Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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衝撃

 レミエルの眼の前に現れた片や黒、片や銀の二竜は、その両翼を一度羽ばたかせて、ジャッジメンティスに向かって滑空するように突撃していった。レミエルはこの二竜以外にジャッジメンティスに対抗できるのはいないと考え、その場を任せて地上の秀の分隊のところに降り立った。中隊の先頭辺りではもう戦闘が始まっていた。

 

「レミエル、戻ったか! ここで連中を食い止めるぞ!」

 

「はい!」

 

 秀の声かけに、レミエルは張りのある声で返事をし、あずさと由唯は硬い表情で頷いた。

 レミエルは頭を切り替え、魔剣のイミテーションを創造する。秀たちは先のことについて何も言わない。その気遣いが嬉しかった。

 前の方の部隊の取りこぼしが正門に向かって突っ込んでくる。レミエルは魔剣を握る手に力を込めた。

 

        ***

 

 秀は、迫る敵の一人にアサルトライフルの銃弾を撃ち込んだ。敵はすぐに死んだ。初めて現実で人を殺めた。不思議な感覚だった。反道徳的なことと分かっていたが、それ以上に世界のため、学園のため、仲間のためにこの相手を殺さなければならないという使命感の方が強かった。

 

(レミエルがジュリアを殺した時も、こんな気持ちだったのだろうか)

 

 今戦場にしている、青蘭学園の正門から続く坂は、遮蔽物と言えるようなものが殆どない。そのため、遮蔽物に身を隠すということが出来ないが、こちらには一人のαドライバー毎に赤ないし黒の世界のプログレスが張る結界があるため、攻撃の殆どは無力化出来る。敵の動きはアサルトライフルを撃ちながら突っ込むという至極単純なものだった。だから、狙いをつけて引き金を引くだけで、簡単に殺せた。

 

(よし、この調子なら正門前で食い止められるだろう)

 

 秀がそう思った矢先だった。一瞬だけ見えた正門の内側に、T.w.dの制服を着た金髪の少女がいた。

 青天の霹靂だった。秀は慌ててそちらに走ろうとしてしまったが、セニアがそれを制した。

 

「私に任せてください。秀さん。秀さんは私とのリンクが切れないようにしてくれるだけで構いません。秀さんに独断行動させる訳にはいきませんから」

 

「それを言ったらお前だって独断行動になるじゃないか」

 

 秀が訊くと、セニアはふっと微笑んで答えた。

 

「安心してください。ちゃんと目の前の敵も相手にしますから」

 

 セニアの言葉に秀は頷いて倒すべき敵の方に向いた。セニアがやると言っているのだ。信じるほかないだろう。そう思って、秀は頭を切り替えた。

 

        ***

 

 二竜の内の片方、黒竜——クラリッサは、その両翼でジャッジメンティスよりも上空まで飛んだ。彼女らは、ジャッジメンティスが現れた際、ナタクにそれを止めろと命令された。もちろんそうされなくてもそのつもりだったが。

 少しの間を置いて、直下に急降下した。ジャッジメンティスの速度を計算して、クラリッサがぶつかるタイミングで、ジャッジメンティスの背中が来るような瞬間に、だ。

 だが、ジャッジメンティスはクラリッサの体当たりを紙一重の差で躱した。そこで、クラリッサは、

 

「甘いよ、ジャッジメンティスのパイロット! 頂いた!」

 

 躱されたその姿勢からサマーソルトキックの要領で、機体下部を尻尾で打ち付けた。ジャッジメンティスのバランスが崩れる。その隙をついて、銀竜——ジークフリートがジャッジメンティスを上から足で押さえつけ、そのまま滑空するように急降下し、機体を校庭に叩きつける。

 

「どうです? 誰か乗っているのでしょう? いくら遠隔操作できるとは言え、外から見ているだけではクラリッサさんの突撃を躱すのは困難なはずです」

 

 ジークフリートはジャッジメンティスを踏みつけるため、片足を上げた。が、その瞬間。

 

「油断するな! ジークフリート、そいつから離れろっ!」

 

 クラリッサの警告を聞いて、ジークフリートは機体から離れようとしたが、ジャッジメンティスのデュアルセンサーが翠色に輝き、腕が伸び、ジークフリートの片足を掴んだ。そして、片腕だけでジークフリートを投げた。そして、ジャッジメンティスも跳び、ジークフリートが飛べないよう翼を押さえつけた。ともに落下して、ダメージを全てジークフリートに与えるつもりだろう。

 

「ええい、仕方ない。クラリッサさん、少し任せます!」

 

 ジークフリートはそう言うと、元の姿から人間体に変化(へんげ)した。そうすることで、ジャッジメンティスの手から逃れられた。すると、ジャッジメンティスが動きを止めた。

 

「今度こそ、貰ったァ!」

 

 クラリッサは拳を握りしめ、ジャッジメンティスに突貫する。最大限の力を発揮すれば、機体を貫通することくらいはわけないだろう。クラリッサはそう踏み、勝利を確信したその時、ジャッジメンティスが視界から唐突に消えた。そして次の瞬間、背後にそれが出現した。

 

「亜空間跳躍か! くそっ!」

 

 振り向くと、ジャッジメンティスの、エネルギー球を保持した掌が迫っていた。それを食らえば、ひとたまりも無いだろう。最悪、死ぬ。相手もそれを分かっているはずだ。——クラリッサは勝利に笑った。

 

        ***

 

 アルバディーナは、青蘭学園の正門の内側に立っていた。彼女の異能、蟲化を使い、蝿となってここまで来て、元の姿に戻った。魔法による変身ではなく、更に蟲となっている間も人間の時と同じように体以外は使えるので、己の魔力を抑え込むことも容易い。だから、魔力の探知には引っかからない。アルバディーナが銃撃の中を行っても、戦闘しているものにとってはただの蝿だ。

 アルバディーナは頭上を見る。そこでは、二頭の竜とジャッジメンティスに搭乗したリーナ・リナーシタが戦闘していた。

 

「ちゃんと負けなさいよ、リーナ」

 

 アルバディーナはそう呟くと、小型砲台(ピット)が自分を狙っていることに気がついた。その数を瞬時に数える。四つ。アルバディーナは鼻で笑った。

 

「コードΩ46セニアは優秀なアンドロイドだと聞いていたのだけれど、愚かね。そんなもので、私を倒せると思って?」

 

 小型砲台の光線による一斉砲撃を、アルバディーナは魔法で障壁を張って受け止めた。そして、その障壁の形を変化させる。それはまるで、鞭のようにしなり、刃のように切れ味を持つもの。魔法だからこそできることだ。

 四つの小型砲台は、それを躱した。しかし狙いは依然としてこちらだ。アルバディーナは即座に障壁をドーム状にして、自身を守らせた。

 

「あの程度じゃ無理ね。本人を狙うしかないわね」

 

 アルバディーナは目を閉じ、セニアの位置を探る。——見つけた。αドライバーを含む4人と一緒だ。

 

        ***

 

 セニアは焦っていた。目の前にいるT.w.dの一般構成員はどうということはない。その手に持つ光線銃で簡単に倒せる。しかし、アルバディーナの方に寄越した小型砲台が、アルバディーナに全く危害を与えられていない。一刻も早くアルバディーナを止めないと、この状況下で学園内に敵の進入を許すことになる。

 オーバーヒート気味になった思考回路を、少し冷却したその時だった。背後から衝撃を受けた。一気に前方に吹き飛ばされる。痛みはない。が、シンクロしている秀はαフィールドの影響で、少し表情をしかめた。

 セニアは空中で姿勢を立て直すと、そのまま前にいるT.w.dの構成員を瞬く間に無力化した。そして地面に着くと、苛立ちから舌打ちとともに呟きを漏らした。

 

「あの女ですね。厄介な」

 

 小型砲台の攻撃のペースと、光線の出力を上げる。だが、それらは全て魔術障壁に弾かれてしまった。セニアの焦りを他所に、アルバディーナの襲撃は続く。セニアへのダメージは無いが、秀とのシンクロが弱くなっていっていた。

 セニアは秀を一瞥した。一見特に異常はなさそうだが、健康状態を計測すれば、秀の消耗は明らかだった。しかも、そろそろ限界だ。レミエルは全く負傷せずに戦っていて、由唯は透明になっているので、そこまで傷ついていないが、あずさは、レミエルが彼女の周りに結界を張っているとはいえ、結構な頻度で被弾したりしていた。時折、時間停止能力を使っているようだが、連続で使えるような代物では無いようだ。

 とにかく、セニアとあずさのダメージで秀の精神が摩耗している。どうにかせねばと思えど、アルバディーナを始末する方向ではほぼ不可能であるし、あずさの方に向かえばあずさを巻き添えにしてしまうかもしれない。

 思考していたその時、ナタクから通信が入った。

 

『校門の内側に入った者の始末はアインスにつけさせる。だからセニアは目の前の戦闘に集中しろ。独断行動については目をつむっておいてやる』

 

「了解しました、攻撃を中断します」

 

 セニアは応答すると、自動砲台を引き戻し、あずさの近くに配置した。そして、あずさに注意を向けていた敵を光線で焼き払った。

 

「セニア……ありがとう」

 

「お礼は不要です。もたもたしてると次が来ますよ」

 

「その通りね! 悪いけどアシストお願いできるかしら?」

 

「分かりました。小型砲台はそちらに寄越したままにしましょう」

 

 あずさが頷いて、銃撃を再開する。セニアも光線銃を構えたその時、頬に、一陣の風を感じた。横目で見ると、脇通り過ぎるふたつの黒い影があった。

 

        ***

 

 ジャッジメンティスの装甲が背部から打ち破られ、ジークフリートの拳が貫通していた。ジャッジメンティスからエネルギーが失われる。それは、エネルギー球が消えたことからも分かった。

 あの瞬間、ジャッジメンティスの操縦士は勝利を確信し、油断したに違いない。そこをジークフリートに突かせたわけだが、上手くいったようだ。

 クラリッサは辺りを見回す。目の前には、ジークフリートによって機体に穴を開けられたジャッジメンティスがあり、その後ろには勝ち誇った顔のジークフリートがいる。さらにその後ろにある校舎は無事だ。守りきることができた。その達成感でクラリッサは満たされていた。グラウンドを見ると、何かが引きずられた跡がある。自分たちの戦闘の痕跡だ。

 前線に戻ろうと、体を正門側に向ける直前、グラウンドに、走り去っていく人影を見た。その人影は身長150cmほどで、ストレートの青髪を揺らしながら往く。その青髪に、クラリッサは見覚えがあった。データで見ただけだが、間違いなく、ジャッジメンティスの操縦士、リーナ・リナーシタだ。

 クラリッサは、この後何が起こるか悟った。

 

「ジークフリート! ここからさっさと離れな! 多分こいつは——」

 

 クラリッサが言い終える前に、ジャッジメンティスの機体が爆発した。至近距離で爆発を受けたクラリッサは、熱は鱗で耐えたが、爆風で学校の敷地外まで吹き飛ばされた。空から一瞬だけ見えた学園は、校舎の一部が破壊されていて、窓ガラスの殆どは割れていた。その次に眼下に見えたのは、人気の全くない市街だった。

 

(竜の姿のまま落ちたら家屋に被害が出る……。人間体になるか)

 

 クラリッサは人間体になって、ちょうど学園の周りの道路に落下した。その時、うっかり右腕をついてしまったおかげで、右腕が変な方向に曲がった。更に、両の踵の骨が砕け、全身に打撲を負ってしまったようだ。クラリッサは苦痛に顔を歪める。

 

「派手にかましやがって。あたしにどうやって戻れってんだよ。ジークフリートのやつも心配だ」

 

 動くことはできるが、正門以外は封鎖されている。この体で戦闘はあまりしたくない。クラリッサはそのまま寝っ転がることにした。竜族の治癒能力を以ってすれば、数時間もあれば打撲くらいは治るだろう。

 クラリッサは体を横にしたまま、街を見る。表面上は本当に静かだ。人の声どころか足音一つ聞こえやしない。どうやら青蘭島には天変地異からの避難用の地下シェルターが至る所にあるらしく、恐らく住民はその中にいるのだろう。

 いいご身分だなと、心の中で悪態をつくと、そのまま眠ろうとした。が、その時、微かだが、足音を聞いた。その足音はだんだんクラリッサの方に近づいてくる。

 

(なんだ……? こんな場所を通るなんて作戦で聞いてないから、多分敵だろうな。死んだフリでもしてどんなやつらか見てやる)

 

 クラリッサは目を閉じて待っていると、足音が耳元まで近くなったところで、止まった。

 

「データ照合……間違いありません。この女は竜族の末裔です。名前はクラリッサ、と。リーナ・リナーシタと交戦していた模様です。恐らく爆風でここまで飛ばされたのでしょう。見た所死んでいるようにも見えますが、生体反応があります。気絶しているのでしょう」

 

 男の声がした。淡々としているが、分析は的確。仕事ができる人間なのだろう。

 

「竜族はしぶといからな。今のうちに殺しておけ」

 

 今度は、幼さの残る女性の声が聞こえた。しかし、その声は凛としていて、威厳があった。

 男が「了解」と短く答えると、遊底を引く音がした。クラリッサは、かっと目を見開くと、起き上がって、跳躍して距離を取った。

 

「あんたら、どこの世界のモンだ?」

 

 クラリッサが尋ねると、リーダー格と思われる金髪の、自分より下の世代に見える少女が歩み出て答えた。

 

「我々は白の世界(S=W=E)の者だ。EGMAによる支配からの脱却を目的としたレジスタンス、人間解放軍のな。今は訳あって、T.w.dに(くみ)しているが」

 

 先ほど聞いた女の声と同じものだ。やはり、リーダー格なのだろう。

 

「ふん、レジスタンスだろうがなんだろうが、連中に味方してるだけ同じ穴の狢だ。あんたらは駆逐されなければならない」

 

 クラリッサはそう吐き捨てると、左足を後ろに引き、二又の槍を構え、数十人ほどの部隊と対峙する。敵は全員S=W=Eの最新装備で固めてきているだろう。肉を切らせて骨を断つ——この戦法で行くしかない。

 唾を飲み込み、槍を握る手に力を込める。右手に握力はないが、左手なら万全なときほどではないが、人を殺せる程度の力は十分に入る。鼓動が高まり、その音が鮮明に聞こえる。ほとばしる緊張感に、クラリッサの神経が活発になる。アスファルトの道路を踏みしめる力が大きくなる。

 

「手負いだがやれるようだな。私が相手しよう。止めるなよ貴様ら。この中でプログレスは私だけだ。プログレスと非プログレスでは能力に天と地ほどの違いがある」

 

 リーダー格の少女が歩み出る。そして、部下と思われる者らに目配せすると、一振りの日本刀を、秀が腰につけている亜空間格納庫と同じものから取り出し、左の腰のベルトに差した。

 

「この日本刀は無銘なんだかな。なかなかの業物で、実戦で使うのは貴様が初めてだ」

 

 風に髪をなびかせ、余裕の表情で自慢するように少女は言う。クラリッサは唾を道路に吐き捨てると、殺気を込めた目で少女を睨んだ。

 

「ごたくはいい……行くぞ!」

 

 クラリッサは引いた左足をバネにして、少女に突撃する。しかし、少女は体を右脚を軸にして半回転し回避する。突き出された槍は空を突いた。左に目を向けると、ちょうど少女が居合をせんとしていた。クラリッサは右脚で地を蹴って強引に後ろに下がった。だが、まだ殆ど治っていない踵のおかげで激痛が体に走り、踏ん切りがつかなかった。当然、転倒し、仰向けに倒れる。痛みに反射的に目を閉じていたが、開くとそこには刀の剣先があった。

 

「やはり不完全なようだな。だが慈悲を与える訳にはいかん。ここで死——」

 

 そこまで言いかけて、少女は突然顔面蒼白になって固まった。その目はクラリッサではない誰かを見ているかのようだった。どういう訳かは分からないが、とにかく好都合ではあった。

 クラリッサは身を翻して少女と距離をとった。着地の際にやはり痛みがあったが、歯を食いしばって耐えた。少女を見ると、やはり呆然としていたが、はっとしてクラリッサに向いた。

 

「……ふん、目的は果たした。最後に私の名を教えてやろう」

 

 少女はため息をつき、静かにこう言った。——サングリア・カミュ、と。その名乗りはまるでクラリッサに対して言ってはいないかのようだった。

 

「さらばだ。近いうちに会うかもな」

 

 カミュは煙幕を焚いた。そして、煙が晴れる頃には、カミュの姿は跡形もなく消えていた。そして、数十人いた人類解放軍も。恐らく、後者はカミュと戦闘している間にいなくなったのだろう。

 クラリッサは舌打ちをした。大物を取り逃がした。しかも、周りの扱いから察するに、高い地位にあると思われた。

 

「今獲物を惜しんでいても仕方ないか」

 

 翼を展開してみる。傷は癒えていないが、なんとか飛べそうだ。これなら学園に戻れる。

 クラリッサはふらつきながら飛翔した。そして、校庭に突如出現した、異様な物に、目を見張った。

 

「なんだ、あれは……?」

 

        ***

 

 アルバディーナは自分の周りに防護壁を張って、ユニ、アインスの猛攻を防いでいた。ユニのフラゲルムノウンがいくら奇抜な軌道を描いても、アインスのミリアルディアがどれだけ多くアルバディーナを襲っても、それらは全てアルバディーナには届かない。結界を張ることに関しては黒の世界においてずば抜けている。それはかの魔女王ですら一目置くほどだった。

 攻撃を受ける合間に、交戦の様を垣間見る。見た感じだと、両軍は拮抗していて、どちらが不利とも言えない状況だった。数で劣る青蘭学園だが、その異能(エクシード)を十二分に発揮して、一個分隊で数十人と渡り合っているようだ。だが、流石にプログレスと言えど、それだけの人数を相手にすれば、疲労は蓄積される。そろそろ頃合いだ。

 

「さて、そろそろあのお二方も疲れてきたかしらね」

 

 二人の表情は焦燥感に満ち、息切れも伺えた。こちらもそろそろいい頃だ。

 

「変化」

 

 アルバディーナがそう呟いた瞬間、その体がドロドロに溶けていく。奇妙な、悍ましい感覚だ。しかし、T.w.dの、アイリスのためだと思えば、何のことはない。不思議なことに、この状態でも外の景色は見える。ユニとアインスの表情が恐怖に満ちているのが分かった。

 二人とも、優秀な軍人だ。よほどのことが無ければ負の感情を表情に出すことなどほとんど無いだろう。それは彼女らにとって敵であるアルバディーナも十分に理解していた。だからこそ、アルバディーナは己がいかに忌み嫌われる存在かということを、はっきりと自覚した。分かっていたことで、覚悟していたことだったが、実際に突きつけられてみると心に刺さった。

 アルバディーナは、変身が終わったことを、体の感覚の変化によって知覚した。恐らくは、成人男性の平均的な背丈の二倍近くの体高と、大型トラック一台分ほどの体長を持った蟷螂(かまきり)にでもなっているだろう。複眼から覗く風景は、色彩感覚は人間のままで見られるため、普段と相違は無い。試しに前足の鎌を振るってみる。空を裂く音がした。威力は十分に大きい。

 

「さて、あなたたちはどうするのかしら?」

 

 アルバディーナはアインスとユニを見下して訊いた。アインスとユニは戦慄したように動かなかったが、やがてそれを克服したらしく、各々の武器を構えた。無数のミリアルディアがアルバディーナをあらゆる方向から仕留めようとし、フラゲルムノウンが真っ直ぐに急所を狙ってきた。だが、アルバディーナは人間の時と同じように、それらを結界を張って防御した。人間体の時と同じく、魔法も使えるのだ。

 二人から受ける猛攻を防ぎながら、アルバディーナは考える。アルバディーナとT.w.dの本隊で挟み撃ちの構図になっている今、青蘭学園側は一見不利だ。しかし、今青蘭学園が新しく部隊を出撃させれば、アルバディーナを挟み撃ちにすることができ、また自衛隊が到着すれば、T.w.dの本隊も挟み撃ちにされる。もっとも、後者のための人類解放軍であるし、アルバディーナも挟み撃ちにされても、とても疲れるだけで相手にできないことはない。だが、ここでのアルバディーナの目的が「青蘭学園の生徒に最大限の恐怖を与えること」であり、またこの先もアイリスの補佐をしなければならないため、無茶をするわけにはいかない。

 そう考えていたところ、校門が開き、大多数の青蘭学園の生徒が出てきた。一見雑然としているが、よく見ればよく統率されている。恐らく青蘭学園の第二陣だろう。その先陣を切る二人の人物にはデータでの見覚えがあった。一人はシャティー・ティファール。レボリューション部会計にして、複製能力を持つ赤の世界の天使。片方はユノ・フォルテシモ。こちらは副会長で、瞬間移動の異能を持つ黒の世界のエルフだ。その異能に関しては最高レベルの5の認定を受けているほど優秀だ。

 

「なんて巨体……。でもやってみせる!」

 

 シャティーは臆することなく突っ込んでくる。そして、その手には手榴弾が握られていた。彼女は走りながら手榴弾のピンを歯で抜き、放り投げた。数秒して、それが無数に分裂する。

 

「無駄な火薬を使ったわね」

 

 アルバディーナは結界を張る。手榴弾が一斉に爆ぜるが、アルバディーナは無傷だ。しかし、爆煙が辺りを覆い、視界が遮られた。

 

(狙いはこれね)

 

 特に警戒もせず、結界を張ったままにしておいた。これなら余程のことが無い限り懐に入り込まれない。煙が晴れるのを見計らって、アイリスの元に帰ろうとした時、体の下に気配をふたつ感じた。

 

「……なるほど、ユノの瞬間移動か」

 

 完全に頭から抜けていた。ユノ並みの瞬間移動能力なら、結界の内側に入り込んできても不思議ではない。本物の蟷螂と同じように、腹部は特に弱い。防げないこともないが、そろそろ集中力が切れてきた。長時間結界を張り続けた結果だろう。

 

「変化」

 

 アルバディーナはこの日二回目の変身を行った。また、体が溶ける。その時、二人の気配が遠くなった。このドロドロの体に触れるとどうなるか分からなかったからと思われる。実際には気色の悪い感じがするだけで、無害なのだが、彼女らがそれを知る由はなかった。

 アルバディーナは今度は極々小さな蝿になった。そして、煙の晴れぬ間にアイリスの元に向かった。煙を抜けると、戦場の真っ只中に入った。戦闘員らの耳元を通り過ぎても、誰もアルバディーナに反応しない。それだけ集中しているということだろう。それは当然のことだが、T.w.dにせよ青蘭学園にせよ、目的を遂行するために決死の思いで戦っていることには変わりない。蝿が飛んでいても気にするはずが無い。

 それはアルバディーナも同じだった。親友(アイリス)の願いを成就させるためなら、どのような犠牲も払ってみせる。アルバディーナの胸中にあるのは、ただその一点のみだった。

 

        ***

 

 第二部隊との交替が完全に完了し、秀たちは待機場所に指定されている教室で休憩していた。レミエルは、校舎に入った途端にガブリエラに連れられてしまった。相手はガブリエラなのだから、心配することもないだろうと思って、レミエルに関しては今は特に何も思っていない。

 達也とカミュに連絡を取ろうとするが、メールにも電話にも応じない。両者への不安は募る一方だ。白の世界のレジスタンスもT.w.d側について戦闘に参加したとの情報もある。ますます秀の焦燥は駆り立てられた。そのような時に、あずさが歩み寄ってきた。あずさは、秀の前に立って、言い辛そうに唇を震わせていたが、やがて小さな声で、

 

「ごめん」

 

 あずさが深々と頭を下げる。突然のことで秀は困惑したが、それが先の戦闘の時のことであることに気付いた。

 

「あたし、結構被弾しちゃった。あんたに迷惑をかけた。だから、ごめん」

 

「いや、別に気にすることじゃない。椎名の被弾によるダメージは大したことはない。お前が謝る道理はない」

 

 でも、とあずさが反駁しようとするが、それを秀は目で制した。

 

「それ以上言うなら、戦闘から降りてもらうことになる。自分のせいで痛みを与えたからと言うなら、お前はT.w.dの連中にも謝らなければならなくなる」

 

 あずさがたじろぐ。更に、秀は言葉を重ねる。

 

「バトルじゃなくて、今は俺たちは戦争をしているんだ。傷つくのはむしろ当然のことだと思うし、全く被弾しないという方が異常だろう。だから謝るな。そんなことを続けていたら、そのうち潰れるだろうよ」

 

 あずさはまだ納得していない風があった。秀は傍にいた由唯に目配せする。秀が言えることはこのくらいだろう。秀は席を立って離れた。

 秀の視線に気付いた由唯は、一つ頷くと、あずさのそばに立った。

 

「あーちゃん。私は、秀の言う通りだと思う。悔しいかもしれないけど、そうだと納得して、ね?」

 

 あずさは口をまごつかせていた。だが、決心したように由唯に告げた。

 

「あたし、納得できてないんだ。頭の中では秀が正しいって分かってる。だけど無理なんだ。まだ戦士として徹しきれてないのよ」

 

「じゃあ、降りるの?」

 

 あずさは首を横に振った。その目には涙が溜まっている。首を振るたび、わずかにこぼれた。

 

「あたしは嫌だ、降りたくない。せっかく秀が春休みに戦いのいろはを教えてくれたんだ。その時間を無駄にしたくない。大丈夫、すぐに慣れてみせるから」

 

 そう告げるあずさの顔は涙に濡れてはいたが明るかった。それを見て、由唯は安心したように嘆息した。

 その様子を遠くから見ていた秀の腕をセニアがつついてきた。

 

「秀さん、私、ずっとあなたのことを観察していたんですよ。お姉ちゃんが一日で惚れた男だというのでさぞや立派な人物なのだろうと」

 

 唐突に切り出したセニアに、秀は、はあ、と目を丸くした。セニアは真顔で続ける。

 

「結論を出します。正直言ってあなたは子供です。確かにませている部分も多々あります。しかし、お姉ちゃんの評価を指摘すると、危険を顧みない強い意志を持っているというよりは、単に目の前の物に突進しようとしていただけに思われます。今日、それがよく分かりました」

 

「酷い言いようだな。あとお前暗にカレンのことも叩いてるだろ」

 

「確かにお姉ちゃんは、地球風に言ってちょろいんだろうと思います。……ですが、あなたは別に悪い人ではありません。私のマスターになってもらうに相応しいとは思いませんが、信頼できる人だとは思います」

 

 秀は「は、はあ」というような、中途半端な返事しかできなかった。こういうことを言われると返答に困る。

 と、その時、教室のドアが開かれた。そして、クラリッサとジークフリートの二人が入ってきて、秀のところまで真っ直ぐに向かってきた。

 

「秀君。あなたは去年数ヶ月S=W=Eにいたと聞きました。あの巨大なロボットに見覚えはありませんか?」

 

 ジークフリートの質問に、秀は、知らないと答えた。その質問に重ねて、クラリッサも問うてくる。

 

「じゃあ、サングリア・カミュという女を知っているか?」

 

 クラリッサの口からカミュの名が出てきたことに、秀は驚いた。悪い予感を感じながら、秀はクラリッサに答えた。

 

「ああ、カミュのことはよく知ってる。俺に訓練してくれた、大事な人だ」

 

 秀が言うと、クラリッサは秀に身を乗り出して、より引き締まった表情で尋ねた。

 

「なら、そのカミュがレジスタンスの一員で、T.w.dに味方している、というのは?」

 

 そのクラリッサの言葉は、まるで鈍器のように秀を襲った。カミュとの思い出と共に、ジュリアが言ったことを思い出した。知らぬが仏——正にその通りだった。衝撃が秀を蝕む前に、秀は、戦場で突然遭遇するよりかは、幾分かは良いだろうと、己を慰めた。

 しかし、実際にカミュと対峙することになったら、果たして平気でいられるだろうか? 秀には分からなかった。だが、いずれその時は必ずやってくるだろう。その時までに、秀は覚悟せねばならなかった。

 

        ***

 

 レミエルは、ガブリエラに連れられて、特別教室が並ぶ階層の廊下の端に来た。外の天気も相まって薄暗かった。

 あの聖剣を造った時に止めたのに振り下ろしたことを言われるのかと、レミエルは身構えた。それを見たガブリエラはレミエルが怯えている理由を悟ったらしく、こう告げた。

 

「聖剣については気にするな。あらかじめ警告しなかった我の不注意だったし、幸い死傷者も出ていないとのことだ」

 

「そのことで呼び出したんじゃないんですか?」

 

「ああ。単刀直入に聞くぞ。レミエル、汝は己の力をどのように思っている?」

 

 突然の問いに戸惑ったが、レミエルは少し考えてから答えた。

 

「……よく、分かりません。分からないんです。私のこの力が一体どんなものなのか。自分でもコントロールできていないですし」

 

「そう思ったのはいつからだ?」

 

 間髪入れずにガブリエラは尋ねる。レミエルは狼狽えながら返答する。

 

「今日です。あの聖剣の再現をした時にそう思いました。あんなものを造れるほどの魔力なんて、前までの私には無かったはずなのに」

 

 レミエルの言葉に、ガブリエラはため息をついた。

 

「当たり前だ。前の汝には今着ているその戦闘装束も無ければ、αドライバーすらいなかった。そうなって当然だろう」

 

 レミエルは、黙ってしまった。言葉が見つからない。完全にガブリエラに気圧されてしまっていた。

 

「レミエル、私はいつか汝が、様々な経験を積むことで、己の真の力を知覚し、それを十二分に発揮することを楽しみにしている」

 

 見かねたのか、ガブリエラは唐突にそんなことを言った。それを聞いて、レミエルはぽつりと呟いた。

 

「私の、真の力」

 

 雲の切れ間から光が差す。相変わらず薄暗いが、こころなしか明るくなっていく。

 

「そうだ。それは、汝や周りが思っているよりも遥かに強大なもので、尊いものだ。いくら汝がそれを否定しても、その事実は変わらない。そして、その力を解放するためには、αドライバーの存在、つまり秀が不可欠だ。彼のことだけは最後まで信頼し続けるのだ」

 

 ガブリエラは言い終えると、踵を返して去っていった。一人残されたレミエルは、己の左の小指を見つめた。この指に込められた約束は、忘れることはないだろう。あの約束こそ、秀との絆を証明する最高のものだとレミエルは思う。ガブリエラの言う通り、秀のことを最後まで信じられることは易しいだろう。

 レミエルは、待機場所に小走りで向かった。わずかな日の光が、背中を押しているような気がした。

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