【神木輝-カミキヒカル-】 作:アイちゃんペロペロ
『私は君を愛せない』
星の目が、僕を見つめていた。
その表情はアイドルとしての彼女とは程遠く、感情を感じさせないものだった。
冷たく突き放すような言葉が何度も頭の中で繰り返される。
頭の中がぐちゃぐちゃで、ただ天井を見上げていた。
彼女が出て行ってから、どれだけの時間が経ったのかも分からない。
ちらりと時計を確認すれば現在時刻は朝の8時を回っており、ララライで稽古を始める時間はとうに過ぎていた。
まあ、僕としても色々と整理が必要だったのだ。
あとで連絡はするとして、今日くらいは金田一さんもお目溢ししてくれると信じよう。
「……アイには、悪いことしちゃったな」
まだ完全に混乱が収まったわけではない。
あまりにも考えることが多過ぎて、心の方も追いついていない。
それでもアイから別れ話を切り出されて、その精神的ショックの所為か前世の記憶が蘇った瞬間に比べれば遥かに気分も思考も落ち着いた。
そう、僕には前世の記憶がある。
正確には、ほんの十時間前くらいにぽんっと生えてきた。
しかも、物心が付く前に母が蒸発していたり、父からも自分の夢を叶える道具のように扱われていたりと碌な記憶ではない。
最期は病を患って一人寂しく死ぬと、まさしく踏んだり蹴ったりだ。
まあ、正直他人事って感じではある。
僕は
我ながら自我が薄いというか、空っぽ呼ばわりされても反論出来ない有様ではあったけれど、本当の意味で何も無いなんてことはなかった。
それもこれもアイのお陰だけど、僕にも人並みの感情ってものがあったのだ。
良くも悪くも、振られたことがキッカケになった。
アイに依存しきっていた僕は別れ話に死ぬほどショックを受けて、そこから更に横っ面を前世の記憶で殴り飛ばされた。
後者は全く以って迷惑極まりないが、自分の状態を客観的に見つめ直すことが出来たのは予想外な方向から受けた衝撃によるところも大きい。
とんだショック療法だけど、結果良ければ全て良しだ。
「お陰様で、
もう少し言い方はあったと思わないでもないが、アイらしいとも思うので結局文句を言えないのは惚れた弱みってやつだろうか。
彼女と会う前の僕ならば、すぐに嘘だと分かっただろうな。
それだけ依存しきっていたのだと理解すればこそ、あんな嘘を吐かせてしまったことに罪悪感が募る。
勘違いでなければ、僕とアイはお互いに好き合っていたと思う。
随所に破滅的な思考や行動は見受けられたが、ああ見えて彼女は身持ちが堅い。
そんな彼女が僕に何度も体を許してくれていたのだから、恐らく勘違いではないはずだ。
希望的観測が含まれていないとは言い切れないけれど。
アイの言葉を嘘と決めつける根拠も一応ある。
それは、別れ話をしたタイミングだ。
僕を嫌っているなら、もっと適当な時にあっさり振るだけで良かった。
素のアイを知る身としては、そちらの方がらしいと思う。
でも、実際には僕との子供を身籠ったことを知らせた後に、私達は離れた方がいいと別れ話を切り出した。
彼女には僕の事情を話している。
その中で姫川愛梨と上原清十郎のことも当然話している。
金田一さんの言葉も勿論、それによって僕が精神的に追い詰められていることも含めて、全てだ。
だからこそ、彼女はこう思ったのではないだろうか。
ただでさえ無理心中した夫妻と大輝君の命を背負えと言われている僕に、更に自分と生まれてくる子供の命の責任を負わせることは出来ない、と。
本当のところは彼女に話を聞かなければ分からない。
けれど、今までアイと過ごしてきた思い出を振り返れば、突然突き放すような態度を取ったことにも納得がいく。
そうでもなければ、僕は無理にでもアイを引き留めただろうから。
「いずれにしても、もう一度ちゃんと話さないと…………アイだって、きっと」
再び縋るような思考になり掛けて、頭を振る。
違う、そうじゃない。
既にアイは僕に対して意思表示をした。
多分悩んだ末に、こうして別れることを選んだのだろう。
だから、今度は僕が伝える番だ。
アイに縋るためじゃなく、勇気を出して本心を告げる。
臆病な心を、震える指を必死に押さえつけて、僕は携帯電話を耳に当てた。
◆◆◆
目の前で
──やっぱり、居ないなぁ。
昨日の今日で、気まずかったのだろうか。
いつもなら真っ先に見つけられる彼の姿がどこにも見当たらない。
自分にはあまり分からない感覚だが、恋人が別れた後は顔を合わせづらくなるらしい。
「アイ……アイ!何さっきからぼけっとしてんだ!最後くらい挨拶しろ!」
「んー?そうだね。今までありがとうございましたー!」
「言い方が軽いんだよ!もっとちゃんと……!」
佐藤さんに言われた通り挨拶したけど、何か気に入らないみたい。
なんでだろ、変なこと言ったかな?
何に怒っているのか分からなくて、取り敢えずいつも通り笑って聞き流す。
そんなことより、最後に顔くらいは見たかったなと残念に思う。
急に振ったから嫌われちゃってお話はしてくれないかもしれないけど、顔を見るくらいは出来ると思っていたのに。
なんでこう、上手くいかないんだろうか。
無意識のうちにお腹を優しく撫でて、内心ではため息を吐く。
私だって、本当は別れたくなかった。
ヒカル君は、初めて愛したいと思った人だった。
だから、一緒には居られなかった。
彼はもう限界だった。
すっかり心が弱っていたヒカル君は、私が居ないとダメになってしまいそうだった。
何度も考えて、悩んで、出した結論だった。
最後に見たヒカル君の顔を思い出す。
私の言葉が理解出来ないかのように、まるで怯える小さな子供のような姿を思い出す。
いつもなら気付ける嘘にも気付けないほどに、彼は弱りきってしまっていた。
これが正しいのかなんて、私には分からない。
でも、きっと、いつか気付いてくれる。
私の
「ったく、ずっとその調子で失礼な態度だったんじゃねえだろうな?ほら、さっさと乗れ!帰ったら聞かせてもらうからな!」
「え〜?ちゃんと演技の勉強してたよ?私なりにね!」
「それが信用ならねえんだよっ、このクソアイドル!……って、おい。携帯鳴ってるぞ」
佐藤さんと適当に話しながら車に乗ろうとした時、突然携帯電話が鳴り始めた。
簡素な着信音のそれは、彼にだけ設定したものだった。
今日はもう声も聞けないと思って少し残念だったこともあって、嬉しくてついその場で電話に出てしまった。
「もしもし、ヒカル君。今日お稽古来てなかったけど、大丈夫?」
『…………うん、まあ。少し寝坊しちゃってね』
自分の知らない男と楽しげに堂々と電話を始めたアイドルに目を剥いている佐藤さんの様子にも気付かず、私はヒカル君の声に違和感を覚えた。
何か言いたい言葉を我慢したような間はともかく、昨日と比べて何かが違う気がした。
「あーあ、最後にお礼くらいは言いたかったのになぁ〜」
『それはごめん。でも、ちょっとショックで寝付けなくて。君の所為でもあるんだけど』
「そうなの?ごめんね!」
『軽いなぁ……まあいいや。それで本題なんだけど、今から少し時間取れる?直接会って話したいことがあってさ』
いつも通り話していて、やはり少し変化がある。
電話越しだから確実なことは言えないが、昨日よりも声が力強いように聞こえて、もしかしたらという期待が膨らむ。
まさかたった一晩で、とも思うけれど、そうだったらいいなと思わざるを得ない。
それ以外に思い当たる節もない。
だとすれば、私には彼からの申し出を断る理由は何一つなかった。
「……いいよ。どこに行けばいい?」
『まだララライに居るよね?今向かってるから、もう少し待ってて欲しい。……君に、伝えたいことがあるんだ』
「うん!……待ってるね、ヒカル君」
耳から電話を離して、通話を切る。
突然のことで、まだ少し頭が整理出来なかった。
今のは、本当にヒカル君だったんだろうか。
幾ら何でも早過ぎる気がした。
勿論想像している通りなら、これほど嬉しいことはない。
昨日まで私が散々悩んだことを思えば、少しばかり複雑な気持ちもあるけれど。
不安と期待が、胸の中で渦巻く。
もし、もしそうだとすれば。
目を閉じて、思い描く。
私がいつかきっと、そう願った光景を。
「………………おい、おいおいおいっ!?嘘だろ、このクソアイドル!いや嘘だと言ってくれよ、アイっ!お前なんて顔してんだ!まさかとは思うが、頼むよ嘘だよなぁっ!?」
彼のことを考えて物思いに耽っていると、何やら慌てる佐藤さんの声が聞こえた。
その中で、気になる言葉があった。
私変顔でもしてる?どんな顔しているんだろう、と車の窓に反射する『私』を見る。
そこには、今まで見たことがない表情の『私』が映っていた。
期待、不安。これは分かるし、自覚している。
それ以上に何か別の、自分でも制御出来ない強い感情が垣間見えていた。
──知りたい。
未だかつてなく、そう思った。
この感情が何なのか知りたい、知らなければならない、と。
彼に会えば分かる。
そんな気がした。
衝動に任せて一晩で書いた。
後悔はしているが、反省はしていない。
続くかどうかは評価と感想次第だけど、n番煎じって感じの内容だし誰も読まないやろ。
もし見てくれた方がいれば評価と感想お願いしまっす。