Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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終わりの始まり

 統合軍のオペレーターがせわしく動く司令室。ここは地下数十メートルにある。青蘭学園が戦場になることも考慮したのか、見事なまでに設備が整っている。

 そこで戦況図を睨むミギリは腕を組み、眉にしわを寄せて足を鳴らし、時々息を吐いていた。彼女の苛立ちは絶頂まで達しようとしていた。一般的に統合軍の将校は、こういうときにタバコや酒で頭を切り替える者が多いらしいが、ミギリの頭の中にはそのような考えは一切なかった。唯一考えているのは、T.w.dがいつ動くのか、ということだ。

 現時点で、戦闘開始から約一週間経っていた。T.w.dは背後の自衛隊を軽く蹴散らしているが、青蘭学園には殆ど攻めてこない。戦闘初日がT.w.dの攻撃が最も激しかった日となっていた。

 また、カレンからもたらされた情報で、青蘭学園に時限爆弾が仕掛けられているというのもある。だが、水道を絶えず移動しているため、容易に排除はできない。水道を止めてしまえばいいが、それだとただでさえ苛立っている青蘭学園の生徒の機嫌を更に悪くしてしまう。またこの件は、混乱を防ぐために公開は一部にしかしていない。未だ爆弾が起動していないのが唯一の救いだ。

 そして、まだ内通者がいる可能性もある。それを抑えるための部隊も一応組織しているが、現状では宝の持ち腐れだ。

 状況を頭の中で整理していたら、更に苛立ちが加速しそうだったので、ミギリは考えるのをやめた。すると、背後から近付いてくる足音がした。そちらを振り返ると、硬い表情のアゲハが話しかけてきた。

 

「相当きているようね。少し休んでもいいと思うけれど。参謀長にダメになってもらっては困るわ」

 

「いえ、大丈夫。きているのは確かだけど、やれるわ。それよりもあなたよ。マユカ・サナギのこともあるでしょう?」

 

 ミギリが言うと、一瞬アゲハは固まったが、すぐに平静を装ったように言った。

 

「あの子のことは大丈夫。信じてるとは言わないけど、もしも遭遇したら、討つ自信はあるから」

 

「そう」

 

 ミギリは短く言うと、そのまま出入り口に向かって歩き出した。どこへ行くのかとすれ違いざまにアゲハが尋ねるのを、

 

「コーヒーを買うのよ。スレイが居なくなって大変でしょうけど、頑張って」

 

 と答えて、アゲハの顔は見ずに行った。そのまま真っ直ぐ一番近い自販機でブラックコーヒーを買って、一口飲む。アゲハと話をしたからかもしれないが、心なしかリラックス出来た気がした。

 ふと、講堂の方から歌が聞こえてきた。小鳥遊希美の歌だ。

 

「そういえば、この時間は彼女の慰問ライブだったわね。生徒たちの気晴らしになるといいけれど」

 

 でも、自分には関係のないことだ、と、ミギリはその事はすぐに忘れて、また司令室に戻った。

 

        ***

 

 アイリスはビルの建ち並ぶでフィア、イレーネス、モルガナ、そして数十名の戦闘員と共に、自衛隊の戦車部隊に立ちはだかるように対峙する。どこからか歩兵が周囲のビルから自分らを狙っているような感じがした。

 先頭を行くのはアイリスだ。歩兵が携帯するような銃の弾丸や、機関銃程度ならば直撃しても痛手にはならない。食人鬼の体は殆どの対人戦で勝てるよう、かなり頑丈に出来ている。人間からしたら常軌を逸したような怪力もそのためだ。

 アイリスの後にはイレーネスとモルガナが続く。そして、フィアと他の戦闘員は近場の三、四階建ての小さなビルに入る。そのビルを制圧後、砲撃支援に当たってもらうという寸法だ。

 アイリスは74式戦車に向かって疾走する。対する五輌の74式戦車は後退を始めた。敵は、ここ一週間の戦闘で、アイリスたちには戦車で勝てないことを知った。だから、この判断は正しい。おおかた74式を囮にしてどこかで自分らを一網打尽にするつもりだろうとアイリスは推測した。

 

「ブルーティガー・ストースザン!」

 

 アイリスは己の武器である鉤爪を左手に召喚する。そして、その三本ある爪のうち一本を射出した。それは先頭の74式のキャタピラを切り裂いた。その一輌がバランスを崩し、スリップして他の二輌の74式と激突した。それで道が塞がれ、残りの二輌が立ち往生する。そこで、モルガナとイレーネスがそれぞれ立ち往生した二輌に走る。更に、フィアからの砲撃支援も、ちょうど始まった。たった今制圧が完了したということだろうか。アイリスの想像を超えた早さだった。

 まずフィアがスマッシュ・ファウストで二者が向かった二輌に砲撃を入れる。そして、モルガナ、イレーネスのうち先に74式に攻撃を加えたのはモルガナだった。持ち前の、アイリスと同等かそれ以上の身体能力を活かして、空高く、前方に跳躍する。それから、大なる位置エネルギーを以って、砲撃が入れられた74式の上部の装甲に右拳を叩きつける。それは74式戦車の装甲を貫いた。更に、モルガナはその穴を無理矢理こじ開け、内部に入った。跳躍してから中に入るまで、わずか約四秒の早業だった。しばらく銃声と悲鳴がこだましていたが、やがて返り血に濡れたモルガナ一人が出てきた。するとそこに、どこかのビルから何発もの銃弾がモルガナを襲った。モルガナは常軌を逸した動きでその弾を全て弾き返し、彼女を狙撃した者らに返した。そして、モルガナは何事も無かったかのように74式から飛び降りた。

 一方イレーネスは、戦車に直接入るということはしなかった。ごく単純に、しかし恐ろしい方法を取った。イレーネスはまず右手の包帯を解いた。呪われた半身の一部が露わになる。そして、その呪いの瘴気を74式戦車の穴という穴に送り込んだ。数秒して、その瘴気を他の三輌にも送った。またしばらくして、瘴気を腕に戻し、包帯を巻いた。アイリスは冷や汗を垂れながら、苦し紛れっぽく口笛を吹いた。そして、はあ、とため息をつく。

 

「みんな敵じゃなくて良かった……」

 

 そう呟くと、アイリスはほおを張っていつもの余裕の表情を浮かべ、声を張り上げた。

 

「引き上げるよ! 増援が来ないうちにね!」

 

 アイリスは全員ついてきていることを確認すると、全速力で走った。その時、青蘭学園の校舎をちらりと見て、呟いた。

 

「さて……そろそろ卵が孵化する時かな?」

 

「卵?」

 

 アイリスの言葉を不思議がって、イレーネスが尋ねる。アイリスはほくそ笑みながら彼女に答えた。

 

「いやなに、単なる例えだよ。これから起こることを見れば分かるさ」

 

        ***

 

 秀は青蘭学園の校門から出たところで、カミュから貰った、S=W=E製のスナイパーライフルのスコープを覗き込んでいた。スコープを通して見える視界に敵が入った瞬間に狙撃する――はずだったが、そのような気配は全くない。

 初めの勢いはどこへやら、と言った感じで、ガブリエラが所属する第三陣が戦闘すると、青蘭学園への攻撃がぴたりと止んでしまった。それで、罠だと判断して校門から半径五十メートルの位置まで部隊を配置し、そこで敵が攻めてきたら迎撃する、ということになった。視界の外で自衛隊が相当苦戦を強いられているらしいが、それを支援しようにもできなかった。数日前に、我慢できずに飛び出した一部隊が、全員狙撃された、ということがあったのだ。だから、機が来るまで、動くわけにはいかなかった。

 秀は、やはりと言うべきか少なからず苛立っていた。前述のような状況だからそうなるのも無理はない。更にこの日は前日の雨から急に晴れだして、春にしては蒸し暑かった。これでは苛立たない方が不思議だ。苛立ちが暴発しそうになったところで、誰かに肩を叩かれた。一旦思考がリセットされ、その方に向くと、今日負傷から復帰して秀の分隊に配属されたばかりのカレンがいた。

 

「交代の時間です。校舎に戻るでありますよ、秀様」

 

「ん、もうそんな時間か」

 

 秀は引き継ぎの者がライフルを構えるのを見届けると、分隊の仲間とともに校舎に戻った。

 秀が教室に入って、椅子に身を投げるようにして座ったところで、秀の前に立っているレミエルが思い出したように言った。

 

「あ、そうだ。秀さん、ちょうどこの時間くらいから今日は小鳥遊希美さんの慰問ライブがあるんですよ。秀さんが興味あるなら付き合いますよ」

 

 秀は少し考えてから、興味が無い、と断った。すると、あずさが秀の肩を叩いた。

 

「行ってやんなさいよ。こんな時にデートできる機会なんてそうそう無いわよ?」

 

「俺はライブよりもこうして喋ってる方が気が楽だ。それに、興味の無い女の歌なんて聞いても仕方ないだろう」

 

 秀はあずさに向く。彼女は、初日に比べればだいぶ精神も安定していて、軽口も多少叩けるようにはなっていた。

 

「何よその言い分。せっかくレミエルが誘ってくれたんでしょう? 酷いと思わない、レミエル?」

 

 急に話題を振られたレミエルはあたふたしていたが、やがて軽く下を向いて、両の人差し指の先を合わせながら小さな声で言った。

 

「私は、秀さんの気分転換になったらって思っただけだから……秀さんが行きたくないのなら私も行かないよ」

 

 レミエルの言葉に、あずさは素直に引き下がった。ここで話を広げるつもりはないらしい。

 秀は話が一区切りついたところで、周囲を見回した。由唯は電源を切ったまま椅子に座らせてあるメルトをただ撫でていて、セニア、カレンは二人で話していて、復帰したクラリッサとジークフリートは、ストレッチみたいなことをしながら教室を歩き回っていて、アインスは大きなドーナツを食べていて(聞くところによるとアインスの好物らしい)、ユニは無言でアインスの周りをうろうろしている。皆、わずかな安らぎのひと時をそれぞれの過ごし方で消費している。

 秀が、何をしようかと思案していたところ、講堂から心が落ち着くような歌声が聞こえた。小鳥遊希美の歌声だ。

 

「きれいな歌声ですよね、秀さん」

 

 レミエルが話しかけてくる。秀は頷くと、恍惚として、背もたれにもたれかかって目を閉じて告げた。

 

「ああ……前言撤回する。いい声だ。このままさっきの苛立ちも忘れられそうだ……」

 

 しばらくそのままでいると、突然歌声が消えた。秀ははっと目を開け、いきり立って思わず講堂の方に足を向け、歩き出しそうになった。レミエルがどうしたのかと聞いてくるが、秀は答えられなかった。歌声が消える間際に微かに聞こえたのは、断末魔の叫び。

 一度穏やかになった心が、警鐘を鳴らしていた。

 

        ***

 

 希美が、マイクを持って講堂の舞台に立った。彼女の前には講堂がいっぱいになるほどの客がいる。その顔からは、軽度の緊張がうかがえる。その様子を、舞台袖からL.I.N.K.sとして出演する予定のルビーとソフィーナ、ユーフィリアが見守っていた。ソフィーナの腕は、ソフィーナ自身で魔法を用いて再生した。時間と余裕さえあれば、腕一本再生することはソフィーナにとっては造作もない。ただ、美海は、まだ癒え切っていない。心の傷もあるのだろう。

 

「みんな、いつも戦闘で大変だけど、今、この時間は、ぜひリラックスしていってね!」

 

 「盛り上げる」と言わなかったのは、疲れている生徒たちへの配慮だろう。ルビーや、戦線復帰できるほどに回復したソフィーナやユーフィリアは戦闘に参加しているが、希美は健全でも戦闘をしていない。下手に生徒たちを刺激すれば、どんな危険があるかわからなかった。

 希美は一礼してからピアノに向かった。バックグラウンドで演奏する者は誰もいない。そういうわけで、心を落ち着かせるという意味も込めて、希美はピアノの弾き語りを披露する。

 演奏が始まった。聴く者をシルクの布で包むように優しく覆うピアノの音色が、講堂に広がる。そして、前奏が終わり、細く美しい、全てを魅了するような歌声が響き渡る。それらを紡ぎだす小鳥遊希美の姿は、正しく歌姫であった。

 ルビーは舞台袖から生徒たちを覗く。皆が皆、彼女の歌に聞き惚れていた。ソフィーナとユーフィリアもだ。それを確認すると、ルビーも例外なく、目を閉じて椅子に座って希美の歌に聞き入った。

 だから、誰かがルビー、ソフィーナ、ユーフィリアの前を堂々と通り過ぎても、誰も気づくことがなかったのかもしれない。

 

        ***

 

 最初に聞いたのは、耳を裂くような悲鳴だった。ルビーはすぐさま覚醒し、希美の方を確認した。そして、硬直した。

 その光景は、にわかに信じ難いものだった。ピアノの白鍵と床が、赤黒く染まっている。希美は、椅子に座ったまま手足をだらしなく弛緩させていて――頭部は、直視することができなかった。希美のそばに、誰かが立っている。女生徒だということは分かったが、顔と名前は一致しない。その女生徒は血に濡れた鉄パイプを手に持っていた。それで希美の頭を殴打し、殺したのだろう。

 誰もが言葉を失っているその時に、その女生徒は更に包丁を懐から出し、希美の首を切り落とした。そして、凄絶な表情で、狂ったような哄笑をしながら、その首を掲げて叫んだ。

 

「これを……これをあいつらのところに持っていけば! 私は良くしてもらえるかもしれない! こんな狭苦しい場所からもおさらばだあ! あははははは――がっ」

 

 ルビーはようやく頭の整理がついて、女生徒を吹き飛ばした。そして、ソフィーナが、彼女の手から希美の頭部を奪い、椅子から希美の死体を持ってきて、涙ぐみながら二人に告げた。

 

「後で葬りましょう。こんな状況だから満足に埋葬できないだろうけど、奴らに渡すよりよっぽどマシよ」

 

「そうですね。ですが、希美さんの遺体の処理より先に、まずはこの事態の報告を上にしないと。冷たいようですが、埋葬するくらいならいつでもできます。ルビーさん、生徒たちの様子は?」

 

 ルビーは舞台袖から生徒たちを垣間見た。そして、案の定のことが起きていて、ルビーは眉をひそめた。

 

「やっぱり、さっきので動揺が起きてる。中にはさっきのと同じ考えをし出してるのもいる。いずれ殺し合いが始まるのは時間の問題よ」

 

 ルビーが告げた矢先、早くも悲鳴が聞こえた。三人は顔を見合わせ、希美に謝ってから走り出した。舞台袖を出ると、地獄が始まっていた。血なまぐさい殺し合いが始まっていた。誰もが利己的になって、己の保身のために傷つけ合っている。彼らの矛先は当然のごとくルビーたちにも襲いかかる。三人はそれらを何とかかいくぐりながら、なんとかして講堂を出た。

 

「私は司令部に行ってこのことを伝えてくるわ! ソフィーナとユフィは美海をお願い!」

 

 ルビーはそう言って、二人と別れて地下の司令室に向かった。気持ちが先行して、背中の羽を全力で羽ばたかせる。地下に向かうエレベーターの所まで来た時、ふと、どこかからか爆発音が聞こえた。ルビーが今いる場所からは遠いようだ。気にはなったが、それどころではないと、ルビーはエレベーターに乗った。

 

        ***

 

「さあ、みんな! 一気に青蘭学園を攻め落とすよ!」

 

 校門前の坂道を、アイリスは、マユカとともにT.w.dの部隊の先頭で駆ける。アルバディーナが校内に忍ばせていた使い魔の報告によれば、青蘭学園の一部で同士討ちが始まっているらしい。狙い通り、青蘭学園の生徒の不安やストレスを爆発させることができたようだ。そう見込んで、フィアが仕掛けた爆弾を起爆させた(一カ月後に作動するようセットしてあった時限爆弾だったが、こちらのタイミングで起爆できるようにもしてあった)。

 そして、これからやるのは、まずアイリスとマユカは少数の部隊を引き連れて先行し、ジュリアの作った地図をもとに司令室を目指し、そこの制圧と、あわよくば世界水晶の確保をする。他の人員は、アイリスたちの邪魔にならないように青蘭学園内部に侵入し、学園の生徒を鏖殺、学園を占拠する部隊(ここに人間解放軍が所属する)と、(ハィロウ)の占拠に向かう部隊とのふたつに分かれる。

 アイリスは青蘭学園の部隊の先頭と接触するが、何もせずに通り過ぎた。時々後ろを確認すると、しっかりと一人も遅れることなく着いて来ていた。全員が能力を持たない人間だが、この部隊にいるのはアイリスが直々に選抜した、俊足と底なしの体力の持ち主だ。

 その後、アイリスたちはいとも簡単に校門を突破した。呆気に取られたものを出し抜くのは容易い。そして意気揚々と学園内部に入った。そして迷うことなく地下へ通ずるエレベーターまでたどり着いた。

 

「使用中か……。ちょっと乱暴だけど、仕方ない。疾きこと風の如しってね」

 

 アイリスは、持ち前の怪力で、エレベーターの扉をこじ開けた。そして、首だけ後ろを向かせて部隊の皆に訊いた。

 

「あ、一応確認しとくけど、みんなあれ履いてるよね? カミュが持ってきてくれた、高所から飛び降りても何ともなりませんよって靴」

 

 全員頷く。しっかりと履いてきたようだ。アイリスは良し、と意気込むと、後ろを向かずに告げた。

 

「さあ、飛び込むよ!」

 

 アイリスは勢いよく飛び込むと、光の差さない縦穴に入った。その中でやることがひとつある。アイリスはブルーティガー・ストースザンを召喚し、エレベーターのケーブルを断ち切った。アイリスは、このエレベーターが司令室までしか繋がないことをジュリアの報告で知っていた。その構造も。だから、アイリスがケーブルを切ればエレベーターは一番下、つまりは司令室のところまで行く。わざわざ誰かが使い終わるまで待つよりも、はるかに手早く目的地に着ける。

 まず、アイリスがエレベーターの上に着地し、それから間もなく、マユカに続いて全員着地した。それを確認すると、アイリスはエレベーターの天井、自分たちが立っている場所を殴って穴を開けて、その穴を無理やり広げて侵入した。その後、全員が入る。すると、エレベーターには妖精が一人――ルビーがいた。

 

「あんたたち……! マユカも……!」

 

 ルビーは憎悪の表情を剥き出しにして、魔法陣を展開した。何かしらの大型魔法を使う気だろう。彼女を、アイリスは扉を背にしてから、諌めるように言った。

 

「あのさあ、別にここでやり合ってもいいんだけど、こんな狭いところでやったら自分もただじゃ済まないって分かるよね?」

 

「そんなこと分かってるわよ! でも、それでも私は、あんたらに会った以上はマユカをあんたたちをここで殺さなきゃいけないのよ!」

 

 ルビーが叫ぶ。しかしアイリスはその叫びを涼しい顔で受け流し、ルビーを嘲笑する。

 

「おお、怖い怖い。でも、今は君に構ってる余裕は無いんだよね!」

 

 アイリスは後ろ蹴りで背後の扉を破った。そして、バック転してエレベーターの外に出る。短い通路の先には、ドアがひとつ。それをこじ開けると、数十人ほどの統合軍兵士に一斉に銃口を向けられた。

 

「あなたがここに来ることは分かっていたわ。命が惜しければ今すぐ降伏しなさい」

 

 そう告げるのはミギリだった。その言葉に、アイリスは腹を抱えて床で七転八倒して笑い転げた。

 

「あははは! おかしいこと言うね、ミギリ! 私に銃弾ごとき効果がないって、私たちの討伐作戦を何回も立てたあなたが一番知ってるんじゃない!?」

 

「それはどうかしらね。食らってみればわかるんじゃないかしら」

 

「そう? じゃあその威力、見てみたいものだよ。もっとも」

 

 アイリスは笑うのをやめて、床に寝転がった姿勢から跳躍し、ブルーティガー・ストースザンを召喚した。

 

「一発も当てさせないけどね!」

 

 アイリスは叫ぶと、一番近くにいた一人に襲いかかった。彼女が怯んだ一瞬の隙をついて、心臓を串刺しにする。そしてそれを皮切りに、マユカ以下も司令室に侵入、数分の戦闘で残ったのは数名とミギリ、そしてアゲハのみになった。

 

「ミギリ、あなたは生き残った者たちを引き連れて逃げ、緑の世界に行きなさい。この場は私一人でなんとかするわ」

 

 アゲハがミギリを見据えて告げた。敵となった妹を目の前にしてなお、軍人としての冷静さは失っていないようだ。彼女にミギリは固く頷くと、アイリスが入ったところから向かって右側にあるドアに走って行った。それを見たアイリスは大きく息を吸い込んで、

 

「待った」

 

 司令室中に幼さを感じる、しかし重みのある声が響く。ミギリが足を止めた。アイリスはそちらに歩みを進め、固まったミギリに後から抱きつき、耳元で囁く。

 

「そっちに外に通じる出口なんて無いはずだけど、どうしてこっち選んだのかなあ?」

 

 ミギリの表情が一瞬で凍りつく。アゲハや、他の統合軍兵士の顔を見てみると、全員がミギリと同じような表情をしていた。アイリスは煽るような笑みを浮かべてミギリに言う。

 

「どうせ、どさくさに紛れて青の世界水晶……()るつもりだったんでしょ?」

 

 ミギリとアゲハの顔が青ざめる。シンクロしているかのように二人とも息を荒くし、冷や汗をだらだらと垂らす。特にミギリの表情の変化は、顔が近いからよく分かる。

 

「図星のようだね」

 

 沈黙する二人をアイリスは鼻で笑い飛ばしてミギリを解放すると、呆然としているルビーの前に立った。

 

「ねえ、ルビー。あなたは、緑の世界が今滅びかけてるって、知ってる?」

 

 ルビーは首を横に振った。そのような話を、ルビーは今まで聞いたことがなかった。ということは、今まで緑の世界がそのことを隠してきていたのだろう。

 

「……それで、青の世界水晶を統合軍が奪って、緑の世界を延命させようとしてるってこと?」

 

 ルビーの問いに、アイリスは頷いてみせた。

 

「そういうこと。エゴの塊みたいな方策でしょう? みんなが必死に戦ってる裏で、こんなことも画策していた。緑の世界はあなたたちを裏切ったんだよ。どんな気分になる? 私があなたたちの立場だったら、絶対に許さない」

 

 アイリスの脳裏に、これまで自分を裏切ってきて、その度に屠殺したことを思い出す。アイリスは心の中で軽蔑する。当然の報いだと。ざまあみろと口に出してしまいそうだ……。だが、そうはせずに、実際の口には笑みを湛えさせる。

 

「どう? 私たちと一緒に戦わない? T.w.dに入る条件はごく簡単。経歴は問わず、入ったら私と信頼し合い、以後裏切らない。それだけ」

 

 ルビーは俯いて、しばらくそのままだった。しかし、その震える唇を精一杯動かして、か細い声で尋ねた。

 

「ねえマユカ。一つ教えて。あんたも、T.w.dに入る時、今の私と同じ心境だったの……?」

 

 マユカは、ルビーに背を向けて、アゲハを殺意を封じ込めた目で睨みながら答えた。

 

「違います。最初は別の理由でした。でも、T.w.dに入ってから、そのことを知りました。だから私は、緑の世界と――アゲハ・サナギ……大好きだった、私の目標だった、大切な大切な、たった一人のお姉ちゃんが、お姉ちゃんが……」

 

 大っ嫌いに、なりました。

 嗚咽混じりの、弱々しい声が、司令室で反響する。誰も、何も言わなかった。ただアゲハが膝から崩れる音だけがした。

 重苦しい沈黙の中、やがてルビーが口を開いた。

 

「そうか。でも、私はT.w.dには入らないわ」

 

 凛とした声だ。その場の者全員が、思わず、惚れてしまいそうになるほど。

 

「緑の世界の連中は許せない。許すはずも無い! だけど私には、私を愛してくれる掛け替えのない友達がいる! その友達は世界を守るために戦ってるの。彼女たちを裏切ることは絶対にできない!」

 

 気宇壮大なルビーの宣言に、アイリスを心を震わせた。そして諦めたような微笑を浮かべて告げた。

 

「素晴らしい心構えだよ。心から称賛する。皮肉じゃないよ。でも、私はここであなたを殺さなきゃいけなくなった。マユカ! アゲハは任せたよ!」

 

 アイリスにマユカが頷き、大剣状態のグリム・フォーゲルを召喚して、アゲハに一歩踏み出した、その時だった。

 

「三文芝居はもう終わった?」

 

 司令室の天井を突き破って乱入する影がふたつ。その内のひとつの人影は力を解放し、体を成長させた状態のシルト・リーヴェリンゲン。そしてもうひとつは、得体の知れない、臙脂色の裃姿の、目測で刃渡り約十尺以上はある巨大な刀を肩に担いだ、炎のように赤い紅蓮の長髪を持ち、前髪で目元を隠した、身長百八十五センチメートル程の筋肉質の男だった。

 

「T.w.dも統合軍も、所詮は利己的な考え方をする人たちの集まり。この場にいるルビー以外は、みんなまとめてやっつけてやる! 行くよ、クレナイ!」

 

 乱入してきた、クレナイと呼ばれた男がシルトに答えるように肩を鳴らし、大刀を振り回す。それだけで烈風のごとき気流が発生した。

 二人の威圧感が、この場をほぼ完全に支配した。

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