男子バレー部が居残り練習している最中、
烏野女子1年生の3人は部活帰りに坂の下商店に向かっていた。
「〜っ、何か物足りない。先輩達は悔しくないのかな」
「まぁまぁ落ち着いてよ、響ちゃん」
「そうだよ、下手したら退部させられてもおかしくないんだから」
私達、烏野女子バレー部は先週の土曜日に上級生との歓迎試合をしてから、部活内の空気が重い。
特段、何かの嫌がらせとかは無い。
3年生の先輩達も、むしろ積極的に練習に取り組ませてくれるけど……2年生の先輩達はどこか遠慮しているのか、積極的な練習をしたがらない。
現に朝練も今のところ、まめに参加していない。
部長の道宮先輩が積極的に動いてくれているが……
「でも私なら、下級生に舐められたら試合で実力を見せて黙らせるのに」
「でも、響ちゃん。またそうやって強引にやったら中学の二の舞だよ」
「うっ……分かってるよ……そのくらいは」
私も詳しくは聞いていないが、2人は中学時代、無名校だったけど去年の夏の大会で新山女子中学と戦ったらしい。
けど途中から他の選手がやる気をなくして、そのまま負けた。
「チームスポーツである以上、目的意識を固めないと……そのためには技術指導者か……」
「男子バレー部みたいに、“烏野の烏養”みたいな名監督の話は聞かないな、女子バレー部」
「全国大会に出たのが、あれだよね。“小さな巨人”と言われてた人の話だよね」
「うん、確かにそういう話があると、今の男子みたいにやる気がある奴も入るのにな」
私は日向君や星野君を思い出す。
日向君は中学の時から小さな巨人に憧れていた。
星野君は……分からないけど、バレーボールに対してやる気があるのは確かだ。
「あっ、坂の下商店だ。悪い、ちょっと寄っていいか? 腹減ってよ」
天地さんが坂の下商店に入ろうとしたら止まり、店を覗き込んで私と伊地知さんに手招きしていた。
「何?」
「あれ、男子バレーボール部の武田先生だ」
「本当だ。どうしてこんな所に?」
「生徒指導的な話ではないよね」
私達は気になり、扉を少し開けてこっそり聞き始めた。
「お願いします! 烏養君、彼らのコーチを引き受けて下さい!!」
「断る。指導していたのは俺のジィさんであって、俺じゃない」
え? あの店員さん、烏養監督の家族だったの?
そのことで私達は驚いていた。
「アンタが熱心なのは分かる。でもアンタが欲しいのは技術指導者だけじゃなくて“名将烏養”の名前もだろ?」
「否定は出来ません。今年、穴埋めで入った僕では練習試合もまともに取り合ってくれない状態で……」
「名将の名前があればそんな事もひっくり返るかもしれないか〜。尚更嫌だね」
「また改めて伺いますね。夜遅くに申し訳ありませんでした」
「っておい! 俺は引き受けないぞ!!」
「すみません。僕の取り柄が諦めないことなので、それでは」
武田先生が店に出ようとしていたので、私達は店の影に隠れた。
そのまま先生に見つからないように店から離れた。
「いやぁ〜驚いたね。さっき話に出てた烏養監督のお孫さんが坂の下商店の店員さんとは」
「それも驚いたけど、あの武田先生。見た目の割には根性あるよな〜」
「うん、そうだね」
正直、武田先生は真面目で良い先生という印象でした。
でも男子バレーボール部のためにあそこまで真剣に取り組んでいるなんて……私達も出来ることをやってみよう。
「ねぇ、明日、先輩達にコーチの件相談しない?」
「あの先輩達に言うのか? 断られるのがオチだと思うぞ」
「そうかもしれない。でも私達だけで言っても、部長や顧問が快くコーチを探すことに賛成するとは思えない」
「確かに、部員の総意が無いって言われて断られるのが目に見える」
「女子バレー部が強くなるなら、私達の蟠りも何とかしないと」
武田先生の熱意で、私達も影響を受けていたのかもしれない。
翌日 星野視点
朝練後、ホームルーム前。
教室で待っていたら翔陽と影山が俺のクラスに来ていた。
「ん? どうした2人とも。俺に何か用?」
「斗真、昨日言っていた旭さんに会ってみないか?」
「急だな。翔陽は分かるけど影山もついて来るのは意外だった」
「烏野のエースって言われてる人がどんな人物か気になるからな」
そう言われると気になるが……まぁ、この2人だけだと変な騒動になるかもしれないからお目付け役として行くか。
「分かったよ。俺も行く。クラスは分かるのか?」
「昨日、菅原さんから隣のクラスって言ってたから」
「澤村部長と菅原先輩は進学クラスだよな……確か3組が特進、2組が進学、1組が就職か専門学校だったよな」
特進クラスは1年次からガリ勉するクラスって聞くから、部活やるタイプは少ない。
だから1組から見ていくか。
「それじゃ1組から見ていくか」
俺達は3年の教室に行くと、菅原先輩が長身の顎ひげの男子生徒に話しているところを目撃した。
「待てよ、旭!」
『旭?』
「えっ、誰?」
「お前ら何でここに?」
「昨日の話が気になり」
というか翔陽、お前が言い出したのに影山の影に隠れてるんだ。
「はぁ〜お前ら。まぁいいか。紹介するよ。この前入った1年生だ」
『ちわっす!』
「おぉ〜お前ら1年か」
「背が高い順にセッターの影山、ピンチサーバーの星野、ミドルブロッカーの日向だ」
流石エースと言われるだけあって、体格がしっかりしている。パワーが凄そうだ。
「そうか、頑張れよ」
「えぇ、一緒に頑張らないんですか? 俺、エースになってみたいんです。生のエースの活躍見てみたいです!」
旭さんは言葉に戸惑っていたが、翔陽がエースに対する憧れの思いをぶつけていた。
しかし反応がいまいちな様子。
「おーい東峰、進路指導次だろ? 先生に呼ばれてるぞ」
「わりぃーな」
他の三年生に呼び出され、旭さんはその場を去ってしまった。
そこから菅原さんから事情を聞いた。
3月のとある試合で、旭さんのスパイクが尽くブロックされて、その試合の責任を感じたみたいだ。
西谷先輩はその時に旭さんと口論になって……そこで運悪く教頭先生に遭遇。
西谷先輩は制止を呼びかける教頭先生を振り払った時に花瓶を割って、謹慎処分になった。
その話を聞いて俺達は、しぶしぶ教室に向かって移動した。
「どうした、翔陽?」
「うーん、それで嫌いになったりするのかな?」
「他にも色々あったんだろ?」
「色々って?」
「知らねぇ……けど、バレーが嫌いになったとは決まってない」
「確かに影山の言う通りだな。本当に嫌いなら退部届出してるし」
「そうだよな斗真! よぉーし頑張るぞ!!!」
翔陽のそういう前向きなところは羨ましいと、つくづく思う。
放課後 体育館
「ローリング~~~サンダー!!!」
部活の終わり間際、西谷先輩は翔陽のために回転レシーブを見せるため、技を披露してくれた。
だが、叫びながらする理由はなく、俺と影山は疑問を感じていた。
月島と山口は肩を震わせながら笑っていて、翔陽だけは……
「教えて~ローリングサンダー!」
絶大な評価みたいだ……多分、波長が似てるんだろうな。
「影山、月島、山口、星野。そこに並べ……と言うか屈め!! 俺の目線に合わせろ!!!」
その時、体育館の扉が開いた。
「皆、いるかな?」
『武田先生、っちわーす!』
武田先生が体育館に入ってきて、俺達部員は先生の近くに集まった。
「みんなに朗報なんだけど、今年も
「えぇ、まだまだ練習不足なので」
「GW最終日に……なんと、練習試合を組むことが出来ました!」
『練習試合!!』
「すげぇ〜武ちゃん頼もしい!」
「相手はどこですか?」
「東京の古豪、音駒高校……通称“猫”と言われている高校です」
『猫?』
1年生の俺達が疑問符を浮かべていると、先輩達が反応していた。
「俺も噂程度に聞いた事あるけど、前の監督同士の付き合いがある学校って聞いてた」
「そうそう、カラス対ネコで、通称“ゴミ捨て場の決戦”って言われてたな」
「ゴミ捨て場って本当に名勝負なんですか?」
田中先輩と菅原先輩が音駒との関係を教えてくれて理解したが、月島が言うように“ゴミ捨て場の決戦”と言われると地味な印象がある。
まぁこの手の名前はこじつけが多いからな。
牛若と弁慶の対決だからって、京都の縁もゆかりも無いのに五条大橋の対決って言われてたよな、弁野先輩も……
「でも、最近接点が無かったのにどうして?」
「うん、詳しい事は後で話すけど……音駒という好敵手の存在を聞いて……どうしても、因縁の再戦をやりたかったんだ」
どうやら武田先生は、
音駒高校との練習試合に何か狙いがあるのかもしれない。
「相手が音駒高校となれば、きっと彼も動くはず」
男子バレーボール部は、
西谷先輩と東峰先輩の事で動いている最中。
同時期に女子バレー部も動いていた。
第2体育館
「道宮キャプテン、先輩方。相談があるのですが」
「どうしたの、丸山さん?」
私はキャプテンと先輩達に話をするため、練習前のミーティングの時間をもらった。
「女子バレーボール部に技術指導者がいないじゃないですか……そこで外部の人を呼びませんか?
そうすればキャプテンの負担も減りますし……何より私達ももっと強くなれます!」
「丸山さん……アテがあるの?」
「まだ本人に確認していませんが、私が通うママさんバレーボールの人達に、たまに大学生を教えてくれるコーチがいるんです」
「その人に私達の指導を頼むの?」
「部活全体の話なので、まずは部員の意思をまとめて、顧問の先生の許可を得てからになりますが……すみません。でも私が勝手にやるわけにはいかないので」
「そうね。それは丸山さんの判断が正しいわ」
道宮キャプテンも他の先輩方も、私の話をちゃんと聞いてくれた。
「私は丸山さんの提案は良いと思うけど、皆はどうかな?」
3年の相原先輩が前に出た。
「私は賛成かな。キャプテンの負担が減るのもあるし、今年は私達3年にとって最後の大会だから……精一杯やりたい。
だから2年生、1年生には悪いけど、わがまま付き合ってくれるかな?」
「相原、そこまで言わなくても」
予想外に相原先輩がやる気を見せた。
下級生に負担をかける言い方に、キャプテンは止めようとしていた。
「結、あんたが下級生に強く言えないのは知ってる。
私も部活にそこまで真剣にならなくても、程よく楽しめるならそれでも良いと思ってた」
「それなら、どうして……」
「でも、結や丸山達の足を引っ張りたいとも思わない。
今動かないと夏の大会まで間に合わない。また中学の時みたいに後悔したいの?」
「相原……」
「もちろんコーチが来たからって県大会勝てるわけじゃない。
でも、行動しなければ1回戦負けが続くだけ……2年生も分かるよね?」
「はい……」
「皆……ありがとう。
丸山さん、コーチの件、話を進めよう。とりあえず顧問の先生には私が話すから」
「分かりました。ありがとうございます!」
3年生のひと押しのおかげで話が進みそうだ。
男子バレーボール部と女子バレーボール部、
それぞれが動き始めていた。