「あの“小さな巨人”みたいに、本気で“戦って”みたいんだ!」
――確かに。
凄い試合や、プロのプレーを見た後、影響されて「俺もああなりたい!」って言う奴は、それなりに居た。
でも――
日向翔陽ほど、“圧”を感じたことはなかった。
……いや、居たか。ひとりだけ。
この宮城県で――全国のトッププレイヤーとして名を馳せる、あの人。
「牛島若利」
俺と同じ
ジャンプサーブが武器っていう点でも、勝手に意識してた。
たしか、春高の映像で初めて見たときは衝撃やったな。
“エースの風格”がありすぎて、もう同じ中学生の域じゃないと思ったくらいで。
でも、あの人の凄さって、ただの練習量とか才能じゃない。
「なるべくしてなってる」――そう思わせる、迫力があるんや。
「とりあえず、日向。お前の今の得意なプレーってなんや?」
「俺は――高く飛べる! スパイクが好きだ!」
……これはもう、“トス上げてくれ”って顔の犬やな。
「遊んで!遊んで!」って全力で訴えてくる目。
さっきまでのシリアスな空気、秒で吹っ飛んだわ。
「わかった。ほな、トス上げたるわ」
「おぉー! サンキュー、星野!」
何やろな、調子狂うな……。
俺は少しだけ前方、2m超えの高さに、わざと気持ち高めにトスを上げた。
バレー始めたばかりの奴が、一発でスパイク決めるなんて早々できるもんちゃう。
とりあえず、"現実"を分かってもらおうかと思ってたんやけど――
「これは、届く……!」
日向は、地面を蹴った瞬間から、空気が変わった。
グッと沈んで、グンッと跳ぶ。
そのフォームのどこにも洗練さはない。でも――とにかく高い。
(……うそやろ)
瞬間、俺の中で、春高で見た“小さな巨人”の姿がフラッシュバックした。
そうや、あの時の映像……身長170もない選手が、まるで空中を泳ぐように飛んで、
誰よりも高くボールを叩いていた。
(“俺は飛べる”……“小さな巨人のように”)
確かに、ほんの一瞬、**“本物”の影を見た気がした――その瞬間――
スカッ。
「……え?」
「ヤッベ、勢いつけすぎて……タイミングずれた……!」
見事な空振りだった。
感動した自分、返せよ……
思わず手のひらで顔覆いたくなるぐらいに期待して損した感がすごい。
でも――
それでも、俺の胸のどこかが、さっきより少しだけワクワクしてた。
「今のでわかったことはな、日向――」
「?」
「お前、高く飛べることは確かや。でもな……スパイクの動作、無駄が多い」
「……無駄?」
「さっきのは勢いだけで“飛びついて打ちゃなんとかなる”って感じや。
打つ前に力み過ぎてて、スイングのタイミングもズレとる。あれじゃ威力もコントロールも安定せぇへん」
「ぐぅ……!」
図星だったのか、日向はちょっとだけしゅんとした顔になる。
でも、まだ目の奥は燃えてる。
……こいつ、ほんまにバカ正直やな。
「じゃあ、日向。次は――俺にトス、上げてみぃ」
「え!?」
俺はボールを日向に渡しながら、制服の上着を脱いで軽く肩を回す。
「見せてくれるのか、星野のスパイク!」
「しゃーないやろ。お前の今の動きは、正直基礎がド下手やからな。
まずは“見本”くらい見せたる」
「よっしゃ! 行くぞ!」
日向は目をキラキラさせながら、俺のちょい前方、2mくらいの高さに向かってボールを上げた。
(なるほど。高めのトス、けど悪くはない)
助走を取り、ステップを刻んで――
スッと空気を切って跳ぶ。
腕の振りはコンパクトに、無駄なく速く。
スパイクのモーションに入りながら、俺は視線を空き缶に合わせた。
ちょうど校庭の隅に転がってる、錆びたジュース缶。
パンッ――!
鋭く響く音とともに、空き缶が軽く宙を舞う。
そのままトン、と地面に跳ねて、カラカラと転がっていった。
「すげぇ……! 空き缶に、当てた……?」
「狙ったんや。ちゃんとしたフォームとタイミングなら、
あのくらいは余裕でできるようになる。――“基礎”ができてたら、な」
日向は口をポカンと開けていた。
それが少しずつ笑顔に変わって、次の瞬間、拳をグッと握ってた。
(……あかん。何やこの感じ)
何で俺、こんな真面目に打ったんやろな。
けど――
気づいたら、ちょっとだけ気持ちが前向いてた。
こいつの目、言葉、動き……全部、まっすぐ過ぎて。
(……なんやろな。アイツと居ると、ちょっとだけ――楽や)
「こんな感じで、自分の理想の高さに跳んだときに――予め“狙い”は決めとくんや。
飛んでから考えてたら、ズレる。間に合わへん」
そう言いながら、俺はさっきの空き缶を拾い上げ、グラウンドの端にある砂場へと歩く。
陸上用のジャンプピットやけど、今は誰も使ってなさそうやな。
「ちょっと、ここ借りるで」
砂場に足でサッと一本の線を引く。
「この線が“ネット”やと思え。
今はまず、この線を“越えすぎないように”ボールを打つ練習や。力任せに打つなよ。狙って落とす練習や」
「おぉ〜なんかプロっぽいな!」
「プロっぽいってなんやそれ。ほら、次」
近くに転がってたボロいハードルが目に入る。――たぶん、陸上部の残骸やろうな。
「日向、このハードル使ってええか?」
「あ、それ? 大丈夫! 陸上部、俺らが入学する前に廃部になってるし、もう誰も使ってないやつだから」
「そうか……。過疎ってるなぁ、この中学……」
「なんか悲しい言い方すんなよ」
苦笑いしながら、俺はそのハードルを“ネットのライン”のちょい前に置いた。
「ええか、これ跳び越える時にな、ただ飛ぶんやなくて――“フォーム”を意識してみい」
「フォーム?」
「踏み切り前の助走のリズム。
跳んだあとの膝の角度。
空中での腕の使い方――スイング入る前の“余裕”ができるように」
「うわ、いきなり難しい……!」
「最初から完璧にはせんでええ。けど、“飛ぶために飛ぶ”んやなくて、“打つために飛ぶ”ことを意識するんや」
「“打つために飛ぶ”……」
「そうや。小さな巨人もそうやった。跳ぶ時点で、すでに“点を獲る”準備ができてる。
……今のお前はただ“飛んでるだけ”や」
日向は少し黙ったあと、真剣な顔でうなずいた。
「……やってみる!」
「おう。無理してケガすんなよ。フォームだけ集中して、1本1本丁寧にな」
日向は構え直すと、ハードルに向かって走り出す。
雑だけど真っ直ぐな助走。
まだまだ荒いけど――
跳んだ瞬間、腕の振りと膝の使い方が、少しだけさっきよりも“形”になっていた。
(……やっぱり、伸びるかもな)
俺は思わず、口元が緩んでいた。