本ほどか——を全て一掴みで取ると、そのままつがえた。この封印弓フェイルノートに、矢を弦にかける必要などない。必要なのは、祈りのみ。確かなそれがあれば、狙いをつけた相手に真っ直ぐ飛んでいく。
「これで……砕けなさい!」
矢はその大きさとは不釣り合いな轟音を立てて飛翔し、理想の角度で障壁に全て命中した。だが、障壁は健在だった。フェルノが放った矢は未だ拮抗している。弾かれていないのがせめてもの救いだった。
(ダメだったの……。もうやれることは、あの矢に祈りを込めるだけ。あとは頼みましたわ)
フェルノは跪いて祈りを捧げた。勝利の祈りと、破邪の祈りを。
***
T.w.dの方位部隊の中で、アルバディーナのサイドテールの金髪が、魔法陣から発生する魔力的な波動によって、ゆるやかに揺れる。アルバディーナが今していることは、魔術詠唱だった。詠唱はしなくてもいいことなのだが、気分でしたかった。今の彼女の役目は、今張っているこの魔術障壁によって敵の戦力を少し消耗させること、というのがひとつだ。
(まだこれでも私が疲れない程度に手を抜いているのに……。緑の世界の武器も、封印弓フェイルノートも大したことないわね)
「さすが黒の世界随一の結界師、アルバディーナだね。すごいよ。フェルノ・ガーディーヴァの矢まで受け止めちゃうなんて!」
少しはしゃいだ様子で、アイリスが魔法陣の中に入ってきた。別に、人が入ったからといって魔術が弱くなるとかそういうことはない。ただ、魔術師にとって自分が作った魔法陣に入られるのは不快なことだ。アルバディーナもそうなのだが、アイリスだけには、そのような不快感を示さなかった。
「すごくないわよ。出来て当然だもの」
アルバディーナはつい癖で素っ気なく言ってしまったが、内心ではとても嬉しかった。今一番大切な人に褒められたのだ。そのことが表情に出てしまったのか、口調とは裏腹に微笑んでいることが自覚できていた。
「もう素直じゃないんだから! 自衛隊は任せてね。あなたの役目が終わったら、一瞬で片付けるからさ!」
アイリスはアルバディーナの肩を叩くと、元気よく走り去っていった。アルバディーナがその背中を見送ると、再び詠唱に入ろうとした時だった。
「久しぶりね、アルバディーナ。行方不明になっていたって話だったけど、まさかT.w.dとして会えるとは思ってなかったわ」
魔法陣の外から、ローブをまとい、右半身に包帯を巻いた少女、イレーネスが話しかけてきた。そういえば、同じ組織にいながら、T.w.dとして顔を合わせるのは初めてだった。そうアルバディーナは思い出し、嬉しく思ってイレーネスに返答した。
「そっちこそ久しかったわね。元気にしてた?」
「モルガナといる時だけね」
相変わらずだと、アルバディーナは笑った。イレーネスも釣られたように微笑を浮かべる。それからややあって、イレーネスは歩き出した。
「それじゃ、頑張ってね。私も頑張るから。戦う理由は違えど、志を共にする同志なんだから」
イレーネスが手を振る。アルバディーナが振り返すと、イレーネスは頷いて、構成員の間に紛れていった。
詠唱に戻って、言葉を紡ぎ出すのと一緒に、アルバディーナは戦う理由を思い出していた。
アルバディーナは、黒の世界でも有数の魔法使いで、とりわけ結界を形成するのが得意だった。それだけなら魔女王にも匹敵すると言われたくらいだ。異能が発現する前は、気弱な少女で、でも誰とも接することができた。友達がたくさんいるような人から、疎まれていたジュリアや、忌避されていたイレーネスなど、誰とでも仲良くできた。
だが、突如異能が発現すると、全てが変わった。アルバディーナの異能は、「体が一定時間何かしらの蟲になる」という異能だった。それだけなら良かった。だが、自分で発動のタイミングや、なる蟲を制御できない上に、変身の仕方が、体が一旦ドロドロに溶け、そこから蟲の体に必要な分だけ蟲になり、あとは変身が解けるまでそのまま、というものだった。
最初はなじられた。嘲笑を受けた。唾を吐きかけられた。糞を投げられた。殺虫剤をかけられた。体に火をつけられた。そして、最後には誰も寄り付かなくなった。その時、イレーネスやジュリアは青蘭学園に通っていて、すぐ助けてくれる場所にいなかった。
アルバディーナのかつての優しい目は憎悪に満ちた双眸に。気弱な性格はとにかく排他的な性格に。友達は呪いの対象に、それぞれ変わっていき、自分を苛虐した人間たちへの復讐を誓った。
だが、失敗し、青の世界に逃亡した際に、アイリスと会った。アイリスは初めて、自分のことを気持ち悪がらなかった。寧ろ、無邪気に感心していた。そして、T.w.dという居場所をくれた。そこでは、誰一人として自分のことを忌み嫌ったりはしなかった。単に関心がなかっただけだろうが、その方がよほど楽だった。
また、しばらくしてからそこでジュリアと再会した。旧友との会話はよく弾んだ。だが、それはつかの間の安らぎだった。自分たちがジュリアの付近まで来た時には、もう彼女は虫の息だった。その時はちょうど蝿になっていたため、ジュリアの会話の内容を聞き取った。大分情報を漏らしていたが、取るに足らない情報ばかりだった。
ジュリアが死んだ時、アルバディーナは悲しみはしたが、涙は流さなかった。それどころか、情報を漏らしたことに少し憤りを覚えていた。そのことに、自分が一番驚いていた。古くからの友の死なのに、涙一筋さえ流さないなんて、いつの間に私はこれほどまでに冷酷になったのだろうかと、悩んだ。
本部に戻って、アイリスの部屋に行ってこのことを言うと、アイリスはアルバディーナを抱きしめた。そして、大声を上げて泣いた。どうして泣くのかと尋ねた。アイリスは、ジュリアのこと、と答えた。彼女を生かす方法はいくらでもあったのに、ごめん、とも言った。
アルバディーナはこの時、アイリスに反感を抱いた。ジュリアが死んだ時に悼むことをしなかった彼女が、今更泣き悔やんでいることが許せなかった。だから、つい言ってしまった。あなたに泣く権利なんか無い、と。アイリスは泣き止んだ。その時、アルバディーナはアイリスの顔を見ていなかった。どんな顔をしていたのか、今なら想像がつく。きっと、ありきたりな言い方だが、この世の終わりみたいな顔をしていたに違いない。もちろんこの時はアイリスの心情など気にしていなかった。アイリスの腕から抜けて、部屋から出ようとしたその時だった。先ほどとは比べ物にならないほど強く、アイリスがアルバディーナの背中に抱きついた。そして、涙しながら、お願い、謝るから行かないで、私を一人にしないで、と、懇願するように言ってきた。最初は、軽くあしらおうとした。だがその時、アイリスは自分のことを今では唯一無二の友達だと言った。それを聞いて、アルバディーナははっとした。自分と同じだと思った。当時その場にいないイレーネスを除けば、友達と言える人はアイリスだけだった。T.w.dでその存在を失えば、孤独になってしまう。それだけは嫌だと思った。黒の世界にいた時よりはマシだろうが、それでも嫌だった。
アルバディーナはアイリスに言った、今は許すから、今度ジュリアを弔おうと。アイリスが泣き止み、アルバディーナの背中から離れ、同意する。そして、アイリスがまた泣き出した。今度は何かと振り返って尋ねると、アイリスは嬉しいと言った。アルバディーナが友達として自分のそばに居てくれるのがしあわせ、とも告げた。
アイリスが涙の中に見せた笑顔は、アルバディーナの、それまで抱いていた感情をどこかに遣ってしまった。そしてただ一つの思いが沸き起こった。この笑顔を守りたい。復讐などもうどうでも良くなった。この友を守り抜く。そのためにアイリスの補助をする。そう誓った。
(そうよ。私の戦う、今の一番大きな理由は、アイリスのため。T.w.dの他の構成員とは違うのよ!)
アルバディーナは掌を合わせ、祈るように魔法の詠唱を続けた。
***
ナタクが障壁に弾かれまいと踏みとどまりながら、大声で怒鳴るように告げた。
「誰か、この魔術障壁に特別デカイ一撃を食らわせてくれ! それでこれを破れなければ一旦引いて対策を練る!」
その時レミエルは、ここで名乗り出なきゃ、と思った。今までの集大成として、最高の姿をガブリエラや秀に見てもらうために。
「あ、あの……」
声を発するが、小さかったようだ。誰も反応しない。それで、言葉が詰まってしまった。
(こんなのじゃダメだ。もっと、もっと胸を張って、声を張り上げないと……! 私は変わったんだ。大丈夫、出来るんだよ!)
レミエルは、息を吐いて心を一旦落ち着かせてから、大きく息を吸い込んでから、これまでの人生の中で出したこともないような大声で叫んだ。
「私がやります! 私が、あの魔術障壁を打ち破ります!」
その場の人の注目が一気にレミエルに集まる。以前のレミエルであればこれだけで動揺していただろうが、今は動じることなく佇んでいた。
ナタクが、今なおヴィーダーシュボルトを障壁に突き立てながら尋ねた。
「いけるか!?」
「はい!」
レミエルは即答した。そして、秀の元に歩み寄った。
「秀さん、見ていてくださいね」
「ああ! しっかりやれよ!」
秀がレミエルの背中を叩いた。それが、レミエルには更に力をくれた気がした。
「では、行ってきます!」
レミエルは、その気高き双翼を羽ばたかせ、T.w.d全軍を一望できる高さまで飛翔した。
(できるだけ、大きな剣を……)
レミエルは手にしている錫杖の、上部の宝石が埋め込まれている場所に額を付け、両の瞳を閉じて祈りの言葉を紡いだ。
「我が名、
その手の錫杖が、忽ち大剣に変化する。どのくらい大きいのかは分からないが、とにかく振り下ろすのみだ。
「だああああ!」
レミエルが振り下ろし始めたその瞬間、突如ガブリエラの思念が届いた。
——止めろ! それを使うな!
だが、もう遅かった。それを認識した頃には、もう振り下ろしていた。そして、ガブリエラの思念の意味を理解した。……自分の造ったその剣の先が、見えなかった。その刃は、当たったもの全てを斬り裂いていった。海面に当たった部分は巨大な水飛沫を上げ、青蘭島の大地を割り、建造物を破砕した。だが、それすらも障壁は防いだ。
「ふざけないで! これだけやって、青蘭島を破壊しただけなんて、そんなことになってたまるもんか!」
レミエルは一層の力を込めた。いかにあの魔術障壁が固くとも、今かなり弱っているはずだから、ここが踏ん張りどころだ。暫しの後、障壁は無くなった。だが、レミエルの大剣も無くなった。相殺された。レミエルは、敵の力に戦慄した。あれだけやっても相殺しかできないのだ。この戦い、勝てるのだろうか? そう疑問を抱いたその時、白の世界の
(確かあれは、白の世界の人型機動兵器、ジャッジメンティス……!)
助けに来てくれたのだろうか、と思ったが、すぐにそれを否定した。そのジャッジメンティスから、レミエルは明確な敵意を感じた。ジャッジメンティスは、バーニアを吹かし、全速力と思われる速度で突っ込んで来た。間違いなく、学園に体当たりするつもりだ。
先ほどのようなものを新たに造る余裕はもうない。あれを止める手段もないだろう。レミエルが半ば諦めたその時、レミエルの目の前に二頭の巨竜が現れた。