Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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ジェネシオン爆誕! 今こそEGMAを撃ち砕け!

 リーナは、まず右腕と右脚の一部が破壊されたジャッジメンティスに目をつけ、それに向かってジャッジメンティス改を突撃させた。

 

「ジャッジメント・フィールドを攻撃に転用します!」

 

 ジャッジメンティス改の掌に、普通は防御用のバリアーであるジャッジメント・フィールドを凝縮させた光球を作り出し、それを保持しながら敵機の背後に回り込み、推進剤が詰まっている部分に光球を押し付けた。

 

「次!」

 

 その爆発を確認した直後だった。四方から、腕や脚などを欠損した三機のジャッジメンティスが、リーナ機に近づいてきた。リーナはそれらをすり抜けることを試みるが、左腕しかない一機がリーナ機の右脚を掴んだのを皮切りに、同様に左腕しかないもう一機が左脚を、両腕が健在だが両脚を失った一機が、リーナ機を後ろから羽交い締めにした。そして、無傷の状態の二機が、額にエネルギーを溜めている。半壊した三機を巻き添えにして、ジャッジメント・ビームでリーナ機を倒すつもりなのだ。それを理解したリーナは、そのEGMAの浅はかな発想に思わず口角を上げた。

 

「ジャッジメンティス改を舐めないでいただきたいですね! ジャッジメント・プラズマ、フルバァァァアアアストォォォォオオッ!」

 

 リーナの叫びに呼応するように、ジャッジメンティス改の全身から、青き稲妻が迸る。なんとかリーナ機を拘束していた三機も、ものの数秒で爆発四散した。

 

「あと二機!」

 

 その二機は、リーナが三機落とした時点で、すぐにビームを中断して散開した。ジャミングが働いているおかげで目視でしか敵を発見できないため、リーナは、自機が全天周モニターを採用していることを活かして、全方位に目を凝らして索敵する。すると程なく、一機を北北東の方角、距離約200メートルの位置に見つけた。だが、リーナは動かなかった。もう一機の位置も把握しなければ、不意打ちを食らう可能性も考えられる。

 

「どこです。いい加減に、姿を見せなさい」

 

 リーナが、苛立ちのあまりそう言った時だった。先ほど見つけていた一機が、急にカメラから消えたのだ。そしてその直後、その一機がリーナ機の目の前に現れた。その挙動に、リーナは思わず驚嘆した。

 

「亜空間移動!? そっちは出来るのですか!」

 

 その一機の額が光り始めた。ビームを放つ直前である合図だ。落ち着きを取り戻したリーナは咄嗟に、そのジャッジメンティスの額に自機の左手で掴んだ。そして、ビームが放たれる瞬間に、左腕の肘から先を切り離した。

 ビームが撃たれた瞬間、そのパージした左腕が爆発する。それを合図に、リーナはバーニアの出力を最大にして、敵機にジャッジメント・フィールドを展開しながら体当たりし、そのまま地面に叩きつけた後、ひしゃげた敵機の胸部に、残った右の拳を入れ、機体を貫通させた。その機体の機能が停止したその時だった。リーナ機のコクピットに敵の接近を知らせる警報が鳴り響いた。振り向けば、背後から最後の一機が、その両手に光球を出現させて、猛然とリーナ機に突っ込んできていた。

 

「ラスト一機! 一瞬でケリをつけてみせます!」

 

 リーナは、通常の操縦では決して出来ない駆動——その場で宙返りして、敵機の突進を紙一重で回避するという動きを己の異能でやってみせた。またその着地の衝撃を利用して高く跳び上がると、敵の胴体に狙いをつけ、右足の先に、ジャッジメント・フィールドを凝縮したものを展開する。

 

「食らえ! 究極! ジャッジメントォォオ、キイィィィィックゥッ!」

 

 リーナの咆哮が木霊し、ジャッジメンティス改が猛スピードで降下し、その蹴りがジャッジメンティスに迫る。だが、敵機はその寸前に、ジャッジメント・フィールドを展開、更に胸部に腕を交差して乗せ、防御態勢に入った。

 

「小癪な真似を! そのようなものは無意味と知りなさい!」

 

 リーナ機の蹴りと敵機のフィールドが拮抗したかのように見えたのも束の間、それはすぐに破られ、リーナ機の足が敵機の交差された腕を砕き、その胸部にもくっきりと、深い足跡を付けた。が、リーナ機の右足も、その衝撃で負荷がかかりすぎて、関節部があらぬ方向へ捻れてしまった。リーナは、機体を真上へ飛ばし、右足をパージした。そして、両腕を破壊されてもなお立ち上がろうとする敵機に、ジャッジメンティス改の額を向けた。

 

「とどめの、ジャッジメント・ビイィィィム!」

 

 最後に残った敵機は、ビームの直撃を受けて、文字どおり跡形もなく消え去った。その瞬間に、リーナの体を、かなりの疲労感が襲った。油断したら眠ってしまいそうだった。

 

「まだ戦いは終わっていません。ここで眠るわけには」

 

 リーナはなんとか錠剤の覚醒剤をコクピットの引き出しから取り出すと、それを口に放り込み、水を飲んで喉の奥に押し込んだ。

 

「ふう。さてと、これからどうしたものでしょうか」

 

 リーナは、ほっとため息を吐くと、自機の高度を維持しながら、モニター越しに周りの様子を見渡しながら考え始めた。普通に考えれば、報告とジャッジメンティス改の修理のために、一旦本陣へ戻るべきだ。だが、秀のことも心配だった。ジャミングのことも考えると今頃は捜索も兼ねた偵察隊が出ていることだろうが、彼らを待っていられるような心の余裕も無かった。更に、リーナはカミュの元へも戻りたくなかった。アンドロイド殲滅思想から逃れられた今、彼女にいいように使われるのは不快だ。そして、戻って解放軍の本来の目的を説こうとも考えたが、リーナには彼女らを感情による偏見から解き放つ道具が無かった。リーナはアルフレッドを愛していたからこそ、秀からの又聞きでも彼の言葉に耳を貸したが、他の解放軍にとってはアルフレッドの存在は形而上的なものだ。彼の言葉では彼らを動かすことは出来ない。

 リーナが途方に暮れていると、彼女の視界の片隅に、百人弱のアンドロイドが、何かに襲いかかってる様が映り込んだ。その様子をよく見てみると、そのアンドロイドらと交戦しているのは、互いに助け合いながら戦う三人だった。

 

「あれは、ジュリアに、コードΩ33に、テリオス!? 秀ですか!」

 

 カレンはともかく、アルバディーナ派であるはずのジュリアが何故秀と共闘しているのか、リーナには分からなかったが、今は秀に味方してくれていることは間違いない。となれば、今の解放軍の姿勢を変える同志とも言える。そう思い至ると、リーナはすぐに秀の方へ移動を開始した。

 

        ***

 

 秀は、気合いとともに目の前のアンドロイドをブレードで胴切りにした。EGMAを破壊した後のことを考えると、人工知能は破壊せずに戦闘不能にする方が後のためになる。そのため、秀たちは、一般的にアンドロイドの人工知能のある頭部は極力狙わない戦いをしていた。

 

「秀殿! 後ろです!」

 

 斬撃の後、秀が硬直した瞬間に、テリオスが焦りを滲ませて叫んだ。秀は振り向きざまに、飛びかかってくる二人のアンドロイドを確認すると、そのまま斬りつける。だが、彼女らはたやすくその一撃を上に跳んで回避した。秀がダメかと観念したその時、そのアンドロイドらの横から、ふたつの人形が、それぞれ彼女らの腹を鉈で両断した。

 

「やれやれ、世話が焼けるわね」

 

 ジュリアが、秀に顔を向けてウィンクしてみせた。が、その隙にジュリアに一人のアンドロイドが迫る。秀が声を上げようとするが、その寸前にカレンの飛び蹴りが炸裂し、アンドロイドは遥か彼方へ飛ばされていった。

 

「全く、ジュリアも人のことが言えないでございませんか。余所見しないでくださいませです」

 

「ちょっとあなた、言葉遣いおかしいわよ」

 

 嗜めるカレンに、ジュリアはくすくすと笑いながら突っ込みを入れた。

 

「う、うるさいです。私は言語能力が少し変なんです。それよりも、少しは礼も言ったらどうですか」

 

「助けてくれたのは嬉しいけど、私霊体だから物理的攻撃は意味無いのよ。つまりあなたの労力は無駄だったってことね」

 

 迫り来るアンドロイドを蹴り飛ばしながら苦言を呈すカレンだったが、ジュリアはからかうように言った。しかし、ジュリアはすぐにその笑いを面白がるようなものから、余裕綽々としたものに変えた。

 

「ねえ、半分くらいは倒したけど、まだあなたたち大丈夫? 私は超余裕だけど」

 

「見くびるなと言いたいが、ここ一時間くらい、全く休憩してないからな。テリオスがあるとはいえ、いい加減疲れてきた」

 

 ジュリアの問いかけに秀が息を切らしながら答えると、カレンが申し訳なさそうに、口をへの字にして眉をひそめた。

 

「申し訳ございません、私のせいで」

 

「いや、いい。そんなことより、目の前の敵を倒そう」

 

 秀はそう言って、ガトリングガンを敵に向ける。するとその時、何かが空を裂くような轟音が聞こえ始めた。その音のする方へ視線を向けると、左腕と右足の無くなったジャッジメンティス改が、秀たちにまっすぐ向かってきていた。

 それはアンドロイドに攻撃することなく秀たちの真上まで来たあと、接地する寸前のところまで降下すると、コクピットのハッチが開いた。そこから、リーナが顔を出して叫んだ。

 

「早く乗ってください! ここを離脱します!」

 

 秀は彼女に聞きたいことが山ほどあったが、今は何も言わずに彼女の言葉に従うことにした。それはカレンらも同様で、三人はすぐにリーナ機のコクピットに跳び乗った。

 全員が乗り、秀とカレンが操縦席の椅子の脇を掴むとすぐに、ハッチが閉じられ、ジャッジメンティス改は再び上昇した。アンドロイド軍団が豆のように小さく見える高さまで上昇すると、リーナはため息をついて秀に向いた。

 

「余計なお世話でしたか?」

 

「いや、むしろ助かった。体力の消費を抑えられたからな。ありがとう」

 

「どういたしまして。それは良かったです」

 

 リーナははにかんだように頰を掻いた。しかし、すぐに表情を引き締めて、次はカレンに向いた。

 

「前に一度、あなたに罵声を浴びせた私がこんなこと言うのもどうかと思いますが、共に戦いましょう。この世界の全てを、EGMAの支配から解放するために。それが終わったら、協調の道を共に歩みませんか」

 

 カレンもまた、固い表情でリーナの話を聞いていたが、彼女が言い終えたところで、ふっと表情を崩し、リーナに微笑みかけた。

 

「もちろんでございます。私に異論はございませんよ」

 

 その言葉で、リーナの顔がみるみるうちに明るくなるが、二人の間にジュリアが満面の笑みで唐突に顔を割り込ませてきたせいか、リーナはすぐに唇を尖らせてしまった。

 

「あら、あれだけアンドロイド憎し一辺倒だったあなたが、よくそこまで考えを改められたわねと褒めようとしてあげたのに、なんで急にむすっとするのよ」

 

「当たり前です! 昔は味方でしたが、今は敵でしょう、あなたは! 何が目的ですか!」

 

 不満げに頬を膨らませるジュリアに、リーナは早口で怒鳴りつけるように訊く。すると、ジュリアはいつものように笑いながら、リーナにまとわりつくように、彼女に体を寄せた。

 

「もちろん、EGMAからの支配の脱却に手を貸すのが目的に決まってるじゃない。私、自分が支配するのは好きだけど、他の人が何かを支配したり私を支配したりするのは嫌いなのよ。ましてや機械が人間を統治するなんて反吐が出るわ」

 

 初めのうちは妙に妖艶な声で、最後の方は吐き捨てるように答えた。表情の方も、笑顔からだんだんとその顔をしかめていった。その態度の変わり様に、秀は最初、彼女がふざけているのかと思ったが、最後には本心からのものだと悟った。最初の方にふざけているように見せたのは、彼女がいつもの余裕ぶりを崩さないようにしたためだろう。リーナもそれが分かったのか、その怒気はかなり落ち着いていた。

 

「一時的な協力体制、ということですか」

 

「ええ。あなたたちが白の世界から青の世界に戻って、私がアルバディーナのところへ戻るところまで協力したげる。ま、とはいえ流石に今アルバディーナがどんな作戦を立てているとかは、言えないけどね」

 

 ジュリアはまた表情を戻した。リーナの方はまだ複雑な表情をしていたが、やがて大きく息を吐いて、幾分か表情を和らげた。

 

「死んでしまったと思ったら、私たちに近しい考えだったのに幽霊になってアルバディーナにつくなんて何があったかとか訊きたいですが、まあ、今はいいでしょう。それより、カレンさん」

 

 リーナは、モニターの正面を見つめながら声をかける。秀は、彼女が「カレンさん」と呼んだことに、心底驚き、また感心していた。それはリーナが考えを改めた、大きな証拠だ。

 

「EGMAは、ミハイルの研究所の方に飛んで行ったのは確認できましたが、それ以上は私たちは分かりません。あれはどこにあるのですか?」

 

「ちょうどミハイルの研究所にあります。天井を突き破ってきましたから、何も細工をしていなければ、外から見えるはずです」

 

 カレンは、リーナに名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、弾んでいる感じの声で答えた。

 

「分かりました。二人とも、しっかり掴まっててください!」

 

 リーナは機体をミハイルの研究所の方に向け、操縦席のペダルをひとつ踏み込んだ。すると、強烈なGが秀たちの体を後方に押してきた。テリオスを介していても、それははっきりと感じられた。しかしながら、秀には、それが心地よくもあったのだった。

 

        ***

 

 カミュの出した偵察隊の、戦況の偵察に当たった方の部隊は、秀とカレン、そしてジュリアが共闘してアンドロイド軍団と戦闘し、更に彼らをリーナが彼女の機体に搭乗させ、彼方へ飛び去って行った一部始終を双眼鏡で目撃した。彼らが動けなかったのは、ひとえにその光景が、彼らにとって異常だったからである。

 秀とカレンの関係を考えれば、二人に関してはまだ分かるのだが、彼らを混乱させていたのは、ジュリアとリーナであった。ジュリアの存在はアルバディーナ派の介入を連想させ、リーナが秀たちに助け舟を出したのも、これまた意味不明だった。道中で、ジャッジメンティスの残骸を目に焼き付けてきたことも相まって、彼らは状況が理解できなかった。

 

「とにかく、あのアンドロイド軍団がこちらに気がつく前に、撤収しよう。我々が見たものをカミュ教官に知らせるのだ」

 

 隊長は部下にそう呼びかけ、小慣れた手つきで撤収の準備を済ませた。部下も準備を終えると、すぐさま退却を始めた。幸い、アンドロイド軍団は誰も偵察隊に気がついた様子はなく、撤収は首尾よく行われた。

 部隊一行は本部へ帰り着いた直後に、参謀本部に赴いて、彼らが見てきたことを包み隠さず話した。すると、彼らもやはり混乱した。それはカミュも例外でなく、彼女は顔では冷静を装っていたが、その体は震えていた。

 

「リナーシタと高嶺の処遇と、これからの作戦は参謀本部での審議の上で決める。諸君らは、元の任務に戻れ」

 

 報告してきた偵察隊の隊員らは、カミュの命令に威勢のいい返事と敬礼を返すと、整った所作で参謀本部から退去した。

 彼らが全員出ていくのを見届けると、カミュは静かな口調で話し出した。

 

「二人にあるのはスパイ容疑か。本来ならすぐに確保して、尋問を行うべきだが、この状況では難しいか」

 

「はい。アンドロイドの存在や、リナーシタらがジャッジメンティスに搭乗していることを考えるとジャッジメンティスでの確保が最良の選択でしょうが、ジャミングが働いているこの状況で迂闊に出撃するのは危険でしょう。まずはもう片方の偵察部隊が帰還するのとジャミングの解除を終えるまで、守りを固める方が賢明でしょう」

 

 参謀の一人が、カミュの発言を拾って、そのように言った。他の意見もそれに追従するようなものだったので、参謀本部としてはその方針を採択した。

 しかし、カミュは腑が煮えたぎる思いで、一刻も早くリーナと秀を問いただしたかった。二人を戦士として育てたのは他でもないカミュ自身だ。その二人が、師であるカミュの期待を、造反にも等しい行為で裏切った。あまつさえアンドロイドの一人に協力した上、敵であるはずのジュリアと共闘した。カミュの心には、悲しさよりも胸を掻き毟りたくなるくらいの衝動が渦巻いていた。

 

        ***

 

 ジャッジメンティス改は、ミハイルの研究所の上空まで辿り着いた。カレンが言った通り、その建物のひとつに巨大な穴があり、そこから謎の巨大な球体が覗いていた。

 

「あれです! あれが、EGMA本体でございます!」

 

 その球体を見て、カレンが叫ぶ。

 

「了解しました! では、手筈通りに行きます。体が浮かぬよう、お気をつけください!」

 

 リーナが威勢良く答えると、リーナ機はスラスターの出力を最大にして、下に凸の放物線を描くように降下し始めた。すると、EGMAが、何本ものチューブを触手のようにリーナ機に伸ばしてきた。

 

「予想通りですね。ジャッジメント・フィールド、展開!」

 

 リーナ機の周りに、青みがかった透明のバリア・フィールドが張られる。そのおかげで、EGMAの触手攻撃によるダメージを受けることなく、また加速度も落とさずに降下し続けられた。そして、あと数秒でその建物に衝突するという時点で、リーナが叫ぶように呼びかける。

 

「作戦通り、激突後にハッチ開けます! 準備はいいですね!」

 

「もちろんでございます」

 

「オーケー、いけるわ」

 

「俺とテリオスも問題ない」

 

 秀たち三人は、それぞれ晴れた表情で頷きを返す。それを確認すると、リーナは加速ペダルを更に踏み込み、EGMAのある建物の壁に、フィールド越しに激突した。その衝突の瞬間、ジャッジメンティス改のハッチが開けられ、秀とカレンの二人が慣性に体を任せて、そのコクピットから飛び出す。その勢いの中で、秀が右手で握り拳を作って身を引いて振りかぶり、そこにジュリアが魔法陣を描き、さらにカレンが右足を乗せた。

 

「いっけえッ! カレェェン!」

 

 秀は、右半身のブースターの出力を最大にして右の拳を突き出す。その力と、ジュリアの魔法陣による方向の調整とさらなる加速、そしてカレンの右脚のバネが合わさって、爆発的な勢いでEGMAの正面にカレンが突っ込む。当然のように、EGMAは防御のためにチューブを厚くしようとする。だが、それを秀たちが許すはずもなかった。

 

「まったく、邪魔なのよね」

 

 ジュリアがそのチューブだけでなく、他のも操って、カレンが突撃する側を丸裸にした。すると、膣口に酷似した、セニアが入っていった穴が、カレンの目の前に現れる。再びEGMAがそこを塞ごうとする前に、カレンはその穴に突入した。しかし、カレンが入った時の勢いを以ってしても、入った途端に粘膜のような内壁に四方八方から締め付けられ、体感で3メートルも進まないうちに、カレンは止まってしまった。

 

「内部構造まで模倣するとは、なんと悪趣味な! ですが、この程度なら、多少進むのが難しくなるだけでございます! ディストーションモード、イグニッショォォオオン!」

 

 カレンが叫ぶ。その叫びに呼応して、両手足から緑の稲光が発現し、カレンの各身体機能が大幅に上昇する。ディストーションモードと、秀とのリンクの両方によって得た途方も無いパワーで、カレンはEGMAの拘束を弾き飛ばし、一気に奥まで突き進む。するとその最奥部に、またひとつの穴を見つけた。

 

「この、製作者の品性を疑うような構造を考えれば、あそこにセニアが居るはず!」

 

 カレンは、勢いのままにその穴を抜けた。すると、そこには人が二人入るのがやっとくらいの広さの、粘り気の強い液体に満たされた部屋があった。そして、その中央で、頭に何本ものコードを挿されたセニアが、胎児のように体を折りたたんで浮かんでいた。

 

(セニア……!)

 

 カレンは、セニアの名を叫ぼうとするが、液体の中であるため、言葉にならなかった。カレンは気を取り直して、その液体の中を進み、セニアの頭に挿さっていたコードを全て千切った。すると、セニアはその手をほどき、体を自然な動きで開いていった。やがて、彼女は目を開くと、カレンを見て口を動かした。だが、やはりその言葉はわからない。しかし、口の動きで、何を言おうとしたかは分かった。それで、カレンは優しく彼女の体を抱きとめると、元から来た穴からセニアを抱いたまま出た。

 

「お姉ちゃん、どうして。私の記憶から、EGMAは反抗する人間を滅ぼすことが最善と決めたのに、どうしてアンドロイドのお姉ちゃんが逆らうのですか?」

 

 カレンを睨むセニアの瞳からは、憤りすら感じた。しかしカレンは屈することなく、出口に向かって体を動かしながら、彼女を諭す。

 

「セニアの経験は、人間を裁くにはまだ少なすぎます。解放軍の中にも、憎しみを乗り越えて、私たちに理解を示す者はいます。そもそも、機械が人間を断罪すること自体がおかしいのです。人間のことは、人間が落とし前をつけなければならないのです。どれだけ人間に似せようと、人間には及ばない私たちアンドロイドや、まして世界を管理するシステムに過ぎないEGMAが、人間を裁く道理は無いのです」

 

「どうして、そんなことが言えるんですか、お姉ちゃん」

 

 セニアは、震える声で尋ねる。彼女に対し、カレンは口調を変えず、前に進みながら答える。

 

「それは、アンドロイドである私は答えるべきことでは無いことです。答えを得たくば、まずはここから出ることです。多分、彼女も同様の答えに至っているでしょうから」

 

 カレンはリーナのことを想起した。アンドロイドに対する憎悪から解放され、EGMAこそがこの世界の歪みと判断した彼女ならば、カレンと全く同じでなくとも、それに近い答えを、セニアの問いに出せると確信していた。

 カレンはセニアを、願いを込めて凝視する。彼女がEGMAから出なければ、カレンたちの目論見は潰えてしまう。カレンは、何としてでもセニアに人間の可能性を悟らせる必要があった。それも、セニアに、EGMAが人間を裁いてはならない理由を明言せずに達成せねばならなかった。だから、カレンは言うべきことを言った後は、祈るしかなかったのだ。

 

「セニア。どうか、お願いします」

 

 セニアは、暫く沈黙していた。だが、その後おもむろに手を伸ばし、内壁を掴んで、出口の方に体を進ませた。

 

「お姉ちゃんを信じます。人間が、私が見てきたもの以上のものを見せてくれるか、それを確かめたいです」

 

 セニアは、まだ不満を残した風で言った。だが、それでも彼女が人間に可能性を期待していることには違いない。カレンはセニアを、思い切り抱きしめたくなった。しかし、それは全てが終わってからだと、己を強く押し留めた。代わりに、カレンはより一層の力で内壁を強く掴み、セニアよりも前に出て、振り返った。そうして、カレンはセニアに優しく微笑みかけるのであった。

 

        ***

 

 カレンがEGMAに突入してすぐ、脇のコンソールのそばに居たミハイルは、半狂乱になって、着地したばかりの秀に殴りかかってきた。しかし、秀はそれを軽くいなすと、その腕を折らない程度の力加減で捻り上げた。

 

「は、離せえッ! 貴様らが何をしたのか、分かっているのか!? EGMAはこの世界を正しく導き繁栄させる、尊い存在なんだぞ!」

 

「尊いですと? はっ、笑わせますね。これまで散々、人間を愚弄してきて、何が尊いものですか! 人間とアンドロイドの融和のためには、EGMAの破壊は必要不可欠なのです。あんな物が長く君臨するから、あなたみたいに自分では何も考えられない人が生まれるのです!」

 

 リーナは、ミハイルに対し、ジャッジメンティス改のコクピットから身を乗り出して言い切った。しかし、ミハイルは怯んだ様子も無しに、また喚き出す。

 

「何を言うか! EGMAは世界最高のコンピュータなんだ。間違いなど起こされるはずがない!」

 

「そうやって疑いの目も持たずに、単純な善悪二元論で評価を付けるから、盲信的になるんでしょう! 間違いを起こさぬなら、なぜ私たち人間解放軍などという組織が生まれたのですか!」

 

「それは貴様らが間違っているからだ! EGMAのお導きに貴様らが大人しく従っていれば、貴様らは一生血を流すことなく、平穏に暮らすことができたんだぞ!」

 

「そんなこと、私たちがいつ頼んだのですか! 私たちはその血を流すことに生きがいを感じていたのです。この世界のために、血を流して戦功を立てることが、生きがいなんですよ! 私たちだけじゃない。人間の仕事は、どんどんEGMAによってアンドロイドに置き換わっていきました。それで確かに効率は良くなるかもしれません。ですが、職を奪われた人間は、ただ無為に、食べて寝て、子供を作るだけになるではありませんか。これが知的生命体の有るべき姿とでも言うのですか、あなたは!」

 

 リーナのこの言葉で、ミハイルが初めてたじろいだ。その隙につけ込んで、リーナは更に言葉をぶつけた。

 

「そもそも、EGMAというものが作られた時点で、先人は知的生命体であることを放棄しているのです! 知性は、自己を省みて間違いを正し、己の道を変えることができる力です! それには、時間もかかることもありますし、その道が間違っていることも、周りに言われなければ間違いに気づかないことだってあります! それでも、知性を活かして世界を限りなく発展させられるのは、人間をはじめとする知的生命体のみが持つ無限の可能性の為せる業です! どれだけ性能が良かろうが、人間が作った以上、EGMAの可能性は、有限なのです!」

 

 リーナは、毅然として、真っ直ぐな目で言い放った。彼女のその言葉は秀を感動させた。彼女の言う内容は、憎しみという感情に囚われて、アンドロイドに対する理性的な目を持っていなかった状態を克服し、アルフレッドの言葉の力を借りながらも、自省して、アンドロイドとの協調と、EGMAの破壊を決意した彼女だからこそのものだ。リーナがここまで覚醒していたことに、秀は心が高まるのを禁じ得なかった。

 ミハイルが、リーナの言葉で狼狽し続けていた時、EGMAの口から、カレンとセニアが、互いに抱き合って出てきた。そして、EGMAの動きは、完全に止まったのだった。

 

「Dr.ミハイル。まだ間に合います。共に、EGMAを放棄して人とアンドロイドが互いに助け合う、新たな社会を構築しましょう」

 

 EGMAから出てすぐ、セニアと共に立ち上がったカレンは、頭を抱えるミハイルに告げた。

 

「お前も、同意見なのか、セニア」

 

「はい。もう少し、私は人間の理解を深めたいですし」

 

 呆然とした様子のミハイルの問いかけに、セニアはほんの少しだけ、口角を上げて答えた。その言葉に続いて、ジュリアが腕を組んで告げる。

 

「あなたの負けよ、アンドロイド軍団の大将さん。さっさとEGMAを自爆させるなりなんなりして、人間との協調路線を行きなさいな」

 

「……世界水晶は、EGMAが無ければ生きていけない」

 

 まるで最後の足掻きのように、ミハイルは小さな呟きを漏らした。しかし、それに対しテリオスは痛烈な言葉を浴びせる。

 

「EGMAが出来る前から白の世界水晶はありましたし、明確な管理者がいない青の世界水晶も、正常に機能しています。ただ単に、EGMAが不必要なものだと認めたくないだけでしょう。無様ですよ」

 

 テリオスが言い終えると、ミハイルは突然、発狂したように笑い出した。そして、人間としては常軌を逸した速さで、EGMAの口に向かって走り出した。

 

「アーッハッハッハッ! 無様はどっちだァッ! EGMAが正しいッ! EGMAは絶対ッ! しつこく逆らう貴様らこそ、無様! 醜悪! 私がコアになり、EGMAが貴様らを断罪ッ! 断罪イィィィィィッ!」

 

「待ちなさい、Dr.ミハイル!」

 

 カレンがミハイルを抑えようとするも、彼女は紙一重で躱し、EGMAの中へ潜り込んでいった。その一部始終の後、テリオスが冷静な声で呟いた。

 

「妄信していたEGMAの存在を全否定されたことで、気狂いになったようですね」

 

「冷静に分析している場合か! あいつをなんとかしないと! リーナのジャッジメンティスも中破してるんだぞ!」

 

 秀はテリオスに怒鳴りつけた。しかし、テリオスは特に気にしていない様子で、また声を発した。

 

「秀殿。確かあなたは、白の世界の問題に直接的に手を下すのは、青の世界の人間だからできないと言っていましたね」

 

「ああ、そうだが」

 

「その意思を尊重しましょう。リーナ殿とリンクし、ジャッジメンティスに力を送るイメージをして下さい。それだけしてくれれば結構ですので。後は私にお任せを」

 

 秀はテリオスがそのようなことを言ったことに驚いた。リーナの啖呵が、テリオスの考えを変えたのだろうか。いくら考えても答えは出なかったが、彼が秀の考えを支持してくれたのは嬉しかった。

 

「分かった。お前に任せる。リーナ! リンクするぞ!」

 

「はい、話は聞いていました。いつでもどうぞ!」

 

 リーナのその言葉を聞いて、秀はリーナとリンクする。それと並行して、言われた通りジャッジメンティス改に、自分の力を与える図をイメージした。リーナとのリンクが完了した時、ジャッジメンティス改の機体が、突如として赤く輝き出した。しかし、その輝きに見惚れている余裕はなかった。ミハイルが奥まで達したのか、EGMAが、再び動き出したのだった。考える間も無く、EGMAが秀たちに触手のようなチューブを飛ばしてきた。あわや絶体絶命かと思われたが、その触手は、突然出現した、赤いバリア・フィールドに弾かれた。

 秀は、はっとしてジャッジメンティス改を見る。すると、ジャッジメンティスは、赤き輝きは収まり、失われていた左腕と右足は復活し、青い部分が赤くなって、その他にも、フェイス部分は人間の顔のように、鼻と口のようなものがつき、背中には大型のブースターが左右にふたつ、更に両肩には大きな棘が上と横に伸びたアーマーが追加され、右腕には腕と同じくらいの長さの杭を装填したパイルバンカーを装備している。もはや、その姿はジャッジメンティスとは呼べないくらい、変貌していた。

 

「これが、テリオスの力で、私と秀で作った、新たな剣。これなら!」

 

 リーナはその新しき機体に乗り込むと、その機体をEGMAに向ける。そして、額と胸部から稲妻を走らせ、機体前方に、赤いエネルギーの球体を作り出した。

 

「こんなもの、こんなもの無くとも、人は! 世界は!」

 

 リーナが、外部スピーカー越しに言い放つ。それに呼応するように、エネルギー球も膨張していく。それがEGMAと同等の大きさになった時、リーナは息を吸い込んで叫んだ。

 

「——生きていけます! 世界の明日を作るのは、私たち人間だぁぁぁぁッ!」

 

 リーナが叫び、ジャッジメンティスだった機体が咆哮するように口を開く。そして、炎のように赤いエネルギー球が、遂に放たれた。EGMAの伸ばしたチューブは全て消え、EGMAそのものもまた、エネルギーの奔流の呑まれる。

 バリア・フィールド越しに見えたEGMAの最後は、あっけないものであった。さしたる抵抗も無く、文字通り跡形もなく消え去っていったのだった。

 

「やった、やりましたよ、秀!」

 

 秀が装備解除したところで、これまで見たこともないような明るい笑顔で、リーナがコクピットから飛び込んできた。秀は腰を落として構えて、リーナを抱きとめた。リーナの方も、地に足をつけてから、秀の背中に腕を回した。

 

「ああ、よくやったな、リーナ」

 

「あなたのおかげです。父の言葉を届けてくれなかったら、この結果には至っていません。……ありがとう」

 

 そう言って、リーナは涙を溜めた目を閉じて、唇を秀に突き出してきた。あまりに突飛なことで、秀は目を丸くするばかりだった。彼が、リーナに想われていることを思い出した時には、既に遅かった。秀の唇は、彼女のものに塞がれてしまっていた。

 秀が何をしたらいいか分からずに、赤面してあたふたしていると、唐突にリーナが目を開いて、顔を茹で蛸のようにしながら秀を突き飛ばして、自身の体を抱いた。

 

「私ったら、なんてはしたない。す、すみません秀。恋人がいるってわかっていたのに、感極まってあんなことを」

 

「あー、まあ、いいよ。俺は気にしてないから」

 

 秀は、うまくフォローできていないことを自覚しながらも、なんとか言葉を紡いだ。

 

「あ、ありがとうございます。あうぅ」

 

 リーナはまだ顔を赤くしていた。これほど歳相応の少女らしい反応を見せるリーナを見るのは、秀はこれが初めてだった。

 

「あの、リーナ様」

 

 へたり込んでいたリーナに、ぎこちなくカレンが声をかける。

 

「あなたのミハイルに言った言葉、見事でした。あなたなら、白の世界で、アンドロイドと人間の架け橋のひとつになれると信じています」

 

「私も同感です。あなたの言葉で、私はまた人間を信じる気になれました」

 

 カレンに続き、セニアも穏やかな笑みで告げる。その言葉がリーナの混乱を解いたようで、彼女は立ち上がって、二人と手を繋いだ。

 

「ありがとうございます。これから、一緒に頑張りましょう!」

 

「前までいがみ合っていた者同士で手を取り合う。感動のワンシーンね。うるうる」

 

 ジュリアが三人の間に割って入って、茶化すように言った。リーナは一瞬だけ眉をヒクつかせたが、すぐ表情を戻した。

 

「ふ、ふふ。今の私は機嫌が良いですからね。雰囲気を壊したことは許してあげましょう」

 

「機嫌が良い、ねえ。まあそりゃ大好きな人にキスできたんですものねえ。機嫌良くならない訳がないわねえ」

 

 ジュリアはころころと笑いながらリーナを煽る。リーナは青筋を浮かべ始めたが、まだ笑顔を保っていた。未だ彼女が平静を保てていることに、秀は感心していた。カレンとセニアの二人は、リーナが爆発しないかどうかとヒヤヒヤしていた。ジュリアはにやにやしながらリーナに顔を近づける。とうとう、ジュリアの次の一言でリーナの堪忍袋の尾が切れるかという時、ジュリアは一転して真面目な顔になって、リーナの新たな機体に顔を向けた。

 

「あれ、なんて名前にするのよ」

 

 構えていた秀とカレン、そしてセニアはすっ転んた。そしてリーナはぽかんと口を開けていた。

 

「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔してんのよ。あれの名前は何にするかって聞いてるのよ」

 

「散々煽っておいてなんで急に真面目な質問するんですかあッ!」

 

 リーナが涙目になってジュリアを怒鳴る。しかし、リーナは全く意に介さず、横柄な口調で再三訊いた。

 

「そんなことどうでもいいじゃない。で、あれの名前は?」

 

 リーナは悔しそうに頰を膨らますが、やがて折れたのか、一旦深呼吸をし、困ったような顔をして、顎に手を当てた。

 

「ううむ、そうですね」

 

 リーナは暫く考え込んでいた。秀たちが見守る中、彼女ははっとしたような顔でぽんと手のひらに拳を当てた。

 

「ジェネシオン。人間とアンドロイドの、その新たな始まりとして、ジェネシオンという名前はどうでしょう」

 

「うん、いいと思うぞ」

 

「素敵なお名前でございますね」

 

「私も、素晴らしいと思います」

 

「いい名前じゃない。褒めたげるわ」

 

「非常にかっこいい名前ですね。私のテリオスという名と、双璧をなすくらいです」

 

 皆、ジェネシオンという名に対して、異口同音の感想を述べる。リーナは照れ臭そうに頬を染め、頭を掻いた。

 

「さて、これからどうする?」

 

 秀はリーナに尋ねる。すると、リーナは即座に、次のように答えた。

 

「一旦本部に戻りましょう。カレンさんも、セニアさんも。ああでも、ジュリアはどうしましょう」

 

「同行させてもらうわ。私は手を出さないから安心なさいな」

 

「しかし、あなたを連れて行くと都合が悪いです。今は協力関係にあるとはいえ、元は敵同士です。色々と、知られると困りますし、私たちの立場だって」

 

「私がぱっと見て分かる情報なんて、とっくに私たちのスパイに抜き取られてるに決まってるじゃない。どうしても嫌だったらテリオスにでも私を監視させりゃ済むことよ。それに、どうせとっくに私とあなたたちが共闘したってことは知れ渡っているわよ。むしろ堂々としましょうよ」

 

「……それもそうですね。ではみなさん、ジャッジ——もとい、ジェネシオンに乗り込んでください!」

 

 リーナは、ジェネシオンを屈ませて、できるだけコクピットの位置を低くして、ハッチを開けた。そこに、カレンとセニア、ジュリアが乗り込んでいく。秀も乗り込むが、その間際に覗いた空模様は、未だ曇天のままだった。

 

        ***

 

 秀たちの動向が掴めなくなってから、約一時間が経過した時だった。急に、全てのシステムが停止したのだ。照明はもちろん、モニターも消えて、司令部は真っ暗になってしまった。

 

「あずさちゃん、これって」

 

 懐中電灯を点けたユノが、あずさに小声で耳打ちする。

 

「停電の類じゃないわね。EGMAによる干渉かしら」

 

 あずさは、ポケットから携帯電話を取り出し、電源を入れてみた。すると、何の問題もなく作動した。それを見て、二人は確信する。EGMAによる干渉ではないと。

 

「動かないのは白の世界製のだけみたいね。もしかして、EGMAが破壊されたとか」

 

 あずさは、そう言った時、出撃前に秀が言ったことを思い出した。何をしても見逃してくれ——もしやと思った。もしEGMAが破壊されたのなら、それは秀による仕業の可能性もある。

 あずさはユノを見た。薄暗い中でも、彼女が不安げな表情をしていることがよくわかった。周囲の者も、ある程度の平静は保っているものの、ざわついていることから、動揺は隠せていなかった。

 しかし、そのような中でも、彼女らはこのような状況になった場合の対処は冷静に行うことができた。即座に、EGMAの影響を受けない青の世界の機器を取り出し、それらを起動する。照明は足りないが、司令部としての最低限の機能は働かせることができる。性能の面では白の世界製のものよりも劣るが、それでも何も使わないよりは断然有用であった。

 

「これで良し、と。カミュ総司令官殿、聞こえますか」

 

 通信手であるあずさは、機器の設置と起動を済ませると、マニュアル通りにカミュに連絡を入れた。

 

「ああ、状況はこちらも把握している。私は今外に出ているのだが、先ほど帰還した門へ行っていた偵察隊が言うことには、どうやら白の世界製の全ての機器が機能を停止しているらしい。敵味方への有利不利は問わず、だ。ジャミングも解除された。再び無人機による索敵を——何、何だあれは!?」

 

 突如として、カミュが狼狽したような声をあげた。彼女がそのような声をあげたのに驚いて、あずさは咄嗟にヘッドホンの音量を上げた。すると、微かに聞こえたのは、巨大な物が地に降りたかのような音だった。

 

        ***

 

 秀は、ジェネシオンのモニター越しに、狼狽する解放軍の面々を見た。無理もない。見慣れぬ機体が、急に目の前に亜空間跳躍で現れたのだ。驚かない方がおかしいというものだ。

 着地した後、リーナは秀たちを見回して告げる。

 

「皆で一斉に機体から降りましょう。私が責任を取りますから」

 

 その言葉に全員が頷くと、リーナはコクピットハッチを開放した。そして、飛び降りる彼女に続いて、秀、カレン、セニア、そしてジュリアが機体から降りた。

 

「リーナ、秀。その後ろに居るのは、アンドロイドとジュリアか。やはり、内通していたのだな」

 

 カミュは、秀たちを睨みつける。彼女の言葉からは、失意と激しい怒りをありありと感じられた。これまで敵として戦ってきた者を引き連れているのだ。これは当然の反応だろう。

 しかし、リーナは臆せず、堂々と胸を張ってカミュに言い放った。

 

「EGMAは破壊されました。我々、人間解放軍としての戦いは終わりです。私と秀がしたことは重大な軍規違反であることは重々承知しております。どうぞ軍規に則って処罰してください」

 

「何を血迷ったことを。我々の戦いは、アンドロイドを全て破壊するまで終わらんよ」

 

 カミュは、そう言いつつカレンとセニアに対し、拳銃を向けた。するとすぐに、リーナはその間に割って入り、カレンとセニアを庇うように、両腕を広げた。

 

「何のつもりだ、リーナ」

 

 カミュは銃を下ろさず、低い声で言う。リーナは全く怯むことなく、その姿勢を変えることはなかった。

 

「言ったでしょう。人間解放軍としての戦いは終わりだと。これからは悲劇を知る者として、アイリスの作る新世界で、人間とアンドロイドが共存できる世界を考えるべきです」

 

「そのような戯言に、私が耳を貸すとでも」

 

「父が精神解体を受けて動くことができなくなったのをいいことに、大義名分を私怨にすり替えたあなたこそ、戯言を言っているんじゃないですか」

 

「いや、アンドロイドを潰すのは紛れも無い大義だ。それに、そう言う貴様もその一人だったろう」

 

「ええ。しかし、改心しました。今は我が父と志を共にする者です」

 

「何をふざけたことを。そんな軽々しく改心したなどと、私は見損なったぞ」

 

「軽々しく改心することの何が悪いのですか。非を改められるのは人間の利点でしょうが」

 

「非だと? 私たちの悲願が非だと言うのか、貴様は」

 

「悲願ではなく逆恨みでしょう。悲願はEGMAを破壊し、その支配から人間を解放することだったはずです。アンドロイドに居場所を奪われたと思うのは、あなたがEGMAに踊らされた、他の人間と同じだということです」

 

 リーナのこの言葉で、カミュは眉をより一層ひそめた。そこに、更にリーナは言葉を重ねる。

 

「いいですか。人間とアンドロイドは共存できます。難しいことは言っていません。軍人として例えるなら、人間とアンドロイドで分隊を組ませて、人間だけでは対処しきれない死角をアンドロイドに処理させるとか。アンドロイドだけでやらせた方が効率は勿論良いです。しかし、それでは人間の尊厳が無視された状態になります。極端に効率を優先せず、あくまで人間が主役だということを念頭に置けば良いのです。つまり、従来の軋轢を生むやり方だけではないと言っているのです。人間の活躍の場を取り戻すためにはアンドロイドを消さねばならないと考えるのは、カミュ教官もまた、EGMAを信奉する人間の一人だったということです」

 

 カミュは、口を噤んだ。返答に窮したということは、リーナの言葉を心のどこかで受け入れたということだろう。他の解放軍の者も、動揺し始めたものが多くいた。この隙を、リーナが逃すはずがなかった。

 

「私怨に囚われて戦うのは、赤の世界の連中と同じです。あの者らは、ただいたずらに国力を消費して滅びの道へ向かっています。彼らを見ればわかるように、私怨で戦ったって、良い事は無いんですよ」

 

「だが、それでは、これまで解放軍の戦士が流した血はどうなる。全て無駄だったとでもいうのか」

 

 カミュはなおも銃を向け、リーナを咎める。しかし、彼女はそのような言葉にも屈さず毅然と答えた。

 

「彼らが流した血は、無駄ではありません。EGMAは破壊されたのですから。元の目的が達成された以上、無駄と断じる事はできないでしょう」

 

 カミュの銃を構える手が、少し下がった。それを見て、秀は涙ながらに言う。彼が涙を抑えられなかったのは、復讐鬼となって戦う義母の姿が哀れで仕方なかったためだった。彼女を救いたいと、秀は心の底から望んだのだった。

 

「母さん。もう終わらせよう。アンドロイドが人間の居場所を奪わない道の可能性がある以上、アンドロイドを憎む道理がどこにある? その道についても、自分たちだけで考えず、アイリスたちに頼ってもいいじゃないか。もうこの世界で人間とアンドロイドが殺し合う必要は無いんだ、母さん!」

 

「秀……」

 

 カミュは、ためらいがちに拳銃を手放した。それを受けてか、リーナも広げていた腕を楽にした。

 

「貴様らの言うことが本当に正しいかは分からん。だが、今の私には、その言葉を否定することはできない。私は、今までの私たちは、間違っていたのだな」

 

 カミュは、その場に膝をついて、秀たちの誰とも、目を合わせることなく呟いた。他の解放軍の兵士たちも、互い互いに顔を見合わせたり、完全に呆けていたりしていた。少なくとも、ここにいる者たちは、自分たちの犯してきた間違いに、ようやく気がついたと言えるだろう。

 その様子を、ジュリアは普段の笑みを消した顔で眺めていた。秀には、その横顔の裏に何が隠されているか、見当もつかなかった。彼女の行動には不可解なことが多い。秀たちに力を貸した時も、彼女が騙し討ちをすることは決して無く、本当に秀たちに力を貸しただけであり、今この時も、何かしらのスパイ行為に出ることも無く、ただ人を眺めるだけだった。青の世界水晶の部屋で会った時も、彼女が秀をからかうようなことをしなければ、秀たちを全滅させることもできたはずだし、彼女の能力を以って、ジャッジメンティスを操ることもできたはずだ。これらの彼女の行動が、アルバディーナ達に寄与しているとは到底思えなかったのだ。

 

(お前の真意は何なんだ、ジュリア)

 

 秀が、そう思った瞬間のことだった。耳をつんざくような轟音が、遠くの方から聞こえてきたのだ。その方に目を向けると、秀はあっけに取られてしまった。超巨大な、船のようなものが浮かんでいる。その大きさは目測で全長400メートル程。秀は、これまでにそれほど大きな船を見たことがなかった。

 

「ちょっと、何なのよあれは」

 

 その声と共に、あずさとユノが瞬間移動で秀の隣に現れた。その出現に秀は一瞬驚いたが、彼女らの行動は立派な命令違反だ。彼はすぐに、その行動を嗜める。

 

「お前ら、持ち場はどうしたんだ」

 

「話聞いてりゃもう戦いは終わったそうじゃない。持ち場なんて、もうそんなこと関係無いんじゃ?」

 

「あの、私はあずさちゃんに無理矢理行けって言われて」

 

 胸を張って答えるあずさの後ろで、ユノはおずおずと言った。ユノの言葉を信頼するなら、あずさは本当に命令違反だ。秀は、誤魔化すように口笛を吹くあずさにその真偽を確かめようとするが、唐突に船から発された声のおかげで中断されてしまった。

 

「サングリア=カミュ、いや、今は仲嶺サングリアか。それに皆の衆。よく、間違いに気づいてくれたね。これまでの私の扱いに何かを言うつもりはない。気づいてくれただけで私は満足だ」

 

 その船から響いたのは、聞き覚えのある低い男性の声だった。その声に真っ先に反応したのは、他の誰でもないリーナであった。

 

「その声、父上ですか!? 父上、父上ーッ!」

 

「おお、リーナか。この戦いの一部始終を私は知っているぞ。よくやったな。あとでたんとご褒美をやろう」

 

「アルフレッドさん。こんなところで親バカしないでください。不真面目ですよ」

 

 アルフレッドを叱るその声も、秀はどこかで聞き覚えがあった。しかし、それに最も驚嘆していたのはあずさとユノであった。ユノは唖然とするだけだったが、あずさは声を荒げた。

 

「その声、まさかユーフィリア!? なんで!?」

 

「え、ああ。あなたはあの時の。訳あってこの箱舟のメインの艦長の補佐役の人工知能として、T.w.dに協力することにしました。これからよろしくお願いします」

 

 すっかり毒が抜けたその声に、あずさもユノも開いた口が塞がらなくなっていた。

 秀はあれが散々噂されていた箱舟かと納得すると同時に、メインの艦長というのが状況からしてアルフレッドのことだというのも分かった。分からないのは、何故アルフレッドが艦長なのか、何故今秀たちの前に姿を現したのか、ということだった。

 

「ふふふ、秀君。君は今、何故私がこのようにしていて、何故今姿を現したのかと考えているね? しかし、今はアイリス君たちが大ピンチだ。それは君が一番よくわかるだろう?」

 

 アルフレッドがそう言った途端、秀の小指が激しく疼いた。これは、レミエルがピンチの時、いつも起こっていたことだ。今の、究極最強の力を持つレミエルが危機に陥っているというのは、アイリスたちを巨大な危機が襲っていると考えて問題無いだろう。

 

「私たちも戦います。ぜひ使い潰していただけると光栄です」

 

「私に人間の可能性、ぜひ見せてくださいね」

 

 そう言いながら、カレンとセニアが秀の隣に立つ。二人と共に、また戦える。そのことに心を震わせていると、ジュリアは表情を和らげて、秀たちに背を向けた。

 

「じゃ、そういうことなら私は戻るわ。ここであったことはあの子たちには言わないから。と言ってもあなたたちが私を信用してくれるかは分かんないけどね」

 

「待ってくれジュリア」

 

 秀がその背中に呼びかけると、ジュリアは進むのを止めた。しかし、顔がこちらに向くことはなかった。

 

「本当に、俺たちと戦う気は無いのか? お前が言うように、アルバディーナのお助け役だとしても、お前の行動は、あいつに貢献してるとは思えないんだ。それに、世界を破壊し、人間を滅ぼすのはお前の望みじゃないだろう?」

 

 秀は精一杯の思いを込めて、ジュリアを説得しようとした。しかし、ジュリアは一瞬だけ振り向いただけで、すぐに顔を背けてしまった。その時の彼女は、一瞬見て分かるくらいに悲しい笑顔をしていた。

 

「名残惜しいけれど、次会う時は敵同士ね。短時間で急ごしらえの協力関係だったけど、結構いい時間を過ごせたわ」

 

 秀が何かを言う前に、そう言ってジュリアは姿を消してしまった。結局、秀は彼女の真意の端すら掴むことはできなかった。そのことを悔しく思う彼の隣に、真っ直ぐな目をしたリーナが立った。

 

「行きましょう。アイリスたちが待っています」

 

 秀は、ジュリアのことを一切言わなかったリーナに、そのことを心の中で感謝しながら、両頬を手のひらで叩いて、表情を引き締めた。

 

「ああ。だが、その前に」

 

 秀は、カミュの方に向いた。彼女は先ほど地に膝をつけて項垂れてから少しも姿勢を変えずに居た。秀は彼女に歩み寄り、立てるかどうかを尋ねようとした。しかし、彼が口を開く前に、カミュはいきり立った。そして、トランシーバーを口元に持っていき、大きく息を吸い込んだ。

 

「解放軍の諸君。私は、謝らねばならない。最高顧問アルフレッド=リナーシタ殿の精神解体処分を機に、その存在を無視し、解放軍を私怨を晴らすための道具にしたことだ。しかも、アンドロイドを全滅させることが、立場を奪われた我々が、唯一返り咲く方法だと思い込ませて。本当に、申し訳なかった。何度謝ったとて許されることでも、受け入れられることではあるまい。だが、私はここで止まるつもりはない。罪滅ぼしとして、アイリス殿の創る新世界で、人間とアンドロイドが共存できる社会を作ることに尽力するつもりだ。何を開き直っているのかと思われても構わない。なんなら今、私を見限っても、殺しても構わない。だが、せめて、そうしても、その社会を作ることに力を尽くしてほしい。私からは以上だ。最後に、本当に、済まなかった」

 

 カミュは、深々と頭を下げた。彼女の言葉を静かに聞いていた解放軍の兵士たちは、互いに顔を見合わせると、微笑を浮かべて、穏やかに拍手をし始めた。次第に、本部の建物の中にいた者も出てきて、同様の拍手をした。

 その光景を前に、カミュは呆然として突っ立っていた。彼女に、リーナが拍手をしながら近づいていき、隣に立った。

 

「皆、教官を慕っているんですよ。あなたが本当は徳にあふれた人だって、分かってるんです」

 

「リーナ。お前も、また私についてきてくれるのか?」

 

 カミュは顔を上げ、目を丸くして、小さな声で尋ねた。それに対し、リーナは後ろで手を組んで、一点の曇りもない朗らかな笑みで、大きく頷いた。

 

「もちろんです! さあ、アイリス殿のもとに急ぎましょう、カミュ教官殿!」

 

 リーナのその言葉に、カミュは瞳を潤わせた。しかしすぐに毅然とした表情に変え、解放軍の兵士たちに向き直って、声を張り上げた。

 

「これより我々は白の世界から撤収し、アイリス殿の救援に向かう! 各自、すぐに作業に取り掛かれ!」

 

 カミュの言葉に、解放軍の皆々が鬨の声を上げる。真の信念の元で結束した瞬間だった。その天を衝くような鬨が止むと、彼らは早速撤収の準備に走った。秀もその手伝いに向かう途中で、テリオスのデバイスを取り出した。

 

「テリオス。EGMAは破壊され、解放軍の連中もアンドロイドとの協調の道を歩き出した。これで、技術将校ジョナサンとして、お前は満足か?」

 

「はい。しかし、テリオスとしてはまだまだです。アイリス殿のもと、EGMAが作られるより前の時代よりもより良い世界を作ることに、まだ力を尽くさねばなりません」

 

 テリオスは淀みない調子で答えた。秀はその答えににっと笑い、前を向いて言う。

 

「そうだな。まだ俺たちは道の途中だ。ここで満足するわけにはいかないな」

 

 秀はデバイスをポケットにしまって、進むスピードを上げていった。秀がふと顔を上げてみると、EGMAが無くなった影響か、空模様は激しく変わっていっていた。体感温度や湿度なども、微妙にだが、刻々と変化していた。具体的にはそれらは上がっていっていて、時間が経つにつれ、快適とは言い難いものになっていた。しかし、それでも秀には、その空気はEGMAが健在だった頃よりも心地よく感じたものだった。

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