「日向!? 来て早々、早いやろ」
先生は、さっきまで笑っていた顔を引きつらせて、日向が出した紙を俺に見せないようにしていた。
……そうやな。先生なら、俺がここに来た理由も、今、喘息持ちってことも知ってるから――気を遣ったんだよな。
「なんでですか、先生! 俺は早くメンバー集めて、バレーがしたいんです!」
「わかるけど……来て早々の転校生にそんな話をしても――」
「先生、ありがとう。でも、病気のこともあるし、先に話した方がいいですよ。
安直な期待をさせるほうが、あとでキツいので」
「日向翔陽……だったかな? 悪いけど、俺は喘息持ちで、長時間の運動ができへん。
ここに来たのは、父親の仕事の都合もあるけど――俺の治療のために来てる。
……せやから、運動はできへん。悪いな」
俺は、できるだけ笑顔で話した。
でも――教室が妙に静かになった。
……果たして、ちゃんと伝わったんやろか。
放課後――教室の机を片づけていたら、教室のドアがバン、と開いた。
「星野!」
……まさか、とは思ったけど。
「……日向、またお前か」
「俺と……バレーしてくれ!」
「……俺の話、聞いてたかな?」
思わずため息が出た。さっき、ちゃんと説明したはずや。
「ごめん、言葉足りなかった……! 俺にバレーを教えてくれ!
星野は、新聞に載るくらい上手い選手なんだろ!?」
そう言って日向は、少し折れた新聞の切り抜きを俺の目の前に突き出してきた。
見覚えのある一枚だった。
去年の冬の全国大会――あの試合。
サーブで連続8得点を叩き出して逆転勝利した時の記事だ。
「……どこからそんな記事を」
「職員室で、先生が机の上に置いてたんだ。思わず目に入って……見ちゃった」
……バレーボールのことは、学校でも家でも話してなかった。
黙ってたのに。
なんでよりにもよって、“コイツ”に勘づかれんねん……。
「日向、お前……バレー歴、何年や?」
「え? えっと……中学から。だからまだ2年くらいかな」
「ってことは、愛好会って……つまり独学でやり始めたってことか?」
「うん……ずっと一人だったから」
見た感じ――レシーブ練習特有の痣も無い、朝礼の時に見た指は綺麗、ブロック練習もしてない“下手くそ”なのは分かる。
けど、それでも一人で続けてるのは……なぜやろうな。
「……なんでバレーボールがやりたいって思ったんや?
野球とかサッカーよりも、ずっとマイナーやろ」
すると日向は、ほんの少し顔を上げて、遠くを見るように言った。
「小学生の時、近所のテレビで――**烏野高校の“小さな巨人”**が活躍してるのを見たんだ。
……俺も、あんな風に跳んで、戦ってみたいって、思った」
「烏野高校の小さな巨人……春高バレーの試合か!?」
思い出す。
あの映像。
小柄で――それでもコートの中じゃ誰より大きく見えたあの選手。
身長170にも満たん体で、180越えのスパイカーたちの中を跳ね回って、ボールを叩き落としてた。
「確かに……すごかったな。あの人は」
その瞬間――日向の顔が、はっきりと見えた。
目が、まっすぐにこっちを刺していた。
……あの目。
俺が小学生の時、父親に連れて行かれた社会人バレーの試合で、
「俺も、バレーやりたい」って泣きそうになりながら言った――
あの頃の、自分の目と、重なった。
「……なら、中学は無理せんでもええ。高校からでも、ちゃんと始められる」
俺なりに、励ましのつもりで言った。けど――
「俺は、楽しむためにやりたいんじゃない」
「……え?」
「あの“小さな巨人”みたいに、本気で“戦って”みたいんだ!」
その瞬間――ゾクリとした。
日向の目から、何かが飛び出してきたような感覚。
狂気にも似た、でも、殺気ではない。
本気の“覚悟”と“渇望”が、そのまま眼差しになってこっちに突き刺さった。
こいつは、遊びで言ってるんじゃない。
命を懸けるつもりで、コートに立とうとしてる。
……心が、揺れた。