Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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ヴィクトリー・クロスIII 決戦、青蘭島編
忍び寄る脅威! T.w.d危うし!


 秀とあずさ、ユノを含んだ解放軍が青蘭学園を発った頃、レミエルは寂しさを紛らすために、シャティーとエクスシアの部屋に行っていた。

 レミエルは服をはだけさせ、部屋の中央の、白いカーペットにうつ伏せで寝っ転がってボーっとしていた。小一時間ほど経つと、ずっとそのようにするのも無為な気がしたため、無気力な感じではあるものの、エクスシアに話しかけた。

 

「ねえエクスー」

 

「なんですか、レミエル」

 

 エクスシアの方は、例によってブラジャーとパンツだけを身につけた姿で、ソファの上に仰向けになってポテトチップスを貪り食べながら返事をした。

 

「いつ帰ってくるんだろうね、秀さんたち」

 

「そんなこと私に聞かれても分かんないですよ。最近は戦争もエクシードや超技術のおかげで、やたら高速化してますからね。案外今日にでも帰ってくるんじゃないですか?」

 

 ポテトチップスを噛み砕く音を混ぜながら、エクスシアは関心無さげに答えた。彼女だけでなく、他のT.w.dの構成員も、解放軍に対してはこのような調子だった。彼らのおかげで戦力拡大と資材の補給の機会のひとつが失われた上に、アルバディーナ派と赤、そして緑の世界にいつ攻められるか分からない今の状況で、解放軍が青蘭学園からいなくなってしまったため、彼らはかなり疎まれているのだった。

 

「二人ともそんな格好しないで。もう昼だから、食堂に行こう?」

 

 シャティーが呆れながらに言う。その手にはエクスシアの制服と、箒とちりとりがあった。彼女がT.w.dに入って、レミエル同様まだ日は浅いはずだが、だらしないエクスシアの面倒を見ているうちに、すっかり世話焼きと化していたようだ。

 

「エクスシア、早く立ってこれ着て。そこちょっと掃除するから。レミエルもね。そんなとこに寝っ転がってたから服に毛が付いちゃってるでしょ」

 

 シャティーに言われて、エクスシアは面倒くさそうにしながらも、空になったポテトチップスの袋を持って立ち上がり、それをゴミ箱に捨てた。そしてシャティーから服を受け取ると、のろのろとそれを着始めた。

 

「じゃあ私も立つかな」

 

 レミエルは少し力んで立ち上がった。伸びをしてから服を見てみると、確かにカーペットの糸が付いていた。しかも色が白なため、黒地のT.w.dの制服では余計に目立つ。どうしたものかと考えていると、ソファの掃除は終わったのか、シャティーが粘着テープの巻かれたローラーのようなものを持って、レミエルの前で屈んだ。

 

「言わんこっちゃない。こんなに糸くずがついてる」

 

 そう言いながら、それでレミエルの制服についた糸くずを取っていく。彼女は口数が少なく、あまり自分を表に出さない印象だったため、レミエルはこのような姿に慣れず、ただ戸惑うばかりだった。

 

「じゃ、二人とも行こ」

 

 シャティーはレミエルの制服の糸くずを取り終えると、彼女とエクスシアの手を引っ張って、ドアに向かって歩き出した。

 

「ああ、ちょっと。一人で行けるからいいよ」

 

「私も大丈夫ですから、手ェ離して下さい」

 

 レミエルとエクスシアが慌てて言うと、シャティーは「じゃあ」と言って急に手を離した。そのおかげで二人ともつんのめったが、何と言うこともなくバランスを取り戻した。

 

「全く、堕天使だからって堕落しちゃだめでしょ、もう」

 

 シャティーは腰に手を当てて、呆れた顔で言った。しかし、彼女の口調からは怒りみたいなものは感じられなかった。むしろ、エクスシアの世話を楽しんでいるように思われた。意外な一面を発見して、レミエルは思わず頬を緩ませた。

 

「そうだね。エクス、分かってる?」

 

 照れ隠しに、レミエルはシャティーの側に立って、悪戯っぽく笑ってみせた。言われたエクスシアの方は可愛らしく頬を膨らませて、少し怒った様子でレミエルに詰め寄った。

 

「そういうレミエルはどうなんですか! 夜な夜な隣の部屋から喘ぎ声聞かされてもこっち困るんです!」

 

 シャティーも彼女の言うことには同感らしく、眉をひそめてレミエルを見つめていた。他人から言われると、レミエルは急に恥ずかしい思いに駆られた。それで、ぎこちない動作で踵を返して、これまたぎこちない口調で、天井を見ながら言う。

 

「よ、よーし。これから食堂に行こうー」

 

 その言葉の後、レミエルは大股で、まるで行軍するように歩き出す。しばらくそうしてから、ちゃんと二人が付いてきているかどうか振り返ってみると、すぐ目の前にエクスシアの顔があった。

 

「あれ、驚かないですか?」

 

 エクスシアが不満げに言う。その言葉の後、シャティーがひょっこりとエクスシアの後ろから姿を現した。

 

「こんなことで驚いてちゃ、とてもここまで生き残られてないよ」

 

 レミエルは苦笑する。二人も、それもそうだと笑みをこぼした。それから、雑談をしながら食堂まで歩いて、席を確保して食べていた時だった。

 

「横、失礼するよ」

 

「はいどうぞー」

 

 レミエルは、その声の主を確かめずに返事をした。彼女が座ってから誰かを確認すると、その人物はアイリスだった。その更に隣にはシルトも座っている。その二人を見て、レミエルは聞きたいことがあったのを思い出した。しかし、レミエルが口を開く前に、アイリスが話しかけてきた。

 

「しかし、レミエルもなんか随分とラフなことするもんだね。別に制服を着崩すのは構わないけど、下着がチラ見えしちゃってるのはどうかなあ」

 

 アイリスは、生肉を噛みちぎりながら言った。レミエルがはっとして胸元を見ると、確かにアイリスの言う通り、若干ではあるが下着が見えてしまっていた。慌てて胸元を隠して、周りを見回してみると、主に男性の構成員が、レミエルから目を逸らしているのが分かった。

 

「あぁ、お喋りとご飯に夢中で気がつかなかったあ。って、そうじゃなくて!」

 

 レミエルは胸のボタンを留め直しながら、アイリスを、次にシルトを見つめた。

 

「アイリスとシルト、秀さんとどういう関係なの!」

 

 そのレミエルの質問に、アイリスとシルトだけでなく、エクスシアやシャティーをはじめ、他の構成員もきょとんとしていた。

 

「きょとんとしてしらばっくれようとしても無駄だよ。アイリスは秀さんと一緒にお風呂したらしいし、シルトも秀さんとなんか話した後、ふてくされてたのが急に元気になってたし!」

 

 レミエルが詰問するも、アイリスとシルトは困ったように顔を見合わせていた。それから少しして、アイリスが頭を掻きながら答えた。

 

「同年代の男の子くらいにしか見てないけど。ねえ、シルト」

 

「うん、私も。特に恋愛感情は無いよ」

 

「はい?」

 

 レミエルは目を丸くした。では秀と二人で風呂に入ったり、体を密着させていたのは何だったのか。訳が分からなくなった。

 

「ご、誤魔化したってダメだよ。だって、何かなきゃ二人でお風呂に入ったり、体くっつけたりしないじゃない」

 

「うーん、私は別に、裸見られることに抵抗ないからねえ。T.w.dで同年代の男の子が秀しかいなかったから、頼っただけ。誘惑じみたことをしたのはちょっと悪いかなって思うけど、でも秀は全部突っぱねたからね。大した人だよ、秀は」

 

 アイリスは淡々と答える。彼女は言い終えた後、シルトに目配せした。それで、シルトも何ともない様子で答える。

 

「私も、アイリスと同じ感じかなあ。体くっつけたのは偶然だったし、あの時もただ、別件で秀と一緒だったわけで。ついでに悩みを打ち明けたくらい」

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、いいのかな」

 

 アイリスとシルトの態度は極めて冷静だった。こういうことを聞かれて、全く動揺しないということは、本当に彼女らの言う通りで、秀とは同年代の男性の戦友くらいにしか見ていないのだろう。そのような考えに至って、レミエルはようやく安心した。

 

「そそ。勘ぐりすぎなんだよ、レミエルは。今は結構危険な情勢だし、もうちょっと余裕持ちなよ」

 

 シルトが、納豆ご飯を口に運びながら言った。彼女の隣のアイリスも、何枚目かも分からない生肉を頬張りながら、彼女の言葉に便乗するように頷く。

 

「んじゃ、私たち、黒の世界に要請した援軍を迎えに行くから、また後でね」

 

 アイリスとシルトが二人ほぼ同時に食べ終えると、アイリスが立ちながらそう告げた。それから皿を片付けに行く後ろ姿を、レミエルは靄が晴れた気分で眺められた。

 

        ***

 

 アイリスとシルトの二人は、食器を返却してから食堂の外に出ると、二人同時に、肩を落として大きな溜息をついた。

 

「つ、疲れた。下手したら普通に戦闘してる時の方が気が楽だよこれ。シルトもそう思わない?」

 

「うん。これじゃとても、秀のことを迂闊にレミエルに話せないね」

 

 彼女たちは、顔を見合わせて苦笑した。それから外に向かって歩いている途中で、アイリスが頭の後ろで手を組みながら話し出した。

 

「しっかしあれだね。新しい世界では一夫多妻を推奨して、私も法的に正しく秀の玉の輿に乗っかろうと思ったけど、そうしてもこりゃ無理そうだ」

 

「そうだねえ。っていうか、そんなこと考えてたの。下心丸出しじゃない」

 

 シルトが突っ込むと、アイリスはあざとく額に拳を当てて舌を出した。少し苛つくものの、どこか憎めないその態度に、シルトはまた苦笑するしかなかった。

 シルトとアイリスの仲は、先の戦闘の時から、友好的なものになっていた。秀の言葉でシルトがある程度吹っ切れたおかげであった。アイリスの方は元々歩み寄っていたこともあって、二人の仲は急速に良くなっていったのだった。また、そのおかげで、世界を創り直す魔法の共同研究も始めていた。これはシルトがまだ少し引きずっていた、世界を創り直した時、自分の人格は消えてしまうのか、という苦悩を知ったアイリスが率先して始めたものだ。今は、その前にシルトの精神をホムンクルスなどに移植したり、新たな世界水晶を緑の世界の水晶を元にすることで対処できないだろうか、という線で進めている。

 

「ふふふ、アイリスは秀のことが好きなんだね」

 

 シルトはアイリスに笑いかける。捕虜の身分だった頃から良くしてくれて、T.w.dに正式に入ってからも、前述の共同研究などのことで、シルトはアイリスに感謝していた。最早、彼女がアイリスを見る目には、敵意は微塵も残っていない。

 

「いや、好きっていうか、単に同年代の男性で、対等に接してくれるのが秀しかいないだけだし。あんまり上官扱いされたくないんだよねえ。だからそう扱ってくる竜族の同年代の異性には、あまり興味が無いっていうか。秀に対しても、ちょっと気になるかなー、くらいだし」

 

 アイリスは少し強い口調で言う。しかし、その顔は微妙に紅潮していて、隠し切れてはいなかった。

 

「そう言うシルトはどうなのさ。秀に好意があるんじゃないの?」

 

「友達としての好意だけだよ。大体、私が恋なんかしてどうすんのさ。私は世界水晶そのものなんだよ?」

 

 シルトは呆れてアイリスに返した。アイリスも分かっているというような、にやけた顔でその言葉を受けた。

 

「もうそんなこんなしてるうちに玄関だよ」

 

 アイリスの言葉にはっとしてシルトは周りを見てみると、まさしくその通りだった。外に出てしばらく歩くと、黒の門から、中隊規模の騎馬に乗った軍団が二人に向かって来た。その先頭には、驚くことにミルドレッドがいた。

 

「やあ、盟を結んでわずか一日で軍の借用を申し出てくるとは、気が早くないかアイリスよ」

 

 彼らが地上に降り立つと、ミルドレッドはハンドサインで待機を命じて、アイリスに皮肉っぽく言った。

 

「私も悪いと思ってるけど、何せ私以上に短気なのが、この状況で白の世界に遠征に行っちゃったからね。ていうか、ミルドレッドは黒の世界空けちゃって大丈夫なの?」

 

「問題ない。今ここにいる私は影だ。言わば個別の意思を持った分身だ。オリジナルより知性以外の能力は劣るが、元が超絶優秀だからな。オリジナルが四世界第一位だから、この影の私は四世界第二位といったところだろう」

 

「あ、そ……」

 

 アイリスは引き気味に顔を引きつった笑みを浮かべた。シルトはミルドレッドと直談判するのは初めてだったため、口をあんぐりと空けてしまっていた。

 

「む、そこにいるのはシルト・リーヴェリンゲンか。あの時は、まさか君からT.w.dに援軍を出せなんて言ってくるとは思っていなかったが、アイリスの隣にいるところを見ると、頷けるというものだ」

 

「え、あー、それはどうも」

 

 急に話しかけられたため、シルトは生返事しか返せなかった。そのように返されて不満だったのか、眉をひそめて唇を尖らせた。

 

「なんだその反応は。超最強な私の力の片鱗も見せていないのにそんなに呆然とされると、まるで私の人間性がそうさせているみたいじゃないか」

 

(まるでじゃなくてそうなんだよ)

 

 シルトは心の中で呟いて、大きくため息を吐いた。一瞬、ミルドレッドの表情がより不満げなものになったが、すぐに最初の得意げな顔に戻した。

 

「まあいい。期限は解放軍が帰ってくるまでだったな。それまで世話になる。ところで私は戦略アドバイザーとして君臨、もとい参加したいのだが、よろしいか?」

 

 その君臨、という彼女らしい単語にアイリスは苦笑を漏らした。それはシルトも同様で、つい笑顔になってしまった。その後、アイリスは気を取り直したのか、その笑みを消した。

 

「戦略アドバイザー? 黒の世界って、私らが青蘭学園を陥落させるまで、軍隊ってものが無かったそうじゃない。大軍を指揮した経験はあるの?」

 

「何、魔女王の絶対王政に反発する輩は後を絶たないからな。反乱軍の鎮圧くらいでなら、私の配下の魔術師を指揮したことはあるぞ。それに、軍を作った直後に、その一部がクーデターを引き起こしたからな。その時も頭脳明晰な私の軍略ですぐ終わらせた」

 

 ミルドレッドは得意げに鼻を鳴らした。しかしアイリスは未だ懐疑的な視線を彼女に向けていた。

 

「訓練もロクに受けてない連中の相手でしょ? それに、ミルドレッド自身が前線に出たんじゃない?」

 

「いや、そうではない。私は前線に出てないぞ。私が出たらそれはもう一瞬で終わるが、それでは新しく作った軍隊の意味が無いというものだ。ちゃんと指揮したぞ。超スムーズに行ったがな」

 

「急ごしらえなのによくできたね。それだけ、クーデターを起こさなかった組の忠誠心が高かったってことかな?」

 

「ああ。上手く行ったら、一日限定で私が皆の性奴隷になろうと言ったら、獅子奮迅の活躍をしてくれたぞ」

 

「せ、性奴隷!?」

 

 アイリスは声を裏返して仰天していた。シルトも「へっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。しかし、ミルドレッドは二人の反応を見て、したり顔で言い放った。

 

「冗談だ」

 

 二人はすっ転んだ。アイリスは涙目になって立ち上がると、声を大にして叫ぶように言った。

 

「もう! そういう安直で品の無い下ネタって大嫌い!」

 

「それアイリスが言うかな!?」

 

 アイリスの自分を棚上げした発言に、シルトは突っ込みを入れざるを得なかった。

 

「はっはっは。まあこんな無駄話は後にして、とりあえず青蘭学園まで案内してくれたまえ」

 

 ミルドレッドは大きな声で笑いながら、シルトとアイリスの肩を叩いた。シルトが彼女の後ろにいる中隊の面々の表情を伺ってみると、彼らは一様に申し訳無さそうな顔をしていた。中には、頭を下げている者さえいた。対して、ミルドレッドは依然として楽しそうに笑っていた。

 

(こりゃ、敵わないな)

 

 シルトは、呆れてアイリスと顔を見合わせた。やはりと言うべきか、彼女もシルトと同じく呆れ笑いを浮かべていた。

 

        ***

 

 アインスは、数分ほど前から、青蘭学園の裏山の鬱蒼とした森に葉を多くつけた木に登って潜伏し、青蘭学園の様子を観察していた。案の定、裏山の方にも監視の目は行き届いており、確認しただけで五班ほどの哨戒班が裏山を隈なく歩き回っており、学園に潜入するのは困難に思えた。

 偽装工作を行おうにも、今のアイリス派のT.w.dは人数が少ない。その上、特にアイリスが構成員と仲が良いということも確認済みだった。誰かがすり替わったり化けたり、増えたりしたら即座に看破されることは疑いようも無かった。

 

(正攻法、それも哨戒してる全員を同時に即死させるしか無い)

 

 アインスはそのように判断し、視界の中に入った哨戒している者を片っ端からマーキングしていった。この時使ったのは、統合軍で特務隊に配備されている特殊な装置で、対象の全身にナノマシンを散布し、それから送られてくる位置情報を、脳内に埋め込んだチップで受信して、それを頭の中のイメージとして映し出すというものだ。

 全員のマーキングが終了すると、哨戒班の動きを慎重に伺った。一切の連絡を取らせることなく、全員を即死させなければならず、更に行動を観察している間に交代されたらまた一からやり直しになる。タイミングと、いかにミリアルディアを手早く操作するか。それが全ての鍵だ。

 アインスはジッと息を殺して待った。交代の時間は調べがついている。交代の方法も、戻ってきた一班ごとに交代していくというものだろう。でなければ効率が悪すぎる。交代までにはまだ時間の余裕があるが、それまでに行動パターンを把握できるかは殆ど賭けに近い。しかし、祖国のためにはやらねばならない。今の冷静さを欠いた赤の世界なら、アイリス派が窮地に陥ればすぐに赤の世界を空けて、青蘭学園を攻撃するに違いない。そうなれば、統合軍は赤の世界への侵攻が容易になり、世界水晶の奪取も難なく行えるだろう。情報の横流しはルビーに任せてある。アウロラの加護が失われたとはいえ、彼女は緑の世界におけるマユカのように、赤の世界水晶に近い存在だ。世界水晶を経由して赤の世界に情報を与えることくらいは容易いことだ。そして、彼女と美海とソフィーナには、アインスが潜入したあと、その後を辿るように言ってある。しかし、アインスにとっては、彼女らは囮でしかなかった。

 

(美海たちのことなんかどうだっていい。私は統合軍がやりやすいようにするだけ)

 

 アインスの行動原理はこれだけだ。美海らに近付いたのも、彼女らを利用するために過ぎない。理想を唱えることしかできない愚か者を舌先八寸で騙すことくらいは、工作員である彼女でなくとも朝飯前にできることだ。

 数十分すると、哨戒班全てが一度辿った道を、再び廻り始めた。アインスは、嬉しさで思わず口角を上げて目を見開いた。このような行動を取るなら、同時に全滅させるくらいは容易いことだ。

 早速、ありったけの数のミリアルディアを召喚して、それらを哨戒班の道先に伏せる。そして、彼らが伏せたあたりを通ったところで、ミリアルディアを一斉に飛ばした。全て眉間を貫通させての即死。誰かが動いている様子も、連絡を取られた様子も無い。

 アインスは美海たちに携帯電話で空メールを送って合図を送ると、それを破壊し、木の上から不可視光線を可視化する特殊なゴーグルを着けた。すると、青蘭学園の建物から監視レーダーが網の目のように張り巡らされていた。アインス自身は、服と肌にレーダーで検知されない特殊な処理を施しているため、検知はされない。しかし美海たちは別だ。アインスが彼女らに先行して潜入し、美海たちが監視の網にかかることで、T.w.dの認識に時間差が生じ、気休め程度ではあるが撹乱ができる。

 アインスは迷わずに木の上から青蘭学園の屋上に飛び移った。そして、そこにいた構成員を、彼らに気づかれるより前に殺害すると、監視カメラの死角となる位置にある屋上の床に穴を開けて、屋根裏に浸入した。

 

(ふん、簡単簡単)

 

 アインスは身を屈めながら、総統室に向かって屋根裏を進む。しかし、その途中で――。

 

(ッ! 殺気!?)

 

 アインスは、咄嗟にできるだけ音を立てずに横転した。すると、先ほどまでアインスの心臓があった位置に、一本の苦無が突き刺さっていた。その角度から予測される、投げた者がいる場所に目を向けると、そこには天井に張り付いた小柄な女性がいた。アインスは、記憶している統合軍のデータファイルから、彼女に合致する人物を照合する。

 

「風魔忍。何故ここに?」

 

「それはこっちのセリフでゴザル。そなたがここにいるということは統合軍も介入しているということでゴザルか。三つ巴ならともかく、四つ巴の混戦は望まないでゴザル」

 

 アインスは黙った。彼女の推察は大いに間違っているが、わざわざこちらからそれを指摘する必要は無い。そのようなことよりも、彼女を生かすかどうかが問題だ。

 

「ほう、黙して語らぬでゴザルか。忍びとしての基本的な心得は出来ているようでゴザルな」

 

 忍は笑いながら天井から降り、両腕を大きく広げてアインスに徐ろに近付いてきた。

 

「どうでゴザル? 拙者とお主、二人で協力するのは如何でゴザル?」

 

「協力なんて、よくもまあ初対面の人間を信用できるね、あなた」

 

 アインスは、一本のミリアルディアを忍の額に突き付けながら言った。このような話は容易に信じられるものではない。いつ不意打ちを食らうか分からないような相手と協力するというのは、到底無理な話である。

 

「まあまあ。ここは矛を収めようではゴザらんか。どうせお主もここの破壊工作かアイリス殿の暗殺に来ているのでゴザろう? ならば目的は同じでゴザルよ。二人で協力した方が楽だと思わぬでゴザルか?」

 

 アインスは、忍をよく観察した。額に刃物を突き付けられているにも関わらず、彼女は自信満々だ。また、ずっと両腕を広げたままで、その姿勢を変える気配もない。よほどアインスが彼女の提案を飲むことに自信があるようだ。

 

(こんな協力体制なんて脆いもの。いつ殺し殺されるか分からないというのに、この人は)

 

 アインスには理解できなかった。彼女の自信は一体どこから出てくるというのか。複雑怪奇とはまさにこのことであった。また、アインスは目の前の人物が腹の探り合いに強い人物だということを確信した。忍の心の内が全く読めない。その分厚い薄ら笑いが、アインスが心を読むのを阻んでいた。アインスとて、特務隊として、工作活動に特化した部隊のエースだ。尋常でない程の読心術を心得ていると自負していた。しかし、忍のそれは、戦慄を覚えるほどにアインスを遥かに凌駕していた。

 

(心が読めない相手に、手を貸す義理は無い。けど、敵に回すのはもっと危険)

 

「あなたの申し出を受け入れる。ただし、条件付き」

 

 アインスは、忍の額に突き付けたミリアルディアを下げると、人差し指を立てて忍に告げる。

 

「どちらかが目的を達するまで、お互いに口を利かず、またいつでもどちらかを見捨てる権利を持つ。そして、あなたが私より先を行く。これらを飲めないなら協力は出来ない」

 

 忍はアインスの言葉にニヤリと笑うと、見下した様子で口を開いた。

 

「いいでゴザルよ? そのくらいは合点承知でゴザル」

 

 忍は下卑な笑いを浮かべた。その顔にアインスは不快に感じたが、ぐっと堪えた。個人的な感情を優先させている場合ではない。

 

「さあ、行こうではゴザらんか」

 

 忍は余裕綽々と言った様子で歩き出す。アインスは何も思わず、また何も言わずにその背中に続くのであった。

 

        ***

 

「赤の世界に連絡は送ったわ。さ、行きましょ」

 

 アインスが監視を排除した青蘭学園の裏山。人間サイズのルビーは早口気味にソフィーナと美海を急かした。ソフィーナも気がはやっているようで、既に魔法陣の準備までしていた。しかし、美海は彼女らとは違った。胸に秘めたある決意――彼女自身、戯言だと思う。しかし、己の信念を曲げる真似はしたくなかったのだ。

 

(ソフィーナちゃん、ルビーちゃん、ユフィちゃん、アインスちゃん。私は、あなたたちとは共に行けないよ)

 

 心の中ではそう思いながら、美海は表面上ではルビーとソフィーナに従っていた。親友を騙すのは心苦しいが、もはや躊躇っていられる状況ではなかった。二人はアイリスの考えを決めてかかっている。また、彼女らはアインスの言葉を鵜呑みにしている上、己の力を過信しすぎている。いくら二人が強力なプログレスで、今は解放軍が抜けているとはいえ、先の戦闘で圧倒的な力を見せたレミエルや、他にもアイリス、シルト、そしてマユカがいる。他にも名前を知らない猛者がいるに違いない。正面から立ち向かって、美海が加わったとて敵う相手ではない。また、アインスとは学園にいた時でも、そこまで深い付き合いをしていた訳でもなかった。それでこのタイミングで接触してきたということは、どう考えても利用するためだろう。このような簡単なことでさえ、この二人は分かっていない。明らかに、二人は美海以上に現実を見られていない。そして、彼女らは美海一人の言葉に耳を貸すほど、柔軟な思考を持ち合わせている訳でもない。

 

「美海、何ぼーっとしてるのよ。もう行くわよ」

 

 ソフィーナも焦りをにじませた声で、美海を促す。美海は頷くと、二人の後に続いた。しかし、三人が裏山から出た瞬間、警報がけたたましく鳴り響いた。

 

「何で!? アインスは穴を作ったって言ってたのに!」

 

 ソフィーナは狼狽して立ち尽くしていた。ルビーもにた様子で唖然としていたが、美海はアインスに対して一定の不信感を持っていたため、ある程度の余裕をもってことを受け入れられた。

 三人が立往生していると、更に全長5、6メートル、幅3メートル、厚さ50センチメートル程の岩のような素材の壁が多数現れ、美海たちを取り囲んだ。そして、その壁から雷撃が放たれ、三人を襲った。取り囲まれてから雷撃を受けるまでの時間は一秒にも満たず、ソフィーナとルビーが防護結界を張る暇もなかった。

 

「ああああッ!」

 

 数秒間、かなりの激痛が三人の全身を襲った。雷撃が終わり、三人がその場に倒れ伏す。その直後、誰かが隔壁の内側に入ってきて、彼女らの手に手枷が嵌められる。

 

「あれ、あなたたちだったの」

 

 聞き覚えのある声がしたので、美海は痛みをこらえて振り向いた。すると、そこにはT.w.dの制服に身を包み、黒い翼を広げたシャティーがいた。

 

「シャティー、ちゃん」

 

 美海はその名を呼ぶが、当の彼女は反応することなく、いきなり美海の首根っこを掴んで引っ張り上げた。無理矢理立たされた状態になったが、体が痺れていて上手くバランスが取れず、すぐに倒れてしまった。

 シャティーはソフィーナとルビーにも同様のことをすると、感情を感じられない声で呟いた。

 

「ふん、まだ立てないのね」

 

 シャティーがそう言うと、取り囲んでいた壁が全て消え、十数名ほどのT.w.dの構成員が現れ、美海らを両脇から抱え、後頭部に銃口を突きつけ、更に目隠しと猿轡をした。

 

「牢に連れてく。道中で目隠しと猿轡が取れないように」

 

 闇の中で、シャティーの淡々とした声が聞こえる。それからはただただ足音だけが聞こえた。いつ殺されるか分からないという恐怖心からか、誰も声を上げることができなかった。

 やがて体の痺れも取れかけた頃に、牢屋に着いたのか、目隠しと猿轡を外され、体を下ろされた。すると、目の前にあったのは、簡素なベッドが置かれた、四方がコンクリートに囲まれた部屋であった。しかし、見覚えもあった。窓があったと思しき所には代わりに通風口があったり、ドアも内側に鍵のない頑丈そうな鉄製のものに差し替えられてはいるものの、この部屋を美海は知っていた。

 

「ここって、部室?」

 

「そ。牢屋的なものが無かったから。急ごしらえだけど、牢屋としての機能は十分」

 

 シャティーが、美海たちを見下して言った。

 

「早速だけど、これから尋問を始める。安心して。抵抗しない限りは辛い目には合わせないから」

 

「辛い目って、何するつもりなの」

 

 ルビーがシャティーを睨みつける。すると、シャティーは無表情のまま、ポケットから無色透明な液体の入った注射器を取り出した。

 

「これ、結構強力な自白剤。人にもよるけど、打たれたら殆ど廃人になるくらいのやつ」

 

 シャティーは見せびらかすように、その注射器を掲げて美海たちの周りを一周した。

 

「さあ、まずは誰に唆されてここに来たのかを――」

 

 シャティーが詰め寄ったその時であった。突如、警報が再び鳴ったのだ。

 

「何事!?」

 

「赤の世界が攻め込んで来たらしい! 尋問は後にして、俺たちは防衛配置につくぞ!」

 

 構成員とシャティーがそのような会話を交わすと、シャティーは美海たちを一瞥して、素早く部屋から出て、戸に鍵をかけて出て行った。

 

「赤の世界を呼び込むことには、一応成功ね。この状況は受け入れ難いけれど。小さくもなれないし異能も使えないわ」

 

 ルビーは大きくため息をついた。彼女の言う通りで、美海も試しに異能を使おうとしても、すぐにその意識がかき消されてしまう。どのようなからくりかは分からないが、とにかく三人が今の状況を脱することができないのは確かだった。

 

「ああ、もう! こんなところで立ち止まれないのに!」

 

 ソフィーナがストレスフルな様子で嘆く。ルビーも同じ様子で、何度も頭を壁に打ち付けていた。そのような二人を、美海は床にあぐらをかいて何をするでもなく、若干の軽蔑を込めた視線で見つめていた。

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