Fate/No Record   作:春4号機

1 / 3
ランサー陣営のプロローグ

「当主様、お嬢様が到着しました。」

「……。」

当主と呼ばれた白髪の老人は、部下に連れられてやってきた本を携えた女性を一瞥して小さくうなずいた。

「これより召喚の議を執り行う。準備は滞りなくできているな?」

「……。」

厳格な立ち居振る舞いで場の空気を支配しているのは行橋家の8代目当主の老人だ。

行橋家は魔術師の家系としてはそれほど大きくない。極東の片田舎にひっそりと居を構えている一族である。

その魔術系統は少々特殊なもので、その力を完璧なものとするために亜種聖杯戦争への参加を表明したのだった。

 

マキリ、トオサカ、アインツベルン。始まりの御三家と呼ばれる者達が考案した聖杯戦争の仕組みを模倣し、独自の改変を加えた聖杯戦争……それが今回彼らが参加しようとしている戦いだ。

その戦いのために十数年の月日を経て調整されたのが、さきほどやってきた女性だった。

行橋の家が秘かに作り上げてきた魔具の効力を最大限に引き出せる用に、あらゆるものを犠牲に捧げて作り上げられた存在。それが行橋家の9代目、行橋渚という女である。

 

「我らの悲願を成就させよ。それがお前のためであり、我ら一族のたどり着くべき場所である。」

「……。」

荘厳な言葉の重圧に、渚はただ首肯のみで返答する。

いつも通りのやり取り。一方通行の受け答え。感情が抜け落ちたようなうつろな瞳で当主を見つめながら、渚は一歩、また一歩と召喚陣の前に歩み出る。

召喚に必要な陣と触媒は、当主の部下が用意した。ならば後は令呪を宿した彼女が過去の英霊の再現たるサーヴァントを召喚すれば、それだけで彼らの聖杯戦争はその幕を上げるのだ。

 

「では始めろ。」

「いやです。当主様」

渚は拒否の言葉を吐き出しながら、本を眼前に掲げて召喚の呪文を唱え始めた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。」

魔力の行使により閉じ切った室内に風が吹き荒れる。

召喚陣からは迸るような魔力があふれ、サーヴァントを召喚するための力が満ちていく。

「 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

  繰り返すつどに五度……ただ、満たされる刻を破却する」

渚はさらに集中を深め、失敗する要因を排していく。

魔術回路の調子は良好。当主達が行ってきた準備もおそらくは万全なのだろう。

「 汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

だからこそ、呼び出される英霊の格もまた戦いを生き抜くには申し分ないものとなった。

 

 ・ ・ ・ ・

 

「……ッ!」

召喚陣からの力の本流と、まばゆいばかりの光が小さくなっていく。

……目を凝らして陣の中央を見据える。未だに魔力がただよう召喚陣の中央付近、そこには一人の男が立っていた。

「召喚の招きに応じて参上したぜ。……あーっと?こりゃまたずいぶんと大所帯で」

気の抜けるような印象の声。我々を一通り見渡し、ニヘラとゆるく笑って見せる男からは隠しきれない圧力を確かに感じる。

「ま、とにもかくにも自己紹介といこうか。オジサンはランサー。真名は……まぁ、追々ってことで」

パッと見せびらかすように黄金の刃を持つ槍を一振りして、サーヴァント・ランサーは彼を召喚した孫に向き合った。

「で?どうにもパスはアンタと繋がってるみたいだが……アンタが俺のマスターってことでいいのかね?」

「……。」

孫は答えない。

……そういう風に教育を施したとはいえ、いささかながら手間だ。

私は少々苛立ちながら、答えるように促す。

「……違う。私はあなたのマスターじゃない。」

「へ?」

サーヴァントは一瞬だけ間の抜けた顔をしたが、すぐに思案するように孫から視線を外した。

 

そして、数舜の後に私の方へと視線を投げてきた。

「どういうことか説明してもらっても?」

「貴様を召喚したのは確かにソヤツだ。……まぁ、少々事情があってな。ソヤツはまともに意思疎通できる状態にない。」

それが我らが突き詰めた魔具の副作用だ。

あの本と完全に同調している渚は、常に嘘をつき続けなければならない。本人が望もうと望むまいと、奴の口からは何一つ真実が発せられることはない。

「……へぇ」

ある程度の事情を説明すると、サーヴァントはぽつりと一言だけ言葉を返した。

 

「渚。」

「……。」

あとは事前に取り決めていた通りに事を進めればいい。

サーヴァントと意思の疎通がかなわない孫の代わりに、私がサーヴァントの所有権を譲り受ける。

そうすれば、私自らの手で我らが悲願を達成できる。……そもそも当初の予定では、私がサーヴァントを召喚する手はずだったのだ。それが、何の手違いか……渚に令呪が宿ったのだ。

聖杯にかける願望なぞ持ち合わせていないであろうに、こともあろうに部品に過ぎない女に戦いへの参加権が奪われたのだ。

……。だからこれは正当な手段だ。

手違いで失ったものを、もう一度私の手の中に戻す。

そして、戦いに勝利して……一族の悲願を達成する。

コレはそのための第一手だ。

「令呪を用い、わたしに使役権限を譲渡しなさい。」

「はい。当主様」

 

いつになく従順な渚の返答に、私は気を良くして頷いた。

 

……だが……思えばこの時に気づくべきだったのだ。

この女の口から『はい』という言葉が返ってきたということへの、違和感に。

 

「ランサー、令呪をもって命じる。この場にいる私以外のすべての生き物を皆殺しにして」

「なにッ!?」

その言葉を発すると同時に、女は糸の切れた人形のように召喚陣の上に倒れ伏した。

 

「あいよ。マスター」

我々が最後に聞いたのは、ランサーと名乗ったサーヴァントの無機質な返答と……彼の持つ槍が振るわれる暴風のような音だった。

 

 ・ ・ ・ ・

 

「……んッ」

……生きている。やっぱりそう簡単にはいかないらしい。

本当にままならない身体だ。本当のことを口にするだけで私の身体はボロボロに乱される。

そういう風に作り替えられたのだ……両親のもとから引き離された16年前から、今日この瞬間に至るまで。

あぁ……ほんとうに忌々しい。100度殺しても殺したりない。それほどに私の内には憎悪が渦巻いていた。

「……」

無理矢理に体を起こして周囲を見渡す。

あか、赤、アカ、朱。

見渡す限り室内は赤に染まっている。……より正確に言えば赤黒く染まっている。

私の命令が、この惨状を生み出したのだ。只の一言、ただ一度だけの命令。

それだけで、これだけの数の生き物が死肉へと姿を変えたのだ。

「お?起きたかい、マスター。……気分はどうだい」

「……最高ね。」

本当に、本当に最悪の気分だ。

巻き込むだけ巻き込んでおいて、謝罪の一つもなくさっさと死んでいくなんて。……これでは何一つとしてスッキリしない。胸糞悪いにも程がある。

「……で、どうするんだアンタ。オジサンとしては、巻き込まれただけの女の子をそのままにしとくってのも後味が悪いんだがね。……ここで降りちまうのもアリだぜ?」

「降りるよ、私。」

この男はさっき、当主から私のことを聞いていた。

ならば言葉の隔たりを気にする必要はない。……説明してから死んでくれたことだけはアレらに感謝してもいい。

 

「……。そりゃ構いませんが、どうするんだい?生半可な覚悟じゃ後悔するかもしれねぇぞ?」

「……。……ッ、べつ、にッ良い……ッ。」

……やっぱり駄目か。こんな一言だけで眩暈がするほどの苦痛だ。

「……やれやれ、強情なマスターだねぇ。ま、そういうことなら俺も力になってやるとするか。」

「……。」

深呼吸を繰り返し、意識を正常に戻す。

……さぁ、ここからだ。ここから私は歩き出す。……精一杯楽しんで、満足して死んでやる。

十数年分の負債を、全部全部全部とりかえして充実して終わる。

 

私から全部奪った奴らを全員殺す。

そんな憎悪に満ちた望みを叶えた私に……唯一残った願いと言える願いは、たったそれだけだ。

「んじゃあ、改めて自己紹介からだわな。オジサンはランサー、真名はヘクトール。……ま、よろしくな」

「……行橋渚」

 

……ただ、コイツといると毒気が抜ける。そんなことを考えながら、正面に立つ血濡れの槍兵を見る。

 

こうして、私の聖杯戦争は幕を開けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。