ヴィンス・エドガー・レイノルズは若くして頭角をあらわにしていた。
幼少期から当主である祖父の教えを受けていた彼は、歴代の中でも最も自分たちの魔術と相性が良かった。彼の素養を感じ取った祖父に厳しく魔術の手ほどきを受けながら、それでも彼は充実した日々を彼は送っていた。
そのようにして二十数年の月日を彼は過ごしてきた。
求められる期待に十善に応えてきた。与えられるものに感謝を持って対応してきた。
そうやって彼は培ったものを活かし、彼は老いた祖父の代行として時計塔でも名の知れた名門であるレイノルズ家の代表として、恥じる所のない人物となった。
魑魅魍魎による権謀術数渦巻く魔術協会の総本山。ロンドンの時計塔において、魔術師の格というものは即ち家の歴史で決まるといっても過言ではない。
古い魔術家系がより力を持つ。一部例外もあるが、それが大多数の魔術師たちにとっての真理である。
そしてそのような古い家柄の魔術師たちは、往々にしてプライドが高いのが常だった。
『……お前は、もう少しくらい欲を出した方が良いな』
ヴィンスが幼い頃に祖父に言われた唯一の苦言だった。
ヴィンスはそんなことを言われる意味が解らなかった。自分は自分に求められることを十善にこなしているし、今現在で充分幸せだと自負していたからだ。
『いいえお爺様。私は欲しいものはすべて手に入れていますので、その必要はありません。』
だから、その時の彼は何の疑いもなく彼はそう返答した。
「協会からの推薦を受けるのか?」
「はい。私にソレが求められているのなら」
「……そうか」
「助けを求められたのならば、答えるのは当然でしょう」
聖杯戦争への参加要請が協会から直々に通達されたのは、彼が普段通りの何の変りもない日常を過ごしていたある日のことだった。
願いが叶う万能の願望器。それに対してヴィンスはそれほど関心はなかった。
確かに万人にとって『なんでも願いが叶う』という文言は魅力的なのだろう。
だけど自分は現状に不足も不満もなかった。
協会からの要請でなければ、一も二もなく断っていただろう。もとより自分たちの魔術は戦闘向きではないのだし、戦争など性に合わない。
「確かに、お前は私の期待にも充分答えてくれてきた。だから、まぁ……今回の案件は私としてもいい機会だと思う。」
「……?どういうことですか?」
「ヴィンス」
思案顔の祖父に、久しぶりに名前を呼ばれた。……おかしな話だが、祖父はめったに名前を呼ばない。だから祖父が何か重要なことを言おうとしているのだと、ヴィンスは感じ取った。
「お前は、お前がしたいようにして戦ってきなさい。協会も私たちのことも、今回の件には持ち込まなくてもいい。要請に反するようだが、最悪聖杯を捨ててもかまわない。」
「……」
「お前は、自分を知るべきだろう」
ヴィンス・エドガー・レイノルズはプライドの高い人物ではない。能力はあるし、だいたいのことは人並み以上にこなせるが、それは自負ではなく事実として認識しているだけの話だ。頼みごとをされれば、よほどのことでなければ断らない。
しかし、だからこそ彼はこれまでの人生で自分自身のために何かを懸命につかみ取ったことはなかった。
・ ・ ・ ・ ・
そして、月日は流れる。舞台は日本へと移り変わる。
第3次聖杯戦争から数十年。これまで幾多の亜種聖杯戦争が世界中で確認されてきたのは、ヴィンスも知っている。
その末路はいずれも芳しくなく、成果が多いとは言えない。
そもそもの話、大本である大聖杯はとある抗争の末に消失したと聞いている。
如何に模倣したとしても、所詮は二番煎じ。真に迫るのは難しいと思っている。
「……さてと」
小さく呟いてから立ち上がり、自らの右手の甲に浮かび上がった赤い痣のような模様に目をやった。
如何に難しいと思っていても、令呪と呼ばれる刻印が浮かび上がったのだから自分も全力で取り組むべきだろう。
ヴィンスはそんな風に覚悟を決めた。
「……。素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」
意識を高める。魔力回路を全開まで回す。いつも通りにこなすだけだとイメージを編み上げる。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
触媒は祖父が伝手を使って用意してくれた。彼の手を煩わせたことは、本当に申し訳ないことをしたと思った。だがそれ以上に期待に応えようと奮起する。
『お前は、お前がしたいようにして戦ってきなさい』
祖父の言葉が脳裏をよぎる。自分のしたいことなんて考えたこともなかった。
けれど彼がそういうのならば、答えなければならないだろう。その結果として自分のしたい戦いというのができれば……それはやはり期待に応えたことになるのだから。
「抑止の輪より来たれ!天秤の守り手よ!」
光が奔流となって押し寄せる。その濁流に意識を飲み込まれまいとして、奥歯を噛んで耐える。
数十分、それとも数秒か。時間の感覚が曖昧になるくらいの眩暈を耐え忍び、光の中に手を延ばす。
……いる。確かに感じる。自分と眼前に佇んでいるであろう何者かに、魔術的なつながりを感じた。
「……。っと、こんな山の中で召喚とはなぁ。……、ここにいるのはアンタ一人か。ってことは、アンタが俺のマスターってことで良いんだな?」
「……」
「って、オイ大丈夫か?顔真っ青だぞ」
眼前の緑髪の男は、こちらの顔を覗き込みながらそんなことを言ってきた。
「すまない。すこし魔力を使い過ぎたみたいだ。……改めて、貴方を召喚したヴィンス・E・レイノルズだ。よろしく頼む。」
「ふーん。まぁ、細かい話はあとにするとして……ライダー、アキレウス。召喚に応じ参上した。よろしく頼むぜマスター」
値踏みするようにコチラを見るライダーは、握手を求めるように手を差し出してきた。私もそれに応えて、彼の手を握った。
そうして、我々の聖杯戦争は幕を開けた。