Ange Vierge Désespoir infini 作:黒井押切町
秀は、アルフレッドの体を見た。やはり死んでいるようにしか見えない。なぜ生きているのか不思議なくらいだった。
「ふふ、私がどうしても死体にしか見えないと言いたいのだろう。無理もあるまい。事実、私も自分の体を俯瞰して、そうとしか思えんからな」
アルフレッドは楽しそうに言った。対照的に、銀髪の女性は暗い表情をして口を開いた。
「アルフレッドさんは、初めの人間の蜂起の時に、精神解体を受けたんだ。精神解体を受けた人間は、大体が死んで、生還しても廃人になることがほとんどなんだ。アルフレッドさんみたいに、寝たきりで意思疎通に機械に頼るしかなくなっても、覚醒してしかもまともな自我を保てるのは珍しいんだよ」
「メルティ君、説明しなきゃいけないことを増やすんじゃあない」
アルフレッドは銀髪の女性を嗜める。彼女の名はメルティというようだ。
「精神解体というのは、人間の精神をデータ化して機械に移して、そのデータを文字通り解体して、その人の精神を彼のは深層意識まで徹底的に調べ上げ、最後に元の体に戻すという尋問の一種だ。人道的観点から殆ど行われないが、あの時私たちの使ったものが古すぎたみたいで、逆にEGMAが我々の情報を不徹底にしか得られなかったから、最高指揮官であった私が精神解体を受けたわけだ」
アルフレッドは淡々と語る。最後の方の口調は弾んでさえいた。それを聞いた秀は絶句していた。初耳であったということもあるが、秀はあまりに冷酷無比なEGMAに憤りを感じた。そのような秀の心を見透かしたように、アルフレッドは続けた。
「秀君。君は、ここから一歩も動けず、視界もカメラ越し、音も集音装置からしか聞こえなくなり、会話もこのような大仰な機械に頼らねば出来ず、食の楽しみも感じることのできなくなった体にしたということを、何に怒るかね? EGMAか? それともアンドロイドか?」
「EGMAだ」
秀は即答した。メルティはその様子を無表情で見つめ、テリオスは何も言わなかった。ほんの少しだけ、テリオスから何か物音のようなものが聞こえた気もしたが、それだけだったので、秀は気のせいだと考えた。
「秀君。君の怒りは正しい。まあ、外部の人間であるなら当然なのだがな」
アルフレッドは優しく言い聞かせるように告げた。すると、メルティが秀の方に歩み寄ってきて、その手を両手で握った。
「テリオスの使用者として、また良識を持った者として見込んで、頼みがある。出来たらでいいの。この戦いで、解放軍のみんなの怒りを正しい方向に持っていってほしい!」
「私とメルティ君は、EGMAの支配体制には反対している。だがアンドロイドとの共存を望む立場だ。今のS=W=Eが歪みきっているのは、アンドロイドがあるからではない。EGMAの行政方針が、アンドロイドに人間の役割を奪わせたに過ぎない。アンドロイド技術者の連中は、口では人間との共存を望んでいると言うが、彼らの言う共存は現状維持に過ぎん。奴らは自分の技術を披露できる場が欲しいだけだ。我々がまずすべきことはどちらかを殲滅することではない。双方が今の治世に問題意識を持つようにすることだ。元々アンドロイドというものは人間がどうしても手が届かない領域を担うためのものだ。今のように、人間に成り代わろうというのはその本分から外れている。これを正すための人間解放軍だ。憎しみのままにアンドロイドを全滅させることが目的ではない。アンドロイドは人間が作ったものだ。その過ちには毅然とした態度で向き合わねばならん。でなければ、また同じことの繰り返しになるだけだ。だから、我々はリナーシタの家に伝わってきたテリオスを修復し、その使用者となるであろう、解放軍にはいないαドライバーの力を借りることにしたのだ。だから頼む。解放軍を、君が止めてくれ」
メルティの言葉にアルフレッドが続ける言葉の節々に、激情を織り交ぜられているのを秀は感じた。メルティだけでなくアルフレッドも懇願する理由は、容易に想像できる。最早、最高顧問と言えど、彼の言葉を聞き入れる者が居ないのだろう。それほどまでに彼らは憎しみに染まっているのかと、秀は息を呑んだ。
そうしていると、アルフレッドは、先ほどから一転して語気を和らげて言う。
「それと、もうひとつ。娘のことだ」
「リーナか」
「ああ。あの子は私と妻が四十五にもなってからこさえた一人娘でな。高齢出産であったためか、S=W=Eの医療技術をもってしても妻は逝ってしまった。私は妻に良く似ていたあの子を、溺愛といえるくらいに可愛がった。あの子が軍に入ったのも、当時軍の高官だった私の影響だった。だがあの子が士官学校でアンドロイドに辛酸を舐めさせられた故か、私がクーデターに失敗し、精神解体を受けて帰って来た時、あの子はEGMAではなくアンドロイドへの憎しみを募らせてしまった。リーナも私を愛していたために、その憎しみは尋常でないものとなってしまった。私が何を言おうとしても、あの子は『父上の眼前にアンドロイドの首塚を築いてみせます』とばかり言うようになってしまった。私はそのようなことは全く望んでいないというに。あの子には真に滅ぼす敵は何かを、一度考えさせてやってくれ」
最後の方は、涙声になっていた。秀にはアルフレッドが嘘を言っているようには思えなかった。しかし、秀はそのような話は、誰からも、リーナからでさえ聞いたことがなかった。
「その話、本当なのか? 俺は誰からも聞いたことがないぞ」
「他の解放軍の連中、カミュ君でさえ私の存在は無視しているんだよ。私の主張は目障りだからな。アイリス君に私の存在を知らせてすらいない。彼女と結んだ契約と私の主張は相反するものだ。私の存在を知られれば面倒だと思ったのだろう。リーナについては、あの子なりの意地だろう。ファザコンと思われたくないんだろうさ」
そう答えるアルフレッドの言葉には、もう悲しみは無く、笑ってさえいるようだった。秀はその答えで納得すると、アルフレッドの体を再度見つめた。この時は、彼の体はもう死体には見えなかった。
「さて、私から話すことはここまでだ。メルティ君と、彼女が指定する場所まで亜空間跳躍してくれ。妨害の働かないギリギリのところで、車が一台用意してある。それを使って、二人で部隊に復帰してくれ」
「テリオスには何も言わないのか?」
「テリオスの役目はEGMAの破壊だろう? 私がわざわざ何かを言うまでもない。さ、早く行きたまえ。私は君たちの健闘を祈る」
「流石です。どこぞの誰とは違って、よく分かっていらっしゃいます」
テリオスが秀を煽る。あからさまな彼の態度に、アルフレッドも微笑する。しかし、秀は他人の目の前ということもあり必死に堪えて、毅然としてアルフレッドに答えた。
「分かった。メルティとやら、行こうか」
「言われなくても。ここがその座標。間違えないでよね」
メルティが座標の書かれた紙切れを差し出した。それをテリオスに見せると、次の瞬間には高層建築物に挟まれた、暗い路地に出ていた。少し見回すと、言葉通り車が一台停まっていた。秀はその見た目に違和感を感じた。前回白の世界に行った時に見た車は、どれも車輪などついておらず、みな浮上して走行していた。それで、秀は車と聞いて、それを想像していた。しかし、これには普通に車輪が付いている。しかもその見た目は、ナンバープレートこそ無いものの、どう見てもよくある日本車の軽自動車で、日本の公道を走っていても全く違和感のないものであった。
「ボヤボヤしないで、早く乗るよ」
メルティは早口気味に言いながら、軽自動車の運転席に座った。秀は困惑しつつも彼女の言葉に従い、その助手席に座る。そうして秀がシートベルトを締めた直後に、その軽自動車らしきものが発車した。
「何だこれは」
秀は思わず呟いた。乗り心地も普通の日本車とまるで同じだった。より困惑を深める秀の呟きを、メルティは運転しながら拾った。
「青の世界の車を真似て作ってみたんだ。完全に私のお手製でEGMAの管理外だから、もしEGMAがなんかやってS=W=Eの機能を停止させても、こいつは動くから移動に使ってるんだ」
秀には、EGMAの手から逃れるためとはいえ、わざわざ青の世界の軽自動車を模倣する意味が分からなかった。しかし、メルティにはこれ以上車の話を続ける気は無かったらしく、前を見ながら、空いている左手でひとつのチップを秀に差し出した。
「これ、テリオスのデータを復活させるためのプログラムが入ってるから。これを挿す部分をデバイスに作ってあるから、そこに挿してね」
「そんなものがあるなら、最初から付けておけばいいじゃないか。なんで今更」
秀は思ったことをそのまま口にした。すると、メルティはそう言うのが分かっていたとでも言うかのように、秀を一瞥した。
「挿してテリオスのデータが復活すれば分かることだよ」
秀は半信半疑になりつつも、デバイスをポケットから取り出した。しかし、チップを摘んだまま、秀は動くことができなかった。以前、青の世界水晶を見せた時に、テリオスがかなり取り乱したのを思い出したのだ。すると、テリオスが呆れたような口調で声を発した。
「何を戸惑っているのですか秀殿。私に対して何度もAI風情がどうのこうのと言っていたくせして、今は人間扱いして、私を慮るのですか? そのような矛盾した態度は感心できませんね」
秀は、テリオスの言いたいことを悟った。彼はやれと言っている。遠回しな言い方にはやはりテリオスの人間臭さが見え隠れしていた。
「やってほしいなら素直に言え。全くAIらしくない」
秀はテリオスに軽く毒吐きながら、チップを穴に挿入した。それからの様子を、秀はじっと、メルティは横目で見守っていた。
「ああなるほど。私という存在はこういうものだったのですか」
取り乱した様子も無く、テリオスは静かに呟いた。
「そんな重要なことも思い出したのか?」
秀は、青の世界水晶を見せた時とは全く違う反応に戸惑い、思わずそのような分かりきったことを聞いてしまった。秀はその言葉を言い切ってからそのことに気付いたが、当のテリオスは全く気にしていない様子で答えた。
「はい。その通りです。あなた方が私とは何なのかを知りたければ、私は進んで語りましょう」
テリオスの口調には清々しさも感じた。秀はもちろんそのつもりで頷いて、メルティに目配せした。彼女は前方から全く目を離さずに言う。
「話してくれるなら、走行中の暇つぶしにでも」
「分かりました。では要望にお応えして語りましょう。これから語ることは全て真実です。心してお聞き下さい」
***
遥か大昔、一千年以上も前のことである。白の世界は、まだEGMAが開発されておらず、今日の地球のように幾つもの国に分かれて、国家間のいざこざが絶えない世界だった。
一人の青年がいた。名をジョナサンといった。彼はある国家の軍隊の技術将校で、また、今の白の世界では失われてしまった、漫画やアニメを愛した青年でもあった。彼が軍に入ったのは、潤沢な研究資金と豪華な研究環境が目的で、彼が愛した漫画やアニメに登場するような、それひとつで戦況をひっくり返すことのできるような兵器を作りたかったからだった。事実、ヒーローへの憧れを技術将校となっても捨てきれなかった彼は、研究の傍ら、独り暮らしをいいことに自費で独自に自分用のパワードスーツの開発も行なっていた。しかし個人での兵器の無断所有は犯罪であるため、これは隠れて行なっていた。
ある日のことである。巨大な白の水晶の発見と同時に、突然、世界の国々がEGMAと呼ばれる、水晶と世界の管理システムの元にひとつとなることが発表された。あまりに突飛な話であったために、白の世界は大混乱に陥った。EGMAの詳細が一切明かされなかったことも、その混乱に拍車をかけた。
「ハッキングを試みる」
EGMAの発表から数日が経ったある日、休憩時間中にジョナサンらの研究チームの主任であり上官である、Dr.リナーシタが突然そう言った。彼は気さくな性格で、ジョナサンの趣味嗜好もよく理解している人物だった。彼の、人間味ある振る舞いから、部下からの信任も厚かった。
しかし、ジョナサンたちは彼の話に乗る気にはならなかった。というのも、EGMAの発表があってから、既に何人もの腕利きのハッカーがEGMAに挑んだ。しかし、彼らは悉く、尻尾を掴むことさえ出来ずに終わっている。ハッキングが専門でないジョナサンらに、出来るとは思えなかった。
「無理ですよ、ドクター。もう何人もアタックをかけて失敗してるんですから。私たちでは話になりませんよ」
ジョナサンはリナーシタにそう主張するが、リナーシタはそれを鼻で笑った。
「俺たちがやるわけじゃない。それをするのはあくまで俺たちの軍の諜報部だ」
「じゃあ、私たちは何を?」
ジョナサンが訊くと、リナーシタは待っていたとばかりに、自信満々に答えた。
「実力行使だ。直接EGMAのある場所へ立ち入って、情報を盗み取ってやる」
リナーシタの言葉に、その場の誰もが固まった。ジョナサンは自分で作っているパワードスーツがまだ完全でなく、また露見を恐れたための反応だったが、他は前線に出ることを拒んでいるようだ。そのようなジョナサンらの様子に、リナーシタは不満げに言う。
「どうした。乗らんのか」
「当たり前です! 私たちは兵器開発部ですよ! それをするのは実戦部隊の役目でしょう!」
「そうです! それは私たちの本分からずれています!」
演技を交えて反駁するジョナサンに続いて、他の技術将校たちも便乗してリナーシタに抗議する。しかし、リナーシタは涼しげな顔をしていた。
「まあ焦るな。これは軍隊が一丸となって行うことだ。俺たちは、これまでに開発してきた様々な実験段階の兵器を、実戦に耐えうるものに仕上げるんだ」
「なんだ、そうならそうと言ってくださいよ」
ジョナサンたちは安堵の吐息を漏らす。しかし、リナーシタは一転して厳しい表情を取り、ジョナサンに耳打ちした。
「話がある。すぐに俺についてきてくれ」
「了解しました」
「じゃあ、お前たちは、俺たちが話を終えるまで、このまま休憩を取れ。いいな」
将校たちは威勢良く返事をする。それを聞きながら、ジョナサンはリナーシタに裾を引っ張られて、別室へ連れていかれた。リナーシタは鍵をかけたのち、盗聴器が仕掛けられていないか確認すると、ジョナサンを鋭い視線を投げかけた。
「お前だけ他の連中と少し態度が違ったな。何か隠していることでもあるのか?」
ジョナサンはどきりとした。そしてその時に表情を強張らせてしまったため、逃げ切れないと感じた。それで仕方なく、ジョナサンは自分が独自にパワードスーツを作っていることを、正直に告白した。これで懲戒免職になることを覚悟したが、リナーシタは意外な反応を見せた。
「それ、見せてくれないか!?」
彼は目を輝かせ、鼻息を荒くしてジョナサンに詰め寄った。ジョナサンには、その目がパワードスーツを作っている時の自分と同じ、少年の目だとよく分かった。リナーシタの熱気もあって、ジョナサンはあっさりとリナーシタの申し出を承諾した。
そのようなわけで、勤務時間後、ジョナサンはリナーシタを私邸の地下に造った小規模な工房に案内した。その中央のハンガーにある、朱色の装甲を持つ人型が、パワードスーツだ。本体は殆ど完成しており、残りは武装の製作と、本体の出力の調整、そして命名であった。
そのパワードスーツのデータをさらりと見たリナーシタは、目を丸くして息を呑んだ。そして、硬い動きでジョナサンに顔を向けた。
「これ、全てお前が作ったのか?」
「ああ、はい。そうですが」
「すげえな。これがあれば、多少訓練を受けた者ならすぐに一騎当千の力を得られるぞ」
興奮した様子でデータを見ていくリナーシタだったが、だんだんとその表情は厳しくなっていった。ジョナサンにはその理由が考えずとも分かった。パワードスーツの動力源のことを考えているに違いない。
「動力源がサイコバッテリーじゃ、一般性が全く無いじゃねえか」
案の定だった。サイコバッテリーとは、以前にジョナサンたちが開発したものだったが、特定の者が使わねば全く意味をなさない代物であったため、実用化には至らなかったものだ。サイコバッテリーは、上手くいけばほぼ無尽蔵のエネルギーを供給するが、人間の精神的な体力をエネルギー源とする。よほど強靭な精神力を有していなければ、サイコバッテリーはその人間の精神を食い尽くした上に、全くエネルギーが溜まらないため、無用の長物と化してしまうのだ。また、サイコバッテリーは使用者と直結する必要があるので、その強靭な精神力を持った貴重な人材の動きを制限することになる上に、なによりもコストが非常に高い。結局、欠陥品の烙印を押されてお蔵入りしていたのだ。
「ですが、このパワードスーツにサイコバッテリーが内蔵されているため、サイコバッテリーの欠点のひとつ、動きが制限されるというものは気にしなくて済みます。それに、これは軍のためではなく、私の趣味で作っているものです。一般性よりも、私のロマンを追求したものですから」
ジョナサンは堂々と語る。しかし、彼はこのパワードスーツに一般性という概念を持ち込まれたことが少し腹立たしかったため、最後は語気が強くなってしまった。
「動かせなくても問題ないと?」
「はい。これが完成すれば、私はそれだけで満足です」
ジョナサンはリナーシタを睨む。リナーシタもジョナサンを厳しい目で見つめていたが、やがて折れたように表情を崩し、乱雑に髪の毛を掻いた。
「分かった。好きにしな。このことは口外しねえよ」
「ありがとうございます」
ジョナサンは深々と頭を下げた。リナーシタの言葉には、呆れながらも温かみがあったからだ。
「まあでも、これを使いこなせる奴がいれば、そいつは本当に英雄になれるな。こいつが動いてる様を、俺の倅に見せてやりたいぜ」
リナーシタが唐突にそのようなことを言い出したので、ジョナサンはきょとんとして顔を上げた。リナーシタは、目を細くしてパワードスーツを見つめていた。
「ん、どうした? 俺に倅がいること、言ってなかったか?」
「ああ、いや。単に何で急にそんなことをと思いまして」
「深い意味は無い。ふとそう思っただけだ」
「そうですか。なら、息子さんにもこの存在を伝えるという目的のためなら、これの所在と写真を見せてもいいですよ」
ジョナサンは、リナーシタの言葉が嬉しくて、ついそう口走った。すると、今度はリナーシタがきょとんとした。そうして、彼が我に帰ったかと思うと、興奮した様子でジョナサンの肩を掴んだ。
「いいのか!? 本当にいいんだな!?」
「ええ。ああ、でも、息子さん以外にはバラさないでくださいね」
「もちろんだ!」
リナーシタは鼻息を荒くしながら、色々な角度からパワードスーツを撮り始めた。ジョナサンは、童心に帰ったかのような彼の背中を、自分の親を見るような目で見つめていた。
***
決起当日。この日には、ジョナサンのパワードスーツは完成していたが、彼に扱うことはできなかった。おかげで、決起のどさくさに紛れて持ち込むことも考えていたが、それは叶わずに、自宅の工房に置き去りにしたのだった。
他の部署と同じく、ジョナサンたち兵器開発部も慌ただしく動き回っていた。新型のジャミング装置や強化外骨格等の整備を整備班と共同で行なったり、兵器の搬出等の雑用に追われたりしていた。
そうして準備を進めているうちに、ジョナサンたちのいる基地の警報が鳴り響いた。
「各国の軍が、我が基地を攻めてきた! EGMAへの反逆に対する制裁だとして、警告無しに発砲してきて、もうすぐで基地に進入してくる! 投降した者も皆撃ち殺された! この基地全ての人員で徹底抗戦を試みる! 各員、マニュアルにそりつつ臨機応変に交戦せよ!」
警報に続き、基地司令官からの焦りの混じった命令が、基地内のスピーカーから流れた。案の定、技術将校らの集団がどよめき始めた。やがてうち一人が、人に掴みかかりそうになったところで、リナーシタが怒号を発した。
「静まれ! こうなった以上、最早どうにもならん! その拳を味方に向けるな、戦う気の無い者は邪魔だからさっさと逃げろ! 抗う意志がある者だけ、銃を取れ!」
リナーシタの叱責で、将校たちは完全にではないものの、落ち着きを取り戻した。そして、仲間たちが次々と脱出の準備を進めていく中、ジョナサンはどちらにするか決めかねていた。
気持ちとしては、男として、一人でも多くの敵を倒し、花を咲かせたかった。しかし、今パワードスーツの存在を知るのは、彼とリナーシタを除けば、リナーシタの幼い息子だけだ。ここでジョナサンが死ねば、そのうちパワードスーツは押収されてしまうだろう。リナーシタの息子に、パワードスーツを守る力があるとは思えない。
ジョナサンは、信頼していないものが、ジョナサンがその身を削る思いで作り上げ、彼のヒーローの像を投影した、彼の魂といえるパワードスーツを所有して使われるのが、我慢ならなかったのだ。彼のパワードスーツは、彼の正義のためのものであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
遠くから銃声が聞こえる。脱出する者はとうに脱出しており、リナーシタらの残った数名も強化外骨格を装着し、臨戦態勢をとっている。彼らが、ジョナサンを訝しむように見つめてくる。しかし、リナーシタだけは、ジョナサンの腹の内を理解してくれているようで、その目線に哀れみも感じ取れた。
しかし、尚もジョナサンは果断できないでいた。ジョナサンが葛藤しているうちに、大きな爆発音が響いた。上の階からだった。何が起こったのかと困惑しているうちに、ジョナサンの想定外のことが起こった。
天井が、崩落したのだった。
***
ジョナサンは、荒い息と、コンクリートの地面を走る誰かの足が映る視界、腹部の違和感、そして不可解な足の痛みを、まどろみの中で感じた。頭もずきずきする。天井が崩落した時に落ちてきた瓦礫に頭でもぶつけて、そのまま気絶してしまったのだろう。
「目が覚めたか、ジョナサン。死んじゃいなかったようだな」
「ドクター? 何を言っているんですか? それに、何をしているんですか?」
「何をって、気絶した上に足首から先がなくなっちまったお前を、あのパワードスーツのところまで届けようとしてるんじゃねえか」
リナーシタが掠れた声で言う。その言葉と、意識がはっきりしてきたおかげで、ジョナサンは今どういう状況であるのか、だんだんと分かってきた。足首から下が無くなったというのは、瓦礫に潰されてのことだろう。そして、今はリナーシタはジョナサンを連れての逃避行の最中ということになる。そこまで分かると、ジョナサンはかっとなって声を荒げた。
「どうして私を助けたんですか! 私なんて放って置いて、一人でも多くの敵を倒してくださいよ!」
「さっきの崩落とその後に入ってきた敵との戦闘で、俺とお前以外は皆死んだ! 俺一人が突っ込んで死ぬよりは、お前を助けて死んだ方がいいに決まっているだろうが!」
リナーシタが息を切らしながらも怒鳴りつける。そう言われては、ジョナサンには反論の余地がなかった。彼はリナーシタの言葉を大人しく受け入れ、今この瞬間の状況を把握することにした。少し顔を上げてみると、今、リナーシタは基地の裏手から進むことで入ることができる通りを走っていることがわかった。そして、この通りを彼の進行方向に暫く行ったところには、ジョナサンの家がある。ジョナサンは、リナーシタの狙いがわかった。
その時であった。後方から、多くの足音と銃声が聞こえた。リナーシタは一瞬だけ振り返り、大きく舌打ちをした。
「追いつかれたか! ――ぐっ!」
「ドクター!」
リナーシタの胴部から血が流れ出す。敵の弾丸が、強化外骨格と防弾チョッキを貫いて、リナーシタの体を突き抜けたのだった。しかし、彼は走るのをやめなかった。その被弾を皮切りに、次々と被弾するものの、ジョナサンには一発も当てず、ボロボロになりつつも走り続けた。ジョナサンが素人目に見ても、もうとっくに絶命してもおかしくないほどの失血量だった。しかしそれでも走るのは、彼の執念の強さがなせる技であった。
やがて、ジョナサンの家の塀が見えた。すると、リナーシタはにやりと笑い、ジョナサンの体を両腕で抱えた。
「ドクター、何を!?」
「俺はもう限界だ。だから、お前だけでも行きやがれえッ!」
リナーシタが叫ぶ。そして、ジョナサンの体を、ジョナサン邸に向かって、最後の力を振り絞って放り投げた。飛ばされるジョナサンの目には、満足げに笑って、そこに倒れるリナーシタの姿が映った。そしてその直後にジョナサン邸の塀を越え、リナーシタの姿が消えた。
「ドクター!」
ジョナサンは叫んだ。その刹那、庭の芝生に打ち付けられ、知らず知らずのうちに流していた涙が散る。しかし、ジョナサンはすべきことを分かっていた。だから、ありったけの力で地を這って、ドアを開けて家に入った。それでも止まらずに、無我夢中で地下室への入り口まで辿り着き、そこから階段を転がり降りた。元からの打撲に加えて、階段を転がったおかげで、全身を打ってしまった。足首の傷口も痛めつけられた。しかし、ジョナサンは休憩せずに、すぐに部品が保管してあるところに向かった。そして、そこからひとつのヘッドギアを取り出した。
「パワードスーツを守るには、これしかない」
ジョナサンはコンピュータをヘッドギアとパワードスーツに繋げて、ヘッドギアを装着してキーボードの操作を始めた。自らの自意識をこのパワードスーツの中に封じ込め、そのOS兼サポートAIとなる。既に確立された技術ではあったものの、実用化には至っていなかった。しかし、パワードスーツを守るためには、それしかないように思えた。
急ぎその準備を終えると、自宅の自爆プログラムを先に起動し、それから意識の移植を始めた。遠のく意識の中で、上の階で追っ手が駆け回る足音と、次々と起こる爆発音が響く。ジョナサンがいるここも、もうじき自爆に巻き込まれて瓦礫に埋められるだろう。しかし、それよりも早く意識の移植が終わりそうだった。まが、完全にパワードスーツに彼の意識が移る前に、彼にはすべきことがあった。パワードスーツの名前を決めることだ。
(これは、そう。この世界の希望、テリオスだ。これ以上にふさわしい名前は無い)
これが、人間として、ジョナサンが最後に思考したことだった。次の瞬間、抜け殻となった彼の体は、炎に呑まれ消えていった。
***
(俺は、知らなかったとはいえ、かなり破廉恥なことを言っていたんだな)
テリオスが語り終えた時、秀はすっかり恥じ入っていた。AIの癖にどうのこうのと、罵倒していた自分を思い出すと、穴があったら入りたい気持ちで一杯になった。なんとか詫びたいと考えたが、うまい言葉が思いつかなかった。結局、彼の口から出たのは次のような言葉だった。
「その、なんだ。これからはジョナサンと読んだ方がいいのか?」
「これまで散々に私のことをAIの癖にと馬鹿にしてきたのに、何を言ってるんですか。気持ち悪いのでテリオスで結構です。それよりもメルティ殿、私の記憶にロックをかけたのはあなたですか?」
「うん。そうだよ」
秀は辛辣なテリオスの口調にかちんときたが、すぐに彼とメルティとの会話が始まってしまったために、渋々黙った。
「勝手ながら、君のデータを解析したら元人間だって分かったからね。最初から人間としての記憶を持つよりは、その体に慣れてからの方がいいでしょ? そういうことだよ」
「なるほど。お心遣い感謝いたします」
テリオスは恭しくメルティに礼を言った。秀に対しての態度が嘘のようである。秀がそのことを突っ込もうとした時、メルティがブレーキをかけたおかげで、つんのめってそうすることが阻まれてしまった。
「着いたよ」
「ああ……。運んでくれてありがとうな」
秀が礼を言いつつ車から出て、リーナと合流しようとした時、メルティに肩を叩かれた。
「待ちなよ。テリオスの新兵器になりそうなものをいくつか見繕って持ってきたんだ。だから見ていくだけでも」
「秀殿。行きましょう。またと無い機会ですよ」
テリオスが興奮した様子で促す。テリオスのパワーアップは秀にとっても嬉しい話だった。そういうわけで、メルティは車のトランクを開けた。流石にトランクは亜空間格納庫を使っていたのか、軽自動車の車体よりも大きな、徳利のような形の大砲を引っ張り出した。
「これはエネルギーキャノンだよ。エネルギーの渦を扇状に放射する。まだ数十パーセントのパワーでしか試射したことないから、フルパワーの破壊力は未知数。でも、それで撃てばアンドロイドを何千人も軽く消し飛ばす威力はあると推測されてるよ」
「おいおい、アンドロイドとの共存を望むんじゃなかったのか」
嬉々として語るメルティに秀が呆れて突っ込みを入れると、メルティは表情を少しも変えずに言った。
「確かに私はアンドロイドを殲滅なんてして欲しくないし、アンドロイドの人格も認めてて、彼らとの共存も望んでる。でも理想の実現のためには犠牲はつきものだし、EGMAの破壊のためには仕方のないことだよ」
メルティの言葉で、秀は疑問を覚えた。EGMAは解放軍が確保している。彼らは皆、対アンドロイドに関しては掲げる目標もあってエキスパートだ。解放軍がそう簡単にEGMAを奪回されるとは思えない。それなのになぜ、EGMAの破壊に多くのアンドロイドの犠牲が要するような言い方をメルティがしたのか、秀には分からなかった。そのような秀の内心を見透かしたように、メルティは笑みを浮かべた。その目は、秀を軽蔑しているかにも見えた。
「すぐに分かることだよ。そんなことより、もうひとつ」
メルティが次に出したのは、さっきとは打って変わって、かなり小さいチップのようなものだった。
「これはサイコバッテリーの機能を拡張するもので、これを使うと、人の精神を霊的な力として何かに与えられるようになる。リンクの原理に呪術的な要素を導入した機械だよ」
「白の世界で霊的とか呪術的とかいう言葉を聞くとは思わなかったな」
秀は思わずそう呟いた。そのチップの機能よりも、白の世界でその類の言葉を聞くことになることが意外で、そちらに意識が向けられてしまった。
「ま、今の白の世界じゃ殆ど意識されないものなのは間違いないね。でも、テリオスが作られた時代にはあった。テリオスが超自然の存在を知覚できるのはそういうことだよ。もっとも、私はテリオスの修復に取り掛かる前から、そういう信仰は持ってたけどさ」
そう語るメルティに相槌を打ちながら、秀はテリオスのデバイスにチップを挿入した。
「何か変わったことはあるか」
「確かに機能が拡張されました。この機能を使えば周囲の味方の大幅な強化が計れますが、秀殿にかかる精神的負担も半端なものではありません。緊急を要する時にしか使えないでしょう」
「そうか。分かった」
秀はテリオスの言ったことを肝に銘じた。このような警告を、気に食わない相手からのものとはいえ、素直に受け入れる度量を秀は持ち合わせていた。
「もう終わりか?」
「いや、もう一個」
秀が尋ねると、メルティはそう答えて、ジョイントのついたふたつの箱らしきものを取り出した。
「これミサイルランチャーね。弾倉は亜空間格納庫を使ってるから、ほぼ無尽蔵に打てるよ」
秀はそれを受け取ると、どこから弾が出るのかと探ってみた。すると、接合部を下にした時に側面となる面のひとつの真ん中に、切れ目が入っているのが見えた。そこを開いてみると、六つの穴からミサイルが覗いていた。
「ははあ、なるほどな」
秀は一人納得しながら、それを元に戻してきた先のエネルギーキャノンと一緒に、テリオス用の亜空間格納庫にしまった。
「じゃ、私はカミュに呼ばれてるから。またね」
秀にもう用事は無いのか、メルティは手早く車に乗って、そのままEGMAの施設の敷地内の道路を走っていった。発進する間際に、秀はメルティに一瞥された気がした。アルフレッドと彼女から託された任を果たせ、ということだろう。
(しかし、どうやってやろうか)
まず一人では無理だ。協力者が要る。しかし、アルフレッドもメルティも、彼らの話しぶりからするに、その発言に解放軍を動かす力はない。しかし、アンドロイドには確執がなく、EGMAだけを否定する者が、解放軍にはいない。アイリスたちに協力を仰ぐこともできない。白の世界にいる者の中から探すしかない。秀がそう考えた時、すぐに一人だけ、それに当てはまる者を思い出した。
(カレンは、前にEGMAへの不満を俺に吐露していた。あいつなら!)
それに、カレンは秀に好意を抱いていた。それを利用するようで悪い気もしたが、彼女と協力しなければ、アンドロイドとの共存の可能性を示した上で、EGMAの破壊などできやしないと、秀は確信した。具体的な方法は全く思いつかないが、とにかくそうするしかない。そのためには、多少の犠牲は払う。秀が出立前に抱えていた迷いも、幾分か払拭された。
秀が決意を固めて、改めてリーナの元へ向かおうとすると、ちょうど向こうから彼女が走り寄ってくるのが見えた。
「リーナ、敵の動きは?」
秀の問いに、リーナは秀のすぐ側まで来てから答えた。
「まだありません。それよりも、父はなんと、申していましたか?」
リーナの言い方は、息切れしているというのもあるだろうが、歯切れが悪かった。アルフレッドの言うように父への思慕を感じさせまいとしているのか、それともアルフレッドの思想を知っているからか、どちらかだろうと秀は推測した。どちらにせよ、秀はアルフレッドの願いを伝えるかどうか、すぐに決断はできなかった。言えば、リーナに揺さぶりをかけることになる。非戦闘時ならまだしも、一触即発の状態だ。しかも、リーナは隊長だ。彼女に迷いを生じさせては、作戦行動に支障が出る。それだけならいいが、リーナの命も危うくなる。彼女はまだ死ぬべきではない。
「秀?」
リーナが、不安げに秀の顔を見上げた。その表情は、アンドロイドへの復讐に燃える戦士というよりは、歳相応の女性のものだった。その顔を見て、秀は意を決して口を開いた。
「リーナ。お前は、本当にアンドロイドを消し去ることが、最上の解決法だと思うか?」
「父が、そう言ったのですか?」
リーナは、顔をしかめて質問を返した。
「アルフレッドがお前に伝えてくれと言ったのは、真に滅ぼすべきは何かを考えろ、ということだ」
「真に滅ぼすべき敵、ですか。考えてみましょう」
リーナは顎に手を当てて、そう言った。秀にとってこの反応は意外で、思わずきょとんとしてしまった。その様子に気づいたリーナが、顔を赤くし、頬を膨らませた。
「な、何ですか。私が言ったことがそんなに意外でしたか」
「ああ。てっきり聞く耳持たれないかと思ったよ」
「父が言ったことだからちゃんと考えるんです。秀が言ったことだったら、どうか分かりませんが」
リーナの顔は依然として赤いままだった。起こっているのか、恥ずかしいのか。恐らく両方だと秀は思った。彼女の性格と、父を愛しているという情報を元にすれば、そのくらいは簡単に予測できた。
「じゃあ私は戻りますから、ちゃんと配置についてくださいね」
リーナは怒ったような口調で言うと、逃げるようにその場を去っていった。やれやれと秀がため息をつくと、作戦司令部から通信が入った。今回の作戦では敵に存在を隠す必要は無いため、普通に通信機を使っている。
「秀、さっきメルティって人からいくつか武器を貰ったでしょ。どんなのか教えてくれる?」
通信の主はあずさだった。秀は言われた通りに先ほどメルティに渡された武器と、その簡単な説明をした。それが終わって、あずさが通信を切ろうとしたが、秀はそれを引き止めた。
「椎名。友としてお前に頼みがある」
「秀?」
あずさの声が小さくなった。秀の強い口調に、秀の頼みの重要性を悟ったようだ。
「この先、俺が何をしても、見逃してくれないか? だが安心しろ。裏切るわけじゃないから」
「秀、何をする気なの?」
「それは言えない。だが、信じてくれ」
秀はあずさに言えないことが心苦しかった。彼女は司令部付きだ。秀の真意を伝えれば、他の人に事が露見する可能性が高くなる。仕方のないことだった。だが、あずさは、そのようなことは意にも介していないような優しい声色で告げた。
「うん。分かった。信じるよ」
「すまん。恩に着る」
秀は胸に込み上げるものを押さえ込んで、通信を切った。そうして、天を見上げた。相変わらずの曇りとも晴れともつかない、中途半端な空模様である。
***
メルティがカミュのいる司令部となっている一室に入ると、彼女はそこにいた殆どの者から一斉に白い目を向けられた。メルティは、理由は分かっていた。解放軍に武器の提供などで協力しながら、解放軍に入るのを頑なに拒んでいることと、その理由となっているメルティの信条が彼らにそうさせているのだ。
メルティに気づいたカミュが、ひとつの黒い袋を提げて歩み寄ってきた。そうして、その袋をカミュが差し出してきた。
「このアンドロイドの、人工知能の解析をお願いしたい」
メルティは、そのアンドロイドというにはあまりに小さい袋を受け取って、中身を見た。そこにあったのは、一人のアンドロイドの生首だった。メルティは見るに耐えず、目を逸らして袋の口を素早く縛ると、カミュを睨んだ。
「これは、何? 私への当てこすり?」
「そのアンドロイドは未来から来ている。解析をすれば、有益な情報が得られるやもしれん」
カミュは、泰然として言い放った。メルティは、カミュと、彼女を含む解放軍に心底腹が立った。そもそもアンドロイドとは、白の世界では人口生命体を指す言葉だ。確かに作ったのは人間だが、曲がりなりにも生命だ。その上獣とは違い、人工知能による知性を持っている。しかし、解放軍はアンドロイドを物としか見ていない。その解釈はある意味で間違ってはいないが、それでも人間性を疑う見方だ。しかも、解放軍の人々は、自分たちが間違っていないと信じて疑わないため、かなりたちが悪い。そもそも、解放軍を立ち上げた時の理念を忘れてしまっている時点で、メルティにとっては話にもならなかった。
しかし、このアンドロイドの人工知能が生きている可能性を考慮すれば、カミュたちが望むのとは違う人間の未来で、役に立たせることはできる。このアンドロイドはもう破壊されたのだから、そう思うと、メルティは俄然とやる気が出て来た。しかし、メルティが解放軍に不満があるのは変わらないので、次のような物言いをした。
「まあ、私もカミュから食い扶持を貰わないと生きていけないから引き受けるけど、でも私が解放軍に入らないのは、こういう所が原因だって理解しときなよ。もっとも駄々っ子の集まりみたいな連中に言っても無駄だろうけどね」
メルティが嘲ると、蔑視の目線が更に強まった。所詮はこんなものかと、彼女が体を翻した時、他の者らが彼女に向ける視線とは異質な視線を感じ取った。その主は、解放軍では見ない二人だった。名簿に載っていた名前と写真の顔を一致させると、彼女らは椎名あずさとユノ・フォルテシモだった。メルティは彼女に寄ると、戸惑いを見せる二人に笑いかけた。
「いい目してるね、君たち」
二人の反応を見ずに、メルティはまた踵を返して今度こそ出ようとした。だが、そこでカミュに呼び止められた。
「待て。もうひとつある。箱舟の件だが――」
「ああ、あれならもう完成したし、希望者にはもう乗船してもらったから、この戦いに決着がついたら渡すよ。まあ私はカミュの依頼をこなすとするかな。空間断裂砲、使えなくて残念だったね」
メルティはカミュに背を向けたまま嘲笑すると、すぐに司令部の部屋から出た。
空間断裂砲とは、箱舟に搭載されている最強の武装のことだ。文字通り、ビームを照射した部分の空間を引き裂いて亜空間を作り、その中に敵を吸い込んで閉じ込めるという兵器である。秀に渡したエネルギーキャノンと、その空間断裂砲があれば、解放軍は大した労力を費やさずにアンドロイドの軍団に打ち勝てるだろう。そして、自己を省みずにアンドロイドを根絶やしにしたことを喜ぶ。そのような愚行をさせるわけにはいかなかった。
メルティが施設から出て、車に乗って箱舟に向かおうとした時、大地が揺れた。EGMAが動いた――そう確信したメルティは、カミュたちの動揺を思い浮かべて、一人ほくそ笑んだ。
***
カレンたちアンドロイドの軍団は、ミハイルの研究所に集まっていた。しかし、そこには何を制御するのか分からないコンソールしかなく、他のものは一切撤去されて、広大な空き部屋と化していた。以前カレンがここに赴いたのは秀と出会う前だったが、その時はアンドロイドの工房があり、アンドロイドを作るための機械と、その部品やガラクタが床に散乱していた。だが、今のミハイルの研究所には、その時が嘘のようにチリひとつ落ちていない。
T.w.dと敵対してからというもの、セニアがミハイルとばかり話していることもあって、カレンが不審に思っていると、彼女らの前にセニアを横に侍らせたミハイルが登場した。
「さて、これから重大な話がある。決して聞きもらすなよ」
そう言って、ミハイルはセニアの肩に手を置いた。そうしてカレンを一瞥すると、全体に向き直って告げた。
「実は、EGMAが真の能力を発揮するには、生体ユニットが必要なのだ。そして、それは知的生命体でなければ意味を成さない。しかし、生身の人間がそれを行えば、間違いなく廃人になるか、気狂いになる。だから、人間はそれに耐えうる知的生命体を自分の手で生み出そうと考えた。それが諸君らアンドロイドだ。アンドロイドはそのためにある。人間の補助はついでに過ぎない」
そのミハイルの言葉で、カレンは彼女が何を言いたいのか、直感的に悟った。ミハイルの言葉と、彼女の隣にセニアがいることを考えれば、可能性はひとつしかない。
「そして、幾星霜、気の遠くなるような年月をかけ、私たちアンドロイド技術者は、できるだけ人間に近いアンドロイドを作ろうと、様々なタイプのアンドロイドを作ってきた。そして! 人間のように学び、精神的、肉体的成長を為すことが出来、更にEGMAに組み込まれても自我を保つことができる理想のアンドロイド、コードΩ46セニアを、私は作り上げたのだ!」
ミハイルの顔は歓喜に満ちていた。カレンには、その喜びは狂気的なものにも思えた。それは、理想のアンドロイドを作った技術者という自負からくるものだろう。カレンは、嫌な予感がしていた。無意識のうちに、セニアを見つめる。しかし、セニアは虚空を見つめているだけで、カレンの視線に気付いている様子はなかった。
「セニア、分かっているな」
「はい」
ミハイルがセニアの肩から手を離すと、セニアはカレンたちに背を向けて、宙に浮遊し始めた。そうして、彼女の体全体から、白い閃光が走った。
「一体、何が!?」
カレンをはじめ、他のアンドロイドも困惑する。そうしているうちに、研究所の天井を突き破って、大小様々なチューブに包まれた、半径五メートルほどの球体が突っ込んできた。それが床に付き、セニアの前で止まる。ちょうどその時、セニアが発していた光が止み、球体を覆っていたチューブが開いた。すると、そこにあったのは、円筒状の、セニアが向いている側の底面に女性の陰部のような穴のついた、謎の生体的な機械だった。カレンは、これこそがEGMAの本体だと閃いた。
(この形、人間の作った機械が人間の世界の全てを生み出すと、そういうことですか……!)
悍ましい――カレンが初めに抱いたのは、そのような感想だった。あまりに馬鹿馬鹿しい形だ。これを作った者は、相当に頭が壊れていたのだろうと、カレンには思えてならなかった。そうしている内に、セニアがその穴に近づいていっているのが見えた。カレンは、知らず知らずのうちに彼女に手を伸ばしていた。
「駄目、行かないでセニア!」
思わず叫んだその言葉に、セニアが振り返った。その行動に、カレンは一瞬だけ安堵を覚えたが、すぐにそれは瓦解した。セニアは無表情だった。その目も、姉を見るような目とは到底思えなかった。
カレンは、失意に暮れて膝をついた。涙に滲む視界の中で、セニアはEGMAの穴に埋もれるように入っていき、その体が見えなくなると、穴が閉じた。それから暫くして、コンソールのモニターに、ある文字列が並んだ。それを読むと、次のようなニュアンスであった。EGMAに仇なす者の鏖殺――それを見たミハイルが、壊れたように笑い出した。
「そうか、そうかそうか! やはりそうか! EGMAに歯向かう者は粛清せねばならんのか! 真の姿となったEGMAの言うことだ。間違いなはずがあるまい! ようしアンドロイドの諸君! まずは解放軍を血祭りに上げろ! 作戦など無い。見たら殺せ! 遠慮はいらん、さあ早く!」
ミハイルが、正気とは思えないような形相で指示を出す。しかし、彼女の命令に従う者は誰もいなかった。カレンも含めて、皆戸惑っていた。今起こったことは理解できているものの、狂ったミハイルの、残虐非道な命令を受け入れようとは誰も思うはずもなかった。
少しも動き出す様子を見せないアンドロイドたちに、ミハイルは業を煮やしたように舌打ちをすると、コンソールのキーボードに指を走らせはじめた。今のミハイルの様子を考えれば、彼女が何をする気でいるのか、カレンはすぐに思い至った。それで、即座にミハイルに詰め寄り、その胸倉を掴んで強引に引っ張り上げた。しかし、ミハイルはそうされながらも、気が違ったとしか思えない笑みを顔に露呈していた。
「セニアを解放なさい! 今すぐに! あの子はこれまで状況に流されるばかりで、碌に学ぶ機会を得られなかったのです! もしも先の指令が、EGMAがセニアの経験を反映したものだというのなら、浅はかな考えも甚だしいというものです!」
今のミハイルに、正常な判断など望めるはずもない。そう分かっていながらも、カレンは湧き起こる怒りをミハイルにぶつけた。対し、彼女は、その狂気に満ちた目でカレンを睨みつけてきた。
「十分な学びの場が得られなかったのはT.w.dのせいだろう? そういうことも考慮してのこの判断だと思わないのか?」
「だとしても! これではあまりに幼稚すぎるではありませんか!」
「貴様、一度ならず二度までも、EGMAの判断を愚弄するか!」
とうとう口調まで変えて、ミハイルはカレンに反駁した。その様子を見て、もう手遅れかもしれないと思ったカレンは、意図せずミハイルを掴む手の力を緩めてしまった。ミハイルはその隙をついて、カレンの腕から逃れた。すぐさま、目玉をあらん限りに剥き、涎まで垂らしながらキーボードの操作を再開した。そして、カレンがもう一度手をかけようとしたその寸前に、ミハイルは操作を終了した。
「ふふふ。EGMAの御意志を成すためだ。このような処置をするのも致し方無いだろうよ」
ミハイルが、最早別人かと思うくらいに顔を崩して言った。その次の瞬間、カレンは激しい頭痛を覚えた。カレンだけでなく、他のアンドロイドも、頭を抱えてうずくまり出した。その痛みは段々と増していき、ある点を超えてから、彼女らは阿鼻叫喚の様相を呈した。正気を失ったような数多の絶叫が天を衝くように響く。
(助けてください、セニア、秀様……!)
最後にカレンの頭をよぎったのは、二人の愛する者の幻影だった。その姿が消えると同時に、カレンの意識も消え去っていった。