病院の待合室。
壁に掛かった時計が、12時を少し回った頃を指していた。
「特に異常はありませんね。お薬は今のままで続けましょう。無理は禁物ですよ」
医師の穏やかな声に、星野は小さくうなずいた。
「はい、ありがとうございます」
処方箋を受け取って病院を出たあと、バス停までの道を歩きながら、星野は空を見上げた。
梅雨の合間の晴れ間。
少し蒸し暑く、心も少し重たかった。
(…これから、どうしよう)
中学生活も終盤。卒業後の進路をどうするか――
体のことを考えれば、地元の進学校に進むのが一番「安全」な道だった。
(でも……それで本当に、後悔しないのか)
そう自問する自分がいる。
いつかもう一度、あのコートに立ちたい。
仲間と、もう一度、あの“熱”の中へ――
そんな想いが、胸の奥でくすぶっていた。
バスが停留所に滑り込んできた。
星野は無意識に足を運び、ICカードをタッチして乗り込む。
空いている席に腰掛け、ふと顔を上げたそのとき――
目に飛び込んできたのは、車内に貼られた一枚の広告だった。
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\白鳥沢学園高校 オープンキャンパス開催中!/
見学自由!練習試合も観戦可能!
来訪校:大阪 鷹月高校バレー部
目を見開いた。
(鷹月…!?)
それは、あの全国大会のあと。
自分にスカウトの声をかけてくれた、名門校の名前。
そして、白鳥沢――
(牛島…若利)
全国大会で、コートの空気を変えた唯一の存在。
あのサーブ。あのスパイク。
星野は、思わず立ち上がった。
「降ります!」
停車ボタンを押し、バスが次の停留所に滑り込むより早く、気持ちはもう決まっていた。
バスを飛び降り、スマホで白鳥沢の場所を確認しながら、星野は走り出す。
「――俺は、まだ終わってない」
未来はまだ、決まっていない。
だからこそ、見てやるんだ。
本物の強さを。あの日の続きを。
向かう先は――白鳥沢学園。
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「背番号1、鷹月高校、ミドルブロッカー・弁野義慶!」
コート中央で主審が名前を読み上げるたび、観客がざわめく。
白鳥沢の牛島と対峙する中央の位置に、弁野が静かに立つ。
中学1年時、全国大会で牛島若利が牛若とニックネームで呼ばれるに対して、弁野先輩も弁慶と言われて 牛若丸VS弁慶と言われた。
「……弁野先輩、変わってないな」
観客席の隅で見ていた星野が、わずかに目を細めた。
――いや、違う。
(身体もデカくなってるし……昔よりもっと“怖い”オーラ出してる)
中学時代、星野が1年、弁野が3年。
当時から弁野はブロックの鬼と呼ばれ、丁寧にリードブロックの基礎を教えてくれた。
『お前は体が軽いんだから、“見る力”を鍛えろ。反応だけで飛ぶな、読むんだよ』
あのときかけてくれた言葉が、今も星野の胸に残っていた。
(それを教えてくれた先輩が、今、牛若に立ち向かおうとしてる……)
―試合開始
試合は序盤、白鳥沢のペース。
牛島のジャンプサーブで、鷹月のフォーメーションが乱れ始める。
「ナイスサーブ、牛島!」
「1点ずつ、丁寧にいこう!」
だが――
「はいっ!」
鷹月のリベロ平良が、低い姿勢からギリギリのコースを読み切ってナイスレシーブ。
(なんてレベルだ……)
観客席でもプロもどきの分析班がざわつく。
そして迎えた、牛島のスパイク。
バシィッ――!!
だが――
「読んでたぞ、牛若ぁああ!!!」
ドンッッ!!!
弁野の両腕が、完璧なタイミングでネットの上に張りつく。
牛島のスパイクが、その“壁”にぶつかり跳ね返された。
「ワンタッチ! つなげ!!」
鷹月のセッターがそれをフォローし、リベロへ――!
そして返す形で、逆襲のスパイク。
ズドォン!
一点先取。会場がどよめく。
(止めた……! 弁野さんが、牛若を!)
星野の中で、熱が再び燃え上がる。
同時に――弁野の目線が、一瞬だけ観客席をかすめた。
「…………おい」
サイドにいた平良が首をかしげる。
「どうした、弁慶?」
弁野は、微かに目を細めてつぶやいた。
「……あのチビ、星野じゃねぇか?」
「え? あの中学の時よく面倒見てたって……?」
「これは先輩の意地を見せなアカンな」
試合は、フルセットまでもつれ込んだ。
鷹月高校が序盤を制し、1セットを奪取。
だが、白鳥沢が地力を見せつけ、最終セットを25-19で取り切って勝利を収めた。
白布の精密なトスワークと、牛島の圧倒的な打点。
それに対し、弁野を中心とした鷹月のブロックと粘りのディグ。
全国クラスの高校同士による、まさに「真剣勝負」だった。
観客が体育館を後にしはじめる頃――
星野は、体育館の入口近くで黙って立っていた。
手に握ったチラシが、汗で少し湿っている。
(……凄い試合だった)
目の奥がまだ熱を帯びていた。
そのとき。
「おい、ちょっと待てよ、その後ろ姿……」
声がした。
振り返ると、数名の男子がこちらを見ていた。
その中の1人が、ニヤリと笑って手を振る。
「やっぱり星野だ! 久しぶりだな!」
「えっ……あっ!」
そこにいたのは、中学時代の部活の先輩たち――門間中の3年生だった面々。
そして、少し遅れてやってきたのが――
「よぉ、チビ」
弁野義慶だった。
「弁野先輩……!」
久しぶりの再会に、星野は思わず背筋を伸ばす。
「まさか、あの星野が見学に来てるとはな」
「今日の試合、観てました。……凄かったです」
弁野は「フン」と鼻で笑いながらも、どこか嬉しそうな顔をしていた。
「白鳥沢とやるのは、毎年しんどい。だけどな――あそこを超えなきゃ、全国じゃ勝てねぇ」
門間の先輩たちが加わる。
「お前、バレーは続けてるのか?」
「はい、ピンチサーバーとしてこの前久しぶりに試合に出ました。 結果は負けましたが…最高な試合でした」
「そうか…お前、進路どう考えてるんだ?」
「え? それは…少なくともバレーボール部がある高校には考えてます」
星野自身の実力なら強豪校にも通じるが、喘息のハンデと1年近く公式戦の活躍がない事で何も言えなかった。
「お前、確かウチの高校にスカウトされてたよな」
「はい、でも喘息なってからは…」
「お前、この後は空いてるか?」
「え? まぁ〜病院の帰りなので」
「なら、少しお前のサーブ見せてみろ」
「弁慶、何を勝手に言ってんねん 俺らはこれから帰るところやで」
「3本だけや 、牛若少しええか?」
「ん? 何だ 弁野…お前は?」
「こいつは俺の中学時代の後輩や。たまたま見学に来たんや。久しぶりにこいつのサーブの程を見たいから、1面コート借りてええか。3本だけで」
「弁野先輩!?」
「…お前がそこまで言うとはな…確か、お前が1回戦の北川第一を追い詰めたピンチサーバーか…分かった」
星野は、まさか牛島がこの前の試合のことを知っていることに驚いていた。
そんなこんなで、急遽全国大会出場中のミドルブロッカーに対して、星野は今の全力のジャンプサーブを見せようとしていた。
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「悪いが、お前が喘息持ちだろうが中坊だろうが、手は抜かへんからな」
「なら、全力で行きますよ!」
俺はあの時の試合で出した全速力のジャンプサーブを披露した。
アウトラインぎりぎりを狙ったが、反対側にいたのに綺麗にレシーブを返された。
「!? 初見で……」
「甘いわ。コントロールに集中しすぎて、球のスピードが半減してるぞ」
これが、春高バレー出場者の実力――
大阪校無かったので描きました。
弁慶は青根+レシーブ能力が付け足された。存在です。