Ange Vierge Désespoir infini 作:黒井押切町
レミエルは、アイリスの命を受けて単騎で先行して出撃した。目的は空から降りてくる赤の世界軍の撹乱。まだ門の付近で、門の警備隊と戦闘している段階の今が、まとめて大打撃を与えられるチャンスだ。それで、単騎での戦闘能力が実働部隊では最強のレミエルが突撃するということとなった。
「警備隊の皆さん、下がってください。この戦場は私が引き継ぎます」
レミエルがそう言うと、すぐに警備隊が退却を始めた。彼らを追撃しようとする赤の世界軍の攻撃を、レミエルは結界を張って防ぎ、撤退を支援する。警備隊が全員安全圏まで下がったのを見届けると、レミエルは結界を解除した。
「光の翼!」
レミエルは最大出力で翼長5メートルほどの光の翼を展開し、背中の魔剣も分離して敵部隊に飛翔して突っ込んでいった。レミエルに襲いかかる人間だろうと矢だろうと、光の翼は触れるもの全てを消し去っていく。また、それに触れなくともオールレンジ攻撃のできる六本の魔剣が、敵の体を切り裂いていく。
「レミエルゥゥゥウウウ! 見つけたぞ、アウロラ様の仇ィィィィイイッ!」
レミエルが、唐突に飛び込んで来たその声と共に、ドス黒い波動を感じてその方に目を向けると、グラディーサが剣に炎を纏わせて吶喊してくるのが見えた。レミエルは光の翼で彼女のいる方を薙ごうとするが、彼女はかなりの高速移動でそれを回避し、更にレミエルとの距離を詰めてきた。
「そのような攻撃が通用するかァッ! 今日こそアウロラ様の仇の貴様を討ち、ユラの剣を取り返してみせるわァッ!」
グラディーサの斬撃を、レミエルはガブリエラの剣とユラの剣で受け止めた。鍔迫り合いになった瞬間、レミエルは六本の魔剣をグラディーサに向けて飛ばした。しかしそれに勘付いたグラディーサが、咄嗟にレミエルから離れる。
しかし、それはレミエルの目論見通りであった。グラディーサがレミエルから離れるとすぐに、レミエルは再び敵陣に突っ込み、魔剣と光の翼を駆使して縦横無尽に荒らし回った。その間もグラディーサが追撃しようとするが、レミエルは巧みに避けながら、光の翼で敵の陣形を乱していく。
「青蘭島には降りさせない。秀さんが帰る場所、私が守るんだ!」
レミエルはそう意気込み、敵の撹乱を続ける。するとすぐに、青蘭学園からの砲撃支援が開始され、後続である残りの第二特殊隊と、竜族第一、第二部隊が近づいてくるのが見えた。やがて彼らと合流すると、エクスシアが声をかけてきた。
「レミエル、怪我はない?」
「うん。それより、早く片付けよう。先発隊は私たちだけでなんとかなりそうだし。グラディーサは私が引き付けるから、エクスたちは他をお願い」
レミエルはそう言って、今度は逆にグラディーサに向かって行った。方向転換する際にエクスシアたちを見やると、彼女らが一中隊毎に各個撃破していくのが見えた。
(よし、この調子なら大丈夫だね)
レミエルは、再びグラディーサに注目した。相変わらず、レミエルに突っ込んでくる。レミエルは彼女の斬撃を受け止めて、鍔迫り合いに入る。
「この距離なら光の翼は使えまい! アウロラ様を殺めた罪、今こそ贖えぇぇぇッ!」
彼女がぶつけてくるのは、激しい怒りであった。盲目的に忠誠を誓っている主君を否定されているのだから当然のこととも言える。しかし、レミエルには、駄々っ子が喚いているようにしか見えなかった。七女神の政策が民草を蔑ろにしたような物だったからこそ、レミエルは七女神に叛旗を翻したのだった。七女神の政策には一理はあるかもしれなかったが、洗脳に近いことを許すわけにはいかなかった。そして、まだその方針を信奉するグラディーサたちも、当然潰す対象に含まれる。レミエルは己の立ち位置を、グラディーサとの鍔迫り合いの中で再確認した。
「ふん、戦いの途中で考え事とは、余程余裕があるのだな!」
苛立ちを露わにしてグラディーサが力を込めてくる。レミエルはその瞬間にグラディーサの剣を逸らした。そこで彼女がバランスを崩したので背後に回り込もうとした。しかし、憎しみに囚われているとはいえ、グラディーサは武芸の達人だった。崩れた態勢を瞬時に立て直し、まだ横にいたレミエルの鳩尾に肘打ちを入れてきたのだ。それで、一瞬怯んだレミエルの右袈裟に斬りつける。レミエルは慌てて体を仰け反らせるも、衣服は切られ、その部分の下にあった肌が露出した。
「ええい、鬱陶しい!」
レミエルは切られて動きづらくなった服の右半分を破り裂いて、グラディーサに投げて彼女の視界を一瞬遮ると同時に上に飛び、グラディーサの上を取る。彼女が投げつけられた服を払った隙に、レミエルはユラの剣を両手持ちして、大上段に振りかぶった。
(そんなにユラが好きなら、この剣でトドメをさしてあげますよ!)
レミエルがグラディーサの脳天に剣を振り下ろそうとしたその時であった。レミエルとグラディーサの間に、転移してきた者がいた。黒い長髪に、体の大部分を露出させた白い和風の衣服を纏うその人物は、直接言葉を交わしたことは無けれど、レミエルのよく知る人物であった。
「アマノリリス!?」
「七女神が一角の妾が戦場に出るなどと非常識極まりないが、致し方あるまい!」
完全に不意をつかれたレミエルは、アマノリリスが現れた直後に彼女が起こした魔力の暴発の威力を、ほとんどそのまま受けた。咄嗟に防護結界を張ったものの、その威力の全てを無効化するには至らず、吹き飛ばされてビルの壁に体を強く打ち付けられた。
その衝撃に、レミエルは無意識に目を閉じてしまったが、目を開いた瞬間、その眼前にアマノリリスの姿があった。彼女の手のひらに、夜の闇を凝縮したような、真っ黒な塊が作られる。レミエルは、堕天してから感じたことのなかった死の恐怖を、今一度感じた。
***
モルガナは、持ち前の千里眼を用いて、青蘭島の状況を揚陸艦の甲板から覗いていた。洋上ではざらついた感じのする潮風が吹いていて、モルガナは少し不快になっていた。
「やっぱり、忍の情報通り赤の世界の交戦状態に入ってるね。どうも、七女神が直々に率いてきた援軍が出てきてからアイリス達の方が不利みたい。イレーネス、どうするの?」
「そうね。まだ様子を見るわ。出来るだけお互いを消耗させて、解放軍が戻る前に両方を倒す。アイリスを倒して、青の世界水晶を破壊するまたとないチャンスよ。本土で頑張ってるアルバディーナの分も、頑張りましょう」
モルガナの問いかけに、彼女の隣に立つイレーネスは、彼女に向き直ってから答えた。イレーネスが率いる揚陸艦四隻を必要とする一個大隊規模の部隊は、解放軍が青蘭島を空けた際に急遽組まれた部隊だった。戦力的には十分とは言えないため、赤の世界とアイリス派で潰し合わせて、漁夫の利を得ようという魂胆だった。
「ねえ、モルガナ」
イレーネスは優しい声色で話しかけてきた。彼女の右半身を覆う呪いは、直接触れなければその効果を受けることはない。ただ、触れたら死ぬ、という単純かつ明快な呪いのために、彼女は人々から忌避された。しかし、もともと優しい人物であったから、自分の呪いのせいで人が迷惑をかけないようにと、イレーネスは隠遁生活を送っていた。中にはアルバディーナやジュリアのように、イレーネスを気にかけてくれる者もいた。だがそれでも、大半の人々は彼女の存在を許さなかった。住処を追われ、どの人がいる土地でも住まわせてもらえず、終いには人間が絶対に寄り付かない、魔獣が跋扈する森で自殺しようと試みた。しかし、そこにたまたま居合わせた魔獣の少女に止められた。それが、イレーネスとモルガナの馴れ初めだった。モルガナもまた、人々から忌み嫌われた存在だった。その容姿には似つかない常軌を逸した怪力と、魔獣という肩書きが、恐怖の対象となっていたのだった。程度は違えど似た境遇を持つ二人は出会ってすぐ意気投合し、魔獣の森で共同生活を始めた。
それから程なくして、世界接続が起こり、その数年後に青蘭学園なるものが出来たことを聞いた。新たな刺激と新天地を求めて、二人は青蘭島行きを決めた。当然二人は黒の世界を出る正規の手続きを行えないため、こっそり出た形にはなったが、青蘭島に来てしまえば大手を振って青蘭学園に入学できた。しかし、そこでも二人は差別と迫害に遭い、絶望し切っていたところにアイリスと出会った。私と行けば居場所がある、その怒りを力に変えて、私やアルバディーナたちに貸してくれないか――アイリスはそう言った。
当時はエクスシアがT.w.d入りする前だったので、彼女の目的は間違いなく世界の破壊と人間への復讐であった。今にして思えば、当時からT.w.dに入った者には人間への復讐心から入った者が大多数で、世界に不満を持っている者は古参組と解放軍、そして一部の少数の者だけだったが、確かにその意味では既に二分されていた。とはいえ、大多数の前者に対しても、イレーネスとモルガナは極度の人間不信に陥っていたため、心を開くことはできなかった。アイリスに着いて行ったのもアルバディーナの名前を出されたからで、彼女の人材を見る目や、部下に積極的に関わる姿勢を評価してはいたものの、心酔まではしていなかった。そういう訳で、イレーネスの優しい一面を知る者は、モルガナやアルバディーナ、ジュリアくらいな者であった。故に、彼女の本来の姿のように優しい声を聞けるのは、ここではモルガナだけだった。
「なに、イレーネス」
「世界の滅亡を、共に見届けましょうね」
「うん。もちろん」
モルガナは、イレーネスの言葉に即答した。今は彼女と、アルバディーナの目的がモルガナの全てだ。何ひとつ躊躇う必要はない。アルバディーナ派の中で最強である自分の力を、この戦場で存分に発揮する――モルガナはその意を込め、イレーネスと見つめ合った。
***
アインスは、アイリスのいるであろう司令部や参謀本部に、屋根裏を通じて向かう途中で、下から聞き覚えのある声を聞いた。一旦進むのを止めて耳を澄ませると、聞こえてきたのは美海たちの声であった。
アインスは同行している忍を放っておいて、天井板を外して、美海たちのいる部屋の前で、監視センサーの死角となる位置に降り立った。それから、一瞬の間にミリアルディアでドアのロックを切断して解除し、美海たちの手枷も切ると、すぐに屋根裏に戻り、天井板を元に戻した。
「お主、一瞬どこに行っていたでゴザルか?」
屋根裏に戻ってすぐに、忍がしかめっ面で聞いてきた。アインスは彼女の言葉を無視して、美海たち三人のことを考えていた。ロックを解除したことに果たして気がついてくれるかとか、気づいた後どのように振る舞うかとか、そういうことだ。
「大した用じゃない」
忍にはこのように言っておいて、アインスは彼女に先を急がせた。
アインスは、脳内のナノマシンと連動している偵察用ドローンのおかげで、外の様子は概ね把握できていた。七女神が出てきたというのは僥倖であったが、レミエルたちにもっと敵を引きつけてもらわねば困る。アインスの合図で緑の世界の航空艦隊が出撃するので、そのタイミングの見極めは重要だった。青蘭学園に潜入して色々するのも、アイリス派を今ならやれると赤の世界に思わせて深追いさせるためで、アイリス派を完全に潰させるわけではない。そうした場合、アルバディーナ派と赤の世界に対しての抑止力が失われ、戦力の均衡が失われる。緑の世界への侵攻を狙っているアルバディーナ派の存在も考えると、弱らせすぎるのも下策だ。
アインスは先を行く忍を見つめた。彼女の狙いは十中八九アイリスの暗殺だろう。となれば、間違いなく彼女は途中で阻まねばならぬ存在だ。アインスは、殺気を押し殺した目で忍を見つめ直した。
***
青蘭学園の会議室で、参謀本部は大混乱に陥っていた。いくら赤の世界の軍といえど、七女神本人が戦場の最前線に現れるとは、全く予想だにしていなかったのだ。確かに七女神を投入すれば圧倒的な戦力になるだろうが、討たれた時のリスクが大きすぎる。ハイリスクハイリターンすぎる戦術は取らぬのが兵法の基本だ。赤の世界がここでそのような戦法を採用したということは、何も考えていないか、もしくはそのような作戦を実行せねばならぬ程に、赤の世界が切羽詰まった状況にあるということだ。
そこに、更に裏山の哨戒部隊が全滅していたという報が入った。先程からの状況のこともあり、アイリスは思わず舌打ちをした。
「私たちが知らない間に敵に侵入されたと考えた方がいいね。哨戒部隊を全滅させて侵入してきた本命が美海たちとは考えづらいし」
「ということは表の赤の世界の軍も、先の侵入者たちも囮で、真の狙いは青蘭学園そのもの、という魂胆ですかね」
参謀の一人がアイリスの言葉を受けてそう発言するが、マユカは首を傾げて呟くように言った。
「でも、そうだとすると赤の世界の動きが不可解なんですよね。囮にするなら七女神を出さずとも十分役目は果たせます。もしかしたら、何者かがこの状況を利用しているのかもしれません。だとすれば、赤の世界の動きにも合点がいきます」
「ならあえて前線を激化させようか。それで動きを見よう。といっても、これ以上部隊を前線に投入すれば、ここの守りが薄くなりすぎる」
アイリスはそう言って暫く顎に手を当てながら考えていたが、何か思いついたのかハッとして少し嬉々とした様子で言う。
「ミルドレッドを呼んで。それから、シルト」
突然に名前を呼ばれたシルトはキョトンとしていたが、アイリスは彼女の顔を見てにやりと笑った。何を言われるか察したのか、シルトは、慌てた様子でいきり立った。
「わ、私が前線に出るの!? 参謀副長が前線に出てどうすんの!?」
「だから二人も参謀副長がいるんじゃないか。この意見に反対の人はどうぞ遠慮なく」
アイリスが呼びかけるが、反対意見は出なかった。その様子を見ると、シルトは自分の頬を叩いて顔を引き締めた。
「分かった。どうせあなたのことだから、ミルドレッドと一緒に、手当たり次第に大暴れしろって言うんでしょ?」
「もちろん。あと臨時の副総統権限も与えるから、何か非常事態があったらお願いね」
シルトの言葉に、アイリスは大きく頷いた。すると、シルトは大して嫌がる様子も見せず、そそくさと会議室から出て行った。
「なんか結局私が取り仕切っちゃったね。ごめん、マユカ、みんな」
「あまりよろしくはないですが、私たちは皆慌ててしまっていましたから。そのようなときに、冷静な判断が出来る人が取り仕切るのは当然です」
シルトが出てからアイリスが謝罪すると、マユカはそのように返した。彼女の言うことは一理あるものの、参謀長としては失格だ。マユカにそのことを注意しようとした時、シルトと入れ替わるように連絡係の者が飛び込んできた。
「ご報告します。日向美海、ソフィーナ、ルビーの三名が脱走しました。まっすぐに会議室に向かっている模様です」
「もう着いてるわよ」
連絡係がいい終えた瞬間、その言葉と共に彼が昏倒し、殺気を放つソフィーナとルビー、そして表情を消した美海がいた。
***
闇の塊を乗せたアマノリリスの手のひらが、レミエルに迫る。一度は死を覚悟したレミエルだったが、実際にそれが近づくと、脳裏に秀の姿が浮かんだ途端、レミエルに強靭な意志が目覚めた。
(こんな、こんなところで!)
「こんなところで、私はぁぁぁああッ!」
レミエルの絶叫に呼応するかのように、無意識のうちに彼女の周囲に球状の結界が張られた。それはアマノリリスを弾き飛ばすと、すぐに消えてしまった。
(な、なんとか間に合ったけど)
レミエルはアマノリリスを弾き飛ばした後、すぐに上昇して距離を取った。そして、強烈な違和感も感じていた。堕天した上、ガブリエラと赤の世界水晶の一部と融合したという状態なのに、思うように実力が出し切れない。改めて、秀というαドライバーの存在の大きさを思い知った。
「秀さんのリンクが無い分は、火力でカバーする!」
レミエルは手に持つユラとガブリエラの剣に力を込める。かつてアルバディーナの結界を打ち破り、赤の世界に侵攻してきたT.w.dを消し去った光の超大剣を再現した。多少の疲労感はあるものの、その出力は両方ともかつての物と同じだ。相変わらず剣先が見えないが、レミエルはその理由が、力を得た今だからこそ分かった。先が見えないのではない。先が無いのだ。触れたもの全てに「切られた」という因果を与える光。物理的障壁では防御は不可能だろう。防げるとしたら、それこそアルバディーナの最高級の結界くらいしかない。
「これなら、どんな敵が相手でも!」
レミエルは敵の密集しているところに向かって振り上げようとしたが、腕を動かす前にその肩を掴まれた。
「待て。早まるなよレミエル。味方まで巻き込むつもりか」
レミエルはその言葉で頭が冷えた。光を消して振り返ると、肩を掴んでいるのはミルドレッドで、その隣には成長した姿の方のシルトがいた。
「私とミルドレッドでアマノリリスとグラディーサを抑えるから、レミエルはエクスシアたちのとこに行ってあげて。それと」
シルトは微笑みながら、彼女自身の体の右半身をそっと撫でた。その仕草で、レミエルは右半身が裸であることに、初めて羞恥心を覚えた。
「わわっ。ありがとうね、シルト」
レミエルは慌てて服を魔法で復元すると、改めて二人に向き直った。
「じゃあ、ここは任せるよ」
レミエルは二人の反応を待たずに、エクスシアらのいる戦場に急行した。本心では七女神の一人を討つということを他人に任せたくはなかったが、そのようなことが言っていられる状況ではない。自分たちがしているのは戦争だということを考えれば当然のことだ。
後ろ髪を引かれる思いを振り切って、レミエルは加速していった。
***
レミエルの背中を見届けると、シルトはグラディーサとアマノリリスを見つめながらミルドレッドに言う。
「ミルドレッドはアマノリリスを頼むよ。戦闘スタイル的にはそっちの方が合ってるでしょ?」
「指図されるのは気に食わんが、確かにシルトの言う通りだな。武器を駆使して戦うシルトにはアマノリリスは辛いだろう」
ミルドレッドは傲岸不遜な態度でそう言うと、アマノリリスに向かった。彼女に続いて、シルトもグラディーサに向かって飛ぶ。
「シルト・リーヴェリンゲン! 緑の世界水晶の化身たる貴様がアイリスなどという悪党に味方するとは、堕ちたものだな!」
シルトに気がついたグラディーサも、まっすぐに向かってきた。シルトは接敵の瞬間、ナツナ・トオナギの武器である剣、エンドブレイザーを召喚し、グラディーサの斬撃をその鎬で受けた。
「なんとでも言うといいよ。私は私なりの信念をもってこの場にいる。あなたなんかに、私の行動をとやかく言われる筋合いは無い!」
シルトはそのように言い放つと、エンドブレイザーの刀身を分割し、蛇腹状になったそれを念力でグラディーサの剣に巻きつけると、その柄を持ったまま真上に飛んだ。想定していない動きだったのか、その間グラディーサは呆気にとられっぱなしで、まともに対応できていなかった。
「エンドブレイザーには、こういう使い方だって!」
エンドブレイザーが伸びきったところで、シルトはもう一本エンドブレイザーを召喚し、空いている方に持ってその刀身を分割してから振り上げて、グラディーサに向けて放った。
グラディーサは身をよじって体に巻きつくのは避けたが、左腕に巻き付いた。
「もらった!」
その巻き付いた状態から、シルトはエンドブレイザーの刀身を元に戻した。すると、グラディーサの左腕が、最早腕としての機能を為すことが不可能なくらいにズタズタに引き裂かれた。その痛みからか、グラディーサの剣を握る右手の力が弱まった。その隙をついて、エンドブレイザーが巻き付いた彼女の剣を、エンドブレイザーの一部を元に戻すことで奪い取り、それを捨てた。
「次は逃さない!」
シルトは、右のエンドブレイザーを横から薙ぐように放ち、左のそれを上から振り下ろすように放った。しかし、グラディーサは使い物にならなくなった左腕を引きちぎって、上に飛ぶと同時にその腕を彼女が元いた位置に投げた。
しかし、その行動を見て、シルトはエンドブレイザーから手を離し、思わずニヤリと笑った。回避されることなど、とうに予測済みだ。どの方位に逃げられようと、好きな位置に好きな緑の世界の武器を召喚できるシルトに、死角はない。
「逃さないって言ったよね。レミエルには悪いけど、ここで死んでもらうよ!」
グラディーサが止まった瞬間に、シルトは彼女を球形に取り囲むようにして、ありったけの数の、大剣のグリム・フォーゲルを召喚し、それを一気にグラディーサに向かって突き刺した。しかし、手応えはあったものの終わった感じがしなかった。実際、グリム・フォーゲルを取り払ってみても、血は残っていても亡骸は残っていなかった。
シルトが不審に思っていると、背後から微かな息遣いが聞こえた。それで、シルトは振り向きざまにブルーティガー・ストースザンを召喚し、背後にいたグラディーサを輪切りにした。
グラディーサの目がシルトを睨み付け、微かに口が動く。声にはなっていなかったが、言わんとすることは分かった。そしてすぐに、彼女の亡骸が地面に落下し、体が飛散する。
「どんなに恨まれたって、憎まれたって構わないよ。私の覚悟は、もう決まってるんだ」
シルトは、グラディーサの骸を見つめながら呟いた。ちょうどその時、緑の門が唐突に輝き始めた。そして、そこから十隻の、小規模な統合軍の強襲航空艦の艦隊が現れた。
「このタイミングで統合軍が現れるの!? 一体、なんで……」
シルトは、少し考えて、アウロラを暗殺したのは統合軍の手の者ではないか、という仮説をアイリスたちが立てていたことを思い出した。だとすると、本命の侵入者の正体も、ここで統合軍が姿を現したことも、合点がいった。その考えに至った時、シルトは通信機を手に取って、早口気味に告げた。
「全軍に通達! 統合軍には一切手を出さないで、赤の世界の軍への攻撃をできるだけ激しくして! あの艦には敵を一切寄り付かせないで!」
指揮官の中にはこの命令が不可解だったのか、訝しげに了解を返す者もいた。しかし、誰も不平を漏らすことなく、シルトの命令を実行し始めた。その様子を視認すると、彼女は上空の艦隊を一瞥してから、彼女もまた前線に飛び込んでいった。
***
「T.w.d、我々の援護を始めた模様です。いかが致しますか?」
「援護してくれるなら好都合だ。ここにいるテラ・ルビリ・アウロラ軍は連中に任せよう。早くここを抜けて、赤の門に辿り着くのが我々の目的だ」
部下の報告に、艦隊指揮官であり、旗艦ポラーシュテルンの艦長であるナタクはそう答えた。そして艦長の椅子から立ち上がると、大きく息を吸い込んで、全軍に告げる。
「いいか! 下の連中には目もくれるな! 全艦、クリスタルマオアー展開! 最大戦速でここを突っ切る! 決して隊列を乱すな。我に、続けえッ!」
ナタクは、他の艦長が了解と返すのを聞きながら、椅子に座った。かつて青蘭島で敵対した者の力を、青蘭島で借りるというのはなかなかに複雑な気分であったが、向こうから進んでこちらの赤の世界行きを支援してくれているのだから、それに乗らない手はない。T.w.dの思惑としては、統合軍が赤の世界に攻め入るついでに、青蘭島にいる部隊の補給線等を分断してくれることを期待しているのだろう。もっとも、統合軍は全艦が赤の世界に突入した後、一時的に赤と青の世界を繋ぐ門を閉鎖する予定でいるので、図らずも彼らに協力することになる。
(T.w.dの分裂に、赤の世界の衰退。何もかもが順風満帆だ。時勢は、緑の世界にある!)
ナタクは口に出すのを抑えながら、拳を強く握った。モニター越しに見えた赤の門が、すぐそこにあるようにも思えたのだった。