Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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秀vs忍! 今こそ唸れ、必殺テリオスパニッシャー!

「アイリス殿、早く!」

 

 カミュの、焦燥感に満ちた声が響く。すぐそばにはジャッジメンティスの手の平がある。アイリスの生存本能が、カミュに従えと促す。しかし、アイリスは歩き出すことすらできなかった。目の前で起こった出来事に、頭の理解が追いついていなかった。

 

「いくらこの狭さでも、ジャッジメンティスが相手では分が悪いわね。ここは撤収よ」

 

 アルバディーナがそう言うと、司令室にいたオペレーターが、一斉にアルバディーナの元へ集まり、よく訓練された様子で、手早く司令室から撤退した。

 

「どういう、ことなの?」

 

 アイリスは、やっとの思いで声を絞り出した。その呟きは誰に向けられたものでもなかったが、カミュがその言葉に答えた。

 

「副総帥が反乱を起こしたのですよ。残念ながら今はそれを説明する余裕はありません。さあ早く乗ってください。急がないと、島民の方々の命が危ない」

 

 島民の方々の命——その言葉が、アイリスの体を突き動かした。気付けば、アイリスはカミュと共にジャッジメンティスの操縦席にいた。

 

「アイリス殿には、島民の避難誘導を行ってもらいます。ルートはここに」

 

 アイリスはカミュに渡された地図を広げた。各シェルターに退避した島民を全て部屋から出させつつ、最短で地上に出て、最後に港に着く道のりだった。恐らく、そこに脱出艇でも用意されているのだろう。

 

「やれますか、アイリス殿」

 

「私がやらなきゃいけないんでしょ、何が起こってるかは考えないでおくよ、私は全力でこの役を果たすから」

 

 アイリスは、自己暗示するように言った。そうでもしなければ、何もできなくなる気がした。既に頭は真っ白も同然なのだ。これ以上、我を見失うわけにはいかなかった。

 

「申し訳ありません。では、シェルターまでワープします」

 

 カミュが口早に言ったかと思うと、モニター越しには居住区への道の起点となる、青蘭島地下の大広間が映っていた。

 

「私は地上勢力の駆逐に向かいます。すぐ降りられますよう」

 

 アイリスはこくりと頷くと、開けられたハッチから飛び降りた。するとその瞬間には、ジャッジメンティスの姿は見えなかった。

 

「これから一人、か」

 

「一人じゃないよ。私が殿(しんがり)を務めるから」

 

 背後から、優しい声が聞こえた。振り返ると、そこにはいつもの幼い様ではなく、成熟した様のシルトがいた。その手首には、手枷は嵌っていなかった。

 

「ごめん、手枷、取っちゃった。あと本当は、私は関わらなくてよかったんだけど、やりたいって言ったから、本当は別の人だった殿、私がやることになったんだけどね。助っ人も呼んだし、大丈夫。この場であなたに負けさせやしないから」

 

「うん、ありがとう」

 

 普段なら、涙が出るほど嬉しかった言葉だったが、今のアイリスは素っ気ない言葉しか返せなかった。しかしシルトは笑いかけるだけで、不快な雰囲気は一切醸し出さなかった。そのような彼女の態度を見て、アイリスは急に申し訳なくなった。逃げるように歩き出したが、シルトは黙ってついてきてくれた。

 最初の退避居住区に辿り着くと、意を決してアイリスはそのドアを開けた。その瞬間、アイリスは島民たちの喫驚したような視線を大量に向けられた。

 

「落ち着いて聞いてください。アルバディーナが造反しました。人が沢山集まっているここは危険になる。申し訳ないですが、それを説明する余裕はありません。納得できないかもしれません。しかし、ここを脱出して頂きたいのです。私が誘導して、後ろはこのシルトが守ります」

 

 アイリスは自分でも不気味だと思うくらいに落ち着いて告げた。島民たちは暫く顔を見合わせていたが、やがてそのうちの一人の初老の男性が言を発した。

 

「アイリスさんが言うなら、そうなんだろう。構いませんよ。私たちとしても、ここで死ぬつもりはありませんからね」

 

 その言葉を皮切りに、そこにいた島民たちが、次々にアイリスに従う旨を述べた。アイリスは胸がいっぱいになった。あのような曖昧な説明でも、彼らは納得してくれた。溢れそうになる涙をぐっと堪えて、アイリスは頭を下げた。

 

「……ありがとうございます。急かしてすみませんが、すぐに出ましょう」

 

 アイリスが促すと、島民たちは女子供、老人を真ん中にして、それを若い男性が挟む形に並んで居住区から出た。アイリスはその最後尾にシルトがついたのを確認すると、次の居住区へ向かった。

 特にトラブルもなく、いくつかの居住区を回りつつ、次の広場へと出る時だった。そこへの扉が、閉鎖れていたのだ。アイリスはそこで休憩を取ることにして、扉に耳を当てた。そこで微かに聞こえたのは、幾重にも重なる銃声だった。

 

        ***

 

 シェルター内の広場で戦闘していたのは、ジャッジメンティスを強化改修したジャッジメンティス改に搭乗したリーナと、テリオスを装着した秀を含む人間解放軍と、中隊規模のT.w.dアルバディーナ派だった。人間解放軍は、五、六十名で固まった島民を守るように布陣していた。すぐそばまで来ているであろうアイリスたちと合流する予定だったのだが、アイリスたちを待っている間に追いつかれてしまったのだ。

 ジャッジメンティス改とテリオスのバリアーのおかげで、アルバディーナ派の兵士が銃撃を浴びせるも、殆ど無力化されていた。しかし、そうしている間にも、アイリスたちが追いつかれる可能性がある。埒があかないと思った秀は、テリオスに小声で尋ねた。

 

「この装甲、銃撃にどれだけ耐えられる?」

 

 秀は後ろの島民を一瞥した。完全に怯えきった表情の者ばかりだ。幸い、予め事のあらましを知っていて、なんとか平静を保てている達也が励ましているが、それも時間の問題だった。

 

「この程度なら、関節部に被弾しようと屁でもありません」

 

 テリオスは自信ありげに答えた。その回答に秀は思わず頰を緩ませた。そのまま、隊長であるリーナに尋ねた。

 

「リーナ、単騎突撃したいが、許可できるか?」

 

 しばし返答が無かったが、やがて仕方ないといった風で、リーナは答えた。

 

「いいでしょう。但し、必ず戦果を上げること! 分かりましたね、秀!」

 

「了解だ! 行くぞ、テリオス!」

 

 秀はテリオスのブースターを全て展開すると、雄叫びとともに敵中に突撃していった。

 

「ブレードを出せ。あとガトリングを両肩に一門ずつ装着しろ。ガトリングの照準はお前に一任する」

 

「了解です。味方に流れ弾が行かないよう善処します」

 

「いい心がけだ!」

 

 この時、秀は時速八十キロほどの速度を保ちつつ、ガトリングガンで弾幕を張りながら、不規則に動き回っていた。テリオスを通して周囲を見ている秀には少し早く動いている程度の感覚だが、他の人間には、プログレスでもない限りその動きを捉えることはできなかった。完全に翻弄された一人の敵が、テリオスブレードの、刃渡り1メートル程の鋼の刃に切り裂かれる。一人の部下を失ってやっと冷静になったのか、敵の部隊長と思しき人物が声を上げる。

 

「撤退だ! 兵と弾薬を無駄に失うわけにはいかん!」

 

 敵があっという間に準備を整え、撤退を始める。その方向は、住民が既に脱出を済ませたシェルターに向かう方向だった。

 

「追わないでください! アイリスとの合流を急ぎます!」

 

 リーナの声が、ジャッジメンティス改の外部スピーカーから聞こえた。秀はブレードとガトリングを収めると、彼女の元に戻った。その途中で、秀はテリオスの力に驚嘆していた。プログレスが敵にいなかったとはいえ、一人で中隊規模の敵を撤退させた。常人に対しては、あまりにも強力すぎた。

 敵の死体を片付け、リーナがジャッジメンティス改を亜空間に収容すると、その広場の扉を開放した。すると、すぐそこにアイリスと、彼女が脱出の誘導を請け負う予定だった島民全員、そしてその最後尾にシルトがいた。

 

「さっき、何があったの?」

 

 秀たちの様子を見たアイリスが、恐る恐るといった風で尋ねた。その質問には、達也が明朗に答えた。

 

「戦闘があったんだ。でも、秀たちが守ってくれた。だから、誰も怪我をせず無事でいるよ」

 

「……すみません。私の至らぬばかりに」

 

 アイリスは、驚くほど素直に頭を下げた。すると、秀たちが守った島民の一人の老婆が、前に歩み出でた。

 

「いいんですよ。あなたが本物の誠意を持っていて、あなたの仲間のみなさんが、命懸けで私たちを守ってくれた。あなたを許す理由は、それで十分です」

 

 アイリスが、島民一人一人を一瞥する。アイリスに怒りを露わにしている者は、誰一人としていなかった。秀は、思わず息を飲んだ。初めて、アイリスと島民とが固い絆で結ばれていることを実感した。彼女の努力は、しっかりと実っていたのだ。

 

「ありがとうございます。苦難にあっていたところ申し訳ございませんが、先を急ぎたいので、早く並んでいただけますか?」

 

 達也たちは、特に嫌そうな顔を見せることなく、てきぱきと整列した。彼らを挟むように、人間解放軍が並ぶ。アイリスは感謝の言葉を漏らしながら、ゆっくりと歩き始めた。

 時折休憩を挟みながら、アイリスたちは歩き続ける。やがて、T.w.dに襲われることなく、地上へ上がる階段へと辿り着いた。

 

「まず、我々が先に地上へ出て、出口周辺の安全を確保します。それが完了したら、アイリスに通信を送りますから、しばしお待ちください」

 

 リーナがそう説明すると、彼女は秀に目配せした。秀は頷くと、先だって歩き出した。テリオスの頑丈さは、先の戦闘で検証済みだ。不意打ちを食らっても問題無いとの判断だろう。

 秀と、数人が前もって外に出た瞬間だった。秀以外のその数人の首が、一瞬にして空を舞ったのだ。

 

「扉を閉めろ! 今すぐにだ!」

 

 秀は咄嗟に声を張り上げる。秀の切羽詰まった声に何かを感じたのか、それとも首が飛ぶのを垣間見たのかどうかは分からなかったが、ともかく秀がその言葉を言い終える前に扉は閉じられた。

 

「秀殿、敵が来ます。一時の方角です」

 

 テリオスが冷静な声で告げる。秀は咄嗟にブレードを出し、一時の方角へ目を凝らした。すると、誰かは分からなかったが、そこから猛スピードで突進してくる人を視認した。秀もそちらに突進し、すれ違いざまにブレードで斬りつける。対し、その人物は刀を抜き放ち、それを受け止めた。ちょうどその時、その人物が誰か、はっきりと分かった。

 

「お前、風魔忍か!?」

 

「ちい!」

 

 忍は舌打ちをすると一旦距離を取り、秀と対峙した。秀も緊張して構えを取っていたが、やがて忍がその手にしていた忍者刀を急に構えを解いて肩に担いだ。

 

「分からんのでゴザルよなあ」

 

 急に、忍が秀を睨みつけながらそう言い出した。

 

「あの村に生まれながら、なぜお主は拙者たちの思想に呼応せんのでゴザルか? なぜあの村で与えられた名前を使っているのでゴザルか? なぜ、あの村が異変で消滅してなお、その死者を供養してくれと頼んだのでゴザルか?」

 

 忍は、立て続けに疑問をぶつけてくる。そこから、激しい怒りも感じ取れた。はじめ、秀は彼女がなぜそのように言うのか分からなかったが、すぐにひとつの結論に至った。

 

「お前、あの村の出身か」

 

「やっと気付いたでゴザルか。お主は海に逃げたようでゴザルが、拙者は陸に逃げたでゴザル。そして、飢えと傷で死にかけていたとき、風魔流忍術の継承者に拾われたのでゴザル。この話し方も、風魔忍という名も、その時からのものでゴザル」

 

「お前、その拾ってくれた人に感謝してないのか?」

 

「ああ、もちろんしたでゴザルよ。復讐する力を与えてくれた存在として、でゴザルがな」

 

「その人、どんな人だったんだ」

 

「温和な人でゴザった。しかし、風魔流忍術の最後の継承者で、現代日本ではほぼ無用の技とはいえ、その技が絶えるのをよしとはしなかったでゴザル。拙者に風魔流忍術を教えたのは、どうもそのためのようでゴザル」

 

「その人の指導は、どうだったんだ」

 

「厳しかったでゴザルよ。技を教えるのに、拙者の身にその技を食らわせて吸収させる、というスタンスだったでゴザル。ただ、かなり手を抜いていたようでゴザルがな。痣が残ることもなかったでゴザル」

 

「お前、本当にそれで、単に復讐する力を与えた存在としてしか見ていないのか?」

 

「当たり前でゴザろう。分かりきったことを聞くなでゴザル」

 

 秀は、彼女が無表情で放った言葉で、完全に頭に血が上った。気付いた時には、手の指が手のひらを突き破るのではないかと思えるくらい、強く手を握りしめていた。

 

「ふざけるな! お前は、その人から、人の温かみを、何ひとつ感じなかったのか!」

 

「はて何のことやら。そもそも人に温かみなどあるかどうかすら怪しいでゴザル」

 

 忍は嘲笑し、わざとらしくおどけた。その仕草が、秀の心を逆なでした。

 

「性根から腐っているようだな、お前は!」

 

 秀は激昂してそう言い放つと、最大速力で忍に突撃した。そして、ブレードで忍に唐竹割りを仕掛けようとする。だが、忍はそれを忍者刀で軽く受け止め、秀から見て右側に回り込み、刀を返して秀の右袈裟に斬りつけた。斬撃自体はテリオスの装甲に阻まれたが、かなり重い一撃で、秀の集中力が一瞬削がれた。その隙に、忍が秀の脇腹に回し蹴りを入れる。

 

「ぐっ!」

 

 これもまた強い一撃で、秀の踏ん張りも虚しく、道路のアスファルトから足が離れてしまった。反応が追いつかない秀に変わって、テリオスがブースターを適切に吹かして秀の態勢を整える。

 

「すまん、テリオス」

 

「話している暇はありません。次が来ます」

 

 テリオスに言われ、秀は慌てて周囲に意識を向ける。すると、四方八方から手裏剣と思しき飛翔体が向かってきていた。

 

「テリオス、フィールド展開だ!」

 

 秀の掛け声で、秀の周りを取り囲むように、ドーム状で、薄い青色のフィールドが張られる。それに手裏剣は全て阻まれたが、忍の気配を掴むことはできなかった。

 

「テリオス、風魔忍の位置は?」

 

「いえ、残念ながら捉えられ……いえ、真上です」

 

 テリオスに言われ、秀は上を向く。すると、そこには刀を上段に振りかぶり、太陽を背にして斬りかかろうとする忍がいた。

 

「ガトリングだ! バレットもサブアームで操作しろ!」

 

 秀はテリオスに弾幕を張らせながら後退した。忍が、空中にいるとは思えない軽やかさで、それを秀から見て右に平行移動して避けた。そこで、秀はハッとした。先程も、そして今回も、忍は右に避けた。秀はもしかしたらと思い、また真正面から斬りつけにいくと、またもや右に避けた。

 

「気付いたか?」

 

 秀は忍と距離を取ると、アイリスには聞こえぬよう、小声でテリオスに話しかけた。

 

「ええ、私も」

 

 テリオスも、心なしか小さい声で告げた。すると、そこでリーナから通信が入った。

 

「秀、まだ安全は確保できないのですか!? 殿では戦闘が始まっています。守るのも時間の問題です!」

 

「少し待て。すぐ終わらせる」

 

 秀がそう言って通信を切ると、忍は挑発するように苦無をジャグリングしながら言った。

 

「すぐ終わらせるなどと、強がっても意味がないでゴザルよ。それとも、そなたの死を以って、ということでゴザルかな?」

 

 そう言う忍を、秀は鼻で笑った。

 

「その言葉、後悔するなよ」

 

 秀は、ブレードを握る手に、強く力を入れた。

 

        ***

 

 迫るモルガナとイレーネスが率いる部隊に対するは、シルトとリーナを中心とする人間解放軍だった。この通路ではジャッジメンティスは動かせないため、アルバディーナ派と人間解放軍の銃撃戦の中で、リーナは生身で、シルトと共にイレーネス、モルガナと戦っていた。住民への防御は、シルトが召喚したルルーナの盾、シュッツ・リッタを大量に並べることで対処していた。

 

「抜かせない、ここは! あなたたちみたいな視野の狭い人たちに、負けるものか!」

 

 シルトはマユカの大剣、グリム・フォーゲルを振るい、幾度となくイレーネスにその斬撃を食らわせようとする。しかしそれは彼女にいとも容易く躱されてしまう。

 

「やっぱり大振りのはキツいか。なら! フラゲルムノウン! いっけえ!」

 

 シルトはユニのビームの鞭に持ち帰ると、その先をイレーネスに飛ばした。イレーネスがそれを紙一重で回避したのを見ると、シルトはにやりと笑い、フラゲルムノウンをイレーネスの、包帯の巻かれた方の手首に巻きつかせた。

 

「もらった!」

 

 シルトは更にそこから、アイリスの鏢、ミリアルディアをイレーネスに向けて飛ばした。すると、今度はイレーネスが歪んだ笑みを浮かべた。

 

「甘いわよ。そら、自分の仕掛けた技で死になさい!」

 

 フラゲルムノウンを巻かせた、イレーネス右手首の包帯から、瘴気が漏れ出ていた。それに気を取られていると、いつの間にか、ミリアルディアがこちらに向かってきていた。

 

「シュッツ・リッタ!」

 

 シルトは新たに盾を召喚し、自分の前方に立てた。しかし、それだけでは防ぎきれず、一部が肩口と背中に刺さった。

 

「まさか、こんなこともできるとはね」

 

「褒めてる余裕なんてあるのかしら、緑の世界水晶さん?」

 

「あれ、知ってたの」

 

 シルトはそう言いつつ、壁に仕掛けた鏡を通して、リーナを見た。モルガナと戦闘しながら、順調に、しっかりと押されているように見せかけていた。

 

「有名な事実よ。私の呪いがあなたにも通用するか、試してみようかしら?」

 

 そう言いながら、イレーネスが包帯を解きながら歩み寄ってきた。シルトは刺さったミリアルディアを全て消すと、後ずさりしながら尋ねた。

 

「その呪い、その腕に触れたら死ぬってやつだっけ。そのおかげで、黒の世界で迫害されたから、同じく迫害されていた魔獣のモルガナと一緒に、新天地を求めて青蘭島に居場所を求めた。だけど、そこでもやはり疎まれたから、絶望の淵に立っていたところにアイリスに救われたんだっけ?」

 

「よく知っているようね。でもあなたとこれ以上お喋りしている暇は無いの」

 

 イレーネスが冷たい声で告げる。その声を聞きながら、シルトは再び鏡を確認した。すると、リーナが自分のちょうど真横くらいの位置に来ていた。そこで、シルトは大声を張り上げた。

 

「なら最初から私とお喋りなんてするんじゃなかったね! リーナ!」

 

「分かりました! 出ろおおおッ! ジャッジメンティィィィス!」

 

 シルトがフラゲルムノウンから手を離して後退すると同時に、リーナが雄叫びを上げる。リーナの前にいるのは、アルバディーナ派のT.w.dだけだった。

 

「私の右手が青く閃く! あなたを倒せと轟き唸る! ひぃぃっさつ! ジャッジメント・プラズマアアアアッ!」

 

 突如、リーナが突き出した右の拳の先の空間に穴が空いたかと思うと、そこからジャッジメンティス改の右肘から下だけが飛び出して来た。

 

「なっ!?」

 

 驚き呆然とするイレーネスを、咄嗟にモルガナが抱いて、跳躍してジャッジメンティス改から離れた。その時、ジャッジメンティス改の掌から青い稲妻が走る。

 

「モルガナ!?」

 

「はっ、馬鹿なことを! ジャッジメント・プラズマを自ら生身で受けるなど、自殺も同然ですよ!」

 

 リーナの言葉の通り、他のアルバディーナ派は次々と炭と化していた。だが、モルガナを見て、シルトとリーナは言葉を失った。確かに服はほぼ焼けて殆ど全裸になり、その背中はひどく焼け爛れていた。だが、彼女は生きていた。例えようのない怒りを湛えた瞳で、シルトとリーナを睨みつける。

 

「死ねない。私たちの恨みを晴らすまでは、死ぬわけには——」

 

 モルガナは気を失ったようで、前に倒れかけるが、それをイレーネスが受け止めた。彼女はキッとシルトらを鋭い目で射抜くと、転移魔法と思しきものでその場を去った。

 

「ふう、なんとか退けられたね」

 

 シルトは額の汗を拭いながら、リーナに話しかけた。対し、リーナは渋い顔で答えた。

 

「ですが、奥の手を見せてしまいました。秀が早く済ませていれば、あれを使わずに済んだものを」

 

 リーナは唇を噛み締めた。ジャッジメンティス改の一部分だけでも呼び出せるというのは、これまで人間解放軍の人員以外は知らぬことだった。先ほどは、秀が遅すぎた場合に使うために、シルトには教えていたのだった。

 

「終わった?」

 

 アイリスから通信が入った。シルトが肯定すると、アイリスは素っ気なく「ありがとうね」と言って、通信を切ってしまった。しかし、シルトは勿論、リーナにもそのことを咎める気は無かった。今のアイリスはかなり精神を摩耗してしまっている。そのような彼女に、まともな返事を期待する方が筋違いというものだった。

 

「しかし、秀は大丈夫でしょうか。テリオスを以ってしても苦戦してしまうとは」

 

 リーナは、泣きそうな顔でシルトに尋ねてきた。

 

「きっと大丈夫だよ。信じようよ」

 

 シルトは、あやすように笑いかけた。するとリーナはふっと表情を和らげて、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「そうですね、あなたの言う通りです」

 

 二人で、出口の扉を見る。その時、その向こうの陽の光が二人のところに差してきた気がした。

 

        ***

 

 秀は、忍と睨み合う。先ほど考えついた必勝策。今まさに、それを発揮せんとしていた。

 

「いくぞ!」

 

 秀は大地を蹴り、忍へ一直線に斬り込んでいった。対する忍は、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「馬鹿のひとつ覚えでゴザルな!」

 

 忍は、秀の唐竹割りを忍者刀で受けようとして、ではなく、秀から見て左から払い落とそうとしているかのように、刀を振り上げた。想定通りの動きに秀は思わず頰を緩め、忍の刀がブレードの刀身に当たる直前に、わざとテリオスブレードを手放した。

 

「テリオスパニッシャー……」

 

 秀の動きに対し忍が一瞬戸惑いを見せ、刀を空振りした隙に、秀は忍に聞こえないように呟く。すぐに立て直した忍が、秀の推測通り、先ほどとは逆に秀から見て左に出ようとした寸前に、秀は左に突っ込んだ。忍は咄嗟に止まることはできなかった。そうすればつんのめってしまう。そのまま前に出るしかなかった。

 

「必殺の一撃、受けてみろおッ!」

 

 忍の刀が振り下ろされるより先に、秀の、凝縮されたテリオスフィールドを纏った右の掌が、忍の腹に入った。秀はそのままブースターを最大出力で噴射し、忍を近くのビルの壁に激突させた。そして駄目押しするように掌を強く押し込むと、土埃舞うその場から距離をとった。

 

「パターン化戦術を逆手に取った作戦、お見事でした」

 

 着地すると、テリオスが興奮した様子で褒めてきた。秀は得意になって、口早に答える。

 

「こちらが何かを気づいた様子を見せれば、あいつの癖を見抜いたみたいに思わせられただろうからな。あいつとしては罠にかけたつもりが、逆にかけられたってわけだ」

 

 秀が言い終えると、忍の方から物音がした。秀はすぐさまそちらに意識を向ける。すると、土埃の中から、服はあちこちが敗れ、全身から血を流し、時折吐血までしながらも、忍が這って出てきた。

 

「まさか、これほどまでのダメージを負うとは、不覚でゴザった」

 

 そう呟くと、忍は秀を見つめ、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「拙者の目的は達成されたでゴザル。せいぜい足掻くがいいでゴザルよ」

 

 そう言って、忍は姿を消した。秀がその発言の意味を考えながら扉の前まで戻ると、急に不安に駆られ、無意識に空を見上げた。空の真ん中で輝くよっつの門。そのうちの赤の門が、激しく煌めいていた。

 

        ***

 

 赤の門の直下にいたレミエルは、大きな戦意の塊を赤の門の向こうに感じた。ハッとして赤の門に向くと、そこから何人もの人影が現れ出でた。

 

「私はテラ・ルビリ・アウロラ軍将軍、グラディーサである! テラ・ルビリ・アウロラ総代代理、アマノリリス様に代わって告げる! 現時刻を以って停戦協定を破棄し、我々はT.w.dと戦闘状態に入る! なお、そちらの拒否権は認めない!」

 

 グラディーサの声が、青蘭島全域に響き渡る。あまりに荒唐無稽な内容だった。しかしだからこそ、レミエルはかの軍勢を叩き潰すのに、迷いは一切持たなかった。

 

「行こう、ユラ、ガブリエラ様。……光の翼、最大パワー!」

 

 レミエルが叫ぶと、右の黄金の翼と、左の閻浮檀金の翼が一瞬にして空の彼方まで伸びていった。それに当たった者だけでなく、その翼の間に入った者も消滅していった。

 

「何をやっている!? 回り込んで挟撃しろ! あの者は間違い無く、アウロラ様を殺した犯人のレミエルなのだぞ!」

 

 レミエルが魔法で己の聴力を引き上げてみると、グラディーサのそのような声が聞こえた。それで、光の翼を元の大きさに戻し、リングから六本の魔剣を分離した。

 

「さっきので大人しく引いておけばあッ!」

 

 レミエルは、上空から、右翼と左翼に分かれて迫り来る赤の世界の軍勢の先鋒の右翼側に突撃し、先頭の者を、右に持ったユラの剣で一撃の元に斬り伏せた。他の者も、その手に持つ二本の剣で斬りながら、死角にいる者を六本の魔剣を遠隔操作して斬殺していった。五分に満たない時間だけで、右翼に展開していた赤の世界の軍は、ほぼ壊滅状態に陥った。

 

「出て来なければやられなかったのに、前に出るから!」

 

 次にレミエルが左翼側に突撃しようとした、その時だった。レミエルは、赤の世界の軍団の中から離れて何処かへ行くふたつの影を見つけた。——その人影は、間違いなくあずさとユノのものであった。

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