Ange Vierge Désespoir infini   作:黒井押切町

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真意

 緑の世界が現れ、流石にアマノリリスもその狙いに気がついたのか、ミルドレッドを引き離そうと攻撃するが、ミルドレッドはそれを軽くいなすと、アマノリリスとの距離を詰め、肉薄した。

 

「おいおい、どこに行くつもりだ? 貴様の相手はこの私、ミルドレッドだ。統合軍ではない」

 

「そなたの行動が、何を起こすかわかっておるのか!? そなたの妨害で、我々の世界が滅ぶかもしれんのだぞ!」

 

 アマノリリスがそのように言い返す。しかし、ミルドレッドは彼女の主張を鼻で笑った。

 

「どのみちアイリスが世界を作り変える。その過程で世界のひとつやふたつ滅んだとて、知ったことかあッ!」

 

「何!?」

 

「それに、世界のトップが軍部の暴走を止められず、そのトップも自らこんな戦場にしゃしゃり出てくるような世界だ! 滅んだ方が良いというものだよ! 私もそうだろうがという反論は無しだぞ。何せここにいる私は影だ。本体は黒の世界で政治をやっているからなあ!」

 

 ミルドレッドはそう言いながら、魔法の炎を纏わせた拳で、アマノリリスを何度も何度も殴りつけた。

 

「ふははは! どうした七女神のアマノリリスよ! 貴様の力はその程度か! そらそら、なんとか反撃してみせろーッ!」

 

 ミルドレッドは殴りながら、彼女を睨むアマノリリスの瞳に映る己の顔が、狂気に満ちた笑みを浮かべていることに気がついた。ミルドレッドは、自分の顔ながらその表情に不満を持った。彼女は、自分にそのような面があるのは重々承知している。別に、殴ることが快感であるわけではない。戦闘していることが快感なのだ。つまりは戦闘狂なのである。彼女が不快感を覚えたのは、あくまで本体の影である自分が、本体のミルドレッドが感じることのできない悦びを本体を差し置いて体感したことに対してだ。黒の世界の頂点として振舞わなくてもよい影だからこそ感じられることではあるが、そう自覚してもやはり不愉快であった。

 

「慈悲は与えん。このまま、貴様には死んでもらう!」

 

 ミルドレッドがとどめの拳を、アマノリリスの鳩尾にぶつけようとする。しかし、彼女はカッと目を見開き、痛みを堪えている風で叫んだ。

 

「調子に、乗るでない! 妾を誰だと思っておる! 宵闇の女神アマノリリスぞ! 舐めるでないわぁぁぁッ!」

 

 アマノリリスは、ミルドレッドの拳と彼女の身体の間に、闇の塊を形成した。そして、その闇の塊は、さもブラックホールのように、ミルドレッドの拳、そして体をを吸い込み始めた。

 

「や、闇に飲まれる!? 万事休すか!? ぐおおおおっ!」

 

 その闇に吸い込まれながら、ミルドレッドはアマノリリスを見た。彼女はすっかり安心した様子で、肩の力を抜いて息を吐いていた。

 次に、ミルドレッドは上空を見た。統合軍の艦隊は、細かな攻撃は何かしらの障壁で防いでおり、恐らくテラ・ルビリ・アウロラ軍で最大火力の持ち主と思われるフェルノは、シャティーとエクスシアに妨害されて艦隊に手が出せずにいた。その光景を尻目に、ミルドレッドは完全に闇に飲まれたかのように見えたのだった。

 

「ふう。魔女王の影とはいえ、かなりの強敵であった。しかし、これで――」

 

 アマノリリスは一息ついて、統合軍の艦隊の方に注意を向けた。その瞬間のことであった。アマノリリスの左の胸を、ミルドレッドの手刀が後ろから貫いた。

 

「くくく。馬鹿め。その様子だと切り札だったようだが、切り札でいつも誰かを仕留められると思うなよ!」

 

 ミルドレッドは、手刀を差し込んだ穴に、もうひとつの手をねじ込みながら、嬉々とした声で告げる。

 

「冥土の土産に教えてやろう。完全に飲み込まれる寸前に私の魔法であの闇を消し去り、代わりに私が飲まれて消える幻覚を、私をあの時見ていた全員に見せたのだ。貴様はまんまと私の罠に嵌められたのだよ」

 

「こ、こんな、こんなことが」

 

「こんなことがあり得るか、だと? 私を誰だと思っている? 数えるのを諦めるくらいの敗北と勝利を経験し、時には体をいいように嬲られ、時には吐き気を催すほどに敵を惨殺し、そうして幾多もの屈辱と栄光を体に刻んで、ゼロから黒の世界の最高峰、魔女王の地位に実力ひとつで上り詰めた、この私こそ魔女王ミルドレッドだ! 女神という強力な種族に胡座をかいていた貴様とは、潜った修羅場の数がなあ――何万倍も違うのだぁぁぁああッ!」

 

 ミルドレッドは、最後に叫ぶと同時に、アマノリリスの体を半分に引き裂いた。返り血で体中が血に塗れる。しかし、ミルドレッドはこれで過信せず、両の手のひらに、エネルギー弾を魔法で作り、アマノリリスの亡骸に向けて、その体が跡形もなくなるまでエネルギー弾を撃ち込んだ。そして更に、霊体が残っていないか確かめるために、隠蔽性の高い探知結界を、青だけでなく、赤、白、黒、緑の世界全域に張った。ミルドレッドの知りうる世界ではアマノリリスの霊体は認められなかったが、代わりに幾つかの情報を得た。

 赤の世界では、今反乱が起きており、今残っている軍隊では漸く五分五分、というくらいにしか対処できていないこと。白の世界では、ジュリアが秀たちと行動を共にしており、EGMAの破壊に向かっているということで、各世界で時間の進みが異なることから、もうすぐ帰ってくるだろうということ。黒と緑の世界は比較的安定しており、青の世界では世界中で反プログレスの機運が高まり、T.w.dアルバディーナ派の攻撃に晒されると同時に、魔女狩り的に青蘭島にいないプログレスとαドライバーが虐殺されているということ。そして青蘭島の周りの状況として、イレーネスとモルガナ率いる一部隊が、青蘭島への上陸の機会を伺っているということだ。

 上空を見てみると、グラディーサに続いてアマノリリスを失ったテラ・ルビリ・アウロラ軍は、完全に混乱しきっていた。動揺している彼らを、エクスシアやレミエルたちが軽々と撃破していっている。そして、統合軍の艦隊は、先頭の一隻が、とうとう門に到達していた。

 ミルドレッドは血塗れの人差し指の先をひと舐めして、視線を正面に戻した。

 

「赤の世界も、もう終わりだな。さて、シルトは手伝ってるみたいだが、私にはそんなことをする義理はないな。アマノリリスを討ち取っただけでも暴れ回れっていう命令は達成できただろう。私は戻るとするか」

 

 ミルドレッドはそう思い立つと、すぐに参謀本部まで瞬間移動した。

 

        ***

 

 美海は、自分より一歩前に立つソフィーナとルビーを、眉をひそめて見つめた。彼女らの視線の先にはアイリスやマユカがいる。そしてあからさまに殺気を放っていた。襲いかかるのは時間の問題だろう。

 

「ここであったが百年目ね。今日こそ――」

 

 ソフィーナがそう言い、彼女とルビーが手を動かし始めた。その瞬間、美海は異能を発動した。彼女らの周囲の大気の動きを操り、ソフィーナとルビーを拘束したのだ。更に、空気の振動も抑えたため、二人の声は誰にも聞こえない。ソフィーナとルビーが呆気にとられたように目を大きく見開き、美海を見る。美海は彼女らの視線は無視して、二人の前に出た。

 すると、アイリスや他のT.w.dの構成員が、鋭い目で美海を睨んでいた。マユカだけは表情を消していたが、思わず美海は射竦められてしまった。

 

「どういうつもり? その二人を止めるなら、最初からそうしてよ。なんでここに踏み込ませてから止めるのさ。状況が分からないの?」

 

 アイリスの言うことは至極もっともであった。美海とて、そのようなことは百も承知だ。しかし、納得され得ないとしても、美海にはすぐにでも言わねばならぬことがあった。

 

「私は、何も分かっていなかった。ただ、理想に従って、それを唱え続ければ大丈夫だって、ずっと思ってたんだ」

 

 美海は、これまでに経験してきたことをひとつひとつ思い出しながら話す。ジュリアと戦った時のこと、T.w.dが攻めてきた時のこと、赤の世界でレミエルと対峙した時のこと、一昨日にアイリスに拒絶された時のこと。そしてその後、己の考えを改めるための材料として、世界の声を聞いたこと。それら全てが、これまでの美海の行いを全否定した。最早理想を言っている場合ではない。現実を顧みて、その中で真に己が為すべきことを考えて、結論付けたのだ。

 

「だけど、この世界の現実と向き合えば、そんなことは唱えるだけ無駄って気付いたんだ。なんでT.w.dが結成されたのか。なんで人間解放軍が結成されたのか。そして、なんで今、青の世界がプログレスやαドライバーへの怨嗟の声で充ち満ちているのか。そのことを今までの経験と照らし合わせて考えたら、今は、もう話し合いで解決できる段階に無いって、分かったんだよ。それに、話し合おうにも後ろ盾のない私の言うことは、もう誰にも届かないだろうし」

 

 美海は、アイリスに真っ直ぐに向き直った。そして、大きく息を吸い込んで告げる。

 

「それでも、私は理想を捨てきれなかった。だから、その理想を、あなたの創る世界に託す。私を、あなたの一派に加えて欲しい」

 

 この申し出には流石のアイリスも驚いたらしく、すっかり目を丸くしていた。それはマユカを含む他のT.w.dの構成員も同様で、空気がすっかり固まっていた。後ろの二人も、恐らく彼らと同じ表情をしているだろう。

 この空気を打ち破るように、血塗れの女性がこの会議室に転移してきた。彼女は美海たちに気付いた様子を見せず、血に濡れた手で髪をかきあげながらアイリスに言う。

 

「アマノリリスを()ってきたぞ。それと、イレーネスとモルガナがいくつか部隊を引き連れて青蘭島沖にいる。アマノリリスが死んだ以上、多分もうすぐ来るだろうから、さっさと対応しておけよ」

 

「え、ああ。そうだね、ミルドレッド」

 

「いつになく歯切れが悪いな。……ん?」

 

 そのミルドレッドと呼ばれた女性は、ようやく美海たちに気が付いた。そして、品定めするようにじろじろと三人を見て、数回頷いた。

 

「なるほどな。日向美海、お前が我々の仲間に入って、そこの二人はそれの説得力を増すために使ったってわけか。まあ愚か者にはふさわしい姿だろう。なあ、ソフィーナ」

 

 なぜ彼女が美海らの名を知っているかを問う前に、彼女はソフィーナに近づいていき、その顎を指で持ち上げた。

 

「ふん、どうやら喋れないようだが、無様も無様。貴様ごときが魔女王候補など片腹痛いわ。盲目的に物事を見て、現時点での最良の選択が出来ぬ者などに、魔女王など務まらんぞ」

 

「ミルドレッド。いびるなら後にして」

 

 アイリスは強い口調で嗜める。ミルドレッドはやれやれといった風で、そこから引き下がった。それから、アイリスは美海を背筋が凍るような冷たい目で見た。

 

「美海。君の理想を叶えたいなら勉強をすることだよ。特に政治経済。今の戦闘が終わったら、私直々に暇を見つけて講義してあげるから、私たちに力を貸して。それで人を殺すことになるけど、いいね」

 

「構わないよ。理想のためには、この手を血で濡らすことも必要だって悟ったから。それに、会議を止めてしまったから。せめてものお詫びに」

 

「よし。なら、早速戦場に行って、シルトの指示に従って。そこの二人の処分、こっちで決めていいよね」

 

 美海は即座に頷いて、振り向くこと無く部屋の窓に向かった。その途中、彼女がマユカの側を通り過ぎたとき、マユカが美海を呼び止めた。

 

「まだ貴方たちへの生殺与奪の権利は私にあります。場合によっては、ソフィーナさんやルビーさんの首が飛びますが、それでもいいですか?」

 

「全く構わないかと聞かれたら嘘になるよ。けど、私たちだけが我が儘言うわけにもいかないから。必要なら、淘汰されるのは必然だよ、マユカちゃん」

 

「短い間に変わりましたね、随分と」

 

 マユカが、寂しげにポツリと呟いた。涙まじりでもあった。その声は、美海の心を締め付けた。できることなら変わりたくなかったと、彼女と抱き合って泣きたいくらいだ。しかし、そのようにするわけにもいかない。涙を押し殺し、平静を装って、美海は告げる。

 

「変わるよ。現実を知ったんだから。理想を抱いて、非情に生きるって誓ったんだよ、私は」

 

 マユカは何も言わなかった。代わりに、彼女の方からひとつの水晶のかけらのようなものが投げられた。美海がそれを掴むと、マユカは淡々とした口調で告げた。

 

「異能増幅エンハンスト。コピー品ですが、性能は統合軍が使うものと同等です。使用時に苦痛を伴いますが、αドライバーとリンクしている時と同等の力を出せます。今の私たちにはαドライバーが一人しかいませんしている、彼は今手一杯です。ですからそれを使ってください。それを肌に当てて、リンクしようとすれば使えますので」

 

 美海は言われた通りに、右手の甲にエンハンストを当て、それとのリンクを試みた。すると、その右手の甲から何かが体中に根を張るような、奇妙な、悍ましい感覚に襲われた。マユカの言う苦痛とは、このことなのだろう。しかし、確かにリンクした時と同じように、力が湧いてきた。苦痛に関しても、慣れれば気にならなさそうな程度であった。統合軍がαドライバーの獲得に精力的でないのもよく分かった。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 美海はソフィーナとルビーの拘束を解くと、窓から風に乗って飛び立った。人の目が無くなったお陰か、美海の目から、急に涙が溢れた。愛する友を裏切り、あくまで理想に殉ずる道を選んだ。以前の彼女なら、友と共に死ぬ道を選んだ。しかし、世界を知り、理想を捨てきれなかった彼女は、変わるほかなかったのだ。誰もが変わった。レミエルでさえ、彼女の知る頃とは、最早別人となっている。生き抜くため、己が意志を貫くためには変わるしかない――生きたまま、進化するしかないのだ。そして、それは知的生命体の特権でもある。進化の名を冠したプログレスであれば尚のことだ。そう考えれば、美海が変わったのも、ある意味では必然と言える。

 そのような理論で納得させなければ、美海は自分を保つことができなかった。変わったことに後悔はしていないが、そうでもしなければ友への申し訳なさに押し潰されそうだった。常に心地よく感じていた風を切る感覚も、今はただ辛いだけだった。

 

「こちらシルト。美海、アイリスから話は聞いたよ。早速で悪いけど、君って、どれだけの規模の竜巻を起こせる?」

 

 唐突に、頭の中に声が聞こえた。シルトと名乗る女性の声には思いやりなど微塵も感じられなかった。しかし、アイリスたちは戦争をしているということを考えれば、当たり前のことだ。余裕があるならともかく、このような猫の手も借りたいくらいの切羽詰まった状況では仕方がないだろう。

 

「その気になれば、F3くらいのものは起こせると思うけど」

 

「分かった。じゃあ、そのレベルのものを北北東の沖にいる揚陸艦の艦隊の所にピンポイントで起こして。ただし、ヤバイと思ったらすぐに離脱して、今みたいに私にテレパシーを頂戴。あなたの命が最優先で構わないから」

 

「うん。了解」

 

 美海は短く返すと、すぐにシルトの言った方角に向かった。暫く進むと、海上にうっすらと軍艦らしき影があるのが見えた。手のひらサイズの小型の望遠鏡でそちらを覗いてみると、確かに軍艦だった。それで早速竜巻を起こす準備を始めたが、その直後に、美海に突進してくる女性の人影を捉えた。美海は、咄嗟にその人影に向かって突風を起こす。しかし、彼女は速度は落としても、尚も突っ込んできた。美海が限界まで突風を強くしても、彼女は全く怯まない。それどころか平然と距離を詰めてくる。それで、美海はシルトにテレパシーを飛ばした後、ギリギリまで近づけて、紙一重での回避を試みることにした。

 そして、その人影が人一人分くらいの距離まで迫り、その姿が明らかになる。青みを帯びた髪に、羊の角を頭に持ち、蝙蝠の羽で空を飛ぶ、幼い見た目の少女。しかし、美海を捉える彼女の瞳には、見た目に不相応な程の憎しみがあった。それは美海個人へのものではないとすぐに分かった。美海が人間であるがゆえに憎しみを向けているのだ。

 

(この子も、私の理想を阻害する者、か)

 

 ならば倒していくしかない。しかし、学園でのブルーミングバトルにおけることであるが、百戦錬磨の美海である。彼女の力量が、美海を完全に上回っていることくらいは一目で見抜けた。

 とにかく、回避に専念する――その意気込みで、美海は彼女の攻撃を待つ。そして彼女が腰をひねり、圧倒的スピードを以って拳を振り抜こうとしたその瞬間、美海は自分に向かって横向きの突風を起こし、無理矢理に加速して回避を試みた。しかし完全には回避しきれず、拳の端が左の脇腹を掠った。が、それだけで体中をミキサーにかけられたような感覚に襲われ、直後に大量の血を吐いた。

 

(掠っただけでこの威力!? まともに食らったらなんて、想像つかないよ)

 

 美海の心中の呟きは声にならず、ただ荒く息を吐くだけだった。体の内部が激しく痛み、意識も朦朧としてきた。羊の角の少女が再び美海に照準をつける。美海が観念したその時、白の門が一際明るく輝いた。

 

        ***

 

 レミエルは、シャティーと連携してフェルノの妨害に当たっていた。既に三隻が赤の門を通過したが、せめて残りでもと、フェルノが躍起になっているのが良く分かった。

 

「売国奴め! あなたのその行為が、何を意味するか分かっているのですの!? あのまま統合軍が行ったら、赤の世界は滅びを迎えますわ!」

 

「テラ・ルビリ・アウロラの諸国は、アイリスの創る世界の元で再構築されます。一度や二度滅んだところで問題ないでしょぉぉぉ!」

 

 レミエルは、フェルノの言を一蹴して、彼女の跨るペガサスに斬りかかる。フェルノは後ろに下がらせて回避するが、そこにシャティーが障壁を配置し、フェルノとペガサスを一瞬怯ませた。しかし、彼女はそこから障壁を蹴り、その勢いを利用して隙をつこうとしたレミエルの攻撃を躱した。

 

「あなた方に、愛国心というものは無いんですの!?」

 

「愛ゆえに、滅ぼす」

 

 フェルノの問いかけに、シャティーは短く返した。

 

「そんなものはあなた方のエゴですわ! 同郷のよしみで命は助けようと思いましたが、それも限界ですわ。封印弓フェイルノート!」

 

 フェルノは、矢を一本取り出してそれを力強く握りながら目を閉じた。レミエルは、彼女が祈りを込めているとはっきり分かった。封印弓フェイルノートのことは、レミエルも殆ど知らない。状況からして、フェルノはフェイルノートの封印を解くつもりだろう。予測もつかないことを、させるわけにはいかない。

 

「させるものか!」

 

 レミエルは魔剣を、シャティーは短剣を雨あられのようにフェルノに降らせる。だが、それらの剣先がフェルノに届く一歩手前で、フェルノが目を見開いた。

 

「封印、解放!」

 

 彼女の声が響き、フェイルノートと矢が黄金の輝きを放つ。魔剣と短剣は勢いを失って彼女の手前で地に落ちる。そして、その輝きが終わった時、フェルノの手には鏃の部分が巨大化したような刀身の剣が握られており、彼女とペガサスは黄金の鎧をまとっていた。

 

「この力があれば、どんな敵が相手でも負けませんわ!」

 

 フェルノが剣を構えると、ペガサスが前に出た。そうレミエルが認識した瞬間、彼女の姿が消えた。

 

「嘘!?」

 

 気付いた時には、レミエルの真後ろにフェルノがいた。振り返りざまに斬りつけるが、容易くそれは躱された。そして、またもや彼女を見失ってしまった。そして次には、フェルノがレミエルの真下にいることに気がついた。負ける――そう覚悟した瞬間、白の門が、緑の門から統合軍が現れた時と同じようにその色に輝いた。その場の全員の視線を集める中で、そこから一つの影が現れる。それは途轍もない速さで近づいてきて、フェルノに対してミサイルを放った。フェルノは回避に入るが、そのミサイルは彼女を果てしなく追尾した。彼女が鬱陶しく思ったのか、反転してミサイルの方に向いた瞬間、その影がフェルノに斬りかかった。フェルノは咄嗟に柄で斬撃を受けるが、その影はそこからバランスを少し崩したフェルノを蹴落とすと、ユニコーンの首を落とした。落下するフェルノに、ミサイルが全弾命中したところで、ようやくその影の正体が明らかになった。血が滴る諸刃の剣を持ち、朱色の金属のボディを日の光に煌めかせるその勇姿は、見間違えようもなかった。

 

「秀さん!」

 

 レミエルは、思わずその名を叫んで秀の元へ飛んだ。秀も彼女に近づいて、テリオスのマスクだけを装備解除した。

 

「待たせたな、レミエル。しかし、再開を喜ぶ暇はなさそうだな。あの統合軍の艦はなんだ?」

 

「よく分からないけど、援護しろだって。まあでも、テラ・ルビリ・アウロラ軍が瓦解した今、それも殆ど無用かな」

 

 レミエルの言葉を聞いた秀は、辺りを見回した。その目の先には、指揮官を失い、エクスシアたちに各個撃破される兵が見えた。レミエルが統合軍の艦隊を見上げてみると、最後の一隻が赤の門にすでに殆ど入っているのが見えた。その一隻がそこに完全に入ると、赤の門は閉ざされた。背後を撃たれないための行動だろう。反面、補給線も自ら断つことになるため、まさしく背水の陣だ。

 そして、入れ替わるように白の門から巨大な航空艦が現れる。その巨大さに、レミエルはただあっけに取られるだけだった。

 

        ***

 

 箱舟の艦橋で、アイリスからの要請を受諾したカミュは、モニターに顔を映すアルフレッドに目配せした。彼は力強く頷くと、スピーカー越しに号令を響かせた。

 

「空間断裂砲を使う! 目標は洋上のT.w.d艦隊だ。エネルギー充填開始!」

 

「エネルギー充填120%完了。照準も合わせました。いけますよ、艦長」

 

 アルフレッドの言葉の直後に、ユーフィリアがそう答えた。モニターの中で、アルフレッドがにやりと笑う。

 

「流石の仕事の早さだ。――空間断裂砲、ってえーッ!」

 

 アルフレッドの裂帛の号令が、箱舟の艦橋にこだまする。それとともに放たれた黒い光線がT.w.dの艦隊に照射された時、その付近の空間に穴が空いた。亜空間への道が開かれたのだ。照射を受けたモノは、なすすべも無く亜空間に飲まれ、帰還することはない。事実、待機していた四隻の揚陸艦は全て亜空間に吸い込まれた。今はもう穴は閉じており、揚陸艦の乗組員は、死ぬまで永遠に亜空間を彷徨うしかない。初めてみるその恐ろしさに、カミュは思わず息を飲んだのだった。

 

        ***

 

 箱舟が現れたからの一連の出来事を、モルガナはその目に焼き付けていた。そこから容易に導き出される結論は、イレーネスが、ほぼ確実に死んだことだ。出会ってから、常に二人三脚で歩んできた彼女の死。それは、目の前の美海のことなど忘れさせ、モルガナの心に巨大な穴を開けた。しかし、その穴はすぐに埋められることとなった。

 

「許さない。絶対に、許さない。殺す。皆殺しにする」

 

 ただ唖然として唇を震わせていた直前から一転し、モルガナは呪怨のように、その言葉をブツブツと呟いた。一言紡ぐたびに、心の穴が埋められる気がした。怨嗟という重機で、憤怒という土を被せていく。そうして益々大きくなる負の感情が、とうとう爆発した。

 ――何が根本の原因で、イレーネスを殺した? モルガナは自問する。あのS=W=Eの艦か。アイリスたちと敵対したことか。T.w.dに入ったことか。青の世界に逃げてきたことか。黒の世界で迫害を受け、自分と出会ったからか。全部だ。全部悪い。そしてそれを生み出したのは世界だ。世界の、全てが憎い。

 ……気がつけば、青蘭島のビルが目下にあった。モルガナは己の体を見てみると、禍々しい、黒い瘴気に包まれていた。そして、改めて周囲を見渡すと、まるで青蘭島のミニチュアの上に自分が立っているかのように思えた。そして、人ひとりひとりが豆のように見える。それを見て、モルガナは何が起きたかようやく悟った。自分は、巨人と化したのだ。

 

(これなら、誰にだって私を殺せない。世界を滅ぼすことなんて造作もない)

 

 モルガナは、声を出して笑った。その笑い声に、かつての愛らしさは無い。ただただ、女性の声を無理矢理に野太くしたような笑い声が、不気味に響き渡った。

 

        ***

 

 T.w.dの艦隊が消滅した直後から、忍の動きには焦りが見て取れた。注視しなければ分からない程度だが、時折進む速度を上げたりなど、ソワソワした様子が見える。

 

「何を急いでいるの、忍」

 

「急ぐ? はて何のことやら」

 

 アインスの問いかけに忍はおどけてみせたが、僅かながらにその声は震えていた。つい先ほどまでは全く掴めなかった彼女の心が、手に取るようにわかる。彼女は今にでもアイリスを暗殺したい気分なのだろう。だが、外でモルガナが暴れている状況で、アイリスを暗殺されては、統合軍が赤の世界から戻ってきた時の、緑の世界に帰還する困難は計り知れない。

 

(ここで始末するしかない)

 

 幸い、今の忍の視野は狭まっている。彼女を殺すなら今しかない。アインスは忍に気づかれないよう、慎重に彼女との距離を詰めた。そうして、一足飛びで行ける距離まで近づいた瞬間、アインスは忍に飛びかかった。流石の今の忍でもこれには気がついたのか、前に跳ぶことでこれを避けようとした。だが、彼女の反応は一瞬遅かった。アインスにその右の足首を掴まれたのだった。アインスは咄嗟に掴んだ脚の脹脛にミリアルディアを深々と突き刺して、忍の体を床に軽く固定すると、すぐに前に飛んで、彼女の顔を引っ張り上げ、抵抗する間も無くその喉を掻き切った。

 彼女の死亡を確認すると、アインスは全方位に意識を向けた。ナノマシンに探査させるが、忍が忍術か何かで逃げたという痕跡は見つからない。彼女の死はほぼ確実と見て間違いない。そう至ったアインスは、警戒を解くことなく、来た道を戻り始めた。彼女の目的は、統合軍が赤の世界水晶を奪取するのを円滑にすることである。次にやることは、もう決まっていた。

 

        ***

 

 あずさは、箱舟の艦橋から見えた巨体に、思わず息を飲んだ。全長一キロメートルはある箱舟が、巨人となったモルガナの顔ほどの大きさしかないのだ。

 

「空間断裂砲、エネルギー充填急げ! さらに砲塔を向けたまま取り舵三十! 止まっていたらやられるぞ!」

 

 アルフレッドが焦った声で言う。その指示通りに箱舟が動くが、モルガナの手の方が早かった。そこで、あずさは咄嗟にモルガナに意識を集中し、彼女の時を止める。しかし、彼女には効かなかった。依然として動き続けている。

 

「瞬間移動!」

 

 あずさの隣のユノが、そのように叫んだ。すると、次の瞬間には箱舟の周りの風景が変わっていた。遠くには青蘭学園が、近くには森林が見えることから、裏山の森に飛んだようである。艦橋の人物は誰一人欠けていない。恐らくは箱舟の他の人員も、全員が一緒に飛ばされたのだろう。

 そのような考えに至った時、あずさは思わずユノを見た。これほどまでに大規模な瞬間移動を行えば、体力の消耗も尋常でないはずだ。そして案の定、ユノはかなり息を荒くして、目をいっぱいに見開いていた。

 

「大丈夫だから。心配しないで」

 

 あずさが声をかける前に、ユノはそのように言った。言葉を封じられて戸惑うあずさをよそに、ユノはふらつきながらも立ち上がった。そして彼女は数回ほど大きく深呼吸をして息を整えると、指揮官の椅子に座るカミュに目を向けた。

 

「副総統、私を前線に行かせてください。私の瞬間移動能力は、彼女と交戦するにあたって、私のみならず味方にとっても有用でしょう」

 

「却下する。今の貴様がかなり消耗しているというくらい、誤魔化しているつもりだろうがよく分かる。行かせるとしてももう少し休んでからだ」

 

 カミュは即答した。更に、有無を言わせぬような目で、ユノを睨みつける。彼女の心の中を見透かしているかのようであった。

 

「ユノ、気持ちは分かるけど、今は秀たちに任せよう。無茶して死んだら元も子もないわよ」

 

 カミュの視線に怯むユノに、あずさは諌めるように告げた。

 

「リーナたちジャッジメンティス隊を出撃させろ。我々解放軍司令部はここで指揮を取る!」

 

 カミュがユノから視線を外し、指示を出し始める。あずさがふとユノを見てみると、彼女は今にも泣きそうになって、歯を食いしばっていた。

 

        ***

 

「竜族部隊は全員竜化! そして巨大化して突撃だアッ!」

 

 クラリッサが大声で指示を出すと、その通りに竜族はみな体長十メートルほどの竜となり、更にそこから大きい者で数キロメートルの、小さい者でも五百メートルほどに巨大化した。かのような巨体に絡め手は通じないと判断した故、彼女はこの判断を下したのだった。

 クラリッサも含めて、竜たちは果敢に攻めていくが、彼らの攻撃は、物理攻撃も魔法攻撃も、全くといっていいほど通用していなかった。その様はまるで巨象にぶつかる小蝿のようで、モルガナは気にも留めていない様子だった。

 

「クラリッサさん。このままでは埒があきませんよ。そこでどうでしょう。私を質量弾として、竜族部隊の皆で彼女に撃ち込むというのは」

 

 銀の竜の状態のジークフリードが、クラリッサに近寄ってきた。

 

「それじゃ、あんた死んじまうかもしれないだろ。そんなの認められない」

 

 クラリッサが首を横に振るが、ジークフリードは笑って告げる。

 

「私は頑丈です。そう簡単には死にません」

 

「信じていいんだな」

 

「もちろん」

 

 ジークフリードは笑みを崩さず、かぶりを振った。彼は簡単に譲らない性格だ。そのことは同郷のクラリッサが最も理解している。彼が覚悟を決めた以上、梃子でも動かぬだろう。クラリッサはため息をつき、竜族部隊の全員に大声を張り上げた。

 

「聞いてたね! 今から全員で、ジークフリードをぶん投げる! しっかり息を合わせろよ!」

 

 クラリッサの呼びかけに応じ、竜族部隊の面々がジークフリードの元に集結する。そして、彼の両足をそれぞれ皆で掴むと、クラリッサの合図で彼を思い切り放り投げた。

 

        ***

 

 ジークフリードは、投げ出されたのち、加速術式を用いて更に速度を増した。今の彼の全体重は数百トンはある。その体重と今の加速度を以ってすれば、多少のダメージは与えられるだろうと踏んだ。

 そうして、ジークフリードが衝撃を覚悟してモルガナの体に衝突した時だった。彼の体は、まるで雲の中を突き抜けるように、ぶつかったような感触を覚えぬまま、モルガナの体内に突入してしまった。そこにはただ深い闇のみがあった。ひたすらに真っ暗で、何もない空間であった。しかし、そこを抜ける一瞬の間に、ジークフリードは一人うずくまる少女の姿を見た。刹那のことであったが、彼女がモルガナであることはすぐに分かった。そう認識した直後、ジークフリードの体は、突入した側から見て反対側へ出ていた。

 

(あの事実、伝えねばならないでしょう)

 

 ジークフリードはそう思い立ち、人間の形態に変身すると、通信機を通じて全軍に先ほど見たことを発信した。すると、まず最初にレミエルが口を開いた。

 

「それ、多分前の私と同じだ。だから、そのモルガナ本人を改心させるか引き摺り出すかすれば、この巨人も倒せるはずだよ」

 

 レミエルの言葉で、全軍の士気が多少向上したようであった。これまで対処不可能かと思われていた敵に対して、初めて有効打となりうる手段が見つかったのだから、当然だ。

 

「ならば、先のように私を投げるわけにはいきませんね。あの一瞬で攻撃を加えるのは不可能です」

 

「ならば私に任せてください」

 

 ジークフリードの言葉にそう答えたのはリーナであった。

 

「ジェネシオンの攻撃なら、一定時間あの体に穴を開けられるでしょう。その間に誰かが突入し、殺すなり引き摺り出すなりすればよろしいと思います」

 

「では、その突入する一人は私がいきます」

 

 リーナの提案に即座に反応したのはユノであった。しかしその直後、その通信からカミュの怒号が飛ぶ。

 

「ユノ、何を勝手な事を言っている! そんなこと、認められるわけないだろう!」

 

「ですが、私の瞬間移動能力を活かせば、確実に中に入れます!」

 

「先の疲労も癒えていない体で、モルガナと交戦したら死ぬぞ、貴様」

 

「いいよ。行かせてあげて」

 

 二人の会話に割り込むように通信してきたのは、アイリスであった。彼女はそのまま、カミュを諭すように続ける。

 

「自信があるようだから任せようよ。でも一人でってわけにはいかないね。秀とレミエル、それとカレンまで付ければ文句無いでしょ?」

 

「まあ、その三人が付くなら」

 

「じゃあ決まりだね。突入する人員以外は全員援護を! 行っておいで、ユノ」

 

 いつも通りの余裕ぶった口調のアイリスに、ユノが短く返答する。

 

「ありがとうございます」

 

 そして、秀の側にユノとカレンが瞬間移動で現れた。ジークフリードは彼と彼女の元に向かおうとした。しかし、その途中でよろめきながら立ち上がるフェルノの姿が見えた。彼女はビルの壁にもたれかかりながら矢をつがえる。その先にいたのは秀であった。

 

「秀君! 回避を!」

 

 ジークフリードはそう叫んで、フェルノの方へ方向転換し、己が出せる最高速度で彼女に突撃した。しかし、彼が彼女の元に着く前に、その矢が放たれた。

 

        ***

 

 秀は、モルガナに気を取られていたのと、フェルノにもう戦闘能力が無いと考えていたために、ジークフリードの突然の呼びかけに即座に応じることができなかった。気づいた頃には、彼女の放った矢は間近に迫っていた。秀はテリオスフィールドを展開するが、その矢の勢いを見るに、完全防御は不可能だと彼は断じていた。多少のダメージは覚悟しようと彼が歯を食いしばった瞬間であった。

 

「ミリアルディア」

 

 聞き覚えのある声が微かに聞こえたかと思うと、矢が幾つものナイフに細切れにされ、更に数十はあろうかという量のナイフで、フェルノの体を切り刻んだ。そのナイフ、ミリアルディアの持ち主を、秀はよく知っていた。

 

「アインスか!?」

 

「うん」

 

 秀の隣に来たアインスは、短く返答した。

 

「赤の世界の残党の処理は私に任せて。統合軍艦隊を援護してくれたお礼」

 

 アインスは無表情で言い、秀が何か言う間も無くその場を去ってしまった。無愛想なのも相変わらずだと秀は微笑し、意識を切り替えてテリオスに話しかける。

 

「テリオス。アレ、やれるか?」

 

「問題ありません。躊躇ってる場合ではありませんし、今にでもやりましょう。リスクも覚悟の上でしょう?」

 

「ああ。サイコバッテリー!」

 

 秀が叫ぶと、通常のリンクに加えて、秀の精神を文字通り一部削り取り、サイコバッテリーを介してレミエル、ユノ、カレン、リーナに力を与えた。

 

「これは、EGMAの時と同じものですね。確かに受け取りました」

 

 市街地に到着したリーナが納得した風で呟いた。レミエルとカレン、そしてユノは急なパワーアップに戸惑いを見せていたが、やがて壮烈な表情で、秀の周りに集まった。

 

「やって! リーナさん!」

 

 ユノが叫んだ。すると、ジェネシオンのスラスターが点火し、猛然とモルガナに吶喊していった。

 

「これで穿つ! ジェネシオン・パイルバンカー、ぶち抜けぇぇぇぇええッ!」

 

 リーナの気合いに応えるように、ジェネシオンも咆哮する。そして、ジェネシオンがモルガナにある程度近づくと、機体の右半身を一旦引き、そして接触の瞬間に、一気に右腕を突き出し、モルガナに杭が突き刺さった瞬間、まだ勢いの残るうちにその杭を射出した。それにより、モルガナの体に穴が空いた。それを確認したユノが呟く。

 

「瞬間移動」

 

 次の瞬間には、秀たちは穴の中に入っていた。レミエルの時のように足場は無かったが、浮力を受けて空間の中に浮かんでいるような状態でその場に居続けられた。

 

「不思議な空間でございますね。辺り一面闇なのに、秀様たちの御姿ははっきりと色を持って見えます。気体の内訳も空気と何ら変わりありません」

 

「でも、圧迫感を感じる。私の時と同じ経緯で出来たとすれば、彼女の心は何を意味しているんだろう」

 

 カレンとレミエルは口々に呟いた。秀も同じ感想であった。えも言えぬ息苦しさを感じる。気のせいだと無視できるほどのものでもなかった。四人はひとまずモルガナを探し始めるが、彼女のものと思しき人影は見つからなかった。

 

「四人とも、聞こえる?」

 

 モルガナの姿が見えず途方に暮れていたところに、通信機から美海の声が聞こえた。彼女の言葉の端々から荒い息遣いが聞こえ、四人は無駄なことは例え意識せずとも言えないと、一層気を引き締めた。

 

「あの子、多分とても大事な友人を無くしたんだと、思う。今のようになる前に、白の世界から来た船の攻撃で消えた艦隊の方を見て、何かぶつぶつ言ってたから」

 

「なるほど。それでこの空間なんだ。圧迫感以外に何もないのは、よっぽど依存してたってことだね」

 

 美海の言葉を受けて、レミエルは辺りを見回しながら呟いた。美海への礼を言いつつ四人は通信を切ったが、肝心のモルガナの位置についてのヒントは何も得られなかったため、また手当たり次第に捜索することになった。

 

「テリオス。お前でも分からないか?」

 

「無理ですね。どういうわけか、私の索敵機能が大幅に、なんてレベルじゃないくらいに弱体化しています。ここにいる四人を感知するのでやっとです」

 

「私のもテリオスと同じようです。期待するのは無理でございましょう」

 

 駄目で元々、と思いながら尋ねた秀に答えたテリオスに続いて、カレンも首を横に振りながら告げた。八方塞がりかと諦めかけたその時、秀はユノが首を傾げて時折色々な方向に手をかざしている様が見えた。

 

「ユノ、どうしたの?」

 

 レミエルが声をかけると、彼女は少し考えてから答えた。

 

「あのね、何だか、この圧迫感、四方八方からって感じじゃなくて、強く感じる方向と弱く感じる方向がある、みたいな感じがしない? 上手く言えなくて悪いけど」

 

「特定の向きがあるってこと? 言われてみれば確かにね」

 

 レミエルは辺りを動き回り始めた。暫くして、彼女はハッとしたように動きを止めて、秀たちに向いた。

 

「私、分かったかもしれない。モルガナがこうなった原因が依存してた友達の喪失なら、この空間の意味は排他的な感情しかないってことだと思うの。だから——」

 

「この圧迫感が向けられている方向の逆を行けば、モルガナにたどり着けると、そう言いたいのですねレミエル殿」

 

 言葉を継ぎ足したテリオスに、レミエルは首を縦に振った。そうと分かれば話は早かった。早速その説に従って進んだところ、段々と圧迫感は強くなっていった。四人は、これは近づいている証拠だと断じると、更に先を行った。すると、膝を抱えてうずくまる一人の少女を視界に捉えた。彼女がモルガナであることは間違いないだろう。

 

「仕掛けますか?」

 

 カレンが腰を低くし、今にも飛び掛かられる体勢で尋ねた。しかし、レミエルは両手の人差し指を×の形に交差させ、ダメ、と告げた。

 

「今ここで彼女を死なせたら、私たちはここに閉じ込められる可能性が高いの。かと言って、私たちは彼女を改心させられるほど、彼女を知っているわけじゃない。だから、一瞬で連れ出すしか方法は無いよ」

 

「なら、私の出番だね」

 

 ユノが小さな、しかしはきはきとした声で言った。レミエルは頷き、彼女の肩に手を置いた。

 

「頼んだよ」

 

 それだけ言って、レミエルはユノの隣を通り過ぎた。ユノは表情を引き締め、誰にも聞こえぬような小声で呟く。

 

「瞬間移動」

 

 その直後、ユノの姿が消えた。が、モルガナの手前でユノが再び姿を表し、何かに弾かれたように飛ばされた。秀たちはユノに駆け寄るが、その間にモルガナがおもむろに立ち上がり、虚ろな目で四人を見つめた。

 

「何しに来たの」

 

 感情の籠らぬ声で、モルガナは尋ねた。それに答えたのはユノであった。彼女は体を起こしながら、毅然とした目でモルガナを見る。

 

「止めに来たの。あなたの行動は、私たちの目的の障害だから」

 

 ユノのそのやけに落ち着いた声が、秀には彼女は自身の感情を押し殺している、というように感じられてならなかった。朝にこの手で討ち取りたいと言っていた者が目の前にいるのだ。それでいて、見かけ上は怒る様子もなく淡々と話しているというのは、そのように考えなければ不自然である。

 モルガナは、ユノの言葉に対する返事はせずに、秀たち四人の顔触れを眺めた。そして、ふっと目を閉じて、何かを見つめた。秀はその視線の先を見たが、彼には他と同じ、ただの暗闇にしか見えなかった。

 やがて圧迫感が消えたかと思うと、モルガナは視線はそのままに、虚ろだった表情に笑みを宿した。そして、彼女の側頭部の羊の角を触りながら、彼女はぽつりと呟く。

 

「解放軍とアンドロイドが手を取り合うなんてね。アイリス、いい仲間を得たんだ」

 

 その言葉の後、彼女は自らの角を折った。その行動の意味が秀たちには分からず、ただただ戸惑っていると、彼女は笑みを崩さずに角を四人に差し出した。

 

「怒りのやり場がなくなっちゃった。だから、私を殺してほしい」

 

「どうして、ついさっきまで怒り狂ってたのに、急にそんな落ち着いていられるのですか、あなたは」

 

 テリオスが歯切れ悪く尋ねた。それは秀や、ユノたち三人も思っていたことで、黙ってモルガナの答えを待つ。対して、暫くの後にモルガナは目を細めて答えた。

 

「今でも怒りは冷め止まないよ。でも、私の全ての受け皿になってくれてたイレーネスは、もう居ないから。世界への復讐は私じゃなくてもアルバディーナがやってくれる。なら、私のいる意味は無いかなって。アイリスは私を受け入れてくれるだろうけど、新しい世界を作ったって、それは私が居たいって思える世界じゃない。私が何かをしたときに何かを言って欲しいって思える、一番の存在が無いと、私は生きる意味が無いの。こんな私はアイリスの作りたい世界じゃ淘汰されるべき存在だって分かるよね。その意味でも、この先私は生きられない」

 

「しかし、あなたには知性がある。知性のある者がその知性を持って己を変革する瞬間を、私はこの目で見ました」

 

 カレンのその物言いは、どこか咎めている風があった。人の進化の可能性を垣間見た直後に、このようなことを言う者を目の前にしたのである。彼女がそう言うのも、尤もといえば尤もであった。しかし、モルガナは少しも動揺した様子を見せず、首を横に振った。

 

「知性を持ってるからって、自分を抜本的に変革することは誰にもできないよ。解放軍のみんなは、生き方の根幹、一番のアイデンティティにアンドロイドの復讐が無かった。EGMAの支配からの脱却が第一だってことを心根では思ってたから、アンドロイドと手を携えることができた。でも私は、私の全てにイレーネスがいる。イレーネスと添い遂げることが、私の一番のアイデンティティなの。知性が進化を齎すことはあり得ない。そう見えることはあっても、知性による本当の進化はあり得ないんだよ」

 

 モルガナは懇々と語った。誰も、彼女に言い返すことができなかった。秀もまたその一人で、更に奇妙な敗北感を感じていた。彼女の言葉のどれを取っても納得させられてしまう。これまで如何に自分が浅はかな考えで生きていたかを、嫌という程に示されているようであった。

 

「もういいよね。誰か、これで私を殺して頂戴」

 

 モルガナが角を差し出し直して、四人を見回す。その角を手に取ったのはユノであった。今朝彼女が言っていたことを思い出せば、当然のことだ。

 やおら、ユノはモルガナに近づく。モルガナは胸を広げて目を閉じた。その胸に角を突き立てようと振りかぶるが、ユノはそこで固まってしまった。手が震えている。秀とレミエル、カレンは固唾を呑んで見守るが、結局、ユノはその手を垂直に下ろしてしまった。

 

「どうして、どうしてなの」

 

 ユノはモルガナを凝視しながら、声を震わせる。

 

「由唯ちゃんとメルトちゃんの仇が目の前にいるのに、無抵抗であるだけで殺せないなんて。私は、私の甘さが、厭だ。厭だよ」

 

 ユノは、はらはらと涙を流していた。ここでも、秀やレミエルとカレンは何も言えなかった。自分が代わりにやろうと立候補するのはユノのプライドを傷つけることになり、だからと言って慰めの言葉も思いつかない。慰めるにしても、それは秀たちのすることではない。

 

「優しいんだね、あなたは。あなたみたいな優しさに満ちた世界だったら、私とイレーネスは救われたのに。……いや、いいや、そんなことは。ごめんね。自分でやるよ」

 

 モルガナはユノから角をそっと取り上げると、瞬きする間もなくそれを自らの左胸に突き刺した。痛みに苦しむ様子はなく、ただただ満ち足りた表情で、まるで柔らかい布団の上で寝るような、そのような様子だった。

 やがてすぐに、モルガナの亡骸は砂となり、闇の中に消えた。そしてその瞬間、周囲の闇は全て晴れた。それに合わせたかのように、雲の切れ間から痛いくらいの日の光が差し込んできた。

 更に、計ったようなタイミングで、封鎖されていた赤の門も解放され、統合軍艦隊が再び空に姿を現わす。それらは、結界のような物に包まれた赤の世界水晶を牽引していた。海を泳ぐ鯨のごとく悠々と空を凱旋するその艦隊を、秀たちは見つめることしかできなかった。

 

        ***

 

 その後、結局、礼儀として、T.w.dは統合軍艦隊に手出しをせずにその帰還を見守った。アインスはいつの間にか姿を消しており、秀が改めて礼を言うことはできなかった。

 今、アイリスとカミュはアンドロイドの受け入れの手続きで猫の手も借りたいくらいに忙しくなっている。捕縛したソフィーナとルビーの両人は、T.w.dに加入するか敵対するかの答えを出すまで、捕虜という扱いで拘束されている。

 秀は、青蘭学園の校舎の屋上に上り、柵に寄りかかって瓦礫の山と化した街並みを眺めていた。モルガナの言葉が脳裏にこびりついて離れなかったのだ。人は進化できるものだと、レミエルや解放軍を見てそう考えていた。しかし、モルガナの言葉に従うと、実はそう見えていただけのことをそうだと思い込んでいたとなる。結局、多角的な視点というものを持ち合わせていなかったことを悟ったのであった。よくよく考えれば、アイリスも別に進化をさせるということは言っていなかった。彼女は知的生命体の淘汰を謳っていただけで、進化がどうこうとは一言も言っていなかった。

 

「俺も、結局は連中と同類か。分かっていたのは、アイリスや、一握りのやつだけか」

 

 アイリスの思想を理解した気でいただけだったと悟り、秀は深い自己嫌悪に陥った。テリオスは何も言わず、慰めてくれそうなレミエルも、あずさも、ユノも、シャティーも、そして達也も、この場にはいなかった。

 秀は沈む夕陽を見つめながら、その顔に微かな潮風を受けていた。

 

        ***

 

 ジュリアが、アルバディーナが本拠として使っているT.w.d東京支部に戻り、彼女の部屋に入ると、彼女は発作を起こしたように怒り狂っていた。時折叫び声を発したり、物に当たるその姿は、彼女が苛烈な性格だと知る者が見ても異常であった。

 

「ちょっと、どうしたのよ」

 

 見かねたジュリアが尋ねると、アルバディーナは鼻息を荒くし、ヒステリックに答えた。

 

「イレーネスとモルガナが死んだのよ! これがどうして怒りを抑えられるの!」

 

「そう、なの」

 

 流石のジュリアも、その報告には衝撃を受けた。しかし、冷静に考えれば戦争であるし、仕方ないといえる。その上、幹部の弔い合戦ともなれば普通の軍隊やテロリストなら士気は爆発的に上がるだろうが、アルバディーナの率いるのはそうではない。この世に絶望し、未練を残していない者の集まりのはずだ。となれば、構成員は誰しもが互いに自分の理想を遂げられるように利用する存在でしかなく、それはアルバディーナとて例外ではない。そして、殆どの者にとっては、幹部が死んだからといって手駒がひとつ消えた程度の認識しかない。更に、末端の人間ならともかく、リーダーが友の死に憤慨するようでは、彼女の組織は崩壊したも同然だ。

 

(このこと、分かってるのかしら)

 

 ジュリアはそう思ったが、すぐに撤回した。アルバディーナは暴走しやすい節があるとはいえ、馬鹿ではない。今にも自分の気持ちを整理して、行いを恥じるに違いない。そう考えたのだが、アルバディーナはそのまま部屋の外に出ようとしていた。

 

「ちょっと、どうするのよ」

 

 ジュリアは実体化してアルバディーナの手首を掴んだ。しかし、アルバディーナは彼女の手を振り払い、睨みつけて怒鳴った。

 

「弔い合戦に決まってるじゃない! 邪魔しないでよ!」

 

「ちょっと、正気なの? 一回頭冷やしなさいよ。そんなの、自滅するだけよ」

 

 ジュリアはそう忠告するが、アルバディーナは聞き入れずに出て行ってしまった。残されたジュリアは、一旦大きなため息をついて、苛立ちを抑えた。ジュリアの知るアルバディーナなら、あそこで一歩立ち止まってくれると信じていた。しかし、彼女は行ってしまった。あわよくば白の世界での出来事を伝えて、アルバディーナを改心させようとも考えていたのだが、全て水泡に帰してしまった。

 

「所詮、あの子に淘汰される者はあんなものなのね。下らない。やっぱり手を貸すんじゃなかったわ」

 

 ジュリアはそのまま天井をすり抜けて地上に上がり、既に暮れようとしている日の元に出た。太陽の光を一身に受けつつ、彼女は青蘭島の方角を見つめる。その先には、アルバディーナの破壊活動により生まれた瓦礫が、山のように重なっていた。

 

「なるほど、なるほどね。今の彼女には相応しい光景だわ」

 

 ジュリアはほくそ笑んだが、それを見たものは誰一人としていなかった。日が完全に沈んだのは、その直後のことであった。




 この作品は読めたものではないので読んではいけません。

 私がこのように書くのは、私が富野由悠季氏のファンということもありますが、本当に心の底からそう思うからです。特に最終話は酷いの一言です。ただの38話を無理矢理最終回にする必要があったので仕方ないのですが。敢えて読む価値があるとしたらヴィクトリー・クロスのEGMA編だけです。じゃあ投稿するなよ、と皆様が思われるのは当然ですから、少しだけ言い訳をさせていただきます。
 私がこの話を書き始めたのは、「何かレミエルをヒロインにして二次創作を書こう」とふと思ったからでした。そして、具体的なテーマとプロットの無いまま、行き当たりばったりに二部まで書いて、「知的生命体の淘汰」というテーマを唐突にブッ込んで、でもやはり漠然としたプロットのみで行き当たりばったりで書き進め、どうしようもないくらいに物語が破綻したので、ここで打ち切った次第であります。結局ヴィクトリー・クロスのサブタイトルの回収もままならない始末でした。
 さて次は、主要なオリキャラについて書かせていただきます。まずは上山(仲嶺)秀。こいつがキャラクターとして、物語の破綻を起こした元凶と言ってもよいでしょう。秀には、書き始めた当初はストーリーの潤滑剤としての役割以外を与えるつもりは無くて、できるだけ薄いキャラにしましたが、これが大失敗でした。話が進むにつれて彼に苛立ちを私自身が覚えるようになり、「こんな薄っぺらな半紙みたいなやつがモテるわけねーだろ」みたいに思いながらも今更どうしようもなく、泣く泣く書き進めるという事態でした。軌道修正を図ってテリオスを登場させましたが、もはや手遅れでした。宣言します。こんなキャラの主人公二度と使いません。
 次に、アイリスについてです。彼女に関しては私自身かなり気に入っています。食人鬼設定を全く活かせなかったのが一番の心残りでしたが。ともかく、無邪気で短気で寂しがり屋なこの少女はかなり気に入っているのです。大事なことなので二度言いました。実は、彼女をメインヒロインにしたストーリー案もありました。今から思えばそうすりゃよかったと激しく後悔してますが後の祭り。彼女に関しては描き足りないところがあるので、次回作では設定を大幅に変えてメインキャラとして登場させます。
 アルバディーナは、ただのヒステリー女になってしまいました。後半とか本当にキレてばかり。この方に関してはあまり思い入れはありません。
 最後に仲嶺達也。彼に関しては私が謝罪したいくらいです。もっとストーリーによく絡ませるべきでした。
 とまあ、このような感じです。他にもキャラについて色々と書きたいことはありますが、長くなるので割愛させていただきます。
 ともかく私にとっては大失敗作となってしまったこの作品ですが、得るものは沢山ありました。ちゃんとプロット作るとか、物語を書き始める前にちゃんとテーマ決めるとか。その点に関しては本当にこの作品に感謝しています。
 最後に、次回作の告知です。また懲りずにアンジュの二次創作です。メカ描写のリハビリと、チンピラのメインキャラを書く練習のつもりで書きます。二部構成で、一部につき六話の全十二話でお送りします。リーナが主人公です。あと、どシリアスで、公式に対するバリバリのアンチテーゼなのでそういうのが嫌いだったり私のことが嫌いな方は読まれない方がよろしいです。

 長くなりましたが、ご愛読ありがとうございました。次回作にご期待ください。
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